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2013年10月

2013年10月31日 (木)

ハロウィン お知らせ

今日はハロウィンということで、コンビニもデパ地下も、かぼちゃのデザートや料理が並んでいます。
その一方で、東急ハンズ新宿店では、すでにクリスマスの飾りが早々に並びはじめました。

ホームページを更新しました。
「読むだけで、声と歌が見違えるほどよくなる本」福島英著 (音楽之友社)のページほか、ぜひ、アクセスしてみてください。
http://www.bvt.co.jp/books/yomudake.htm

声レッスンの感想

朗読練習『どんぐりと山猫』宮沢賢治
1.丁寧に、伝わるように、読む!
2.のびやかに、自分自身も楽しんで、読む!
3.『わたしと小鳥とすずと』(金子みすずの詩)
「すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。」
・慌てず、詩の世界観を大切に、読む!
課題
・ゆっくり丁寧に、心を込めて、人に伝わるように、声を前に出して、読む!
…日常の会話の声を、朗読の時の声のように、はっきりと前に出るようにしたいです!!
…明るく軽やかな、はっきりスッキリとした発声が、理想です!!
…個性豊かに、自信をもった生き方こそ素敵な発声の土台と、お教え頂き、感謝・感謝です!!(FJ)

表現=基礎 V106

 「表現というものは、ジャンルを超える」ということを述べてきました。その最たるものが神懸かり的なもの、ファインプレー、あるいは、ハイ、「ゾーンの状態」です。そして一方で、「基礎というのは、ジャンルを超える」のです。心身の力を欠いたアスリートもアーティストも、一流の仕事人もいません。体は、体力と柔軟、フィジカル。誰でも続けたら鍛えられていきます。それが限界を感じたり、老化していくなら、その分、心、精神、魂といったメンタルの力で支えます。
 私のヴォイトレは、この2極に近いところで行うのを理想としています。でも、多くのヴォイトレは、この真ん中くらいの中ぶらりんなところでやっているように思います。表現でも基礎でもないところです。
 あるいは、表現だけど基礎がないとか、基礎だけで表現がないケースもあります。本人がそれを知り、他で補っていればよいのです。このあたりはスポーツの練習を総合から部分、本番から体力づくりで分けて述べたことに通じます。

選ぶ B069

3通りがある。自分はこれがいいと思うけれど、他の人が見たら、こっちのほうがいいというような問題がたくさんでてくると思います。そういうときに先生に聞けば、これはこうだからあまりよくないとか、これは今はよくないけれど、後でよくなるとか、適切なアドバイスをしてくれると思います。

2013年10月30日 (水)

川上哲治氏 お知らせ

元巨人軍の川上哲治氏が亡くなられました。御年、93歳でした。

歌レッスンの感想

1.発声
最初の言葉から大きく声を出す
中音域以上から息が使われてしまう
声を広げずに一つにまとめる
ベストの部分をさらに深めベターの部分をより良くする
2.身体を鍛える
日頃から筋トレ、色んな運動、息を深くする
3.歌
オリジナル曲の歌詞『厳しい』は難しいので、できれば歌詞を付け替えた方が良い
フレーズを一つにまとめる
自分の声の出しやすい音の高さでフレーズ練習
今までの歌い方と両立させるか、歌い方を変えるか
風邪をひいても歌い方が乱れないように安定して歌えるようにする
共鳴させてしっかり歌えるようにする
ライブでは声域、音量、いずれも余裕を持って歌うようする
カンツォーネは派手な曲が多いので声量をつけるにも練習曲にすると良い
4.良い音楽を聴く
色んな歌い方を試してみる
自分でも知らなかった声を発見できる
胸の辺りで共鳴させて声を出す感覚がなんとなく分かってきました。(AI)

「霧の摩周湖」布施明さん A017

これは、90-年代に、レッスンとして私のとりあげた日本の歌としては早いものの一つになります。日本ではアカ抜けたダンディな、華のある歌手人生を歩んでいる布施明さんは、たしか、ジャンニ・モラッティからカンツォーネにのめり込んだと思うのですが、私のなかでは、布施明というと草刈正雄や、京極夏彦の歌い手版、沢田研二、錦野あきら(旦)さんとは一線を画する映画スターのような存在です。その後の数多くのバラの似合うようなヒット曲のなかで、この曲は、彼の才能と歌唱力の全てを窺い知ることのできる絶唱です。まさにデビュー作品は、その後の全てを凝縮していると言われるゆえんだと思います。それにしても、よくこのような歌がつくられ、しかも、彼のような歌い手がいて、あのように歌い、それでOKが出て、しかもヒットした、というのは羨ましいくらいの奇跡の連動です、当時のデビュー曲でのヒット曲は、インパクトが不可欠だったのでしょう。フレーズとしては「ち、ちぎれた~。あ、あいの~おもいでぇさあええもぉ~」のサビです。

鈍らない V105

感動を結果とする世界に邪魔なのは、退屈に麻痺していく感覚です。ですから、私は初心者のレッスンは30分で1コマで充分としています。本当のところ、初心者には10分でもよいとも思います。正味15分のレッスンもあります。60分あるのなら2人のトレーナーをお勧めしています。
 リラックスしてゆっくりと進めるところから入るのはよいことですが、それでダンサーのレッスンに勝てますか?
 他のヴォイトレの見学にはよく行きます。そこではリハビリ教室のようなことが多く、そういうことはプロの世界へつながっていると考えているのなら、感覚のレベルで鈍っています。
 そこをやめろというのでなく、そこで鋭くなるように使っていくということです。レッスンやトレーナーに左右されるくらいでは、世の中で何ができるというかです。声を一流に育てていくくらいの情熱やインパクトをもって取り組まなければ同じだと思うのです。いつもダンサーのレッスンの上をやっているかを問うてください。

膨らます B068

 私が期待するのは、この方向だとある先生のやり方でやり始めても、もう1人の先生のやり方を材料として、残りの先生のも想定して、それで使っていく。

2013年10月29日 (火)

声レッスンの感想

体ができていないためか、緊張で?体を固めてしまうためか、体がつかえていない。今は意識して動かすことを注意しています。ブレスも胸に入れるように言われているのですが、忘れるとおなかを張っています。以前、違うトレーナーの時には胸が動いているといわれていたのに、体ってなかなかうまく使えません。ア母音を発声するときに、叫んでいるようになってしまっているので、気を付け練習しています。(IH)

離反する  V104

音が導くように―まさに、プロのダンサーはそこで勝負しようとしているから、日本人でもマイケル・ジャクソンのバックダンサーのレベルにまで到達しました。
 歌はまだまだです。お笑いやダンスほどにも自分自身でつくるということを考えていないからです。振付師というのは音声の世界では、アレンジャーやプロデューサーが行っているものと言ってよいのでしょうか。でも、声の振り付けをして、結果として歌になるようなことこそ、ヴォイストレーナーの領域として、もっておくべきことです。
 合唱団のトレーナーは、指揮者として、表現とヴォイトレを一本に結びつけ、そこで求められる成果をきちんと出していきます。ポップスでは、一つの表現から入れないから、本人の表現から入るしかないから、「材料を与えて待つこと」が求められるということです。それには4年~8年はかかるはずです。ただ、声量、声域、ピッチ、リズムをちょっとよくしたいというような目的のレッスンでは、表現の深い世界へ結びつくよりは、むしろそれと離反していくと知るべきでしょう。

自分のカラを破る B067

 やるべきことは、3年ごしで力がついてくることだから、ここでやっていないとかダメとか、ここでそんなことをやってはいけないといわれていても、自分で必要だと思ったらやっておく。自分のやり方ばかりでやっていると、ここに来たときのやり方がうまくできなくなる。喉などを固めてうまくいかないことを起こしていることが多いのです。すると、このレッスンを活かすために、ちょっとやり方を変えようかとなる。それからのスタートでよいのです。

何をもって正しいとするのか [論4-7]

 もっとも問題なのは、「本人だけが正しく精通し、この分野を理解している、それゆえにそうでないから、こういうのはダメだ」という輩です。自分で用語を定義して、それにあてはまらないから、間違っているというのでは話になりません。(用語の定義は、それ自体、この分野ではかなり難しいこと―というのは、共通の理解と確認が、そこで成されないといけないからです。現場に根ざした相当に密なコミュニケーションが必要であり、統一された大規模な組織でないと、それぞれがまた派閥のようになり、論議をくり返すだけになります)
 仮に、その理解が深く、指摘が正しく、否定も正しかったとしても、だから何だというのでしょう。現場では何らそういうものは通用しません。
 それに代わる具体的方法や理論はあるのか―それをどこから持ってきたというならそれもよいでしょう。それで誰をどう育てたのか、そこで育てた例をみると、全く声や歌の力では評価されていないタレントなどの名前くらいしか上がっていないというのでは、一体何なのかということでしょう。

2013年10月28日 (月)

岩谷時子さん お知らせ

越路吹雪さんの「愛の讃歌」の訳詞で知られる岩谷時子さんが亡くなられました。
「ケ・サラ」「この胸のときめきを」などは、ここでもとてもなじみ深い曲です。

レッスン効果

口中のどこを特に高く保てばよいのかが意識できるようになってきました。
息をたっぷり吸うことがまずしっかりした息を出すための第一歩であること、歌う際にはそれをさっと早くできるようにしていかないといけない、当たり前にできるように体で覚えていくこと。
歌のレッスンでフレーズいっぱいまで息が持たないとき、息の吸いが基本足りないことが原因になっていることがわかってきました。
指を口の中に入れての発声はびっくりしましたが、口蓋が下がらないので響きのよい声が出ることがわかりました。
発声の際、背骨がのびる感じはバーバラコナブル著 音楽家なら誰でも知っておきたい呼吸のことにも書かれており先生のご説明も同じでしたのですぐによく理解できました。(AO)

歌レッスンの感想

1.力まないように気をつけると必要なところの力まで抜けてしまい、声が浅くなってしまう。
2.力加減がよいバランスで保てると、良い声が出るようになった。
3.継続して深いところからの声を目指して、必要な力み、不要な力みの判別がつくようにしたい。
不要な力みを取るために、歩きながらコンコーネを歌ったことで余計な緊張感がなくなってよい声が出た。(SZ)

誤解のプロセス V103 

 トレーナーも他の専門家(医師など)も、プロとなって実績を積むにつれて、一般的に次のような傾向が出てきます。
1. 最初、自分なりのやり方を試行錯誤しながら、自らの経験をもとに方法や論を確立していく。(仮説)
2. 他人にそのやり方を試してみる。(試行)
3. 効果が表れる。(実証)
4. そのやり方に自信をもつ。(確信)
5. 効果の出る人や、効果の方しかみないようになる。このとき効果の出ない人や、効果のないことをスルーしてしまう。無意識か、気づかないこともあります。なぜなら、そういう人の多くはいなくなるからです。
以前なら、自分の教えた通りにできない人や、うまくいかない人を非難したような先生やトレーナーも少なくなかったと思います。(とはいえ、どちらの責任かなどは、本当にわからないところがヴォイトレの問題です)医学は、救命や痛みを抑えることを第一の目的につくられているのですから、そこを忘れてはなりません。
 現場の判断と、これからの育成というトレーニングは別の次元のものです。現場(仕事場)の表現から、全く異なる判断の方を必要とされることは少なくありません。

区別 B066


 何を歌っても、確実にとれるところと、それが連続して出たらダメでも、ふつうの歌で上がったりするときにはとれるというカラオケのようなかたちも伸ばしていけばいい。高いところは高いところばかりやっていると、出るようになる。低いところも同じです。ある時期、高いところが出にくくなったり、低いところが出にくくなったりするのです。ただし、区別しておくことがもっとも大切なのです。
 声楽は高めにシフトしています。元々の曲、向こうのオペラ歌手がやっているような曲はすごく高い。そういうふうな曲を使うことによって、確実に広めて出していくことが、ベースのところを上げていくことです。
 ポップスを使うのだったら、高さをとるのか声量をとるのかという問題になってくると思います。誰もがすぐ高さにくのですが、その前に、どちらもみておくことがとても大切なのです。

2013年10月27日 (日)

相手の声を読み解こう

医者は問診で、舌や睡眠だけでなく、ことばや息呼吸での異常をチェックしています。私もまったく同じことをしています。さらに医者は、健康か病気かの判断ですが、私は相手が健康な声である上で、相手に伝わる声の使い方かどうかをみるわけです。舞台での仕事は、せりふも歌も客に伝わってこそ、芸となるからです。
 聞こえてくる声の中で、発音、滑舌などよりも、気持ちが入っているのか、それは伝わっているのかをチェックします。
 発声として声を出し、ことばを読むのも、その前に伝わる声をもっているのか、伝わるように使えているのかをみる方が必要なのです。
<声のイメージ>
 あたたかい 冷たい 柔らかい 固い 切ない 薄い 熱い ・・・

万能になりえない V102

 「万人にとっての万能なトレーナーはいない」
 専門外のことは紹介状で専門の人にまわします。しかし、音声については、あまりにも少なく、しかも、どこまでの専門で、症例をどうみて、そう対処するかは、まだまだ多くの課題があるのです。
 何人かの有名な先生をまわっても、かなり見解が違います。まして、ヴォイストレーナーはとなると。何でもできると豪語する村医者のような人もいます。が、次の点からみましょう。これは研究所のトレーナーに対するアドバイスです。
1. とても伸びている。→でも、別のトレーナー、別のメニュ、方法なら、もっと伸びた可能性はないか。(トレーナー、別のメニュ、方法など)このケースでも「早く伸びる」と「大きく伸びる」では異なることを述べました。
2. あまり伸びていない。→でも、別のトレーナー、別のメニュ、方法ならもっと伸びなかったのではないか。
これは、伸びる人はどのトレーナーでも、(ここの研究所以外のトレーナーについても)あるいは一人でやっても伸びるケースが多く、その逆では、当たり前のように誰についても声が伸びないことがあるという事実の確認です。

いい加減 B065

レッスンというと、困ったことを何回か通ったら解決というふうに思っている。そんなもので解決するのなら、本当の意味の解決ではないと思います。
 たとえば声域に関しては、最終的にどういう音域で歌っているかとか、どういうキー設定にするかというのは別問題としておいておく。目標設定としては、声そのもの、その上で声域でも声量でもできるだけ、とっていく。歌の中ではまとめなければいけないから、無理なことはできない。ただ、声楽でもヴォイストレーニングでも、きちんとできたようなことでできない声域や声量のところまで広げておきます。
 この高いところは無理だなといわれても、実際の歌になったときというのは、一瞬であったり、たったひとつの音が高くなったりするだけなのですね。だいたいの場合は、ここまでしか出ないと先生に言われても、3つや5つくらいの音は、今の歌の中ではとれます。だから、それがポップスのよくも悪くもいい加減なところです。だから、両方で考えていったほうがいいと思います。

2013年10月26日 (土)

台風27号、28号 お知らせ

大型台風が2つも発生し心配していましたが、それていきました。

レッスンも影響がなく無事に行いました。

声レッスンの感想

1.発声
P29 口慣らしのトレーニング
P60 ことばのトレーニング 5音 3つずつ
P66 50音のトレーニング 
鼻から息をすうと、途中で息がとまるので、口から息を吸う習慣をつける。
声の他に、口の中、舌のあたる音がはいってしまっている
改善方法として、舌を上向きに、なるべく奥にあてて発声する
舌の位置が前にくると、声が浅くなる。
山の中のあとに、口の中の音が入っているということでしたが、何度も聞きすぎて、聞こえているのか、聞こえているような感じなのか、よくわかりませんでした。
2.課題
口呼吸の習慣をつける
口の中も鍛える。舌をあげて訓練する。(II)

多様性を認める☆ V101

最近も日本の有名どころの医者やトレーナーをまわってきた人が、ここにしばらく落ち着くことになりました。改めて、皆さん、先生方もうまくいかないことを認めたり、悩んだり、迷うことを嫌わないようにすればよろしいのにと、私の立場からは、本人たちにストレートには言えないことを、ここで述べます。
 私は比較的早くから、他のトレーナーとやってきたので、自分の短所、弱点を認めています。また、自分の長所や得意なことでさえ、世界や日本でも、すごい人がいることを知ることができました。今ももっと知ろうと努めています。
 この分野が未熟なのは、まだまだ「お山の大将」が多いからです。
 声というのは多彩なものです。「正しい声」、「間違った声」などは単独には、ありません。目的やケースによって大きく違います。
 声楽をベースにしているとしても、世界にはそれ以外のすぐれた発声表現もあります。日本でもたくさんあります。あるところまでは医学的な判断もできますが、表現となると、別です。私は、能や邦楽など、全く異なる観点から、声についても学ばされることが多くありました。

伏線 B064

自分でそういうことをやっていながら、ここのレッスンの中で、今日何ができなかったとか、できなかったことができたということを気にせず、それを走らせておいたらよい。半年や1年たったときに、自分がそういう試みをやるときに、もっといろいろなアイディアが沸いたり、あるいは取り出せる可能性が高くなってくる。そういうものが本当は一番いい。

2013年10月25日 (金)

歌レッスンの感想

真直ぐな姿勢を保ち息を声にする効率を上げること。口を大きくタテに開け、喉を開いて共鳴スペースを作ること。アタマの後ろに響かせるようなイメージ。
イとエの発声時特に気を付けて子供のような歌唱にならないように。息はお腹でコントロールして音を繋げて歌うようにする。高音を妨げないように喉で頑張らないようにする。(SO)

遅れている V100

 ヴォイトレの分野は、取り組みも方法も人材も、結果の世界的レベルをみても、全てにダンスなどに比べ遅れをとっています。歌の客についても、文句を言える立場ではありませんが、とても優しすぎます。海外のように意志をはっきりとステージに伝える人などほとんどいません。ポピュラーで、実名で辛口なのは誰がいるでしょうか。私は批評家でないので、ヴォイトレを役立てようとする人に、ヴォイトレの可能性からのストレートなアドバイスをすることだけに専念しています。例に出している人たちには申し訳ないと思っています。が、有名税とお許しください。作品は批判しても、個人的な批判はしていないつもりです。
 未熟な分野は、そうでない分野から学ぶ方がよいと思います。私もいろんな未知の分野からの要望で、次々と新しい仕事をやらされましたから、いろんな先達を参考にしました。人間が行うことですから、やはり、全てに共通して通じる定石のようなものがあります。それをヴォイトレに関わる人には、先入観で狭めて妨げないでほしいと思うのです。トレーナーは主役ではありません。補助のサポーターであり、それぞれの人に未知の可能性はあるのです。

練習法 B063

 たとえば言葉が違うから、1番はすごくスムーズに歌えているのに、2番はうまくいかないとか、あるいは4つの言葉のうちの3つ目を変えたら、うまくいくが、その言葉だとどうしてもうまくいかないと。今の自分のベストの音声で、ここの4つの音のように全部が歌えたら、かなりいいものになると思ったら、それを徹底してやっていくように考えたほうが、現実的です。

否定でなく成果を [論4-6]

育てている人をもって実証する。それを1つめの理由とすると、2つめの理由は、本人(トレーナー本人)のことです。
 私のところには、様々なトレーナーから生徒さんがいらっしゃるので、日本の現状のブレはもっともよく知る立場にあります。ただし、上手くいかなかった人がくるので、前のトレーナーの悪口を言われても、それが、そのまま実情であると思うことはありません。どこに行っても上手くいかない人や誰からも学べない人もいます。また、誰かにつかなくては身につかないわけでもないからです。
 
 ここで改めて申すまでもなく、他人の言論について、特にこのように記述されたものを、それ自体で論じるのは、ほとんど意味のないところです。そういうときに、科学的知識とか、生体学、原理、理論などを持ち出すと、一見、誤りを指摘し、論破したようにみえますが、実のところ、本人の自己満足になっていることだけなのです。
 一つには、誰もが手探りでよりよくしようとしている段階で、それを上から否定しても何にもならない。それに代わる提案をし、実践をし、成果を出さなくてはならないということです。が、大半の人は実践さえせずに言葉上での否定をしているだけです。

2013年10月24日 (木)

声レッスンの感想

1.軟口蓋の天井を高音ほどさらに意識して高く維持する。
2.舌先を上顎につけて発声。
舌の付け根が硬くなると響きが硬くなる。つねに柔らかくを保つ。
3.マメマメ…口がヨコに開かないよう両端に指をあてると自覚がはっきりできる。手を添えなくても口が開かないよう体で覚えること。(AO)

気づく力 V099

 私は、月20曲に自分の選んだ4~10曲を加えて、年に240~360曲を、覚えられなくても、聞くように勧めています。できたら20~30曲から気に入った曲を8~12曲マスターしていけばよいのです。これでも甘いものです。
 ネタを入れ込んでいき、それがシェークされ、自分の強みをさらに強化し、弱みを補充するには、これしかありません。つまり、基準も材料も、ここから変わっていくのです。一流のものを入れておくことです。
 私は、なぜアマチュアの人が、多くのプロも知らないし、使っていないような発声の理論やヴォイトレの方法に振り回されるのかわかりません。
 プロは心身をつくってきたのと同時に、一流の声や歌を聴き続けてきた。歌はそちらが中心です。
 次に私が述べているように、同じように聴いても、入る人と入らない人、出てくる人と出てこない人がいます。そこで自分に気づいて変えていくことです。気づく人も、気づかない人もいます。しかし、こうして、気づくヒントを与えているのです。それこそがレッスンの中心です。

イメージとレッスン B062

 とにかくやれることは、体を強化することと体のコントロールです。体というのは息や声と体でコントロールする。喉と体と、いつも私は分けていますが、現実にやるときには一体になっている。だから喉にはかけないで体でやるというのもイメージの問題です。
 一番いいのは、自分で1ヶ月なら1ヶ月、いろいろな歌を歌うというよりはひとつのフレーズをとって、そのときに自分で一番楽に、あまり力も使っていないけれど、すごくよく出ているようなものをヒントにしてみる。置き換えてもいい。それをどう深めるかはレッスンでやる。他の部分でそういうふうになっていない部分は自分でもわかります。

2013年10月23日 (水)

歌レッスンの感想

息吐きトレーニング
ハイ、ララの響きチェック
長唄を使用しての響きチェック
長唄という新たなジャンルで声に対する新たな考え方を学びました。継続する中で自身の課題を浮き彫りにしたいです。(OW)

カンツォーネを使うことについて A016

 たとえば、研究所では、最初からカンツォーネをよく使っています。
1、声量、声域、リストパターンを入れ込みやすいこと。一曲がメロディ、リズムともポップスの基礎となる名曲が多いこと。一流の歌手や名プレーヤーのものが多いこと。同曲異唱の多いこと。アメリカのほか、多くの国の歌手もコピーしていること。英語の曲よりも日本の詞がしっかりしており、しかも馴染んでいること(日本では日本語をつけて歌われた)などが主な理由でしょうか。
2、発音が英語などより安易、かつ意味がわからないこと。(わからない分、音そのものに鋭くなる)
3、60年代日本人歌手が、これによって、けっこうな発声の基礎力を得たこと。(実績)
 さらに「ナポリターナ」「イタリア歌曲集」というものを声楽家のトレーナーに手伝ってもらうことで相乗効果が出ました。
 おかげで、予期せぬことに、そういう分野でのプロ歌手も何人もきました。また、ここからコンクールで賞を得たり、プロになる人も現れました。
 私は日本のミュージカル、シャンソン、ラテン、ジャズからは、いつも述べているように、距離を置いているのですが、こういう距離をおいた関係はトレーナーとしてもレッスンとしても好ましいものと思います。

オリジナリティ~憂歌団 V098

自分の歌とは、私は「本人だけの声とフレーズ」をもってオリジナリティとします。つまり、自分のつくった歌がヒットしたのでなく、他人と同じ曲を歌っても、その歌手独自のものになるということにおいてのオリジナリティです。
 私が古いものは必ずしも好きでないのに、今もってなお、美空ひばりを最も評価せざるをえないのは、その点において、他に類をみないからです。今の日本のベテラン歌手といわれる人でも、彼女の歌を歌うと彼女の歌い方がもろに出てしまいます。それを自分に置き替えなくてはだめなのです。
 それにしても、日本の歌手はプロでも、他人の歌を歌うと自身のオリジナリティを失い、ただの他人の物まねになりがちでがっかりします。これでは、アマチュアのうまい人と同じ、あるいは物まね芸人レベルです。
 そこは、カバーでも一味も二味も違う、憂歌団の木村さんを見習ってください。
 海外で学ぶ日本のトップレベルのヴォーカリストでも、ただ海外のレベルのヴォーカルを真似ているだけで終わっているものが多いのです。日本では外国人に似た歌い方ができれば、その方が評価されるという、いつもの「二重性の問題」もここでまた出てくるのです。

今の歌手の声量 B061

インパクトがあるとか、言葉でなぐり込んでいるイメージとか、弱いけれども、遠く響いているような情感があるとか、現実面での働きかけのことを声量というのです。昔の歌謡曲だったら、ここはサビだから大きくといえたのです。今の歌は必ずしもそういうかたちで見せていくわけではない。
 力を抜くと声は小さくなるのだけれど、力を入れること自体はあまりよくない。歌っている間に力が入ったことが、喉に対してどんな影響を与えるかと言う一方で、その音色を使って、聞く人にマイクも含めてどういうふうに聞こえるかということで問わないとなりません。
 ただヴォイストレーニングで、そんなことを言ってしまうと、個人差やその人の資質の違いが出てしまいます。大体、その場合は、声楽のように発声ということで勉強はしていくのです。

2013年10月22日 (火)

上原浩治投手 お知らせ

ボストン・レッドソックスの上原浩治投手が、日本人選手初のリーグ優勝シリーズMVPに輝きました。
インタビューに上原投手は通訳を介して答え、息子さんは直接英語で答えているのをみて、子供の耳は柔軟なものだと感心しました。

声レッスンの感想

1.いすの背もたれに手をかけて背中を丸く伸ばすストレッチは、腕で頭を包むようなイメージ(頭より上に肩甲骨と腕がある)で行った。ちょうど、猫が伸びをしているような感じだと思った。(背中を丸めるところ以外)
2.言葉、声は頬骨の上にのっかているイメージ、その声と分離してのどが鳴っているイメージでの発声練習。(「ミイイアーマアアイ(ドレミファーファミレド)」)この際、首の付け根でのどの奥の方を開けておくが使わないと言う事を教わったが、「使わない」というのが難しかった。
3.ブレスの練習。自然に吸って、胸は膨らませず(えぐれているイメージ)、隙間に入ってくるようにする。目の中、耳の中、ほほの中、背中の肋骨の一番した辺りに息が入ってくる。無駄な力を抜かないと、背中へは息を入れることが難しい、本当に何もせずに息を背中に入れるイメージ。
姿勢は、背中に体重を預けて、かかとと息が入ってくる背中側の肋骨の下の2点(3点) で支える。
レッスン後に美空ひばりさんの歌を聴き、ブレスがとても自然だったので、今回のレッスンで学んだことと繋がっていると感じた。
かかとに体重を乗せることをずっと教わってきたが、今回やっと背中に体重をあずける感覚をつかむことが出来た。(HO)

プロとしての力 V097

 自分のネタは自分の歌というと、日本の場合、自分の作詞作曲したものが、ネタとみられてしまいます。シンガーソングライター全盛となったため、歌唱だけで勝負する歌手は少なくなりつつあります。プロ=それで生活している、となると歌唱より作詞作曲、印税がものをいうからです。歌手は、「自分のつくった歌を歌う人」となっていったのです。としたら、歌唱そのものの力が落ちたのは仕方ないということでしょうか。
 確かにプロとしての歌手の力というのはエンターテイメントの世界ですから、その名とヒット曲が世に知らしめられているかどうかです。その名や曲でどれだけ売れるか、人を呼べるかです。
 ただ、昔の杵柄で、ずっとやってきた人が多くなってきたのは、この時代、特に日本では、団塊の世代とポピュラー音楽のピークに一致したまま引っ張ってきた経緯があるので、ややこしいのです。
 でも、一度ウケた歌を繰り返し同じように歌っている歌い手ばかり、若いときと全く同じに歌えと求める客ばかり、となると、何とも保守的な国なのだと思うです。

ポピュラーの声量 B060

息を遠くにとばすイメージと声量というのは、気持ち的には、つながるけれど、喉に力が入ってしまう、息と声がつながっていれば、息を大きく使えば声量が上がる。ただ声量というのはいろいろあって、そのまま音の響きや音量ということではない。喉にかかったりしても、聞いている人はそこでがんばって歌っているみたいな感じをうける。クラシックでいう声量というのはわかりやすいが、ポップスの場合の声量というのは、印象としてのこと。声量という言葉は、歌の中の何かに置き換えて使ったほうがいいと思います。

正しいとしても使えない [論4-5]

客観的であろうとする私が、それゆえ、ときとして、科学や理論を否定するかと思われるべき発言をせざるをえないのは、いくつかの理由があります。まず、その科学、理論がエセとはいわないまでも、まだその名に値するほど確かなものでないこと。次にそれが完全に実証され、正しかったとしても、正しいという範囲内においても、それでトレーニングとの関係が定かでないものが大半であること。
たとえば、誰かの方法を、そこで使われている用語の使い方などをミスとして、正しく指摘したとしても、その指摘した人の提唱する方法がよいという証拠はどこにもないのです。でも、多くの人はそこに気が付きません。
 バックグランドとしては、そのようなものに基づいて教えられているはずの生徒さんに成果がほとんど出ていないことです。なかには、「そのトレーナーだけには、とても認められている」のに、というケースもあります。その方が実は問題です。二者間、もしくはそのグループ内だけでのクローズの関係性のなかでのみ成立しているからです。
 トレーナーや指導者は、その仲間内や学校などでもそうなっているのかを常に疑い、反省すべきです。私自身は、それを自らのまわりで検証し、10年かけて排除しました。日本の家元で一代にして潰してしまうのは、イエスマンで回りを囲み(世間体をよくすることで)、本人と弟子のみ満足する裸の王様たち状態になるからです。形は残っても内実はなくなっているケースも含めます。

2013年10月21日 (月)

レッスン効果

声と吸い込んでいる感覚のバランスを、声を減らして空気を増やしたら、伸びやかで気持ち良く温かくて、トレーナーの「はい、ここまで」の声が催眠術師が催眠術を解く時に手を叩いた時のようで、はっと現実に戻る感じだった。
この時の声は、後で録音を聞いても心地良く聞こえた。
いつもレッスンでは心地良い感覚をつかめるのに自主練ではなかなかうまくいかない、時間もかかるし、感覚も浅い。(OK)

最近は少し調子も良くなりましたが、仕事が忙しく、バランスを取りながらの日々をおくっています。
もし、本当にまた機会があるならば、その時はよろしくお願いします。これからも今は忙しいですけど、音楽を楽しみながら生きていきたいと思います。(WB)

歌レッスンの感想

1. 発声の基本を学びました。
2.まだ舌根と舌の位置、軟口蓋の上げ方が非常に不安定で曖昧で、かつ無駄な力が入っています。
楽な方へと楽な方へとそれらが逃げてしまっています。
慣れること、そしてそれを柔らかく位置を定めること。その2つが当面の課題だと思います。
3.声の向きも、鼻の付け根や眉間から前後上下に逸れてしまいがちです。
自分の場合、歌に対する感情移入が激しいため、発声の時に比べると歌っている時の方が自然に脱力をしているようにも感じられますが、その反面、先述の軟口蓋、声の向き、その他ブレスもおざなりになってしまっているのだと思います。
まだまだ先のことになりますが、体と声、呼吸の繋がりとともに、歌への繋がりと心の繋がりも課題だと思います。(MH)

DJヴォーカル V096

ヴォイストレーナー、特に基本をきちんと勉強したり、声楽科を出た人は、発声や歌唱の正確さ、安定度でだけ、歌い手をみることが多いものです。それは大きな問題ですが、まず歌い手としてなら、その活動でみることです。
 ただ、ヴォイトレで「育てなくてはいけない」と思うと、どうしてもそういう正論のある基準に、そして「安定のためのローリスクな発声」の方向になっていくのは理解してあげてください。
 何もないよりは、こういう技術はないよりもよいからです。と言っても大きな面からみると同じことです。最後に「情熱や衝動」というのは、まさにそういうものなのです。
 あるミリオンセラーのヴォーカリストが、あまりに世界との差を知り、自らの力のなさを知り転向してしまったのを、私はその時期、案じていたのですが、それはネタ切れ、つまり、ステージで次々と即興のフレーズが生み出せない点でした。最初は声の問題でしたが、それを私はトレーナーとして否定しました。今の世の中、声そのものは何とでもなるからです。メインのヴォーカルがDJ、それでよいかどうかは、考え方次第です。でも、日本ではDJの方がはるかに即興性はあります。
 一流のレベルからは不要だが、一流のよいところでは、そこが基準になってしまうのです。芸や才能でみずに、やる気と体力と忠誠心でみているのですから、若いサラリーマン社会のようです。

限界 B059

いろいろ勝負できるところがあるのだから、そこで限界と思ったら、それを踏まえてどうすればいいのかということを徹底して煮詰めていく。限界を破ろうといっても限界は限界なのだから、やぶれるところもあると思うけれども。歌というのは、やぶれないから勝負ができないわけではない。それが雑になってしまうとか、ていねいさにかけるということになるとダメです。その辺のしぼりこみをやってみてください。これも1曲歌えということではなくて、この中で聞かせるところに絞り込んでいきます。あるいはこの歌を皆が聞いてみたら、どこが残ったのか、まったく残らない場合もあるかもしれませんが、その辺をやりましょう。

2013年10月20日 (日)

声がよい人ほど気づかない弱点

 こういう仕事をしていると、とてもよい声をしているのに、なかなか仕事に活かせないとか、人に伝わるように声を使えない人に出会います。もともと声があるのに、今ひとつパッとしない人、さらに声を完璧にしようという人も、そのタイプが多いようです。「声がいいですね」と自他ともに認めるだけの声はあります。しかし、そのことが、その人の声で伝わる能力の妨げになっていることもあります。
 つまり、声のよい歌い手や役者が若くしてそれで評価されるため、そこから伸びないのと同じです。
 ビジネスでも、よい声や大きな声は出る人が、そこで逆に足を引っ張られていることがあります。つまり、声がいいといわれるほどに、声がいいことが目立って、伝わる度合いが少なくなっているのです。問題は、こういう人の大半がそのことに気づいていないことです。とても声がよいのに、伝わり度合いが人並み以下になっているのです。でも、そこに気づくことで、こういう人は声を本当に強力な武器にできます。

 これは、下手なオペラ歌手より、生声で一生懸命歌う、アイドルの方が伝わるのと似ています。声のよしあしと、声の伝わる度合いは必ずしも一致しないのです。気持ちがのって話がはずみ、お互いが充実した会話ができなければ、声が伝わることにはならないのです。つまり、声のよしあし、声の大小は、声を出す側の事情にすぎません。どんな声でも、それを知り尽くして、使い切っている人の方が有利なのです。

 話は受けとる側との協力で成り立ちます。スピーチがうまいのにパーティでは壁の花、会議では、リーダーシップを発揮するのに、打ち上げの席では、誰にも話しかけられないー というようなことに思いあたる人は気づいてください。
 あなたの声は伝わっていないのです。
 カラオケで感動することが少ないのは、歌う人の一方的な歌唱だからです。アマチュアではうまい人ほど、場から浮きます。プロは聞く人に伝わる、一体感を与え、その時間を満ち足りた場にするのです。さて、あなたの声はそれに充分に耐えているのでしょうか。

「ネタ切れ」 V095

「基準をもって学ぶ。そのために、その基準を高めていくことが学ぶこと」になるのです。ですから、自分がよしと思えば、もうレッスンもやめればよいのです。基準アップよりも、そのレベルでの活動を重視するという考え方、方向もあってよいと思うのです。
 客は私ではないのです。むしろ客の反応に、よくとも悪くとも戸惑い、バンドやまわりの人の意見に悩む人こそレッスンにいらっしゃるとよいのです。
 きっと誰よりも明確な判断の基準を1秒単位で示せると思うのです。それを厳しくとるのならブロードウエイのオーディションなどを受けるときのレベルといえます。
 「ネタ切れする」「自分の歌がない」、これこそが日本人の最大の問題です。いや一つのネタもないまま、他人のを真似ている。つまり、多くのうまい歌手、声のよい歌手というのは、ダンスでいうとバックダンサー、つまりコーラスみたいなものです。
 それを目指すのはあなたの本意なのでしょうか?それに比べて、「声が変」とか、「歌もどうも」と言われていても、20年、30年以上やり続けているプロの歌手っていますね。日本には、それも作詞・作曲力といえばそれまでですが、「その人自身の声、歌がある」と思いませんか。

真似できない B058

 「このフレーズで3行が完璧に歌えたら」「声量や音域があれば」と思うのだけれど、大して意味はありません。2オクターブあったらあのフレーズを聞かせられるかといったら、トレーナーがやってみても、この人みたいな聞かせ方はできないと思うのです。それがポップスの面白いところです。
 多分、うちのトレーナーのほうが声域はあるし声もコントロールできると思うのに、伝えられるかというとまた違ってくるのですね。

2013年10月19日 (土)

声レッスンの感想

軟口蓋をあげて発声
「んがっ」と言って上がったところが
軟口蓋
ミントを食べた時に涼しい部分
あくびの喉で喉の力を脱いて、
軟口蓋をあげて「んがっ はーーー」
軟口蓋をあげると、ミントを食べた
時のようにすーすーする
軟口蓋をあげて発声すると
気持ちよく声が出る
家で「んがんが」言うフランケンシュタイントレーニングを続けたいと思う(OM)

本当に心地よいもの V094

こういう基準は、音楽之友社の最新刊「読むだけで、声と歌が見違えるほどよくなる本」に述べています。
 私は、同じ曲を80人、80回、一日に聞くようなことを10年以上やってきました。そこから、曲のよさ、詞のよさなど、全て抜かしていく作業、その人への個人的な感情も(そのくらいの人数になると誰が誰かもどうでもよくなる)努力や全力というのも影響させない作業を通じて、ピュアに聞くことができるようになりました。(つまり心身も耳も疲れてくるから、やる気や勢いだけを通じているようなものでは拒絶反応が起きる)
 そこで聞きたいと思うのは、心身によいものです。ほとんどの歌が、失礼ながら、続けて聞くのに努力を要します。その努力ができなくなると聞こえなくなります。心地のよいもの、自分の免疫力を高めるものだけが残ります。クリアに聞こえ、それは清涼剤のように離しがたくなる、必要とされる。(といっても80分の1か2)こういうレベルでみれば、歌は音楽性のあるものがNo.1、役者などの歌は、全力で、あるいは雰囲気、その人となりが伝わるが、二流となるのです。

両方やっておく B057

一番高くなるサビのところでファルセットを使っていましたね。向こうが使っているからやろうというのではなくて、自分の体の中からの実感の中から、しのげるとか勝負ができるとか、両方が必要だと思うのです。
 トレーニングをやっていると、あまり逃げたりごまかしたりしのいだりすることはやらなくなるから、どうしても勝負で歌い切ってしまうのです。でも逃げ方とかつなぎ方とか、ここは勝負しないで置いておくところとか、そういうことをやるのも必要です。

2013年10月18日 (金)

やなせたかしさん 逝去

アンパンマンの生みの親で有名ですが、「てのひらをたいように」の作曲者でもあります。
94歳でも現役でいらした偉大な方でした。毎週金曜日にアンパンマンが放映されていて、今の子供たちにもなじみのあるアニメですが、「顔をちぎって食べてもらう」ことや、アンパンマンのマーチの歌詞にある「みんなの夢をまもるため」など、とても奥深いものがこめられていました。

歌レッスンの感想

1.腹式呼吸
・身体を(特に上半身)柔らかく、柔軟に!
・お腹の下(丹田)の方を意識し、力強く式呼吸すること!
・「ハッハッハ~ッ」ミレド
2.発声
・「ア~」ドレミファソファミレド
・腹式呼吸で、上半身リラックスで、下腹部はしっかり下方向に意識して、口はあくびのように奥を大きく開けて、発声する!
3.歌
・テキストp88「この愛に生きて」
・上半身柔軟に、下腹部を意識した腹式呼吸を大切に、歌う!
・特に、各フレーズの終わりの音を意識して、お腹をしっかり意識した歌い方をする!
…まだまだお腹に力が足りず、身体がフラフラしてしまいます!
力強く伸びやかに歌えるようになりたいです!(FJ)

イベントとライブ V093

私は「イベント」と「ライブ」ということばを意図的に使い分けています。「イベント」というのは、限られた時間で行われるものです。たとえば、何年かぶりに聞くと、歌というのはその人の心をも打ちます。でも、毎日となるとどうでしょう。
 私は、その日に聞いたら「すぐに、知り合いや友達に伝えて、連れていきたくなるか」というのを基準にしています。
 1,2曲聴いて、次に6曲もつか、2部のステージのエンディングまでもつかを予測します。職業柄お許しください。常に、即時に評価しなくてはいけない立場にいるからです。他の人のすぐれた歌唱の後に歌っても、さらに異彩を放つかどうかをみています。
 そこで勉強法として、「同じ曲で異なる歌手の10曲をCDに入れ、11曲目に自分のを入れて聞きなさい」と言っているのです。今もそのようなレッスンをしています。
 基準は、比較において、もっとも明らかになります。しかし、比較されるものは、それだけのものでしかないのです。すぐれたアーティストと比較するのは、よい勉強です。すぐれたアーティストは比較されません。
 人は好き嫌いでみますが、誰かの心にNo.1であればよいわけです。私情を抜きにしてですが。(「知り合いだから」とかはダメです)

矛盾させる B056

たとえば高いところをとりにいくといったら発音は悪くなる。響き、姿勢も悪くなる。必要かどうかは別にして、ひとつのフレーズを見たときに、このやり方をやるとここが悪くなるから、こういうメニュを置くというセッティングをする。言葉を変えようとか、このメロディではこうしようとか。
 実際に外国語につけてみたら、どうにもいかないですね。うまくいかない、そうしたらどう弾くのか、他に見せ方があるのか、イタリア人はそこにファルセットを使うということは考えないでしょう。でも、使ってみてもかまわない。

意義と責任 [論4-4]

私が今、このことに詳しく言及するのは、その意義と責任を感じているからです。
 第一に、私のところにいらっしゃる方や質問をしてくる方は、どちらかというと真面目、かつ勉強熱心な方が多いことです。それが時として、新説や新理論に振り回され、考え方が片寄ってしまうことが少なくないからです。それがトレーニングの方向や、やり方によくない影響を与えるからです。
 第二に、私のところは複数のトレーナー制をひき、また、私自身セカンドオピニオン的な仕事を長く続けてきたからです。つまり、それは客観的であろうとする努力であり、同時に科学的、理論的、実証的であることを求めていくことだからです。
 第三に、「声のしくみ」(ヤマハ)を筆頭に、いくつかの著書にそういった成果を私なりに汲み取り、まとめ、発表してきたことに関係しているからです。その本で先に述べたようなことに関心をもった人もたくさんいると思われるからです。
 第四に、トレーナーにつく人や、なろうとしている人をたくさん引き受け、さらに連載「トレーナーの選び方」に、長らく、一人よがりを防ぐための客観的な立場を持つことの重要性を訴え続けてきたためです。

2013年10月17日 (木)

声レッスンの感想

息を吸った時に軟口蓋をあげる
お腹で支える、ポンプのように出す
息を頭のてっぺんに飛ばすイメージ
口の中をだんだんと広くしていく
前の細い道に声を乗せていく、後ろに飛ばないようにする。
そして前に乗せた声が出してから横に広がっていくイメージ
のどは忘れる
上記のことをイメージできたときは良い発声ができる。
自分の発声を修正することができた。
さまざまな出し方の分別ができるようになってきた。(UN)

働きかける V092

 私がオーディションを、客席の前や、特にもっとも後ろからみているようにしていたことは、述べたことがあります。私自身、私なりの見方だけに踊らされないように気をつけてきました。私の仲間のトレーナーや、お客さんの反応もともに受けとめて学んでいったのです。私の尊敬するアーティスト(複数)ならどう聞くだろうというのも、とてもよい観点になります。
 聞いていて、こちらの体が揺れていくか、心が弾んでいくか。つまり、動きたくなるか、踊りたくなるか―というのが、いくつかの判断の基準です。そこは、ダンスをみるのと全く同じです。
 どんなに声がよくても歌がうまくても、働きかけのないものはプロではありません。そこからみると、声のよさや歌のうまさは副次的な産物です。声量、声域などと同じで、プロになる条件とはなりません。
 もちろん、状況においては、きれいな声、うまい歌というのは、とても伝わり、深く感動させます。しかし、仮にそれは悲惨な状況では慰めのことばが心に響くようなものとしてみるなら、そのときその場で言う条件下にあるものとして、別に考えておくことです。(レコーディングの出来のようなものと同じで、ある条件下での評価と生きた歌は、私は異なると思っています)

7つのメニュ B055

目的の設定は、入って半年くらいから、どうやるのかどう直すのかとなる。たとえば大体問題が7つくらいあるわけです。そうしたら、それぞれに全然違う目的でのメニュをつくらなければ、解決しないのです。ひとつのやり方において何かはできたとしても残りの6つはだいたい悪くなる。

2013年10月16日 (水)

武術家 中山先生 お知らせ

武術家の中山先生にお会いし、呼吸法についての研究を開始しました。

歌レッスンの感想

1.「音高くなって、怖くなって、自分で首を絞めてる」と指摘があって、以前より認識していた点でもあったので、改善できていないのだな、と再認識した。
2.「息を吸ったときはノドが開いてる」らしい。その形を身体で覚えたい。
3.息は下に流す。
ピッチを気にするようになった(BB)

日本と世界 A014

 私は、王、長嶋の昭和、「日本の日本人」と、松井、イチローの平成、「世界の日本人」という時代の違いだとも思うのです。坂本九の「上を向いて歩こう」は、世界チャート1位と共に60年代の日本のレベル(作詞作曲、歌唱)の高さを証明することになりました。今やそれに対するのは韓国のPSYのダンス歌曲ですが…。
 ハリー・ベラフォンテほか、美空ひばりを高く評価していた人は、海外にも多くいましたが、彼女は世界を相手にする必要を感じなかったのだと思います。
 ここからは、私の勝手な思い込みになりますが、そこから演歌は、北島、森、五木、八代、都といったスターを生みながら、渥美、大川、鳥羽、小林幸子…と演歌らしくなっていきます。(敬語省略)フォークが陽水、拓郎、小椋佳から、かぐや姫、グレープ、アリス、そして△△とフォークらしくなっていきます。ニューミュージックと言われ、J-POPとなるころには、世界のスケールを微塵も感じられなくなってきます。
 「全国歌謡選手権」「スター誕生」から、ヤマハの「ポプコン」「イカ天」と、日本から世界をみつつ、日本に戻った。
 ご当地ソングから地方、特に沖縄出身の歌手の台頭。軸をずらしていくと、広大な文化論にもなりそうですが、本論からはかなり逸脱したので戻ります。

日本人の許容度 V091

 伝わることが大切ですが、それが本人の肉体とその使い方に負うダンスと、今や複合アート化した歌(というより音楽のステージ)には、かなりのズレが生じています。日本のダンスのレベルは凄まじくアップしました。Jリーグ並みだと思います。世界に通じるトップダンサー、さらにクラシックバレエでさえ、世界レベルへの人材を出しています。
 私はこれをスポーツと同じく、目で分析できることでの日本人の可能性の高さとして論じてきました。欧米型の体型でないと不可能とも思われていたクラシックバレエでさえ日本人が成し遂げたのです。そこでは、個人の力が問われ、評価基準がはっきりしているゆえに実力の育成される体制がとれるといえるのです。
 歌い手は、声の魅力がストレートに問われる海外と、ほとんどタレント性でカバーできる日本では、比較になりません。(ミュージカルなどで比べると、とてもわかりやすいでしょう。今の日本では女性アイドルやタレントが主役でできてしまうのです。むしろ、実力派の歌手では務まらない―そこが大問題なのです)こうなると歌への観客の許容度は大きく、日本人は大いに甘いということになってくるわけです。

イメージの細密化 B054

トレーナーのほうではいいものが出たら、「いいものが出た」ということは言えるのです。それをどうやって出すのかということについては、これはスポーツでも、語れない。100回のうち1回でも出た感覚を本人がつかんで、その1回を持ってこれるようにするしかない。そういう部分でイメージの細密化の練習を絞り込んでいくこと。
 質のことをできるようになっていく。現状、同じようにやっている分にはかなわない。
 レッスンが終わるころには自分独自のもので問えたかということでないと、カラオケと変わっていないということになります。

2013年10月15日 (火)

声レッスンの感想

1.一個々面倒みない
2.一度出したら放ったらかす
けどお腹背中は支える
3.天井高く鼻腔に響かせる
忘れてしまっていたことをいろいろ思い出すことができました
高い音が大分楽に出せるようになってきました(MN)

楽しめないステージとは V090

私はいろんなステージで、本人や本人たち(出演者)だけが楽しんでいるステージをたくさんみてきました。いや、トレーナーという立場上、プロセス上の人をたくさんみているのですから、半分は、そういうステージであり、そのうちのいくつかは本人も楽しめない未完成なものでした。
 ステージの見方ということです。この「楽しめない」にはいろんなパターンがあります。
 全力を出しきったけど本人が満足できない(客は大満足)というのが、プロのあるべき姿です。客の求めるレベルを超えるからこそ、次にステージがさらに高みに昇っていくのです。(ただ歌というものは、ステージと歌のよさとの間にいろんなギャップがあります。私からみると、どうしてもステージ力の方ばかりに評価が行きます。まして、声なんて…)
 アマチュアでも本人の実力以上のものが出ることがあります。1曲の1コーラスまでは、驚かされることもしばしばあります。2曲くらいまでならプロを上回ることもあります。これは私の期待する「ブラボー」の対象です。
 プロはコンスタンスに、すべてにおいて見せていかなくてはいけないため、特に日本では実力不足で、さらにリスクを避けるため、無難に、結果つまらなくなりがちです。ステージでなく歌ということでいうと、です。でも、歌でなくステージの勝負なのですから私の方が偏ってみているといえます。

繊細に B053

声がない人でも、もっとよく見せること、人に伝えることができる人はたくさんいるわけです。そういう人たちはもっと繊細にいろいろなことを読み込み、もっと細かいところでやっているわけです。音響というのがあるのだから、あまり声を理由にしない、どんなやり方もあるからです。ただそのやり方がとれないのは、ひらめかないのは、自分のことについて、そこまでこまかく自分が知っていないからということですね。
 

対処療法の限界 [論4-3]

マイナスのためにゼロにするための治療は、昔より喉や呼吸については医療が荷ってきました。老化防止にさえ、医療は、対処療法しかできない。つまり、自分で生活のなかで、足腰を毎日鍛えるしかないのです。メンタル、フィジカルの弱っているのを科学や理論で補おうとするのは、最初から方向違いなのです。占い師に頼っていくようにメンタル面での効果としてしか効能はないのです。サプリや薬もあくまで補助なのです。
 現実に、この対処療法のようなレッスンを求め、行ってきた人がここにくるのでよくわかります。そのトレーナーとともかくやってきたことが、そこ以外のところに一声でもトレーニングの成果を示せる力がついていないのです。なのに、どこが科学的、もしくは理論的なのでしょうか。いえ、それこそが、科学的で理論的であることの限界だからこそ、プロとして第一線級にいる人たちは、直観的にそのようなことに囚われないのです。
 MBAを取得してきたのに、現実の日本の会社で、それを有効に使えない社員や、経済学を学んでも会社を経営できない日本の教授や経営士などと同じで、日本らしい一面だと私は思うのです。
 この分野の真の科学や理論の発展は私も望んでいますし、それについては研究所ですから相当の研究や勉強もしています。しかし、それを使うのは、5年、10年、20年と結果を出していったあとのことであり、そこを間違えてはいけないと警告をしておきます。

2013年10月14日 (月)

レッスン効果

最近のレッスンでは、いい時と悪い時の違いが、今のはよかった、ダメだったと、自分でもわかるようになってきました。
何回かに一回は、自分でよかったと思い、先生も「そう」「今のはよかった」と言って下さるようになってきました。
モーションギャップがあるので、先生のアドバイスやポイントよりも、もっと大胆に、オーバーにやってみてもいいのかなと感じました。声にしづらくなるくらい、振り切ってやってみようと思いました。(HM)

声を出す前に息をたくさん吸う事、声を前に出すことを気にしたら声を出しやすくなった。
低い音は、この位で大丈夫と言って頂きながら力を抜いていったら感覚が掴みやすかった。
口のあけ方を気にしながら声を出すと顎が痛くなるので、いらない力が入っているのだと思う。力を入れるポイントを絞りたい。
(AS)

歌レッスンの感想

・体操・腹式呼吸(呼吸法)・アの口の形、喉の開け方・発声・コンコーネ50番・日本歌曲
目的:姿勢や呼吸、発声などの基礎を学ぶ。
結果:(1)アの喉の開け方→「吐く時の喉のイメージ」がとても分かりやすかったです。
(2)音程が上がる時には意識は下に、音程が下がる時には意識を上に、と音程の動き方と逆の方向を意識することで、歌いやすくなった。
(3)縦書きの歌詞をイメージしながら歌うことで、言葉(音)の羅列ではなく、単語や文章として伝わる感じがした。   
教えて頂いたことに、継続して取り組んでいく。(TK)

楽しむ前に V089

私の体験でも、プロとして、自立して一本立ちでやろうとする人には、楽しいとか楽しくないとか、そんなことではありません。聞く人やみる人が「楽しめるかどうかが全て」という、当たり前のことなのです。
 アスリートも、昔の特攻隊のようなオリンピックの日本代表の覚悟で、本番で却って実力を発揮できなかった日本人選手の反動として「楽しんできます」とか言えるようになった。そのために勘違いが加速されたとも思います。まあ、スポーツとアート、特にミュージックとの違いもあります。
 でも、百年の努力があって、ようやく人前で楽しむことに入れるのは、ダンスや音楽でも同じです。そのままアマチュア精神的なものをよしとしても、これは目的が違うだけです。
 ハイレベルな人のことばを、そのまま自分にあてはめてはなりません。
 プレイヤーやダンサーは絶対量が必要です。しかし、ヴォーカリスト、役者は量とはいえないために、楽しんで、そのままプロになれた人からそういうことが出るから、自分もそうだと思うと厄介ですね。

細部に B052

本当に細かいところにどれだけこだわれるかということと、全体を歌うのだったらカラオケと同じで、-全体の中にクリエイティブなものを自分が生み出しているかでしょう。
 トレーニングの核心になるところは、問いを出せるかどうかです。これを「作品をつくる」とか「フレーズをつくる」という言葉で言っています。
 「自分はこうだ」と、「これで参った」とか。1曲では無理だと思います。そんなのは私もほとんど期待していません。一つひとつのフレーズ、あるいは一つの言葉でもいいですね、ひとつの言葉に対して、一回のレッスンといわないけれど、1週間のレッスンに対して、アプローチできるようにして、「これしかないだろう」とか「これだったら絶対」というようなことを突きつけていく。それがなかなか出ない。発声のせいだったり、自分の声の使い方のせいだけではなくて、いろいろな組み立て方はあるのです。

2013年10月13日 (日)

「ファドライブ」月田秀子 お勧め

今までシャンソンのライブハウスで聴いたファドとは全く違いました。強く訴え、押し付けてくるようなものは全くなく、ただそこに悲しみが立っていました。「あなたにはあなたの悲しみがある。私には私の悲しみがある」と語る彼女の歌の底に悲しみの根っこがあり、それが私の悲しみの根っことつながっている。だから、この人の歌をもっと聴きたいと思うのかもしれません。(KR)

自分の声のおもしろさに気づこう

 あなたは自分の声が好きですか。「自分の声が嫌だ」という人がいます。その多くの人に共通する特徴があります。それは、嫌いという人ほど、自分の声をよく聞いていないということです。つまり、たまたま、マイクのスピーカーでカラオケとか、宴会とか、あるいはヴォイスレコーダーや留守番電話などで入れたのを聞いた、その一言、二言の声で判断しているだけのことが多いのです。
 それは自分の声だけでなく、他人の声についてもいい加減に聞いていることにつながっています。他人の声を全身全霊で聞く経験があると、おのずとそれは自分の耳を通じて自分の発声器官に影響してきます。あなたの耳での聞き方が、あなたの発声に大きな影響を与えているのです。あなたは、知らないうちに、自分の好きな人や尊敬する人の語り口になったことはありませんか。
 私はトレーナーですから、それが仕事です。自分の声の出し方を教えるのでなく、あなたの体に乗り移り、あなたの感覚であなたの発声をコピーして、そこで何をどう正すのかを決めて導いていくのです。
 ですから、自分の声をよくしたければ、他人の声をしっかりと聞くようにしてください。そこからおのずと声がよくなる準備が整っていくのです。
 好きな人、尊敬する人と並べて、声がよいと思う人、気持ちが伝わる声だと思う人を、リストにしてみてください。

(1)声のチェックリスト
1.自分の声が好き 1 2 3 4 5
2.いつもテープで声を聞く 1 2 3 4 5
3.発声練習をしている 1 2 3 4 5
4.声のかけ方に自信がある 1 2 3 4 5
5.自分のあいさつの声はよいと思う 1 2 3 4 5
6.相手によって、うまく声を使い分けていると思う 1 2 3 4 5
7.状況によって、うまく声を使い分けていると思う 1 2 3 4 5
8.他人の声に敏感である 1 2 3 4 5
9.芸能人の声をよく知っている 1 2 3 4 5
10.ものまねが得意である 1 2 3 4 5
11.自分はよい声だと思う 1 2 3 4 5
12.まわりの人の声に、とても好き嫌いがある 1 2 3 4       
  5
13.声のよくない人は、好きでよい 1 2 3 4 5
14.声には精神的なものが表われると思う 1 2 3 4 5
15.相手の服、顔以上に、声に気がいく 1 2 3 4 5
16.話より声を聞いている方が好き 1 2 3 4 5
17.昔より声がよくなったと思う 1 2 3 4 5
18.自分は人に好かれる声だと思う 1 2 3 4 5
19.自分の声が好きな人がいると思う 1 2 3 4 5
20.声は、人生への影響力があると思う 1 2 3 4 5
〔診断結果〕合計で100点満点       点

(2)声のリスト
・あなたが声がよいと思う人 ・好きな人・尊敬する人 ・気持ちが伝わる声の人

楽しめるか? V088

 私がこれまで述べてきたことを重ねて、ダンスに著しく距離をあけられてしまった日本の歌、そしてヴォイトレのことを述べることにします。
 トレーナーが、最初に「歌やステージを楽しめ」と教えるのは、日本では、あまりに当たり前のことです。それと、真逆の私は、けっこうな批判も浴びてきました。「海外のトレーナーは、まず自分で楽しめと言うよ」などというのも何回も聞いてきました。私は本当に声が出ないことや歌えないことに苦しんだタチですから、それを「楽しんで克服しろ」とは言えません。
 何にしろ、プロフェッショナルとして考えるかどうかの問題にすぎません。自分で満足した歌は2曲(以前も書きました)、いつの日か、それを越えられたら嬉しいと思って、今も努力しております。
 活動を楽しむのは、+αが落ちてきたら、あるいは、本当に暇で何もやることがなくなったり、老化したときのリハビリ?になったら、でもまわりにすぐれた歌い手がいてくれるので、ますます必要とされません。その点はトレーナーとしても、まわりにすぐれたトレーナーがいるし…。
 外国人はあまりに楽しめていない日本人をみてしまうから、そう言うのでしょう。外国人のヴォーカルならハイレベルに「百年早い」を克服した人も少なくないでしょう。けど、そこまで日本人はいかない。つまり、そういのはオンビジネス、いやそこまでも行かない、単なる社交辞令ということに気づくべきなのです。

効率化 B051

ここの流れくらいはとりたいのです。2,3つの流れの中で、浮いていったり沈んでいったり、音楽との掛け合いのところで出せる部分がありますね。そこが奥が深いと思うのです。  
 声量がないとか声域がないといってダメじゃない人はたくさんいます。それが全部あるのにダメな人もいる。何千曲レパートリーを持っている人もいます。歌える曲が500曲あるという人がいても不思議ではない。でも、たいしてうまくない。ずっと歌ってきているということからいうと、いかに単に量だけやる、年月をかけるだけではだめだということです。

2013年10月12日 (土)

姿勢いす お知らせ

フィジカルトレーナーからの紹介で姿勢イスを置きました。骨盤が立つようにおしりをつきだして、あごを引くとよい姿勢で座ることができます。

Dvc00488

声レッスンの感想

1.学んだ事
 1)発声法は、いろんな方法で音色を増やした方が表現力が上がる
 2)ベロに力が入っていると発音が不明瞭になる
 3)ほほ骨が上がっている事でピッチが安定
 4)発声時に喉の奥を開けてゆるい音で息を流す
 5)口を開けたまま発音すると歌が楽になる
2.気づいたこと
 1)トレーニングは、深く考え過ぎず筋肉を解放してやる
 2)発声は、筋肉をよくほぐしてから始める(スポーツと同じ)
3.課題
 1)舌根周辺を更に脱力して発声できるようにする
 2)息をしっかり吐き切ってから脱力する事で入るブレスを身につける(MS)

調子が悪くても

調子があまり良くない日でもある一定のレベルは歌いたいし歌えるのがプロだと思います。そんな歌い手さんを何度も見てきました。自分自身もそんな場面に幾度となくあってきました。若い時は馬力でごまかせましたが今ではテクニックでもっていくしかありません。
心身ともに常に絶好調な人っているのでしょうか。声は体が楽器ですし声帯は喉の中にありますから肉体的、精神的な影響を他の楽器よりも圧倒的に受けます。
何かあって声が出し辛い時もあると思うのです。そんな時に助けてくれるのはレッスンで身につけたテクニック意外ないとおもうのです。一流と呼ばれる声楽家というのは肉体的、精神的にタフでなければいけないと思いますが、どんな時にでもある一定のレベルを保つだけの技術と武器を持っている人のことを言うのではないかと思います。調子が悪くても体が反応してくれるところまでもっていける能力を身につけた人がきっと一流なのでしょうね。(♭Σ)

2つの位置づけ V087

 「絶対的に正しい人」も「絶対的に間違った人」もいません。「絶対的に正しいやり方」も「絶対的に間違ったやり方」もありません。
 私がヴォイトレを論じるのは、多面的な考え方をして欲しいからです。方法や技術などでなく、ましてや、理論や知識でなく、表現と音声ということに対し、その学びの本質を知っていくことです。
 私の考えや思想を押しつけるつもりもありません。ただ、「もし自分がうまくいっていないと思ったなら、それを抜け出すヒントや問いがあるかもしれない」くらいで捉えてくだされば充分なのです。これがきっかけで本というよりも人とうまく接することができるようになれば、半ば成功です。残りの半分は、毎日の努力の積み重ねです。その2つ、それこそが、まさに表現と声のスタンスと同じものなのです。
 人に働きかけるものと内なる自分のオリジナルな声、これらは歌や芝居だけではありません。アートは、その象徴です。そのリアルとしてある現実社会でのそれへの仕事、生活に通じるスタンスなのです。2つの位置づけを学びましょう。

判断する B050

自分のキーやテンポを知っていくということ。常にやってほしいのは、「プレ」のところだけでもいい。細かいところにどれだけ作品の力を持たせられるかですね。「1行から」といっています。小さいところに何も宿らないのに大きなところには宿ることはない。ひとつでも徹底して、どういう歌い方ができるのか、100回やって99回を捨てるようなことをやっていきます。現実にはなかなかやれないのです。歌うことはたくさんやるが、そのチェックのようなことは甘い。実感として人が聞いたようなところで判断します。

2013年10月11日 (金)

歌レッスンの感想

腹式呼吸の習得。下半身を安定させて息を吸うときに肩、顔が動かないようにすること。声を集めるイメージ。喉のポジションが変わらないようにする。
口を大きくタテに開け、喉を開いて共鳴スペースを作ること。曲のテンポに遅れないようにすること。のばす母音は一つ。声の線が前方に伸びていくイメージで。(SO)

蔵言のブーム V086

 蔵言とは、「よいことばに学び、悪いことばに学ばない」ようになるための、つまり「どんなことばからもよくなる方に学ぶ」ための試金石だと思っています。
 人との付き合いに似ています。相手の悪いところに目のいく人は、よいところに目のいく人よりも、その人とうまくいかないでしょう。悪いところさえ、よいと思える人は、誰とでもうまくやっていけます。
 自分の好き嫌いと別に、そのようにふるまえることが大人になるということです。レッスンも本もよい、悪い、正しい理論、間違った理論と考えること自体がおかしいのです。
 たくさんのことが学べるものと、ただ一つ、もっとも大切なことに気づかせてくれるものと、どちらがよいともいえません。
 ただ、その逆にすることばかり考えている人こそがもっとも損な人です。
 具体的な事例に基づく批判はとても大切ですが、それは、よりよい方向に行くために、という前提があってこそです。現実を潰すだけの反対論は何にもなりません。
 まして、ヴォイトレなどでは、一人の人間がいて、初めて論じられるものです。ですから、一般論とか多数決、多対多での論争などは全く不毛なのです。現実としては現実を潰したいだけ、暇な人が関わるものとしかいえません。

捕まえる B049

 まず自分の動機を見てみればいい。なぜ自分は動くのか、なぜそこに行くのか、そこで面白いのか、そこをつかまないことには何もならない。それから他人の見方、いくら自分がそうだと思っても、他人はそうは思わないかもしれない。そのところで、レベルを設定する。そこで自分と同じか下にするのではなくて、自分よりレベルを上に設定するには、一流のものを聞いたりレベルの高い方のものをイメージで叩きこんでいく。

限界より前提レベルの段階 [論4-2]

限界より前提レベルの段階

 

 現代の日本の科学への信仰主義は、スポーツなどの進歩と、センサー技術での計測値分析の普及に影響されていると思います。ただ、その前提に、日本のこの分野では、相反するくらい大きな違いがあることを忘れてはなりません。

アスリートたちは20世紀よりもはるかに上をいく記録を出しているのです。人間の肉体という限界に対して、同じ種目でそれ以上に記録を塗り替えていくためには、科学に基づくフォームの改良や筋トレ、体幹トレなどと道具(ユニフォーム、シューズ、フィールド)の改良しかありません。それは時に流体力学から革新的なフォームを編み出したりします。

 とはいえ、それもほとんどは、選手やトレーナーの発想の転換によっての好成績を、後で科学は分析し実証したにすぎないものだということも忘れてはなりません。

 翻って、今の歌手、役者は、少なくとも日本においては、大半は20世紀の歌手、役者よりも体力、精神力、忍耐力、持続力など基礎能力が落ちています。それを補うために、医療レベルで科学を使おうとしていれば、それは一時的にはよくなっても、根本的な問題解決になりません。そのことは、私はくり返し指摘してきました。

 

2013年10月10日 (木)

はじめてのトレーナー お知らせ

はじめてのトレーナーのレッスンを受けられたNDさんから、レッスン後に「別な視点からのアドバイスをもらえて、とてもよかったです」とおっしゃっていました。

声レッスンの感想

1.舌を口の中の上側(軟口蓋と硬口蓋の間)につけようと意識し、、口を縦に大きく開いて(あくびをする時のように)発声する。 
2.顔や口周りの筋肉を柔らかくする。
3.上記1、2を実践することで、届く声が出るようになりました。
発声の際、顔や口周りの筋肉を柔らかくリラックスした状態にすることで、思った以上に声が出るようになりました。
普段の生活でも、顔等の筋肉をリラックスすることを意識していきたいと思います。 (KO)

引用の使い方 V085

 引用するのですから、自分の論に絡めなくてはいけないのですが、案外と鋭い人には、面倒な解説なしに「○○が○○と言っていたよ」だけで済んでしまうのです。アナロジーのよさです。どんなことばも人間と同じく、その価値は受け止める人によるのです。
 とはいえ、同じことでもくり返し述べているなかで、わかっていく人がいるから、こうしてくり返しているのです。言っていることはいつも同じです。「本質を見抜き、自らに役立てる」ということです。「自らに役立てるように使う」「使えるようになれるように学んでいく」のです。
 なのに、残念なことに、まじめで勉強熱心な人ほど、「どれが役立つ」とか、「正しい」とか「間違っている」というクイズやゲームのようにしてしまいがちです。それは他人をはかっているように、実のところ、自らを貶めているのです。それでは宝くじに当たるよりも不利な勝負になります。
 当たりくじをみつけるのでなく、自分のくじを当たりくじにしていく、それが主体的に生きて学んでいくということです。
 教科書の中には、他の人の過去のことは書かれていますが、あなたの未来は描かれていないということです。

認知 B048

 コンサートでも、皆いい人だから、ただでいいからと券をやる。そうじゃないと思うのです。高い金をとってもいいものをきちんと見せていくというスタンスの上でないと、迷惑をかけてしまうことになります。
プロやアマチュアということではありません。そのことが社会に認知され、友達や親しい人でも、来てよかったと思うのであればいい。本当によかったら、5千円でも1万円でも、高いとは思うかもしれないけれど、いやだとは思わない。満足させてもらえるのだったら、今どき5千円で満足できるものはそれほどはない。
 話も1時間半くらいで長いという人が多くなってきた。安くするとなおさらそうなってしまうのですね。最終的にポリシーになりますね。

2013年10月 9日 (水)

歌レッスンの感想

1.「aeae」をドレドレで。eの時舌を出す。あくびをしたその感じのまま、力をどこにも入れない。脱力感の中で、鼻の横を引き上げることだけ意識。自分から喉で出そうとする声は、自分で聞いている声。その出し方の声だと伴奏からどんどん遅れていく。
2.「マメマメマメマメマー」。舌を出したままで。出来たことに満足しない。さらに上の段階で、このやり方を使って、筋トレするつもりで。今よりさらにはっきりとmi、meを出すために、鼻の横を引き上げて。
3.「miiaaa」を使って、口の中をどんどん開けていく。はっきりiを出すのが目的ではなく、eに近くなって良いからどんどん開いていく。口の中を開いていくだけなのに、身体も使っていてびっくりでした。トレーナーとは代行で時々お会いしますが、最初は全く出来なかったことが、今日はできるようになっていて、びっくりしました。いろんなレッスンを受けながら、トータルで少しずつ進歩していると思えて嬉しいです。
どうやったら、自分の口の中を広く使えるようになるか、与えられた課題を自分仕様に工夫していくのだという気持ちを強く持ちました。同様に、発声についても、どうやったら今の自分の喉や身体が使えるようになるか、それをつかんでいくために、複数トレーナーをつけてくれているのだと、感じました。その全てが私の引き出しに入れば、すごく素敵。頑張ります。(KR)

アメリカのアレンジ A013

 アメリカという国は、世界中のワールドミュージックをアレンジして総合化してヒットさせることに長けていました。特に60年代からは顕著でした。
 歌でもプレスリーの「この胸のときめきを」、トム・ジョーンズの「ラブミートウナイト」、エンゲルベルト・フンパーディング「愛の花咲く時」などは、カンツォーネ、フランク・シナトラの「マイウェイ」はシャンソンです。あげるとキリがありません。これも、大きな意味では総合化です。
 一方で、美空ひばりは、あらゆるジャンルにヒット曲を生みだしたのにも関わらず「演歌の女王」と呼ばれました。

他人のことばを使うということ V084

 他人のことばを使うというのは、どういうことかというと、私は、最初は自分のことばだけで述べていたのですが、どうしても、原因や理由づけには若い自分の体験だけでは説明できずに、権威筋の理論や論文、科学的データなどを使うことになったわけです。まともな人からみたら、それが当たり前なのですが、未知な分野においては、そういうものを使うほどに、そういうものは、後で新発見とやらで古くなって、引用した私の分が悪くなるということで、あまり使わなくなったのです。まあ、権威筋が出していた本に「裏声は仮声帯で出す」、などと述べていた時代です。私はそこは引用しなかったのですが。  本は誤植や校正ミスがあってもすぐに直せないので厄介なのです。図やイラストもなかなかうまく伝わるように描けないのですが、少しずつ改良されています。これは先人のおかげですが、私もじきに、先人の仲間入りをしそうです。  そもそも、未知の上に個々の体をメインとし、音で展開するヴォイトレの分野を文字で記述するのは、最初から無理な試みなわけです。  ですが、多くの人と関わって、交わす対話のなかにヒントがあるなら、それは役立てて欲しいとリライトして、編集して、残していったのが会報だったわけです。  自分のことばだけで述べると、そのうち同じことのくり返しになります。しかも、アナロジーとして、ものの例えで説明せざるをえません。  そこでは、他のアートやスポーツがわかりやすいので、アスリートやアーティストのことばを引用します。データとしてはよくなくとも、メンタル面においては一流の人のことばの方が有効です。有効であるならはよいではないか―ということで、私は広く「アーティストのことば」を伝えようとしました。今流行の蔵言集みたいなものです。

開道 B047

 海外の賞で名前が出たら皆とびついてくるというような点ではいやらしい国です。その辺はあまり気にしないでいいと思うのです。自分がその辺を持っているのか持っていないのかというのがすべてではないかと思います。
 私も周りにいろいろな人がいて、本当にこちらに志があれば、動いてくれる。あなたも尊敬する人がいたら、直接行けばいいと思います。断られてもそんなのはあたり前です。昔は5回でも10回でもくいついていった人しか相手にしてくれなかった。今なんか、3,4回でけっこう偉い人でも話を聞いてくれるのです。本当に、厳しい人はいなくなった。つまり、本気でぶつかっている人は道が開けていく。
 開けたのはいいけれど、そこに落とせるものがないとムリと、自分に厳しくなりますね。周りに迷惑をかけてしまったり、その仕事が自分がいるために終わらないとか、苦痛なことがあると力をつけようと勉強する。そういうふうに勉強するのがいい。

2013年10月 8日 (火)

声レッスンの感想

1.かかとで立つトレーニング
伸ばすというより、伸びをする感覚。お尻を引く分、腕がふーっと伸びて体がCになる。内側がえぐれてて、外側がフーッと伸びる。腹はへこんでいる。
体の後ろ側の方が長いので、それを感じてもらうといい。
肩の後ろあたりを丸くする感じにしたい。なので顎を引く。胸は張らない。
2.立って、体を左に傾けて伸ばす。
Cの字になり、右側の背中が伸びる感じ。なので、頭は少し前気味になる。左足のかかとに体重乗る。首も伸びる
左右どちらも行う。
左右感覚が違う。
頭を上半身から切り離さず、上半身の一部と思う、一緒にする。
縮まってる方の背中は、クッとつかんでる感じ、へこんではいないことも感ておく。
3.この感覚のまま声を出す。
「ラレラレ ラレラレラ」をドレミファソファミレドで音程上下
言葉と声を分ける
声は声帯のところにあるしそこからくる。
言葉は、頭の鼻より上に置いておく。言葉は上に乗っけておいてしゃべる。
響かせてるというよりは、言葉と声を分けておく感じ。
息を吸った時にヘルメットをかぶった感じにひろげておく。広がったまま「ラレラ…」と声を出す。目を開けすぐると落ちてきちゃうので普通に。
せーの、スッと、息を吸ってのっける。その時に背中ごと付ける。ランドセルを背負うような感覚で。
「声、音は下からくる、言葉は上にある。別々になっている。」一緒にしないで分けてあげる。そうすると軽くなるし響いてくる。
高い音のほうが感覚が掴みやすく、低い音になった時難しい。
声を出すぞ!という意気込みなど何もないのに、楽に勝手に声が発せられる感覚があった。
あまり口をた沢山動かさなくても、ラレラレラと普通に言えていた。
これをやったあとに喋ったら、響かせようと思っていなくても響いていた。
4.言葉帖108ページ、13番もみじを読む。
ぼかしたイメージ・ぼかしたところで、しっかり喋る。
言葉を高い所にふっとのっけておく。響きというより形広さがありながら、止まらずに普通にしゃべる。広さがあったところで優しくしゃべる。
声を優しくしてみる。
かかとのストレッチはとても体が伸び、気持ちが良いです。
言葉と声を分けるレッスンは、もう少し自分でもやってみて感覚をつかめるようやっていきたいです。私は、言葉も声も一緒にくっついていて、全部を口で発声してしまっているような気がするので、音は下から来る、言葉は上から、を意識したいと思います。録音を聞いても、私のは、言葉が下の方にくっついてる感じで、まだ上からではないというのが感じられました。
ただ今日は、
声を出そうとせずとも心地よく自然と声が出る感覚、
ふわーっと空気をまとっているような感覚、
あまり口を開いたり動かさずとも普通にしゃべっている感覚、
などを感じることができました。
いつもこれらの感覚を持っていられるようにできたらいいなと思っています。(OY)

南流石さんに学ぶ V083

 心して聞いて欲しいことがあります。振付師、南流石さんのことばです。習い事の4つのステップです。
1.「他の振付師とか、踊りの先生は『君が楽しまなかったらお客さん楽しめないよ』って必ず教えちゃうんですよ」私は真逆なんですよ。『お前ら楽しむな。私のこの歌、踊り一生懸命やって、あなたに笑顔になってほしいのって気持ちを伝えることを優先して欲しい』って言いますね。『私の踊りみて楽しんでください』は100万年早い」
2.「ダンス側からだと『面白いでしょ』というつくり方になる。みている人側からみて踊りだしたくなるかどうか、というのを重視している」
3.「ネタ切れちゃう。自分の踊りがないから知っていることをやっていると途中で何をやったらよいかわからなくなる。これできない限り、ダンサーとは呼ばない。バックダンサーとしか呼ばない。自分の踊りがないのはだめ、今の踊りは誰でもできそうだよね。こんなの誰にもふじこのすごさわからないよ。振付けがあればできるだけだからね。それは代わり一杯いるぜ。消えてった人何人も知ってるから。そうならないためにはどうしたらよいか」
4.「楽曲聞いたらすぐ目的を同時に考えて、何のために踊るか、誰のために踊るか、それを一瞬でインプットして、あとは音が導いてくれるままにもっていけばいい。踊りづくりに情熱と衝動が大事なので」

天才の柔軟 B046

これをやらなければいけないとか、こうやって世の中に役立つのだとか、それがあるものには人がつきますよね。ところが私の格好いいところを見てくれとか私の歌を見てくれとかそういうところには自己陶酔や自己顕示だけ、才能があればいいのに、日本の場合は、こいつは天才だからという評価の仕方しかしてくれない。他の国だと、天才ではなくても変わった人だからと引き立ててくれる。なかなかこの国はその辺が難しいのです。

でていない成果 [論4-1]

Q.発声に関して科学的なトレーニングの是非についてお伺いしたいのですが、そういうものは本当に科学的に実証できるに値いする効果はあるのですか。

「あえて”反科学”の勧め」

○でていない成果

 科学や理論は、これまでも触れたように、完結したもの=知識となったものもありますが、そこまでのプロセスでは仮説―反証―新仮説の繰り返しです。音声についてはここ20年、発声、歌唱についてはここ10年くらいでめざましく進歩しましたが、その知見とトレーニングでの成果というものは必ずしも結びついていません。
 それに対し、経験的な直観による指導は、少なくとも、発声、歌唱においては、はるかに優位にあります。とはいえ、ときとしてそれはトレーナー個人の力量や個別の方法において、ということで否定されやすいのです。
 しかし、私がみる限り、この分野において科学や理論こそ、未だ個人の仮説のなかに留まっています。マイナスをゼロにするという医療のレベルにおいて、日本の喉に対する診療技術は、世界的にも評価できるものと認めています。ここでゼロというのは、救命する、痛みをとる、元通りに復元するという意味です。
 しかし、一方で、オペラを代表とする発声、歌唱技術について、日本では、音大生レベルでは世界の平均に達してきたものの、マスターレベル(ハイレベル、世界一流レベル)では、相変わらず二流であるばかりか、アジアやアフリカにも抜かれているではありませんか。ポピュラーもしかりです。
 一般の人が、声楽家としてあげられる日本人の名前は、多分、昭和の頃の方が多かったでしょう。今、声楽の演奏だけでプロとして食べていける人は1ケタしかいないでしょう。
 客観的事実、方法、分析も、その成しえた結果からみることです。それこそが科学的態度であり、実践していく人に大切なのは、そうであろうとなかろうと現場で使えるもの、成果を上げるものです。

2013年10月 7日 (月)

「呼吸法で体と心が劇的に変わる」 お知らせ

「呼吸法で体と心が劇的に変わる」(マキノ出版ムック)に、福島英をご紹介いただきました。

レッスン効果

今はまだ、自身で聞いている声としてははっきりした効果を感じられません。
しかし、体というか、繋がりというか、自分のなかで何かが変わりはじめているように感じます。
いろいろなことが、点から線として繋がりはじめているように感じられます。
落ちていた欠片を拾いあげたら、ひとつ一つが引っ付きあい、自然にかたちを成しはじめたように感じられます。
ともすればすぐに消えてしまいそうなロウソクの小さな火ですが、ポイントをついた内容で、発声の基本中の基本の感覚をなんとなく少し、体で理解し始めることができたように感じます。自分ができていないもの、それができるようになるための最初の一歩を知りました。その大切さも知りました。(MH)

(6)歌レッスンの感想

1.5度ソフォミレドレド
s-saオアオア
2.3度 ミレド
F-FaFaFa
3.3度ミレド×2
F-faFaFa F-FaFaFa(レガート)
4.息吐き
8分音符×2、8分音符 16分音符×2(ここまでスタッカート)、8分音符×2(タイ)
スッスッ、スースス、ス~(サッ)
前屈で。
息が進みにくい。もう少しスムーズにいけそう。
自分で余計な力が入るのがわかる。
テンポがゆっくりになってしまう。
背中から横腹が外側にふくらむ。現状でもふくらんでいる。
それを感じる。感じて発声へ。
3.4. 3度ミレド F
Fの準備が遅い。
4.2回目Fがレガートになるので、頭のFをしっかりいう意識。1回目はスタッカートで仕切り直せる。
Fのメニューで、口元に力が入っていました。先生は、上の前歯が見えるような感じで自然な感じがしましたが、私が行うと、真一文字に口を閉じているような感じで前歯が見えず、力が入っている感じでした。
また、息もたくさん、強く吐けず、もったりしていってしまい、テンポが遅れ、前に進む感じがしませんでした。
先生のを見ると簡単そうに見えましたが、行なってみると、どうしてそんなに息が吐けるの?という感じでした。(HM)

鍛練としてのヴォイトレ V082

 ヴォイトレは調整でなく鍛錬であると、日本どころか世界でも、ヴォイトレから鍛える。負担、負荷、抵抗などということばが駆逐されていきましたが、困ったことです。
 自らを強くする健康も、食事も、表現も鍛えないと身につかないのです。免疫をつけ、体力や気力を養い、自信をつけ、失敗をしに人前へ出て、勇気、胆力、忍耐力、回復力をつけることです。

(<巻頭言2012.12引用>からの再録)
「遠くの目標をもつ」

私はレッスンとトレーニングを分け、その必要性を高め、より高い目的へチャレンジさせるようにアドバイスしています。
ヴォイトレというあいまいな世界で本気の上達や効果をあげるには、遠くの目標をみる必要があります。上達や効果ということさえ、近くの目標にすぎません。
船乗りは、大洋を横断するには、島や雲ではなく、星を目印にします。遠いゆえに動かないからです。そのためには、古典や歴史から学ぶことです。私は自分の本がすぐに役立たなくても長く、愛読されることを願っています。
誰もがお客さんから一歩、人前でお客さんにみせる立場、プロになる道へ踏み込むと、今までみえていたものがみえなくなります。大海原に出ると山のふもとに入ると、みえなくなるのと同じです。それが連続してくのであればこそ、高く遠く確かな目標が大切なのです。

杞憂 B045

 最近私が顧問をしているところの学校がつぶれました。「どうしましょうか」といわれますが、お金をかけてまで生徒を集めるというのもおかしな話、やめたらいい。
 ビジネスで考えたら、こういう分野はやれないものですが、私は、半分はビジネス基準でみていくつもりはあります。
 関わっている人が皆、悩んでしまうのでは困るし、そういうものがあるからいろいろな活動や研究もできるということがありますが。
 実際にそういうものがなくなったときに、やるかやらないかというのは単純な話で、私はひとりでも面白い人がいたらやるというところにいます。ですから、誰もいなくなってもいいが、さすがにゼロだったら、どうしようという心配はしなくても終わるのです。死と同じくネガティブに考える必要はなく、ポジティブに生きたらよいのです。

2013年10月 6日 (日)

内村航平選手4連覇  お知らせ

内村航平選手が世界選手権体操個人総合4連覇を達成しました。
大技をくりひろげる外国人の選手と、正確さや芸術性の日本人の選手との対比が興味深かったです。

声質と新鮮さ        

 聞く人は、話の声に心地よさを求めています。しかし、それが単調に続くと、飽きてきます。
 そのために、話し手は話の伝え方と内容の両面から、新鮮に、かつ、パワーを入れていなくてはいけません。
 気持ちのよいこととインパクトとはどちらを優先させるかは、その人のスタイルによります。両方がその人にとってもっともよいバランスで整うと、とても聞きやすくなります。
つまり、聞く人に聴く努力を強いないような声質が、耳に心地よく入れるのです。
その上で、インパクトとパワー、高いテンションで、話し手に気力があふれていると、さらに、人の心をひきつける声質となります。

●声質のチェック
 「キッパリ」「スッキリ」と、大きな声でいってみて、チェックしてください。
□きちんと声の質を保って言い切れている
□言い切るまで、お腹の力で支えている
□そのままお腹で大きく表現できる
□頭部に適切にひびいている
□息の支えも保たれ、息が流れている(かすれていない)
□口先だけの声になっていない
□のどや口でくせをつけていない

●信頼は、低い声から生じる
 暗い声と同じで、低い声は、しっかりと使わないとふて腐れているように聞こえます。しかし、あまり強いと、今度は脅しているようになります。これは同時に、魅力的な声でもあります。信用できる、信頼できる声としては、低い声が最大の武器なのです。
 次の声について、チェックしてみましょう。
・暗いだけの声 ・暗いけど魅力的な声 ・低いだけの声 ・低いけど魅力的な声 

学び方を学ぶ V081

要は、教えるだけでなく、学ばせるだけでなく、学び方を教え、そこを変えなくては、人は大きく変わらないのです。
 今もトレーナーは私に個人レッスンの一人ひとりのメニュを報告しています。それをみるとともに、そのレッスンを受けた生徒さんのレポートを読むとよくわかるのです。
 トレーナーがどんなによいレッスンをしたと思っていても、生徒が受けてみて、よくなくては何にもなりません。もちろん、生徒が満足する、充実したレッスン=最高のレッスンとはいえませんが一つの目安になります。
 伸びる生徒は、ポイントをうまく自分のことばで表現できます。これは、トレーナーも同じです。すぐれたトレーナーはポイントをつく自分のことばを持っています。そうでない人は、そうなってくるのが変化、成長となり、育っていることといえます。
 私は学び方そのものについても、たくさん述べてきました。そのような本も出しきました。しかし、これもまた、私などよりも一流で才能のある人のことばを引用して伝える方がよいと思い、アーティストのことば集もつくりました。これにはスポーツ選手、政治家、経営者なども入っています。古今東西、孔子や孟子からの引用さえあります。
 今は会報の半分以上は、トレーナーと生徒さん、読者さん、OBさんのことばで埋まるようになったのです。学会も論文も大してない、象牙の塔でしかない、声の分野に、こうして一石を投じてきたわけです。

露出 B044

そこで歌っていても、コンサートやライブに来てくれないし、というときに、勝負できる何があるのかということで問うていけば、案外わかりやすくなるでしょう。
 いろいろなやり方はあると思います。怖がらないことですね。突き抜けなければいけないというのは確かなのです。皆にかわいがられても、1年も2年も持たない。それどころか1回2回しか持たない。
 突き抜けてしまうと9割の人にはそっぽを向かれてしも、1割何かの人の反応を感じたときに、それをどのくらいものにしていけるか、どうつながりを持てるかということです。それは、歌やステージをするにも、それがあるかないかの勝負だと思うのです。
 

2013年10月 5日 (土)

塩原先生 お知らせ

塩原先生に品川で1年ぶりにお会いしました。「アナウンサーの日本語講座―ことばを大切にする全ての人へ 」[単行本] 創拓社出版の改訂版をいただきました。日本語の音声の成立の参考にもどうぞ。

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声レッスンの感想

1.踵の体操
 足を”ハ”の字に開いて、踵で体重を支える。
 足指は地面の土を掴むように曲げる。
 椅子の背もたれなどに掴まり、尻を引っ込めて背中を丸める。
 姿勢を戻すとき、腰や首が反らないように、踵の固い感覚が残せるように、静かに戻す。
 このとき、口を開いて呼吸を続けること。
2.左右に首をかしげる体操
 踵から背中まで通った左右2本の軸を交互に伸ばすイメージ。
 口をやや開き、静かに息を吐く。
3.ラレラレラレラレラの発声練習(ドレミファソファミレドレミファソファミレド)
 首を左へかしげて立った状態では、踵、膝、尻、腰、腹、背中、喉も左だけ使って発声し、首を右へかしげて立った状態では、踵、膝、尻、腰、腹、背中、喉も右だけ使って発声する。
 中央からは声を出さない。
4.パの発声練習(ドミレファミソファラソシラドシレド)
 同様に、首を左へかしげて立った状態では、踵、膝、尻、腰、腹、背中、喉も左だけ使って発声し、首を右へかしげて立った状態では、踵、膝、尻、腰、腹、背中、喉も右だけ使って発声する。
 発声の最後は、口を開ける。
5.朗読「若い力」(佐伯孝夫)
 語句毎に、首を左右へかしげ、左右の半身を交互に使って発音する。
6.朗読「さる」(谷川俊太郎)
 左右半身を交互に使って発音する。
 語尾の「ウ」は伸ばしっ放しではなく、切って止める。(腹で切る感覚)
体の各部分で、左右半身が交互に動くようになり、発声にリズムが生まれ、無理なく発声、発音でき、口腔の狭さも気にならなくなりました。(YD)

まずおぼえること

レッスンを受けたことがない生徒さんの場合30分歌うことですら大変なときがあります。しかしむやみやたらに歌えばいいかというとそうでもなく。こちら側(トレーナー)としてもある一定のラインを持っておく必要があると思います。
私は以下の3点に重点を置いて約3ヶ月間はレッスンします。
・息をたっぷりと吸えること
・口を縦に開けれること
・30分のメニュをこなせること
この三点だけでも何も知らない人にとってはとても大変な問題です。まず響きや支えの問題などもあるとは思うのですが30分のレッスンに耐えうるだけの身体を持つということはとても大変なことです。息をたっぷりと吸うということでも慣れない人にとってはどこまで吸っていいのかも分からず困ってしまうこともあります。まずは身体で歌うことに、レッスンに慣れてください。そうしていると自ずと道は開けてくると思います。(♭Σ)

書き変えていく V080

そこで気づいたのは読者や生徒さんへの回答を載せることでした。疑問点、効果などをオープンにすることで、論文のように研究材料になります。
 トレーナーも生徒も、以前は、私の本を使って(それを覚えるのではなく叩き台として)自分のマニュアルを確立していくようにさせていました。その発表の場にもなりました。できるだけ表現して学び、得たものはシェアしようということで、アーティストの自覚も出てくるかと思いました。
 ブログのように学びつつ、習慣と環境を変えていく。書くことで、気づいたり身になることは少なくありません。
 私も昔からトレーニングノートをつけていました。すると、1~2年は大したことがなくても、5年、10年と、同じところをぐるぐるまわらず発展していけるのです。
 喉や体調がよくない―などでも記述してあると、次にどうなるかということがデータから、少しずつ予知できるようになってきます。まさに野村監督方式です。
 そして、さらに気づいたのは、私が書くよりも、そこでレッスンを受けた人の気づきやトレーニングの生活をオープンにした方が、より具体的、かつ多くを与えられるということでした。

がまんしない B043 

 私が海外で一番よかったと思うのは、「悪い批評が出る」から。というのはブーイングとか無視するとか、文句つけるとか、日本ではあまりいませんでしたが、昔は、流しがそうだった。へたくそといわれたら次と変わらなければいけないような状況になるのです。
 日本人は行儀がよくなって、皆がまんをして聞きます。そういう意思表示が出てしまうというのは、どういうことなのでしょうか。
 お笑いの人は、笑いをとるという試練を熾烈に浴びています。けれど、ヴォーカルの場合は、浴びていない。というよりは、けちもつけられないけれど、本当に賞賛されているような瞬間がどこで成り立っているかというのがわかりにくいです。街でも歌っている人もいますが、客に問うていないし、客のほうも日常の中でそれを聞いているから、BGM的な消費のされ方をしています。それはそれとして情景としていいのでしょう。それ以上のことをしなければCDもチケットも買ってくれないし、先はないでしょう。

2013年10月 4日 (金)

歌レッスンの感想

1. 瞬間ブレス  スー サッ スーを少しずつ長くする サッは同じ 慌てる必要はない
2. お腹の支え  スッ スッ スッ (スタッカートで)  サッ シュッ  ヒッ 4回ずつ 蒸気機関車のイメージ 音を求めて口に力を入れない 
3. 唇の脱力 前歯に指をはさんで ヒッヒッヒッヒッ(8回) くちびるには 力を入れない
4. Sアーオーアーオー (ミレドレミファミレド) 壁に背中をくっ付けてSの発声の時に頭が浮かないように意識しながら(ソファミレドレミレド) 口の中に「かまくら」(空洞)が入っていると イメージしてその形を保つ
5. んーMア (3回)  アと出る前に子音を準備する 
無意識に身体中に力が入りやすい(癖)ので、1つ1つ具体的な矯正の仕方(指を挟んだり等)とイメージの持ち方を教えていただき、意識してやって みました。レッスンの時にはすぐできなかったのですが、その後毎日練習してみて大分 意味が分かってきたところです。(SI)

書くということ(会報) V079

 私が発足時に会報をつくったのは、読者に同じことを答えなくてすむように、また、必ず注意するようなことを予め知ってもらうように、との気持ちからでした。本一冊あっても書けないことを述べたのです。
 説明不足や知識不足を改めて補って伝えるためでもありました。また、声というあいまいな分野のデータベースをつくる意識もありました。
 声のことをよく50冊以上も書いたと言われますが、ここでは毎月、昔なら3冊分、今でも1冊分の本にあたる分量の会報を出しているのです。どの学会にも負けないくらいです。どの出版社にも、似たことを求められるので、会報やこの連載の方が、よほど内容は深いはずです。

場 B042

 単純にいうと、難しく動いているわけではありませんから、皆が集まるところにいくと、そこに何秒いるのか、そこでどう思うのか、の繰り返しですね。
 場は、日本でもたくさんあると思います。こんなものに人がたくさん集まるわけがないというのに集まっている。だから皆、つまらなくて帰ってしまうというのも、すごく満足して帰るというのも、それは、私から見ると総合的な演出次第です。

対象としては保留すべき [論3-5]

発声器官を構成するものは、スポーツほど大きく区分できる筋肉ではありません。(しかも完全に役割が解明され、使い方や鍛え方がわかっているものでなく、またそういう対象にならない可能性の高い器官とさえいえます。)
他方で出している声の分析からみるのはよいとは思うので、ここでとっている声の記録を参考にしてはいかがでしょう。その方がより実践的かもしれません。
(「反科学的」については、論点「あえて”反科学”の勧め」を参考。参考に「トレ選」の科学的知識や理論の限界に述べていることをお読みください。)
(完)

2013年10月 3日 (木)

伊勢神宮 お知らせ

伊勢神宮の「遷御(せんぎょ)の儀」が執り行われました。
次はまた20年後ですね。

声レッスンの感想

・司会進行(テキスト 結婚披露宴 祝電披露、花束贈呈)
・アクセントがしゃくり気味になりがち
・広い範囲、多数へ話しかけるテキストなのに、
文末が自分に向かって収まってしまう。
無意識に悪い癖が出てしまっていることに気づけました。(自分に向かって収まってしまう)(TA)

ことばとアーティスト V078

 私はたくさんのトレーナーをみてきました。そこでも人教えるときに、アーティストから初めて聞くようなことばをたくさん知りました。造語であったり、擬音であったり、イメージであったり、あまり論理的なことでないので、ここには書きませんが、秀でた人には感想や判断にも、独特のことばづかいがあります。

私は必ずスケジュール表やメニュ表、日誌をつけることを勧めています。特に歌手や役者は、計画性のない人が多く、それがとりえでもありますが、5年、10年先をプランニングすることは大切だと述べています。

表現もまた B041

演出もひとつのコミュニケーションの手段です。歌の力もあるけれど、その人のセッティングの力は大きい。プロの人は本質的なことをしっかりと抑えているというのはよく思いますね。お客さんが満足して帰るようなことを、歌や声以外でも、きちんとやっている。それは逆の立場からものを見ると、客としてつらい想いをした、客として嬉しい想いをしたというようなことの判断からでも見えるのではないかという気がしますね。

 

2013年10月 2日 (水)

飾りつけ お知らせ

ファンの方からきれいなインテリアいただきました。さっそくスタジオに飾りました。

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歌レッスンの感想

1.スース、ス、スス、スーサ、すべての音の息を一定にすること、同じエネルギーで最後まで。音の切れはお腹で切り、前に進むこと!
2.片足での発声練習。お腹と腰がしっかり踏ん張ることで、声がしっかり出た。その感覚を常に体で忘れないようにする事が大切。
3.サオアオア まだまだSの子音の準備と長さが足りない。先生に指摘されると改善する。意識すればできるのだから、常に当たり前になるように意識を深める必要がある。(AO)

総合化と美空ひばり A012

総合化と個別化について、前者よりも後者が必ずしも劣位だとは限りません。なでしこジャパンのチーム力は、日本としては、個性的な選手の力で勝つ諸外国よりも、秀でた戦法といえるからです。天童よしみさんよりもAKB48の方がすぐれているということとも違いますが…。
 たとえば美空ひばりは、歌というジャンルにとどまらず国民的スターでした。ジャズから瑞唄、小唄まで、その世界の専門家の歌手にひけをとりませんでした。
 ジャンルを超えてファンを獲得する人をスーパースターといいます。野球が好きで長嶋をみるのではなく、長嶋が好きで野球をみる。普段、バスケットはみないが、マイケル・ジョーダンはみる。ボクシングはみないが、タイソンはみる。そういうレベルのことです。そこでは、ある種の総合化がなされるのです。
 

自分のことばとは V077

 私は、すぐれたアーティストやトレーナーは自らのことばで悟ると思います。ことばがないから、歌や演奏やプレーをするともいえますが、不思議なことに、名選手やアーティストは自らのことばを持っています。
 これには少なくとも二つの理由があるように思います。一つは、どんな表現も、まわりにそれが認める人がいて、ファンがいます。ことばに説得力が全くなく、作品だけで悟らせるのでは、自分の世界はつくれても、世に知らしめるのは、なかなか難しいでしょう。おのずと人前に立ったり人に影響力をもつ人は、ことばの力をつけていきます。説得力やプレゼン力としての対人コミュニケーション力です。
 もう一つは、自らの芸を高めるときには必ず、いろんな判断が必要になります。それはイメージによってなされることも多いのですが、そのインディックスとして、ことばがよく使われます。
 メニュにしろ、練習にしろ、感覚通りにやればよいといっても、全くことばを使わないと、覚えにくいし思い出しにくいので、レベルアップしにくいのです。

拍手 B040

 導いていくようなやり方というのも、形としてはある。ただ元々の核の部分は見ていかなければいけない。たぶんプロの人とアマチュアの人、歌はすごくうまいとか声はすごいとか、歌はいいから拍手がすごくくると思っても、拍手がとれない人もいる。下手だけれど拍手だけはたくさんとれる人もいます。当然のことながら自然と拍手が、お仕着せであろうとくれば、それで会場が熱くなったりするならよいのです。他の学校のように拍手しましょうと言わないので、本当にそれ以上のものが出るときというのはわかるのですが。

2013年10月 1日 (火)

消費税 お知らせ

平成26年4月1日に消費税率が8%へ引き上げられます。

会報10月号(NO.266)を発行しました。
今回は、表紙のデザインと目次が変わりました。

バックナンバーは、下記のサンプルをご覧ください。
http://www.bvt.co.jp/kaiho/kaiho_sample.html

声レッスンの感想

きりきり舞い、過労死、芝の発音。
おじさんのじ。
「背中でセミがせっついたのせ」の舌の位置。
下の歯の裏。
橋の端っこのすみっこではなくはしっこ。
読み方の間違い。
平気で塀を登る兵隊の読み。
へーきで〇へいきで×
花束贈呈
落ち着いてゆっくり読むだけで、
読みやすくもなったし、聞いている人にとっても良い。

強く読む必要はない。ふしにならない。
顔がの「が」と、小学校の「が」が鼻濁音じゃなく綺麗じゃなかった。
育てて下さったの「育てて」と「下さった」が言えてなかった。
立派に育てての「りっぱにそ」も言えてなかった。
母音で何度か読んだら良くなった。
そこにはの「そ」。いつもの「つ」。
お父様、お母様をつなげない。おをしっかりと!(ND)

声のプロへの仕事 V076

ヴォイトレトレーナーは、一般的に声のプロであっても、偉大な伝説的なアーティストではありません。クラシックはともかく、ポップスでは、偉大な歌手が、歌のアドバイスはともかく、ヴォイトレを教えることは多くありません。楽器のプレーヤーと異なり、活躍した人が必ずしも、そのコツを伝承できるものではありませんし、できません。本人も楽器のように伝えることが、そう簡単でないことを知っているからです。
 また、現役の歌手にとっては、喉への負担が少なくないからです。何よりもヴォーカルとして大成する人の気質はあまり、教師に向いているわけではありません。そこで、指導については作曲家やプロデューサー、演出家などが担当することが多いわけです。
 私はヴォイトレの本質は、中心となる声の発見、発掘、育成と同じく、歌唱のベースとなる声でのフレージングを発見、発掘、育成することだと思っています。
 中心となる声を知るには、表現の最低単位として、フレージングを想定する必要があります。つまり、絵でいうとデッサン、その色と線を見出す、あるいは育てるということになります。
 歌は一色で、線だけでもデッサンできます。色を音色、線をフレージングと例えてきましたが、色は何色も必要ありません。一色でもよいのです。ただ、墨のように濃淡豊かに、緩急をつけて描かれるとしたら、です。

スタイル B039

私がみるのはその人のスタイルですね。そのスタイルを続けて長く持っている人を見ると、逆にそこに来る人が何を期待しているかがわかってくる。そこまで降りてくればいいと思います。その前にただ下りてしまうと、普通のおじさんおばさんになってしまう。
 握手ひとつするにも、普通に握手したら、何なんだということになる。向こうが握手を求めるようになるための動機をどう与えるのかということでしょう。拍手が5秒でなくて10秒になるということは、どういう条件でどういうことが客の心や体で起きるとそうなるのかというふうに見てみればいい。単純に自分が5秒拍手しているときと10秒拍手しているときの違いになる。10秒、拍手しやすいようにつくるステージもある。

前提を整えておくこと [論3-4]

試合で10キロ以上走っているという一流レベルのサッカー選手が、走らずに本ばかり読んでいて上達するような気ににならないように気をつけましょう。
一つひとつの練習が充実していたら不安になることはありません。その上でさまざまな本を読んだり、専門の勉強をするのは、大賛成です。これまで述べてきましたように、あまり発声を部分的に扱おうとすると却って問題を複雑化します。
ゴルフでインパクトのヘッドの角度を決めても、どの筋肉をどのように動かすということにはなりません。その数字からの調整はできない以上、身体感覚で、結果から修正していくということです。たとえ、それを理解したとしても、練習でのイメージはそれでなく別である方がよいのです。

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