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2014年3月 6日 (木)

立場での制限 [論8-3]

 読む人がヴォイトレを習っていたり教えていたりすると、いくつかの立場に分かれることになるでしょう。あるQに対してAがあれば、Yes、(私もそう思う)、No(私はそう思わない、あるいは反対だ)と。10個以上のバラバラのAがあると、Yesの人は、「この研究所(トレーナー)と同じ意見だ」「この研究所(トレーナー)はしっかりやっている」Noの人は、「この研究所(トレーナー)の言うことはおかしい」「とんでもない研究所(トレーナー)だ」となるでしょう。私がみても、この10個以上のAには、反対のことや矛盾すること、対立することが表れています。
もっと異質なものがあってもよいとも思うのですが、一つにはトレーナーの立場で述べるために自ら制御してしまうのです。私も同じで、何もかも本音とか持論で述べられません。相手がみえない分、慎重になるのです。
 となれば、10個のAに対して、「自分と同じのはこれ」「違うのはこれ」「知らなかったのはこれ」「間違っていると思うのはこれ」などというように使う人は少なくないでしょう。これまで学んだのと違う答えばかりです。トレーナーの指導に対して悩むことになるかもしれません。しかし、あなたへの本当の答えは必ずしもこの中にあるとは限りません。
 これまで私のを読んで来てくれた人には、その上で自分の異なるA、意見や見解を学べるようになるように望んでいるのです。相手によっても時期によっても変わることがあるのです。
 とはいえ、たとえ知識や用語が間違っていても、それで全く用をなさないAを私は入れていないつもりです。そこに価値を見出してほしいのです。それは、私が生徒に対してとってきた立場であり、同時にトレーナーに対してとった立場です。つまり、あなたが論をたててればよいのです。

 

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