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2014年6月19日 (木)

声のサバイバル V272

再び、レッスンの意味に戻ります。私は、トレーニングは一人でこつこつ地道に静かにやるもの、レッスンは気づきにくるものであり、どんな形であってももいいと思います。
   ただし、教えられるので気づくのは全く違います。わかるのとできるのも違います。(過去のを参照ください)
 つまり、レッスンはトレーニングのチェックと次のトレーニングのメニュのガイダンスをするべきです。なのに、すべてレッスンが、今やまるでそこだけで効果を上げるもの(上げられるのが見せられるもの)ばかりとなり、それがヴォイストレーニングといわれているのです。もしくは、最初からいわれてきたのです。全くの長期的展望や理想を欠くものとなっているのです。
 これは私には、テレビ化したとも思えるし(テレビ局とは、そこでどうしても折り合わなかったのですが)プロデューサーは、30年ほど前から少しずつそうであったのが、他の人もほぼ全てそういうふうになっていったということもあります。
 歌手の力も役者の力も衰え、また客もそれを受け入れ、ジャンルとして弱体化していきました。残念ながら生き残るのに望みのない分野になりつつあるということです。どうであれ、声の力をつけるのがヴォイトレと私は思っていますし、それは、今後も変わらないでしょう。

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