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2014年1月10日 (金)

文字への思い入れ V177

 私は欧米のことばにやや近い感覚のものとして、これまで関西弁、広島弁や博多弁などを挙げてきました。音声以外の日本語の研究はいやというほどあるので、興味のある人は、そちらで学んでください。それは、言語で文字によって表せるものなので、書物で学ぶのにピッタリだからです。
 文字の発明、紙の発明、印刷の発明、本の発明、それ以来、研究というのは、ペンで綴られ、読まれてきました。欧米ではアルファベットのタイプライターの発明で、飛躍的に多くを記録し、伝えることができるようになりました。(日本ではワープロの開発、普及を待つのにかなりのタイムギャップが生じました)
 一方で、音声は、20世紀のレコードとラジオの普及、21世紀に入り、マルチメディアであるパソコンが普及して、利用も研究も本格化しつつあります。
 日本人は、特に文字に対して大きな思い入れをしてきたのです。これは私が思うに、常に翻訳を絶対条件としてきた輸入文化ゆえの宿命でした。しかし、元はといえば、日本人のビジュアルへの鋭い感性のために他なりません。(欧米にもフォントはありますが)韓国や中国のように、伝達の効率を重視した文字の改革などはあったにせよ、そこそこにセンスよく守られてきました。それは現代においてさえ、絵文字、記号など、新しい発明が、一般のレベルでどんどん行われ、飛躍的に改革されています。今やカタカナ、丸文字を超えて、新たなる日本語の開発のスピードと量には、私も驚くばかりです。

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