2009年7月 9日 (木)

教えない

いい先生は教えない。
気持ちを一つにすること。
楽しくすると、集中力が高まるのです。
教えず、ひたすら待つ。観察する。
微妙な葉を見つける。
本気でやる。

(プロフェッショナル「英語 竹岡広信(ドラゴン桜のモデル)」)

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2009年7月 7日 (火)

クリエイティブな評論を

目利きがいない日本の歌の世界では、評論が成り立たないので、
その成長を阻害しています。アートは癒しでなく、アイデアがエネルギーの元。
活力源となるのは、ライブです。
日本はやった人ばかりしか認めず、育てた人や評論家の地位が低いものです。
その人だけを評していたら、食えるというスターもいるけれど、
「なぜ今もマイルスなんだ」とも思うのです。

作り手は客とともに、こういう批判をも糧にするべきなのに、
日本では評論がクリエイティブになりきれないのも、確かです。
プロデュースと同じで、どこかからもってきているだけです。
歌も先に訳した人が勝ち、つまり、形、スタイルから今も日本人は入っているの
ですね。

よい批評がないというのは、もう終わっているのです。
日本がダメになっているというような妄想に乗らず、どんなダメな時も、
才能は出るのですから。いや、だからこそ輝くと思って、続けています。
人も場も必要だから、研究所があります。
竹林に入ることも大切ですが・・。

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2009年7月 3日 (金)

ビジネスとしても成功させているアーティスト

一流のアーティストは、偉大なほどに稼いでいます。
フジコ・ヘミングさんなんかも、軽井沢で絵を高価にけっこうな数を売っています。
こういうことと、商業芸術、コマーシャリズムの功罪は、一言では語れません。
どちらにしても、自分の世界に浸りつつ、アウトプットして、他人のために与えないと、
アートにも、ビジネスにもならないし、アーティストになりません。

客のためにつくっているなら、作品も商品なのです。
(故)久保田一竹さんは記念館をつくり、着物を展示して入館料を得ています。
売って着られるのと、皆で見られるのと、どちらがよいのかは比べられません。

ビートたけしさんは、「情報過多」がアートの表現の障害とまで言います。
「モノを大量にあてがわれて活かされているのは、奴隷だと。」
私はオタクの第一世代ですが、戦後世代のはまったアメリカン・ポップな感じを
嫌うマニアックさをもっています。
歌は、街で絵を売るように売りたいと思います。

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2009年6月30日 (火)

「僕は詩人だった」

人生を折り返して
僕はようやく 向こうを走っていた
僕の姿をみた

わずか一瞬 それで充分だった
僕はその男の顔に ただ絶望した

それでも僕は走っている
それでも僕は走っている
もう一つ そいつに
すれ違うことがあったらと

僕は気づかなかった
そいつは僕に教えてくれた
実は僕は詩人だったと
なのに 今まで 何をやってたんだ

HP“えいぽえむ”へ

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2009年6月26日 (金)

成功のために

「やらない言い訳をしないこと」
1.自由意志
2.目的、結果が意識
3.練習で改善

体が覚える=脳が覚える。
筋力の可塑性=自己を変えられる。
単独トレーナーでなく、セカンド・サード・オピニオンをつけること。
(プロフェッショナル)

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2009年6月22日 (月)

「一風堂」の戦略

アイコンタクト、笑顔、声のトーン、主役を演じる。
「レンガ」か「壁」か「教会」か、何をつくっているのか。
人の心を癒す空間 2.5秒の間の悪さ 気持ちのよい間。
「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」
店は舞台。だらけた舞台にしない。
女の子一人で入れる店、博多一風堂。

彼女の両親を迎える笑顔、お客さんはいない、個人がいる。
「どうやって驚かせよう。」「どうやって負けたと思わせようか。」
変わらないために、変わり続ける。
コアを守るために、変わり続ける。
守るためには、常に波風のあたるところに出て行かないといけない。
「大変ばい、覚悟はしとるか」

店員女性4割、荷物入れ。演劇の経験が生きる。
楽しく食べてもらう空間づくり。
「ありがとう」 「あたたかい気持ち」
「また来たいなあ」 「笑顔をつくる」
「ありがとう」と「笑顔」を忘れない。握手とサイン。
(カンブリア宮殿「一風堂」)

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2009年6月17日 (水)

この頃の政局

よくTV番組で、金美鈴さんがいつも「政府でなく自分たちで」というのは、
きっと日本人は受け入れられていない。
”Yes we can”と、オバマと同じようなことを口に出していても、
国か政治家がやってくれないと思っていて、自ら動かないのが日本人だ。
選挙前の様子見の日本に対し、アメリカは70-80兆円の経済対策370万人の
雇用計画、ヴィジョンを環境対策へおき、ITインフラ整備、27兆円の減税、
一人あたり5万円くらい減税、日本は実質10兆円も満たない。
つまり、アメリカの5~10分の1も動いていないのです。
オバマ氏は、私たち自身やアメリカ、世界に対する責務を、
一人ひとりのアメリカ人が認識するべきだと責任を責務を説く。
アメリカにとってオバマ氏は、日本での小泉純一郎氏のような存在のように思えてきたのですが。

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2009年6月12日 (金)

坊主の声は、最良のヴォイトレ

 日本でもっともうまく、ヴォイトレが行われて、声が育っているというのは、
お寺の坊さんの声です。毎日、信心こめて読経をしているからです。
何よりも、読経のよいのは、自分のタイミングで自分の好きな高さと声量で
入れることです。声明などは、驚くことに集団で行うときでさえ、
この自由が認められています。

 日本の歌で、ほとんどの人がうまくいかないのは、どこでも、その人の
本来の声を全く無視した、タイミング、声量、特に声域(音高)で不自然に
やってばかりいるからです。そのため、小中学校でも、歌う楽しさなど、
得られません。つまり、本人の体、心身が元にあるのでなく、先に形、課題があり、
しかも向こうから入ってきた輸入品のようなものです。それを一度、
自分自身の体で獲得することこそが、ヴォイトレの真の課題なのです。

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2009年6月 8日 (月)

忌野清志郎さん逝く

 1968年結成から40年間、RCサクセションとして活動、
私は72年「ぼくの好きな先生」のヒットで知ったのですが、大学生の時、
初めてキャンパスで会いました。それから私がトレーナーになっていくなかで、
さまざまな刺激を得た方でした。言いたいことをそのまま歌にする。
語るように叫ぶスタイルでは、挨拶、自己紹介すべて、歌でやってしまうのでした。
聞かせたい、のせたい、でものらないと、一つ引くのです。
フォークから黄色の服の似合うロックになったような、シンプルなくせの強い歌い方、
アーティストにおける声とは、このくらいのものだということでは、
とても独自に存在している人でした。使命感を持ったアーティストでした。

 「雨上がりの夜空に」が代表曲でしょうが、「スローバラード」を和田アキコさんの
歌唱でレッスンに使ったことがあります。
私のレッスンでは、真似たり、触れたりしてはいけない位置づけでした。
あたかも、フレディ・マーキュリーのようにです。(魂はジョンレノン?)
反体制、反権力、反核・戦争、環境保護日本でそういうことを音楽、
まさにロックで示せた人はあまりに少ないだけに、残念です。
発売中止となった「COVERS」(88)、「君が代」(99)は、勲章です。
真のメッセージとは、表現とは、そういうものなのです。
そのときは理解されずとも、後で効いてくるのです。オリジナルの声のイロ、ツヤ、
唱法など、独自で生み出すことの大切さを忘れて欲しくないものです。

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2009年6月 3日 (水)

この頃のことば

「49年 一睡夢 一期栄華 一杯酒」(上杉謙信49才)

乗り越えなくてよい、一緒に歩もう。
心が折れると、ずぼらになる。
ノウハウを活かす精神力がいる。(「餃子の王将」社長)

「声とともに書き写すか、活版印刷で変わる」(松岡正剛)
矛盾しながら進めていく。

批判、防御、見下し、分析しないこと。
批判は攻撃でない、中断切りする。
主張より質問すること。
穏やか、幸せ、安らぎを求める。

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