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2014年9月18日 (木)

鋳型と自己流 V368

型は、土台ですから、完成に近づくまで、ほとんど中途半端でしかないのです。それをどうみるかが問われるのです。私は、どんな型も元の型のように考え、できるだけ活かそうとしています。そうでないと、研究所でトレーナーたちの方法と両立できません。いろんな生徒さんがいらっしゃるのですから、いろんなアプローチがあって当然です。
 その理由は、以前に述べたように、よくも悪くも最初についたトレーナーの型が鋳型として大きな影響をもってしまうからです。ですから、私はできる限り、そこを肯定から始めたいのです。
 それゆえ、自己流、我流にも、私は寛大に対応しているのです。自己流も他に教えられたものも同じくらいにその人自身のど真ん中の声から、それていることが多いので、同じことです。どちらにしても9割は、浅く、程度として低い状態に変わりないのです。それならば、自分独自に試したり誰かに教わって、少々違う方向に偏っていても大した問題ではありません。何をしても見えていない分には偏るのです。それを是としていくことも大切なのです。それは大きく見ると無視できる範囲です。それよりもど真ん中の声、ど真ん中にくるであろう声をみることです。
 

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