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2014年5月 6日 (火)

表現の定量化 V228

 プロとして問われる音声の表現力を100とおいてみます。これを100%とします。すると、声は10、歌は10、このあたりが当初から私の考えた歌い手の条件でした。つまり声の基礎や歌の基礎をやりつつ(あるいは、習わなくとも自らできていて)、声がよい、歌が上手いというレベルで、声10+歌10=計20です。これで、のど自慢なら入賞できるでしょう。しかし、それなりのプロや表現者とは、まだ5倍ほどの開きがあります。
 そこでヴォイトレについては、声をオリジナルの声として100%開花させていく方向で、自分の声、本物の声を問うていくのです。
 そうなりたいと来る人に支えられてきた研究所ですが、その定義はありません。オリジナルですから。でも、このオリジナルを本当に目指せる人は、それほど多くありません。
 自分でない声、偽物の声、がもし使われているとしたら、それは、本音に対する建前と同じく、世の中では必要とされるものだからです。仕事上、丁寧な声を使い、普段は粗っぽい声でしゃべるとしたら、声として求められている価値のあるのは、仕事で使っている方の声になります。
 本人が、それを「自分の本当の声はでない」というのはわかりますが、仕事は相手の求めるものに応えることです。歌や舞台のせりふも自分の思う自分の声よりも、他者の求める役割の声が必要とされるものです。特に日本は、一般の仕事でも舞台でも、この差が大きいのです。これは、ヴォイトレでの声づくりを妨げる二重構造として指摘してきた通りです。

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