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2013年12月19日 (木)

ヴォイトレの問題 V155

「問題として扱わないことが問題」これは私がヴォイトレの問題として、これまで、とるに足りないことを「問題としてしまうから問題になる」と述べてきたことと反対です。
 私からみると、声という未成熟な分野は、その表現の世界である歌、演劇などからみても若く、層の薄い分野です。「話し方教室」のようにストレートにビジネスマンや一般の人の能力のサポートに位置づけられるだけのステイタスも歴史もありません。
 プロで活躍している人がたくさんいる分野からみると、趣味やサークルのようなものかもしれません。ただ、昔よりは本気の人が増えてきて、それはよいことのはずなのに、あまりに人材の層が薄く、レベルが高くないために、ビギナー市場のようになっているのです。
 いくら仕事やネットで知識を得ても、扱うのは人間の体や感覚です。なのに、机上でだけ、解剖学辞典を頭に入れたヤブ医者や学生のようなレベルでは、受け手(レッスンしにくる人)と似たようなものですから、批判はしませんが、その位置づけやレベル、自らの力(自分の芸の力でなく、人に対しての力)を知ることがあまりにできていないとも思えるのです。

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