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2013年12月13日 (金)

批判・反論しても V149

 同じことを述べるだけでは、ずっと読んでくださっている方、読み返してくださっている方にも失礼なので、もう少し踏み込みましょう。
 私は、現場での、現実対応を強いられてきた、ゆえに続けてこれたトレーナーですから、理想論とか、基礎のための基礎などについても、きれいごとは言いません。
 歌い手や声優にも、声より大切なものが出れば、声を捨ててでもよしと伝えます。声や歌のよさだけで、判断することばかりではありません。むしろ、安直に「どの声がよい」とか、理想や見本、「正しいのはこれだ」と決めたり、押し付けたりすることに用心しています。
 私は、私以外のトレーナーや外部のトレーナーのやり方を批判しているのでなく、むしろ、そのよいところも悪いところも含めて、研究所のなかで実践しようとしています。まずは、取り入れることがもっとも大切なことだということをわかってください。
 トレーナーだけをみて、判断について、いくつかの例を単独であげて、その正当性、正確さ、適正さ、など論じるのは、ばかげたことなのです。10人に7人くらいに7割くらいは当てはまるというのが一般論ですから、0.7×0.7=0.49、50%くらいでよしとしたものを、正当化しようとしているのは論じるだけ、皆で、さらに薄めているのに過ぎません。
 もちろん、このパーセントもいい加減です。49%とか10%高めるとかというのは、そもそも論じることができる対象ではないのです。方法、メニュ、判断についても、ある条件下によってしか、突き詰めることはできません。なのに、その条件は記述しきれないのです。ですから、どんな理論にも反論はできてしまうのです。

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