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2014年5月11日 (日)

トータルとしての声 V233

声の10の世界について、みるだけでも、広く深い世界です。あらゆるものがそこへと繋がっています。日常にも仕事にも声は使っていますから、芸としてのみ声を切り離すこともできません。しかも、これまで使ってきたプロセスも全て刻まれているのです。
 そういう面ではトータル、あなたの心や体と同じ、生きてきた結果としての声なのです。声もまた総合力なのです。(私としては、それが即効的な効果として機能の向上としてのみヴォイトレが求められてしまったのが、大きな方向違いだったのでは、と思っています)
 それゆえ、すでにあなただけの声だから、自分の声、本物の声といったときには、今の声を捨て、新たに声をつくるのではありません。別の声を真似したり、それらしくつくってみても、ものにはなりません。
 しかし、歌唱やステージなどに対して安易に声を扱うと、接客サービス声のように、何よりマイナスでない、反感を買わないような、説得力のない、浅く若い声になりがちです。これは、本物の芸に逆行します。
 昔は、幼稚とか、甘えた声ではそういうところでは通用しなかったのが、一般は元より、仕事や芸の世界でも許されてきたかのようにみえます。誰も注意せずスルーしています。
 つまり成り立ちを問えば、成り立つかどうかで成り立ってなければ全てダメだったのに、それを音声で厳しく求める人がいなくなり、問わなくなったとさえいえます。そこで、たまに音声で成り立っていると、すごいということになっているのです。今のところ、日本=日本人の声の劣化=耳の劣化(変容でもありますが)は止まるように思えません。

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