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2014年6月16日 (月)

「鍛えること」へのタブー V269

声に対してどこまで求めるのかということは、ヴォイトレを求める全ての人に共通する問題ではないと思います。声はツールでありメディアですから、それを媒介にして何を伝えるのか、そこで、声そのものの必要性は、目的やその人自身にもよります。(しかし、ヴォイストレーナーには、声の力はいるでしょう)
 私が最近取り上げているのは、筋トレの要、不要とか、ハードトレーニングの是非についての先人たちの見解です。(→※参考、プロ野球の筋トレ(rf)
 若いトレーナーなどが、合理的、論理的、効率的な方向へ行くというのは、いつの世でも同じことです。絶対的にキャリアは不足しているのですから、一般化してきた市場で求められるニーズでの裏返しです。(彼らもこれで食べていかなくてはならないし)
 また、私と同じ世代あたりから、そういう意見が多くなっています。もともと声が出なくて芸でカバーした人、ハードなトレーニングで壊したり、苦労した人、非効率かつ間違ったトレーニングをやってあとで効率的な正しいトレーニングをやってよくなった人などは、「使い方が間違っている、それを直せばよい」という効率論者になります。これまでこういったケースについては、述べてきました。本人や周りの体験が元になっているだけに真実味があります。が、そうでない状況もある、というのを知っておいて欲しいのです。

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