〇頭声と胸声
高い声が出る人や、女性にありがちなのは頭声の方にすべての声を集め、胸声をまったく使っていない状態です。
逆に、胸声だけでキープして出している場合があります。そうすると、あまり頭部に響かないのです。
日本人のトレーナーは、頭声を早くから要求しがちです。後者よりは前者をめざしているのです。しかし、結局、頭声、胸声は区別して覚えていくものではなく、歌のなかでの声のひびきのバランスで考えるべきことなのです。
世界各国をまわると、後者タイプのヴォーカリストが少なくないことに驚かされます。上に響きをもってこなくとも、胸で、かなり高い音まで出しているのです。これには強靭な身体と息の力を必要とします。
高いところで、胸声をキープしていると、身体が強くなってきます。この歌い方は、シャウトもでき、ことばが響きに流れずにしっかりと伝わりますから、迫力ある歌を歌うときには欠かせません。
しかもトレーニングにとっても最も大切なこと、声を出すことで身体が鍛えられていき、声と身体とを1つにすることができるのです。
実際のトレーニングの場では、一時的に音がこもったり、フラットしがちで、暗い音色となることもあります。しかし、それは胸を開くための準備であり、深いポジションを獲得することがねらいなのです。つまり、時間がかかるので、多くの日本人は音程や発音という目先の問題の解決に走ります。
一流のヴォーカリストの声の音色は日本人がめざすほど明るくはありません。表情や響きで輝きをつけていることを知っておいてください。最終的に、歌にまとめるときは、胸に押しつけずに解放させることが必要です。
たとえ、一時、音域も音量もとれなくなり、響きもことばも不明瞭になっても、ただ1つ、声そのものの持つ表現に耳を傾けてみることです。そこに重みが加わり、魂が身体が入り込んでいるなら、最初の段階としてはよいのです。(この見極めは難しく、個人差もあります。感覚が伴わないこと、声を壊す方向にやりがちです。常に「バランスのチェック」をすべきです。)
さて、一番、困るのは、すべての声域にわたって、一見、声は統一されているものの、気持ちをのせられる声になっていない場合です。日本人のヴォーカリスト志願者のほとんどがこれを無視して声域を獲得し(たつもり)、音響技術で補っています。それではいくら、先に述べた部分的なトレーニング(発声器官、呼吸法、共鳴のトレーニング)をしても、根本的な解決になりません。本人がそのことにまったく気づかず、上達していると信じてやっていることが、問題なのです。
[胸声をキープするトレーニング]
なるべく声を変えないでやってみましょう。
ことばは何でもよいでしょう(「ラ」)
1)ドレミファミファソラ
ファソラシ ソラシド
2)ドミソ レファラ ミソシ ファラド
3)ドド♯レレ♯(半音ずつ4つ)で1オクターブ上まで
4)同じく半音ずつ5つで1オクターブ上まで
5)ドレミ、ド♯、レ♯ファ(全音で3つの音)で1オクターブ上まで
〇音域別のトレーニング
低い音は、人によっては比較的、共鳴をつかみやすいといえます。喉に緊張感を与えないなら、初心者のトレーニングに最適です。ポイントは、声が自然と深く出るポジション(私は「声の芯」と呼んでいます)をつかむことです。
話している声よりも低い音域はほとんど使ってきていません。だから、悪いくせがついていないといえます(そこでの息で声をみつけることです)。
普段高めの声を使っている人は、最初はやりにくいので、やや低目から始めます。続けていくに従い、しっかりとした声が出るようになります。そのときに、太くて男みたいな声と思わず、本当にしっかりした声を出している魅力的な女性の声をめざしてください。(世界の女性ヴォーカリストや女優の声の質感を何度も聞いて、捉えておくことが不可欠です)。
最も低いところで自然に出る声を私は「最下音」と呼んでいます。これ以上、低い声を出そうとすると喉で無理に出すことになります。そこは、深い息だけになるのがよいのです。
[中音域でのトレーニング]
低音で始まり、中音域で橋渡しをしてサビの高音に入るというのが多くの歌です。特に声の差がつくのは、中音域です。中音域は、簡単に出せるだけにしっかりと出すのは、なかなか難しいところなのです。中音域でのメリハリ、声の厚み、ヴォリューム。そこで実力は判断できるのです。 特にソラシドあたりで、声をそろえようとするとかなりの実力が必要となります。多くの人は、ここでヴォリューム・ダウンします。
私のヴォイストレーニングは、しっかりとこれらの音をそろえて出せるようにした上で高音域に入るので、ここでは一時的には、あまり響かせないようにしています。
中音域なのに、安易に頭声に移行すると、すでにそこで明るく薄っぺらい響きとなり、それなりに盛り上がってしまいます。すると、次にくるサビが冴えなくなり、パンチが効きません。
曲の構成からいうと、中音域は橋渡しのところで、メロディよりもことばの占める要素がまだ大きいところです。つまり、盛り上げるまえの抑えの部分、ことばにたくさんの息吹、感情を送り込んで、メリハリをつけるべきところなのです。いわばパンチの効いた声が柔らかく深いものであれば、どんな歌にも充分に対応できます。この中音域には安定感とヴォリューム感が不可欠です。
[音域移行のトレーニング]
高音へ移行するトレーニングは、高音をとりにいくためではなく、すでにとれている高音をより使いやすく、感情表現ができるようにするために行なうことです。つまり、高音域を作っていくのではなく、すでに作られた高音域をより自然に使えるようにしていくために行なうのです。 高音の獲得は目的ではなく、結果なのです。人によって違います。
仮に私がマライア・キャリーの高音が欲しいとして、そこでトレーニングをするのは、最初から無理とわかります。しかし人は、自分にないものを欲しがり、あこがれの人、そっくりになりたいのです。私がみて、それで成功した人はいません。自分の資質や可能性を知ることです。もう一つの理由は、すでに10代で楽に出る人がたくさんいるということで、こういう人は100人に1人で、私も高音からトレーニングします。日本の高音域ヴォーカリストの大半は、努力せずにすでに出せていたのです。確実なところをより確実にしていくことによってのみ、声はヴォリュームを増し、そのなかで音域も獲得していきます。
ですから自信の持てるところの声域で、メリハリをつけるトレーニング、より確実に深く声をつかまえ、身体の力でそれをコントロールすることを繰り返すことです。そのことによって、自然と声が導き出てくるようになり、気づいたら、声域、声量とも拡がっているというものなのです。
何ごとも、「早くやりたい」「まだできないか」とがんばっているときには目的は達成できず、そんなことを考えることもなくなるほど量をこなしたとき、目的のものは手中に入っているのです。気づいてみれば、すべては気の遠くなるようなトレーニングをやってしまった後だったということです。
ですから、中音域で、声を動かすトレーニングを徹底させることをお勧めします。
1)弱くから強くする
2)強くから弱くする
3)弱くから強くして弱くする
4)強くから弱くして強くする
このとき、発声器官での調整は絶対にしないこと、喉を楽にして、負担をかけないことです。
胸声と頭声のバランスは、ポピュラーの場合、歌のスタイルによってかなり異なってきます。
まずは、1オクターブ(たとえば、下のドから上のドまで)は、胸声でキープしておくことをしっかりと行います。これをもう2、3音(レ、ミまで)、胸声のまま伸ばそうとする方向でのトレーニングがあります。ただし、無理をして声をつぶす危険があるようならやめます。
逆に、2、3音上から(レかミ)、頭声でとり、そこから下へ降りてくるトレーニングもよいでしょう。特に高い音が出やすい人には、有効です。ヴォリュームをつけ、胸の響きをも感じてください。
声楽では、バランスを上に持っていきます。頭声での響きを加え、声楽特有の美しい響きの発声とします。
しかし、ポピュラーでは、このバランスは自由に決めていくべきだと思います。声楽の人からは理解できず、否定されるべき発声で、素晴らしい個性的な歌の世界を築き得たヴォーカリストばかりいるのがポピュラーの世界でしょう。美しい声よりも優先すべきものを捉えて、声はそれを自由に伝えられるように、身体と一体化すべきなのです。ただし、その根本には、口や舌に余計な力を加えたり、喉声にしないなどという共通の条件があります。つまり、声を統一することに関しての基本は同じことなのです。
〇高音域発声のチェック
高音域の発声については、次のポイントでチェックしてみてください。そして正しい発声のできる範囲内でトレーニングをすることです。
正しい発声については、次のような特長があります。
□力強さがあり、共鳴する(響く)
□ヴォリューム感があり、低音から高音まで音色が統一である
□しなやかさがあり、ムラがない
□美しさを感じる
□劇的(ドラマチック)である
□透明感がある、遠くから聞こえる
□均質で無理がない
□柔軟である
□軽快であってリズムが感じられる
□何度も、同じことを繰り返せる
間違った発声については次のようになります。
□喉を酷使しているように感じられる
□鼻声や不自然なかすれ声になる
□強弱のメリハリにムラがある
□ヴォリュームが出ない
□キンキン響くか、かすれたり、喉声になる
□重々しくこもっている
□ひずんでいる、無理を感じる
□音を低くすると極端にヴォリュームがダウンする
□長時間、同じことを繰り返せない
□音色にムラがある
〇裏声とファルセット
日本人の女性の場合は、地声を使わないように教えられて、裏声だけで歌っている人も少なくありません。しかし、裏声で人を感動させるためには、なかなかの素質が必要です。私は、地声で可能性を追究することを勧めています(地声を喉声という意味で使っている人もいますが、ここでは、裏声、ファルセットに対する声として使います)。ホイットニー・ヒューストンやセリーヌ・ディオンなど(ベルディングというものです※)。声によほど恵まれていない限り、使い方でみせていく、そこで裏声よりは地声の方が可能性が大きいからです。
トレーニングで確実に大きく変えられるのは、身体と息です。その線上にのる声は、いくらでも発展できますが、裏声ではすぐに限界がきます。というのも、響きの調整のトレーニングくらいしかできないからです。
ただし、自分の作詞や作曲の才能を中心にして世界を切り開いていこうという人には、その限りではないと言っておきましょう(私自身は決してよいとは思いませんが、こういう歌い方をめざす人が多いからです)。
声自体の魅力からいうと、薄っぺらい声で声域も狭く、声量も絶望的です。特に低中音域はエコーなしでは聴くに絶えないレベルを出られないでしょう。
男性の場合も、小さく浅い声をやわらかく高音にあてて歌うヴォーカリストが、特にニューミュージックやロックの若手に多く見られるようになりました。ヴォーカリストにはいろいろなスタイルがあり、このタイプは主流になりつつあります。それでもプロになった人は、何らかの世界(ヴォーカリストの魅力は声だけではなく、多くの要素があります)が開けたので、よいのでしょうが、これからトレーニングをしていこうとする人は、お勧めできません。高齢になるにつれ、喉の耐久性に難が出やすくなるからです。
[1オクターブの上下降のトレーニング]
1オクターブをとるのは音程のトレーニングでなく、声の統一の調整のトレーニングとして行なうとよいでしょう。
上から1オクターブ下へいくトレーニング
完全に声をとらえて、そこから胸声のバランスを増やします。 下から1オクターブ上へいくトレーニング 胸声をとらえつつ、予め、上でのイメージを明確にして、一気に高い音に移りましょう。結果として上にバランスが移ります。
音が下がるときに注意する 特に音が下がっていくときには音高(ピッチ)に注意します。かなり意識しないと、息の支えが抜けてしまいます。