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2014年3月 8日 (土)

欠けているもの [論8-5]

a―上半身と頭声 本番(試合)、ステージ
b―下半身と胸声 練習、トレーニング
 どの人もa、bは持っているのですが、絶対的にどちらか一方という人はいません。ただ大きくみると、私にとっては、日本人はa、欧米人や日本以外の国の人はbになります。
 あるいは、日本人はbに弱いし、その必要性をあまり感じませんが、世界のレベルではbがベースで、aが応用と、両方持っていると言った方が的を得ているのかもしれません。日本の音声力が世界に通じないのは、bが欠けているからだということで、私はみてきました。
 必要性にもよるでしょう。日本では1950~1960年代をピークに、その後bの必要性は薄れました。世界的な傾向としても、この10年はaの方向になってきたのかもしれません。
 別稿で私の持論を2012年のミュージカル映画「レ・ミゼラブル」への評論の形で展開しました。
 そこでは録音技術の進歩と観客の耳の変化を論じました。一言でいうと、主役たちはa、脇役たちはbということです。このbは、太くしっかりした声を得るという方向ですから、今の若いトレーナーや日本の声楽家などでは失われつつある要素であるのです。

 

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