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2014年9月21日 (日)

理由を知りたい症候群 V371

 「どうして、こうしなくてはいけないのですか」という問いは、以前はさほどありませんでした。今や何事についても、その理由や結果を知ることを求める人、それを知らなくては行動に移せない人、続けられない人が増えました。
 研究所へは、本の読者から関わる人が多かったので、理屈先行タイプが多いのも確かです。それでも、かつては「そこを聞くのは失礼」とか「聞いて答えてもらったところで何にもならない」という直観があったのでしょう。いい具合に、聞くべきときに聞くことが聞かれていたように思います。
 実際にはそう簡単には答えられないこともあります。(でも、答えようとすれば、大体は、教科書的な答えとしてわかっているわけです。そのためのQ&Aです。)私は、そういうときもそうでないときも言わないことが多いです。何でも言うことは、よくないことにもなります。今はよくても後ではよくないことと、今はよくなくても後でよくなることのどちらを取るかということです。私は迷わず後者を取ります。そういう人が少なくなったということです。
 正直なところ、「こうしなくてもいけないことはないのですから、こうしなくてもよいですよ」「なら、好きなようにやりなさい」でもよいのです。が、それではアドバイスされた人が困るでしょう。「その理由は、私もこうしてやって、できたからです」などを言わなくてはいけないのなら、すでに信頼関係もないでしょう。
 一つひとつを疑われては説明を要するなら、レッスンの多く時間が失われます。それによって、もっと得られるものがあればよいのですが、失われることの方が多いと思います。もし、それが安心感というのなら、よくないことではないでしょうか。
 

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