« 状態を超える B244 | トップページ | 慣れと本気 B245 »

2014年7月28日 (月)

師と創造 V311

私にとっての師は、わからないことをわからないままでなく、そのうちに認められるようになりそうな何かを感じられるヒントを下さるところにあります。その奥行や頭の中は読めないくらいでよいのです。自分の実力や個性を否定してくるほどに嫌なものでよいのです。そこで認められたら卒業ですから簡単ではありません。褒められたら、それが本心だとするなら、そこで終わる。また次を捜さなくてはならなくなるでしょう。
 師が認めたら世界中でやれるくらいに、シンプルな基準において高度に身についていくレベルを求めていくことです。
 わかりやすく言うと、こちらがわからないくらいに深読みできる相手でなくては困ります。他の人が誰でも同じように学べたり、もっと学べたりするというのはどうでもよいのです。自分にとって、が唯一の問題です。直観が働いたり、イマジネーションが感化されるような相手です。わからないから想像する、想像できないから創造する、しかしようもない状況に追い込まれるというのが理想です。
 こちらができないことができる人、というならアーティストや職人を捜せばよいわけです。師や先生というのは、そんなものではありません。先生の通りに歌ったり、せりふを言えるようになったところで、ものまねにすぎないからです。
 こちらが同じことを生涯やってもできないどころか、わからないようであって欲しい。でも、できないのに世の中では充分に通用するようになっている、それでよいのです。芸術はそんなものでしょう。師と同じものはいらない、二番煎じになる、同じにできないから、自ら創造するのです。

« 状態を超える B244 | トップページ | 慣れと本気 B245 »

13)連載「ヴォイストレーナーの選び方」」カテゴリの記事