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2014年3月10日 (月)

毎日のステージ [論8-7]

喉、かすれ声の問題では、少しかすれたり痛いくらいで、いちいち気にしたり、休ませたり、医者にかかったりしていたら、プロなど務まらないというのが、第一線でやっている人の本音のアドバイスでしょう。
 しかし、一般的には、「喉を休めなさい」と言うのが正しい答えでしょう。特にトレーナーとしては、そういう立場をとらざるをえません。厳しい医者なら「一言も発するな」と言うでしょう。
 しかし、プロの現場で喉がかすれたからといって休むなどはありえません。そこでは、慢性的な疲労の喉でも、いかにそれを出さずに舞台を務めさせるかに力量を発揮するしかありません。発声よりも呼吸や体のケアに専念せざるをえないこともあります。
 ですから、先の正しい答えは理想論にすぎません。毎日のステージのある人は休みなしで、そこで声が出なければ終わりなのです。

 筋トレ要・不要論では、二人の野球選手のを(日録参照)、また、体づくりとフォームづくりでは、野球選手のを(日録参照)、後でのべる。体の力、直観の鋭さについては、元横綱の伊勢ヶ濱正也さんのことばが、私の持論の裏付けとして参考になると思います。

(参考)○理不尽な前進☆☆
 「土俵のケガは土俵で治せ」といわれるように。捻挫や筋を痛めた程度では稽古を休んでいられません。(中略)
 私が現役時に肘の靭帯を痛めたときは、構わずその腕でダンベル運動をがんがんやりました。痛み止めを飲んでも激痛が走るし、終わると患部が腫れてくるので氷で冷やさないといけない。でもそんなトレーニングを2週間くらい続けると周りに筋肉がついて、傷めた箇所をカバーできるようになりました。
 痛みというのは我慢しているうちに慣れてきます。四股を踏んで汗をかいていると、ケガをしていることも忘れてしまいます。稽古中にケガをしても終わるまで気づかないこともしばしばで、後でちゃんこを食べている時に突然痛くなり、病院へ行ったら骨にひびが入っていたこともありました。それだけ集中していたということです。痛みよりも稽古の苦しさの方が強いからかもしれません。
 スポーツ医学が発達した現代では、まずきちんとケガを治すべきだという意見も多いでしょう。ただ、相撲に関しては、近代医学的な見地だけでは成り立たない独特の精神性が要求されます。
 生身で戦う力士の体は想像以上に強靭な上、痛みのたびに立ち止まっていては前に進めない部分があります。年6場所を務める中で多少のケガで休んでいては、とても番付を維持することもできません。
 体を痛めた力士が稽古することに理不尽さを感じる向きもあるかもしれませんが、これはただ土俵の上で勝つためだけではありません。ちょんまげを結ってお相撲さんらしく振る舞い、涙を流すまで稽古して体を鍛える。そんな毎日を過ごすことそのものが力士のあるべき姿なのです。
 そんな日常を実践する上で多弁は無用ということを、力士は暗黙のうちに理解しています。昔から勝ってインタビューに招かれても「アナウンサー泣かせ」といわれるように多くを語らない力士がいるのも、それが負けた力士への礼儀であるという共通認識があるからです。
 現代は冗舌な時代ですが、痛みを語らず克服する大相撲が受け継いできた「語らぬ美」が見ることができるのです。
伊勢ヶ濱正也さん [日本経済新聞 2013年8月20日]

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