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2013年10月22日 (火)

正しいとしても使えない [論4-5]

客観的であろうとする私が、それゆえ、ときとして、科学や理論を否定するかと思われるべき発言をせざるをえないのは、いくつかの理由があります。まず、その科学、理論がエセとはいわないまでも、まだその名に値するほど確かなものでないこと。次にそれが完全に実証され、正しかったとしても、正しいという範囲内においても、それでトレーニングとの関係が定かでないものが大半であること。
たとえば、誰かの方法を、そこで使われている用語の使い方などをミスとして、正しく指摘したとしても、その指摘した人の提唱する方法がよいという証拠はどこにもないのです。でも、多くの人はそこに気が付きません。
 バックグランドとしては、そのようなものに基づいて教えられているはずの生徒さんに成果がほとんど出ていないことです。なかには、「そのトレーナーだけには、とても認められている」のに、というケースもあります。その方が実は問題です。二者間、もしくはそのグループ内だけでのクローズの関係性のなかでのみ成立しているからです。
 トレーナーや指導者は、その仲間内や学校などでもそうなっているのかを常に疑い、反省すべきです。私自身は、それを自らのまわりで検証し、10年かけて排除しました。日本の家元で一代にして潰してしまうのは、イエスマンで回りを囲み(世間体をよくすることで)、本人と弟子のみ満足する裸の王様たち状態になるからです。形は残っても内実はなくなっているケースも含めます。

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