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2013年10月 7日 (月)

鍛練としてのヴォイトレ V082

 ヴォイトレは調整でなく鍛錬であると、日本どころか世界でも、ヴォイトレから鍛える。負担、負荷、抵抗などということばが駆逐されていきましたが、困ったことです。
 自らを強くする健康も、食事も、表現も鍛えないと身につかないのです。免疫をつけ、体力や気力を養い、自信をつけ、失敗をしに人前へ出て、勇気、胆力、忍耐力、回復力をつけることです。

(<巻頭言2012.12引用>からの再録)
「遠くの目標をもつ」

私はレッスンとトレーニングを分け、その必要性を高め、より高い目的へチャレンジさせるようにアドバイスしています。
ヴォイトレというあいまいな世界で本気の上達や効果をあげるには、遠くの目標をみる必要があります。上達や効果ということさえ、近くの目標にすぎません。
船乗りは、大洋を横断するには、島や雲ではなく、星を目印にします。遠いゆえに動かないからです。そのためには、古典や歴史から学ぶことです。私は自分の本がすぐに役立たなくても長く、愛読されることを願っています。
誰もがお客さんから一歩、人前でお客さんにみせる立場、プロになる道へ踏み込むと、今までみえていたものがみえなくなります。大海原に出ると山のふもとに入ると、みえなくなるのと同じです。それが連続してくのであればこそ、高く遠く確かな目標が大切なのです。

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