Q.息を出しすぎないメリットは何ですか。 NO.255
Q.息を出しすぎないメリットは何ですか。
A.ろうそくを縦に並べてみて、どこまで吹けるか。民謡では紙を、ひびきを回すための一つの目安にします。大きな声を出せというと、息を吐くわけです。ところがひびく声というのは、息を出すことではなくて、息をきちんと使うことによって、ひびかせて出すから、息はあまり必要ない。声楽では息を吐いて大きな声を出すのではなくて、トイレットペーパーなどを垂らして、そこにふれないくらいの声集めなさいという勉強もあったくらいなのです。要は焦点を絞り込んで、そこに小さく当てるということで、歌手が歌えば、ろうそくでもゆれます。目的が違うのです。
せりふのときに吹かないということではあまり使いません。大きな声で歌うときにそうしなさいというのではなくて、大きく歌えるために、一番ポイントとしてのひびきの位置を確認しなさいというようなことです。簡単なことでいうと口のなかを開けて、集めるというような感覚にしなさいということです。効率は確かに大切です。実際に、息をハーッと吐いて、歌のなかでは10秒以上は伸ばせないともちません。せりふの中では口上でもない限り、実際にはそんなにないはずです。そこは歌唱の特殊性ゆえ、練習もそうなるのです。
Q.浅くて薄い声を直したい(深い声について)
フラメンコの人が来ています。向こうの人や年配の人とやると、声が浅くて薄くてというのですが、深くしましょうといっても、それで今すぐ使えるわけではありません。よく注意されるのは、浅いとか薄いとかですが、問題は、声に含みがないとか説得力がないということです。年配の人でも浅くて薄い声の人はいるのです。すると、問われるのは含みが入っているかいないかというような、熟練さ、キャリアです。
声となると、太くなって深くなるかもしれないし、ならないかもしれません。バイオリンとチェロみたいなもので、バイオリンはチェロの真似はできない。でも、深みのある演奏ができないのかといったら、違います。それは、声が深くないからダメなのではなくて、取り出す技術がないわけです。浅い声とか軽い声であってもよい。フラメンコで、確かに重くて太い声の人もいるけれども、浅くて軽くてもすごい演奏をやっている人も中にはいるはずです。日本人だから、その可能性のほうがあるわけです。
その声自体を直すとか、変に深くするよりは、浅くて薄い声できちんと表現できるように、含みを入れていくことのほうが大切です。浅いといっているのは、演技が浅いというようなことを、声が浅いということで、無理にあなたが声そのもので太く変えるというよりは、年齢相応のほうがよいと思うのです。
○声優の声の高さ
そこにあなたの声を配置するのは、あなたの声がそうだからだと思うのです。
声の質をみて決めていないでしょう。声優は一人で何役も持たなければいけないのですが、自分の一番ベーシックなところの声をどんな役に対しても使っていくことです。引き受けないわけにはいかないのでしょうが、そこでは仕方がありません。演技的に難があったり説得力がなくなるかもしれません。
声優だからいくつかの声は持っていなければいけません。そこまで落とし込む必要があるのかないのかということ、キャラが決められているので、似た声が2つあると目障りだけれど、違う声であれば、声の低さ高さはそんなに関係ないと思います。
日本ほど、声の低い役者に高い声をつけてきたところはないのですね。原語では低い声でやっているのに、3枚目のしゃべり方をさせています。お客さんに寄ってしまっているのか。周りも高めにしてくると、そこでぶつかるとわかりにくいです。
年配になってくると、その人らしい声の音色は出てくるのですが、若いうちは、5人くらいでも区別ができなくなってしまいます。
やりだしてすぐ、何でベテランと同じことができるんだということもあります。年齢ではない部分もあります。30歳過ぎてから決まってくる仕事であるともいえますから、その後のことを考えておいたほうがよいでしょう。
○喉の強さ
役者でもそういうことを知っているから、器用ですね。あの落語家はこんな声でと真似てしまいます。それも一つの声の能力です。聞いてみたらどこで動いていて、どういうふうに使っているというのがわかっていて、しかも自分でもそれを変えて出せるというようなことです。
腹から本当に声を出しているのは、日本ではお坊さんとか、長唄のほうが大きいですね。歌い手や声優さんとかアナウンサーとかは、どんどん声を出さなくなってきています。
ここは大きな声で声を出すことをやっています。
どんなに出しても喉がやられないというのは一番あとです。いろいろな意味で応用がきいくようにはなってきますね。舞台をやるには、喉が強くて壊れない自信、どんなに喉をコントロールできるかという処方を知っていることです。
30代くらいで喉を壊してそれから勉強しにきますが、本当は順番が逆です。ただ舞台ではそんなことは言っていられないです。喉を考えたら演技ができなくなってしまいます。
ヴォイストレーニングは特殊なことではありません。自分で勘が鋭くてやっていたら、あとで伸びる声、伸びない声というのはわかります。今のはお腹から声が出た、今のは部分的に邪魔しているとわかります。それは本人の感覚ですから、そこに対して鋭いか鈍いかということです。
だから、一人でやってきた人もいるわけです。ただ一人でやるとどうしても、他の人のようにいかないとか、あまりにいろいろなことが器用にできて迷うという人もいます。何が自分に一番よいのかわからないのです。厳しい基準でみれば、大体ダメだから、どれかに定まってきます。
あなたが生まれもった声を完全に使いきることと、できたら声の将来のために呼吸機能とか喉自体も鍛えておくことです。無理にではなく、しぜんななかで、あたりまえのレベルにすることをベースにしていきます。それが自分でできるようになってきたら、そういうチェックをもっと厳しくします。そして表現力にします。
声からみると、表現力よりも体の原理にあっているかどうかです。歌手や役者の業界とは違う基準というのがあるわけです。
○声のセッティング
今のはできている、できていないというのも、プロデューサーや演出家によって基準が動きます。声のよい人というのでも、好みのようになってしまいます。それではトレーニングをやりにくいでしょう。
プロデューサーに言われてくる人を、声からみているだけではありません。中途半端にアドバイスしても、本人が迷ってしまう原因になってしまいます。そこは分けておかなければダメです。
トレーニングでやることは基本です。誰が来ても、声があると思われることでよいのです。それをどう使うかは、舞台が決めていきます。そこで使っている声がよい悪いという問題はありません。演技がよければよいのです。むしろ、声がよいと思われてしまうくらいではダメなのです。
演技や気持ちが声に出てきていることが必要です。それをキープしていきます。1分間のなかで語ったりするのに、15分スピーチして、聞いている人が感動したりするために声がついていなければダメというような意味での声です。
前よりは考えないでできるようになったと思うのが一番よいです。あまり複雑にどの声とか、何番目の声を使うとか、そういうふうにはいきません。声優さんなら、自分のなかで引き出しをいくつも持っておかないとなりませんが。
寝ていたり、ご飯を食べたあとで、すぐには、声がもってこられないわけです。浅い声にいきやすくなるのです。そのまま出ていくと、高い音や大きな声がとれない。そういうときにも深い声を早くもってくるための手段です。日本人はこのくらいの位置でしか声をとっていないとしたら、外国人はこの辺から息をして歌っています。
オペラを歌うときに、オペラを歌ってから行くと疲れてしまいます。でも体とは結びつけなければいけません。トレーニングで体と声を結びつけるために、「ハイ」とか呼吸トレーニングを深くやっておきます。自分で声を出したときに、動きやすくなります。
今の段階だったら、「ハッハッ」とか「ハー」とかでよいでしょう。あまり息の音が出るようにはやらないほうがよいです。声がかすれるなら、もっと安全なやり方でやります。全部吐ききったら、しぜんに入りますね。それだけでもよいくらいです。
○鍛えることと、使うこと
お腹は、こういうところが鍛えられていないから痛くなってしまいます。クラクラときたりします。5年くらいやったら、鍛えられた体になります。そういうことをつくってしまったら怖いものはありません。
息がこのくらいしか入らない人と、瞬間的に入らない人では、体の違いです。これは発声をしなくてよいのです。
ひびきが深く入らないというときに、息をたくさん吐いたり、こういう筋肉で呼吸の器を大きく動かすことによって、そういうことができるようになります。
日本人はあまり深い息がありません。トレーニングで早めに身につけることだと思います。演技で、1の次に2、2の次に3といわなければいけないというようでは頭が動いて、喉をしめていってしまいます。せっかく体と息がその状態になってきているのに、ことばを言うときに、その呼吸と関係なしに声を出しているから、喉をつぶすのです。
声を使うことのほうが難しいですね。スポーツで走りながら「ファイト」といっても、声をうまく出せる子と喉をつぶす子がいます。その違いみたいなものです。うまくつかんでしまえば簡単なのだけれど、つかみそこなっている場合は、やるほど逆に悪くなってしまいます。
声楽の先生でも、できる子を、よりうまくできるように教えることしかできません。自分ができた人が先生ですから、できない人がいくと、ますますできなくなるのです。役者でも同じです。声を出す練習をすると、できている子は勘がよいからよくなりますが、本当に1割か2割です。他のできない子が行くと、やらないほうがまだましだったというような結果となります。そこに気をつけて教えている人は少ないものです。