2007年1月20日 (土)

JAZZ

「JAZZを楽しむ。人間がそのまま音に出ているもの。
おしゃれなものでなく、遊んでいる感じで。」
(SOIL & PIMP SESSIONS)
~そのために遊ぶために遊びつくすのは、とても大変なのですな。

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2005年11月19日 (土)

南こうせつ ミューズマインド(4)

あたしは団塊の世代でないのに、「神田川」に泣かされるのだ。
そういえば、“唄”ってつづれるのは、この唄くらいまでだったのかしら。
こうせつさんは、時が流れても曲を変えない。
感情移入やフェイクしない。曲が声が止まっている。
そこがとてもうれしい。

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2005年11月18日 (金)

南こうせつ ミューズマインド(3)

「曲作る人は、そんなことじゃなくて、書き続けなきゃだめ。
演奏する人はしつづける。」
「どんなことがあっても、もういいとか、悪いとかでない。
そこで自分を評価していたらダメ、出しつづける。
それが真実の自分なのだから。」
「自分はアーティストに向いていない。
わがまませず、妥協してきたから、一枚も満足できるアルバムない。」

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2005年11月17日 (木)

南こうせつ ミューズマインド(2)

「勘違いした分だけ、神様にトコトンやられる」
「大衆は売れている人、引き降ろすの好き」
もがくのはよい。
20人のときは、客にも自己紹介
100人しか集まっていない、を、
100人も集まっている、に切り替えたとき、世界が変わった。

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2005年11月16日 (水)

南こうせつ ミューズマインド(1)

こうせつは「高節」と書く。その名はまさに、こうせつさん、
コーラス部長だった。「S&Gにあこがれて」はじめた。
“かぐや姫”のネーミングは、人を引きつけるためだった。
今は、大分で20年農業を営む。

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2005年10月20日 (木)

Yumiko来所(2)

日本の歌い手のレベルが、一歩抜きん出ない理由に、
まわりのスタッフのレベルの低さ、声を聴きとる能力のなさを述べていた。
歌唱力があっても、どの曲も同じ声の使い方、同じ歌い方になってしまう。
歌い手ほど、客観的アドバイスが必要な職はないのに、と思うのでした。

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2005年10月19日 (水)

Yumiko来所(1)

何年かぶりに、十五年まえに最初に手伝ってもらっていたYumikoが久々に来日。
向こう(ロス)で、ずっと外国人相手に音楽を教えているのだが、
最近、アメリカ人の若い人にJ-POPSがメチャメチャ流行しているということ
(違法ダウンロードなので売り上げに表われない)で、
これは、まあ日本文化のレベルの高さがようやく、
ヨーロッパだけでなくアメリカ人にもわかってきたかあって感じ。

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2004年8月 1日 (日)

Lesson+CD-Book

シャンテ 愛と人生の詩 ~20世紀の20曲~ (シンコーミュージック)
ささきいさお、九重佑三子、米倉斉加年、樫山文枝さんなどが、
BGMに詩を “ポエム・リーディング”
「男が女を愛するとき」「ラヴィン・ユー」「Without You」、
C.アズナブールから、エルビスコステロ、
あの「ノッティング・ヒルの恋人たち」で使われた「シー」など。
ZINGARAが辻占い、TESTARDA IOがお母さん、HIER ENCOREが
若かりし頃、となっている。
まるで漣健児さんが、あたしのためにつくってくれたCD-Bookみたい。

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2004年6月15日 (火)

ジャズピアニスト 上原ひとみさんの育ち方

「頭がよい 知能指数200くらい
演奏も早い 手に脳があるみたい」(バークレーの教授 エバンス)と、いわれる。

日本の大学をやめ、バークレーで首席卒業。
音大に行かなかったのは、音楽は音楽からでなく、
いろんな刺激からつくられるからという。
バークレーは入るのは簡単、出るのも自分次第。
座右の銘は、「努力、根性、気合」

1.ポジティブシンキングの徹底
侍レディといわれる。 とにかく昨日よりも毎日一歩前進。
思ったように弾けない ピアノが反応してくれない。
毎日違うピアノ、ハコも違う、すべて考える。

2.積極的に人の話を聞くこと
いろんな人と会うたびに、こんなものの見方があると驚いてきた。
特別に頑固な部分は守りたいが、作曲の「ネタ帳」をもつ。
あらすじを書いて曲にしていく。

3.オリジナルが大切
弾ける場所ならどこでも行った。
あたしでなくてはできないことをやる。
ファンがどのライブでもついてきたときに、オリジナルがわかる。

ピアノトリオというシンプルな編成で大きなイメージ。
新しい切り出し、ドラム、ベースもバックでなく、オーケストラの一部。
オーストレーションとして、それぞれの役割をきちんとつくる。

番組「誰でもピカソ」のなかで、北野武さんは、
「努力しない人は争う資格ない。
日本人はすぐれているが、
日本を出て文化として対決する場にどう出るかということ。
外国人はやさしいというが、ダウンしたり、ギブアップした人にはやさしい。
争ったり、上に出られたら、こんなに冷たいことない」と、コメントしていた。

P.S.「モカ・マタリのようになりたい」という人に会った。
(モカ・マタリ…ワインのような独特の酸味・風味・こくのあるコーヒー)

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2004年5月31日 (月)

六本木ピットイン閉店

わたしがちょうど東京出てきた頃、開店したのよね。
そして、先輩のカシオペア、スクエアが出て、そう、YMOもここよね。
ジャズからフュージョンブーム、山下達郎さんからラテンまで、幅広かったわね。
ホント、実験の場だった。

佐藤良武さんは、
「生き残りも可能だが、ピットインのプライドがそれを許さない」 と。
あたしは複雑だけど。こういう判断もわかるの。 ありがと。

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