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2013年12月

2013年12月31日 (火)

大晦日 お知らせ

今年も終わろうとしています。皆さまにとってどんな1年でしたでしょうか。

どうぞよいお年をお迎えください。

個性と成長 V167

 型にあてはめられて、そこで個性が死んでしまうというなら、その程度のものに過ぎないので、そういった型がいけないとは思いません。ただ、型がなくとも形にはまってしまいやすい人がいます。トレーナーの言う通りに動く人、つまり、器用な人、上手く立ち回る人、正確な人、いつもそれなりの力をキープできる人、絶対に休んだり、遅刻しない人、こういう人を私は、優等生と呼びますが、そういう人ばかりを選ぶことがよくないと思うのです。
 しかし、現実がそうですから、それに対応するためのトレーナーも、相手をその方向にもっていくわけです。そもそも、トレーナーは優等生が多いのですから、頑張って育てるほどに、そういうふうに育つのです。
 「個人の色よりも、組織集団の色が強く出る」のは、日本の会社も劇団もプロダクションもそうなのです。よしあしは両方ともあることでしょう。
 しかし、喉や声は個人のものであって、他に合わせようとするにつれ、中級レベル(アドバンス=A)には早く到達するものの、上級レベル(ハイレベル=C)はいかなくなりかねないのです。トレーナーは、そこに手をつけるのには細心の注意をもってあたることです。

指導法 [論4-25]

 1秒間に「声帯が420回しか振動していませんからもう20回アップさせてください」こんな指導法はいるでしょうか。
 ピッチが少し下がっているとしたら、それを自覚させること。そしてピッチが合っているイメージに修正する。それに基づいてピッチがとれるようになる。つまりは統合されたイメージに導くことしかないのです。感覚を磨いて発声器官の働きを調整していくのです。
 総合的同時統合ということで可能になるのであり、ベルヌーイとかで声帯のカーテンに空気が流れるからくっつくとか、その振動の形を喉頭カメラでみたように動かそうとしても無理なのです。

2013年12月30日 (月)

防災グッズ お知らせ

防災グッズに用意してある水や乾パンなど、入れ替えを行いました。

歌レッスンの感想

1.呼吸 ススス、スッスス、スーッサッの順番が変わると戸惑い、慣れるまで時間がかかってしまう。即応性がなくなっていると思う。脳への刺激としては良いと思う。 
一生懸命になりすぎて三連符から後、お腹が動き過ぎてしまったので意識してお腹を保ったままにした。意識的にやること。
2.Saオア ミレドレミレド、ソミドで。齒を閉じて発声する。最初のオを前にはっきりと出すことで後のオも前に出てくる。
3.feritita ソファミレド・ドソミドで。fが間に合っていない。手を前に出す。手を伸ばしながら息でフーと出し降りきった所でエと母音を出す。しかし手の動きと発声が合わず堪えきれずエを早く言ってしまう。これも時間をとって訓練が必要であった。
音を下から狙うような感じになり、歌いにくい方向に行ってしまうので顎を少し引いて発声する。これだと上ずらないで行くしかないので効果的。
内容がバリエーションに富んでいたのでよく掴めない所があった。しかし録音したものを何回も聴いてレポートにまとめていったら頭の中を整理出来た。これがレポートの意味だと納得した。(FZ)

音信

蚊のなくような声だった自分ですが、声をだすことに関して、自分の中の意識がかなり変わったと思います。
トレーナーに出会えたことは、今までのトラウマを払拭する、大変ありがたい機会でした。
スタントマンとして、現場にいましたが、たまにセリフをもらって喋ると、毎度反応はとても悪く(笑)、力がはいりすぎと言われてました。
音が前に出ずひっこんでしまっていること、節がついてること、発音がいただけないこと、おかしな点がわかっただけでも、すごいことでした。
トレーナーがすらっと読んでくれることも、自分との違いがよくわかり、がっくりきますが、大変ありがたかったです。
わからない、わからないといつも言ってしまって、すみませんでした。説明してもらって、感謝しています。又、教えていただけるように、モチベーションを整えたいと思います。

はじめて研究所にきたときに、最初にレッスンをやってみましょうと言っていただき、やってみることができたことは、自分が思っているより、大きな出来事なんだと思います。
研究所に入ると、なんだか落ち着く、ステキな場所でした。
又、お世話になることもあるかと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
お世話になり、また機会をいただき、ありがとうございました。
(II)

1年弱の短い期間でしたが、たくさんの事をお教え頂いて、すべてに、感謝・感謝です!
自分自身を表現する声、のびやかなきれいな声に、なりたいです!
本当に、ありがとうございました!(FJ)

教育の平均化 V166

集団で行うもの、合唱やミュージカルでは、特に他人に迷惑をかけないこと、コンスタントに平均点をとり、総合点をキープできることが、この国、日本では求められます。しかも、スターはいらない。ミュージカルは、スターを生み出すのでなく、スターを別のタレント(ここでは知名度のあるということ)を連れてきてまかないます。どちらも、型から入って、形に終わることです。私の感じる声での表現の形の成り立ちのプライオリティは、とても低いのです。
 形というのは、ステージ、舞台、音楽としてのハコがきちんと整っているということです。それは今や前提なのですが。新人歌手も音大生なども、平均のレベルは高くなりました。それは、トレーナーやスタッフの貢献といってよいかもしれません。
 昔の音大生のオペラなどは、人前に出すものとして破たんしていました(失礼)が、今は、最後に拍手がくるだけのものになりました。でも、ストライカーがいません。それは、トレーナーの責任と貢献ゆえの負の部分かもしれません。
 ステージでせりふを忘れて泣き出す子は、ある幼稚園ではいなくなりました。CDで流れるせりふに、フリだけつけているのですから、そういう失敗が起きないのです。進行としては、きっちり時間通りに終わります。失敗をなくす―見事な教育です。皮肉ですよ。念のため。

2013年12月29日 (日)

性格は声に表れる

 アクティブな人・・・ 行動的 しゃべり上手 社交的
 ネガティブな人・・・ めんどくさがり 慎重 口が硬い
 おとなしい人・・・ 口べた 精神的 モラリスト
 といっても、人にはこういったいろんな面が内在しています。状況や相手によって、いろいろと出てくるのです。人は不思議なことに、完璧な人と同じか、それ以上にだめな人にも惹かれるものです。金もないから、友達もできるのです。
 ここでは一見、短所などの方が他人は好感をもって受けてくれます。弱点、できないこと、いたらないことはPRできます。

形と実 V165

 現実としては、トレーナーは、現場では歌手や役者の身を(喉を)守らなくてはなりません。
 現場の指揮者にも、さまざまなスタンスがあると思いますが、作品の評価をよくすることが第一義ですから、表現中心であり、それに耐えられない人に、過度の期待と負担をかけることになります。
 すると、どうなるのでしょうか。スポーツのアスリートのように明確な基準のある場合、これは単純です。
 100m走男子では、世界は9秒の壁に、日本は10秒の壁に挑んでいます。ときに日本人選手がいいところまでいきますが、アスリートの世界ではNO.1、金メダルを目指しているので、日本人の選手より速くても金がとれないなら、他の種目に出る選手もいます。8位に入ったから世界で8番目ということにはなりません。
 音楽のプレイヤーもけっこう明確な基準があります。ルックス、スタイル、MCでなく、演奏、つまり音で全て判断されることです。高度に演奏する技術なしにプロになれません。
 しかし、歌やせりふの声は、総合力の要素の一つです。となると、一流を目指すよりも表現よりも、安定、安心が第一になりかねないのです。

2013年12月28日 (土)

音響 お知らせ

音響の専門家と打ち合わせをしました。

スマートフォンでの操作など、どんどん進化しています。

日本語と発声(2)

極論ですが、声を最も有効活用できる発声を考えると、おそらくオペラ歌手の発声ではないかと思います。なぜなら、2~4000人が入るような大劇場で、マイクも使わずにオーケストラを飛越えて最上階の一番端まで声を届けなければならないのですから。
オペラというのは、そもそもイタリアで発祥したものです。イタリア人の喋るイタリア語と日本人の喋る日本語を比べてみると、明らかに、イタリア人のイタリア語は身体全体から発せられるような深く厚みのある、それでいて喋っているのに歌っているような発声になっていることに気づくと思います。だからこそ、オペラのような文化が生まれたのだと考えられます。
このように、身体で支えて深く厚みのある、それでいて良く響く声ということを意識して日本語を喋る練習をしていくと、発声のしやすさが変わっていくと思います。(♭Я)

連日の喉の疲れ V164

「個性のある声」で「高いところ」までもっていく、この両立が現場での最大の難関です。役者と声楽的な要素、昔の宝塚の男性役スターなどに若干みられた、それなりの熟練度も今や風前の灯です。
 話す声はガラガラで障害を起こしても、1~2オクターブ高いところで歌えるとか、裏声だけとか地声だけ、どちらかが出ないとかが多くみられます。
 こうなると、ガンの宣告のように余命長くて10年、年齢とともにステージに上がるまでには回復できなくなり、いずれ自主休業かドクターストップです。
 たまたま、私が関わってきた人たちのところが、連日連夜の出演をするところでした。普通は、週1回くらいのライブのペースですから、中6日登板なら喉が回復する。それでプロとして続いている。もし売れっ子になれば、とても連日持たない喉なのです。できていないということでは同じなのです。
 役者でも喉を壊します。一流のレベル同士なら、はるかにせりふの方が負担は大きいのですが、高音がない(ピッチが問われない)ので、ガラ声で続けられるのです。これも問題です。

2013年12月27日 (金)

DVD発売 お知らせ

「喉に負担をかけない発声法」(アトス・インターナショナル)から、DVDを発売しました。

歌レッスンの感想

1.ナの発声(ドレドレド、ドレミレド、ドレミレドレミレド)
一つ一つの「ナ」の間に、もう一つずつ「ア」を入れるくらいにすると、一続きに繋げる。
胸を縮めず自由自在に動けるようにしておくこと。
2.リップロール
出だしで力を入れ過ぎず、最後まで持続できる強さで押してゆく。
3.イーエ、イーアの発声(ドレミファソファミレド、ソファミレド)「イ」から「エ」に入った時、口の中で少し広げるか、それが難しければ口を少し開いてみる。
「エ」と「ア」は、横の響きを活かし、軽く響かせる。
「ネネネネネネ」(ドレミファソラシドシラソファミレド)の発声を参考に、感覚を掴むと良い。
上半身を支えるのは、丹田(一点)というより骨盤全体。
4.楽曲「青葉茂れる桜井の」
ここでも「ア」と「エ」でも、「ネネネネネネ」(ドレミファソラシドシラソファミレド)の発声を参考に、縦方向の深さと横方向の広がりのバランスを取ると良い。
母音の基本的な発音の改善点が見えてきました。(縦と横の広がりのバランス)(YD)

未成熟な声への判断 V163

本来、表現で問うべきものを、「大きく」「小さく」とか、「早く」「遅く」とか、「音程」とか「ロングトーンのキープ」「ふらつかない」とかを使わざるをえません。現場での注意には、残念ながら、声や歌に対して未成熟な日本らしさを感じます。
 一つには、本番前の稽古に、「せりふを間違えないで覚えてきてください」と言わなくてはいけないような役者を、オーディションで選んでいるということ。(これは、役者でのたとえで、歌手の例です)
 もう一つは、歌で選んだのに、やはり、「歌詞を間違えたり、音程を外さないでください」と、そこまでの注意ではないのですが、私からすると声についての初心者なみの注意を受ける人しか、けっこうな一流の舞台にもいないということです。
 演出する人の層もレベルも、それを支えるスタッフのそれらも、けた外れに、向こうとは違うのです。
 大きな舞台をたくさんやっているところはありますが、声や歌、音楽に重きをおいているのではないように思います。(それゆえに続けられるのでしょう)
 たとえば、フォルテッシモ=ffはとても強く出すのでなく、感情が強く表れるような表現、つまり、客に対して伝わることでみるべきものです。

欠点はあとまわし [論4-24]

 客観的な所見での欠点としてだけの自覚、これだけではモチベートを下げてしまいかねません。成果が出ないときに、それを全て喉の構造のせいにしかねないのです。つまり、改良の余地のない現状の把握より、すでにもつ体としての現実から、よい方向へスタートさせることがもっとも大切なのです。少なくともトレーナーの役割はそこにあります。

2013年12月26日 (木)

年末 お知らせ

研究所の通り沿いの花屋さんに角松がたくさん並べられていました。

美容室も大掃除を行っていて、年末といったところです。

しぐさや表情で決められる

エピソードや感じたことの話題は、その人の人間性、性格、行動を捉えるヒントになります。
 日常会話では、テーマを知識や情報よりも、その人の人柄について焦点を当てましょう。具体的事例、失敗談、くせ、習慣などがよいのは、その人の生活や性格の輪郭を描き出すからです。
 映画やマンガ、ドラマでは、キャラが描けるかが勝負なので、そういう事例やエピソードが最初に、自己紹介のようにどう描くかが肝です。相手を知らずして、感情移入できないし、感動もできないからです。となると、趣味、こだわりなども、少々マニアックな方がいいともいえますね。

ミュージカルでの応用 V162

どこまで高い音をとるのか使うのかは、ポピュラーもソロなら、高さより声の音色で決めるべきです。ただ、オペラやミュージカルは、声域が決まっていることが多いので、声域の獲得と、確実なキープが、出場の第一の条件になります。特にミュージカルに声楽の基礎のない人が抜擢されたときに、高音の共鳴がここでの主な課題になります。
 30代くらいまでは、案外とラフな発声でも耐えられます。ダンスや役者出身の人に多いタイプで勘もよいからです。
 演出家が、「声を大きく」とか「発音をはっきり」と言っても、「強く出したり口をクリアに動かさずに結果がそうなるようにする」ことで、喉を助けましょう。
 大きくクリアに開けることと大きくクリアに出すことは違うのです。小さくても強い感情を表すことはできるし、口の形を大きく動かさなくても明瞭に聞こえるようにもできるのです。
 特に、大―小、強―弱のような大ざっぱな動かし方しかできない人に、鋭―鈍とか、加速度、間、呼吸などでみせていくのは、こういう舞台でこそ、声の処理として応用を必要とするからです。応用は、自分の持つものの延長上で処理しなくてはいけないのが原則です。

2013年12月25日 (水)

歌レッスンの感想

発声時、もっと頭の後ろも開けて息を流す
体と息の通路が開いていて、そこへ息を流すことに集中
これを悩まずに、声のイメージは縦で
発声時の自分をもっと客観的にイメージ出来ると良い
発声で響かせるのは、上あごから上の頭蓋骨だから下あごから下は響きを伝達させる為にフリーにする
・喉をフリーにするとはどういうことか?を体感でつかむ
・いかに力が抜けて、自分が楽に体を使って歌えるか?を体感でつかむ
・体を支えるのと固めるのは違うということを研究する
以前よりも、頭の後ろを開けることを意識する事で息の流れる道が確保できた。その為で響きが、より増してきた。(MS)

「胸が痛い」憂歌団 木村充揮さん A025

 

デッサンで音楽性がベースに、ヴォーカルとしての歌詞がのっていて評価させられてしまうのは、木村さん独自につくりあげた歌唱です。これも発声や、歌唱の先生がお勧めするところからは対極のヴォーカリストです。ことばと音とフレーズで、相対的に?オリジナルのフレーズデッサンを知り尽くし、それしかない型に持っていっているのです。
私は日本の歌手の力が本当に世界に追いついてない、いくつかの例として
1、ヒット曲の一番だけが特に秀でている、というか二番以降や他人の歌では別人のようにレベルが落ちる。
2、他人の歌を自分のオリジナリティにもってこられない(自分のヒット曲では冠たる世界を確立しているのに、カバー曲ではほとんど二番煎じ、歌のうまいレベルになってしまいます。選曲のアレンジについても他人任せ、本人のよさがほとんど活かされていない)
そこからみてシンガーソングライターの方が、オリジナリティが強く、他の欠点や本質的な能力不足まで総合力で補って、出てきているので、ステージをよく知っているのです。しかし、カバー曲をみる限り、すべてだめ、演歌歌手のポップスやジャズも、若いシンガーソングライターたちの昭和歌謡も褒められるものはあまりにもないのです。そのあたりは、クレイジーケンバンド、横山剣さんのセンスを見習うべきです。
フレーズとして使えるのは「胸が痛い」の「胸が痛い」飲みすぎると毒になってしまいますから、ほどほどに。

自主の高音トレーニング V161

 プロやいろんな人とやってきた人は、ここにいらっしゃると中低音での発声や、共鳴を見直し、大半のケースでは、ほぼやり直します。ここでは共鳴以前の発声、呼吸、姿勢まで基礎づくり、多くはイメージづくりからです。
 声の方向性や共鳴の焦点、体感のイメージといった判断基準や優先度は、トレーナーによってかなり異なります。とはいえ、ともかくもイメージを持ち、それによって丁寧に繊細にコントロールできるようにします。
 まあ、日本で行われている高音トレーニングなどは、声量を絞り込んで、弱い響きで集めて、届かせるだけという技法が主です。私共のトレーナーの半分以下の声量で高い音に届かせる、あてるだけの結果となりがちです。それで満足できないというのなら、基礎で条件を変えなくてはいけないのです。
 一人ひとりは、違う喉で出しやすい音や高さも違います。それを一つの方法で押し付けても、それでうまくいく人も、うまくいかない人もいます。すぐできる人も、時間がかかってできる人もいます。私の見てきた限り、ハイレベルでマスターするなら、すぐにできないことを、時間をかけて工夫して習得していくのが本道のようです。

2013年12月24日 (火)

声レッスンの感想

1.学んだこと
基本の発声
スタッカート
リップロール
2.気づいたこと
顎の動きが固くなってしまっていること。
口の狭くなってしまっていること。
声を喉で押してしまっていること。
3.課題
口の中を大きく広く使えるようにすること。
声を喉で押さないようにすること。
以前と比較する楽に声がでるようになってきました。
発声時の苦しさが減ってきたように感じます。(MH)

高音の問題 V160

 J-POPSで高い方を届かせたいという、もっとも多くの課題。これは音大生のテノールの最初の壁に通じます。コンコーネ50では、2つほど、高いラの高さまでありますから、嫌でも高音のクリアが中心になってしまいます。
 ポップスでは、ファルセットを使う人も多くなったために、やたらとミックスヴォイスや声区の問題が出てきました。私どもでは、発声の理論などいくら捏ねていても何にもならないことを知っているので、現実的に具体的な対策をしています。
 「方法やメニュを教えてくれ」とメールでよく聞かれます。しかし、こういう限界域のところでは、本当にいうのであれば、万人に共通なものなどはありません。
 あなたの元々出しやすい母音や子音で応用していくのです。この、出しやすいことイコール高音に最終的に向くかは別問題、しかし、これも徹底されてはいません。ただ、あなたの高音をもっとも出しやすい音として、イメージしておきます。もっともわかりやすいスケールで挑むことです。
 初心者、ヴォイトレをやったことがないのに、高音を望むなら、テノールやソプラノのトレーナーとやりましょう。ポップスで、もともと高音好き、高音向きのトレーナーよりは、声楽の方が相手のタイプを選ばないという広さと基礎の身につけ方はあるからです。

分析より、活かし方 [論4-23]

 私は、それぞれの筋肉やツボ(経絡)などの名前や働きなどをトレーナーは知っておくように勧めていますが、生徒さんには求めていません。知りたければ何でも勉強しなさいと言うに留めています。
 科学は、ものごとを分析していきます。
私が医者などの専門家に生徒をみていただくと、当然のごとく喉に問題のある自覚のある生徒さんは、それぞれ普通の人に比べ、こういうところが劣ると具体的に教えていただけるわけです。喉頭や声帯の周りの構造や大きさ、角度、左右の対称度など、それは事実ですから、レントゲン写真と同じで、知ることは悪くないのです。
しかし、それをどう活かせるのかは本人次第なのです。私やトレーナーが知り、本人が知ったところで、その日からのトレーニングは変わりません。変えるべきでないことの方が多いでしょう。
それは、医者の声帯の所見よりもトレーナーの経験からつくる判断の方が少なくともトレーニングにおいては現実的な解決へ結びついているからです。医者の処方するステロイドなら劇的な効果がありますが、それ以外は、どこの筋肉をどう使うということ自体、スポーツで使う大きな筋にもまして不可能なのです。

2013年12月23日 (月)

歌レッスンの感想

1.音程が悪いのは音感の問題ではなく、口腔内の使い方。今は正しい音を出していても、出し方が悪いので音程が悪く聞こえている。P.38の7、二分音符のソーファー、ファのfを発音するために口を大きく横に開いているので、下がって聞こえる。サーアーで歌えば音程は良い。ソからファに行く時に口を開けすぎない。
2.今日は音によってポジションがバラバラになっているので、まとめる。
3.低い音はすっぽ抜けてビブラートがかかっている。高い音の時のポジションよりさらに高い音を歌うつもりで、落とさず、抜けないことが課題。(KR)

レッスン効果

歯を開けずやると、声が前に出るようになる。
歌いやすくなる。発音が前に来る。口が開く。
通る。出やすくなる。歌いやすさが増す。
鼻にかかってるのも減った。(ND)

体を伸ばしながら高い音を出したら、体を使うという感じが分かりました!
目でも吸って、目で歌うということをイメージしたら歌いやすくなりました!(MK)

ずっとですが高くなった時上がりきらない癖を直したいのですが、ゴールは見えて来たのが嬉しい、トレーナーが見ている先の深い声や洗練された声が歌に反映されるようになりたい。(YA)

3段ロケット(B→A→C) V159

基礎の力については、なかなか伝わりにくいので、私がレクチャーで話したことを転記します。
 ここは、基礎と応用をやるところです。基礎を徹底してやれば応用に効いてきます。基礎がBとしたら、それは応用のCに届くのです。(Bはベーシック、CはウルトラCのつもり)
 それではよくセミナーにある、この2つをつなぐアドバンス=Aというレベルはどうなるのでしょう。
 私はCを見据えてBだけに専念する期間をとれるかが、本当に大輪を咲かす条件であり、また「条件を変える」ということばで述べています。
 ところが、多くの人はすぐに応用Cに結びつくアドバンス=Aのところばかりやるのです。
 Aのなかでよくするのは、状態のなかでよくするだけです。ときたまCに届いても、ウルトラCなど出ません。つまり、Aでは-A、Aが+Aになるくらい、これが普通のヴォイトレです。これは研究所内でもやっています。ただし、私の考える究極の、いや本来のヴォイトレはB→Cなのです。

2013年12月22日 (日)

オルフェーブル お知らせ

有馬記念を圧倒的な強さで有終の美を飾りました。

もっともふさわしい声で応じよう

 一つずつ、相手の一声に、自分の一声と、きちんと反応してあげることこそが、気持ちを汲んでいるというメッセージなのです。もちろん、耳を傾けて黙って聞くのも必要ですが、そういうときには、視線などがはずれていると不快に思われます。
●反応を伝える声のトレーニング  「うん」「ううん」「ええ」「いいえ」
●反応が伝わる声のトレーニング  「うーん」「ええー」
うなづくだけでなく、相づちを打ちましょう。

判断の深さ V158

 よくこのような例で比較しています。
1、 早く(半年くらいで)1,2割よくなるが3年くらいで(早ければ1年)進歩が止まる。
2、 一時、実力は落ちるが、3年くらいから(人によってはコンスタンストに)伸びる。
「歌や演技は応用で、声が基礎」とすると、基礎が応用に効いてくるのは後からなのです。徹底した基礎をやりたいと言う人が、その期間として「2,3ケ月くらいで」と言える時代になりました。
 基礎にもピンキリがあります。世の中、それなりにまともに評価されている芸で、徹底した基礎というなら、10年を切るものなどありません。
 ですが、2,3ケ月の基礎どころか3日とか3週間でできる基礎、それどころか、目標達成のできるというようなチャッチでレッスンが売られている時代です。
 それをいうなら、私も「読むだけでよくなる」というような本を出している、と言われかねないのですが、それは、基礎の力が応用に転じられない人へのヒント集だからです。
 多くの人には3ケ月くらいでは「基礎とはけっこうかかるものだ」とわかってもらうためのレッスンです。この3ケ月のことで目的はOKというなら、やめればよいのです。あとは本当の基礎となるまで自分でやるというならそれも自由です。基礎の深みがわかることが、まずは基本ということでしょう。

2013年12月21日 (土)

声レッスンの感想

1.口の開け方に気を取られ、ゆっくりと身体を広げるようにブレスをすることや深いところから発声するという基本を忘れていました。ブレスや深いポジションに注意すると、体をとても使うという事を改めて実感する事ができました。
2.1ゆっくりブレスをする、2深い所から声を出す、3軟口蓋をあくびのように広げる。この3点が課題です。
レッスン中は自分の声の良し悪しがはっきり分かりませんでしたが、録音を聞くと、深い所から声が出ている時は、声に厚みがある事が分かりました。(SW)

日本語と発声(1)

我々が日常会話として用いている日本語は、おそらく幼児期から無意識の内に体得した発声法でしゃべっているのだと思います。
日常会話程度ならば余程の事がない限り問題になることはないと思うのですが、この研究所は、歌う仕事や話す仕事など、そして、趣味として上達したいという人も含め、一般の人よりも「声」を使う機会が多いために悩みを抱えて来られるのだと思います。
声を効率よく使えること、つまり、発声上その人がストレスなく声を出すことを考えた時、我々が日常会話で用いる日本語の発声というのはあまり適切ではなくなってしまうのです。
もちろん、中には最初から効率の良い発声を日常会話で用いることができる人もいますが、あまり一般的ではないでしょう。
その理由は、日常会話で用いる日本語というのは、基本的に「浅く、平べったい発音」であるからです。浅く、平べったい声というのは、遠くに飛ぶ声ではありません。この発声のまま、ボリュームを大きくしようとすると、喉に過大な負荷が掛かりすぎてしまい、叫び声のようになってしまうのです。[続](♭Я)

ヴォイストレーナーの盲点 V157

ここを出てヴォイストレーナーになった人のところからも、ときおり生徒さんがここにいらっしゃいます。そのトレーナーの話で興味をもっていらっしゃる人と、そのトレーナーに反発していらっしゃる人とがいます。どちらにしても、そのトレーナーが生徒であった時期を知っていると、すごく明確に、そのトレーナーの教え方がわかります。つまり、何がうまくいくか、何がうまくいかないということがみえるのです。元々、そのトレーナーのもっているところや長所については、ヴォイトレで得たわけでないので他人に教えられていない。つまり、指導ではネックとなりやすいところです。
 ヴォイストレーナーになろうという人は、歌手で続かなかった人もいますが、まじめに学んで、まじめに教えてあげたくなった人もいます。挫折を避けた教師タイプのまじめさが、生徒にはメリットにもデメリットにもなります。まじめなトレーナーにまじめな生徒がつくと、舞台からは遠くなっていくこともあります。そういうタイプのトレーナーは、長所をみつけたり伸ばしたりすることよりも、短所の補強中心でずっと時間が経ってしまうのです。
 そのトレーナーのもっているようなよい声や音楽センスをもっていないのに(大体、トレーナーというのは、どちらかもっています)その弱点をなくしてもらったところで、普通になるだけです。つまり、発声の力の不足が若干補われたところで、プロになりたいという人であれば、プロになれる方向に向けられていないのです。

2013年12月20日 (金)

歌レッスンの感想

低音がうまくいっている時は、音が上がっていくのが大変。上がりきれないことが多くなった。
最高の音を伸ばし過ぎている。
呼吸
鼻から吸うと鼻声になりがち。できるだけくちから吸う。
また、口から入る量が見ていて人より多そう、とのことでした。
上に胸が持ち上がり過ぎてしまうことがあるので、もう少し低いポジションでいけるといい。
低くて芯のある太い声に近づけたかと思います。
自分でうまくいってないと思っている時がいい声だった、というのが面白かったです。
歯下のぐきに指を当て、そこに声を当てる。口の下側のイメージで出す。
鼻をつまみ発声。
この辺りをしっかり練習したいと思います。
また、体調管理の大切さが身にしみました。
体調は崩さない!崩れたら、戻すことをまず考える。(HM)

見取り図 V156

 以前、ここにいらっしゃる人のほぼ9割は、ここで初めてヴォイトレを経験しました。そのとき、私は歌をうまくするのでなく、声をトレーニングする、ということでスタートしたのです。しかし、応用を自分たちで学ばない人が増えると、こちらが手伝わなくてはいけなくなり、どんどんとサブのカリキュラムが増えていきました。いつ知れず、音楽スクールや専門学校のようになってしまったのを経験しています。
 いらっしゃる人の望みにストレートに応えていくとそうなる、というよりは、こちらも若かったのでしょう。そこで、どんどんと何でもサポートすると、サービス業化していきます。当然、最終的にはプロデュース業になってくるわけです。そして、また声という原点が忘れられてしまう、日本の優れた先人たちと同じ轍にはまっていきかねなかったのです。
 今はそこからようやく抜けられました。一方で、この分野も広くなったので、半分以上は、他でヴォイトレをやっていた人や一般の人がいらっしゃいます。プロよりも一般の人を対象にトレーニングすることで、また、同じような轍にはまりやすくなっているのかもしれません。
 ここのトレーナーを把握すると、日本の今の声楽の見取り図ができますが、ここの生徒さんを把握すると、ほぼ全国のヴォイストレーナーや指導者の見取り図ができます。その結果、ここには、日本の声の指導の膨大なデータベースが備わりつつあります。セカンド、サードオピニオンのできるバックグランドは、25年にわたる、このデータベースです。

無意味な混乱 [論4-22]


 トレーナーも生徒も、曖昧なヴォイトレに科学的根拠を与えたいがために、こういう知識、理論が過度に流用され、却って混乱を引き起こしているのが現状です。いや、混乱ならまだ救いがありますが、鵜呑みにして、そのまま疑わず、結果も出せず、という状況がよくないと思うのです。
 「腹から声を出す」に対し「声は声帯、息は肺からで、お腹から声は出ないし、そんなところに共鳴しません」というような正答に何の意味がありますか。「喉頭のなかの声帯を1秒間に○○回ベルヌーイの原理によって開閉(振動)させ、声道で共鳴させましょう」と正しく改めたら、よくなるのでしょうか。

2013年12月19日 (木)

声レッスンの感想

1.口の開け方に気を取られ、ゆっくりと身体を広げるようにブレスをすることや深いところから発声するという基本を忘れていました。ブレスや深いポジションに注意すると、体をとても使うという事を改めて実感する事ができました。
2.1ゆっくりブレスをする、2深い所から声を出す、3軟口蓋をあくびのように広げる。この3点が課題です。
レッスン中は自分の声の良し悪しがはっきり分かりませんでしたが、録音を聞くと、深い所から声が出ている時は、声に厚みがある事が分かりました。(SW)

声は音に導かれて出てくる

ヴォイトレのレッスンは、ピアノを使います。ピアノという楽器が音楽の動き、音声の波動で、その人の声を柔軟に、高低、大小と引き出してくれるからです。もちろん、場合によってはピアノよりも、トレーナーの声の方がよいことは言うまでもありません。
 会話においては、その役割は、人の声での交換であり、交感です。シーンとしたところより、ワイワイガヤガヤしているところの方が話しやすいし、声が出やすいのです。それは、すでに空気中に音の波動がみなぎっているからです。人のエネルギー、人の気持ちのカオスが導くといってもよいかもしれません。相手やその表情であなたの声に、よくも悪くも出るのです。会話の苦手な人は、静かなところでなく、騒がしいところに相手を連れていくことです。

ヴォイトレの問題 V155

「問題として扱わないことが問題」これは私がヴォイトレの問題として、これまで、とるに足りないことを「問題としてしまうから問題になる」と述べてきたことと反対です。
 私からみると、声という未成熟な分野は、その表現の世界である歌、演劇などからみても若く、層の薄い分野です。「話し方教室」のようにストレートにビジネスマンや一般の人の能力のサポートに位置づけられるだけのステイタスも歴史もありません。
 プロで活躍している人がたくさんいる分野からみると、趣味やサークルのようなものかもしれません。ただ、昔よりは本気の人が増えてきて、それはよいことのはずなのに、あまりに人材の層が薄く、レベルが高くないために、ビギナー市場のようになっているのです。
 いくら仕事やネットで知識を得ても、扱うのは人間の体や感覚です。なのに、机上でだけ、解剖学辞典を頭に入れたヤブ医者や学生のようなレベルでは、受け手(レッスンしにくる人)と似たようなものですから、批判はしませんが、その位置づけやレベル、自らの力(自分の芸の力でなく、人に対しての力)を知ることがあまりにできていないとも思えるのです。

2013年12月18日 (水)

ブーツ棚 お知らせ

ブーツ棚を大きくしました。

ブーツの方はそちらをぜひご利用ください。

歌レッスンの感想

1.息は胸に入れる。その方が横隔膜も広がる
2.喉は下げるけれども、おなかは押し上げるように。お腹のしたの斜めの筋肉を上げるように。
3.少しずつ音程が上がる時はどんどん下から息を上げるように。
息は口から胸に入れるように意識しても、体力がなくなってきたり、曲の途中で意識が途切れると上手く吸えなくなる。体が覚える位練習したい。
おなかから息を出す事を覚えて余計な力を抜きたい。(AS)

「壊れかけのラジオ」徳永英明さん A024

 徳永英明さんという歌手は、はっきりいって私のところで取り上げる材料の対極にありました。それは歌手や歌のよしあしではありません。先の八神、中島、ユーミンもです。最近、といってもソロになったあとの谷村新司、堀内孝雄、佐野元春、桑田圭祐、忌野清志郎、小椋佳さんなど、私があまり触れなかったので新鮮なのか、ここに名前が上がってくるのは不思議でもあります。
 ここのヴォイトレでは、マイクを使わないところでの実力を基準にしています。しかも現実にはポップスはマイクを第二の声帯というくらいに重視します。そのため、日本ではカラオケの悪い影響で口先での加工、体や呼吸をなおざりに、高いピッチをとるだけの発声に目的がなりがちになっていることは長く指摘してきたところです。小さく絞り込んだ声でピッチやリズムを完全にこなすのは、無理ではありませんが、不自然ゆえに安定に乏しく、表現の自由さよりも発声を固定させてバランスを取ることに終始してしまいます。いわば、小さな箱の飾りのような歌になりやすいのです。
ただ、最初に大きなイメージのもとで体を解放して歌った経験のある人は、声量を使わなくてもデッサンが鋭いので伝わります。(声量が落ちても歌唱力が衰えないのがベテランということを述べたことがあります)徳永氏は本人の独得のデッサンをもつから成り立ちます。しかし、それをまねて嗄声で歌うと、最悪の演出になってしまいます。彼が中居正広さんにしたアドバイスは、小さな声で歌うことですが、それで聞かせ感動させることは、特別な才能をもつ人以外には、不可能なほど高度な技なのです。ヴォイトレとしては、絞り込みは応用の応用であり、まず大きな器づくりです。鉄は熱いうちに大きくしておくことです。

問題なしの問題 V154

ヴォイトレなのに声が不在というのを、私のようなヴィストレーナーが述べているのは、「医者に殺されないための本」を医者が書くようなものです。あるいはCIAのエージェントがリークする内部告発?とはなりませんでしょうか。
 私はトレーナーの不正や非を訴えているわけではありません。薬をたくさん出してくれという患者に、好きなだけ出す医者は儲かりますが、トレーナーはそんな自覚も不正感も持っていません。その医師は、相手の体調が悪くなることを知っているなら大罪です。避難されてしかるべきです。でも、人により効果はかなり違うものでしょう。
 私も、彼ら(トレーナーというか、私自身もここのトレーナーも含めて)を非難の対象とも思いません。
 しかし、トレーナーは「こうしてください」に対して「こうしました」そして「ありがとうございました」とお礼を言われてwinwinで、適正な謝礼をもらっているのですから、何ら問題はなし、というのが問題なのです。これまで他の業界で起きるような改革改善などもあまり聞きません。まだまだ質も高くないし人数も多くないこともありますが…。

実践レベルをめざす [論4-21]

さて、発声の生理学への科学的アプローチは、私はトレーナーとして音声分析(音響物理学)と同じくらい、興味をもって、その成果をみています。しかし、研究の補助として使うのがメインです。トレーニングやレッスンには、直接の影響は及ぼすようには意図していません。いずれスポーツ科学や医学のように実践レベルになるのは望ましいし、期待もしています。しかし、これまで述べたことの説得力を高めるために使うというなら、トレーナーとしては本末転倒ということになるでしょう。

2013年12月17日 (火)

大掃除 お知らせ

トレーナーの方と一緒に掃除したり、粗大ゴミをだしたりしていて、年末といったところです。

声レッスンの感想

1.「あー」をハミングで少し強めに(地声・裏声で、中音(シ♭)、低音、高音)
ハミングは他のレッスンで取り組む時と違い、鼻に響かせたりきれいにしたりしなくて良い。ハミングする時に使う筋肉を強くするトレーニングであることを忘れないで取り組みたいです。
2.新しく追加「息のロングトーン」・・・と言っても息はあまり関係なく、声を出さずに喉周りを強くする練習。
まず、いつものシ♭を地声でロングトーン「あー」。
今度はこれを息でやる。この時に喉に力が入ると良い。喉に入れる力は、声を出す時の力。声を出して「あー」と言った時に使った筋肉や感覚を覚えておき、声を出さない時もそこを使う。声を出さずに声を出している所を強くする。
長く伸ばし過ぎたり息が苦しくなる必要はないので、苦しくなる前に切って何度もやる。喉の力が弱いとすぐ切れる。
息のロングトーンをやった後に、また声を出して「あー」と言うと、とても声が出しやすく感じました!
その後、低音、高音も同じようにやってみると、やはり息のロングトーンをした後にまた「あー」と言ったほうが、声が出しやすかったです。ただ、息のロングトーンでは音程が上手くとれませんでした。思ったより高め?
トレーニングしていけば、音程もあってくるとの事なので、試してみようと思います。
息のロングトーンは喉に力をうまくいれて取り組む。
3.軟口蓋を上げて「あー」
軟口蓋を上げた上で前に出そうとしなくてよい。軟口蓋を上げて「あー」の時は声がこもってOK。ただ、こもらせるわけではない。
軟口蓋自体は(存在を)あまり感じない(自覚できない)。喉を上げている感覚もよく分からない状態だという事が分かりました。
あくびの練習を沢山する。口の前はあまり開けなくて良い。
地声の高音は裏声にならないように気を付ける。軟口蓋上げての「あー」の他、首の後ろ、おでこも裏声になりやすいので注意。
4.目と目の間からまっすぐ前に「あー」
しっかり前に出す。
ちゃんと目と目の間からになっているか良く分からなかったのですが、口からまっすぐ前に「あー」をやってみると、目と目の間との違いが感じられ、口から出てるわけではないんだなと理解できました。
胸呼吸、肩呼吸、お腹で呼吸のトレーニングをそれぞれしよう。どれもうまく使える中で、声を使う仕事の時にお腹を使う。
軟口蓋の場所は頭では分かっていても、どこなのか感じられていなかったり、上げようと思った時に上がっているのかよく分からない状態だという事に今さらながら気づきました。あくびの練習をもっと意識的にやって、分かるようになろうと思いました。
軟口蓋上げての「あー」を何度もやっているうちに、あくびの形をとってから行なうことでこれでいいのかなという感覚が少し分かりました。
目と目の間から声を出すのと、口からまっすぐ出す時の違いが感じられたのも収穫でした。目と目の間から出しているぞ、という自覚はまだないのですが、これはもしや口からまっすぐ前に出すのとと変わっていないのでは、と感じていたものは解消されました。
息のロングトーンも、音程が合うようにできるよう取り組みたいです。(OY)

優先度と重要度の違い V153

 現場で要求されることが早急の課題となるのはしかたありません。私どもも、3~6ヵ月後のデビューやオーディション、1ヵ月後の結婚式の余興まで、まさに真剣に対応しております。
 しかし、この優先度に振り回されている限り、もっと重要なことが後回し、遅れるというならまだしも、その可能性が損なわれたり、小さくなることも現実には起きていると思われるのです。
 芸道やスポーツなどでは、小手先の器用さで、早く頭角を現したものの大成しない例はいくつもあります。才能や努力を評価するのは難しいところですが、後で大きくなるための基礎と、その時点で凌ぐだけのやり方とは全く逆になることがほとんどなのです。
 しかし、日本は若い時期のチャンスを優先すべき、つまり、実力なくても若さだけで出られる、いや、実力のないのが若さだから、それゆえ出られる。それが、歌い手だけでなく、声優、アナウンサー、タレント、役者に蔓延しています。それゆえ、若い歌手の素人声(「ジャニーズ声」というと、叩かれるでしょうか)はどこにでもあります。誰でも出せるということです。それは大人になってもそう変わらないのです。(彼らは、声の魅力で売っているのではないから、その必要もないのですが)

2013年12月16日 (月)

レッスン効果

体のなかで響く場所が変わってきたのを感じます。
前に響きが移ってきたのを感じます。
以前と比べると発声後の喉の疲労が減りました。(MH)

広がる大きさを感じられた。何度も繰り返すことで最初から広がる感じになることができた。
「広がりと響きの一番低いラインはみぞおちくらいに」というアドバイスをいただいた。音の豊かさを感じるために有効と思う。
(MR)

今まで出したことのない高音部分の声を地声で出せて驚きました。
教えていただいたトレーニングを続けてより声域を拡げ声量をアップさせていきたいです。(AI)

歌レッスンの感想

半年一年、中低音を探っておく
低い所で練習をすれば喉も壊さない
高い所は喉をしめる。ぶつける。息漏れする
質感が保てない(避けるために今までは抜いてまわしていた)
上下で引っ張って声を出すイメージで発声する
高音部に行くと芯が外れ浅くなる
息から声にした時に息が漏れてくる(中低音との違い、今まで使ってきてないから急には変わらない)
ポップスはマイクがあるからいいが、クラシックは遠くに飛ばないので不利(ラから下は5割くらいはある)
喉が疲れ安い 
乾燥するからガラガラ声になりやすい
練習した上で最終的に今までの歌い方をするのは問題ない
身体を使って息を使って声を出して響かせていない
→息の力と声の力を結びつける
最初は声と息が一緒になってる間隔がとても大切
自分の練習後やライブ後に喉が痛くなったりガラガラするなら、喉に負担がかかってる
高い所で大きく声を出し過ぎているのでやめる
試行錯誤していくしかない
中音部と高音部の発声は分けて考える
徐々に移行していく
基準を自分でつけていく
自分のマップを作る
自分で悪い良いを探して自分で研究する
共声、胸のポジションで歌うこと
将来使うかは別として使えるように練習する
声域も声量も音質もあるものは使えるようにする
使うかどうかはまた決めればよい
低音部分なら色々変えれるから共鳴、音質が分かり安い
役者の声やしゃべる声に近いイメージで
Time To Say Goodbye の部分を言葉を簡単にして声を出す
アイムトゥー・ラーラー
歌と考えずに発声として声を出す
高い所は歌わないといけなくなるので中低音で、歌わないで声が出ていくようにする
ラララ、ガガガにするなど
これを高い所でそのまま歌うと喉を痛める(AI)

ヴォイトレの対象 V152

ヴォイトレの対象はこれまでも述べてきています。簡単にまとめますと、音色がメイン、声域(基本周波数)、声量(音圧)、発音(ファルセットに調音)はサブ、ましてメリハリ、間といった、せりふの要素や音程、リズムなど、歌の要素は、私からみるとかなりの応用です。
 よくプロデューサー(小室哲哉さんなど)が、「ヴォーカルは声が絶対、それだけで選ぶ」などと言っていますが、それは音色であっても、音楽的な感性をからめた歌唱時の声の共鳴の具合と働きで、声そのものであってもそうでないのです。
 でも、ヴォイトレで、この音楽的な声にすることさえ、ほとんどやっているところはありません。音程、スケール、リズムの練習をしてカラオケの得点を上げるような結果を求めているからです。
 トレーナーも生徒さんもそれを求めるのだから、当然、そうなっていきます。私のように、それを全く想定しないトレーナーの方が稀有の存在なのです。(カラオケの点数については、別述)声そのものか、歌唱の声かも異なりますが、どちらも(あるいは、どちらかが)大切なのに、あなたのヴォイトレの対象になっていないのではありませんか。

2013年12月15日 (日)

人の声は案外と聞いていない

人の声を聞く力は、かなりの差があると私は思っています。総じて、おしゃべり好きな女性の方が上手です。共感で築く人間関係を幼いころから意識してきたからかもしれません。男性がそういう女性を求めることもあるでしょう。となると、婚活難時代、女性に縁のない男性は、そういう女性の要求に対応できていない人が多いのではありませんか。
 まずは、ゆっくりとリラックスして、相手の声をじっくり聞いてみましょう。ことばでなく、話でなく、声を聞いて気持ちを読み取りましょう。

声への成果 V151

責任がどちらにあるのかが、サービス業との違いだと思っています。なかには、金を出すから早く身につけたいとか、殿様気分でいらっしゃる人もいるのですが、そういう人は私のところにはきません。しゃれた街なかにある豪華な建物や、大きいビルの、美人受付嬢が3人くらいいるところに行くでしょう。(これは私の、日本にある英会話の学校などのイメージで、どこかのスクールなどを揶揄しているわけではないので、念のため。そこまでヴォイトレは、ゴージャスなところはないような気もしますが…ありますか。あったら是非、ご招待ください)
 つまり、ヴォイトレは声のトレーニングですから、トレーニングすると声に成果が出るものです。その結果、副次的に、声量、声域、共鳴、発音、表現、歌、せりふなどに完成度が得られるのです。もし、これらが目的なら、声量トレとか高音トレとかした方がよいでしょう。でも、目的としては、声そのものより、その使い方、機能、あるいは、声からはるかに離れた表現らしいテクニックなどになってしまうわけです。何に成果を求めるのかをはっきりとさせていくことが大切です。

2013年12月14日 (土)

声レッスンの感想

お腹上部の力を抜くためには?
上部の力を抜く、というより
下部を意識する
ファルセットで出してみて、
声の響く箇所を意識し、
その箇所に響くよう、地声も出るようにする
お腹下部を意識することで
上部の力が抜けてきた
目から鱗でした!(OM)

ミラノ・スカラ座の声を聴いて(2)

3.声の深さですが、デヴィーアは声の高いコロラトゥーラとして有名になったかたですがそんなデヴィーアを聴いてもやはり深いと感じましたし、今回観劇したリゴレットのジルダというソプラノの役は日本人が公演すると割りと声が軽めの人が歌う役ですが今回聞いたジルダはとてもしっかりとした声で全ての音を高く上げ、しかもしっかりと支えられたふくよかな声で聴かせてくれました。叫んだり金きり声になりやすいこの役をあれだけ立派な声で聴かせてくれるのですからスカラ座の凄さがこのソプラノだけで分かった程です。
4.声種ごとの声の特徴ですが、最近日本人のカンパニーを聴いたり教育現場で感じることですは、声を軽く出させる傾向がかなり強いように感じます。声種が違うしキャラクターも違うのに似たような声が聞こえてくることが多いと感じます。
今回、聞いたイタリア人達は皆それぞれにそ声種らしいそのキャラクターにあった声を聞かせてくれるので、違和感なくその役を聞くことができました。特にバリトンとバスの違いが明確に聞けたのは大きな経験になりました。(♭Σ)

ぶれない V150

トレーナーとしては、よくも悪くもスタンスがぶれない人を、私は一緒にやっていくための条件にしています。あとは、そのトレーナーに合う人、いや、生徒さんは、ここの場合、千差万別どころか、ヴォイストレーニングの枠を超えていらっしゃる人もけっこういるので、多種多様なバリエーションがある方がよいわけです。
 邦楽出身のトレーナーなどは、他のヴォイストレーニングのスクールなどではいないでしょう。しかし、役者、声優(今ではアナウンサーも)必修の「外郎売り」などの口上なら、古典芸能の方が専門で本職なのです。
 基礎の基礎や本物のレッスンを、となると、私などが口上の指導をするのは本当にビギナー向けで、企業研修くらいならよいのですが、お門違いです。
 入門から本物に触れていく方がよいに決まっています。ということで、外部スタッフも充実させているわけです。しかし、どんなにトレーナーを整えても、本当の問題は、やはり学ぶ人の方に、大半はあるのです。

2013年12月13日 (金)

歌レッスンの感想

1.「虹の彼方へ」最後の「アイ」を「アーイ」あるいは「アイー」と伸ばす時に、散らばらないように集めることを意識。Somewhere over the rainbowのあとのway up high も同様に散らさないで。まとめるのは例えば顔の鼻の所など、ハミングで集める所、縦にまとまる一本の線を考えていく。それをもとに歌を考えていく。
2.「待ちましょう」フランス語の歌詞を一部分入れる場合、どのレベルで考えるか。ローマ字読みに近いイタリア語と違い、フランス語は鼻母音などがあり、難易度が高い。日本人のお客さんの前でフランス語の雰囲気を伝えるレベルなら、とりあえず耳コピーでやる。基本的に日本人のお客さんは日本語で歌を聴きたいというのがある。それを聞いて、なるほどと思いました。私には、意味のわかる日本語で聴きたいという気持ちと、原語のリズム感覚を聴きたいという気持ちとがあります。けれど、それは私がこの歌をすでに知っているから、なのでしょう。日本語訳の語感で伸ばしたくないと思えば、アドバイスしてくださったように、伸ばさず切ってしまえば良い、そう考えたら、曲を仕上げるにはまず日本語で歌い、次に原語で歌い、その感覚を再び日本語に還元というやり方がよいかもしれません。こういう歌は私に合っている。
3.レッスンは伴奏なしで歌うので、自分の声と言葉で世界を作っていかなくては。狂言の舞台に通ずる気がします。今日も拙い歌を受け取って下さってありがとうございました。(KR)

批判・反論しても V149

 同じことを述べるだけでは、ずっと読んでくださっている方、読み返してくださっている方にも失礼なので、もう少し踏み込みましょう。
 私は、現場での、現実対応を強いられてきた、ゆえに続けてこれたトレーナーですから、理想論とか、基礎のための基礎などについても、きれいごとは言いません。
 歌い手や声優にも、声より大切なものが出れば、声を捨ててでもよしと伝えます。声や歌のよさだけで、判断することばかりではありません。むしろ、安直に「どの声がよい」とか、理想や見本、「正しいのはこれだ」と決めたり、押し付けたりすることに用心しています。
 私は、私以外のトレーナーや外部のトレーナーのやり方を批判しているのでなく、むしろ、そのよいところも悪いところも含めて、研究所のなかで実践しようとしています。まずは、取り入れることがもっとも大切なことだということをわかってください。
 トレーナーだけをみて、判断について、いくつかの例を単独であげて、その正当性、正確さ、適正さ、など論じるのは、ばかげたことなのです。10人に7人くらいに7割くらいは当てはまるというのが一般論ですから、0.7×0.7=0.49、50%くらいでよしとしたものを、正当化しようとしているのは論じるだけ、皆で、さらに薄めているのに過ぎません。
 もちろん、このパーセントもいい加減です。49%とか10%高めるとかというのは、そもそも論じることができる対象ではないのです。方法、メニュ、判断についても、ある条件下によってしか、突き詰めることはできません。なのに、その条件は記述しきれないのです。ですから、どんな理論にも反論はできてしまうのです。

管理術に堕したヴォイトレ [論4-20]

今やヴォイトレは声の管理術に堕してしまったのです。ただ、リスクを避けるために調整するだけ、音響技術のおかげで調整だけで歌らしく整えることができるようになったからです。ところが、アイドルなどでは、そうしたレコーディングテクニックも対応できず普通の声さえ出ないから、声を出せるヴォイトレという、さらにレベルの低いことが生じてきたのです。私もここのところ、医師のレベル対応しているケースが多いわけです。(医師につれていくこともあります。)

2013年12月12日 (木)

声レッスンの感想

1.ウォーミングアップ
・リップロール
・巻き舌
・歯を震動させる zu-zu-zu-
声帯がよく合わさって程よい充血になり整う
2.腹式呼吸
吐く時にお腹を凹ませるバージョンと
膨らませるバージョンで
・su-su- ア-ア-
・巻き舌でル 一定の圧力・音量で
・巻き舌でル→ラ
3.一瞬で深いブレスを取るには
口、顎、舌の筋肉、喉、胸(気管支)を完全に脱力させる
胸から喉が1本の筒、息の通り道になり、妨げのない状態
仰向けに横たわる
吸い込もうとしなくても緩めればスポーンと息が入る
吸い込もうとすると胸の高い位置で吸い込んでしまう人が多い
4.ア行交錯表を一気に言った後、一瞬で緩める
su-×5 の後、一瞬で緩める
su-×三三七拍子の後、一瞬で緩める
深いブレスを取るための緩めるイメージと、日常できる呼吸練習法がわかりやすかったです。(TN)

何を話すのか

話のタネ、話題もTVや新聞で集める必要はありません。相手の中にあるのです。それを声で聞いて、取り出してあげるのです。すべての話は、占い師、カウンセラーのつもりで臨みましょう。決して理屈で、説得上手な牧師であってはならないのです。話し上手とは、胡散臭いことばですね。「あの人は話だけだから」「あの人は話がうまいから」は、決してほめことばではありません。

原則ルール V148

 声に取り組んでいる多くの様々な人たちに共通して言うべきことがいくつかあります。するとほぼ、全ての人が悩みから救われるとは言わないまでも、うまくいかないのは、その人の考え方の掛け違えのせいだとわかるように思うのです。その原則とルールを述べます。
1、 基礎と応用は違う。よってトレーニングと本番も違う。(レッスンの位置づけは、それぞれなのですが、以前詳細に述べました)プロデューサーや演出家の、よしがだめ、だめがよしということもありうる。それに対して、本質的なトレーニングということはブレもせず判断と矛盾しません。正直、気になる方が自然なのですが、切り離してトレーニングに専念することです。スポーツなら、体力づくりやフォーム改良と試合を同時に同じようにやる人はいないはずです。オンとオフで、目的も含め、やることや判断は異なります。次のa、bを分けておくことです。
a、トータル、総合、無意識、調整、リラックス
b、パーツ、部分、意識的、強化、無理、不自然

 レッスンも本質的、基礎の基礎、本格的になるほどに、感覚や体の内部的なところからの掘り下げになります。無理―自然、非日常―日常。

2013年12月11日 (水)

歌レッスンの感想

かつてのように大勢の人から期待されるわけではなく、知った顔ばかりの小規模でのライブを何年も繰り返していますと、デザイアと呼べる衝動がなくなってくるものです。
このなかで、気分的に浮いたり沈んだりしながらも、野性のモチベーションを保つことが最大の課題です。
ただ、不思議なもので、それでも声を出すことを続けていると、声の方から次のステージを夢想させてくれるようなことがあります。
もうだめかもしれない、と思いながらも、続けていれば成長する点もありますし、これからの日々の緩い大きな曲線のなかで、ゆったりとした道も見えてくるものです。
そのような意味では、基礎発声をいっしょにやっていただけることは初心に戻れる良い機会ですし、低音と高音の引っ張りがあからさまに時間差となって出てくる以上、再びの筋トレというテーマも見えてきます。
より良いライブをやる。
モチベーションをいつも生々しく。
本当のことを言うと、目的はそこにつきます。
それに従って細かいことがいろいろと出てくるのでしょうが、心がまず大事。
やはり、語りと歌唱の融合を自分のものにして、それを一流と言われるレベルまで上げていきたいです。それだけです。(SK)

「みずいろの雨」八神純子さん A023

 先日の“Songs”で中島みゆきさんの陰に八神純子さんがいたと。つまり、グランプリが獲れなかったというので、ポプコンの話にいつかつなげようと思います。八神さんは、「たそがれマイラブ」「シルエットロマンス」の大橋純子さんとセットで私には入っているのですが、いつも出てこないのです。この歌唱力の存分に発揮された曲は、とても難しく、扱いきれなかったことも原因かもしれません。ミルバの「愛はるかに」ではありませんが、世の中にはあまりにパーフェクトすぎて、よい歌なのに、カバーが出ない、歌えない、歌いたくない、もうその歌手でその歌唱があれば充分というものがあります。(これは、戸川純さんとか椎名林檎さんなどのとは別の意味でです)
 余談ですが、日本のトリビュートやオマージュ、特にこのところのは、「好きだから選曲した」「売れるから選曲した」の間で迷っているくらいで、本当に大切な「私が歌えばこの曲はこれほど魅力になる」「私の才能を開花させる材料としての選曲」があまりにもありません。カバーヒットブームの先駆けとなった徳永英明さんはよいとしても、そのあとに続く人のは、あまりに芸のなさを出してがっかりするのもたびたびです。

相手を知り、我を知る V147

私はこの30年、同じことを述べてきました。なのに、手を変え品を変え、今だに同じことを述べています。時代や相手が変わったからとはいえ、このロスを何とかなくしたいために収録して、いつでも読めるようにしているのです。
 真実を知るのでなく、真実をみる眼を養うために古典、歴史から学べと言っています。30年も続けていると、この分野では、私も古典の一端に近づきつつあるでしょう。25年近く前に出した本を改め続けていると、少なくとも初めに出された本よりは、歴史的に磨かれてくるでしょう。
 情報に振り回されて、いろんな人に振り回されているうちに、本質を見抜く眼が育つならよいのですが、私の経験では、それには、量や時間が必要です。さらにそれだけでは無理なのです。すべてにおいて、量から入って質を得ていく人もいます。たとえば、子供のころの遊びや学習などでは、量でよいのです。しかし、大人になると、その量がとれないから、効率を考えます。ところが多くの場合、理論や知識に振り回されてしまうのです。1回で100気づく人も100回で1も気づかない人もいます。学ぶには、まず学び方を知る。そのために学ぶ。敵(目的、対象)を知り、我を知ることなのです。

2013年12月10日 (火)

声レッスンの感想

1.メーエーエーの発声練習(ソーミードー)
2.アのスタッカート発声練習(ソファミレドレミファソファミレド)
3.アエアエアの発声練習(ソラソラソ)
4.ラリラリラの発声練習(ソラソラソ)
5.朗読「リンゴの唄」 普段の会話と同じ発声で、響きは下に。
声帯をピッタリくっつけた状態。
腹は息を吐きつつさらに膨らんでゆくように。 特に出だしで息を吸ったときに口腔を大きく膨らましておき、さらに広がってゆくように。(特に縦の広がりが大切)
但し、トーンは高めに。(YD)

アグレッシブ V146

 いいところよりは悪いところをみてしまう。これは日本人のペシミスティック(悲観的)好きに通じるものなのか、ネット社会で表面的に多くのことを知るためなのでしょうか。でもその結果、増加するのは不安、不満だけではないでしょうか。それは、今の世界的な傾向かどうかはわかりません。ただ、現実にデモなどをみると、トルコ、エジプトでも、サッカーより教育費と言うようになったブラジルも、アグレッシブです。私も「日本人よ、欧米人やアジアの他の国の人々に学べ」と言うごとに、何かと冷やかな視線を感じますが…。
 創造というのは、主体的なものです。声についても学び方よりもスタンスを間違えないでほしいということです。
 志して「より高く」「より強く」を掲げましょう。「より正しく」「より安全に」とか「よりよく」「よりうまく」「より美しく」「よりきれいに」よりは、「よりおもしろく」「よりすごく」にしましょう。「当たり前」でよいと思いますか。
 つまりは、過去に認めたものからみるか、何年か先の世界からみるかです。
 今のものなら、未来志向にすること。今のあなたではできないからこそ、将来のあなたをきちんとヴィジョンとして描き、そのギャップを埋めるべくトレーニングするのです。そのためには「学」でなく「論」を基にすべきです。つまり、例えて言うと、目指すべきは地球学でなく、宇宙論なのです。
[完]

ヴォイトレの2つの役割 [論4-19]

ヴォイトレの役割には、フォローとしてステージを安定させ、長く活動するために選ぶべき技術、スキルというのもがあります。しかし、それは第一に表現力があってこそのものです。つまり、歌う歌があってこそ、歌い方が問えるみたいな関係です。これが逆転した人を、声楽家については私は何も言いませんが、ポピュラーや役者であればヴォイトレに関心を持つ人や、ヴォイストレーナーにも多いので困っています。こういう人は、理論や発声から他人の歌や教え方を否定することを、専ら意欲をもって行っています。それゆえ、そういう人のためにも、私は述べています。

2013年12月 9日 (月)

浅田真央選手 お知らせ

浅田真央選手が、今季のグランプリシリーズ2勝目を飾りました。
来年2月のロシア・ソチオリンピックの代表入りまで、いよいよといったところです。

レッスン効果

曲で、言葉をレガート気味に歌う事で聞き手に歌詞が伝わり易くなった。
鼻声になりがちなのを、鼻をつまんで歌い声を後ろへ持っていくことで歌詞が更に明瞭に聞こえた。(MS)

喉の下から斜め下に「あー」と出す時に、低音は喉を広げるほうに力を入れる、というのを知り、なるほど!と思いました。
これまで低音でも喉が閉まっていることもありましたし、何よりこれまでは、喉を広げる時はなるべく力を入れずに広げようと思っていましたので、驚きました。
リラックスして大きく出せればよいですが、喉を広げるからといって、必ずしも力まで入れない、と言うわけではない事が分かり、スッキリしました。
おでこから斜め上に出すレッスンでも、額から唇までの縦中央が掃除機で吸われる感覚が感じられ、この時声も出しやすかったです。面白い(興味深い)と思いました。
喉にたんがからんでいる感じがする件ですが、ここのところ日常のこと過ぎて気にも留めなくなっていたのですが、改めて気をつけて喉を観察?感じてみると、毎日ずーっとたんがからんでいます(笑)
鼻水が落ちてきている気もしますし、そういえばニュースを4分間ほど読む際に、たんがからんで読み続けづらいことも最近あるなぁと思い出しました。耳鼻科に行ってみるなど含め、気をつけてみます。(OY)

歌レッスンの感想

今まで舌根を下げることにばかり意識がいってしまい、口や舌に力が入っていたこと、息が浅くなることもしくは深くなると弱くなってしまうこと。
無駄な力を抜くこと、必要な力だけを力まず使うこと、正しい発声に『体』を慣らすこと、その為に必要な筋肉をつけること。
今はまだ、これだ、というものはありません。
教えていただいたことをこなすだけで精一杯です。
本当に効果を感じだすのは、遠く先だと思います。(MH)

学でなく論 V145

私が一貫してヴォイトレ論でしているのは、学問としては、今だ成立しえないものだからです。しかし、常にその方向へアプローチしているつもりです。その上で、「成立しえない」のだから、それに振り回されないようにアドバイスしています。
 一方で、声楽もまた、声学とはなりえていないのです。発声に関連した学会はあるのですが、果たして学問のレベルで行われているのかは疑問です。
 データとして出すところまでは出ても、少数のサンプルで、データの統計も人数表だけです。データの間で推察したり、再現性のある実験(同じ条件での再検証を第三者が行うようなこと)で科学的なものとして、客観性を得ていないのです。
 とはいえ、同一条件で行うとなると、医学的なものを別にすると、歌やせりふでは、そのデータに囚われてしまいかねないので、本質的に「学」とはそぐわないものかもしれません。わかりやすく言うと、「科学や学問や知識、部分や中途半端な基礎や順番などにこだわると、限界や可能性のなさばかりに囚われる」ので気をつけなさいということです

2013年12月 8日 (日)

サッカーW杯ブラジル大会 お知らせ

サッカーW杯ブラジル大会の1次リーグ組み合わせ抽選会の際に、
南アフリカのマンデラ元大統領に対し、黙とうが行われました。
日本はコロンビア、ギリシャ、コートジボワールのグループCとなりましたが、今回もまた盛り上がりそうです。

話し上手よりうなづき上手

 話し上手より、話し下手、うなづき上手がもてる理由もわかるでしょう。こういう人は、相手の気持ちが出てくるのを待てるのです。つまり、ビジネス的な声が、その人自身の声に変わる、スーツを脱いで、カジュアルな服でリラックスできるのを、手伝ってあげられるのです。
 自分のしぜんな状態、くつろいだ話やふだんの声でこそ、本音が出せるのです。お酒もそのための潤滑油ですが、声があれば、アルコールはいりません。

一流は両立する  V144

 たとえば、サッカーを試合だけでなく、ドリブル、シュート、パスと部分的に分けて、丁寧に習得していく。筋トレやプレーに使う動きを身につける。一方で、練習試合で1on1、3on3、5on5、11on11と、実践、応用面をつける。これが基礎=応用です。今では、ジュニアでもやっているでしょう。
 そのなかに部分―全体も含まれるのですが、一流のプレイヤー同士は、お互い、このような条件を持っているのですから、攻めも守りも互角になっていくわけです。しかし、スーパースターは、そこで確実に得点をゲットする、つまり、人間離れしたプレーが出るのです。それは先見力、発想、集中力、身体能力、全ての能力の複合化された結果ですが、瞬時かつ同時、部分にして全体、基礎にして応用なのです。
 少しわかりやすく言うと、形としては、ファインプレーは危険なとんでもない体勢で行われますが、本人の技術や基礎能力、たとえば、体幹などがきちんと支えていることで可能にするわけです。たとえば、オーバーヘッドシュートなど打つと、普通は怒られるでしょう。しかし、一流は、普通のシュートのように打って入れてしまうのです。

2013年12月 7日 (土)

声レッスンの感想

腹式呼吸の習得。下半身を安定させて息を吸うときに肩、顔が動かないようにすること。声を集めるイメージ。喉のポジションが変わらないようにする。
口を大きくタテに開け、喉を開いて共鳴スペースを作ること。のばす母音は一つ。声の線が前方に伸びていくイメージで。もっと身体を使う。上半身は力まずに。
腹式呼吸の習得。日常でも姿勢を意識する。
大きな玉を転がすような、アタマの後ろに響かせるようなイメージ。
アの発声時特に気を付けて子供のような歌唱にならないように。息はお腹でコントロールして音を繋げて歌うようにする。高音を妨げないように喉で頑張らないように、力まないこと。(SO)

ミラノ・スカラ座の声を聴いて(1)

ベルカントの女王と呼ばれるマリエッラ・デヴィーア、イタリアオペラの至宝と呼ばれるレオ・ヌッチの声またオペラの殿堂と呼ばれるミラノ・スカラ座の公演を聞いて感じたことをいくつか書こうと思います。
1.絶対的レガート
2.ブレスの表現
3.声の深さ
4.声種ごとの声の特徴
1の絶対的レガートというのは一番印象にのこったことでした。音が切れないのです。音の高低、細かい音のパッセージ含めどんなフレーズでも音がつながって聞こえてきます。「レガートで歌う」と言うことは声楽のレッスンを受ければいくらでも言われていることですが、新国立劇場でも日本のオペラカンパニーでもここまでのレガートを聞いたのは初めての経験でした。
2.ブレスの表現ですが、ブレスが客席まで聞こえてくるのです。しかも表現として。ブレスを聴くと次にどんな声が出てきてどんな表現をするのか分かるくらい素敵なブレスを皆さんしていました。(♭Σ)[続]

「同時に」ということ V143

 基礎―応用、部分―全体、それにもう一つ加えるなら、同時に、ということです。
 私は初めて本を書いたあとに、こんなふうになるのかとため息をつきました。当時の私のレッスンは総合的なものでした。声を出すのをみると、普通のトレーナーなら次々にメニュをくり出すのでしょうが、私は飽きるほど程度にくり返します。ひたすら本人の自覚を促し、感覚とその修正能力をチェックします。2回目、3回目も、本人のメニュは進まず、本人がシンプルなメニュにどう取り組んでいけるのか、そこでいろんな声や声の当たり方(共鳴)、変化(声量、声域など)を実感していくことを黙ってみています。
 つまり、現状のより厳しい精密な把握と本質(中心)へのアプローチ、その共有化がレッスンでの中心です。
 あとは、レッスンの時間でなく、トレーニングの期間として、心身の状態が条件的に高まっていくのを待つしかありません。つまり、基準と材料を与えて、本人にシェークさせていたわけです。
 始めから1,2,3,4と順番に与えていくことがよいものと、一遍にやらなくてはいけないものは明瞭に区別すべきなのです。私は、同時、瞬時、全体的に与えるべきだと思っています。ですから混沌として何かが起こりえるかもしれない“場”の設定にこだわるのです。

2013年12月 6日 (金)

歌レッスンの感想

1.オオオオオ、後ろ向きに平均台の上を歩くようにぐらぐらしないようしながら発声すると息が安定。お腹や体の支えをしっかりさせない といけない。
2.息をたっぷり吸う、肩甲骨の間が膨らむようように意識。リラックスしてたっぷり吸えば響く声が高音域でも出せた。
3.ケケケケケと顔の皮を剥ぐような感じで響くのどの部分、そこを高く(あくびの状態)をつねに意識すること!!(AO)

部分と全体 V142

基礎、応用で述べたかったのは、部分と全体との関係です。いくら喉だけみても、あるいは、直したところで、トータルとしてよくならないということです。医者が声帯を手術して、完璧に治したとしても、そのようになった原因は、発声のしかた、さらにその人を取り巻く環境や習慣があるのですから、それを変えなくては、また同じことをくり返す率が高いのです。
 そこで、私のところなどを紹介していただくため、さらにそういう人の問題のありようや解決策の事例が、研究所に溜まっていくということですが…。医学ももうホロニック医学と言われるように、ホロン=全体は、常に視野に入れておかなくてはなりません。大局あっての各論です。
 しかし、トレーナーや生徒さんは、各論を好みます。日本人は頭がいいというか、知識があるから対症的な技を好むのですね。注射や薬が、プラシーボ効果(擬薬)でも、もらうと嬉しいし、効く。効くのはメンタルに、ですが、私は何でも効けばいいと思っています。ただ、それにお金や時間を使うの?とは思いますが。(参考、論点の「あえて“反科学”の勧め」)

パワーの必要性 [論4-18]

 「正しいヴォイトレのしかた」というものに基づいて、表現力よりも、喉にかからないだけの声や、コントロールしやすいだけの声の方を取るようになれば、ポピュラー歌手としては終わりではありませんか。現実には、そのようになっています。これでは歌のパワーが宿るわけはありません。お客さんが読み込んで、ようやく成立している歌が、どれだけ多いでしょうか。このパワーは、力だけでなく、説得力、伝達力、表現力、アートとしての力も含みます。

2013年12月 5日 (木)

声レッスンの感想

1.腹圧でクッションをつぶす、それを通して、発声時にはそれなりに腹圧を維持する必要がある、と知った。いわゆる支えの無い声、に陥らないようにするために。
2.上記した内容ばかりに集中していると、低く鳴らした声質に変えがちだが、その必要は全く無い。してはいけない。
3.上半身と下半身の境を、腰の辺りで分けるのではなく、肋骨の辺りから上を上半身、お腹周り(腹圧使う辺り)から下を下半身とする。
身体全体に余分なチカラが入るのを避け、特に上半身が力むのを避けるため。腹圧かけている辺り以外は脱力。

自分はクッションをつぶすときに右半身だとはさみやすかった。
私自身が背中だったり腰の怪我に何年も付き合っているからかもしれないが。使う筋肉が右側に偏っているから、らしい。(BB)

イメージをはっきりさせる

●同調の声のトレーニング(相手のトーン、スピードに合わせます。
 ・うなづく 「はあー」「へえー」
 ・喜び、うれしさを込める
 ・ネガティブ、暗い声、こもった声
●声を切り替えるトレーニング(救い出し)
 ・気持ちからイメージ、そして、エピソード

一人での限界 V141

プロ歌手のレクチャーなどは、「同じような実演の場をもつ人にはアドバイスとして意味があるけど、他の人には」などということが多いのです。そもそも、声や歌の技術に必ずしも支えられていないところに無理があります。
 一方でトレーナーやこういう方法論を云々する人も、ただの自慰行為で終わっていることが多いのではないでしょうか。現場の現実とレッスンの場が結びついて、トレーナーとプロ歌手が結びついてこそ、マックスの効果が上がるものでしょう。
 そして、プロ歌手は歌うことに、トレーナーは教えることに専念すればよいのです。しかし、本業が自分の才能を満たせなくなると、どこでも転移が起きます。それもOKです。いろんな人が参入することで、何事も豊かにもなっていくのですから。
 ただ、本人が何を元としているか、そこで欠けているもの、補うべきものは何か、それはどうすればよいか、誰に学べば最良になるのか、こういうことについてはトレーナーもヴォーカリストや役者と同じように、もっと考える必要があるのです。

2013年12月 4日 (水)

歌レッスンの感想

1.アゴを引く理由。アゴを上げると、胸部がつっぱり、響かなくなるから。
2.イスに座って、腹に圧を感じるようにして歌う。腹圧を感じながら立ち上がる。多少うつむいたような見た目になる。
このとき、上半身を力ませないようにする。
3.レッスン当日ライブだったのだが、緊張して声がよく出ない、と伝えたところ、ライブに向かう姿勢・考え方を違う角度から見た意見をいただいた。
世の中には自分よりテクニックのある人間なんて何万人もいる。大事なのは、上手さじゃなく感情表現の方だ、と。
聴いていて感動するのは、歌手にテクニックがあるから、だけではない。向かう気持ちは作れて、必要以上に緊張することなく本番に望めました。(BB)

「時代」中島みゆきさん A022

 何かにつけ、ユーミンと並べられるようになった頃、ユーミンは苗場、中島みゆきさんは「夜会」で固定ファンを固め、今も確か二人ともやっている?歌謡曲やTVなどの世界と別に独自路線を引いていました。ときどき使ったのがこの「時代」でした。
よくポプコン当時の中島みゆきさんが歌ったなと思えるほど大きな曲です。ちなみにこの2人の発声や歌唱としては、私が言うまでもなく、当時では異色であった2人は、それゆえ、女性シンガーソングライターという世界を確立していったのです。それとともに世の中に歌い方や声そのものの概念も変えていったように思うのです。(カラオケの出始めたころはあまりうまくない子の選曲に入りました)
そういうピークを過ぎた後のカリスマ的な声というのは、私にもまだ理解できません。「超音波がでる」とかいう分析もありましたが、たけしさんの歌にもあるのですから。
確かに時代は回るのです。でも変わらないものも変わるものもある。あれから4半世紀、日本は変わりました。私たちは変わったのでしょうか。変われなかったのでしょうか。
こんなものを書いている毎日は、さして変わっていませんが、まわりは大きく変わっていきました。
ときに写真をみると、明治時代や戦前に撮られた、全く私と関係のないような写真さえ、その家族やその時の心境が推し量られ、感慨深いものがあります。黒沢明監督の65歳のときの作品「デルマ・ウザーラ」を25年ぶりにみました。昔、何とも思わなかったのが、今の私はデルマの写真が懐かしい友のように感じられるのです。

プロゆえの欠点 V140

 「プロはプロゆえにみえなくなる」と言うのは近代医療をみればよくわかります。「医者に殺されない本」がベストセラー、それも医者が書いているから、ふざけた話でもあります。医療において不正な行為や利権などよりも、命を救おうと考えるために起きている構造的な矛盾を、私たちは知らなくてはなりません。
 がんの告知から500日、41才の若さで急逝した、金子哲雄さんの本に、奥さんの後書きがありました。自宅で危篤状態で119をまわして、救急車を呼ぶと、延命処置されて生かされてしまうから、本人の望み通り、医者を呼んだとありました。終末というもっとも大切な問題を、ほとんどの人の死と直結する医師、医療は解決していないどころか邪魔をしているケースもあるのです。そこで、自然と長期にという東洋医学や漢方なども見直されているのです。
 ヴォイトレも、応用のための基礎なのに、全く応用をみないでどうするのでしょうか、というケースもあります。プロ歌手になりたければ、声をよくする、歌をうまくするのでなく、プロ歌手になろうとすることで動かなくてはいけないのです。

2013年12月 3日 (火)

声レッスンの感想

息を吸うことと声を出すことが
パッツリと別れてしまっている
息を吸うことも表現のひとつと考えて。
息を吸う、声を出す、が脈々と続いて行くように。
円を描くように。
舌根が固まってきたら、
「オエッ」の感じを思い出して
舌根の力を抜く
息も筋肉も固めない。柔らかく。
「あーえーいーおーうー」
「あ」は感嘆詞の「あ」
驚いたように。下から上へヒューンと
伸びる感じ
呼吸を制する者は全てを制す
ミントを食べて涼しいトコロ=軟口蓋
を意識して。
声を出す時、スコーンと上に空間が
伸びたように感じた。
気持ちよかった。
声を後ろに響かせる感覚がわかって来た。(OM)

表現=基礎の普遍性 V139

私はいろんな分野で、初めてヴォイトレを行い、成立させようともしてきました。
 たとえ、どんなに分野が違っていても全ての人の心を打つほどのものとなれば、分野を超えて、同じものだという表現(応用の応用)、そして他方では、芸や人によって個性や個人差はあるとしても、もう一つ掘り下げたら、人間としてのベースは同じものだという基本(基礎の基礎)これを本質として、捉えているからです。
 とはいえ、何回も失敗もし、誤りも、謝りもしてきました。そこまでの仕事をしたトレーナーもいないでしょう。名医というのは、100パーセント成功という人ではありません。他の医者があきらめ、手をつけない患者を治そうとするから、成功のパーセントは自ずと低くなります。その勇気と大きな痛手が、その人を学ばせ、さらに高めていくのです。
 ですから、私はトレーナーには「奢らずに、しかし、細心に、他の人からのアドバイスも受けて独善にならずにやりなさい」と言うのです。

2013年12月 2日 (月)

大掃除 お知らせ

今年も年末の大掃除を開始しました。

レッスン効果

目的は先生の歌唱法を学ぶこと。
歌うときの意識の向け方や準備の大切さに気づきました。(KK)

ファルセットの応用で、高音域がかなり楽に出せるようになりました。同時に口腔を広く取ることもできました。
息の流れと響きの位置を高めてゆくための腹の使い方がわかってきました。(YD)

初めてレッスンの録音を聞きました。自分の声の出し方の欠点が良く分かり、正直とても恥ずかしかったのですが、トレーナーの指導で口の開け方とブレスがバランス良くできているときは、良い方向に向かっていることも感じ取れました。また音階練習では、どの音も飛び出すことなくすべての音が自然につながるように発声するというイメージが少しはっきりしてきたので、自主練習に活かしたいと思います。(SW)

歌レッスンの感想

背伸び呼吸
発声
スタッカート同音
イエアオウ
"Sento nel core"
エ母音はつぶれた音になってしまい、とても難しかったです。
口先ではなく、口の奥、軟口蓋の辺りで発音するイメージはとても分かりやすく、声も出しやすいことを実感しました。
顎や舌に力が入ってしまうので、なんとか抜けるように身に付けたいと思います。(TO)

応用の目的ありき V138

 私が応用、つまり、目的を念頭においているのは、結果がでなければ失敗、それをきちんと踏まえてフィードバックして、常によりよく、プログラムを改善していこうとしてきたからです。試合のないフィールドでいくら練習しても、自己満足だけになりかねないからです。と言うまでもなく、もともと最初から過大なる結果が問われるところでの、ヴォイトレばかりしてきたからです。つまり、あらゆるところに生の現場がありました。ヴォーカルスクールなら、それは発表会ですが、私の相手は一度きりの大舞台、あるいは、連日の公演などへの対応です。
 そこで全て成功などということは言いません。ありえません。ステージでは一度もミスはなく、完璧だったという人もいるかもしれませんが、私の立場上、そんな仕事は、さほどありません。プロでくるのは、よほど調子を崩した人以外は、完璧主義者でまわりがOKでも自分が許さないという厳しい基準を持った人です。
 ですから、この応用で厳しく、基礎で声を厳しくみているヴォイトレというのは、他にはあまりないと自負しているのです。
私からみると、誰もに通じて誰もがよくなるヴォイトレなどというのは、トレーナーやトレーナーでなくとも、誰でもできるレベルのことで言っているとしか思えません。医者もお手上げのケースでも、何とかしなくてはいけない、でもうまくできない。そういう難しいケースに直面したことのない人にしか言えないことではないでしょうか。

2013年12月 1日 (日)

会報12月号 お知らせ

今回のカバー色は、「さくら色」です。

日々のお知らせのまとめを掲載しました。

アイスブレークから

 たとえば、本当は空いては
 ・ただ時間をつぶしたい
 と思っているのかもしれません。
 ・あなたのことを知りたい
 ・親しくなりたい
 ・情報を得たい
 と思っているのかもしれません。その目的によって、声も話も違ってきます。

 

 他人行儀で始まるのは、初対面では当たり前です。でもそこから、初回でも、何回かあとでも、声が働きかけあう、つまり気持ちの通じ合う関係になれるのかどうかが、大切なことです。
 ビジネスで飲食をともにして、ともに時間を過ごす、ゴルフや旅に連れ添うのも、心のアイスブレークなのです。それはまずは、最初の挨拶、社交辞令的なことばのやりとりでのことばでなく、声で決まります。声でこそ、気持ちでの触れ合いが伝わるのです。

スクールでの限界 V137

ヴォーカルスクールやカラオケ教室は、私からみると、普通に歌える人がすこしうまくなるところです。本人がとてもうまくなりたいと思っても、根本的にはさして変わらず、短期で少しうまくなって終わるところなのです。
 それはうまいということが、聞く人に価値を与えることと異なることさえ把握しないままに、へたでなくしているだけだからです。(限界にぶちあてるということを避けているのです)
 表現というものの、大半のヴォイトレもまた、そのレベルで行われています。ですから、まだ本当の問題に切り込んでいないと言っているのです。
 批判しているのではありません。本人に必要がなければ問題として上がってこないからです。街のフィットネスジムでは心身の健康づくりができていたら充分です。病状の重い人やオリンピックを目指す人は行きません。ヴォイトレとして、心身や身体だけに深く入り込んでいくのも一つの方向です。そこから応用(歌など)に対しては全く触れずに行っているものも増えてきました。
 最近のヴォイトレは、私からみると中途半端なリラックス、ストレス解消レベルのものが多いのです。その効果はまさにフィットネスジムに行った後の声の変化と同じくらいです。昔からやっているところでは、なかなか体=声=心をしっかりと捉えて本質的な変化を出しているところもあったのですが、少なくなりました。

OKの範囲 [論4-17]

 音色は一人ひとり違います。声楽家がノーと言ってもマイクを使うポピュラーでは、よいということはたくさんあります。私のヴォイトレからいうと「再現が堅実にできる」ならよい、そこは声楽家と共通しますが、声楽家としては通用しない歌い方や音色も表現力からみてよければ、当然OKになるのです。

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