ご案内

私は10数名のヴォイストレーナーとともに、ヴォイストレーナーにも指導しているため、内外のヴォイストレーナーのアドバイザーやヴォイトレをしている人のセカンドオピニオンもたくさんやってきました。ヴォイストレーナー、指導者、専門家以外にも「ヴォイストレーナーの選び方」などに関する質問が多くなりました。以下を参考にしてください。

 

「ヴォイストレーナーの選び方要項」 http://www.bvt.co.jp/new/voicetrainer/

 

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「最強トレーニング」 Vol.19

〇温かい気持ちで応対する声

 

  • 基本トレーニング

1.「はい」

2.「ようこそいらっしゃいました」

3.「こんにちは」

4.「いらっしゃいませ」

5.「かしこまりました」

 

□チェックポイント

A.姿勢、身体 呼吸、フレーズ

たき火にあたっているようなイメージで身体をあたためます。

B.顔の表情

目一杯ほほえんでください。

C.発声、高低、強弱、トーン

一呼吸おいて、うれしさをかみしめていってみます。やや低めの声で。

D.発音

少しこもってもかまいません。口の中を広く使いましょう。

E.声の表現法

ゆるやかに、ゆっくりと。

 

〇温かい声とはどういう声か

 

 温かい声、ホットな声は、ラジオのパーソナリティの声が手本ですね。テレビのアナウンサーやレポーターと違って、マンツーマンのメディア、ホットなメディアとしてのラジオは、聞く人をあなただけに想定してオンエアされています。いわば、みのもんた式、声の使い方ですね。

現代人が、温かい気持ちになれるとき、それは、いつでしょうか。

案外と、皮肉なことですが、悲しい出来事を皆で共有したときなどではないでしょうか。戦争、テロ、大震災などで打ちのめされたとき、人間のとても大切なものがあふれ出てくる。倒産、闘病などでも、そうかもしれません。もっとも、人間らしい心を持つのは、死刑囚という人もいました。

あなたはどうでしょう。人の施しに感謝したとき、反抗していた親が年老いて弱ってきたとき、赤ちゃんや小さな子供と接するとき、人というのは、温かい気持ちになります。温かく人に応対できる声は、本当は、とても苦労してきた人でなくては、なかなか出せません。こればかりは、ノウハウではありません。せめて、そういう気持ちで、他人にも接しようとしたときに発されるものでしょう。

 

〇声の感じをやわらかくしよう

 

その人の声の感じが“決め手”となります。話は、その動きの部分、リズム、メリハリ、ノリのまえに、声質によって、相手の話を受け入れるかどうか、決まるといっても過言ではありません。怒ったり、ヒステリックな声は、誰も聞きたいとは思わないでしょう。とても仲のよい人でも、その声質が少し変わっただけで、ずいぶんと感じが変わることもあります。

このように、ずっと伝達のベースを支配するのは、声質です。よい声質は、話を聞きやすくし、やわらかな声は、聞く人の気持ちを穏やかにし、聞き終えた後の印象をよくします。

 

〇声質の印象の違い

 

声質は、ちょっと気をつけて声を出すだけでも、かなり相手の受ける印象は違ってきます。

次のことに気をつけてみましょう。

1.語尾を丁寧に切る。

2.同じ声質をキープした声で話す。

3.声の高さを上げすぎない。

4.メリハリ、強弱をほどよくつける。

5.感情的なときほど低くゆっくりと抑える。

 

〇自分の声が嫌だと思わないように

 

声質は、一人ひとり違うものですが、ある程度は先天的に決まっています。

中には、自分の声が気に入らない、声を取り替えたい、という人もいるでしょう。でも、誰の声にも、その人なりの個性があるものです。その自分の個性を見つけ、声を生かす方向で伸ばしていきましょう。

声は、その使い方で随分と印象が変わります。大切なのは、声そのものでなく、声を使った結果、相手に与える印象の方だということを忘れないでください。自分の声が嫌いであっても、周りの人はその声を聞いているのですから、まずあなた自身が、自分の声を好きになることが先決です。そして、自分のベストの声をつかみましょう。自分のベストの声とは、調子がよいときだけでなく、大事なときにいつも気にしなくてよい声です。自分にぴったりと合った、自然な声といえましょう。

 

〇声とことばの響きをよくする

 

ここでは、声の感じをよくするための準備をします。

発声に関係する筋肉が硬直していては、声はうまく響きません。顔も同じです。日頃から大きく表情を動かしておきましょう。表情の豊かなことが、声の表現力を高めるのです。

 

〇音声のイメージからやわらかくする

 

高低、緩急、強弱、声質、音量のイメージを自分で工夫してコントロールしましょう。

1.ものまね、模写、声色のまねをしてみる。

2.擬態語を使う「グーッとよった」など。 これは、誇張して感じを出すとよいでしょう。

3.わざとつくり声、甘えた鼻声にしてみる。

 

〇●表情のトレーニング

 

次のトレーニングを、自分でいろいろと組み合わせて、メニューをつくってみるとよいでしょう。

・眉毛のトレーニング

1.思いっきり眉毛をつりあげる

2.しかめっつらをして、眉毛を下げる

・頬のトレーニング

1.頬に呼気を送り、ふくらませ、その後、両頬を吸い込む

2.頬の左右、上歯ぐきの上方、下歯ぐきの下方と4方向を部分的にふくらませる

・眼のトレーニング

1.力強く眼を閉じ、開く

2.眼を左右、上下、左まわり、右まわりと動かす

 

  • 硬い声をやわらかくするトレーニング

 

硬い声に聞こえる人、ゆっくりと「アー」と伸ばしたとき、「アッ」と硬い音が入る人は、声門を急な息がこじあけているのです。

1.「マメミムメモマモ」

2.「マメミモムミメモムマ」

 

  • 感情を入れて、せりふを読むトレーニング

 

感情を込めていってみましょう。

1.「とても、うれしかったです。」

2.「でも、勇気づけられました。」

3.「とてもおいしいですね。」

4.「あのときは楽しかったです。」

 

■応用例文トレーニング

1.「承知いたしました」

2.「どうぞおかまいなく」

3.「ようこそおいでくださいました」

4.「お待ちしておりました」

5.「~いたしかねます」(わかりかねます)

6.「恐縮です」

7.「もったいないおことばです」

8.「皆さまのお力添えのおかげです」

9.「とんでもないことです」

「スキルが伸びるとき」 No.421

「スキルが伸びるとき」

 

何でも上達が止まり、先生の指導が理解できない時期は、誰にでも訪れます。

そこで「今は理解できなくても、これには絶対に必要な意味がある」と直感できるかどうかが、成長の分かれ道です。

 

 伸びる人は、わからないときに諦めるのではなく、次のような問いを持ち続けます。

「指導者が本当に伝えたい意図は何だろう」

「このプロセスの先で、自分はどう変われるだろう」

 

 問いを止めずにいると、ある日突然、腑に落ちるブレイクスルーが訪れます。

 

 自分へのメッセージだと直感しているのに、意味はまだ分からない状態を大切にしましょう。

 真に上達する人は、わからないから諦めるのではなく、わからないからこそ、価値があると信じて問い続けられるのです。

閑話休題 Vol.113「日本舞踊」

今回の絞り込み

1「柳都新潟古町芸妓ものがたり」

2.花柳流(参考:NHKにっぽんの芸能「花柳壽輔の世界」12分DVD

 

〇柳田国男の『日本の祭』での舞い

 

一節に「本来は『たたえごと』と称して神様の大きな力、無始の昔からの里人との因縁、必要ある場合にはいつでも出現なされて、尊い啓示をたまはることを、一同が牢く信じて少しも疑って居りませぬといふ意味などを、心をこめてくり返して語って居るうちに、自然に恍惚として人か神かの境に入っていくのが最初の舞…」

呪術や儀式という神や霊魂のための芸能として成立して、盆踊りとして今日に流行。御霊鎮魂、を目的とする。

 

 「一切の事をすてて申す念仏こそ」一遍(「捨聖」)の思想。

 

〇歴史

 

藤蔭静枝の新舞踏(1917年) 

花柳寿応(二代目輔)のつくった花柳舞踏研究会。

二代目市川猿之助(翁)は、「黒塚」の強力が逃げるときの足取りに、ロシアン・バレエのコサック・ダンスを転用。

六代目尾上菊五郎は、「保名」「藤娘」などで江戸以来連綿と伝わってきた「型」をこわした。

花柳徳兵衛(1908~1968年)の「徳兵衛舞踊団」

尾上菊之丞門下の菊之里は、本名の畑道代で舞踊集団「菊の会」主宰。

ほか中堅、新進による「獅子の会」「くるま座」「舞踊・ひろば」での新作。

 

<舞踊の種類>

三番叟、祝儀物、道成寺物、浅間物、石橋物、道行物、狂乱物、曽我物、変化物、能取り物、双面物、丹前物、風俗舞踊、祭礼物、上方舞

 

<日本舞踊の音楽>三味線音楽

語り物系―浄瑠璃節:義太夫節、豊後節、常磐津節、富本節、清元節、古曲[一中節、河東節、宮薗節、荻江節(唄い物系)]、新内節

唄い物系:長唄、大薩摩、外記節、地唄、端唄、歌沢・小唄、東名節、大和楽、三曲、囃子

 

 

≪「柳都新潟古町芸妓ものがたり」より」≫

 

古町を代表する料亭「鍋茶屋」と「行形亭」 

米や海鮮を扱う豪商がスポンサー。旦那という言葉の語源はサンスクリット語のダーナ。

祇園甲部の正式流派は「京舞井上流」だが、新潟では市山流。

市山流の踊りの特徴は、演目一つひとつが歌舞伎の舞台の一場面、演目を凝縮した「短い演劇」。地方さんの唄や三味線、鼓などに合わせた「無言の一人芝居」(rf.「無声映画」の時代、映画が「活動写真」)。

「日本舞踊は、手足を動かしていなくても、気持ちだけで踊れるのです」市山七十世(現七十郎)

芸妓や舞子が左手で「褄(着物の裾下の部分 )」をもつ「左褄」、「左褄をとる」のが「芸妓になる」

「クラシックバレエはつま先で回り、日本舞踊はかかとで回ります」

日本舞踊、ことに市山流の踊りは役を演じることが核心。合理性を追求しないことが、役の本質に近づき、役になり切る近道。

「花柳界はさ、日本文化の総合芸術なんだわ」(早福岩男)

 

 

≪花柳流について  参考:NHKにっぽんの芸能「花柳壽輔の世界」)≫

 

寛(昭和6年3月22日~ )は、2016年6月に宗家家元の座と「壽輔」の名跡を、花柳流お家騒動裁判の係争中にも関わらず、当時20歳の孫の六代目花柳芳次郎に譲り、2代目花柳壽應を襲名。

 

以下、Wikipediaの引用

 

舞踊家だった西川芳次郎が、師の四代目西川扇蔵の急死によって宗家相続争いで西川流を破門され、「花柳」と改姓し興した。「花柳芳次郎」嘉永2年(1849年)までに花柳流が成立。二代目市川猿之助(初代猿翁)は、「他の流派に比べて細かい間のリズムが重視され、舞よりも踊りを重視している」と解説。

芸能界や政財界を後援につけ、組織を全国に発展。古典舞踊の継承と共に時代に即した新しい舞踊を次々と生み出している。

 

 

花柳流舞踊事件[編集]

1981年に花柳流が起こした訴訟事件で、芸名を不正競争防止法の適用除外とした判例として知られる[6]。花柳流名取事件

花柳流お家騒動[編集]

三代目壽輔の死後、四代目壽輔を誰が襲名するかについて、三代目壽輔から家元の指名を受けたとする貴彦と三代目壽輔の後見人であった五代目芳次郎との間で争いがあったが、結局、五代目芳次郎が四代目壽輔を襲名することとなった。しかし、2013年7月、四代目壽輔が、六代目芳次郎を後継者に指名した上で、2014年4月に貴彦を花柳流から除名したため、貴彦がこの除名処分の有効性をめぐって訴訟を起こした。

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.38

〇本物を知る頭のよさ

 

 ポピュラーにおいては、最終的には、本人の判断する能力に負うことになります。そのためには、分野を限らず「一流のもの」にたくさん触れ、「一流のもの」を頭と身体に叩き込んでおかなければなりません。ヴォーカリストは、勘がよくなくてはいけません。これは、学校の成績に表われるような学問や知識のことを言っているのではありません。原始的な本能、つまり人間の本来の生命力に根ざしたパワーにどこまで正直でありえるかという意味です。偽物と本物を区別して、本物を追い求めていかなくてはなりません。それを知る眼、耳が必要です。

 

〇本物のヴォーカリスト成長の軌跡をたどる

 

 ヴォイストレーニングというのは、形から入る部分と身体でわかっていく部分と両方あります。どちらから入ってもよいと思います。ある程度進むと、今度は誰にも頼らず自力でやっていかなくてはなりません。創造の苦しみ、新たなものを生み出す陣痛を恐れてはなりません。

 自分の本能や直観で、これだと思った方向へ試行錯誤を繰り返し、何度も自分で判断して進んでいかなくてはいけないのです。

 

 ヴォイストレーニングを受けなくても、素晴らしいヴォーカリストになった人がいるという事実は、彼らがヴォイストレーナーに頼らなくても、自らの正しい判断で、ものにできる声を身につけることができたということです。あるいは、何かを表現したいという強い衝動のもとに、声が身についてきたわけです。

 「こういう表現をしたいから、こういう声が欲しい」というのが本当のヴォイストレーニングのあり方でしょう。

 もともと、ヴォイストレーニングがあってヴォーカリストがあるのではありません。優れたヴォーカリストの歩んできた道で習得してきた声の段階の軌跡をブレスヴォイストレーニングは追っていく方法をとっているのです。ですから、身体や歌、表現と一体化できるところまで頑張り通さなければ、こういったヴォイストレーニングは何の意味もありません。

 

〇何を、何のため、どう表現したい?

 

 力のあるヴォーカリストは、どこにいて何をしていても、ヴォーカリストです。ステージをしたいからヴォーカリストをやると言うのでは、ただのアイドルの親衛隊みたいなものです。何かをステージで表現したいという人のうち、その方向がある人のみが残っていくのです。

 とすれば、その何かを発見していかなくてはなりません。その1つのヒントが、声そのもののパワーに心身を傾ける「ブレスヴォイストレーニング」なのだと考えてみてください。

 なぜ、1人の人間が何万人もの人間を動かせる声を出せ、感動を与えられるのでしょう。こういうところに素直に感心するところから始めてください。どうしてヴォーカリストになるのか、自分がそういうヴォーカリストになれたら、自分を動かす原動力は何なのかなど、いろいろ考えてください。

 なぜ、何を、どこで、どういうふうに、誰に歌いたいのか。具体的に考えていくと意欲も本能的に刺激されます。外に目を向けるばかりではなく、自分の身体の内に熱い衝動を感じてください。

 

〇自分の血の中に流れているものをつかめ

 

 どこの国にも民族性に根ざしたオリジナリティがあります。エスニック・ブームで、今まで注目されなかった地域の音楽がヒットしています。

 自分の住んでいる「辺境の地」にこそ、新たな創造の余地があるのです。都会の音楽にかぶれて悶々としている人も、ふるさとを振り返ってみてください。

 根のないところから新しいものを作り出すよりも、自分の血の中に何が流れているのかを突き詰めていった方がよいと思います。

 日本の第一線のミュージシャンも、そろそろそれに気がついて、日本の音やアジアの音を探り始めています。また、最近の若い人のバンドの中には、もっと感性的に、日本の音、民謡や雅楽のもつ要素を捉えたものも出てきました。特に、沖縄あたりはうまく発信しつつあります。

 

〇日本を掘り起こし歌い上げる時代に

 

 民謡や雅楽のもつ要素を捉えた音楽は、日本人の音楽的でない発声でも案外と味わいのあるものです。考えてみれば、大漁節を歌うのに、イタリアのベルカント唱法を使うわけがないのです。

 私が「ブレスヴォイストレーニング」で試みてきたことは、欧米のロック・アーティストと日本人のロック・ヴォーカリストとの絶望的な声のパワーと魅力の差を現実的に埋めるための方法です。しかし、応用面で、日本人の発声ということについて、日本の風土や生活、日本人の性格や気質などを肯定した面から、もう一度捉え直しています。

 日本語の発声自体を楽に音楽的に使いやすく変えていくことと、そのための発声トレーニングが必要であるという思いは変わりません。討論や台詞読みから日常生活に至るまで、声に関する啓蒙が必要です。声の芸術である歌をひっさげてヴォーカリストが世界に飛び出すには、根本的に力不足を感じます。

 その上で、その先を見越して日本人や日本の歌についても、これまで以上に考えていかなくてはいけないと、思うようになりました。日本のヴォーカリストをみていると、母国語で歌えないヴォーカリストや生まれた地で根をおろしていないヴォーカリストばかりです。これでよいのだろうかと素朴に考えてしまうのです。

 

〇体力的限界と内なる音楽の不毛が引退理由?

 

 ヴォーカル活動も続けていく意志の力にとどめをさすのは、体力が原因であることが多いようです。ですから、やり続けていく以上、身体は常に人一倍、鍛えておかなくてはなりません。

 それと、音楽がいつまでたっても本当の意味で自分の内なる世界に育たないことも、身を引く大きな原因でしょう。

 「素質がなかった」とか「才能がなかった」というのは、自分で自分に設けた限界です。それを破るために、音楽、身体が必要なことを、もっと自覚すべきでしょう。

 日本では、プロのヴォーカリストとアマチュアとの境界が、あいまいです。そのためか、困ったことに努力を伴わない夢を見続ける人が多いのです。あげくの果てに、中学校や高校を中退したり、家出同然で上京してくる人もいます。そのこと自体がどうだとはいいません。しかし、学校の先生や両親すら自分で説得できないのでは、その先が思いやられるではありませんか。どうやって、何千人もの観客を説得するのでしょうか。

 今は、ハングリーに、やみくもに苦労すれば、生活感が曲に移って、世の中に認められる時代でもないのです。自分たちが楽しくなければ、誰も集まってくれないのです。しっかり生きていなければ、しっかりしたものを伝えることはできないのです。

 

〇飾るか、創り出すか

 

 「へたでもよいからずっと歌い続ける」というのも立派ですが、人前で聞かせる以上、うまくなった方が、聞く人も自分も気持ちがよいはずです。

 日本人は素人芸に寛容な国ですから、昔から素人のど自慢に人気がありました。カラオケ・ブームも邦楽バンド・ブームもその延長上にあったと言えるでしょう。アマチュアとしての音楽の楽しさを通じて、メンバー間のコミュニケーション主体のバンドが多くなってきたのは、決して悪いことではありません。層が広がるということは、そこからビッグなものが生じる可能性が高まることを意味するからです。

 しかし、これだけでは、ポピュラー・ミュージック界にとっては、進歩でも何でもありません。みんなブランドのバックを持つ代わりに、ギターやベースを抱えているだけです。

 それでアーティストだと勘違いしないでください。スタジオのバイトをしようが、音楽業界の仕事をしていようが、それと「音楽で食べていける」こととはまったく別のことなのです。ちょうど、ファッションを身につけている人とそれを生み出している人との違いです。デザイナーの近くにいるだけで、デザイナーであるということはありません。

 音楽で自分を飾りたいのですか、それとも、音楽そのものを自分で作り出そうとしているのですか、そこをよく考えることです。

 

〇いつも心の中にステージを持ち音楽を奏でる

 

 最初はステージというものが、高いところにあって、毎回そこに何とか飛びついて頑張っています。そのうち、そこに立つのがあたりまえになって、あまり距離を感じなくなってきます。慣れてきます。それは、毎回、努力して全力を尽くしているうちに、背伸びをしなくても人に聞かせる演奏が充分にできるようになったことを意味します。余計な力を抜いて、自分の心を語るように歌っている人に思わず引き込まれるのも、その無理のなさ、自然なスタンスからくるものでしょう。ただ、常に創造的に挑まないと、すぐマンネリ化してしまいます。

 いつもいつもジャンプしなくては人前に出れないようだと、年を経るにつれて段々、疲れてきます。観客を集める努力も報いられなくなり、ステージのレベルも高くならなければ、そのうち飛べなくなる日がくるのです。

 それは、日常の中に音楽の世界を本当の意味でもつに至らなかったせいです。アーティストではなく、ただ単に音楽が好きな人に過ぎなかったわけです。

 本物のアーティストとは、ステージで音楽を演奏するだけの人ではありません。日常の生活の中に音楽を持ち、ステージの有無にかかわらず、いつも心の中で音楽を奏でている人です。

 その人が、心身一体となって感じているところに音楽があって、ヴォーカリストとしてのステージは、それを表現する場に過ぎません。ヴォイストレーニングも歌うことも、その手段に過ぎないとさえいえるのではないでしょうか。

「最強トレーニング」 Vol.18 

〇明るくさわやかに、元気を与える声

 

  • 基本トレーニング

1.「ありがとうございます」

2.「おはようございます」

3.「いかがでしょうか」

4.「いらっしゃいますか」

5.「よろしくお願い致します」

 

□チェックポイント

A.姿勢、身体 呼吸、フレーズ

  すくっと立ち、ゆっくりと呼吸を整えます。

B.顔の表情

  口と舌の運動を多めにしておきます。

C.発声、高低、強弱、トーン

  やや高めに入り、あわてずにしっかりといい切ります。

D.発音

  口角をややあげて、一つひとつの発音を少し意識的に区切ってみます。

E.声の表現法

  少し語尾を伸ばしてもよいでしょう。

 

〇ことばをはっきりさせよう

 

ことばがわからないといわれる人、もごもごと口のなかでこもってしまったり、ことばがはっきりとしない人、はしょったりする人がいます。

これを直すには、まず、口をしっかりと動かし、口の内を開けることです。そうしないと声は前にでてきません。

とはいえ、ことばをはっきりといおうとしてむやみやたらに口やあごを大きく開けすぎるのも、よくありません。口がパクパクするだけで、本来の声の持ち味を生かせなくなりがちです(もちろん、口やあごの運動、表情筋のトレーニングのときは構いません)。口先だけの、実際にはかえって使いにくい平べったい声になります。

 試しに口先はあまり開けずに、口の中を開ける感じで「アイウエオ」と、お腹を意識しながら声を出してみてください。少しこもった感じになるとは思いますが、口を開けているときより、口の奥の方でしっかりと響きませんか。できるだけ深い息、深い声を意識してください。

 身体からことばを発するというのが基本ということを忘れないでください。

 

〇発音をクリアにしよう

 

他の人に正確に伝わるには、明瞭な発音が必要です。それには、唇、あご、舌、喉(声帯)それぞれの運動と、それらのスムーズに連動した動きが必要となります。

しかし、話すときにこれらを同時に注意していたのでは、頭が痛くなってしまいそうです。余計な部分に力が入ってしまい、自然に動かすことができなくなりかねません。そこで、最初は別々にトレーニングします。

 自分の好きな文章を黙読します。次に黙読のまま、唇・舌・喉・あごを、やや大きめに動かしてください。文章の意味を考えながらメリハリをつけて読むと、効果的です。

 口の動きがつかめてきたら、今度は声を出します。少し遠くにマイクをおいて録音し、チェックしてみましょう。

後は、黙読、音読、録音、再生チェックをくり返し、不明瞭な部分を改善していきます。

 

〇ねちゃねちゃした感じが気になる人は

 

なんとなく舌がもつれたような、切れの悪いことばを発する人がいます。舌がうまく動いていないことが原因です。寝起きは、こういう声に近いでしょう。

口の中にものを入れて話すことをイメージするとわかりやすいでしょう。口が開かずに発音がはっきりしませんし、口の中に入っているものによって舌の動きが制限されているからです。お酒を飲むと、急にねちゃねちゃ度が増す人もいます。これも舌の動きの麻痺からです。また、舌を噛んだり、やけどすると、似た状態になることもあります。

 いずれにしても、ふだんから舌を動かすトレーニングをすることです。舌を動かす筋力が衰えていると、舌の機能を充分に活用することができないからです。

 

〇あなたも明日から“転声”できる

 

明るい人、さわやかな人、元気のよい人というと、誰を思い浮かべますか。声というのは、声だけでイメージするものではありませんから、きっと、こういう場合、表情や振る舞いが、明るい、さわやか、元気のよい人を思い浮かべるでしょう。声だけでしたら、声優さんやラジオのパーソナリティで、声しか知らない人で、考えてみるとよいですね。声のトーンや語り口が明るい、さわやか、元気がよいと、それぞれ微妙に違いますから、わかりやすいのではないでしょうか。

かつて、深夜放送にパーソナリティとして出て、世の中をアッといわせたのは、中島みゆきさんでした。まるで二重人格、ジキルとハイドのように、それまで暗く、悲しい歌声のイメージを、軽妙な語り口で一新したのです。声で自分を演出したり、変革できる一例です。

もっとも、象徴的なのは、選挙の前後ですね。当落によって、明-暗、さわやか-湿っぽい、元気-陰気、候補者も応援スタッフも、一転します。ということは、あなたも、明日から“転声”できるということです。

 

  • 口のトレーニング

1.口を大きく開ける

2.あくびをする

3.前歯をむき出す

 

  • 唇のトレーニング

1.唇を閉じて、パ・バ・マを発音します(呼気圧の高い順に)。

パピプペポ・バビブベボ・マミムメモを繰り返す

2.唇を閉じて、上下の唇を交互に前に突き出す

3.歯を合わせたまま、歯並びがすべて見えるように開き、閉じる

 

  • ことばをはっきりさせるトレーニング

・「イエアオウ」でのトレーニング

1.「イ」の口形で、「イエイアイオイウ」をいう。 (明るい「イ」の音でやります。)

(明るい方から暗い順に、「イエアオウ」となります。子音なら、tがイの位置にきます。)

2.「ガナタラバパ」をくり返す。(タラは、舌先で発します)

3.「バベビボブ、パペピポプ、マメミモム」をくり返す。

(声をのみ込む状態、奥の方でしゃべっているようなら、軟口蓋と歯にもってきて、唇を使う音で顔面にもってくるようにします。(バ、パ、マ行がよいでしょう)

 

■応用例文トレーニング

<会ったときのあいさつ>

1.「はじめてお目にかかります」

2.「お目にかかれて光栄です」

3.「お見知りおきくださいませ」

4.「ご挨拶が遅れましたが・・・・、××と申します」

5.「申し遅れましたが・・・・、××でございます」

6.「奇遇ですね」

7.「珍しいところでお目にかかりましたね」

8.「ごぶさたしております」

「銀河も空も世界を描く」 No.420

「銀河も空も世界を描く」

 

私たちが世界と呼ぶものは

脳が描きかえたあとの景色

私たちの瞳は ただの窓ではない

膨大な星屑から 見たいものだけを選び出す

 

大好きなお母さんの笑い声さえ

ありのままの音ではなく

いつもの あの人の声と

やさしく加工されて耳に届く

 

ある賢い人が

「人間がロボットのように見えることがある」という

それは身体が鉄でできているのではなく

私たちの心が決まった影絵しか見ないから

 

見ていない場所は この世に存在しない

夜の向こう側も机の暗がりも

意識にとまらないものは

銀河の外側へ消えていく

 

脳は外の世界を受け取らない

まだ来ぬ明日を先に描く

その下書きに合わせて

現実が形を変えて現れる

 

同じ空を見上げていても

その空は みんな違う

世界はひとつではなく

見つめる人の心の数だけ

今日もゆらいでいるのです

閑話休題 Vol.112「邦楽」(3)

〇日本の音楽と欧化

 

1549年 フランシスコ・ザビエル グレゴリウス聖歌や器楽合奏

1853年 ペリー 軍楽隊→1869年 イギリス軍楽隊長、フェソトンが薩摩藩軍楽伝習隊を結成→1971年に兵部省を新設、軍楽隊を発足

1974年 宮内省式部寮伶人に洋楽

 

「日本の美術工芸は素晴らしいが、音楽はダメだ。

明治の初めに来日した外国人はそう観察した。同じころ、音楽家は社会全体の奴隷だと、その地位の低さが指摘されている」

(「荒城の月」 1901年 『中学唱歌』 土井晩翠 「宴」「エ」にシャープ記号 大正の末に山田耕作が改めてヒット)

ペリー提督が来日した時、通訳のウイリアムズは日本人の歌を聞いて、これが音楽かと驚いた。1854年、アメリカの艦隊サスケハナ号へ招待された武士が、船を離れる時に歌ったのを聞いた感想。1867年、日本通のイギリス外交官アーネスト・サトウは、日本人の歌声を調子はずれと断じた。

 

1879年の東京・新富座、王立イギリス歌劇団と名乗るヴァーノン一座を雇った。「漂流奇談西洋劇(かぶき)」 観客は、「洋犬(かめ)が吠えるのと同じだ」 

1875年、イタリアのスカラ座で活躍したソプラノ歌手パルミエリが来日 延遼館(えんりょうかん) イギリス人ワーグマンの絵では出席者はわずか3名で居眠りしている。

1905年、ドイツ人ベルツが柴田環(のちの三浦環)を絶賛。環は1912年、帝劇の女優たちに声楽を教えるも女優たちは豚の鳴き声だと嘲って授業をボイコット。神戸絢子もスルーされる。 

方言が唱歌普及に障り 日本人の濁った声や歯並びの悪さ(1950年、“青空楽団”まで、調子はずれ続く)

 

1928年、マイクロフォン「電気吹込み」

伊庭孝 日本は低俗下劣 “流行歌論争”。「鄭声(ていせい)を放て(悪歌追放)」 

雑誌『キング』を発行する講談社は“流行歌浄化”を旗印にキングレコード発足 

NHK「独立守備隊の歌」。時局レコード 愛国歌謡 

昭和32年、朝日新聞が「肉弾三勇士の歌」を懸賞募集 与謝野寛(鉄幹) 

1933年、読売新聞は流行小唄の懸賞募集 門田ゆたかの「東京祭」

流行歌は漫才や落語に比べると処分件数ははるかに少ない 劣情を刺激するような歌い方を検閲

 

1936年、「国民歌謡」1回目「日本よい国」奥田良三 

1937年、「愛国行進曲」に懸賞募集

放送、レコード、映画 歌の広がり 官庁の力 

電波統制下 “敵性音楽の排除” 鼻声で歌ってはならぬ、裏声や弱々しい細い声もダメ 歌い方にも注文 マイクの使用が禁じられる 

1943年、国民皆(かい)唱(しょう)運動 戦意高揚 “歌える国民”に近づいた

「ラジオ歌謡」 明朗、清純な歌 

「山小舎の灯」 1947年、連続放送劇「鐘の鳴る丘」 「とんがり帽子」 

「リンゴの唄」 「悲しき口笛」 

「のど自慢素人音楽会」 “マイクの解放” 「のど自慢」1回目放送1946年1月19日 「紅白歌合戦」

1951年、第1回放送、1953年からは大みそかに定着 “国民的行事” 

民間放送の発足1951年 CMソング 「レコード大賞」1959年 「夏祭りにっぽんの歌」 

 

進駐軍向けの放送FEN「ジャズ・アワー」 一ツ橋の共立講堂と読売講堂が演奏会場 ジーン・クルーパ、チャーリー・ヴェンチューラ、テッディ・ナポレオンの三人が「荒城の月」「証城寺の狸ばやし」吹込み

マンボ・ブーム 53年1月、ザヴィア・クガート楽団。11月、「JATP」(ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック) フランキー堺、ナンシー梅木 

1953年3月、東京六大学の出演「音楽リーグ戦」

ロカビリー 日劇 「ウエスタン・カーニバル」1958年2月8日 

1965年、ザ・ベンチャーズ、ザ・アストロノウツ来日 

グループ・サウンズ(GS) ザ・ビートルズ来日

「りんご追分」「悲しい酒」「川の流れのように」「愛燦々」

 

<邦楽のことば>

「〆る」:だんだん遅くの意味(rit)次第にゆったりして終わる感覚ではなく、ギュ、ギュッ、ッッギュッと徐々に締め上げていく感覚。

「見計らい」:自由に演奏すること。他人の演奏。踊りに添って臨機応変に演奏すること。

「付き直し」:曲の頭に戻ること

「減(め)る」「上(か)る」:「上る」は音程が高い、「減る」は低いの意。尺八の用語、「吊ってる」とは吊り上がって音程が高め。

「ニュー消し」:だんだん弱く小さくなっていくこと。

「調べ」:チューニングのこと、調子を整える。

「おやす」:だんだん強く。反意語―「かすめる」

「どんちゃんさわぎ」:大太鼓の“どん”、三味線の“チャン”など大騒ぎの様。

「ちゃんぽん」:中国の銅鑼“チャーン”、鼓の“ポン”、中国と日本の楽器フュージョンから文化の交わりを指す。

「あしらい」:能や歌舞伎で囃子方の演奏方法のひとつ。比較的自由に見計らいで演奏すること。日常語でもとりあわせの意で使う。

「陰音階」:半音を含んだ音階、陰施法。

 

参考:「落語に花咲く仏教」釈徹宗(朝日新聞出版)/「邦楽おもしろ辞典」西川浩平(ヤマハミュージックメディア)

 

参考:「音楽の不思議」(69-#533)/「近代歌謡の軌跡」倉田喜弘(山川出版社)

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.37

〇感性やセンスを磨くこと

 

 歌のコンサートのみならず、幅広い分野のアートにふれて声、音楽、表現について学ぶとともに、感性を磨いていきましょう。何でも広く見聞きして、感動する機会を多く持つことです。読んだり、書いたり、発表することも貪欲にやっていくとよいでしょう。

 自分が何者であるか、自分には何ができるのか、自分のキャラクターは何であるかを知り、それに根ざした表現を作っていくことです。それがわからないうちは、人真似から入っても構いません。多くのものに触れ、自分にいろいろな役割を課すことによって、本当にやりたいものや、好きなことが絞られてきます。

 貧乏、金なし、暇なしでもよいのです。そういう条件であっても力強く芽を出してくるものが、本物になる可能性があるのです。

 力を伸ばしていける条件とは、自分に対しての欲をどこまでもてるかということでもあります。うまくなりたいということで誰もが始めるわけですが、力を伸ばすためには、同時に高いレベルから客観的な評価のできる力を伸ばしていかなくてはなりません。そのためには、ヴォーカリストに関して深く学ぶのはもちろん、音楽やその他の世界にも、強いていうなら人間に関わるすべてのことを学んでいかなければなりません。

 マンネリを感じてきたら、次の言葉を思い出してください。「相手が自分と同じくらいの腕だと思ったら、自分より数倍上だと思え。へただと思ったら、自分と同じだと思え」。これは戒めではなく、本当のことです。

 

〇感受性が強いと思っていても

 

 最近は世の中、自分は感受性が人一倍強いと思っている人ばかりです。人より感じやすいとか、傷つきやすいなどと軽々しく口にするというのは、他の人間を本当に理解していない証拠でしょう。口に出すだけでも無粋のような気がします。自分だけがそうだと思っている人ほど自分の壁に閉じこもって、外に対して真剣に勝負を挑んでないのではないでしょうか。

 ヴォーカリストに必要なのは、感じたことを表現できる能力としての感受性です。それは、他人の気持ちを感受し自分も影響をこうむるだけというような受動的なものではなく、曲や歌の中にどういう世界があるのかを感受し、そこからひとつの世界を創造して具体的に現わすという積極的なものです。同じ曲、同じ歌詞のわずか3分間の時間に永遠の生命の息吹きを与えるために感じ、表現する意志の強さなのです。

 言い換えるならば、リズム・メロディ・言葉のそれぞれについて、何をどう感じ、どう1つの曲として構成し、表現に生かしていくかというギリギリの勝負を挑む感性なのです。

 

〇声そのものの持つ内なるメッセージを聞く

 

 アーティストは、しばしば、神の下僕や神の仲介役を果たすことがあるようです。彫刻家が彫り始めない木の中に完成させるべき像を観たり、画家が白いキャンバスの中に完成させるべき絵を観たりするように、ミュージシャンも神の啓示によって、その名のもとに作品を世の中に具現させる役割を担うわけです。宇宙飛行士が地球を離れて神を感じるように、声楽家も自らの声の中に神の存在を疑うことができないと言います。

 わずか2センチの声帯が、2オクターブ以上の素晴らしい声をひびかせます。それを体得すると、自分の努力のみで、そういう天の声のようなものが出せたとは思えなくなります。謙虚な気持ちになり、何者が自分をして、こうあらしめるのかという哲学的自問をし始めるようです。

 そういう面ではアーティストは、信心深い宗教家に近いかもしれません。プロテスタント・ソングなどを歌って、現実の行為を通じて世の中に働きかけている人たちもいます。もともと、昔は、司祭が政り事として政治も宗教も取り仕切っていたのですから、ロック・アーティストが、このような面からカリスマ性をもち、大衆に働きかけるのは当然と言えましょう。追っかけやファンは、その××教(××バンド)の信仰者なのです。

 

〇なぜコンサートで感動するのか

 

 このカリスマ性をもったアーティストが、皆に働きかけるときに使うのが音楽です。ヴォーカリストの場合は、声といえます。トランペットでもピアノでも、音は私たちを感動させます。直接私たちの情緒に働きかけるからです。

 昔から、祭りなどの冠婚葬祭のときには音楽が欠かせませんでした。戦さのときにも行軍ラッパがなり、ドラを叩きました。これも戦士の士気を高めるためです。嬉しいとき悲しいとき、人間の情緒を高めたり代弁したりする役を、音楽は務めてきたのです。これらの場合においては、音は言葉よりもっと直接的に、私たちの身体に作用します。このようなことに、大昔から音楽は利用されていたのです。

 現在では音楽の持つ生体に働きかける力が科学的に証明されつつあります。音楽を医療やストレス解消に利用するようになりました。ロック・コンサートに行くと身体の芯からスッキリするのは、皆さんも実際に体験しているでしょう。

 

〇意味のわからない歌でも涙する声の威力

 

 声もまた音声といわれるように、音の一種です。歌は言葉とメロディとリズムで構成されています。その中で私は常に言葉の重要性を強調しています。言葉がわからなくては歌ではないと言っています。これは、歌う側に立って最低限の資格を述べたものです。

 しかし、聞く側から述べると、聞く方は言葉の意味がわからなくても一向にさし支えないのです。お経のように、言葉の意味がわからないからこそありがたいこともあるのです。音楽は言葉としてよりも、音として私たちに働きかける割合が大きいからです。

 世界各国から耳に入ってくる歌も、私たちは言葉がわからないなりに、心で受け入れています。音楽に国境も言葉の壁もありません。来日アーティストのコンサートで、静かに語っている歌の言葉に、その意味がわからないのに涙を浮かべてしまうこともあります。これは声の持つ、音としてのメッセージの力のためです。声の魅力やパワー、そこに表現された感情に、私たちは理屈抜きに感動するのです。

 テノール歌手をたたえる言葉に、「トランペットのような声」というのがあります。トランペットの輝かしくももの悲しげな音色に感動するのと同じように、強く情緒をゆさぶられるような魅力がヴォーカリストの声そのものにあるのです。ですから、ヴォーカリストにとって声の修行はなによりも大切なのです。

 

〇声そのもののもつ魅力やパワーを使え

 

 歌う立場であるあなたは、もっと自分の声のもつ声そのものの魅力やパワーに心をとぎすまさなくてはなりません。たとえ、「ラララ…」であろうと「ン…ン…ン…」とハミングであろうと、それが声のメッセージとして届き、心に伝わる歌となっていなければならないはずです。歌からの出だしで、聞く人を魅きつける声を出さなくてはいけません。練習のときでも同じです。

 1音1音が、歌であり、メッセージなのです。心をこめた、感情を表現する声であり、言葉を自由に操りメロディに酔わす声でなくてはならないはずです。

 自分でやっていても白々しい「アーアーアーアーアー」式の長時間にわたる発声練習などを飽きもせずにできるのは、声に鈍感な証拠とは言えないでしょうか。ていねいに心をこめて、言葉を読む。その感情を「ラ」の言葉のみを使って表現する。そんな練習の方がよほど大切です。

「最強トレーニング」 Vol.17

〇くせのない自然な声の使い方を学ぼう

 

  • 基本トレーニング

1.「ただいま」

2.「こんにちは」

3.「さようなら」

4.「どうもありがとう」

5.「すみません」

 

□チェックポイント

A.姿勢、身体 呼吸、フレーズ

身体を動かしてリラックスしましょう。

B.顔の表情

顔の表情をやわらかくします。

C.発声、高低、強弱、トーン

もっとも使いやすい声でよいです。

D.発音

あまり気にしないでください。

E.声の表現法

さいごまで、なごやかな気持ちをキープします。

 

〇日本人にとっての、自然な声のイメージとは

 

日本人の日本語の音声には、いろんな弱点があるといえます。自然というと、力を抜きすぎ、弱くなりすぎることもあります。

 というのも、日本人の場合、どうしても、強く声をぶつけあい主張し合うような風潮がなかったため、声に強く吐く息や大きなメリハリなどが必要とされなかったのです。自分たちの主張が通らなかった場合、激しく訴えるような、強力な音声力をもつ国の人々とは違います。ですから、ことばのトレーニングのときは、気は強くもち、声は少していねいに、という感じで心がけてみましょう。

この音声そのものへの認識力の弱さと、その効果的な使用法への無頓着さは、「あ、うん」の間で心が通じ合うという、日本の文化、風土の影響のせいでもあります。それを自覚して、しっかりとトレーニングすれば、優れることはさして難しいことではありません。ぜひ、本書で音声力に差をつけましょう。

 

〇声のくせとは、何か

 

声のくせは、その人の声の特徴であり、個性です。声を聞いて、あなただとわかるのは、声にあなた独自の音色が表われているからです。しかし、あまりに発声のよい状態からそれていると、喉の障害に結びつくことがあります。持って生まれた声を充分に生かしきっていないのを、くせというのです。

若さがない老け声やいっていることが聞きづらいというのも、一つのくせです。声がうまく共鳴していないからです。多くの場合、生まれつきということではありません。

ガサついている声、マイクに入りにくい声は、必要以上に大きな声を出している人にみられます。声帯に力が入っていたり、喉や口内が詰まったりしているのが主な原因です。

普段はよい声でも、いざというときに、極端に不自然な発声に切り替わって、喉をしめつけている人もいます。

小さな声しか出さない人も、うまく響かないと、硬く頼りなく聞こえます。

 

〇くせと個性

 

くせというのは、個性とよく混同されます。くせのないというのは、この場合、声として何もひっかかりのないということです。他の人とあなたとを区別する何かのことです。声の場合は、声の大きさ、話すスピード、方言など、いろいろあります。特に主なのは、音色です。楽器の区別は、目をつぶってもできます。ピアノとバイオリンとトランペットは間違えませんね。その違いは、音色です。くせというのは、きっと中学生が始めてそういう楽器を扱ったときに出す、ノイズのようなものと思えばよいでしょう。うまく本来の機能を扱えていないために生じるイヤな感じと思うとよいでしょう。

 声には、呼吸や発声だけでなく、意志や意図も入ってくるので、やっかいです。発声に関しては、本書のトレーニングで直せます。できるだけ、明るく、気分よく、笑顔で話しましょう。そしたら、少々くせがあっても、魅力的な個声となって聞こえるのですから。

 

〇声のくせをとるには

 

発声について、無自覚のうちに間違ったイメージや思い込みがある場合、他人の声やその使い方の影響による場合、自分に合っていない声を出そうとすると、無理が生じます。

 発声上の問題だけでなく、発音の問題もあります。

大きな声を出しすぎている人は、トーンダウンしてみましょう。低音でゆっくりと出してください。リラックスして、強い息を使わずに声を出します。かすれたり、喉にひっかかるのはよくありません。

 身体や息のトレーニングで、少しでもお腹から息が流れるようにしていきましょう。喉から上ではなく、お腹全体に意識をもって出すことです。

 

〇「自然な声」にするには

 

「自然な声」というものがあるのではありません。「自然な声を出す」とは、あなたの声を、ごく自然に出しているように聞こえる声にしていくということです。メイクアップはするが、飾りすぎない声(無理に演じているようでない声)にするということです。伝わることを、声で邪魔しないといった方がよいでしょうか。

人それぞれに違う魅力的な声があります。そういう感覚で、自分の自然な声をみつけていきましょう。

一般的には心身がリラックスしているときに出した声は、話し声でも歌声でも、自然な声として聞こえます。楽しいことがあって、思わず笑みを浮かべているときの声が理想です。

反対に不自然な姿勢や緊張した状態で発声をすると、どこかに力が入り、声も不自然になるものです。心身のどちらかでも硬ければ、声まで硬い感じになってしまいます。

声は、その人の姿勢や意志、感情にも大きく左右されます。

後ろめたいとき、うそをついているときなどは、物腰だけでなく、声も不自然になるでしょう。つまり体調から精神的なものまで、全てが声に現れてしまうのです。

 

  • 自然な声にするためのトレーニング

・息と声をミックスさせるトレーニング

 身体から深い息を出したあと、そこにうまく声を合わせるようなつもりで声を出してください。

1.「ハーアー」  2.「ハーエー」  3.「ハーオー」  4.「ハーウー」

・声で伸ばすトレーニング

1.「アーー」  2.「ハアー」 3.「フゥー」 4.「へエー」 (各20~30秒) 

 

・自然な声で読むトレーニング

情景を思い浮かべて、ゆっくりと読んでください。

1.「今日は気持ちのよい朝ですね。」

2.「すっかり晴れましたね。」

3.「どうも雲行きがよろしくないようですね。」

 

■応用例文トレーニング 

1.「ただ今戻りました」

2.「お先に失礼します」

3.「お疲れさまでした」

4.「失礼いたします」

5.「恐れ入ります」

6.「お先にいただきます」

7.「ご馳走さまでした」

8.「ちょうだいいたします」

9.「そろそろおいとまいたしますので」

 

「お笑い芸人、俳優、歌手のタレント化での政治的沈黙」 No.419

日本の芸能界は、かつてない静けさに包まれています。戦争があろうと政治変革があろうと、オピニオンリーダーたる主役たちは、本音を語りません。マスメディアでのMCやコメンテーターのことばは、空虚なまま、その時間枠を埋めて終わります。

 

 AIが炎上リスクを監視し、SNSが真意を切り刻む現代。かつては、個性と思考と表現の象徴だった言葉が、牙を抜かれてしまいました。

 CM契約を吹き飛ばすリスクとならないように、タレント化して、自らを無色透明な空っぽに、肝心なことは沈黙に葬ることで、生き残りを図っています。体制と同化し、既得権益の保守層と成り果てました。

 ファンが推しに求めるのも、また現実の政治を忘れさせてくれる安らぎです。そんな期待に応えようとする彼らの沈黙は、ビジネスとしては正解ですが、表現者としてはあまりに哀しく虚しくみえます。

 本来、芸人や歌手は独自の表現を持つ存在です。それにもかかわらず、発言を控える空気に飲み込まれていく現状には、忸怩たる寂しさが残ります。俳優、声優は、役になり切るのですが、タレントや歌手、芸人は、まさに独自の表現が、売りもののはずです。

 なのに、皆、私たちも含めて、同じように、この動きに飲み込まれていくようでは、日本に未来はないでしょう。日本の美徳、和の世界では、こうして空気が動かすどころか、空気さえなくなっていくのでしょうか。

 

 

#『日本の芸能界、政治的発言が沈黙の理由』音楽に関する希望論は、『日本のポップ・ミュージックと政治』(ともに『副・真のヴォイストレーニング』はてなブログに詳細)

5月のfukugenにも類似記事あり

«閑話休題 Vol.111「邦楽」(2)

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