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2014年7月 2日 (水)

真偽の見分け方 V285

表現においては、歌のフレーズで、1フレーズを、そして声は、声の一声をしっかりみることです。全体をみながらも、自分の体のパーツを一つひとつしっかりとチェックします。そこから出る音一声を一つひとつチェックします。  ただ、声を出して曲の通りに変じさせていればよいというのではありません。声を出すのは、心地よいので、しかもどんな声であれ自分の声で少し感情を入れるとくせがついても表現になるので、そこで満足してしまいがちなのです。  とはいえ、自分で満足できればよいという世界でもあるので、そうなればそれ以上に、レッスンをする必要もないのです。それゆえ、私も自己満足している人の歌を指摘するようなおせっかいなことは不要と思うのです。  声のよさを聴かせたいのも一つ、歌のよさも一つ、表現力も一つ、どれでもその方が満足して、そこで聞いている人もよいという場に、レッスンもトレーナーもいらないのです。   私がここで述べているのは、それで満足できない人に対してです。それでは、言われただけのことをやれば誰でも声、歌、表現が身に付くのかというとそうではないのです。すべてというもののない世界です。私が言いたいのは他の世界では「全身全霊で訓練しました」ということのプロセスがとれて、結果は人によりいろいろです。そのプロセスをとれるようにするということなのです。さらに、しっかりトレーニングして、できたとかできなかったとかを超えていくことでしょう。少なくとも時間だけ経って、トレーニングした実感もなかった「楽だったけど何が変わったかわからない」というのではレッスンではありません。「大変だったけど変わった」その分の苦労をセットしていこうとするものなのです。

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