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2014年5月19日 (月)

使えない教材 V241

 声はメンタルとフィジカルの要素がすごく大きく関わるものです。だからこそ、やる気で大声を出すしか取り柄のないようなヴォーカリストだけ活躍できているのです。(ここでは日本人より海外のヴォーカリストのことを言ったつもりです。今の日本人のヴォーカリストはセンシティブすぎるくらいです)  だからこそ、シンプルなメニュなのです。私は、ほぼ初心者しか買わない日本の発声練習やメニュ、ヴォーカルの教材、教本などが、あまりにハイレベルなので驚きます。  私の基準でみるなら、「それがこなせるくらいなら、その教材を使う必要はない」と思うのが多すぎます。「喉の状態の悪い人に喉を絞めてしまうメニュ」であったり、「高い声が出ない声に人にハイトーンのメニュ」中心であったり、大体は、独学で使うでしょうが、より雑にいい加減になって、悪化はしても、よくはならないでしょう。  できないことをやらせるとそのうちできるようになるかのような考えでつくられたものが多いのです。そういうメニュで無理して高く出していたら、その高さに届くようになったり、そのパターンをくり返していたら音やリズムが外れなくなった、という表向きのわかりやすい効果を狙っているのです。そこまでのメニュでは、その先はありません。つまり、本来の限界以前に、くせをつけて少し伸ばして、そこで可能性を止めてしまうものなのです。  大体は、それなりに声に恵まれ、すぐれているトレーナーが自分の使ったメニュなのです。そのトレーナーさえ音がとれているだけで、声としては、ろくにこなせてないのも多いし、喉声の人もいます。  いわば、最近、私が述べているヴォイトレの名のもとに、声そのものは扱っていないという代表例です。しかし、つくる側の立場としては、そうなるのもやむをえない事情もあるし、それもわかるので批判はしません。何と言っても、つくる方は大変なのです。また、それでうまくいくところまでで充分という人もたくさんいると思うからです。

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