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2014年1月29日 (水)

能の現場 A030

 「何が足りないのですか。どう補えばいいのですか」となると、一流のプロであろうと、他の分野の人であっても、私は、一転シビアになります。海外の、初めて聞くような音楽や何百年の歴史のある邦楽などになると、表現での判断はしません。
 そこでの価値観によりそうために、そのトップレベルの作品やステージ、師匠や先達の至芸をみせていただきます。トレーニング光景を見ることができたら、とても参考になります。そして、そのとき、誰よりも私は、目でなく耳で受け止めることに集中します。
 能の謡のように、若い弟子に老成した表現を与える声を求められることもあります。それを出せるようにすると、不自然と言われます。若いのですから当たり前です。そんな矛盾のなかで、求められる声の世界と、出せる声との接点をつけていくというのは、職人の世界といえるでしょう。
 そういうときは、私は一人でなく他の専門家とともに座して聞くようにしています。元より正確はありませんが、その永遠なる世界への一歩でもアプローチできればよいのです。

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