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2015年5月 6日 (水)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○実践からのトレーニング  

実践における基本の能力差を埋めるために、これまでにもさまざまな基本トレーニングが生み出されてきました。それは実践でのパワーアップよりも、正確さも含め、調整のためにシミュレーションされたものが大半です。大きくは器を広げるものと、より器を完全にするもの、つまり、パワーアップと確実性(正確さ、丁寧さ)の2つが必要なのに、後者だけしか使われてこなかった。日本人がまねた欧米というものも、大半がそうだったというのは、これまでも何度も述べてきました。一時、日本でそういうものがよく使われた時期はあったようですが、主流になりませんでした。  マラソンにおける高地トレーニングなどは前者の一つでしょう。より大きな刺激、過酷な条件を得ることで、量、スピード、長時間でメンタル、フィジカルを鍛える。それによって、より完全、確実にするのです。  この2つを伴わせてなくてはならないのです。一方に偏ると害になります。パワートレーニングばかりではフィジカルは強くなっても実践に向くわけがありません。こういうことは日本でも気づいた人はいました。調整だけでは厳密に調整できないからとパワーが一時重んじられたのに、形にまでできず、再び調整中心になったのでしょう。スポーツではありえないことも、音響のフォローで可能のように思われたからです。  バッターなら、大振りして当たったらホームランという力をつける、球威に負けないパワーが必要です。しかし、本当はより確実、正確にするために大振りでなく、シャープに振り切るスピードのパワーが必要なのです。  そこで実践だけで声は育て、あとはそれを模したフレーズトレーニングだけを中心にした方がよいという考えが反動として出てきます。せりふや歌でいうと、舞台に出すもので実践の練習することが第一であると。その考えは、劇団などでは今でも主流であり、落語、邦楽などでは、まさに実践練習だけで声もコントロールしていくのです。  そこだけをトレーニングとして分けたのがヴォイトレですが、不要なものというわけです。せりふの暗誦ということで練習の優先順位からもそうなりがちです。すると、パーフェクトを目指す一流の人か、他の人に声からついていけない人にしか、その需要がないということになります。この二者に必要性がわかりやすいからです。

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