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2013年12月30日 (月)

教育の平均化 V166

集団で行うもの、合唱やミュージカルでは、特に他人に迷惑をかけないこと、コンスタントに平均点をとり、総合点をキープできることが、この国、日本では求められます。しかも、スターはいらない。ミュージカルは、スターを生み出すのでなく、スターを別のタレント(ここでは知名度のあるということ)を連れてきてまかないます。どちらも、型から入って、形に終わることです。私の感じる声での表現の形の成り立ちのプライオリティは、とても低いのです。
 形というのは、ステージ、舞台、音楽としてのハコがきちんと整っているということです。それは今や前提なのですが。新人歌手も音大生なども、平均のレベルは高くなりました。それは、トレーナーやスタッフの貢献といってよいかもしれません。
 昔の音大生のオペラなどは、人前に出すものとして破たんしていました(失礼)が、今は、最後に拍手がくるだけのものになりました。でも、ストライカーがいません。それは、トレーナーの責任と貢献ゆえの負の部分かもしれません。
 ステージでせりふを忘れて泣き出す子は、ある幼稚園ではいなくなりました。CDで流れるせりふに、フリだけつけているのですから、そういう失敗が起きないのです。進行としては、きっちり時間通りに終わります。失敗をなくす―見事な教育です。皮肉ですよ。念のため。

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