« 価値 B220 | トップページ | スタート B221 »

2014年7月 4日 (金)

内感覚  V287

 体の動き一つ、呼吸も、歌や発声に対して、本当に正しいというものは、体でなく感覚と実態です。これは、自分の内部へ厳しく感じます。そして感じられるように高めていくしかないのです。
 先日、ストラディバリウスについて、「かつてはオリジナルのと、形、木の厚みを同じにしたから同じ音を再現できなかった。今は木の特質に合わせ、同じ共鳴をする形や厚みに変じさせているので追いついた」というような話を聞きました。目的は同じ形のものをつくるのでなく、同じ音声そのものをつくることなのですから、自明のことです。参考にしてください。

(参考)
ストラディバリウスと声

 これまで、現代のヴァイオリンと音を弾き比べたときに、すぐれた聞き手でも2~5割くらいしか、当てることのできなかったストラディバリウスですが、それに反して演奏家には絶対的に人気があるという秘密を知りたくてみました。
一流のヴァイオリニストにおけるストラドの評価は
1、音色が澄んでいる
2、粒が揃っている
3、芯がある
です。これは声や歌にも通じます。
NHKの番組での最新の科学的な分析では、方向(指向)性があるということでした。それゆえ、豊かで遠くまで深い音色が伝わるということでした。
 新しく最高のヴァイオリンをつくるのに、形をそのままにまねても同じにはならないので、板の振動(密度)からアプローチして、近づけていったというのは、音から考えてみれば当たり前のことなのに、と思います。つまり、同じとか、近づけていくよりは、もはや、木ではない素材をも試し、最新の研究でというなら、その形を超えるものをつくるべきなのですが、しばらくは追いつけ追い越せの技術開発なのでしょう。
ヴァイオリニストが弾き、それをすぐれて聞くことのできる人がストラドをもとに判断している限り、ストラドのような音は超えられないのでしょう。それと、ストラドの音で名手のように弾きたいという人間の欲が囚われとなります。車はすでに全自動運転できるようになっているのに、自らの手で運転したいという人間の欲がなんとなくそれ以上の発展を妨げているのと似ています。
何をもってすぐれたと音というのか、演奏というのかを、もう一度、原点から考えるべきなのです。とはいえ、聴覚の世界では、そこの状況、ホールや音響などの影響もあり、アプローチは至難の業です。やはり、もっともすぐれた楽器をもとに考えざるをえないのでしょう。
演奏において、もっともよい音を目指そうとすると広すぎるので、ヴァイオリンというワクで絞り込むのは無理ないことですね。シンセサイザーでどんな音をつくることができても、ヴァイオリニストやピアニストは、不滅の存在なのでしょうか。
名楽器は、もっともすぐれた演奏家と、もっともすぐれた耳を持つ人と、楽器のつくり手という3つの条件がそろわなくては難しいのです。ただ、もっとも大切なのは、それを判断できる聴衆の存在です。
それにしても、楽器として、生きたままの人間の声帯とか体というのは、木よりももっと難しいわけです。声や歌の解明はまだまだ進んでいないといえるのです。

« 価値 B220 | トップページ | スタート B221 »

13)連載「ヴォイストレーナーの選び方」」カテゴリの記事