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2014年1月31日 (金)

人によるといえるもの [論5-3]

 さて、シャウトをその目的や効果を考えるというところから、おかしなものです。アドリブやフェイクの練習と同じく、こういうものは、フレーズの練習は、フレーズの微妙なニュアンスが+αとなる感じ、フィーリングで行えばいいものです。よいものが出たら使えばよい、いや出たなら無にしておき、出るものを楽しんだらよいというのです。
 ですから、「ヴォイトレやメニュで取り上げるもの」としてはどうかというものと思うのです。
 この取り上げるということも、歌についてはスタイルや持っているものが一人ひとり違うので安易に言えません。誰かにベストの方法が、他の誰かにはワーストとなることもあるし、時期においても異なっているからです。
 ですから、憧れのアーティストのシャウトをまねしていたらできたという人もいるし、できない人もいるでしょう。また、見本よりもよくなった人もいれば、その時だけよくても後で喉を壊すような人もいるでしょう。

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