« 今日のトレーナーのできごと | トップページ | 言葉の表現力へのアプローチ »

2015年4月21日 (火)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○分析の限界  

私は、声のレッスンを科学的にも分析してきました。それは実験科学のようなことです。とはいえ、いくら何をやったから(方法)、こういう効果(結果)が出たといっても、その因果関係は証明できません。  私はときおり、学会に誘われます。「十数名に実験したところ、この方法を用いると半分以上の人がよくなった」というような発表を聞くことがあります。それは、その方法を用いなかった人と用いた人を比べるだけで、決して全員がよくなったということではないのです。それよりも、サンプルがわずかに十数名で発表できるというのは悲しい。何よりもその母集団がどのくらいに一般化できるのか、(つまり属性、年齢や経歴…)という点だけでも疑問視されることが大半です。これでは、単に「相対関係がありそうだ」「そういう傾向なのだ」ということにすぎません。大半は、データでなくてもわかっていることであり、そんな細かな分析作業よりも、もっと前提とすべき大きな条件を問うべきことが多いものです。  たとえば、「風邪で薬を飲んだら熱が下がりました」というのは因果関係でなく、相関関係としてのデータが当てはまったとしか言えないのです。薬を飲んでなくても熱はいずれ下がります。そのために治験といって偽薬とその薬とを何人もの人に試しては、効果を調べます。100人のうち、偽薬で30人、本物で60人に効果があったら、この薬は2倍も効くので有効とされるわけです。一人の同じ症状のときに2通りの薬で試すことはできません。ヴォイトレの効果では、もっと複雑な条件下で起こっているのです。それを参考にでなく、そのまま信じてしまう人の方が問題です。でも、結果は自らのその後の歩みで出るからよいでしょう。とはいえ、何もしなくても10歩は歩けたはずなのに、早く3歩歩けたと大喜びする人がとても多いのです。そのため、トレーニングの残りの7歩や97歩などがみえなくなってしまうのです。それをはっきりと示すのが、トレーナーの第一の使命に思うのです。それは、数多くの人を長くみていくことと将来の予測を広くできなくてはいけません。到底ですが、そこへ挑んでさえいないのが問題だと思います。  ヴォイトレの結果に、「絶対」「100パーセント」「誰でも」は、ハイレベルにおいて、ありえません。

« 今日のトレーナーのできごと | トップページ | 言葉の表現力へのアプローチ »

13)連載「ヴォイストレーナーの選び方」」カテゴリの記事