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2015年4月

2015年4月30日 (木)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○トレーナーの責任

 よく私は、「声と表現とは別」と述べていました。しかし、表現のために声を学ぶ人たちには、表現のための声が必修であり優先されるので、そちらからみるようになりました。そのうち、そこをみるばかりになってきたのです。ロック、カラオケ、ハモネプ、コーラス、役者のせりふ、アナウンサー、朗読、声優の音色(使い分け)果ては、腹話術やホーミーまで、どれも声と関係があるので、日本中、世界中、巡って学びました。
 トレーナーは、それぞれの分野のプロとは違うのです。確かに歌のうまいトレーナー、役者なみにせりふを言えるトレーナーもいます。その人の出身がそこのプロであれば当然です。ここのトレーナーでも、声楽家ならオペラを歌えます。普通の人よりも、その分野をやってきたので当然です。とはいえ、他の分野では一流のプロには及ばないのです。
 ヴォイトレのトレーナーゆえにトレーニングは教えられても、プロの歌い手よりヒットさせることはできません。プロの俳優、声優、アナウンサーの代役も難しいでしょう。ソロとしてヒットさせた後にトレーナーになった人はいますが。まして、ここに習いにいらっしゃる落語家、伝統芸能家の芸などまねるだけやぼです。

 ゴルフのレッスンプロと同じく一流のゴルファーだった人が必ずしも教えているのでなく、教えることにおいてのプロといえる人が教えている、大多数は、そうでなくても自分よりもやっていない、できない人に教えている、その図式で成り立っているのです。
 表現活動で食べていけないから、食べる手段としてトレーナー、あるいは教職を選ぶのです。これを否定したら日本の声楽界は成りたたないでしょう。教えることで学べることも大いにありますから、教えることを兼ねるのは悪いことではありません。芸を継承させ、将来を後世に託していく使命もあるのです。
 しかし、その結果が凋落ではいただけません。古来より、廃れていった分野は数多くありますが、まずは隆盛していたわけです。一人の天才が創始あるいは、継承して、一時はそのジャンルを超える幅広い活動、大きな影響力を世に与え伝えたのです。そのために、それに憧れ、それをやりたい人が集い、また客も客が客を呼び、増えていったのです。そこからが問題です。
 これが、ポップスなど海外からのインポートものになると、憧れで、本人も客も本当の意味で舞台が成立しえないうちに流行してしまうから事情は複雑なのです。
 それはともかく、保護、援助しなくては存在できないものをどう評価するのか。建築物ならともかく、人間の活動です。予算ということなら同じお宝を保護に回すのか、新しいものの台頭への助力へ回すのかということにもなります。それを誰が決めるのか。お上か庶民か。(この件は、文楽と橋下大阪市長の補助金騒動でのやり取りがわかりやすいので譲ります)そして、トレーナーの位置づけ、これが単に自分よりもできない人の引き上げでなく、自分よりできる人にすることにあるべきと思います。そこから一般化していくならよいと思うのです。そうでないケースでは、評価は自己満足でメンタルトレーナーのようなことになっているケースが多いからです。
 

今日のトレーナーのできごと

Nさん、発声に問題を抱えていても日々改善されています。 吸う時点で、次の言葉の発音の口をした状態で吸うことと、身体をじわじわ開くようにブレスをとる意識を大事にしましょう。 horse

2015年4月29日 (水)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○中心としての声

 ポップスを私の立場から捉えますと、感情を表していた声が、構音変化による加工での、発音を経て、ことばとして意味をもち、共鳴の利用によって歌になった、その延長上でマイク、音響という拡大、加工装置の発達と使用があります。
 とはいえ、その原点に体と心があるわけです。呼気を通じて体内でつくった音を変じさせたのが声です。舞踏が体の動きの延長上に様式化されたのと同じく、歌は、声の動きの延線上に様式化されたものです。ことばでなく、声の響きの延長なのです。
 元々は、私の目指す発声ヴォイトレは、歌でもせりふでもなく、声一つだったのです。その結果としては、私の今使っている声ともいえるのですが…。しかし、それが周りの要望により、ロック、ポップス、カラオケ、声優、ビジネスマン、語学習得者、一般の人を対象に応用させられて、目一杯膨らんでいったのです。あまりに対象が広がったために、研究所として役割分担をする一方で、原点に戻ると決めたのが10年前でした。
 

カラオケ採点機の高得点とプロ

私は今は声楽家として活動しているので主にオペラ歌手のCDや録音を聞くことが多いですが小学生~高校生まではよくカラオケにもいきましたしポップスの歌手も多く聴いていました。
今も仕事柄ポップスの人の指導も多いので時間を見つけてはテレビなどで鑑賞していますが、最近よく見かけるのがカラオケの採点機です。リズムや音程をはかるのなら話はわかりますが発声の採点まであるので驚きです。素人でも100点とると「プロのかたですか?」と画面に表示され、プロの歌手が100点とれないので100点をとるコツを素人さんに教わっているのがどうしても違和感を覚えてしまいます。100点をとる歌手がプロではないからです。点数をとる歌手が感動をあたえたりお金を払っても聴きたいという歌手ではないからです。
声という一面でいうとサザンオールスターズの桑田さんなどは決して美声だとは思えません。標準的な発声の理論だとトレーナーとしてはああいう声の方向へは指導しないと思います。しかし人に感動を与えたり桑田さんを待っている人は多いのです。長渕剛さんや故・尾崎豊さんなどもそうでしょう。尾崎豊さんの歌は正直発声の理論なんてないと思います。でもいまだにファンはいて当時でも若い世代は熱狂したわけです。きっと発声的な話しだけならキャイーンの天野さんや、雨上がり決死隊の宮迫さん、芸人の山口智充さんの方がいい声です。でも彼らはあくまでも声がいい、歌がうまい芸人でプロの歌手ではありません。
点数がとれる歌と人をひきつける声。実際にカラオケにいけばあるものなので難しいとは思いますし周りの人との付き合いで採点機を気にすることもあるでしょうが、あくまでも声も歌も自分のものを磨くものなのは心がけているといいなと思います。(♭Σ)

2015年4月28日 (火)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○トレーナーという職  

今、日本では、フィジカルのトレーナーがよく取り上げられます。高齢化社会、老化に対して健康に関心が高くなったことも、若い人にも心身の問題が大きくなったこともあります。  私は、トレーナーとしての先も予期せぬまま踏み出したものですから、信じられませんが、最初からトレーナーになりたいという人が出てきたのが2000年くらいからでしょうか。研究所にくると、活動をしていない私をみて、その方向にひきずられるという、それと現実、歌手としては食べられなくても、トレーナーとしてなら食べられるという発想になったのでしょうか。(ゴルフ界でのプロゴルファーとレッスンプロで述べたことがあります)

今日のトレーナーのできごと

Zさん、できるだけ母音を大事に発音するようにしましょう。
サ行などの苦手な部分は、頬を手で押さえながら母音と弱めに子音をつけた状態で交互に練習するとよくなりました。
このように練習すると、改善されていくと思います。capricornus

ブログ更新 お知らせ

レッスン受講生の皆さんのレッスンからの声」 を更新しました。clover

2015年4月27日 (月)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○タレント化と共感  

私たちの時代において、歌い手は、生涯歌い手のはずが、大いに転身しました。プロデューサー、作詞家、作曲家、プレイヤー、DJ、タレントなど、音楽を生業としていくなかで、自らの才能をより活かすために、あるいは食べていくために模索し、転身しました。  歌手は、歌でしか食べてはいけないわけではありません。比較的、強いパーソナリティが問われるもの、特にポップスでは、役者やタレント業とも重なるところが大きいのですから、異分野との兼任も違和感はありません。日本では、大歌手美空ひばりはじめ、ほとんどの有名な歌手は、同時に映画の大スター、そして、舞台では立ち回りを演じてもいたのです。  特にシンガーソングライターというのが一般的になってからは、自作自演の能力を、そのまま楽曲提供、プロデュースと振り分けていくのも、しぜんな流れでしょう。表現が演劇、映画へ広がっていくのも延長路線でしょう。今のお笑い芸人と同じ、いや、お笑い芸人がそこに取って代わったと言うべきです。そのあたりのことも述べました。詩人、作家→役者、歌手→お笑い芸人が、日本近代表現者史です。  その後、単独ステージよりコラボなステージが親しまれるようになりました。スター不在、高いところからすごいことを一方的に与えるのでなく、共感というキーワードで観客席で一体となる、AKB48に象徴される「普通の子」のステージと、ソロのスターを目指すのでなく、振付と観客としてのノリに溶け込み、一体感に満たされる、その形は、ピンクレディ、古くはグループサウンズやザ・ピーナッツなどにもみられましたが、今や、観客はオーディエンスでなく主役なのです。(「表現から共感へ」という日本らしい変化についても述べましたね)  

今日のトレーナーのできごと

Eさん、息のスピードを速めに感じるととてもいい声が出ていました。brの時と同じ息のスピード、口も横に開きすぎずに、音を前に運ぶように歌っていただいたときにとてもいいフォームで声が出せていました。思い切りよく息を吐いて声を出してがんばってください。penguin

2015年4月26日 (日)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○アーティストの凋落  

客がどうこうだから廃れたというのは、アーティストや創り手側は口にしてはいけないことです。ただし、アーティストというものを人が欲しなくなったら?そんな日がくるのでしょうか、と言っている人は平和呆けです。スターも、もはや絶滅危険種なのですから。私の関心は、そういう点まで押しつめたところでの関心なのです。  ステージと客席、創り手と受け手が分離しないのが特徴的になってきつつあります。生産者と消費者のことでいうなら、消費者は、自ら欲するものを自ら作るようになったのです。  歌については、日本に洋楽は入ってこなくなった、と言う前に、海外でも世界的なヒットを連発するようなものでなくなりました。もはや20世紀の盛り上がりの方が特殊であったということになりそうです。あとは、ポップスも大ヒットした作品のうちのいくつかが、オペラのように継承されていくだけでしょうか。事実、もうすでにカバーブームです。  ただし、世界中に歌や音楽は、まだまだ生活に根付いているのに、日本では、カラオケを除いては、甚だ心もとない現状です。歌手という職業の存在もまた消えようとしているかのようです。今や市場の半分は団塊の世代のノスタルジーによって支えられているにすぎないのですから。  欧米の、特にアメリカのポップスの世界戦略にハリウッド映画と同じく巻き込まれてきた日本、あるいは、世界の大半の国と同じで、グローバル化の問題に触れないわけにいきません。民族主義とキャピタリズムの行く末は?ということです。  先に述べたように、政治的、社会的影響としては、マイケル・ジャクソンとマドンナをピークに過ぎました。  日本では、私は、そのエンディングを紅白歌合戦の前の、レコード大賞がピンクレディ(「UFO」)光Genji(「パラダイス銀河」)だった年でビフォーアフター、1978~1988年あたりにおいています。しかし、本当のピークは世界も日本も1968年くらいだったのではないでしょうか。そのようなことが、ようやく50年経てわかってくるわけです。日本では演歌から歌謡曲、そして欧米ポップスの全盛期ということです。テレビの時代―それも終わろうとしていますが、テレビというメディアのメイン番組でみると、その時代を支配していたものの移り変わりがよくわかります。そこも、スポーツから音楽で述べたことがあるので省きます。

今日のトレーナーのできごと

Kさん、とても通りの良い艶やかな声でした!今まで見た最高の状態でしたね!そのように、自分が辛くならなくてもパワフルに歌えるのです。 chick

カラオケ お知らせ

大のカラオケ好きのHさん、今日はマイクも使ってカラオケで楽しく歌われていました。clover

2015年4月25日 (土)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○歌の凋落  

よく「聞ける歌がなくなりました」と言われます。それはどの時代でも年をとるにつれ、若い人の新しい感性についていけなくなるから当然です。確かに、20世紀の歌、その歌手のもつ力に比べたら、今や風前の灯ともいえます。その理由について、私は相手によっていろいろと答えてきました。いくつかあげてみると、 ~カラオケが普及し、一般の人が歌う時代ですから ~ラジオやレコードの時代ほど耳が肥えていませんから ~あらゆる曲のパターンが出尽くしてしまいましたから ~小さい頃から歌に親しんでいませんから ~皆で歌える歌がなくなりましたから ~もっとおもしろくて楽しいことがたくさんありますから ~いい曲や歌い手が少なくなりましたから  それぞれについて、異論もさらなる各論もあることでしょう。残念なことに、日本人の定番だった「蛍の光」「仰げば尊し」「君が代」も外れました。老若男女、すぐに口ずさめる曲は、どのくらいあるのでしょう。相変わらず、「あの素晴らしい愛をもう一度」「翼をください」あたりまで遡ることになるのでしょうか。  流行するもの廃れるものは、時代、市場の動向によります。とはいえ、よりすぐれたものにすぐれた才能が結集したときに生まれます。そこは時代の産物であっても、市場は新たにつくれるわけです。  

今日のトレーナーのできごと

Dさん、とてもよく歌えていらっしゃいます。サビ部分で盛り上がると音程が上ずる傾向があります。横隔膜や下腹を意識して重心が上がってこないように気をつけてください。taurus

ゴールデンウィーク お知らせ

ゴールデンウィークに突入しました。最長で16連休ということですが、今年は国内での近場が人気だそうです。近くの新宿サザンテラスでも、家族連れでにぎわっています。virgo

2015年4月24日 (金)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○信仰心

 きれいな人がきれいに盛り付けた料理は、そうでないものと同じ味であっても、やはりうまいわけです。私たちの仕事も内容だけでなく、表現や演出を考えていかざるをえません。声自体は、基準が曖昧と思われているのに、舞台で使う声となると二重三重にも基準も揺らぐわけです。その結果、声そのものを重視していないヴォイトレばかりになりつつあると危惧しています。
 例として、
1次元に元の声、
2次元にせりふや歌としての声、
3次元に音響使用の音声表現、
4次元に客に聞こえる音声表現
 と、少なくとも4つの異なる判断の軸が私にはあります。
 ジェットコースター、お化け屋敷でのデートや吊り橋の上でコクると成功するとかいうセオリーのようなものも入ってくるわけですね。「ロミオとジュリエット効果」とかいうのもあります。
 声、ことばでは「ブーバ・キキ実験」、これはヒトデのような形で一方は丸味を帯び、もう一方は尖っていると、名前から丸い方をブーバと考えてしまう人が多いというもの。これは直感というものですが、語感でもありますね。
 思い込みの排除を進めているのではありません。それを超えて信じ切れるところまで踏み込めということです。a.ずっと思い込みだけ b.思い込みから信じ込みへ c.すぐ信じて、その後裏切られたと思う d.すぐに信じて、ずっと信じ込む e.不信から 信心へ このなかで多いのはa、d、勉強するとbかeかです。cは最悪の学び方です。

レッスンや練習を休むのも続けるのも…

「いい声を出す」という行動は、スポーツと同じであると思います。 なぜなら、発声の器官というのは身体全体だからです。いい発声ができる状態に身体を制御するためには、身体にその状態を覚えこませるしか方法はありません。ですから、日々の練習とレッスンは欠かせないのです。 とにかくやるしかありません。レッスンを休みがちな人は、自分の意思を再確認することが必要です。 レッスンは毎日は行われません。その貴重な機会でいかに自分を知り、次回のレッスンまでに自分と向き合ってレッスンでアドヴァイスされたことに取り組めるかということが、自分を成長させる大きな鍵になると私は思います。「レッスンを休む」ということは、非常にもったいないことです。本気で取り組んでいる人は、毎回欠かさずにいらっしゃいます。だからその分上達していくのです。 どんなに大変なことでも、継続することで力となります。どんなにできない落ちこぼれでも、努力すればしない者よりも確実に伸びていく。どんなに言い訳をしても、結果が全てです。 お仕事やご予定で忙しい方もいらっしゃるとは思いますが、もしも、最近レッスンにあまり行っていないと思う人がいるならば、もう一度、自分に問いかけましょう。「なぜ、ここに通いだしたのか」、「どんな自分になりたいのか」。なりたい自分、やりたいことがあるのならば、自分自身が変わっていくしかありません。全て結果として帰ってきます。(♭Я)

2015年4月23日 (木)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○思い込み

 話は戻りますが、偽薬が効いた人は、飲まなくてもよかったのでなく、偽薬を薬と思って飲んだから効いたのでしょう。大切なのは、薬の真偽とともに本人の心での真偽、つまり、意志や信心でもあるということです。治そうとする意志や治るという確信が案外と影響するのです。
 となると科学でなく心理学です。ですから、科学的というなら、せいぜい統計として扱うべきことなのです。ヴォイトレも同じです。薬を飲むと、よく効く人も、あまり効かない人もいます。体質も症状の程度もその効果も個々に違うはずです。つまり真実はありません。そこに因果関係があるというのは、私たちの思い込みです。そうであって欲しいという心理の成せる業にすぎないのです。それが高じると信仰になります。
 こういうことは、マジックや錯覚でよく利用されています。自分に外にあるものを、どこまで客観視できるのかの実験です。同じ長さの2本の線なのに長短にみえたり、効いていないのに効いているようにみえたり、ピンクなのに緑にみえたりする。脳にそれに反応するニューロンがあれば、私たちはそういうふうにみるのです。聞くのも嗅ぐのも、すべてそうなのです。
 真実を知りたくても、五感で捉えているのは、事実でなく、感覚の世界、脳の認知する中でのことにすぎません。真の存在というのでなく、存在を感知した脳の回路の活動なわけです。となると、感じる状況によって、かなり大きくぶれるものです。しかし、その心理や信仰を利用しての芸や作品でもあるわけです。
 

今日のトレーナーのできごと

Mさん、今の課題は、口腔内の軟口蓋をしっかり開けて歌うこと。口腔の奥をアーチ型のように引き上げて歌うには、下顎やら、舌根やらに力が入っていてはなかなか引きあがらないもの。少しずつ改善がみられていますので、この調子で探求していきましょう。fish

ポール・マッカトニー来日 お知らせ

東京ドーム公演が行われました。昨年の体調不良によるコンサート中止から待ちわびていた方も多かったのではないでしょうか。cd

2015年4月22日 (水)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○偏りをつくる

 偏りのない人はいません。そういう人が仮にいたとしたら、すべての人に無力なように思うのです。私のところはあらゆるタイプの人、他のスクールやトレーナーでは通じないような人も多く来ます。そこで、トレーナーやレッスンについて偏りをなくすよう努めるのでなく、すべて受け入れられるように、違うタイプ、すべての偏りをセットし用途してきたのです。
 
 私は、薬もヴォイトレもダメと言っているのではないのです。トレーナーもレッスンを受講する人もこのくらいのことは知っておくべきだと思うのです。本来は、レッスンの受講生はこんなことを知らない方が、早くそれなりの効果が出るのです。しかし、今は、情報に振り回されている人が多くなったから、振り切ってあげるために述べています。中途半端な情報で効果を減じている弊害の方が多いのです。それなら本当のところまで深く知った方がよいと思うのです。どのトレーナーがよいとか悪いとかいうなら、好みでなく実力の判断というならば、このくらいは知って、うまく使ってくださいということです。

言葉の表現力へのアプローチ

歌にしろ台詞にしろ、言葉の表現力が乏しい場合の一番の理由は、言葉の内容を読み手が体感して言葉にのせていないことが、ほとんどだと私は考えています。子音や母音などフレージング発声のテクニックとはまた別の話です。
つまりシンプルに日常のような体感をもって言葉を発すればいいのです。日常は必ず状況があって、状況に応じて心理が働き、自分の体感に基づいた言葉を発します。パフォーマンスをする際は、この日常誰もがやっている体感を生み出してから言葉にのせる、という過程を訓練しなければならないのです。
よって、朗読や歌唱などの際、与えられた言葉の具体的な感覚(五感)を生み出すために為に、その言葉からイメージされる情景や臭いなどを具体的にイメージして体感する訓練をしなければならないのです。そして、その体感を言葉にのせなければならないのです。もちろんコツはあります。
その練習方法として、例えば朗読の際に文章を続けて読むのではなく、自分がイメージできる範囲内で文節ごとに切って、丁寧にイメージしてから語る・・・など遅々とした丁寧な過程の練習が効果的です。また敢えて無理のない程度に、その言葉から生まれる心理に叶ったゼスチャーをつけて読むと心理にも言葉にも艶が生まれます。「歌詞や台詞を表現豊かに!」と伝えるのは簡単ですが、地味ではありますが着実に成長を促すにはこういった訓練が必要かと思います。「発声と発想は一致する」と思ってください。以上は、僕の演技を通じて学んできた体験に基づいた持論です。(♭Д)

2015年4月21日 (火)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○分析の限界  

私は、声のレッスンを科学的にも分析してきました。それは実験科学のようなことです。とはいえ、いくら何をやったから(方法)、こういう効果(結果)が出たといっても、その因果関係は証明できません。  私はときおり、学会に誘われます。「十数名に実験したところ、この方法を用いると半分以上の人がよくなった」というような発表を聞くことがあります。それは、その方法を用いなかった人と用いた人を比べるだけで、決して全員がよくなったということではないのです。それよりも、サンプルがわずかに十数名で発表できるというのは悲しい。何よりもその母集団がどのくらいに一般化できるのか、(つまり属性、年齢や経歴…)という点だけでも疑問視されることが大半です。これでは、単に「相対関係がありそうだ」「そういう傾向なのだ」ということにすぎません。大半は、データでなくてもわかっていることであり、そんな細かな分析作業よりも、もっと前提とすべき大きな条件を問うべきことが多いものです。  たとえば、「風邪で薬を飲んだら熱が下がりました」というのは因果関係でなく、相関関係としてのデータが当てはまったとしか言えないのです。薬を飲んでなくても熱はいずれ下がります。そのために治験といって偽薬とその薬とを何人もの人に試しては、効果を調べます。100人のうち、偽薬で30人、本物で60人に効果があったら、この薬は2倍も効くので有効とされるわけです。一人の同じ症状のときに2通りの薬で試すことはできません。ヴォイトレの効果では、もっと複雑な条件下で起こっているのです。それを参考にでなく、そのまま信じてしまう人の方が問題です。でも、結果は自らのその後の歩みで出るからよいでしょう。とはいえ、何もしなくても10歩は歩けたはずなのに、早く3歩歩けたと大喜びする人がとても多いのです。そのため、トレーニングの残りの7歩や97歩などがみえなくなってしまうのです。それをはっきりと示すのが、トレーナーの第一の使命に思うのです。それは、数多くの人を長くみていくことと将来の予測を広くできなくてはいけません。到底ですが、そこへ挑んでさえいないのが問題だと思います。  ヴォイトレの結果に、「絶対」「100パーセント」「誰でも」は、ハイレベルにおいて、ありえません。

今日のトレーナーのできごと

Dさん、母音を開ける、子音をしっかり発音する、でも全体をレガート(滑らか)に発音する、これらをちゃんと実践できていました!leo

スカイプレッスン お知らせ

スカイプレッスン用に配置を整えました。安定したレッスンを行うことができました。clover

2015年4月20日 (月)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○当てはまらない人

 これはこれまで述べたように、天才的、あるいは、オリジナリティあふれる人、これをプラスの極とすると、全く人並みから離れてうまくいかない人、これをマイナスの極として、この両極の人には、ほぼ当てはまらないのです。これを一本の線上に並べてプラスマイナスの極とみるよりは、平均的な人を真ん中に、円の周辺の人になるほど平均的なことは当てはまらないとみるとよいと思うのです。多くの人はどことなく当てはまり、どことなく当てはまらないのですが、それをよしとみるか、違うとみるかだけなのです。
 私のところのトレーナーは、ほぼ皆、声楽専攻で音大にいましたので、そこでの標準化されたやり方やそれによる一般的な習得プロセスは、ほぼ理解しています。十代後半で普通の喉をもつ、優秀なのかどうかはともかく、ひどい損傷のない人への確実な上達方法は知っています。
 しかし、一般社会へ出たら、年齢も育ち方も全く違う人たちがいます。同じ日本人とはいえ、千差万別、「そのなかのルール」に当てはまらない人は、相当数いるのです。少なくとも、音大生はドの音を出してドを出せない人を身近にみてきていないのです。そういうトレーナーにいきなり異分野のプロを任せるのです。するとショックを受けて厳しく育ちます。
 よいトレーナーは、自らが育つトレーナーですから、育つようにします。すると、生徒さんもそうなるからです。
 

今日のトレーナーのできごと

Aさん、体から十分息が出て、発声が柔らかくなりましたね。力ではなく、支えで歌えてきたようです。また練習しましょう。penguin

2015年4月19日 (日)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○トレーニングにおける効果について

 私は、あたりまえに考えるべきあたりまえのことを、なぜ多くの人は自分で考えずに人に聞くのか、人に聞いて、それを鵜呑みにするのを不思議に思うことがよくあります。  私もいろいろ聞かれる立場なので「私はこう思うよ」と言うこともあるのですが、これは、この研究所でトレーナーも私を習って身につけた美徳でしょう。それは「私にとっては今のところ、こう考えられるよ」ということです。「あなたにとっても」そうであり、しかも「あなたの将来において」そうである保証などはないのです。「今のところ」ですから「明日の私」は別のことを言うかもしれません。  しかし、トレーナーに関わらず、教える人は「あなたはこうなる」と断定のように話すわけです。もし、それがほぼ、これまで正しかったとしても、あなたがそうなるとは限りません。大体は、それが正しかったと思ってしまう人だけが、トレーナーの周りに残るので、さらにそこに合わせて、トレーナーの考え方や方法も偏っていくものです。そういったものが、これからもあらゆる人に正しい保証はありません。偏っているからこそ、その偏りに合わせたい人だけが来るのでうまくいくとも評価できます。  私としては、トレーナーの偏りに注意して一般的なところへ戻して(初心にかえらせる)いくのと、さらにその偏りを進めて独自の強い分野を持たせるのを併行しています。  A.一般的、平均的、普遍的。誰にでも当てはまるレッスン。  B.特殊、偏向した独自の相手や時期を選ぶレッスン。  と2つあることで、その間にもさまざまな可能性にあるメニュも生まれやすくなります。しかも2人での組み合わせで4パターン、3人で8パターンとなりますから、複数のトレーナーで併行させてレッスンさせる意味が、まさに相乗効果となるのです。  そこに 達人の経験とか、研究者の科学とかが入ったところで、その確からしさは、“相対的”に上がるだけです。まして、例外的な一人、それがあなたならあなたにとってはすべてが別です。当てはまらないとしたら100パーセントはずれるわけです。しかし、本当は、その全くの間違いから大変革のチャンスがあるので、人間や人生というのは、すごくておもしろいのですが。  

今日のトレーナーのできごと

Wさん、浜辺の歌を歌うと、

高音域が非常にいい声で歌えていました。
疲れると思いますが、この感覚にどんどん慣れていきましょう。horse

ラーメン店 お知らせ

代々木には、ラーメン店noodleがたくさんあります。研究所のある東口には、「角栄」や「御天」。反対の西口には、「らすた」や「代々木商店」など、こってり系が多いかも知れません。virgo

2015年4月18日 (土)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○パワーなし  

型を通じて型の上に出ていくのが、達人の出たあと、そういう型にはまって出られなくなると、その型は、かつての天才を思い出させるゆえの装置として使われるようになっていきます。「美空ひばりトリビュートアルバム」、トリビュートを出すのはよいことです。美空ひばりを知らない人に何を与えられるか、その曲、詞はどこまで通じるのか、それをみますと、ベテランの演歌歌手でも、ひばりの型にはまる(ものまねになり、足をすくわれる)か、そこを切り離し自分の歌のようにする人か、どちらかです。その型を最大に活かして自分と今の世界を表現できている人、いや、もしかすると試みようとしている人さえほとんどいません。  デビュー時の才能や資質が、プロになったあとに消費されているだけで、さらに高めて最大限に発揮されるようにプロデュースもされてこなかったのです。日本人のお客さんに純粋に対応していった結果、アーティストはプリミティブなパワーを失っていったともいえます。世界で通じる歌唱力で世界の一流のアーティストにも認められた美空ひばりが、世界に知られていない、ヒットもしなかったのは、時代のせいばかりとは言えないと思うのです。「王や長嶋が大リーグに入っていたら」などと似たような愚問なのでしょうか。  日本の芸は、聴き込めば入ってくるものです。パワーで押して持ち上げてくるものではないのでしょう。歌詞が中心であり、メロディののりに母音のビブラートです。生活のなかで強い言語のリズムやパワーで盛り上がっていく欧米、アフリカとは言うまでもなく、アジアなども含めて、それらと違うように思います。  何よりも、日本人は、和、共感、謙虚さを尊びます。しかし、それは、戦い、競争の次にくる世界を創れるのでしょうか。創っていくのに一歩引いていく、そういうことなのでしょうか。

今日のトレーナーのできごと

Eさん、声を出す前のブレスですべてが決まります。息を吸った瞬間に喉の奥を開きます。喉のポジションを作ります。良い声をお持ちなので、じっくり発声を勉強されると良いかと思います。scorpius

2015年4月17日 (金)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

〇未成熟のままに  

日本人においては、完成されたものより、未成熟でのプロセスが人を惹きつけます。弱者の文化、弱者としての生存術が、日本の歌謡においても、特に大戦後は頑ななものとして続いています。その前に流行歌まで禁じられていたという状態からの反動もあったと思われますが。  アメリカによる徹底した破壊と敗戦から一転して、予想外の解放と自由が与えられたわけです。これが中国やソ連の統治下であったなら、日本の戦後は全く異なっていたでしょう。もう少し自立して、父権的、武士的なもの、和魂が残ったのでは、と思います。日本に侵略されたと訴えを大にしている2つの隣国と同じく、多くの日本人もまた、戦争の前の日本人、特に軍隊(上官)や軍国主義が嫌いだったのだと思うのです。  今、滅びていく芸は、そういった体質から抜けきれないものが少なくありません。スポーツもです。相撲、柔道、水泳、プロレス、格闘技…、創始者が奔放に創造してきたことを継承して、模範の型やルールに定まっていきます。けれど、その分、保守化してエネルギーが奪われてしまいます。すると、それを超えるものが、他に生まれ育ち、取って代わっていく。それが人類の歩みでもあったわけです。  とはいえ、結果として、何であれ、世界で、民主主義国家と資本主義をもっとも完全に近い形で実現しているのはまぎれもなく日本。そういうことで、そこを否定しているわけではありません。そのやさしさが、表現のパワーにならず、無関心、「表だって行動せず」のようになっているのを誰が責められましょうか。昭和天皇は「自分が正しいと思う人が一歩下がれば争いは起きない」と言い残されました。  

レッスンでのひとこま

以前喉を壊して結節ができているという方と、今日は久しぶりのレッスンでした。「おはようございます」と明るくいつもの調子でスタジオに入ってきましたが、なんだかいつもと声が違う・・・。
ずっと前に声が出なくて悩んでいた頃の、少しかすれた声で話しています。「風邪を引いて以来、ずっとこんな感じで・・・それでもずいぶんよくなったんです。」
この方、お仕事で毎日声を使っています。ですから、数日のお休みは取れたものの、風邪だからと言ってゆっくり休むこともできなかったようです。「耳鼻科に行ったら、やっぱり結節は残っていました。」
そうか、結節とはそれほどしぶといものなんだ・・・と改めて私、わかりました。「一度作ったら手術しないと治らないよ」、と聞いたことがありましたが、自然治癒はやはり難しいのかもしれませんね。
医学的なことは全く専門外ですのでわかりませんが、この方、そうは言っても、普段の発声はとてもよくなったのです。かすれていて出しにくそうにしていた音域も、最近では艶が出て、いつでもクリアに出せるようになりました。ですから、ひょっとして結節は跡形もなくなったのかな?なんて思っていたのですが、まだあるとの事。ということは、発声のポジションが変わったということですね。それは素晴らしい!!
さて、今日のレッスン。話し声は少々かすれ気味でしたが、ゆっくり丁寧に声帯を起していきました。ハミングをしたり、軽く当ててみたり・・・。20分後、声は風邪で壊す前の、艶のある声に戻りました。
私の勝手な判断ですが、もしかしたら、風邪で休んでいて新しく覚えた筋肉や感覚を忘れてしまっただけなのではないかな?と思いました。確かに風邪による声帯の炎症はまだあるのでしょう。おまけに結節も・・・。それでも無理をせず、少しずつ温めて感覚を取り戻していったら、思い出したのです。艶が戻ったのです。これには私もびっくり!!二人で喜びました。
こんな時、トレーナーとしての喜びを感じます。とにかく真面目で努力の人です。その姿を見て、私ももっと貪欲に歌に向かっていかなければいけないなあと感じます。皆さんから学ぶこともたくさんです。今日はなんだかとても嬉しくて温かい気持ちになりました。(♯Å)

2015年4月16日 (木)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○革新していく

 日本は、一端、形、型ができると、それを深めるのに純化していく傾向が強く、そうして強国には築かれた縦社会ゆえ大きな障壁となっています。縦割り行政ということばでよく使われていますが、障害となるのは行政だけではありません。大横綱ゆえに代表理事をやる、料理長が経営をやる、選手として実績のある人が監督やゼネラルマネジャーをやる。それは、本当は、違う才能とキャリアが必要だとは考えないのです。そこで、おかしなことが起こるのです。一流のアーティストとしての才能は、ビジネスやマネジメントの才能とは別、ということもわかっていないのです。
 それゆえ、日本は、アーティストが一流の作品をつくることに専念しにくい環境といえなくありません。根本的には、大きな革新ができず、古いものを残していく、そのわりに新しいものが好きで、どんどん惜しげもなく前の世代のものを跡形なく壊して、リニューアルしてしまうのが日本人のように、私は思うのです。
 私などは、ずっとたくさんのすぐれたトレーナーを使ってきているのに、ずっとたくさんの古今東西のすぐれたメニュの革新をしてきているのに、研究所で声の研究をしているのに、そういう面で評価を受けられません。研究では、自分がすぐれた研究をするとともに、自分よりすぐれた人を集めて、よりすぐれていくようにしていくことがもっと重要だと思うのですが。

今日のトレーナーのできごと

Iさん、とてもよくなってきましたね。

音楽が聞こえてきてとても心地よかったです。

時にはパワーがの曲もやりつつ今日のような曲も歌えるようトレー

ニングしていきましょうね。taurus

ビジネスマン お知らせ

取締役のTさん、忙しいお仕事の合間をぬって通っていらっしゃいます。最近は、スタンダード・ナンバーを歌われていらっしゃいます。clover

2015年4月15日 (水)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

〇判断の違い

 喉の筋肉における運動強度の判断を、私は30年前から行ってきました。そこでも、きついくらいがよいトレーニングになるのは確かです。今の状態よりは将来に向けてということです。
 表現力が豊かなときの喉の状態は、ベストよりはやや悪いことが多いのです。つまり、すでに疲れてきているのです。これを歌手や役者は、感情や声の表情が出やすく客に伝わりやすいので、表現力になっていると思い、好んでしまいます。その区別のできていない人が、プロでも大半なのです。
 しかし、それは、あたりまえのことです。彼らはトレーナーではありません。表現を発声より優先するからです。だからこそ、プロデューサー、演出家、アーティスト、そして、本人自身と、トレーナーとは判断を異にしなくてはいけないともいえるのです。そして、その判断こそ、日本という環境で、日本人として歌い続ける歌手に対しては、独特なものとなっています。世界のレベルと異なるものを優先してしまうのです。(欧米では、日本人にとってはこの「疲れてきているくらいの声」は、「全く疲れていない声」として何時間も同じように使えているということです。このあたりは「トレ選」を参考にしてください)

発声においての転換期

私の発声のことを書くのもいかがなものかと思いましたが、こんな考えで歌っている歌い手がいるんだという一つの考えで載せてみたいと思います。(あくまでも私の考えでありここで書くことが全ての人に通じるものではないと思ってください) 私はずっと響きを高く明るい声を目指して役15年程歌ってきました。それが声楽の、もっと言えばイタリア人の声に近づくと教わってきたからです。イタリア人の声はもともと高い響きがあってその響きを作る必要があると教わってきましたし、自分もそう思ってきました。でもあるとき思ったのです。自分の声ではないと。 ただその時の声の出し方で舞台には立っていましたし、オペラの主役も含め30程度の役は歌ってきました。でもいつもどこかで高い響きの声を探している自分がいました。そしてある程度年齢がいったときに一つの壁にぶつかりました。強い表現は得意だけど綺麗でゆっくりなレガートな曲が苦手になってきているということです。この部分というのは声楽にとって最も大事な部分で一つの実力をみる要素でもあります。これがむずかしくなってきていることに対して、自分のテクニックの未熟さを感じ始めました。勢いでいける曲は全く問題なかったのですがレガートな曲はどんどん辛くなっていました。今思うと響きを自分から作りにいって結果的に「声を作っていた」ということだと思います。喉も身体も堅くなっていましたしそれでは息も流れません。そこの部分を解決していくためには一度今までも声のポジションを捨てる覚悟、今までも歌えていたが歌えなくなる覚悟、仕事がなくなる覚悟が必要でした。(♭Σ)

今日のトレーナーのできごと

Oさん、よい機会なので、体調管理を、あの手この手でがんばってみましょう。taurus

ブログのデザイン お知らせ

ブログのデザインを一新しました。

レクチャー・レッスンメモ http://bvt.txt-nifty.com/professional/

みなさんのお勧めアーティスト http://bvt.txt-nifty.com/bvlibrary/

レッスン受講生の皆さんのレッスンからの声  http://bvt.txt-nifty.com/lessonreport/

 

2015年4月14日 (火)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

〇マッスルメモリー

 長期の絶対量からは、効率的ではなくても、フィジカルやメンタル面で、得たものが多々あったと思っています。自信というのも、そこにしか根拠はおけません。それに加えて、継続していくことの大切さを身に入れました。その上でようやく、今の自分を把握して、うまくバランスをとれるようになります。
 そうこうしているうちに、体調が悪いときにハードな練習を行って、さらに悪化させるようなこともなくなりました。無理ができなくなったともいえますが、年を経ると知恵と技術がつくものです。
 若いときのトレーニングは、昔とった杵柄で、体に記憶されているものです。声を扱う喉のマッスルメモリーは確かにあります。ただし、他の筋肉よりも本当に微妙にコントロールしなくてはなりません。
 この辺りが、「声が太く鍛えられている人は、どちらかというと音楽的に鈍く、器用で音楽的な才能に恵まれている人ほど、声は鍛えられていない」という、日本人の独自の問題があるように思います。私は、そこをずっと追及してきたのです。
 なぜ、日本人は(特に歌手)、デビュー時でマックス、その後、3、4年で歌唱力が落ち、平凡で器用なだけになるのか、向うの人のようにしぜんに声を扱えないのか。それを取り巻く環境と共に研究し続け、ヴォイトレに結び付けてきたのです。
 

今日のトレーナーのできごと

Iさん、日々よくなっています!ブレスも日々慣れていっているようですので、引き続き、できるだけ丁寧に吸うことを心がけましょう。
身体が慣れてくれば、短い間でも浅くならずに吸う事ができるようになると思います。horse

マスコミ掲載履歴 お知らせ

マスコミ掲載履歴」と「刊行履歴一覧」を更新しました。

2015年4月13日 (月)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

〇判断の違い  

喉の筋肉における運動強度の判断を、私は30年前から行ってきました。そこでも、きついくらいがよいトレーニングになるのは確かです。今の状態よりは将来に向けてということです。  表現力が豊かなときの喉の状態は、ベストよりはやや悪いことが多いのです。つまり、すでに疲れてきているのです。これを歌手や役者は、感情や声の表情が出やすく客に伝わりやすいので、表現力になっていると思い、好んでしまいます。その区別のできていない人が、プロでも大半なのです。  しかし、それは、あたりまえのことです。彼らはトレーナーではありません。表現を発声より優先するからです。だからこそ、プロデューサー、演出家、アーティスト、そして、本人自身と、トレーナーとは判断を異にしなくてはいけないともいえるのです。そして、その判断こそ、日本という環境で、日本人として歌い続ける歌手に対しては、独特なものとなっています。世界のレベルと異なるものを優先してしまうのです。(欧米では、日本人にとってはこの「疲れてきているくらいの声」は、「全く疲れていない声」として何時間も同じように使えているということです。このあたりは「トレ選」を参考にしてください)

今日のトレーナーのできごと

Mさんは、息を吐いてヴォカリーズをしていただいたときに、とても良く声が出ていたと思います。penguin

ホームページ 更新

ホームページを更新しました。clover

http://www.bvt.co.jp

2015年4月12日 (日)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

〇マッスルメモリー

 長期の絶対量からは、効率的ではなくても、フィジカルやメンタル面で、得たものが多々あったと思っています。自信というのも、そこにしか根拠はおけません。それに加えて、継続していくことの大切さを身に入れました。その上でようやく、今の自分を把握して、うまくバランスをとれるようになります。
 そうこうしているうちに、体調が悪いときにハードな練習を行って、さらに悪化させるようなこともなくなりました。無理ができなくなったともいえますが、年を経ると知恵と技術がつくものです。
 若いときのトレーニングは、昔とった杵柄で、体に記憶されているものです。声を扱う喉のマッスルメモリーは確かにあります。ただし、他の筋肉よりも本当に微妙にコントロールしなくてはなりません。
 この辺りが、「声が太く鍛えられている人は、どちらかというと音楽的に鈍く、器用で音楽的な才能に恵まれている人ほど、声は鍛えられていない」という、日本人の独自の問題があるように思います。私は、そこをずっと追及してきたのです。
 なぜ、日本人は(特に歌手)、デビュー時でマックス、その後、3、4年で歌唱力が落ち、平凡で器用なだけになるのか、向うの人のようにしぜんに声を扱えないのか。それを取り巻く環境と共に研究し続け、ヴォイトレに結び付けてきたのです。
 

今日のトレーナーのできごと

Sさん、高い音もお腹から出す意識を持ちましょう。
付点のリズムをきちんと歌う事で曲の雰囲気が出るので注意して歌いましょう。cat

線路支障 お知らせ

架線を支える支柱が倒れ山手線と京浜東北線に影響がでましたが、Iさんがレッスンを終わる頃には、ほぼ平常運転になり、渋谷のタワーレコードに向かっていかれました。clover

2015年4月11日 (土)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○絶対量としてのトレーニング

 私がマシントレーニングを好きでないのは、スクワットを100回行うくらいは、階段で100段以上登っていることで行っているからです。それ以上、時間があるなら、山にでもいけばよいですし…。時間や場がないから効率的に行うのが、マシントレーニング、ジムなのです。
 若さゆえに私が間違っていたのは、急にたくさんのことを行いすぎたことです。少しずつ、ハードにしていくべきでした。どこかに述べましたが、人の10倍やって、1,2倍くらいの効果だったのかもしれません。しかし、それは若いために可能だった時間やエネルギーの使い方でした。絶対量としての、まさに量、そして、かけた時間でした。
 トレーニングというのですから、少ない時間で、より大きな効果を求めて、メニュや方法をつくっていくのですが、私は、声に関しても、基礎か表現か問わず、最低限の絶対量なくしては通じないと思います。芸事は声がすべてではないので、ややこしくなっているだけです。こんなことを論じることになるとは、という思いですが…。
 

今日のトレーナーのできごと

Tさん、いい響きで歌えていて素晴らしいです。リズムや音が不安なときはまず リズム読みをして音を付けるとスムーズに歌えます。

葉桜 お知らせ

このところの雨で、葉桜になってしまいました。virgo

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2015年4月10日 (金)

今日のメッセージ

〇充実感

 トレーニングで、もし自分を根底から変えるようなものがあるなら、それは、軽、弱、楽でなく、重、強、苦です。そこで練り込んだことを忘れた頃にできているものへアプローチは、それだけ厳しく辛いものなのです。
 とはいえ、辛いからといって、そのことがトレーニングと思うような人をみると、そうではないとも言いたくなります。辛いための辛いは、楽なための楽よりもよくないとも思います。長くなればなおさらです。自分を高める、向上していくための苦しさ辛さというのは、同時に充実した喜びでもあるはずです。自分を超えることに対しての大きな救い、歓びがあるのです。
 

声の土台づくり

声を大きく強くだす習慣がない人にいきなり響きや呼吸といっても、屋台骨がしっかりとしていない家に外装、内装ばかりを気にしているように感じてしまうのです。
私が素晴らしいと思うイタリア人の音楽家が日本人に指導しているときにいい声や響きの前に声を出せといっていたのですがまさにそこだと思うのです。まずは土台作りが大事なのです。この点に関して言えばすぐにはできません。同じようなトレーニングを毎日毎日くりかえし行って初めて何かをつかむことからだと思います。が私はこれこそが声楽の本質ではないかと思います。綺麗な声、広い音域よりも「一声聴いて凄い声」でありたいと思う自分の考えもあるのかもしれません。それを強制するつもりはまったくありませんがこんな考えの声楽家もいるんだなと思っていただけると幸いです。(♭Σ)

玄関の木 お知らせ

春を迎え、枝も伸びてきて、新しい葉もたくさんでてきました。

2015年4月 9日 (木)

今日のメッセージ

〇マスケラ、ベルカントのマスター

 マスケラ、ベルカントをマスターしたという人の中でも、案外と合っているような人ほど大した声にもなっていないように思います。技術としてマスターした声が、それ以前より表現力に乏しくなっている人もいます。単に「楽に高い声を出せた」だけで判断すると、そういうことになるのです。そこが、ヴォイトレ、発声法、共鳴、マスケラ、ベルカントなど技術の習得を根ざす人が、マニアックに陥る罠です。ここは、本当は判断力での問題ということです。
 

今日のトレーナーのできごと

Mさん、今日はたくさん話して心が開放されているように感じました。chick

スタジオ内のスペース

配置を変え、スペースが広がりました。トレーナーも見本を近くにいって見せるなど、動きやすくなっているようです。clover

2015年4月 8日 (水)

今日のメッセージ

〇充実感

 トレーニングで、もし自分を根底から変えるようなものがあるなら、それは、軽、弱、楽でなく、重、強、苦です。そこで練り込んだことを忘れた頃にできているものへアプローチは、それだけ厳しく辛いものなのです。
 とはいえ、辛いからといって、そのことがトレーニングと思うような人をみると、そうではないとも言いたくなります。辛いための辛いは、楽なための楽よりもよくないとも思います。長くなればなおさらです。自分を高める、向上していくための苦しさ辛さというのは、同時に充実した喜びでもあるはずです。自分を超えることに対しての大きな救い、歓びがあるのです。
 

テノール歌手

私はある日突然、日本人のテノール歌手の声が皆似ているということに違和感が出てきました。皆どこか「ミャー」「ニャー」といった鼻声のような音が多いのです。自分の録音を聞いてもどこか鼻の要素がありますしそれが響きの高い声という感覚がどこかにあったのも否めません。
しかしパヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラス、モナコ、ベルゴンツィ、コレッリなど誰を聞いても自分の声で歌っています。だれがどの声か一声聞けばすぐにわかるぐらいそれぞれ個性的な声です。
私は当時パヴァロッティを好んで聞いていました。パヴァロッティの声は一見とても明るいですし高い音も素晴らしいので太陽のような声という印象を受けますが実際によく聞くとFの音周辺で音が暗くなります。少しこもったような音があるのです。その暗めの音色から高音へもっていくのですが、よく聞くとモナコ、ベルゴンツィ、コレッリなどにはこの音色が必ずあります。全てを明るく開放的に歌っているわけではなくある一定の音では閉じています。この音色が素晴らしいという思いを持ちつつも響きを高く明るい声で歌っていく時期が長く、自分には違うタイプの発声なんだと言い聞かせていました。しかしこの出し方では私の持っている楽器(声帯や筋肉等)では無理をさせていることが次第にわかってくるのです。(♭Σ)

ヴォイストレーナーの仕事 お知らせ

ヴォイストレーナーを目指し、親からスクールを引継ぎする予定のWさんが遠方より、レッスンにこられました。clover

2015年4月 7日 (火)

今日のメッセージ

〇マスケラ、ベルカントのマスター  

マスケラ、ベルカントをマスターしたという人の中でも、案外と合っているような人ほど大した声にもなっていないように思います。技術としてマスターした声が、それ以前より表現力に乏しくなっている人もいます。単に「楽に高い声を出せた」だけで判断すると、そういうことになるのです。そこが、ヴォイトレ、発声法、共鳴、マスケラ、ベルカントなど技術の習得を根ざす人が、マニアックに陥る罠です。ここは、本当は判断力での問題ということです。  

今日のトレーナーのできごと

劇団で活動中のAさんは、個人レッスンは初めてで最初は緊張されていましたが、終わりには「めっちゃ楽しいです」と仰っていました。snail

2015年4月 6日 (月)

今日のメッセージ

○トレーナーの死角

 しばしばトレーナーは、テクニックとして、自身が軽く弱く声をコントロールしてきたことの方向から人に教えます。しかし、自分がそこまでに身につけていた基礎力を忘れている、気づいていない、無視している、もしくは、無駄だったと思って捨ててしまっていることが多々あります。大体は、無駄と思ってしまった方法や長い時間のもつ効用を把握できていないのです。
 器を大きくせず、根っこを深くはらずに、表向きを調整して、出しやすくすると、発声は早く直ります。しかし、それでは、1,2割よくなって、そのままです。短期にみるとよいことでしょう。初心者は、そこでうまくいった、できた、身についたと思ってしまいがちなのです。しかし、それではその先にはいけません。そこから先は伸びません。
 まして、重く深くすることで、鈍く固めてきたような人は、トレーナーにつくとマジックのように声が変わるものです。苦節何年と苦労した人ほど、「新しく画期的な正しいやり方を教えてもらった」とか、「苦労の末、ようやく自ら気づいた」「発見した」「マスターした」と、得心してしまうのです。そして、自分の過去を全面否定してしまう、これは困ったことです。
 

今日のトレーナーのできごと

Sさんがカラオケを長年やっていたが、心境の変化でポップスやシャンソンを歌ってみることになりました。pisces

2015年4月 5日 (日)

今日のメッセージ

〇刺激する

 声は声帯で息を音に変換するのだから、体の大きな筋肉の増強のプロセスとは、多分、異なるものです。といっても、舞台での肉体芸術ということでは、そこを支える心身に求められる条件は、かなりアスリートたちに近いのです。ですからトレーニングにおいて、いつも与えられている刺激量よりも小さいというのでは、はなっから変化は期待できないはずです。
 「軽く弱く出す」ような発声のレッスンを否定しているわけではありません。しかしそれは、「重く強く出す」のよりも本当にずっと難しいのです。誰でも軽く弱くは出せます。誰でもピッチャーとして投げられます。しかし、軽く弱く、絶妙のコントロールなどというのは、重く強くを支える体からの感覚を丁寧にしていかなくては、身につきません。通じるものにはならないのです。通じるものにするには、器を大きくする、つまり、支えをもっと大きくしなくてはいけないのです。
 

今日のトレーナーのできごと

Zさん、高校生ですが、発声練習で、英語の子音に置き換えたらうまくいったので他の子音も英語に置き換えて練習してみることを勧めました。cancer

海外でのレッスン

短期間に海外でレッスンを受けてきたトレーナーdog。時差ボケがまだ少し残っているとのことでしたが、いつもどおりレッスンはスムーズに行われました。clover

2015年4月 4日 (土)

今日のメッセージ

〇絶対量の必要性

 何事であれ、初期のレベルでは絶対量に時間をかける方が効果的なことが多いものです。  筋力のない女性にプロのピッチャーコーチが投球フォームとコントロールを教えても、キャッチャーミートに届かない、あるいは10球で力尽きてしまう。それ以上、球種や投げ方を教えても、生涯、試合に出ることはできないでしょう。そこには、体=筋力のなさという、絶対的に使って鍛えてきた量(=時間)が不足しているという問題があるのです。  2時間、目一杯声を使いたいなら、2時間以上、声を使う経験が、普通は必要と考えるのはあたりまえです。毎日、5~6時間、あまりよくない方法でやっていても…。楽なレッスンだけしかしていないことで、キャリアを積んできた他人に勝ることは稀でしょう。  

今日のトレーナーのできごと

劇団所属のIさんには、「習うより慣れろです。繰り返しやって下さい。」 と、複数のメニュをだしました。capricornus

家族からの紹介 お知らせ

研究所では、知人の紹介以外にも、親子や兄弟、夫婦の紹介でレッスンにいらっしゃる方も多いです。レッスンのメッセージもそれぞれ個別にわけて送っています。clover

2015年4月 3日 (金)

今日のメッセージ

○負荷=器づくり

 さて、ヴォイトレを特別なものと思うがあまり、あたりまえのことがわからなくなっている人が少なくありません。毎日、正味30分話している人が、ヴォイトレで15分声を出しても声は鍛えられません。発声法をよくするからといっても、30分間、声を出せない人ならわかりやすいのですが、30分間出せる人が30分間のレッスンをしているだけでは、2時間、目一杯に使えるところに至るのは難しいのは言うまでもありません。
 そのギャップを埋める。それには、出し方、やり方(口内を広げる、共鳴を集めるなどの方法)だけでは限度があります。下半身が安定していないから、投げられない、打てない野球選手は、走り込むことで体を変える=鍛えるしかないのです。そのギャップを埋めるのは、負荷をかけることになり、結果、器が大きくなってレベルアップするのです。
 

自分では気づかない、遠回り

たまにトレーナーの指示を自分なりに解釈しようと考えて、結果的に、あさっての方向に進んでしまう人がいます。
今までレッスンの中で取り入れてきたことをやっているようなのですが、トレーニングは生ものですので、常に変化し続けます。その当時に必要だったことを、今やろうとしても、今は別の課題があったりするものなのです。例えば、薬などでもそうですよね。大病をした時に、最初は強めの薬を出してもらうと思いますが、徐々にその後の症状に合わせた内容になっていく。強い薬を続けて使用すると、却って副作用を起こしたりする。状況に合わせた処方が必要なのです。
上達が早い人をみると、持論よりも、今言われていることに必死に喰らいついてきます。だから伸びるのだと思いました。もしも、わからないことや疑問に思うことがあれば、トレーナーに投げかけて、すりあわせをしていきましょう。生徒さんとトレーナーの考えていることは、必ずしも一致しません。なぜなら、自分自身では無いからです。自分の考えの中だけで進むことは、自ら遠回りを選ぶことに繋がります。
疑問に思うことは遠慮なく質問し、自分の悩みが少ない状態を作りましょう。そして、考えを柔軟に持ち、自分の変化に対して臨機応変に対応できるゆとりを持ちましょう。(♭Я)

2015年4月 2日 (木)

今日のメッセージ

○鍛える=柔軟に働く

 私は、自分のブレスヴォイストレーニングを、声を鍛えるトレーニングと位置付けています。筋トレも筋肉を鍛えたらよいというのでなく、目的(競技)に合わせて、より応用度が高く柔軟に働くように筋肉をしていくのですから、声も同じです。ボディビルダーのように、外側だけ美しくみえるようにだけ鍛えても何ともならないのは、アスリートも歌手も同じです。となると、歌手のため、役者のため、一般の人のための筋トレというのもあってもよいと思います。
 英語には、発音のための表情筋や他の筋トレなどあるようです。呼吸筋も大いに関係するでしょう。発声についても同じことが言えます。
 

今日のトレーナーのできごと

Dさん、今月、シャンソンのコンクールで歌われるとのことです。snail

桜 お知らせ

今年も研究所近くの桜がきれいに咲きました。virgo

Photo

2015年4月 1日 (水)

今日のメッセージ

〇鍛えるということ

Q.喉を鍛えるのはよくないと言われました。

A.私は、トレーニングとは鍛えることだと思っています。ヴォイトレは、ヴォイストレーニング=声トレーニング=声を鍛えるです。筋トレ=筋肉を鍛える、ですが、これと異なり、声を鍛えることは、よくわからないことがたくさんあります。喉の筋肉を直接鍛えることも難しいです。
 鍛えられるということは、そこが弱っている人がいることからも確かですが、鍛えた筋力で声を押し出すわけではないからです。また、他の筋肉や骨のように壊して再生、強化するのでもないでしょう。
 声のトレーニングとなると声に関して行うトレーニングとなって、もっとぼやけます。でも「鍛えられた筋肉」というのに「鍛えられた声」というのを対置するのはおかしくないでしょう。それは確かに存在すると、多くの人が感じているからです。現実に、言語機能回復のリハビリでは「鍛える」ようにしているわけです。
 今のヴォイトレというのが、鍛えられた声を目指すとは限らない、むしろ、目指していないから、わかりにくくなっているともいえるのです。
 

発声のメソッド

マリオ・デル・モナコ、エンリーコ・カルーゾー、ジュセッペ・ジャコミーニなどの伝説的な歌手の録音、映像、資料などを集めるのが趣味の私からするとこのレベルの人達は自分独自の発声のメソードがあると思うのです。それは人が真似してもできるものでもないですし、他人がそのメソードを100%まねできたとしても一歩間違えば喉や声そのものを壊す危険性すらあると思います。その誰にもまねできないレベルの声というのは素晴らしいものがあります。誰もできないから素晴らしいのでしょう。
モナコが日本に来た公演後日本のテノールは皆モナコの真似して喉を壊したという話を聞いたことがあります。聴いた当初はバカだなと思いましたが、今思えば壊すか、壊さないかのギリギリで鍛えた声だからこそ「黄金のトランペット」なんていうあだ名があるんだろうなと思います。きっと同じ発声を100人やって、やり続けて1人、2人それっぽくなるかならないかの世界だと思うので、トレーナーの立場としてはこれを推奨はできません。でもこういう声の世界があるのも事実なので自分は目指してみたいなと思うのです。(♭Σ)

新年度 お知らせ

いよいよ新年度がはじまりました。

職場や学校などあらたな環境になられた方も多いと思います。

研究所も環境やシステムをさらに整えていきます。

ブログ更新 お知らせ

「プロフェッショナルへの伝言」

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「レッスン受講生の皆さんのレッスンからの声」

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