中国との関係 2017/03/30

実は、中国もアメリカと同じく、ずっと戦争、内戦続きの国なのです。

日本の大陸進出は、白村江の戦いのあと、秀吉の明征服、第二次大戦前の満州進出でした。中国は周辺民族の王朝の変遷で、漢民族で4千年ではないのです。その一つに、日本の動きもあったという見方もあるわけです。

ちなみに、イスラムもまたカリフ制、国民国家には当てはまりにくいです。

日本はアイヌ民族はいたものの、民族として国民国家体制に当てはまりやすかったのです。日本でいうと、県と藩の関係、本当は、藩で分かれていたのを無理に県にしたというのが、グローバルにみた国民国家制です。アメリカ、ヨーロッパのやり方に合わせたにすぎないのでしょうか。

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ダブルスタンダードでの差別 2017/03/20

区別するから友人と友人でない人ができるのです。すべてが友人というのは、一人の友人もいないことにも等しいでしょう。そこから区別、差別の問題は出てくるのです。

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絶対的な真理、信仰 2017/03/10

カトリックでは、2014年、フランシスコ教皇が、神は自然の法則に進化するよう生物をつくられたと述べました。宗教もまた、ある程度、いい加減かつ矛盾も許容していかないと継がれていかれないものです。

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争わなければ幸せになれる 2017/02/28

ノブリス・オブリージュに尽きると思います。

平和のときにこそ、格差が広がります。そして戦争がおき、そこでは、勝つために、ある意味では、平等に徴兵されます。戦争や革命は、既存の秩序の破壊でもあり、新しい社会づくりでもあったのです。

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fukugen補遺 2017/02/28

Voice

 

〇祭だ、声を出そう 

 

声を出そう、祭のあとに龍角散、とCM、永さんもなくなり、お世話になった藤井康男社長もなくなり、今は、その右脳教育で名フルート奏者のご子息が経営を。

 

祭かスポーツ観戦くらいしか大きな声を出す機会はなくなりつつあります。

 

コミューンは、10001万Hzを増やすことで聞く方でなく話す方の声を改善して聴きやすくします。発想の転換。

 

「聲の形」公開、京都アニメ、聴覚障害者

まんがでは、スペリオールに、「淋しいのはアンタだけじゃない」吉本浩二、森達也氏と佐村河内氏も関連、映画化。

 

先日述べた件、2003年中国で万里の長城は宇宙からみえず小学校教科書から削除とのことでした。

 

秋田犬が、中国でブーム。

 

プリプリのDiamondsは、心肺停止の蘇生に使えるといいます。それは、テンポ112でアフタービートだからだそうです。昔は、もしもし亀よ、だったとか。

 

人工呼吸より心臓マッサージが大切と、救命の常識も変わりました。

ごっくんチェッカー 音で誤嚥性肺炎をふせぐ

 

ちょんまげ君アプリ、では、声をひきたたせ、聞こえやすくします。

 

Media Spire呼吸センサーアプリ(アメリカ)

 

〇トローチの話

 

トローチに穴が空いているのは、喉に詰まったときの気道確保です。

 

映画館で、4D×発声可,サイリウム持込可、コスプレOKで、騒げるわけです。カカラオケスペースからの映画の融合もあるわけです、シネカラ(コート・ダジュール)など。

 

ポケモンGOなども、引きこもりを外に出すのに効果的とか、でも、そこで、ものでなく、人に声をかけたら、ゲット、戦闘でなく、挨拶しあったら、レベルアップなどなればよいですね。まあ、ポケモンGOをネタに話せるようですが。しかし地方格差、ひどくないですか、、、。

 

Movie 「ソング・オブ・ラホール」(パキスタン)

 

のりこえネット(ヘイトスピーチ)

 

Art 「リリーのすべて」GLBT

 「アダンバレエ」Cocco

 

Words 役割語というのがあり、区別差別をつけているのです。

 

Art 小説「悪声」いしいしんじ

 

〇イグ・ノーベル

 

発表されました。過去のは、

2006 音響学会 なぜ人は黒板をひっかく音を嫌うのか

2009 オペラでマウスが長生き(日本人)

今年の知覚賞に日本人の 股のぞきの研究、天の橋立は有名ですね

 

〇スポーツヴォイス

 

内臓脂肪もやし心肺機能高めます カラオケメーカー第一興商と松本市で90

 

〇ハリウッドセオリー 

 

ハリウッドセオリー では、11分まででわからないと聞き手の集中がもたないとされています。

かつてはわからないことに寛容でした。むしろわからないことを楽しみました。

情報の過剰がもたらしたというのではなく、受け取り側が、しなくてもよい判断をしてしまっているのです。判断して、すぐ次に行くことを強制されているのでしょう。

とは言え、そういう人を相手にするには、見た目で5秒、話で11秒、出だしを気をつけましょう。

 

ホーキング 文明が進んだ星は300万以上あるが、進むと自滅するので地球に来れないそうで、人類もそうなりつつあります。22世紀まで生き残れるのでしょうか。

 

かつて、日教組が、創造性を妨げると号令を禁止したそうです。ため息しかでません。

 

〇人との関係性よくない人は、合唱で社会性高まるそうです。

 

カラオケもサイトカインがでます。女子が引くのは

はしゃいでく、ナナメにマイク、歌詞に女性の名前をわりこます、下手な合いの手

 

〇コミックシンガーと学歴崩壊 

 

コミットソングについての考察

スパイクジョーンズ(-65

20世紀初頭のオッペケペー

1935~あきれたボーイズ

音曲漫才師にはてっぱん曲がありました。

1968ドリフターズもミュージシャンでスタート。

感嘆詞

老人と子供のポルカ(1970)の大ヒットから、

三平さんの 好きです(ヨシコさん)

アホの坂田

ダンチョネ節 小林旭1960は、最高のコミックシンガーだそうです。

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視点を変えてみる 2017/02/20

たとえば、人間は、定住してから農業を始めたという説があります。農業をしたから動物の捕獲をやめたのではなく、乱獲をするようになった。元より、燻製で保存できることを知ると定住もできていたのです。やがて、戦いで収奪するより支配した方がよいとなったのです。定住は労働時間を長くします。そこは、他人を使えばよいとなり、身分の差も生じたといえるのです。これをどう考えますか。

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若者の保守化と革新好き団塊世代 2017/02/10

変わることしかニュースになりません。

世界はニュースを欲しがっているのです。

 

18歳選挙権

1617歳で一人ひとりが政治のポリシーをもっているし、友だち、先生とも政治を議論している国での18歳選挙と、20歳でもほとんどが無関心で静かな国民のとは、根本的に違うのです。日本人が幼いのでなく、日本の国の歴史や人間関係、豊かさがそうしてきたともいえるのです。

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リーダーの条件 2017/01/30

政治家は、反対者を含めて、集団を代表できること

敵とともに統治することができること

自分と考えの違う人と交渉できること

 

企業>国の時代

企業の採算が、アメリカや中国に戦争させない方がよくなることです。

自らだけが儲けようとしないことが最大の儲け、あるいは儲け以上のものとなるようになればよいのです。

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声は免疫力 2017/01/20

 「ルックスがいい、声がいい、スポーツができる、音楽の才能がある…、女が「キャー!」と言うようなものはすべて、免疫力の証です。特に、声の魅力は免疫力と一番強い相関があるという研究結果がでていますね」(中略)
 免疫力の高さは精子の質、数、つまり生殖能力ともパラレルです。(「佐藤優さん 神は本当に存在するのですか」文芸春秋)
 高温多湿なところほど、免疫力の強い男を選ばないとパラサイトにやられます。そのため、ルックス、声、スポーツ、音楽の才能が問われます。縄文系優位なのです。それはテストステロン、男性ホルモンですから、男らしくなります。
 しかし、同時に、免疫力抑制もするので、病気になりやすく、死にやすくなります。
 イケメンは、睾丸が大きいのです。そしてイクメンにはなりません。モンゴロイドは、2つで20g、コーカソイド40、ネグロイド50、チンパンジー120です。
 シンメトリーは、女性っぽくチャラいなど。

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世界の変動 2017/1/10

今の世界変動は、グローバリズムからナショナリズムへの回帰か、さらにローカリズムへの復古かというように捉えられています。ISもテロも難民も、グローバル化をめざす手段として使われているからです。移民は、考えようによっては、元の国をつぶすことになります。近代化はグローバリズムであり、ボーダーレスであり、移民化だったのでしょう。
日本は、借金だらけ、ギリシャのようになりかねないというのなら、イギリスがEU離脱したりトランプが勝って、国際的に不安、危機になったときに円が買われ、上がるはずはありません。つまり、世界でもっとも信用があり安定しているということです。
国家という勝者が、歴史を残しています。というのなら、国家に金を貸しているのが真の支配者となります。いわば、金融を牛耳るユダヤ人です。それはイギリスの金融資本、いわゆるシティであり、アメリカのFRB(連邦準備銀行)です。
世界が日本化するとよいと、述べてきました。タタミーゼ=日本風にくらす人のことです。
〇〇系日本人というのは、なぜかいません。そこを考えてみるとよいのです。
皆が金で動くようになればよい、となると、日本人は、とても困るのです。
モノづくりに魂、精神を宿させ、分身化してきたからです。

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fukugen補遺 2016/12/31

Health

 

〇ネット依存症

 

ネット依存症とは、ネットが生活の中心、使用することのコントロールができなくなる、そして健康に問題が生じる、いつしれず体が勝手に動いてゲームするようになるそうです。アル中も仕事中毒もはまって抜けられないことには同じですが、人に開かれているかは、大きな違いです。

ネットで便利なのはうろ覚えかど忘れしたことを確認できることです。

さて、いつでもどこでもすぐに、ということは、使い方で無限大の差がつくということです。

自由というのは使いこなすのが難しく、不自由を経験した人でないと、使えません。ネットも同じように思います。不自由は、人との関係から意識されます。自分がしたいように人はしてくれないのです。

 

ですから早く使いこなしたければ、早く人との摩擦に苦労しあくせくすることです。それには何か起こそうとし、起こさないとなりません。自分で起こした分には自業自得で、忍耐強くなれるのですが、何もしないと不利益なことが降りかかり苦しいものです。ネットはバーチャルな世界です。そこでは自分の思いのままになるとしても、現実は思いのままになりません。思いのままになることは決して幸せなどではありません。思いのままにならないからこそ人生おもしろいのです。夢を持ち、悪戦苦闘する人は、それを順に踏んでいるわけです。依存か活用か、ネットは手段、それを確認するために週1で、ノーネットディを作ればどうでしょうか。


〇健康診断

日本の健康診断は基準値が1つ、何歳でもおなじわけないのになぜ。他の国では年齢別にあるとか、おおざっぱにあてにしないようにという賢者の知恵?いや、予防に関する限り、日本は遅れていませんか。

 

 

Spot


〇堺のボランティアさん 

堺市博物館。伝統産業会館。

老舗のつぼ市でお茶と菓子、抹茶かき氷などで有名。

清学院 チベットと親交深めた川口慧海の学んだ塾、寺小屋、時間も決まってなく学べたとか、学校より寺小屋。

方違神社参拝。

堺は、注染、昆布、香本から線香、刀から銃の大量生産に、秀吉のあと、大坂の陣まで

隆盛、家康についたまでは先見の明だったのですが。

新名所?さかい利晶の杜は、利休と与謝野晶子のコラボ、今回は文豪ストレイドックスで、コラボということで。 

山口家住宅、松の木太い。

仁徳天皇陵、今は教科書でも大仙綾古墳というらしいですが、歴史も変わります。

2千人15年かかった、造築中、百舌鳥が倒れた鹿の耳から出たから、百舌鳥耳原中陵、

 

もずのみみはらのなかのみささぎ、と読む、とボランティア。今回は立ち止まるなり黄色いシャツのボランティアさんに説明受けた、どん欲なシルバーの方の熱意に頭が下がります。で、どう猛な百舌鳥、Mozuで知った?枝にえものをさす。まあ、パンダも鹿の肉食うのですから、動画見たし、熊は雑食。「世界三大墳墓」ともいわれ秦の始皇帝陵を凌いで世界最大値、あっ、万里の長城は細くて、ほんとは宇宙から見えないとか。でも、これは見えるのでは。

 

原生林をひかえる春日大社、今年、特別拝観。

あをによし、の

あを=ろくしょう、青、に=赤、

鳥居などの赤には腐食防止のために、水銀が入っているとか。

 

皇室に関わる鳥居は、形が違いますね。

神宮、稲荷、八幡、大社とのちがいもおもしろいですね。

ちなみに日本の神社は、88000、コンビニはまだ5万台ですから、かなりの数ですね。
神社は新潟、寺は愛知が最多数、ともに4000台ですが、
これは19世紀末、東京よりこの2つの県と兵庫は、人口が多かったらしいのです。

〇出羽さんざん

 

新庄から、最上川下り、芭蕉ライン、日本三大急流での世界三大舟唄?、

最上川舟唄を。銀山温泉、江戸の銀。九月雨を散らして脹らむ最上川。おそまつ。

 

出羽三山、ではさんざん雨にふられてたのが、はたっとやみ、こうげんあらたか、ヘビとなりあらわれまする。
もやにかすみし爺スギのよこてに婆の成りかわりて五重塔かな
羽黒山参拝 生魂足魂玉留魂 いくたまたるたまたまどめたま

いきかえりの宿瀧波(赤湯)、餅つきなど人気、テレビで放映されたモデルケース、間に合わず、パス。

 

山形教育施設、文翔館、教育資料館、郷土館など廻りました。夕方から、晴れ間が出たので急きょ、

山寺立石寺、何度、来ても、神神しくあります。天童は、桂馬して、赤湯、かつて合宿免許をとって以来、の来訪。

龍上海のラーメン、こちらのセブンイレブンではご当地カップ麺もでています、をいただき、バリアフリーのホテルに。

 

赤湯は三大熊野の熊野神社、大銀杏と茅葺、

帰路、米沢で米沢牛のべこや、力餅、

ついでに上杉神社と伝国の杜、伯爵邸を見学。

早々につばさに乗りました。

蔵王牛、山形牛、尾花沢牛と。松川弁当店は七代目。

 

 

Voice

〇変声期などのこと 

中国の留学生二人、コーチングの方とその弟子、女優さん二人、九州からとなんか立て続けに来客接待で1日終わりました。その後、久々に新宿で肉を食す。

 

科捜研の女スペシャルで、榊マリコ役の沢口靖子さん、152作、確か、ゴジラに出ていましたね。それでアカデミー新人賞1984年。シンゴジラではありません。

新作「校庭に東風吹いて亅公開へ。

 

Time say Good bye などを、カウンターテナーとテノールの声を切りかえられるマリアセレンさんで聞かせていただきました。 

 

「変声期」のレコードがありまして、これは、1215歳 196042日から、毎週、録音したもの、NHK制作、ニューヨークで教材となりました。

19681000円で発売

 

〇世界一下手な歌 

 

「マダムフローレンス!夢みる二人」そのうち公開。

世界一へたな歌手のCDとして、聞いたことはありましたが、今さらなぜ映画になるのでしょうか。主役のメリル・ストリープも56歳、コミカルに選択したかったのでしょうか。世界一うまいは、諸論あるでしょうが、世界一下手というのは、基準も定めようないから成り立たないわけです。

100メートル走でもっとも速いは、競えますが、もっとも遅いは、耐久レースとなり、7日かけました、では条件は?止まらない?寝ない食べない、水はよいとか、がぜん面倒になり、そもそも100メートルの意味がなくなります。速度の価値、新幹線は速いから値段が高いのですが、クルーズは長いほど高いし、距離、時間、速度のなかで、人間がなにをどう価値づけるかでしょう。

では、歌の価値とはなにか。人柄とか金ではない、で確かご主人の金ですが、彼女の場合、純粋に歌なのです。発声や音程やリズムで下手、でも、人が聞きに行く、見に行きたくなる下手ならすでに芸です、アイドルの下手とは違うのです。つまり、うまいとか正しいという歌い方、発声、音程やリズムへのアンチテーゼなのです。

よく「うまくなくても社会的地位や金があれば、ライブもCD販売もできるのですが、でも歴史に名は残らないよ」といってきました。しかし彼女は歴史に名前が残ったようです。相手打者にたまたまに大記録を達成させた選手として名が残るピッチャーなどよりよほどすごいことですね。

 

〇君が代独唱

 

「君が代」を、ときどき、開幕で歌わなくてはいけないという人がきます。

選手で国歌を歌うかどうか、教員はどうか、論議されるのは、日本では歌わないことで不利益を被る人がいて、思想や表現の自由と関連づけられるからです。

オリンピックでは、国の競争を煽らないように、栄冠は個人に帰すようにしているのに、メダル数争いや国旗の露出は規制されないし、実質、ワールドカップのように国家の代理競争となっています。報道も同じで、国家主義でなく個人の人権尊重と言いつつ、国威向上の加熱報道を他の面でする、私はこういう矛盾も多様性とみていますが、どうなっているのかを知って、故意にやっていると思っていたら、本人がなんら、その構図を捉えていない、そういう人は一気に偏向するので信用ならないのです。

で、君が代が、56秒だったのが、リオから77秒にスローテンポになりました。ただでさえ、勇ましくはない、君が代を、6090秒に世界の国歌を統一という、暴挙に、おかしいと言わないのは、おかしいでしょう。

 

〇なんでも叶えるドラエもん 

 

インドで何でもかなえるドラえもんが、教育で悪影響ということです。

そうであれば、正義や友情を絶対視したり、なんでも夢の叶うようなマンガも映画も小説も悪影響、裏切りや非道や悪を教えるフィクションより害ともいえます。
自己啓発書などもなまじ努力せずとも考え方だけで人生が変わるとか成功するように信じさせ、継続させて愛読者にする、なんとか療法で、直せるなら一回で直せよと言いたいくらい、何回も何年も通い、大金をはたく、すごい効果ですという人は、何回も怪我したり具合悪くなりますね、と言いたいくらい。マッチポンプと見えてならないのです。子供向けだからというのなら、成長できない子供もいるという負の面に着目しましょう。

 

〇国立劇場50周年

 

声明 高野山真言宗/延暦寺天台宗(10/29

 

〇口元をみる

 

熊本大の調査では、日本人の学生は、英語母語留学生に比べ聞くことに集中して、相手の口元をみて、判断していないそうです。(日経10/17

 

 

Words

 

Go

 

最近ミステリーやドラマをみるようになりました。

「家を売るオンナ」Go!の北川景子、視聴率10パーセント超えはこれだけ。

トレンディドラマが大ヒット、そんな時代もありましたね。ポケモンGoもあわせて、Goが使われるでしょうか。しごとにGo!

 

 

Art

 

Cinemaシンゴジラ 

 

期待しないとよく,期待するとまあまあというのは、それなりのものと思っているのですが、オマージュを超えてゴジラをダシにいろんなツッコミどころ満載で、意表をつきまくり、確かにリアルタイムにリアルに見るべき作品です。私には、あのアメリカ版のでぶゴジラのイメージが消えてよかったです。なにかと今の日本人のジレンマが強調されていて、これから米中仏ほか国際的評価はどうなるでしょうね。 そのまま歌舞伎町のビルになったというオチを考えてみました。

 

〇ギリシア展

 

オリンピックつながりでもないが、当時の5種競技の復元映像が見られました。4千年近くも前のフレスコ画が色鮮やかです。

〇えんじゅの木

えんじゅの木での敷物をなかなか気に入っています。名前が「延寿」に通じ、中国では「出世の木」「長寿の木」として扱われてきました。古事記では宇美八幡宮に植えられているのは「平産の幸ある木」で「安産の守り神」として信仰され、幸せが家に舞い込無双です。北のほうに植え「キタエンジュ」とすると魔除けの効果があるようです。

 

 

Event

 

〇代々木競技場と横田基地のお祭り 

 

拳真祭 羽山威行氏のワールドF.S.A空手グランプリにおうかがいしました。本気の武道。代々木競技場、湘南の風が横の第一競技場で、挨拶に。先のオリンピックで使われただけあり、立派、外国人が撮りまくっていました。ブラジルを見習い、一部競技だけでなく全面使用にリユースしたらよいのに。丹下健三氏も嘆いているのでは、いや、あの都庁を建てた人だから。よく岡本太郎氏のあの太陽の塔をつきぬけさせたなと。

 

建設利権と、スクラップ&ビルド、羽田圭介くんの作品でない、無駄な公共事業で民活と世界一の建設技術力つけ、伝統継承、文化保存もせず、まあ日本人の家屋は変遷ですし、絶えず災害やらで破壊、一度は大空襲やらで、なにもないところから、天もアメリカも恨まず、というか、むしろ己の行いの戒めとして感謝し働きに働き、よりよいものにする、無常観と向上心に支えられてきたわけで、我が民族の心意気に我ながら胸を熱くします。でも、防波堤など改悪も多いのです。センスがあ。

 

そこに小池知事が乗り込む、まずは築地の安全問題。

それから一週間、横田基地日米友好祭に私が乗り込む、身分証提示?ここはアメリカ。中身は、なんか大規模な肉フェス、暑くてみんなアメリカの戦闘機の翼の陰に避難、まさに今の日本を象徴、未だ東京にこれだけの基地を持ち、その空は日本に領空侵犯を許さず。自衛隊機も多かったのですが、自衛官募集にも役立ちましょう。基地外に横田基地反対の人の声わずか。

 

 

etc.

 

〇デパートの終焉

 

百貨店2008280店、2015238店と激減、ほとんど、家電やディスカウント店に店舗を譲りつつあります。ビックカメラ、ヨドバシカメラなど、カメラがメインでないのに頑なに社名をかえないままに、ヤマダ電機などもいれると、これまでは、衣服から家電にという流れだったわけですね。それが家電から情報機器となりまして、今や、スマホを使い、ネットから膨大な情報を引き出しているわけです。

 

〇情報格差と若者優遇 

 

それにしても電気や電話料金の複雑さ、ポイントなども同じで、知る人、使いこなせる人は得をするが、そうでない人は得をしない、得しないだけで損するわけではないという建前で、いろいろと複雑にして、縛りをつけています。

使わないのは勝手、学ばないしついてこないのだから損しても自業自得、そういう強者の論理で、いつも多くのビジネスが成り立っています。考えるまでもなく得している人の分は、得してない人が負担しているわけで、情報格差が貧富の差になりつつあります。

配偶者控除なども似ていますね。もとより得していたのがなくなるのを、損と思うわけです。どちらにしろ、年配者にまわす補助を、若い人の教育にまわすことを考えたいものです。

 

〇フルーツの話

 

千疋屋はフルーツを置かない果物屋となりましたが、

全国にフルーツの盛り合わせたフルーツ専門喫茶店が

ちらほらみられます。

私も一軒め、コーヒーなら、二軒目、紅茶か日本茶の店を探すときがあります。

さとう、クリーム、ガムシロ、ジャム、ハチミツ、などがいらなくなりましたので、甘くないものが欲しく、フルーツもそのままでよいのです。

海外は甘すぎますが、米主食の日本人には本来はデザート不要なのです。

 

〇闘牛とバーベキュー 

 

スペインで闘牛、反対58% 賛成19%に、カタルーニャなどではすでに禁止、動物愛護は、命の大切さにつながるというと、もろてをあげて、よいことですが、20万人近く4100億のマーケットに関わるだけに時間も。

文化伝統民族の問題もありますが、人間の動物観、深くは、差別意識とも関わる気がしますが、、。

日本では闘犬、闘鶏から、沖縄のハブ対マングース、マングースは外来種でハブの駆逐もせず増えすぎで問題、鹿、熊、猿、竹、、、と。オーストラリアでもコアラはストレスで観光客は抱けなくなり、、過保護な日本では、昆虫の表紙のノートも消えました。昔は、男の子に人気だった虫が、今や、アンタッチャブルに。

牧場で乳搾り体験して、バーベキューのできる人間の身勝手さは、タフであることと繊細であることを微妙に行き来しているのでしょうね。

 

〇和といってもどこから日本人 

 

東儀秀樹さんの話で「打ちあわせ ろれつがまわらない コツをつかむ」などは、1300年の雅楽からきているそうであります。

しかし考えてみるに、日本古来と私たちが思っているもののものの大半は、中国、大陸から来てるのであり、そこを忘れて、明治維新以後、欧米の洋に対して、和と使ってきたことが多いのです。

和服でも秦氏あたりが西陣のもとを、そもそも太秦ですからね。神道さえ仏教伝来前にきたとか、まして和食や和楽など、私たち日本人はたんに欧米を軸に対立させますが、アジアやアラブなどに共通していることは、殊の外、多いのです。元より日本人もまた渡来してきたのですから。

 

 

People

 

〇五輪の名花、逝去 

 

ベラ=チャスラフスカさん逝去、チェコスロヴァキア、5つのガンで闘病。

東京を含む3つのオリンピックで7つの金、4つの銀メダル。

1m58cm、私のなかではけっこう大きな人のイメージでした。

そういえば、段違い平行棒は女子だけの競技、

そういえば、陸上で女子だけお腹を出すようになったのは、胸のためとか。

1968年プラハの春から2010年のアラブの春と移り、民主化のはずが、その後、アフリカ一周も世界一周も難しくなりました。

さて、彼女はメキシコオリンピックでの金メダル、床ではソ連と同点1位、彼女はソ連の国旗に目をそらして、反共をアピールしました。その後、プラハの春はおわり、19891117日ビロード革命(静かな革命)まで暗黒の時代。

その1ヵ月後ルーマニアでは、流血の革命、その半年後、私は、傷だらけで明るいブカレストにいたわけです。それはともかく、チェコにいたソ連軍はひきあげたのに、日本にはいまだに米軍が常駐。
自伝に「私たちは、個人的なことばかりに関心をよせ政治や社会から目をそらせてきた過去を忘れてしまいがちです。今こそ自らの記憶に向きあっていくときです。」と。
2020年東京で会いましょう」と言いのこし、先の830日亡くなられました。自由の闘士に、ご冥福を。

 

〇人生綱渡り 

 

至上もっとも美しい犯罪と言われた フィリップ・プティの今はなきワールドトレーニングセンターWTCをつなわたり。人生は、

1.Passion

2.Tenacity

3.Intuition 

4.Faith

5.InproVisation

6.Inspiration

ノートルダム、シドニーハーバーブリッジも綱渡り。

WTCは、9.11以後、7つに再建されましたが、私はまだ行っていません。

あの事件で私の心もニューヨークから離れたままです。アメリカへの信頼が再建されないのです。

「マン・オン・ワイヤ」でみた人です。

My mission is to Create.(TED)

 

〇アンジェイ・ワイダ氏死去

かつて有楽町での募金活動で出会いましたが、もう90歳、といえば、森英恵さんも同じ年齢。

 

〇初代タイガーマスク

佐山氏は去年、心臓病、でも今年、エクスビジョンに登場、好敵手のダイナマイト・キッドは、療養らしいです。デビューからもう、もはや35年たったのです。

 

〇平幹二朗さん

逝去。 天皇82才との同年の人は、黒柳徹子、田原総一郎、大山のぶ代、オノヨーコ、金田正一、高木ブーなどで、今年は、大橋巨泉、永六輔さんが亡くなりました。

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最近のテーマ 2016/12/30

日本がアメリカの51番目の州となること

沖縄の独立

天皇制についてと、憲法改正

市場から退場して、「里山」で物々交換への生活の選択

第一次産業の見直し

自由意思と自立心のない日本人

安くても買わない、買えるけど買わないという考え

トリクルダウンは、元は中華思想(先富論1985~鄧小平)

AIロボットの登場でモダンタイムズに突入

女性で変える

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このところの反グローバリズム 2016/12/20

・浮世離れしたエリート

・EUなど官僚の統治、日本では都議への反発

・自治権、国境、法律は、自分たちで決める

・貧富 格差拡大 移民問題 

・貧富の差よりもイデオロギー、イスラムのISは裕福で高学歴の学生も

・グローバル化への抵抗で、反グローバリズム、反移民の方向に動き出している

・AIのFinTech

バングラディッシュ ダッカの日本人の殺害は、リッチで高学歴の若者による。

イギリスEU離脱 政府の接戦でも勝てるという戦略が裏目に出る。

トランプ台頭 アメリカの白人の貧困層

ドゥテルテ(フィリピン)、ルセフ(ブラジル)、プーチン、習近平

舛添東京都知事辞任

アメリカのグローバリズムの限界、グローバル化での同一化への反逆が生じています。


同じであり続けることの価値を見直す、伝統回帰

すぐれたものは外にある

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移民問題とブラック市場 2016/12/10

日本は、これまで、貧しくない中間層のおかげで社会システムが安定していました。しかし、これからは他の国と同じように貧しくなっていくでしょう。

グローバル化は、世界の国々の経済格差をなくしていきます。個人の富の格差は拡がっても、働く人の平均の所得、労働手当などは均一化していくのです。同じ労働は同一賃金となると、それが国を超えると、日本人の平均賃金も世界の平均に向かい、当然下がるのです。そうならないのは、労働市場を自由化していないからです。

もっと大きな問題では、日本人には、努力したら、地位や報酬が上がるということが、魅力的でなくなったことでしょう。夢も欲も小さくなりました。能力、成果、実力主義の限界がみてとれます。

成功しても、それが努力と才能とすると、それをもたない人を救えない。能力での格差は、ほんの一部の有能な人を除くと、無能で安く働く人の方が、有利となる。そこも二極化してしまうのです。

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fukugen補遺 2016/11/30

NHKほか

 

NHK、沖縄の戦後時の独自憲法立法化や樺太の29万人捕虜など、最近、新しいデータどんどん出してきている。

どうも政権に、肝心なことを隠すようになったNHKと、そうみえているわりに肝要なことにオープンなNHK、内部はどうなっているのでしょうか。

 

〇太鼓の音

 

暑い盛りに、瞑想、そして、ジャンベの音の高まりのせいもあったのでしょうか、とてもカタルシスな宵となりました、、、

松本清張氏の「黒字の絵」、これは、祇園太鼓の音で黒人の原始的な血が騒ぎ、アメリカ軍基地から脱走して日本人の民家を襲ったと言う、朝鮮戦争時代、実際の事件を元にしたストーリーです。ただ、話のここのくだりは、氏の想像のようです。

かつては、気づかなかったり、それなりに黒人の人権の擁護も含んだようにも思えた作品が、今では、偏見と差別のあるものになっている。手塚治虫作品などにも出てきますが。

この半世紀でも、意識は、私の、というより、世の中の意識は変わりゆき、随分とよくなっているところもあるのだなと改めて思いつつ。

でも、多分、人類皆に、そういう血は継承されて、と改めて、感じたりもしたのでした。

 

〇吉田の火祭り

 

吉田の火祭りに。すっかり富士山駅の定着した富士吉田駅から、浅間神社に。日本三大奇祭の一つ、ほかは、なまはげ柴灯祭、御柱祭。確か、三大祭、三大曳祭などがありますね。まだそれほど観光化されず地元のよさを残していますが、4,5年後にはかなりの観光客数に、特に外国人に注目され、今の身近さを残せるかなと、心配でもあります。夏の富士は相変わらず荘厳で美しい霊峰、炎の向こうに闇と化していきました。

 

〇フラッシュモブ

 

結婚50周年でフラッシュモブでご主人が参加、奥さんに感謝のことばとプレゼント、大竹しのぶさんがしみじみと50年って、と。笑顔は感動の涙をもたらす、老夫婦ならでは。フラッシュモブで結婚式即離婚したカップルもいたので参考に。

 

〇アメリカの戦略

 

いまだ、世界は鉄で動いています。加えるなら、石油、さらに電気で、動いていますが、21世紀には、どうやら変わりそうな気がします。

石油というのは、アメリカから始まったのでしたね。

日本との関係は、

1960年、咸臨丸アメリカに出航、1853年ペリー浦賀に、1848年アメリカ捕鯨船蝦夷地に漂着とさかのぼれます。

クジラの油から石油に時代はうつり、モーターリゼーション、大量生産、フォード、GSと、アメリカの世界制覇時代を用意していったのですね。

 

1859 ペンシルベニア(アメリカ)油田

1873 バクー(ロシア)

1885 スマトラ(インドネシア)蘭

1908 ペルシャ(イラン)→GCC

2014~アメリカ世界一の産油国になる。

 シュールガス

 

〇集団行動の感動

 

スイスのバーゼル音楽祭 日体大の「集団行動」現地で評判。2016.5.9

人の集団に秩序がつくと芸になります。シンクロナイズのパワーが、美である分には芸術、創造ですが。ディズニーのショーやパレードは団体戦です。日本は団体に強く、先日のオリンピックでも一人も決勝に行けないメンバー四人で銀をとりました、400mリレーです。人は集まるとパワーになり、見ものにもなります。集団行動は、自衛隊鼓笛隊?との共演でしたが。

 

頑張って…頑張って、最高峰登頂 201380歳 三浦雄一郎氏、帰路にヘリを使ったのがいろいろ言われてましたが、往路の記録でも破られてないのでは。フェアというならそもそも海抜からの高さの山を登山で比べても。

 

〇ことばと手話と平和

 

TEDで、ASLアメリカ手話を魅せる英語として演じたクリスティーンさんは、音は、社会的通貨と述べました。言葉を話してこそ、人は通じ合えるということです。しかし、手話があれば、理解し合えます。

私たちが、外国で外国語を理解できないとき、孤立化します。コミュニケーションがとれないと、そこで差別が生じます。しかし、通訳がいると対話ができ、理解し合えます。

やがて、ことばも手話もなんでも通じるようにAIが発達するでしょう。それは、世界が平和になるということです。

 

〇和楽器バンド、がんばれ

 

和楽器での演奏のレベルや新しい動きがめざましいようですね。和楽器の演奏は、三味線、尺八、琴、和太鼓など、半世紀も前から、ジャズなどで共演したり、国際的に出ていましたが、歌がネックでした。今でも、歌唱は劣るので歌がないバンドも少なくないし、その方が安心して聞いてられます。でも、ときどき、よいフレーズを聞くことがあります。それをどう国際レベル、ミュージシャンレベルに持っていくのかがカギですね。

 

〇民宿シェア事業

 

高い評価は、高い類似性にまさる、

見知らぬ人は危険という偏見をデザインと評価システムで解決、

これまで12300万泊、

シェアリングエコノミー

シェアするコンセプトの家

1日で78万人198ヵ国の利用

偏見をなくす、信頼構築のためのデザイン

(TED Airbnb ジョー・ゲビア)

持ち家など、所有から、シェアに時代は、戻りゆく

日本はもっとも安全なだけに完全を期すので、

こういうことは普及しにくい、白タクもそうですが、

既存の利権を守る文化も強いのでしょう。しかし、

海外での自己責任行動の経験は、若い時から積んだほうがよいでしょう。

リスクもシェアなのです。

 

〇通訳サービス自動化に

 

多言語コミュニケーションサービス本格化。

ジャパンフィッターが2秒で自動翻訳

日英中韓 202010ヵ国対応予定

JTBとパナソニックのクラウド利用)

手荷物配送もラゲージフリートラベルで。

やがて、通訳、翻訳、ツアーガイドも淘汰の時代に。

 

〇サヌカイトの調べ

 

サヌカイトは、透明感のある美しい音色を発する世界的にも貴重な鉱石で、ほとんどが香川県産です。讃岐の石ということです。1300万年前の火山岩といわれます。1964年 、東京オリンピックの開会式で、サヌカイトの石琴が奏でられたそうです。

入手いたしましたが、なるほど、高音で凛とした涼しい古代の音です。

 

〇マインドフルネス

 

マインドフルネスでの治癒のように、ですが、

気分が陥る、すると、そのことが、自分でわかる。

すると、それを防げるようになります。

考えていることに気づく、

外からみていると、おなじところを

ぐるぐるしている自分に気づくでしょう。

自分を見るもう一人の自分に気づき、

そして、目ざめる。

自分にとらわれない、とらわれなくなるのです。

 

1.呼吸集中、吸って「ふくらみ」、吐いて「ちぢみ」、「雑念」→「戻ります」

2.同時に感じていく

起きたことにとらわれても無意味なのです。

 

うつ病は、再発が多いので

ディフォルトモードネットワーク

自分でストレスをつくる雑念を抜け出すことからです。

それには集中、リラックスよりも気づくことが重要なのです。

 

Ero詩吟と世間

 

エロ詩吟の天津木村さん、「エロネタは絶対に受けないとタブー」との金言。自ら、それを犯し、父の影響で9歳より始めて師範代だった詩吟界を破門。父も息子をかばって勇退。痛恨の出来事となったそうです。これからは、楽しい詩吟を世に広める活動へと。詩吟人口300万人。

で、

高畑淳子さんが舞台を避難所と漏らしたことに非難殺到、被害者ヅラするな、ということらしいですが、親と言っても加害者ではないし、いつも成人した不祥事に親が頭を下げる謝罪会見に違和感を覚えます。今回も彼を仕事先に紹介しバックアップした人間としての責任にとどめるべきでしょうに。

スマップもベッキーも、AKB48をはじめとするアイドルのスキャンダルも、いつまでたっても、この国は、世間や家や平等をたてて、ものをいう、とくにマスメディアの報道をこえたジャッジメント。安全なところから正義を振りかざして、ものを言い、その体制にしがみついて高給を取っている人たちのいうことに、皆がみんななぜ簡単に振り回されるのでしょうか、こどもの国、日本。最近は諦めるのでなくそれゆえの美点もみてるつもりなのですが。こどもはこわい。

 

〇時代区分

 

生前退位、皇位継承が問題になっています。次の浩宮様の元号はなにになるのでしょうか。

木村尚三郎氏の時代区分では、昭和まで交互に女時、男時で、平成はやはり女時でしたから、次は動乱の男時でしょうか。

ちなみに一世一元のまえは、遷都が基準でした。

で、一度やってみたかった時代の長い順の計算をしてみました。

いろんな説もありそうですが。縄文、弥生以前は除きます。 

 

平安 1185-764421  1

鎌倉 1333-1185148 4

室町 1573-1338235 3

江戸 1868-1603265 2

 

生まれると身分を保障され国が保護するような特別なお方の存在をどう考えるかは、私には形而学上?以上のこと、考える対象から外れます。

日本人はそこに日本をそして畏敬を抱いてきました。

私個人では伝統とかより、なによりもご自身のこれまでの言行での信頼にあります。

日本では政治家の言行があまりに浅はかなことが多いので尚更です。そういう模範的存在を象徴とする体制は、日本の知恵なのだとするのなら、誇らしくも思います。

 

〇パラリンピックに夢みる

 

パラ=パラレルは「もう一つ」のですが、もとはパラプレジア=対まひということでした。視覚障害や手足切断の人は、まひではないので、こう変わったのです。

足を切断したために、自由な長さの足をつけられるようになって、まわりにうらやまれたというモデルの人がいましたが、障害した人の働くことが驚かれた時代から、今や、技術の進歩もあり、障害が個性として強味になりつつあるのです。

そもそもカツラもメガネも整形も障害克服技術ですし、コンタクトレンズが望遠になったら、くらいに、身体のサイボーグ化はみじかに進みつつあるのです。

パラリンピックがオリンピックの記録を塗り替えていくと廃止されかねないのでないか、と心配しつつも、両足50メートルの義足にしたら100メートル走は一歩とか、など、最近、私は、リハビリから競技になったパラリンピックに、余計な心配とともに、人類の夢を重ねて、見ております。

 

オリンピックで日本のメダルは最高の41、入賞は45でしたが、そろそろ国をはずしたいですね。日本などの大国は、選手村の外に完全ケアの施設を完備、金にものを言わせるようなメダルレースはおかしいのに、、自国のことばかり考えるな、フェアにやろうよ、と思うのですね。欧米が仕切って日本がそこにのる、何処かで見たような、、。

1ヵ月まえ、867日とエチオピアでは、100人以上が政府の治安部隊に殺害されたとやら、で、マラソンでリレサ選手が抗議のポーズ。

夢とともに現実をしっかり、みたいものです。

 

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自立していない日本人 2016/11/30

 日本人は、外国人一般に比較して他に規範を求めてでしか、自分のスタンス(立つべき位置)を決められないように見受けられることが多いようです。自分の欲望さえ他人を模倣することでしか知ることができない、という人もいます。
 先の第二次大戦では、アメリカ兵一人に対し、日本兵は20人死んだらしいです。
ペリー(来航)ショックと(第二次)大戦(敗戦)ショックでのコンプレックスが、日本人に、今も染みついてしまっていると言われます。

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説得の方法 2016/11/20

アリストテレスの弁論術に、「説得にはロゴス、パトス、エトス、つまり、論理的内容、情緒に訴求、人柄・信頼が必要」とあります。
 聞き手が聞きたいのは、話し手でなく、聞き手自身の物語です。ですから、話では聞き手との関連付けを丁寧に準備しておくことです。
 自分をどう理解してもらうのかのフレームを提示し、共感できる価値観を示します。
SHARPモデル(ハート・デッカー)
Stories and examples、Humor、
Analogies, references and quotations
Pictures and visual aids

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聴衆となる 2016/11/10

 音楽会は、18世紀、貴族の社交の場から19世紀の市民ブルジョワの登場によって、商業ベース化が進みました。
 作曲家が、楽譜の出版で稼げるようになると、神格化されていきます。
19世紀半ば、音楽に精神性を問い始めるにつれ、純粋鑑賞として、音色、強弱、音のきめといった音そのものをよく聴かなくなったともいえます。音楽の機能、意味を聴くようになっていくのです。
音楽が日常化し、音そのものを聴くようになっていきました。
その頃に、サティが登場、それらは、ミニマル・ミュージック、環境音楽と呼ばれていきます。
偶発性、ハプニング、VOW、デキゴトロジーなども関連しています。

1920年代~自動ピアノが登場しました。
驚くべきことに、アメリカでは、当時、すでに冷蔵庫、ミシン、掃除機のCMが出ていました。
BGMとして「家具の音楽」のように使われると、音楽が独自の表現性を喪失していく面もみられました。
1920年代の終わりには、トーキー映画が登場して、弁士と楽団は消えていきます。
それまでは、パイプオルガンが、ムービーパレスと呼ばれるような豪華な映画館にあったのです。
そこから、音に高級、本物感を求めていくようになります。
CM「スーパーニッカ」「おいしいウイスキーは美しい声である」キャスリーン・バトル
「オンブラ・マイ・フ」(ヘンデル)
1987年に「ヴォーカリーズ」(ラフマニノフ)
モーツアルトの下劣なLeckMichimArsch、その頃の音楽のユーモアや下品さは、今のお笑いにも通じると思います。
「第九」の合唱は、1973年が日本で演奏の初演でした。しかし、1980年代から大規模合唱団となっていったのです。

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グローバル化とブラック化 2016/10/30

 仲間とともに、その土地に生きることをよしとするマイルドヤンキ―気質の若い人々。
 有能なアルバイトは、正社員の仕事くらいできるので、安い労働力化が進みます。
 人手のいる公共サービスを民営化していくと、行きつくところ、ブラック企業の私兵化となります。
 個人で成功を勝ち取れる自由な社会は、同時に夢に敗れた多くの人を生み出すわけです。それで人生が破局しないためには、新しいモデルが必要です。どうもそれは貧困、地味といったことに慣れさせる方へ向けられているように思えてなりません。

 

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グローバル化と日本 2016/10/20

 グローバル化とは、スピードとコストパフォーマンス、つまり効率化です。その担い手は、自由をヴィジョンに掲げるアメリカです。民主主義と農産物と兵器で世界のアメリカ化を目指しています。
 グローバル企業では、株主がエリートです。彼らは財を海外へ移転します。今や、国がなくなっても困らない人がエリートなのです。なのに、そういう人たちが国を動かしているのです。当然、国は食い物とされ、そのツケは国民にくるわけです。日本も似てきています。
 資本主義は、資本家のものゆえ、消費者が成り上がっていくのを好まないのは自明です。
 アメリカは、世界のポリスとして世界の秩序の負担をしていたのです。
 その分、アメリカの富裕層へ日本人の資産を移す。たくさん働いて海外の投資家にすべて吸い上げられてきたのが日本人です。グローバル化は、アメリカといくつかの国を除くすべての国を滅ぼしかねないのかもしれません。

 

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本当の瞬間 2016/10/10

 できるかどうかを考えても仕方ありません。誰もが「できない」からスタートしました。そして、少しずつ「できる」ようになっていったのです。
 また、できるかどうかと食えるかどうかは別の問題です。 
 まずはできるかどうか、いや、その前の覚悟からです。本当に決めたらとことん取り組むだけです。本当に決められるかが、もっとも大切なことです。
 迷っているなら始めたらよいのです。何もできないのが怖いからやる、怒りがあるから続ける、どんな動機でも始められるし、あるところまで続くと思うのです。続けているなかで、本当の瞬間がきたら本気モードになるでしょう。続けなくてはそれも生じません。
 勇気より覚悟、後に引けず、その場にもいられなければ前に出るわけです。
 すると、周りも動いてくれるのです。それは、とことんやって、誰もがやめた頃になってのことです。

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師について 2016/09/30

師は選べないのです。ですから目のまえに現れたら、まずは誰でもよいのです。学ぶのでなく、学び方を自ら学ぶのです。
自分の変化を予期できるようになること、そういう師についていたら、ラッキーです。
師をもっていない人は、師になれません。師は、師からそう言われたという答えがあります。
芸も師を超えていくものであってほしいのです。
余計、過剰、迷惑は、親と同じです。

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学んで変わること 2016/09/25

わかるところ以外は聞かないか、批判する。
それでは、学んでいないし、変われないのです。
わからないことの存在を認め、そこへ時間をかけて対していくことが学ぶことです。
みえないメッセージを読み取り、自分なりに変換できるようになります。
そうして個人の中に多次元を有していくことが大切です。
聞こえない声を観る。
音楽を学びに入れること。

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感性ゆえの苦悩 2016/09/20

 自分の苦悩を述べる人は、その読み換えのできない人か、それによって、あなたの心に入り込もうとする人です。入り込んであなたを慰めたり、関心を買いたいだけ、それならまあ、よいのですが。
 「むかっ」ときても、それを言動に表さないところが修行の成果でしょう。それをアートに昇華する、仕事にぶつける(よい意味で)のは、すでに修行中です。
 「むかっ」としなくなるべきかどうかは、迷います。怒りこそ、行動の源泉ともいえるからです。
 感性を高めると鋭くなる、そのなかで、「嬉しい」「楽しい」を拡大し、「怒る」「悲しい」を縮小するなどというのは、理想的、ゆえにふしぜんだし、穏やかな人間らしからぬでしょう。感情の豊かさは、ポジティブであれネガティブであれ、すべてが含まれるものでしょう。
すべてを穏やかに受け入れるというのは鈍いのと似てきます。この鈍いのも、大切な資質で才能でもあるので、ややこしいのですが、ここでは、いろいろと感じてもそれに振り回されないように、あたりで落ち着けておきましょう。

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オレ様の孤立化 2016/09/15

 自分の内に絶対的な何かがあると思う、オレ様の傲慢さと無知には、よくよく対してきました。アーティストやその周りにそういう気質の人が多いからです。それも大切なことなので、決して否定するつもりはありません。先は、その人しだいなのですから。

第一に、自分の頭で自分を測ろうとするのは無理です。

とはいえ、報われるかわからない努力をし続けていることでの結果の二極化が際立ってきました。努力をしているかどうかですが、一方は、努力は報われると信じ、一方は、努力は報われないと信じています。

 「私が正しい」ことを肯定してくれる人は、その破綻のケースをしっかりと見ていません。

今は、ネットワークやコミュニティがリスクを担保してくれます。セーフティネットもその一つです。迷惑のかけあえる関係、自立は孤立でなくネットワーク化なのです。

でも、わからないものをわからないからといって理由で学ばないのは、孤立化です。問題にすることが大切です。まるでわからないことは問題にならない。わかりかけていることくらいしか問題とはならない。大したレベルでないうちは、大した問題もない。

自信をもってしまうのは、大半はあまりすぐれていない集団にいるからです。学力なく努力なしの自信があり、成績と人の価値は無関係どころか逆だと考え、そして自ら不利益を選びます。そこのアイデンティティを求めてしまうのです。

周りの人に不利益をもたらすなら「やめて正解」です。ただ、それをくり返すだけで抜け出せなくなるからです。

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自分探し 2016/09/10

 本当は、自分は何者で何をしたいのかは、知らない土地の知らない人との新しい関係で気づこうとするより、身近な人や両親に聞くべきです。これまでの自分への評価に不満があるから、全く別世界で、外からの評価をよくしようと思ってしまうのでしょう。大してがんばらずにこれまでの関係を切り捨てるのです。自分のことは自分が最もよく知っていて他人にはわからないと思っています。

知らないところでは、知らない人はあなたを知らないから、心地よい対応をしてくれます。そういう対応には慣れているし、お客さんとみるので当たり前のことです。自分をわかるわけがない、君のことを「わかるよ」って言う人は、聞いていない、わかると思っているから聞かない。それは、自分の枠組みに入れようとしているだけです。「いいね!」も同じです。

本当の私というのが仮にあるとしたら、他の人のできないことをできる、そのことを他の人から認められてこそ、存在します。人との関わりにおいて自分の役割となるのです。そして、強調しておきたいことは、その多くは特別な才能などでなく、時間をかけたもの、つみ重ねたこと、その人なりに大してがんばったもの、あたりまえのようにそのうち、みえることなのです。

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学びに対価を求めない 2016/09/05

自分が間違いをしても間違っていない、事実を現認されてもなかったとさえ言い張る。そういう人が増えました。間違いや嘘を厳しく罰されたこともないから嘘を通さなければ損とばかりに言い張る、何か得が見えないと応じない。あまりに似ているケースに遭遇します。

「それは何に役立つのでしょうか」、学ぼうとすることにさえ代価を求める、学ぶからには報いられるべきだと思っているからです。学べることの特権を知らない。民主主義や選挙と同じ。すでに日本では、与えられたもの、自ら得たものでないからです。

答えることのできない問いに答えるのはおかしいから、そういう問いには私は答えません。

きっと生活者、労働者として、自己を確立するのでなく、消費者としての自分を、幼いときにすでにもってしまうことが思考を変えているのでしょう。コンビニでの支払い能力は、100円でもあれば、買い手としてのお客様意識をもってしまう。ガキなのに、大人同様に敬語で扱われる。あたかも自分までも商品としての価値でみる、役立つかでみる。

仕事は周りを助けますが、消費は取引です。社会での労働、家事労働は、不快による優位さの獲得なのでしょうか。モンスター化するクレーマーの言いがかりは、取引きにみえてしまいます。

その意味で、役立つとか目的を言えないものを学ぶ、価値判断してはいけないもの、できないものを、それゆえに学ぶのが、学ぶこと、純粋に学ぶことを知ってほしいとも思います。

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日本の行方 2016/08/30

2010~15年で、
人口95万人減
高齢化23→27%
2040年で4000万人(65歳~)
これからは、
一次産業みなおし
農業での起業化と健康づくりが求められます。

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リオオリンピック閉会 2016/08/27

リオの閉会式 TOKYOのプレゼンは音楽は椎名林檎と中田ヤスタカ氏、アミューズの振付MIKIKO
マリオ、ドラえもん、ハローキティ、キャプテン翼などが登場しました。
プラジルの歌姫は、アニッタが閉めました。
今、あるいは、4年後、日本で世界に歌えるアーティストとは、誰になるのでしょう。

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その中にまだ生きているもの 2016/08/25

何のためにでなく、絶対的の道、根拠のない強さでも、
絶対的なのだから、やるかどうかだけです。
知っていると生きていくのに楽になるので、知ろうとするものです。
無条件に自分の道にいく業には、毒があります。
自分が修行するから弟子を捨てることができるのでしょうか。
規格はずれを求めることになります。

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心の声 2016/08/20

カラヴァッジョ展へ
「カニに指をはさまれる少年」
「マグダラのマリア」
若冲展は、人気で3~4時間待ち、近頃の美術展人気はすごいものです。
「心の声に蓋をすると、見たものしかみえず、聞こえないものしか聞こえなくなる」(「ソロモンの偽証」より)

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保留しておく力 2016/08/15

 読み飛ばすことが、保留するとして先送りされるのと、ないものとして忘れられるのは全く違います。教養主義の時代、団塊世代と、私は思うのですが、それまで多くの人は、知らないことをいつか知ろうと、聞いたり調べたりして得て、そして、学力を高めていったわけです。
 今や、調べたら何でもわかる。だから、いつでも調べられる、調べてもきりがない、そこで知らないことを気にしなくなりつつあります。
 意味がわからないことに対して、スルーする。そのことにストレスを感じず、不快にならないでいられるのですから鈍くなる。そんなふうになっているのを感じます。
 自分で感じた疑問を胸に抱いて、保っておくことは、大切なことに思うのです。

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『言ってはいけない』(橘玲氏の本) 2016/08/10

頭のよさも犯罪も遺伝する(総合失調症は8割)
スポーツ、芸術はよいが、知能は格差を差別としてみてしまうのでタブーとされています。精神発達、知的障害、知能は知識社会でもっとも大きな格差をつくり出しているからです。

プレゼンで内容は、左右されるから、紙で読む方がよい
美人は+8%、不美人は-4%と12%も収入に差がある
一夫多妻より乱婚が元であった

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やる気と改革 2016/08/06

 都知事選も、結局は“やる気”の差であって、小泉氏のときを思い出しました。角栄ブームも同様、豊かで貧しくまさに「カエルの楽園」状態で“ぶっこわせ”という人が、ようやく過半数になってきたわけです。
 アメリカもいつかはトランプみたいな人がトップになるように思うので、それなら外圧でしか変わらない日本、いっそ、トランプが選ばれたという路線で、今のうちに大改革しなくてはと思うわけです。日本は、もはや年配の男性では変わらないのでしょうね。

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立川談春さんの語る落語の音楽性 2016/08/05

「旋律、声音として聞いていて心地いい。
疑問を感じさせない。
内容は伝わってないかもしれない。
けど、気持ちよかった。
音楽的な要素を大事にする。
落語一つひとつにチューニングできそう。
噺にと音にとチューニング」 
(達×達)16.5

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100秒と100歳の壁 2016/08/04

人が100メートル10秒を切りたいと思わなければ
人は、これほど早く走れなかったでしょう。
メートルを定め、100メートルを競いだしたときから、具体的目標が定まりました。
世界初の9秒台は、1968年のジム・ハインズ(高地記録)、
1983年のカールルイスから9秒台は、珍しくなくなりました。
日本選手は、今夏、切れるのでしょうか。

人類が100歳まで生きたいと思えば、
多くの人は、100歳まで生きるようになるでしょう。
あと、数年もたてば、日本人の大半は、100歳をも超えようと生きるでしょう。
すると還暦などは、成人式のようになるかもしれません。

ちなみに、1968年人類が月に立ったあたりの日本人の平均寿命は、
(1960年代)男65歳女70歳くらいでした。
2015年には男80.79歳、女87.05歳(2016.7.27厚生省)です。

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日本人のメンタリティ 2016/07/30

 何事も脳の病気や傷や食べ物や環境のせい、遺伝子のせいのように思っている人がいます。それは、言霊のせい、前世に犯した罪で幽霊が出る、と言うのと変わりません。脳生理学などで、そういうことを確信していく方に情報を集めていく人をみると、中途半端に学んだことで信じることの怖さを感じます。運命がすでに決まっているとしたら、歩み出すよりも諦めてしまいかねないのではないでしょうか。
 日本人は、負けびいき、無念を晴らすというのを好みます。明治維新以降、主君から国家への忠誠に変わり、戦後、悪いのは日本の国、軍隊、戦争主導者、そして日本人という自虐史観が流行しました。すると、真逆の「悪いのは日本ではない」へつながっていきます。その前に、「悪いのは日本だけじゃない」の検討があると思いますが。
 グローバル化と市場主義が導入され、なおさら格差が生じました。うまく行かないときは、何かのせい、誰かのせいにするのが一般化しました。
 ちょいと近くでうまくいっている人がいると目障りなので、叩く。関係のない人まで参加して、“祭り”で鬱憤を晴らしているのは幼いことです。
 学生による大学の授業評価は、後の席ほど厳しいと言います。熱心でない客ほど文句を言うのです。
 評価されずに評価する側にまわろうとする、自己責任とされぬように他者を責める。いつの間にか、二極化していきました。自分が悪い、いや他人が悪い、社会が悪い、そんな二分するものではないのです。
 いじめの構造は、責められる相手がいるうちは自分が安全、隠れるところがないので、他の誰かを責めないと責められる。やられるまえにやる、これと似ていませんか。

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その後は自立を 2016/07/25

 自信をつけるのも、自己肯定感を高めるのも、前向きな思考になるのも、自らの足で歩むことからです。それは自分の努力が足りないとか、自分が変わればよいということではありません。それよりも、別の問題、組織や人間関係での問題もあるのです。だからといって安易に自己肯定してもよくないでしょう。どちらに偏るのでなく、それぞれに考えることです。アーティストなら、まわりより自分です。まわりとうまくいくこ。とが目的ではないからです。
 他人が悪い、自分が悪いとなったら、「前世が悪い」となりかねません。(近所の医者はやぶだから、大学病院にとか権威に頼る人もいます。一方で、近代医療、医師は無能であり、代替療法、気功、スピリチュアルな方法が、何でもすぐれていると信じてしまう人もいます。自分の人生の判断のミスを自分以外のもののせいにできるなら、そこへ委ねるというのは困ったことです)
 責任を負ってまで仕事で目立ちたくない、リスクをしょってまで、便利で安全な日本から出たくない、家族から自立したくない。
 「私に責任はない」なのに、うまくいかないのは、「○○のせい」「だから懲らしめよう」とか、「なのに、うまくいっている○○はおかしい」「だから貶めよう」とか。
 最悪の状況、自殺などから抜け出すための手段を、その後にまで使ってはいけないのです。まして、同じような考えの人に拡散して、その支持で自らを正当化してはいけないと思うのです。
セーフティネットが、最悪の状況を抜け出す手段であって、生涯を依存すべきものとしては望ましくないのと同じです。何よりも本人のためによくないのです。
 それは、震災の被害者に働き口を与えず、お金を与え続けるような愚かなことでしょう。

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アダルトチルドレン 2016/07/20

 アダルトチルドレンは、元は、アルコール依存症の父親の顔色をみて育った子供が大人になって、自分の意志を出せないというような障害でした。それが親のせいで生きづらくなったように使われ、自分は悪くなく、家庭のせいだということで多用されるようになったのです。

 PTSD(心的外傷ストレス障害)も、元は、命を脅かされるようなレベルのトラウマであったのが、受け手の感じ方によって自由に使われるようになり、何にでも当てはめるという困った傾向になってきました。

 うまくいないのは自分が悪いと自責する人には、これは救いとなったのですが、そこから自立して歩んでいくはずが、そこに留まって、何かあれば、親のせい、他人のせいにして内省にいたらず、本人が先を歩まない理由として使うようになる、つまり、いつも外を攻撃するようになるのです。

 いわば、社会的弱者へのセーフティーネットとして、食べ物を与えているうち、「もっとうまいものをたくさんよこせ」と言い出すようなもので、これは、ホームレスなどによくある話です。

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日本賛美番組」 2016/07/18

今回は、中国の人たちが、日本にきての体験。
バスの運転手が地図を書いてくれ
乗客がそのために待ってくれるそのやさしさにー
 
公団で小鳥が、自分の手元のケーキを食べる
人を恐れる小鳥と人との信頼関係にー
 
実の日本人をみて、感動して、自分の体験としてもち帰る、ということを特集した番組でした。
 
TV番組は、よいものだけをまとめられるから、同じぐらいに逆、悪いものもたくさんあるのです。私は、ドライバーなどは日本人より海外の人が歩行者によほどやさしいと思うのです。運転でさえ、日本人はまわりにあわせてしまい、海外の人は、自分で判断しているようにも思います。
とはいえ、日本のよさをこうして教えてもらえる分には、ありがたくもあります。彼らの個としての純朴すぎる感想はこちらが感動するほどうれしくもあります。受けた教育を実体験で個々に考え直してくれるのなら、と思えるのです。それとともに私たちも純朴な個に立ち戻れと思うのです。

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新型うつとメール 2016/07/15

 新型うつ、というのが、以前出てきましたが、仮のネーミングのはずが社会的に容認されてしまったのでしょうか。「会社に出られないが旅行はできる」という類いの、うつ病のことです。そういう輩は、焦っていて待つことができない、すぐに自己主張をする傾向があったことを覚えています。

 メールでは、直接会って話したり、手紙のようにペンで綴ったりする労力は不要で、けっこう平等(むしろ技術的には若い人に有利)というのが、よくも悪くも過剰反応になりがちです。その極端な例が掲示板でしょう。炎上も祭りも、集団パニックみたいなものです。

 一人ひとり普段はとても礼儀正しくよい人が、夜になると、また、少し異なる意見の人がいると、なぜ、あれほど凶暴化するのか、と。まして正義とか、罰するとか、脅迫めいているのはリアルに怖いことです。

 一個人としては、相手もよき一市民と信じ、あるいは酔客と思って、その一言に過敏に反応することもない、と大らかに対さなくてはなりません。

 深夜に激情にかられて書いたものを翌日の昼に読んだら、とても現実離れしていたという経験はありませんか。文章が未熟と思って、割り引いて読んであげることです。酔って「あいつが悪い」と言うのも、「俺が悪い」と言うのも同じことで、あまり意味がないのですから。

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内なる舛添たるもの 2016/06/28

一人の人間を評価するとき、まして、「やめろ」とその地位、役職を奪おうとするなら、何をなしたかをプラスマイナス両面からみて比べる必要があると思います。マスコミは、マイナス面しか出してきません。彼が何を新しくなそうとしたのか、なしたのかは、ほとんど伝えられていません。とりあげられるのは、慣習であった経費のムダ遣いだけ、それは政治家を判断する指標の一つにすぎません。
公私混同が、彼はせこいからだめで、石原元都知事のように豪快だったらよかったのでしょうか。もちろん、その対応の見事なほどの最悪の連続出しは政治力、リーダー力ゼロを暴露したのですが、「東京都知事がエコノミーにのれというのか!」と一言で恫喝しておさめたであろう石原氏に対し、氏は東大法学部出身らしい対応で正しさにこだわったあげく、最後は撤退、方針転換。
それよりも、かつぎあげてはいけなかったものを安易にかつぎあげては、守りもせず放り出す自民党、批判がくると、選挙に影響すると、同じ理由で、リオ視察をやめた都議員全員、結局やめるくらいに不要だったわけで、いや風向きがかわるとすぐに決定を翻す、全員一致、そういう根性のほうが、せこいどころか、さもしいと思うのです。選挙のため、即得権を守るためと。一人くらい東京のオリンピックに視察は不可欠と、行く人はいなかったのでしょうか。

私は、30代からグリーン車に乗っています。その頃は、個室があり、移動中に、生徒のレポート200人分を読むか、本の1章分を書くのを自分に課していました。仕事をしないときは、普通車にのりました。充分な睡眠が必要なときはグリーンにしました。会社の経費ですから、税金とは違うのですが、普通車に乗るのは、いつかグリーンに乗れない日がくる、そのときに苦労を感じないようにぜいたくすまいということが、どこかにありました。私のところには、金銭的事情で深夜バスや車で高速を使わずくる人、特急でくる人などもいたので、新幹線に乗れるだけでありがたいという気持ちもあったのです。私ごときがグリーン車ですから、都知事がファーストクラスというのに私は反感はありません。その時間に私の数万倍のお金の用途や都民のためになるべく判断がかかっているとしたら、ですが。

いつも、守りに入っている人の害を述べています。すごく雑にいうと、もっとも貧しくがつがつしていればこそ世の中の変革のために賭けるべく使命に生きていける人の職です。公僕、政治家、官僚、公務員も芸人、役者、河原こじき、そして、マスコミ、TV局、新聞社、出版社などだったでしょうか。これらの仕事がいつしれず年収1千万円を超えるようになり、世襲にもなり、貧乏体験もなくなりました。楽で高給だから、その職を選ぶなら、損得勘定にしがみつくでしょうよ。
自力で頭を出し顔をつぶされ、嫌われたぐらいで何もいわず身を引かされた舛添さんはほめられたものでないが、私がもっと不快なのは、それをとりまいて正義づらしたり、売名したり、特権を得つづけている輩の方です。

舛添さんは、以前、「公僕がファーストクラスに乗るなどとんでもない」と批判していたのに、地位と権力を得たら、のっかった。のっけた奴は、誰か。誰もが心中に舛添なるものをもっているのです。そういう機会がきたら、のっかってしまうのです。そこで謝り方がよければ好かれ、謝れなければ嫌われ処罰、なんとわかりやすい、なんとなさけない。
団塊の世代批判といっていた私も、もはや批判される方に入っているのですが、若い人や子供たちにみせたくないほどに情けなく、それゆえ、きちんとみせておこうと思いました。誰もが他人事でなく、我内なる舛添なるものを反省すべき機会に思うのです。

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ブラックな時間 2016/06/25

 ブラック企業は、正論で貶められた会社ともいえます。企業であれば、どこかにブラックな時間があるものですが、それが常態化したのがブラック企業です。つまり、ブラックに染まって、その色がみえなくなったのです。
しかし、本人でなく、周りがかわいそうだから、と庇うことは、本人を一時、救ったようでいて、長い人生での本人自身の成長、解決のチャンスを奪うことになるようにも思われます。
本人が見えなくなっている、それを見えるようにするのは正しいことですが、果して、よいことなのでしょうか。日本人は働き過ぎと思いますか。1960年、労働時間2432H、平成24年は1765時間、ざっとみて4分の3です。
同年齢で、ほぼ社会経験が同じくらいに積めた頃は、判断や考え方も歳相応に育ったものですが、今や、キャリアの差が大きくなり、それが暮らしに格差をもたらす主因になっているのではないかと思います。その一つにブラックな経験の不足があるようにも思います。ブラックをさけるのでなく、ブラックをホワイトにしてこそ、人生の醍醐味ではありませんか。ブラックのなかで、力をつけた人は、必ずしもブラックにみえなかったものでしょう。

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感情労働 2016/06/20

「察しろよ」は、かつて、上司の部下への圧力でしたが、今や、部下が上司にそういう圧力をかけています。お客がお店に対するように、です。「私を働きやすく楽にさせてくれない上司は無能ですよ」と。
サービス業は、感情労働と言われます。自分の気持ちがどうであれ、相手に満足されるように演じるからです。そこで演じられたサービスを当然のようにやり取りしていると、そうでないことに腹が立つようになります。
がんばっていない、がんばっても、すぐ報われないから、がんばっても報われないと思う。
傷つきやすく、現状で自己分析から知識、経験を得ようとしない。
相手を言い負かすことで満足するとなる、言い負かせる相手を求めるようになる、それらが結局、学べなくするのです。
これは心理学でいう「自己愛性パーソナリティ」です。万能感を求める、つまり、王様タイプの増大なのです。そうならないために、どう対していくのか、まずは、海外へ出てみましょう。そうでないことをたくさん苦労し体験しましょう。

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声と耳の科学の限界 2016/06/15

例えば、「カクテルパーティ効果」というのが発見され、命名されたと。でも、そこからの耳のフィルター能力など、未だにほとんどわかっていません。耳で聞いたらわかることを、データとしてあげて、それを少しずつ理論にしているだけです。それが耳で判断できないレベルを超えたら、ようやく最低の成果といえます。
でも、「なぜ、そうなるのか」もわかっていないのですから同じことです。そんな名称をつけなくても、誰でも、パーティに行ったり、人混みのなかで人に呼びかけたことのある人なら、わかることです。命名してスタートするということもありますが、多くは、そこで止まっている、現実の解釈に利用されるだけで、現実を変えていっていないのです。

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大きなテーマを 2016/06/10

テーマとしては、絞り込んで、現在の教授が判断できるような、つまりは、重箱の隅をほじくったような末端の、手ごろに扱えるものしか論文になりません。そこにおいても、他の分野の方が、よほど独創的、かつ役立つものが出ています。
私自身は、問題提起を、いろんな本を出すなかで、最低でもその1割くらいのスペースでやってきたつもりです。2、3年で論文にできて、通すような小さなことで終わりたくないので、あとは、このように文章で述べています。
若い人には、こういうことを踏まえて、大きく物事を考えてもらいたいと思います。上の世代の顔色を窺わないようにしてほしいものです。

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承認されたい 2016/06/05

 承認欲求については、少しでもやったことに「いいね」を集めたがるのは、自信がなく不安であることの表れです。でも、自信がなく不安だからがんばれるのではないかと思うのです。
自信を失わず不安を感じなくして生きていると成長できないでしょう。そうでない人に、自信をなくさせ不安に感じさせるのは、本当の愛情であり、その一つが叱るということなのです。認められないときに認められないことを続けるのも大切でしょう。叱られることなく育った人がどうなるのかわかってもよいのではないでしょうか。

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世論と世間 2016/05/30

よろん、パブリックオピニオン、せろん、ポピュラーセンテメンツは、日本にあるのでしょうか。

メディア、ラジオ、新聞は、戦後も、なぜかGHQに解体されずに継続されたそうです。それが、反体制をとれない体質を温存したのでしょうか。

何か事が起きると世論より世間が大きく立ちはだかります。でも本当は、情報より方針が大切です。それを示すリーダーシップのない日本人はどんどんと問題を先送りしていきます。

フェアを重んじるので民主制のコストはあがります。自由や民主主義というのは、無条件に与えられると、その価値が感じにくくなります。

今の日本人で圧迫からの自由や独立のための政治を求める人は、それほどいないでしょう。その結果、生きがいや使命感という目的も喪失してしまうのです。そういうマイナス気分では、極論になりがちです。やはり、その人なりに戦い勝ちとらなくては、自由も権利も活かせないということです。

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コミットメント 2016/05/25

「何もかも疑わしく思えます」という人に会いました。

すべてを疑い続けたら、あなたという主体もなくなります。何事も怪しいとばかりに考えていくと、新しく学べず、行動も伴わずに終わります。他人を嘲笑しているうちに、人生も終わります。無責任な傍観者、になります。

何かを信じる、感じるしかないのです。哲学から宗教へと変わるのです。

信じていなかったものでも、否定、反論できなかったら、仮にでも、受け入れていくことです。関心をもち、見守りつづけることです。

Commitmentは、約束、義務、責務のことです。そこには、信じ切るという宗教的ニュアンスがあり、身を投じ引き受ける、ということです。日本で使われるコミットメントとは、大分違います。

 

「世の中、よくわからない」といって、1903年、藤村操は華厳の滝で自死し、「人生これ不可解、我この恨を懐いて煩悶、終に死を決す」と遺しました。それに対し、原口統三は、1946年、「二十歳のエチュード」を残し、悟った」ように自死しました。

 

果たして、何が真実なのでしょうか。

1931年、ゲーテルの「不可能性の定理」では、いかなる合理的な言説の体系も自ら自身を基礎づけることはできない。どんな学問体系も、科学もまた、それが真理であるという確かな理由は存在しないことの証明が成されています。

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人生の主役 2016/05/20

一億総活躍社会構想は、日本の労働不足を補っていくのでしょうか。家事分担や子育てを楽しむ女性が社会的地位の向上を妨げているとかになりかねない。今の少子化なども、面倒なことを、それがもたらす生きがいや充実感もみずに排除したり、ただ負担としか捉えないのはおかしなことなのです。介護や育児は負担ですが、そこだけみたら誰も引き受けない。損得でみるのではないことでしょう。

夫が稼ぎ妻がサポートする、サポートは損で、差別された存在と言うのなら、妻が稼いで夫がサポートするというのも選べるし、そうしているカップルもいる、なぜ、何もかも半分に割るのが平等、公平なのでしょうか。

サラリーマンの多くは、決して主役でなく大半は脇役人生です。主婦の方が家の主役ともいえます。ドラマでもスポーツでも、主役でない人生にも主役に等しい価値があると考えている方が健全でしょう。でも自分の人生の主役でない人生など、あるのでしょうか。

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過剰反応 2016/05/15

 保育園の子供声がうるさいというクレーム、学習帳の表紙の昆虫の写真掲載中止要望(すでに処理済)など、自分に不快、慣れていないものは、すぐに排除したい、そして、排除できるという発想とその権利の要求、いや、それにすぐ応じる人たちの事なかれ主義が気になります。

現実の厳しさを突きつけるものを排除する、それを受け手の気持ちで主張するのは、無視できないことでもありますが、一方で、個々の表現のあり方や許容範囲、そのポリシーや責任に関係してくることなのです。

しぜんや動物、他人など、何でも自分の思うままにならないものなのに、そういう寛容性と想像力、それらが失われるのは、人として弱くなっているからだと思うのです。

今や、子供を補欠選手にするなとか、男子の運動部に女子のマネジャーをつけるのは差別だとか、そういうことをまるで公民権運動のようなつもりで声を挙げる人がいるのです。

運動会で順位をつけるなとか、学芸会は全員主役でせりふの数も揃えるとか、笑い話になっていることを実行してしまえる、その延長上に、どんな社会がくるのでしょうか。

本人が望み、選んだ場を他人が本人の代わりにと勝手に否定することが広がるとどうなるのでしょう。ミスコンに反対していたウーマンリブ運動を思い出します。

すべて近視眼的にみているわけです。人生の長さが延びたというのに、これからの人にまで何でも干渉したがる意識が問題です。時間もエネルギーもあるけど、打たれ弱い人たちの増殖。

年明け早々の、ベッキー、文枝、乙武の不倫騒動、SMAPの解散騒動、清原氏のドラックに巨人軍にバドミントンの選手の賭博と。日本のメディアと世間のさらなる閉鎖性と偏向、再起のチャンスも与えない、なりふりかまわない保身と対処、どんどん長いものに巻かれるの風潮が強まっていませんか。

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書く力と思考力 2016/05/10

SNSで、文章力や思考力はつきますか」と言われると、私は、LINEは、話ことば、ツイッターは、話ことばに近いものと思っています。ブログも、少しずつそういう書き方になってきました。たとえばですが、果たして文章を読まずに音声入力したものは、文章力といえるのでしょうか。

話は、メモをしないと深く考察できないものです。つまり、話し手のものを自分のものにするのにメモをするのです。だから、話は話す人のもの、文章は読む人のものと考えてよいと思います。

聞いたら話せるようになりますが、読まないときちんと書けないものと思います。話は二人以上必要ですが、読み書きは一人で行うものです。さらに自分一人で長い文章を読む、深く考えているのと、動画で瞬時にわかった気になるのとは違います。

ということで、私の文章を少しも読んでくれない人が、私の考えについての論議をしても、私としては、何ともしようがないのです。

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「日本死ね」問題 2016/05/05

待機保育問題なども本当は都市一極集中が最大の要因です。情報化IT化の進展でこれからは今までの仕事がどんどんなくなります。(もはや江戸の長屋のような暮らしに戻れるとも思わないので)日本人死ねとなりかねません。
今の日本では人生目標の創出できないコミュニティは、もろいので学問、武道、芸能など人が集いたくなるテーマでの才能縁むすびが必要となるでしょう。
専門家や職人の育成と技術交換、もちろん農産物などの物々交換なども含めて、貨幣を必要としない生活体系の構築が鍵のように思います。

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近代化と民主主義 2016/04/25

近代化とは何だったのでしょう。アフリカ、アラブにも、今やアメリカの高層ビルが乱立しています。近代化とは西洋化であり、アメリカ化だったわけです。
日本とアメリカの違いは、元々、アメリカ―進歩的 見えるもの中心に、ヴィジョン、欲、であるのに対し、日本―保守的 見えないものを大切に、長い歴史と文化、でしたが、急速にアメリカナイズされています。ちなみに文化とは、特定の国土、歴史の生み出したもの、固有なものであり、文明とは、技術、科学のように普遍的で伝達可能なもの、合理的なものなのです。
人類の一人当たりのGDPは、AC~1000年まで400ドル、1820年で600ドル、20世紀末で6000ドルと10倍となったそうです。これは利己心の肯定の結果です。
民主主義は、少数派である弱者を支配してしまうもので、半分は欺瞞です。きれいごとが有利に働くために、本音が言いにくい状況となるのです。でも、言えない体制よりもよい社会です。
こうした合理的なものと非合理的なものをどう考えるかは難しいところです。
伝統での価値観、秩序、慣習、身近なものを尊ぶのを忘れてはなりません。
争いをなくすには、私たちと彼らを分けるのでなく、包括することです。敵も自分たちの一部としてみるならば、安易に攻撃などしないでしょう。

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ナショナリズムと格差 2016/04/20

国と庶民の生活というのは、いつから深く関わるようになってきたのでしょう。
日本では、西南戦争の頃まで、海外でもナポレオン戦争の頃までは、政府は、国民を把握していなかったから、庶民にとって戦争は天災のようなものだったようです。今の日本人以上に、天下のことは我関せず、だったようでした。
しかし、その後、国民国家となると、一人ひとりが残らずナショナリズムの担い手に組み込まれていくのです。自分の国の地位が、自分の生活に直接の影響をもたらしてしまうのです。
今は、一部の大富豪は、国を超えた金融バブルで動いているのですが、その富は、多くの国を動かすことで集中的に吸い上げられているのです。国という単位で、よくも悪くも経済を動かし、そこで問題を起こすことで富が増し、その下で多くの人が貧困に苦しむ構図なわけです。

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移民、難民問題 2016/04/10

保育園の子供や障害者を近づけない日本人が、移民を積極的に進められるはずもありません。「人は人、自分は自分」で割り切れないことのよさも悪さも出ているのです。自国民が嫌がる仕事を、安く移民で賄うことが何をもたらすのか、わからないではないでしょうに。いまだ、“日本人”横綱の登場を願う、この国のメンタリティは、鎖国状態なのです。シリアの問題は、東アジア、中国、北朝鮮、韓国からの移民、難民、および、日本人が再び大陸へ避難する事態も想定してみるべきでしょう。

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沖縄の問題 2016/04/07

10兆円ほど投じてきても仕事のない沖縄、東北と同じく、政治の失敗例で、

結局、第七艦隊と佐世保と横須賀基地で足りているのを、日本の支配だけでなく戦場として不沈基地を設けていざというときに暴発させる。

単に飛行場なら、一昨年訪れた宮古島の下地島で3000メートル滑走路があるのですが、そういうとこでは、簡単に占領されて人も死なないから、沖縄の人の住んでいるところでないといけない、今回海上に移そうとするのは、少し安全、ゆえに攻撃をしやすいようにするのでは、と私は勘ぐりすぎています。

沖縄独立論とともに、皆さんに考えてもらいたいことです。(♯)

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先にあるおもしろさ 2016/04/01

正月に、二宮さん主演の「フリーター家を買う」をみました。竹中直人さん扮する父親との確執のなか、厳しい環境の現場のバイトで自立していく青年の物語です。

彼は、褒められないとやる気が出ないタイプで、どこでもサッサと辞めてしまう。それが、あるとき、「続けていないとその先にあるおもしろさがわからない」というようなことを言われ、その時から、少しずつ、そういうことがわかってくるのです。

「誰にでも続けられる仕事じゃない。この仕事、それが全てじゃない。続ければわかるよ」

といわれたときに、「どんなにだめなオレでも、どんなに情けないオレでも、そのことにオレ自身が一番気づいてなかった」わけです。(♯)

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謝罪と責任(日韓問題) 2016/03/30

日本人は、甘え、頼りたがるので、それが満たされないと、拗ねる、ひがむ、嫉む、そしてひねくれる、恨むということになる。だからすぐに謝る、謝って済まそうとする。謝罪あって和となす日本と異なり、他の国は、非を認めたら責任が伴う、賠償、最悪、死罪の話となるのです。下手に謝ったら殺されないからです。将来のために賠償でカタがつくのか、安倍氏の判断についてです。(♯)

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矛盾 2016/03/25

 勉強のできる子をほめているのに、そうでない子を軽蔑するなというようなことは矛盾でしょう。できる子には、それを誇らないということで、内に他の人への軽蔑が生まれます。
 能力、向上心、容姿が、現実にとても優遇されているのに、そう言えない社会で、ビートたけし氏は「努力してもだめだ」と言っています。
そういうなかで、過酷な人生を歩んだ人、歩んでいる人がいます。迫害されて死んだ人の偉大さは、ごく少数の例外を除いて忘れられています。科学において、医学での病原菌の発見と清潔化推奨、環境の浄化での病死者の激減は、最大の貢献でした。しかし、ヒトラーは、その優生学を悪用し、ユダヤ菌と述べたといいます。
高みからみることで他人は見えなくなるのです。日本人も「貧困だ、将来不安だ」と、低いところにいるつもりで、すでに相当な高みにいるのです。そういうこともみえなくなるのです。

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きちんとする 2016/03/20

 きちんとするには、きちんとしていることを知って、きちんと実感する人になることからです。何も知らないで実践しない人もいますが、大多数は、知っていながら実践しない人、できない人です。それでいて、人にきちんとしてもらわないと嫌で、きちんとしていない人を許せない、でも、自分できちんとできないのです。
この「きちんとする」は、同じこととは限りません。人によって「きちんと」ということは違うからです。人により、正しいとか、尊敬、尊重されることにも、いろんな価値観があります。
 よき家庭人として、家が居心地よくなると、よき社会人として職場が居心地よくなると、鈍感になりやすいとも思います。職場でも同じです。
社会的な評価を得て、属する集団、場への誇りをもつ、それはよいことです。しかし、その誇りや愛から差別が生じていくことが多いのです。みんな一緒という絆を望むことが、そうでない人を殺してしまうパターンを、嫌というくらい、目にしてきました。安定、安全、安心、恐るべしです。

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論議の劣化 2016/03/15

 昔なら、何か言ったら反論されたのです。年長者、先生や先輩には、威厳と説得力がありました。今は、よほど異なる意見以外なら「いいね」、違ってもスルーされるのかと思います。
 団塊の世代の残した形だけ整えた論争、つまり、相手が何を言っても結論が変わらないケンカも、今は、褒め殺しやもちあげての皮肉のやり取りとわかりつつ、表向きになあなあに済ませるようになっています。大体、長くなると同じところをくり返すだけです。つまり、かみ合わせずに、言葉の揚げ足とりになるわけです。大人がそんな下手な論争しかできなかったから、もう日本の若い人は、ことばを信用しなくなってきたのかと思います。
 特に今は、何でも公開され、保存されてしまうので、言質をとられるのを恐れるのです。一つのフレーズが一人歩きして、前後の文脈も状況も踏まえずに使われてしまう、そして、好き勝手に言われることになるのでしょう。捨てぜりふで終わらせることさえできなくなったわけです。劣化した日本のマスコミの手法が日本人に浸透し、誰もが使うようになったのです。
 若い人は、ことばの力を信じず、ことばの生み出す力を経験してきていないのです。だから、ネットなどでも何かすべきことがある人から見切りをつけ、去ります。そうでない人が延々と時間をかけるのですから、偏って劣化していくのは言うまでもありません。まさに、「小人閑居して悪をなす」です。

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信じる 2016/03/10

鈍感なら差に気づかないので、敏感で、正しくありたい人ほど、自分と異なる人を攻撃するのです。
 特にこの時代、権利を高らかに主張して、楽に安全な弱者となろうとします。差別された立場の人なら、なおさらです。自分の正義と思うものを肯定し、時流が味方しているものに反する者、屈する者は徹底して攻撃してよいと思うのです。そういうのは、魔女狩りとなりかねません。
 傷つきやすく弱い自分に合わせるような要求をするのです。誰をも嫌わないし、全てを好きになるのがよいと思い、そういう社会を求めるのです。そういう理想は、現実化すると大変に恐ろしいことになりかねません。
 そうならないためには、嫌われても大丈夫な抵抗力、自信をもつことです。
 人間というのは、善良で正しいものだと思うと、おかしくなりかねません。逆に、どれほどの悪にまみえていてさえ真善美をどこかに求めている、騙したり傷つけても、やさしさや思いやりを捨てられずにいる、それが人間だと。そこを信じることで、人は、これまで生き永らえてきたと思うのです。
 

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差別 2016/03/05

不満、嫌悪、軽蔑を感じると、人は、周りのものにあたったり、他人を差別したくなります。それは、個人的感情と知りつつ、大半は、他の誰かと同じように、という欲をもつものです。つまり、他人に動かされているのです。もちろん、それで引っ張られて、よい方向へのエネルギーになっているならよいのです。
 今の若い人は、「不快を感じてもスルーして、そう感じていないように対応する」のが大人と思って育っています。そのために、周りに不快に感じられたくないと、そこにとても敏感になりました。これは、周りの人とは関係ないということではありません。むしろ、それによって動かされているといえます。
 現実には、多くの差があるのに平等に振舞わなくてはいけないという嘘があります。

 いじめは、誰かをスケープゴートにしたてることで、差のある誰かとそれ以外のもののフェアという両立を得る手段となっているから、なくならないのです。自分や誰かの身やを守りたくて行動することが、すでに誰かへの加害者となっているのです。
 

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「使えるものとは」 2/10

 情報も知識も、使えなければ、何もない方が、まだ直観が働くだけ、ましです。私は、声について多くを出版し、毎月会報に本一冊分くらい述べています。ニュースソースは、レッスンでのやり取り、訪問者との会話、といった現場です。後は、TV、本からの着想でしょうか。 専門書や学会誌にも目を通すのですが、残念なことにそれが一番に使えません。マスコミの報道は、世間とのズレ、マスコミの程度の低下を知るのに使っています。
 昔からいつも、必要なときに「使えるものはすぐみつかる」し、「誰かが教えてくれる」と思っています。こういう運には、多分に、恵まれました。IT化で情報や知識を引き出すのに手間がかからなくなったのは、ありがたいことです。だからこそ、他人の述べていることの引用や並び替えでなく、独創的な発想、創造が問われるのです。時間の使い方を間違えないようにしてください。

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アート 2016/01/15

日本中のあちこちで展開されているショッピングモールと、帝国主義の植民地政策のプランテーションは似ていると思うのです。アメリカのグローバルスタンダードか何か知らないですが、日本の地方も同じフランチャイズばかりのつまらない景色になってきました。自由化という目先の利益で、農業、金融、医療、何でもオープンに標準化されました。

この歳になると、アメリカの提案したものは、けっこう世界に害をもたらし人をも殺す、とわかってきました。団塊の世代は、アメリカのもっともよいところをバブリーに受けたので、まだ夢の中かもしれませんが。

日本の政策も似ています。アメリカの指導下に、この70年というもの、どんどん施行能力がなくなっていたからです。立派な店も2代目がだめにして3代目で滅びる、というのがよくわかります。

そして、音楽もつまらなくなった。日本にいろいろあったものが、団塊の世代でエレキギターとピアノが弾けるようになったかわりに、都々逸、小唄、浪曲、民謡などが街から消えてしまったのです。

アートは、コンセプト、テクニックに走り出しました。昭和の余韻をもち続けて、あと45年で一つの節目かと思うのです。その次に、それに続くだけのものが現れるか、こちらが新たに何かに価値をもてるかということでしょう。

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行 2016/01/10

なぜ、修行のための寺は、駅前でなく山奥にあるのでしょう。商売は、客の利便性を考え、駅前に出店しようとします。駅前留学NOVAは、その典型でしたが、大学までもその動きにのっかってきました。

便利さ、効率のよさは、幸せや充実感とは反すると思うことが多くなりました。

日本では、山の手線で10分遅れても疲れるけど、海外なら50分遅れても疲れない、この差は大きいでしょう。耐性がなくなると生きていく力もなくなります。何もできなくなっていく。心身とも老化してしまうのです。非効率、不便、不備こそ人を成長させます。これはスローライフとは違います。

HDDに入れると頭に入らなくなる。AIを使うと頭で考えなくなる。コピー機を使うから覚えられないのと一緒です。全自動運転の車なら、電車と同じ、もう移動の能力も失われるわけでしょう。

大体、面倒なこと、苦労したことでしか、人を感動させられないものでしょう。そして、大切なこと、生きがいや人に伝わることは、あきれるほど面倒で手間のかかること、しかも、そのくり返しの中からしか生まれないのですね。

人に耐え、ものに耐え、おかれた立場に耐え、耐えた証でなく耐えることにも耐えて、それがなくなった頃、人生の肝心なものが成り立っているものなのですね。

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2016年頭にあたって 2016/01/05

殺されないためには自衛してよい、ということで正当防衛は認められています。そこから正当な軍事力の行使とか、社会で正義とされていることの実践につながります。でも、この理屈で、過度に守るとなると、殺されそうだから先に殺すとなる。さらに自分だけでなく、知っている他人の予防のために殺すともなります。殺されるから殺してほしいとか、殺さないとお前を殺すぞと言われて、殺すことさえ正当化されるわけです。

国や組織は、そうして内と外を区切り、その外にあるものを攻撃してきたわけです。

 アメリカは、中国のために日本を外におくことになるかもしれません。今まで、日本政府が、というか、私たちも含めですが、沖縄や東北をはじめ地方を、ある意味で外においてきたともいえるわけです。

 

 「戦争になれば、殺すより殺されるのを選ぶ」と言う人がいて、若い頃は、それはそれですごいと思ったけど、殺される状況では、人を殺すことを手伝わされかねないから、人は戦ったり、自死したりしたわけです。

第二次世界大戦で初めて敗れ、奇跡的な復興を遂げた日本にいて、降伏してよかったと言うのは、極論です。当時のソビエトと中国に占領されたり、分割統治されていたら、そうは言えなかったでしょう。かつて、日本人は、海外で、よくも悪くも、いろんなことをしましたが、日本のなかでも縦社会での差別はかなり厳しいものだったので、そこからの解放感も大きかったと思います。

私は、日本人が憲法第九条のおかげで戦わずにいられたのでなく、世界中が、特にアメリカが、日本人を再び兵士にすること、戦争に関わらせることを恐れていたと思うようになりました。それは、そこまで戦えた日本人がいたからでもあり、また、そこまで戦ったからこそ、あれほど破壊されたし殺されもしたのです。

憲法ばかり注目されてか、こういう主張をあまり聞かないのは不思議なことです。時代、歴史をもう一度見直してみるときが来ているのです。

 自分は戦わずに逃げるとか、自害するというのは、きっと、命をかけて未来をよくしようというDNAが許さないように思います。他国では政府に逆らえるように各人が銃を持つ、そんななかで、銃がなければ戦いは起きないという、日本人だけが、戦後、思考を止めて、何らリスクマネジメントもできなくなったのです。ここ10年だけでも、戦争という名でなくとも、多くの戦いで多くの人が亡くなっているのに、平和ボケは、ずっと平和でないこともみえなくしてしまうのでしょうか。年明け早々に、物騒な書き出しとなりました。でも、内と外を分けることと戦争やテロは、密接につながっているということを自覚しておくことと思うのです。

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世界の人口と日本人の齢 2015/12/30

 

少し気になったので調べてみました。

 

・人口 2015年 73

 

   1998年 60

 

   1987年 50

 

   1961年 30

 

   1927年 20

 

   1802年 10

 

ここ24年は、12年ごとに10億人増え、連続10%以上増です。

 

 

 

・寿命

 

16世紀 10

 

江戸   30

 

明治  40

 

1947年 男50歳 女53

 

1960 65歳 女70

 

2014年 男80歳 女86歳(定年55歳→60歳)

 

50年も前に定められた老人65歳が、今も通用しているのはとてもおかしなことです。老人とは平均寿命の後の余生だったようですから(1960年男60歳定年、65歳寿命)、今なら80歳から老人とすべきでしょう。

 寿命は、194750歳、201580歳として、ざっと60年ほどで30才、つまり2年で1才寿命を延ばしてきているわけです。このペースでは、今50歳の人は、30年経つと15年増しとなり95歳まで延びる、実際に予測データでは2050年に90歳を超えるとされていますが、なまじ冗談ではないわけです。

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ことばの温度差 2015/12/20

日本では、商店街がなくなり、バザールで値切るようなこともなくなりました。市井の生活での賑わいもなくなりました。社交の世界もない。サロンもつくらない。
日本では、表向きは、平等な集まりです。そこで交わされるのは、中途半端に距離を保っての敬語です。
フランスのランブイエ侯爵夫人は、サロンに出入りする人の言語を改革していきました。ドイツでは、グリム兄弟、ルターのドイツ語訳聖書、イギリスでは、欽定訳の英語の聖書とシェイクスピア。
翻って、日本を考えてみると、茶会、連歌の会、狂言などが、それにあたるのでしょうか。日本においては、書き言葉の共通語しかなかったのです。話し言葉には方言を使っていたからです。(この辺は、井上ひさし氏の「國語元年」に詳しい)
日本の標準語は、明治政府の教科書、大正時代のラジオ放送で普及しました。それは、下町の江戸弁でなく、山の手の旧士族のことばを元にした人工的な言語でした。読み書きしか決めなかったのです。読むと話すは違います。
そういえば、是枝監督が「写真が動いたのが映画、ラジオに画がついたのがテレビ」と述べていました。ラジオは“ホット”なメディアでした、マクルーハンのいう意味ですが、映画は脚本を読みます。ラジオ、そしてテレビは、すでに読むよりは話すようになっていると思います。

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目の前の人から 2015/12/10

よく、「先生を選ぶのに間違えたくないから」ということで、聞かれます。あなたが誰を選んでも、その人の価値あるものを吸収したら、必ず役立ちます。そして、次のレベルの先生がみつかるものです。
その業界でトップレベルになったら、他の業界に先生はいます。すべてで世界一になったら?私に教えてください。まずは、迷わず目の前の人を先生にして学びましょう。迷うだけ時間の無駄です。

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求めるレベル 2015/11/30

持ち上げたスターを、不祥事、あるいは、さだかでない噂で一転、徹底して叩く。かつては、声で投げかけたものが、今やネットに投じるようになり、その分、陰湿化しています。顔と顔をつきあわせ、声を交えることがないからです。人は、直接会ってみて、わかりあえるということを忘れているのです。

日常、善良な家庭の父親が夜中に誰かターゲットとされた人を虐殺する、KKKの仮面のように、私的なネガティブな感情が、匿名を許され集団化すると、集団催眠のようにもなります。ネットで賛同されると、あたかも公に追認されて絶対的なもののように錯覚されていく、  そして、それが皆の意志のように、みている人たちだけが、思い込んでいくのです。他に、さして表現手段のな

い人には、その力は魅力的であり、そこでの主導権争いは真剣みを増していくのです。

私は、そこに時間を割かないので、無責任とも暴力とも言う立場にありません。要は、短い人生のなかで、どのレベルを求めて生きるのかに尽きると思うのです。本当に内容のあるものなら、どこを活動の中心としても、その人は頭角を表し伝わっていくものでしょう。そこで空回りしていると、本人の成長が遅れるだけなのです。    深い問いであれば届くし、浅い答え合わせなら浅い人同士で行っていればよいと思うのです。ただ、早く気づけよと願っていますが。

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必要性からの声の働きかけ 2015/11/25

私の「声の基本図」でいうと、小泉元首相、橋下元大阪市長の一フレーズのもつ説得力は、必要性、つまり、覚悟の強さからの働きかけに入ります。もっとも上位ゆえに声の技術でなく、勢いです。一フレーズでもコピーライトの能力ですが、それに説得されてしまう日本国民、大阪府民の耳の弱さには危惧を覚えています。

こういう類いの行きつく先は、正義の味方として悪を懲らしめる構図で、体制を血祭りにあげよ―というシンプルな煽りになります。

 悪いのは、誰かでなく、国民一人ひとりであり、府民一人ひとりです。それをスケープゴートに逸らすために、既存の政党や官公庁など、組織をもってくるのです。これでは、自分が悪者になりたくないから誰か一人に押し付ける、いじめの構図とさして変わりありません。ただ組織にすると、誰も責任をとらないという、なし崩しにしてしまう日本の知恵です。

中韓の問題、ヘイトスピーチも、多くの問題に共通してみられる構図です。また、誰かがズルして儲けているとか、それを罰して正さなくてはいけないというのは、歴史にも常にくり返し出てきます。だから皆でやっつけようとなるのです。ネットの攻撃やブログの炎上も似ていますね。

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感動の強要 2015/11/20

 会う、手紙、電報、さらに電話、ポケベル、携帯、そしてメール、SNS(フェイスブック、ツイッター、LINE)、 そして、画像(インテグラム)、動画(スカイプ)への流れ。つながるためには、批判せず、「いいね」、そこから批判できるほどに親しくなるには、相当時間がかかるので、元より、そこまで望んでいない人同士のつながりなのでしょう。

新しいメディアが出た当初、アンテナ感度の高い人だけですから、普及したらするほどつまらなくなり、その後に陳腐化していくのは当たり前です。

数を競っても仕方あるまいに、と、テーマパークや○○博とかの入場者数かさ上げの手法を知る私は思うのです。

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フランステロ2015 2015/11/15

あb

アメリカが日本人2人を殺害したISの容疑者をドローンで殺害、そして、ロシア航空機撃墜、続いてパリのテロが起こりました。それに対して、リベンジとして、米仏で空爆。

よくあるサスペンスドラマのリベンジものでは、刑事が「殺された○○さんは、あなたが犯人を殺すことを望んでいたでしょうか」のせりふで、制止することがあります。

空爆やドローンがもっともよくないのは、人を殺すことは言うまでもありませんが、その痛みが当事者(加害者)に伝わりにくいからです。以前、ここで、ビンラディン殺害をTVモニターで皆とみているオバマに虫唾が走ったというようなことを表現は違うが、述べました。「殺されたら殺せ」の憎しみの連鎖は、21世紀にも続いているどころか、さらに危険度を増しています。

ユダヤ資本の世界制覇イスラム、あるいは中国との対立、そこには今の日本よりもインドに期待をするかもしれない私です。

映画「男たちの大和」は、戦艦大和の無謀な特攻を、多くの者が死に痛みを大きくすることで生き残ったものが新たに国をつくりのりこえるという考えとして、わかりやすく描いていたともいえます。

第三次世界大戦で世界が滅び、その痛みで生き残った少数の人が真の平和を享受する。たしかに第一次大戦も第二次大戦も、核も、そういう痛みをもたらし、平和を全世界が望んだ。でも憎しみをももたらし、未だ、争いは、消えていません。そこにもっとも学び、平和を実現したのは日本人でしょう。

NARUTO」で私が読んだところまでは、憎しみの連鎖を痛みで世界を変える者と痛みを乗り越えた力でそれをなし遂げようとする者との戦いが、テーマです。愛することでそれを奪ったものを憎しみ、痛められたり痛めることでやさしさを知るという人間の業を描いているからです。

誰もが許せないはずのものを許してきたマンデラ氏ほかの偉人たちに共感する心をもちつつも、捕えもせず裁きもせず殺すという思考、儲けるために軍事費を使いたがる構造、この辺りのレベルで、21世紀になっても、まだ止められないのかと思うわけです。

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依存と自立 2015/11/10

 依存を引き起こすのと、自立するのは全く逆です。ネット依存は、身体性を使わないので、私としては、おもしろくないのです。どうなりたいのか、なったらどうなのか、そこから行動するきっかけとなるのを待つことが大切だと思うのです。そして自ら動くことです。

 個性を実現しているようにみせること、それは、すでに周りからはみ出さないように合わせていることです。ブランド好き、バブル世代も、見せびらかして周りに差をつけているつもりで、周りにとりこまれていただけですが…。

 自由であるように見せたい人は、よくいらっしゃるのですが、底が見えてしまうことが多い。実際に、いろんな人に会って、何やかんややり取りしていると、いつか、それに気づいて、自ずと修正できるようになるのに、です。 

 これがメールなどでは、かなり難しいものだと、いつも思います。メールを返す間(時間)さえ意味をもってしまうからです。電話しか使わないという人の気持ちもわかります。メールの情報の少なさは誤解を残してしまいます。

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選ぶ前に創る 2015/11/05

物事をA対Bと捉えたときに、すでにC、D、Eの可能性が消されているのです。

物余りのなか、常に選択からスタートしたのが40代以下の人たちでしょうか。とくにゲームなどでは、○択選択で、そこに「その他」とか「自分でつくる」はない。例えば、アルファベットの世界でさえ、A、B、C、Dくらいから、どれを選ぶか考えてしまいがちです。DのあとにEからZまであるとか、まして、Zのあとに、何万と無数につくれるとは考えないのです。

かつて、多胡輝氏にお会いしたとき、「頭の体操」を、制限時間と答え合わせの思考パターンをつけるのは、体操とはいえ、よくないと批判したことを思い出しました。

何もなかった世代は、ゼロからすべてを創った。それはゼロからのプロセスを知っているから、失ってもまた、創れる自信があるわけです。

それに対して、すでにあるものを前提として生きてくると、失わないことにとらわれてしまう。そうでなくて、できるだけゼロから創る経験をつんでほしいと思うのです。

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民主主義と公約 2015/10/30

 選挙で人を選ぶとき、自分と全てが一致する人はいないので、もっとも共通点の多い人を選ぶとします。しかし、選ばれた人が、自分とは違う点のあった公約を、選ばれたから、と実行しようとします。となると、どうすればよかったのでしょうか。小泉純一郎元首相のように、一つしかあげないなら、をれを選んだ選挙民の責任といえますが。

 改憲とすべきを「解釈変更」にしたり、一方で「戦争法案」にしたり、最近さらにことばだけが、本質を離れて行きかいしているように思えてなりません。(念のため、私が改憲すべきといっているのでなく、こういうケースなら、政権党が…ということです。

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文人から 2015/10/25

人は、11で勝てても、1対多数では勝てないから、声を使う、ことばで説得するようになったのです。腕っぷしから頭の時代になる、つまり、武人から文化人になるのです。武力から、経済力、文化力へという流れのくり返しが歴史です。力―金―芸、武人―商人―文人。そこで失われたものを取り戻さないとなりません。多くは取り戻せないで、衰弱して、再び武人によって滅ぶのです。

 日本人は、生活こそ西洋化しましたが、そのためにか、そうはなり切れない。だから、それ以前の身体に戻せと言う人もいます。それは、暴論のようですが、検討する価値はあります。

a.分析、経験、理論、一般化、普遍化、DB化、客観、もの

b.全体、個別、状況、才能、特別化、主観、人

歌も声も、日本という道に入ってしまったのでしょうか。

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働く 2015/10/20

ハタラク、ハタはハタ迷惑などと同じく、周りの人をいうから、周りを楽にするのに働くわけです。それを日本人は神聖なものとみました。自らを磨く手段であり、遊びでもあったのです。労働を奴隷の仕事とみた欧米人とは異なるのです。ですから、定年とか定時退社とか、時給とか、そんなもので考えるべきでないのです。

あなたの周りを、日本人の子孫を楽にしましょうと働くのです。働かされていると思っていると不幸です。世界でも、メシと働き口がないところに革命が起きるわけです。

晴耕雨読と物見遊山の毎日は、日本人としての理想ではありますまいか。

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和の国 2015/10/15

江戸時代、新聞がなくても瓦版があり、学校がなくても寺子屋があり、日本の教育レベルは高かったのです。ロボット工学もからくり人形、バイオテクノロジーも金魚、朝顔などで、すでに実施していたわけです。鉄砲が伝わると、すぐに、それ以上の品質のものを向うよりもたくさん作ってしまうようなレベルでした。土木工学、活山治水も今よりもずっと環境によく対応していました。安藤昌益は「直耕」、すべての人が農地を耕すことを理想としました。日本人は直観力にすぐれ、理論づけを好まなかったのですね。

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実践から 2015/10/10

「(あなたはきっと)できるでしょう」と、仕事というものは、期待をのせてくるものです。私が「やりますか」と尋ねて「できません」と返す人も多い。できないことは頼みません。応用して初めて実力のほどもわかります。でも、「やりたくないからできません」なのです。

でも、やりたくないことができたら、何でもできる。しかも、そういうことは、やりたい人がいないほど、とことんできる。

 昔から、一所懸命に勉強したらプロになれると思う人が多くいました。まずは、実践して可能性より限界を知るべきなのです。習うより慣れろです。

向うからやってくるものを、なぜ拒むのでしょうか。「かもねぎ」のようなおいしい話です。やってみないとわからないことを、今の自分の能力や了見で判断しないことです。それで何かできるわけではないのですが、常に背伸びして挑んで、変わる、変えればよいのです。

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習い上手と習い下手 2015/10/05

学ぼうとする人は、先生のことばもニュアンスも、間合いも、表情もすべて受け入れていきます。ダメな人は、先生の教え方とか使い方にこだわって、いつも外からみています。傍観して中に入らないのです。そして、あれこれと、それも先生本人にでなく、外で言う。先生の言うことに何か言えるから自分は偉いとか、などであって、結局、先生の手のひらにいるだけとなります。

最初から自分のものとするのでなく、人に対してしゃべりたい、教えたいからやっている、そのつもりもないのに、そちらがメインになってくる。SNSなどをやると、なおさらそうなってくる、アップのために動かされてしまう。週刊誌の記者のような、紙面埋めなきゃのスクープ狙いの取り組みになるのです。

すると、盲信的、あるいは批判的になりやすいものです。盲信よりは、批判の方がまし、ファンクラブよりアンチファンの方が、刺激的だから、よいかという感じなのですがねぇ。

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まとめて安保法案 2015/09/19

財務省の軽減税率制度案、文科省の理工系人材育成戦略案と…、聞くにつれ、昔、日本の官僚は優秀だったはずなのに、と思うしかない。日本を世界の一等国へ引き上げ、第二次大戦で壊したあとも奇跡の復興を成し遂げた1980年代くらいまで、日本の役人というのは通産省はじめ大蔵省も賢かったと思うし、大学や企業にも、すぐれた人材がいたわけです。でも、団塊の世代から私たちの世代にかけて、日本人はどうしてこう愚かになったのでしょう。

となると、教育について考えざるをえません。良かれと思ってやっていたことが、結果としてよい方向に行っていないなら、自分たちのよい、正しいを、原点から疑うことでしょう。

 安保法案については、これまで私の述べてきたことを読み返してほしい。アメリカとけりをつけなくてはいけないのに、ずっと疎かにしてきた。命が、銃や馬よりも安く扱われていた戦争の悲劇を経て、絶対的なものとなった。攻めないだけでなく守らない国としてアメリカに守ってもらう国を選んだ。それが1960年代の安保闘争、反米か安保かで30万人のデモを抑え、岸政権は、安保をとったわけです。

 今回のは、護憲、九条を守る、これを、最初はアメリカから与えられたものだったとしても日本のものとして、戦争反対とする、それをよしとして、でも、誰が守る?

アメリカが今度、横田基地にオスプレイを配置する。アメリカ、中国、ロシアで、もっとも日本人を殺しながら、戦後処理を温かくしてくれた世界一強い国がアメリカだった。で、アメリカは敵にならないというのは、日本が利用できるからにすぎない、つまり、護憲とは、さらに続けてアメリカに守ってもらおうということです。一方、アメリカは、またかつての宿敵イランやロシアに寄りつつあります。

中国は攻めてくるかもしれないが、アメリカは、もう攻めたあと、ずっと日本を支配している。アメリカに反対した政府はすべて潰されているから、安倍首相の意志などでなく、リアルにはアメリカの機嫌を損ねられない。そんな日本の政府の判断に全く期待などできないから、私は、反政府でありつつ、デモなどについては、先の安保闘争のような意味を見いだせないのです。

日本人は、どちらも命を賭けていないが、アメリカ兵は命を賭けている。命というと、今の日本ですぐ過敏に反駁がくるが、命の価値が平等かつ重いのなら、重いゆえに日本を守るアメリカ人の命、テロで自爆する凶暴な狂信者と言われる人の命はどうなのか。もちろん、テロや反テロでの被害者の命といったわかりきったことを無視するつもりもないし、犠牲者の数で比べるつもりもない。数なら圧倒的にアメリカが殺した数が多いでしょう。日本人が戦後はあまり入っていないだけです。

つまり、愚かで信用できない私たちの世代も含めて、今の日本人リーダーよりは、アメリカがまし、中国やロシアよりまし。

過去の日本人リーダーがすぐれていたと言っても仕方ない、ゆえに、若い人、これからの日本人のリーダーをどう育てるかなのです。すでに亡国への道を辿りつつあるのを、きちんとアメリカに対応するか、日本のような思想で世界が一つになり、国境がなくなるよう、マララのように強い意志で訴えるような日本人がどれだけ出てくるかということでしょう。

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暴走 2015/09/10

 情報が多すぎて、勝手に先をみたり、余計に不平不満をもったり、別の自分に逃避したりする、頭が暴走してしまうのです。でも体はついていけません。100メートルを5秒では、駆け抜けられないのです。この身体の制限するところこそ、大切なことだと思うのです。

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伝統文化と使い捨て文化 2015/09/05

 銀座を歩きながらマクドナルドのバーガーを食べる外国人をみて驚いた私も、今や、電車でおにぎりを食べる高校生に驚かなくなっています。それも、コンビニという、マクドナルドっぽいものがもたらしたものです。
 私はバリに行かなくなって富士山へ行くようになりました。霊峰富士にすべてがあるように感じ入ったからです。

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競う 2015/08/30

 生存の戦い一つ考えても、素手、取っ組み合い、刀剣、鉄砲、砲撃、ロケット…と。武器の進化とともに変わります。外目には大きくなったものの、人の身体のすべきことは小さくなりました。遊びでも、ぶつかり合って体を鍛えていたものから、今やゲーム、動体視力と指先の運動神経という、ちまちましたものになりました。
 今の戦闘は、二極化しています。一方は、電子化された能力で行われ、無人化されたロボットが人を殺すのです。もう一方で、ゲリラ戦、近未来ものの映画で世界崩壊後のように、そのへんの鉄パイプや銃で殺し合う。この間に、すさまじいギャップがあるのに、それは一瞬のうちに切り替わるのです。電気がストップしたら、一瞬でプリミティブな戦闘形態になるのです。それは、震災で学べたことです。日本よりは他国の方が分かりやすいですが。
 ゲームでの戦いも、それを人間が扱ううちは、目と指での身体能力でしたが、そこもやがてAIになるでしょう。歌手のヴォーカロイド化は、声優の世界へも入っていくでしょう。役者もCG、アニメ、その他、代用されていきます。
 一方で、プリミティブな形態でルールを限定しての人間の生身の戦いも残っていくはずです。スポーツ、オリンピック競技など、人間の能力に限定した競技になりつつあります。いつかパラリンピックの方が記録もすごいという日が来るでしょう。囲碁や将棋もAIの方が強いから、人間だけで競うという形で残るのかもしれません。
 先日、ある会合で「今の世の中、戦争など起きるはずがない」と断定した人がいました。この10年をみるだけでも、戦闘による殺戮は、どれだけあったというのでしょう。ある地域にいきなり侵略が企てられ、一瞬で事は起きてしまうのです。電気が切られ銃が火を吹く、あるいは、爆撃で停電となるのです。

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衝動 2015/08/25

 自分の努力にこだわると、そこで得られたものに固執します。ですから、これまでの成功体験は捨てる方がよいのです。むしろ、周りが成功と思ってくれても、その経験は、失敗か、うまく行っていないという厳しい眼をもつべきです。教える立場の人なら、なおさらです。褒めつつも「もっとできるのでないか」がなければ、そこで教師失格です。
 人生に、何ら成功の確証などない、プロになれたとか有名になれたからといって、明日の保証はないのも同然です。常に、よいことはもっとよくなったはずだと、悪いことはもっと悪かったかもしれないと、幅をもってみることです。
 コツコツと地道な努力はトレーニングに必要ですが、トレーニングでステージすべてが決まるわけもない。人生も芸術というなら「爆発だあ」であって、衝動が、努力はもとより、才能を超えることもあります。
 自分が努力してできることがトレーニングだからやり続けるのです。それは、生きることへの態度です。

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危機感 2015/08/20

 好きなこと、チャンスよりも、嫌いなこと、ピンチが、心身に活を与え、生命力を甦らせることがあります。
 リストラや退職した人をみると、与えられた目標や他の人に必要とされることのない毎日が、その人をいかに弱らせるかがわかります。一方で、倒産したり離婚しても、生き生きとしている人をみて、心持ち次第と思うこともあります。
 「一人戸塚ヨットスクール」などと言っていたことがあります。大海原の小さな船の上で一人というのは、なかなかスリリングなことです。周りから強制されずに、生命を感じる。集団でないところはメリット、デメリットありますが、依存心や依頼心はなくなります。全てのリスクを自分が引き受けるのは、よい経験です。
 バンジージャンプやジェットコースターは、人の計算と安全が入っているので、ゲーム、スポーツ化しています。山や海は、しぜんに予期せぬリスクがあるからよいのです。

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振り幅 2015/08/15

 私のこれまでの人生経験のなかでは、望んだことは、ほぼ叶って来たといえます。具体的に望めるには、いろいろとあって、それが難しいのです。
 美輪明宏さんの「正負の法則」ではありませんが、人には、振り幅のようなものが確かにあります。
 例は悪いのですが、たくさん稼いだからがっぽり持っていかれるが、どこかにがっぽりもっていかれたら、何かそれだけのものが返ってくるというようなもの。100万円賭けたら100万円レベル、その10倍賭けたらその10倍のものになるでしょう。お金でなく労力でもよいでしょうが、リスクとリターンの法則です。
 それゆえ、他の人の振り幅について、本人以外の人が決めるのは、私は、よくないことで、すべきではないと思います。そこは、神、つまり本人が決めることです。
 他人に与えるといって、与える人にはよくても、与えられた人にはよくないことは、よくあります。本人自身が望んで、本人の手で得るべきです。他の人は、それを待てるような場づくりまでに留めるべきです。

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好きと努力 2015/08/10

 努力ですべてが通じる、というわけではない、というのは、努力して願いが叶ったという人のことばよりも、真実です。努力して、心のふるさとを変えたり、好きな料理や好きなタレントを変えるといっても無理がありますね。努力する気になるような努力ができるのかというのも、考えるだけキリがないでしょう。
 結局、人は好きなことでしかやっていけないとなる。好きなことで叶った人のことばがそうだからです。
 現実には、多くの人は、好きなことをやれているわけではないですね。本当に好きなら、努力していくことにならないからです。好き嫌いにもどちらかだという他に、どっちでもあるとか、どっちでもない、ということもあるのです。少しどこかでどこかが好きなら、好きだったなら充分でありませんか。
 

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引き際 2015/08/05

国家や時代を超えて、身体の内から聞こえる声は、何らかの可能性をもつものです。それが、自分の怒りとして義憤なのか、私情なのかは、厳しく見極める必要があります。そして、それを自分のことばで語ることです。語れるようになることです。
 同士は欲しいが、闇雲に数を頼み守りに入ると保守化してしまいます。仲間の既存権を守るために守りに入り、それ以上に発展できなくなります。自分に無理になったのなら、自分を退けて、若い人にバトンを預けましょう。それが早いほど、彼らは大きく育つからです。
 数を頼まないことです。たった一人でも理解してくれる人がいたら充分でしょう。そういう自己犠牲に支えられてこその志なのですから。
 人が離れていくのも、それ以上に、人と離れるのは、辛いものです。でも、そうしなくては過去に執着してしまいます。昔は命さえも投げ出して世の中を変えていったものでしょう。一人ですべてを背負って命を懸けた人々のおかげで、私たちの今もあるのです。

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ルサンチマン 2015/07/30

 若い人が笑うときに拍手するのはバラエティの影響らしいです。かつてないほど世俗化したメディアの情報を信じ、動き、匿名で罵倒する人たちが、目につきます。多数に同調し、尻馬に乗る、常に自分は正義、相手が悪という、マンガのような単純なものの見方で動く。安っぽいドラマに感動しつつ、人を殺した殺人犯を、よく知りもせず死刑と断ずる。
 不謹慎だ、という同調圧力は、民主的に手続きを進めていくと、全体主義となる。絆、集団化は、リーダーを創り、その管理を徹底すると、ネット信者による制裁ともなる。
 偏向していると思ったら自分のことは自分で正せばよい。文化も憧れも洗脳です。
 宗教ばりに信心深いなら、より幸せに、より少ない不幸になればよい。
 報復、復讐を求めないこと。暴力に対して愛でこたえること。
 たまたま、TEDTalksでモニカ・ルインスキー氏の話を聞くことになったのですが。当時、24歳だった彼女も41歳に、17年たったのです。

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ストーリー化 2015/07/20

 人生にリセットなどはないのです。これまでの自分の歴史、育ちだけでなく、先祖からのDNAも含めて、人生とは、継承してきたことの表れです。
 物事、「もの」から「こと」へ、どんなこともストーリー化へ、マーケティングがそうなってから、当たり前のように若い人に、そういう思想が浸透してきたのでしょう。私たちにもその責任の一端はあるのでしょう。
 どんなことからもストーリーをつくりあげて逸れていく、その手法に慣れた世代と、それをつくってきた世代。かつては、誰かのつくったものをみる、それに対して、感想を言うだけだったのが、今や、誰もがストーリーをつくる、つくるようにアドバイスをされます。IT化のもたらしたのは、自作のストーリーの世界、人生の仮想世界化、そして自作の自演での自己満足、自己肥大化。
 すぐれたものだけしか世の中に出られず、その力をつける努力をするか、それを受けとめるしかなかった世代と、何でもすぐにつくりだし発信しては反応を得る、ゆえに、ちょっと受ける力をつけていった世代。ソフトとしては、後者の方が恵まれていますが、育ちとしては、果たしてよかったのか、と。つまりは、自らへの教育です。
 一個人で専門もカバーできないから、個人の枠を取り払ってグループ、集団化していく、それは、世界と一体化するのでしょうか。クローズしていくのでしょうか。
 個としての天才性と集団知との戦い、あるいは共存?。平均レベルの上昇とそれに伴うスターやエリートの不在、日本の歌においても述べてきたことですが、殊のほか日本では、その傾向が強いように思います。

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表現の自由と行使との自由 2015/07/15

 「社会が、政治が、会社が、店が、親が、子どもが、「○○が悪いから、こうなった」というのは、わかりやすいストーリーです。○○に何でも入れたら、すぐに使えます。でも、それは、自分をそこに入れているのと同じことです。責任問題のことを言っているのでなく、○○には、いつも何かを入れられる、入れ替え可能、だから、頭のなかでの世界です。
 この方式は、大人、マスコミ、ネットなどに与えられた便利なツールであり、ゲームです。スポーツもゲームといいますが、デジタルとの違いは、リセットできないことです。ゲームには、殺されたら生き返れないリセットのきかない身体が、ないのです。
 少年Aの本が議論されています。彼よりも、出版社、編集者、読者はどうなのかというのが問われています。売れる本は、そのときに買わないことが多い私でも、今回は買わないでしょう。雑誌に連載を持っているわけでも、コメンテーターの仕事をしているわけでもないので、こういうときは助かります。彼の更生のプロセスが描かれていないというのを確かめるだけのために買う気にはなりません。そもそも、それが描かれていたらよいということでしょうか。
 ここで述べたいのは、彼のリセットに、出版が使われていることの是非です。遺族を再び苦しめるというのは、毎年、彼が詫びて出していた手紙の誠意がリセットされてしまうことです。表現の自由は、その行使の自由とは違う。これは、少し前に、シャルリー・エブドのムハンマド風刺で述べました。
 

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ボーダーレスはクローズか 2015/07/10

ネット社会は、ボーダーレスの社会といいますが、私は、自らの自由な選択をリピートしていく、そのとどのつまりは、クローズされた世界に酷似してくると思われてなりません。外からの基準をもって抑制されないために、肥大しやすく限度を知らないのです。
 会社でも、組織に埋没したり、そこからトップになると、みえなくなる人がこれまでもたくさんいました。人は、権力を手にすると、とんでもない罪を犯し、害をもたらす存在でもあるのです。勉強したことで頭のよい人が、クローズされた世界に入ると一層そうなります。オウム真理教に入り犯罪を犯したり、その宗祖をもちあげてきたのも秀才たちでした。「社会に制裁されないくらいなら真の教えではない」という信念の前では、社会の常識も良識もたやすく超えられてしまうのでしょう。
 キリストほか、偉人とされる人の殉教、殉職なども、迫害なのか、反逆なのか、そこの社会で犯罪を犯したとして罰された人たちの是非は誰にもわかりません。かつては、人をもっとも多く殺した人が、その国の王や英雄でした。虐げられ、殺された人たちが、自国民のことが多く、発覚しにくいこともよくあります。何とわかりにくいことでしょう。
 比較や競争は、特に今の日本では、煙たがられますが、それによって独占独裁を防いでもきたし、すぐれた人材を育てる試金石にもなっていたともいえるのです。

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松岡修造さんのコーチ力 2015/06/28

 松岡さんによると、錦織圭選手は、世界にフェデラーと二人しかいないという天才なのだそうです。松岡さんは、11才の圭をみて、自分より上、フィーリング、感覚、才能も上、「ジャンピングしながら打つかおまえ…」という選手だと看破しました。そして、「自分が教えたら潰れる」「自分の枠にはめてしまうと潰れる」と思ったそうです。
「他の選手には、圭をまねるな、努力する才能をもて」と言うそうで、錦織選手は反復嫌い。体力、動き、メンタルが必要だった。
 そこで走るだけの、メンタルと戦略で勝っていたマイケル・チャンに、錦織選手は学び、大化けした。
 テニスは8、9割メンタルなスポーツで、100%コーチがいてつきっきりになる。競うためにコーチは絶対必要なので、必ずどの選手のコーチもファミリーボックスにいるそうです。
 もう一つ、多くの選手は、楽をして、自分たちと同じグループのコーチにしかつかない。世界を乗り越える力をつけるには、それでは無理です。
 18才の松岡は、世界で100位に入るのが目標だった。錦織選手は、最初からグランドスラム目標だった。しかし、松岡さんが日本にいなかったら、錦織選手もここまでにはならなかったのでしょう。(達人×達人2015.6)

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海外からの移民 2015/06/25

まだまだ、ものづくり、工業化社会のために、のような考え方が、日本の教育観には強いです。若い世代での大人、というのは、団塊世代あたりに疎まれ、排除されてきたのに残っている数少ない輩をみると、次の時代がみえます。それに値する若者が他の国に比べてあまりに少ないのが残念です。
 ということは、日本の将来は、今の大相撲以上に、海外勢に支配されていくことでしょう。移民問題は、日本ではかなり前からタブーです。これからの「開国」をどうするかでしょう。帰化したら日本人、そこにもこだわらなくなればよいのでしょうか、帰化しない横綱の白鵬をみると、彼の母国への愛国心、アイデンティティにどう対処していくのか、ですね。彼に日本人になって欲しいのか、でも、どちらでもかまわないと思う方がよいのではないのでしょうか。

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つかの間の休憩  2015/06/01

○つかの間の休憩  

私がこうして述べていくとき、時間とともに思考で埋まっていく。その前にイメージがあって、それは頭の中に漠然とあるのですが、それを読み上げていく私がいます。音声で録音すれば、それは再生によって同じだけの時間を取り戻してくれる、あるいは奪うことになる。なぜ、文字にするのかというと、やはり昔のままに、何かしら急いでいるのだと思うのです。音声はまだ検索や一覧性がないと、理屈を付けていても、大体において、先に進めていくことしかしない私に、聞き返したり、読み返したりすることのない私にとって、これは、相手に対するサービスなのだと思うこともあります。  つまりは、絵が好きなのだ、描きたいのだと、そこには音声としてのことばは使わず、音楽の流れるなかで描きたいと思うのです。仕事で音声や音楽に深くさらされているからかもしれません。

○沈黙のとき  

私は、思っていることを音より文字、音楽よりも絵の方が、出しやすいように思うのです。大体、怠惰で病的な人に暇な時間を与えては、ろくなことがない。としたら、しゃべらせるよりも描かせる方がおとなしくて迷惑にならないように思うのです。  しかも音楽は、少々エネルギーが余計にいります。話しことばは、よほど扱い慣れていないと無駄に空回りします。自ずと建前によっていきます。まして誰かが聞くとか読むと思うと日本語は主張しにくい。それは分析、そして因果を伴うべきものなのに、です。  夢のようにありたいなら、現実からの解放であるとしたら、時空のうち、まずは時間を、因果を解き放ちたいと思うのです。音楽の壁を破っていきたいのです。今、この時間、沈黙のとき、それは絵のような文章で真空にしたいと思っているのです。

○声を使うこと  

今や、日本ほど清潔な生活で声を使わない毎日をおくっている国民はいないといえます。声を使わないのですから、当然、声を出せなくなるのは、あたりまえです。  さらに、松岡修三さんや武井壮さんのテンション、気合いにさえ負けているわけです。修三カレンダー80万部大ヒットと聞くと、頭を抱えたくなります。ワールドカップのコピーのように「声を嗄らす準備」などしなくてよいから、大きく長く、声を汚いところで汚いことばを掃き出してください。

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«視覚 2015/05/12