« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月

2015年7月31日 (金)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○剥き出す

 レッスンに、理屈、言い訳、責任転嫁といったものが許されるようになれば、それはもはやレッスンではありません。でも、これまでにそういうことさえ学ぶ場も時間もなかったのなら、それを学ぶという使い方からでもよいと思っています。
 これも、いつかでなく、今すぐ、ワープして欲しいものです。声を通したら一瞬にできるはずなのです。
 そういった、周りの余計なもの、余分なものを削いでいかなくては、本質を剥き出せません。剥き出すには、耐え難い覚悟もいるかもしれません。周りの声というのは、それに影響を受けやすい人には、ときに大きな邪魔や障害になるものです。
 生きている、その実感においてしか人に本当に伝わるものはつくれないのです。そうした実践は、頭でなく体で行うしかないのです。

基礎の部分を習っている人に心がけなければならないこと

基礎の練習とは、その人の実情に合わせて、今、最も必要なことを練習することです。これはトレーナーの判断力が必要です。声がどの程度出ているのか、声の重心は安定しているのか、息は吸えているのか、また、吐けているのか、声と体が連携できているのか、などなど。それによってメニュは異なります。最近、生徒さんを見ていると、声がまだ浅い生徒さん(大きな声を出す機会があまりない人は、ほとんどがこのような人です)のほとんどは、必要にして十分なブレスを吸えていない状態というのが、パターンとして多く当てはまります。このような生徒さんをどのように伸ばすかという部分で色々なメソッドがあると思いますが、「十分な息を吸えるようになる」という課題をクリアーする前に、「吸い方」にこだわってしまうことが多いように感じます。具体的に言うと、「口から吸うことは絶対にダメで、鼻から吸うことが正解」というものです。前述のような状態の生徒さんで「鼻から吸いなさい」と教わってきた人のほとんどが、浅いブレスになっているか、声を出したときに鼻声になりやすくなっているのです。それでは根本的な問題が解決せず、本末転倒になってしまうと思います。私の場合、他のトレーナーに長くついている生徒さんであれば、そのトレーナーに教わったやり方を踏襲させ、その上で伸ばすことを心がけることもあります。個人の実情に合わせて柔軟に対応していくことが、トレーナーとして最も重要なことであると思います。(♭Я)

2015年7月30日 (木)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○くり返し

 シンプルなトレーニングメニュをこなすと、その単調さに飽きる人もいます。しかし、そのことを無意識に際限なくくり返していくと、普通は、意識は次のレベルのものを捉えようとします。そして少しずつ深まります。より細やかに丁寧に、しぜんと大きく深くなっていくことを狙ってのことです。
 メニュをこなして次のメニュに行くというのは、メニュをやっているだけで何の意味もない。それでも、あとで、くり返してみて気づくこともあるので、一通り、どんどん進めるのは、アプローチとしては悪くないのですが、その場合には、一通りやり終えた後で、もう一度詰めなくては何にもなりません。
 与えられたメニュをやることで自分の感覚を殺している人も多いように思います。それによって自分の感覚を解放し、気づきを得なくてはいけないのに、どうしてなのでしょう。生徒もトレーナーも共に、教えて、教えられる関係だと思うからです。トレーナーがメニュを教えるのでなく、生徒がメニュで気づかなくてはならない。そこでは、トレーナーは私心を入れず、公平に仲介するだけに専念することです。よかれと思って、自らの思惑で邪魔してはよくないのです。歌い方を教えるなどとなると、尚さらのことです。あまりに形だけのレッスンになっているのに気づいたなら、そこから問うことです。

fukugen更新 お知らせ

fukugen(福言)を更新しました。clover

http://bvt.txt-nifty.com/fukugen/

2015年7月29日 (水)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○トレーニングと一流の差

 トレーニングは、確実な地力をつけていくためのものです。崩れても最低限支えられるだけの器、フォームをつくり、再現性を確保する。まさに礎づくりです。
 再現性=基本は、私のキーワードですね。何回も登場しているので省きます。よく読んでもらえばわかると思いますが、再現性の確保は、目的ではないのです。より大きな飛躍、高い次元を生じさせる、その可能性を高めるための下準備、前提条件にすぎずません。
 一般の人の参加するスポーツなら怪我しないとか、毎日健康に過ごすというのも、最低限での再現性といえます。これは、情報を集めておけば、あるとき閃くかも、というようなものにすぎないのです。
 毎日、徹底的に基礎を重ねなくては、「あるとき」も来ません。この主従関係を捉えないとトレーニングは益なく終わりかねません。そういう人に限ってトレーニングの成果とかやり方に一喜一憂して云々言うので不毛なのです。

アイドルに歌唱力は必要か

先日インターネットニュースで次のようなテロップを見ました。「女声アイドルに歌唱力は必要か否か?」。オリコンがアンケートなどで調べたようですが必要が47.8%、必要ではないが52.2%という結果だったそうです。
これを均衡ととるか歌唱力は必要ではないと思っているほうが多いととるかは人それぞれの判断で変わってくると思いますが、アイドルというジャンルの捉え方が難しくなっていくという印象を私は持ちました。
歌手でも女優でもお笑い芸人でもなく「アイドル」という曖昧なジャンルは何かを鍛えればいい、これが上達すればなれるというものではなくなってきたのかもしれません。歌が下手、踊りも演技も下手。だけどそれを応援したくなるということで集客になるアイドルだっていると思うのです。
アイドルはライブもやるしCDも出す。けど歌手ではないということなのかもしれません。でも現状のCDの売り上げやオリコンなどはAKBグループの活躍が目立ちます。
アイドルの方々はそれぞれの苦労があると思うのですが、アイドルではなく歌手を考えている方には受難の時代なのかもしれません。逆にかなり本格的な歌手という手もあるのかもしれませんね。
(♭Σ)

2015年7月28日 (火)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○声と歌、せりふ、結びつきの強さ

 声と歌やせりふ、この関係も似ています。体と声が一体化のように、それらの内にも距離がない方がよい、バラバラで捉えるより、関係性で捉えられるのがよい。さらに一体となれば、もう正しいも間違いもないのです。
 強い声は、ないよりもあったほうがよい。しかし、それは、体を強く使って出すのではありません。強い体から出る、あるいは、体との強い結びつきから出るのです。となると、強い声を目的に鍛えるのは、あるところまでのことで、そこからは変えなくてはなりません。結びつきを強くする、強い体にする、ということです。
 体、筋肉を強くするなら、トレーニングの量と時間です。研究所では、そこにおいては、音大くらいの声づくりの成果は充分に出しています。しかし、歌やせりふで判断するとしたら、それは量、時間よりは質、深さとなるのです。大きなターニングポイントです。

今日のトレーナーのできごと

Yさん、ブレスを吸うときに、「いい香りだな~」と花や食べ物の香りを嗅ぐように吸うと、いいブレスになり、声も出しやすいようでした。吸い方に気をつけましょう。 持ってらっしゃる感性は、非常に得なものです。普通の人が真似しようと思ってもなかなかできるものではありません。 ほかの人に何を言われても、どうか、その感性は大事にしてください。(牛若丸)

ブログ更新 お知らせ

レッスン受講生の皆さんのレッスンからの声」 を更新しました。 clover

2015年7月27日 (月)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○声と体のイリュージョン

 体の使い方をどうこうすることで、声が出るのではないのです。声が作品の素、あるいはツールだとしたら、それは体に一体化している。すでに声は体なのですから単体として扱っても仕方ないのです。
 例えば、難しいのですが、荷物や他人を背負うのと我が子を背負うのとの重さの違いを考えてみましょう。同じ20キロとしても、かなり違うはずです。
 子共が寝ていたら重くなる。起きている体は、バランスをとって動くので軽いでしょう。自転車の後ろに乗せてもわかることでしょう。これらを実際の重量で判断するのは愚かなことでしょう。感じる重さと測った重量は違うのです。声や耳の世界は、事実と異なることがたくさんあります。科学的より想像的であるべきです。
 生きていること、連がっていること、さらに関係、深さというなら、むしろ愛情の深さで重さは大きく変わるといえばよいのでしょうか。
 自らのなかに取り込むこと、荷物でないから人の声はすでに取り込まれ、体と一つになっているものです。それを外側から取り扱い、仕様に沿って動かそうとするのは、よいアプローチではありません。

今日のトレーナーのできごと

Dさん、自主練の効果がでていました。喉で喋っているときの違いが分かるようになったとの事、素晴らしいですね。ことば帖の基本練習が終わったので、次回からは読みの中で訓練していこうと思います。もし何か読みたい台本などありましたら、お持ちください。(アロマ)

2015年7月26日 (日)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○メニュ

 伝えるにはシンプルにしなくてはなりません。シンプルだから、そのくり返しで質や深さということが感じられてくるのです。シンプルにあるものを説明すると複雑になります。わからなくなります。そこで、ともかく「息を吐いてろ」などということになるのです。
 今のレッスンや本では、それでは雑すぎるということで、それらしきメニュをつくります。多くは自分の経験でなく、それを基に、形として整えて出すことになります。
 ですから、メニュなどは、元より形です。本当は、何であれそこで行われていることでの深みが大切なのです。なのに、いつ知れず、何回何秒行うこと、などとマニュアル、つまり、やりやすいように形になってしまうのです。
 そこには大した根拠も道理もありません。何もないよりは、これから使ってみて、気づいて考えて直していくように、そのために使ったら、という叩き台にすぎません。
 こちらが叩き台として出しているものを大まじめでバイブルのように扱う人たちが出てきて困りました。メニュだけで、その効果や是非など論じられるわけなどないのです。「これで水をすくえ」と投げた空き缶を、どのくらい価値があるか値踏みして騒いでいるようなものです。そもそも、体やその人自身を離れたところにメニュなどあるものでしょうか。

今日のトレーナーのできごと

Tさん、「エ」舌根が上がらないように下あごを下げて、舌先を意識して声を出しましょう。

鏡を見ながら発声した際、ご自分の力で下や口の開け方を気をつけながら
やってらしたので、しっかり感覚をつかむまで鏡を見ながら練習してください。
とても良い声が出ていました。自信を持ってください。(アオザイ)

2015年7月25日 (土)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○脱力の力と伝承

 机の下にもぐって頭を上げたときにぶつかって、ものすごく痛い体験をしたことはありますか。それは、リアルに働く力の大きさを教えてくれます。自分で思いっきり頭をぶつけようとしても、ここまでストレートにきれいな痛みは生じない。限界まで打ち付けようとしても、死ぬつもりでもなければ、どこかカバーしてしまう。いや死ぬ気でぶちつけても難しいでしょう。腰を中心に脱力したときに最大の力が働いているのです。そのとき漫画なら、頭蓋骨が黒でフラッシュアップされる、まさにそういう瞬間は、理想の発声共鳴と思えるのです。
 それでは他人にぶつけてもらう、といっても、まじに殺す気でなければ、やはりカバーしてしまうでしょう。そこで手加減しない覚悟をもつのは、自分に対しては自分でしかないわけです。
 そこまで覚悟した師につけばよいが、殺される可能性の方が高いから教えてはもらえないでしょう。だから、盗むしかない―それが暗黙の了解の上での技の伝承であったと思います。弟子をとるというのは、師の覚悟なのです。
 そうでなければ誰でもよいから何か驚かせてみろよという、緩やかな関係もあると思うのですが。驚かせることをできるのは、ごくごく限られた弟子でしょう。

今日のトレーナーのできごと

Uさん、少し時間をかけてストレッチをしました。声を出すにあたり身体が気持ちいいと思う感覚を感じてください。
コンコーネはキーを下げてAで歌いました。こちらの方が本来の声を無理なく響かせているようで、とても深い声となりました。
サンタルチアは、そのままのキーでよく声に合っていると思います。さらに歌い込んでいきましょう。
低音がとても魅力だと思いますので、まずはご自身が無理なく身体に響くポイントを見つけてそこから広げていきましょう。(マナブ)

2015年7月24日 (金)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○我慢と正念場

 我慢強い世代は、日本にもいました。いや、日本人全体、我慢強い方だったと思います。しかし、軍隊や会社など、組織では強いタイプが、自由な中では、あるいは個としては、必ずしも強くないともいいます。まったく逆のタイプもいますが、今やどちらでも強いといえない、強くありたいとも思わなくなった日本人になってきたようです。
 頭でイメージして理想を固めていくのは無理があります。現実は思うままにいかないのです。しかし、アプローチとしては、強制も自由もどちらも有効だと思うのです。そこからは共に、体が固くなって心も自由になっていないところで限界があります。
 レッスンは、ときとして、そこまで突き詰め、追いつめて、早く大きな限界を目前に現出させることを必要とします。
 一流に憧れ、やり始める時期は、幸せです。下に落ちることもなければ、やった分だけよくなっていくからです。ただそのまま続くということでレッスンになっているというのは、少なくともアーティストへのプロセスではありません。
 もしありえるとしたら、その人が本番で修羅場続きで、そのフォローとしてのメンタルトレーニングとしてレッスンを使っているケースくらいです。それを専らとしているトレーナー、カウンセラーはいますし、私も一部、それを担っています。
 しかし、それだけの場が与えられていないなら、本番以上の正念場としてレッスンはあるべきでしょう。

「癖」について

身体的なものにせよ自意識的なものにせよ、表現者として「好ましくない癖」を感じさせなければ、先ずはプロとして充分かと思います。技術を磨くことと「癖」を取り除くことは、ほぼ同等の意味をもつものだと僕は考えます。個性的表現はいくらでも後からついてきますから。それだけ「癖」を取り除くことは難しく、同時に最優先されねばならないものなのかもしれません。(ここでは「癖」がその表現者の「味」として認識されることについては例外とします。)
まずは「癖」を認識することが大事なのですが、これがなかなかできません。「癖」を認識してるつもりでも、その「癖」を『絶対繰り返してはいけないんだ』という強い意志をもって、『癖』=『悪』と認めるところまで腑に落とし込まねばなりません。癖が中々直らない人には、おそらくどこかに「まあ、いいか」「これでもなんとかなるかな」「でも、この癖が気持ちいいんだよな「どうやって直したらいいのか分からないから・・・」という相反する考えが存在するのではないでしょうか。昔ある演出家に、「自分を変えたいと思う時、その欠点を完全に認めたときには8割問題は解消されている」といわれたことがあります。私もそう思います。(♭Д)

2015年7月23日 (木)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○なる

 なるようになる、これが本道であるのは、何となく多くの人が感じています。天に任せて、これももちろん、やるだけのことをやって、人事を尽くして天命を…ということですが。それならなるようになっている今の自分、これはよしも悪しもなく、今読んでいる今のあなたの今のことですが、なるようになった今、それをみてスタートすることです。
 言われるまでもなく、レッスンもトレーニングも本番も、今、なるようになる、あるいは、なるようにしかならなかった今を全てとしています。
 結果でみる、結果よければ、結果でオーライ、姿勢も呼吸も発声も、すべて今、です。
 しかし、それなら何もしなくともよいということにはならないのです。
 ここから時間は過ぎ、なるようになっている今から、あなたの目指すようになるようにしたい未来へいくのです。このまま何もしないなら、このままどころかさらによくないようになるのはわかりきったことです。
 でも、なるようになっている今をよくみてください。本当になるようになっているのかということです。どこがどうであって、次にどうありたいのかということです。

今日のトレーナーのできごと

Zさん、頭声と胸声のジョイントのところや、音がオクターブ近く飛ぶところを中心にレッスンしていきましたね。感覚は少しつかめたのではないですか? ライブの成功、祈っていますよ!(琴)

2015年7月22日 (水)

黒人霊歌について考える

黒人霊歌と言われる歌があります。有名な曲でいうと「深い川」などがありますが黒人の奴隷制度から生まれた歌のひとつです。他にも「アメージング・グレイス」や「聖者の行進」なども奴隷制度の中から生まれた歌といってもいいでしょう。
アフリカの伝統的な音楽と聖書が組み合わさったものでありジャズの原型と言ってもいいかもしれません。私は「深い川」を自分のコンサートで歌うことがありますが、この歌を歌うときいつも悩み、どう歌おうか未だに試行錯誤しています。
声楽家の中にいると皆喉に注意をはらったり、調子が悪いときには歌わなかったり稽古をやすんだりするという光景はよくみるのでその点に違和感はないのですが黒人霊歌を歌っていた奴隷の方々というのはそんなこというような環境だったのだろうかと考えてしまうと響きや支えや呼吸といった技術論すら無意味に思えてしまうときもあるのです。「深い川」というのは遠い故郷を思って歌ううたですが奴隷として衛生環境も悪い船で連れてこられ一生を奴隷として生きた人々の歌というのは考えてしまうことがとても多いのです。
アメージンググレイスも本当は悲しい歌なのです。このような歌を歌って自分を奮い立たせていた人たちのような歌はきっと私には歌えませんがこれを聴いてくれる人には発声の技術なんて見えないところで歌いたいです。(♭Σ)

2015年7月21日 (火)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

※○姿勢のイス

 年齢をとると、よくなくなるのは無理がきかないことです。体力や気力が欠けると怒りっぽくもなるし、長く物事を続けられないことになります。しかし、そこから学ぶのなら、無理がよくみえてくることです。経験を積むと、知ったかぶりをして無理無駄をなくして、動きを効率化しようとしてしまいます。若いときに無理や無駄というのは、みえないから無理も無駄もできるのです。人脈も金もなく時間があるときの特権です。それが自ずと合理化されてしまうから、早く無理や無駄をたくさんしておくようにというのです。でなくては、個性も味も出てきません。
 私は、だらけた格好では、腰が痛くて長く座れなくなりました。20年前に、24時間以上飛行機に乗り続けないと出てこなかった腰痛が、2、3時間でも出てくるようになったということです。皆に姿勢がよくなったと言われるのは、日頃、偉そうにみえないようにしていたせいでしょうか。
 海外に行くと背筋をしゃんとして大きな声で話すのに、日本では郷に入れば…で。そういえば、モデルの女性も、そうなるまで目立たないように、姿勢、呼吸も声も制限していた過去を持つ人が多く、それゆえ、ヴォイトレも大変です。
 日本の同調圧力で遠慮がちに引いていたのが、何と腰痛のせいで、人体としての構造上、正しいという姿勢にならざるをえなくなる。すると木の椅子でも、車や電車でもシートは倒さなくても平気、それどころか、座るより立つ方が楽になったということです。ソファよりも固いイスの方が楽になったのは、我ながら驚きです。

2015年7月20日 (月)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○場のよさ

 あなた自身において、レッスン、スタジオ以外の方がリラックスできていて、よい状態にあるはずです。それなら、そこを覚えて、ここにもってこれるようにするとよいでしょう。
 なかにはレッスンの場だけで、よくできるという人もいます、それは、それなりに関係性や場の力がうまく働いているといえる。これもありがたいことです。もっとたくさん来て、写しとっていけばよいのです。どちらもレッスンの狙いです。
 私はかつて、ライブのステージをみて、客席からミカンを投げられたら顔にくらうようなものはだめと言ったことがあります。そこで動けないくらい神経が全室内に届いていないのに、声や音が届くものかと思ったのです。

今日のトレーナーのできごと

Iさん、今日は高音のためのトレーニングに伴い、息を吐くこと、横隔膜の強化などに特化してレッスンを行いました。 地声も裏声もご自分で変えられるようですので、これを滑らかに転換のさせてスムーズにフレーズを移行できるといいですね。( アロマ)

fukugen更新 お知らせ

fukugen(福言)を更新しました。clover

http://bvt.txt-nifty.com/fukugen/

2015年7月19日 (日)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○姿勢と呼吸

 正しい姿勢かどうかは、呼吸をみればよいのです。正しいと言ったところで、正しく保とうとしているのだから呼吸は深まっているはずがないのです。深い姿勢、姿が勢いをもっていたら、深いものに感じられます。あるいは、自然、体、呼吸などしていないようにみえるのが一番深いのです。
 すぐにわかるように教えてはならないのは、こういうことがスルーされるからです。その鈍さが助長されるからです。
 教えるならその逆、自ら鈍さに気づく材料を与えることです。
 教えてわかってできるようになったというプロセスには、何ら深さがないからです。正解を覚えてくり返して言えるようになる。そういう知識で論じる人ばかり増えてきました。
 私の体験では、教えず、わからず、できていないという方が、深い、可能性が大きいというケースが多いものです。

今日のトレーナーのできごと

Nさん、基本的な息の吸い方のポジションはよくなってきています。 今後の改善点は、少しあごを下げるつもりの口の状態にすることと、プラスして、吸う時点で、次に歌う言葉の口の状態ができると、より理想的です。閉じ気味になってしまうと、声が浅くなってしまったり、余分な力みが出やすくなります。 (牛若丸)

2015年7月18日 (土)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○マニュアルの弊害

 私の本の「姿勢のチェックリスト」では、それでチェックして判断したという人の質問が相次ぎました。「そうならないが、どのようにやるのか」など。これは姿勢をつくるためのリストでなく、いつ知れず、そうなったものを確認するためのものです。あるいは、最初に漠然とイメージしておくくらいのものでよいのです。すぐこの通りにしようとしなくてよいと述べています。
 姿勢は「これでできていますか」と止めて聞くものではありません。たった一つの正解はありません。あるとしたら危険だといえるかもしれません。
 マニュアル、ことばは、全体を分けて切り取るから、訳のわからないものになるのです。わからないのならまだよいが、そんなにわかりやすいものは大して使えない、わかりやすくわかるとしたら、何にもならないということさえわからなくなったとしたら問題です。マニュアルの弊害を地で行く例です。

発声と音声表現のQ&Aブログ お知らせ

発声と音声表現のQ&Aブログ http://bvt.txt-nifty.com/qablog/

アクセス数が150万を突破しました!clover

2015年7月17日 (金)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○フォーム

 フォームというのは型で、誰しも共通なところがあり、そこでの限界がみえると個人的にアレンジしていくものだとくり返し述べてきました。音楽のベースの感覚を捉え、さらに乗り越えるにも一流の共通を入れることと、自分が出したときの障害をなくすこと、そこで新たな創造が求められるのです。
 共通に入れるのは、異なるものを出すためのです。同じものを食べて同じものが出てくるのは動物です。
 私は共通としてもつべきもののために必要なものを含むもの、そこから学びやすい材料をできるだけ加工せず、生で与えるようにしています。
 料理そのものでなく、新鮮な素材、材料を並べておくのです。包丁の手入れと使い方を最大限に伝えたら、それ以上の何も要らない。そこで関係や場ができたら、自ずと引き出されます。少なくともこちらから先に与えること=教えてはいけないのです。
 引き出された形だけをみて、それを教わったところで何もならない。ですから教えないのです。でも、何もならないことを教えて何もならないことがわかればよいというので教えているというのは、よいとも思っています。それもわからず教えているのは、教えたらこうなるはずだが、という考えで固まってしまうので困るのです。

上達への根本に必要なもの

勉強も仕事も習い事も、何事もそうだと思うのですが、何かを達成するためには、それ相当の熱量が必要になると思います。「何が何でも達成する!」という気概が実はかなり重要なのではないかと思います。生徒さんを見ていても、上達したいという気持ちが高い人ほど、上達するスピードも速いように感じます。つまり、目標が明確なのですね。「なんとなく、できたらいいなぁ」という気持ちの人と、「意地でも習得してやる」という人では、モチベーションにかなりの差がでます。当然、後者のほうがエネルギーに満ちている分だけ、上達も速くなるのだと思います。また、このような人は、行動が非常に早いように感じます。「やりたい」、「なりたい」と思った瞬間から、その為の道を探し、実際に行動し始めます。「チャンスが来るまで待ちぼうけ」ということは、まず無いでしょう。この行動力というのは実はとても難しい課題だと思います。正解を探そうとしてしまう人には苦手な課題かもしれません。しかし、人間は失敗しながら学んでいくものです。自分の起こした行動に、完全な不正解はありません。仮にうまくいかなかったとしても、同時に次への材料を得ているのです。何事も恐れずに早めに行動すること。これが自分のモチベーションを上げるためにも重要な課題だと思います。(♭Я)

2015年7月16日 (木)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○柔軟

 柔軟やストレッチが必要ない人は、それなりに体力もあり、柔軟でもあるからです。スポーツをしていると、おのずとそういった体感レベルになります。スポーツを続けている人は、そうでない人がこのレベルに体をバージョンアップして保つことの難しさを知りません。それでも、すぐれた選手でない人が一流の選手との違いを埋めようとしたら、そこで柔軟やストレッチの、より徹底が求められることに気づくはずです。
 部分を強化してほぐしている、そこにしっかりとしたつながりをもち、常にしなやかに脱力して最大の力が発揮するようにするのは、並大抵の努力では無理です。いや、努力しなくてはいけないというレベルでは無理で、楽しむとか、したくて仕方ないというレベルにならないと外せません。
 誰かに強制された柔軟運動などの方が、最初は早く効果も出るのです。それを自分で強制していくと限界までは行くのです。しかし、しぜんに使えるようになりません。強制せず限界をつくらないような別のルートがあると思ったほうが結果として伸びます。

今日のトレーナーのできごと

Zさん、レコーディングを控えていらっしゃるとの事で、歌を中心にレッスンしました。「フー」で歌ったときの、喉や下あごが楽な状態のまま、下腹は張り出して歌っていただくことを目標にしていただきました。 (アロマ)

芥川賞受賞 羽田圭介氏 お知らせ

羽田圭介氏が第153回芥川賞を受賞しました。 「スクラップ・アンド・ビルド」文學界2015年3月号(文藝春秋)

皆さんも是非、書店で作品をお買い求めください。 8月7日単行本発売(文藝春秋)

2015年7月15日 (水)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○体になじませる

 現実的には、リスクもあるのでシミュレーションによるでしょう。そういうレベルの違いが、車の運転でさえ、一般の人の周りにもあるわけです。これがF1のレーサーともなれば、想像しがたいでしょう。速度の出せない教習所よりは、自然のなかや、広い空港みたいなところで車を体になじませた方がよいでしょう。一方で、ある点では、ゲームでもシミュレートできます。ただ、それを全てと思うと危急の際に何ともならないのですが、宇宙飛行士などは、万一の対応も徹底する心身づくりをするのです。
 車の助手席でもつかむし、無免許運転でもつかんでしまう人もいるでしょう。鈍くても旅や長い道中のときに、そのステップアップした感覚をつかむでしょう。
 車で例えたものが、体かもしれない。いや体と同じです。それを楽器やボールと一体となって感じるときに、ここで自分自身の肉体と、ここで述べる感覚で捉えた体とは異なっているのです。私たちは自分の体を何か行うことにフィットさせるのにも手間がかかるということです。

トレーナーとしての自分と生徒としての自分

私は教えるという仕事をしながら、自分の師匠に教わる生徒の面もあります。というのは私自身が現役だからです。本来、現役の声楽家というのは教えるという仕事はしないほうがいいです。
人の声を聴く、伝える、大きな声で話すというは決してのどにいいことではないからです。たくさんの生徒をレッスンした次の日は調子が悪いときだって正直あります。でもトレーナーと現役を掛け持つことで見えてくることもあります。一番大きいことは「自分の考えが絶対に正しいとはかぎらない」ということでしょうか。
現役でいる以上指揮者、演出家などからのダメだしはもちろん、自分の師匠からもたくさんのダメだしをもらいます。本来は良いとおもってやっていることをダメと言われるのですからある種の自己否定的なものあるのです。
発声だってたくさんの共演者と仕事をしていれば自分より凄い人、尊敬する人はたくさんいるわけで自分の発声に自問自答することも多々あります。
逆に教えることをメインに活動しているだけだとダメだしや自分を省みることがないので自分のやり方が正しく、他は間違いと生徒にいう人も少なくありません。
教えるという職業は自分を正当化しやすいので怖い面もあるのです。そうならないようにいつもトレーナーと現役(生徒)のバランスを保とうと思っています。(♭Σ)

fukugen更新 お知らせ

fukugen(福言)を更新しました。clover

http://bvt.txt-nifty.com/fukugen/

ブログ更新 お知らせ

ブログ更新しました。 clover

レクチャー・レッスンメモ http://bvt.txt-nifty.com/professional/

みなさんのお勧めアーティスト http://bvt.txt-nifty.com/bvlibrary/

レッスン受講生の皆さんのレッスンからの声  http://bvt.txt-nifty.com/lessonreport/

 

2015年7月14日 (火)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

<感覚について>

○先を視る感覚

 運転の教習で「先をみること」という注意を受けると「そんなに先をみるの?」と思うものです。高速では、さらに「もっと先をみること」と言われます。慣れるとあたりまえに、先に集中すべきで、横などは見ても仕方ないとわかります。時間が流れる、その時間は、前に走るときは前からくるのですから、時間を空間に置き換えて、視線は先にいかないといけないのですね。
 球技でパスを受け取るのと同じで、先に走ったところにボールはあるのです。ボールを追いかけては間に合わないのです。最初はやたらみえるものが多く、周りの人やものの動きに気を囚われます。頭で考えようとして体で覚えることが妨げられます。先を見ないと、体ごと先にワープさせないと危ないのです。
 最初にアクセルだけ、60キロから80キロくらいで長く走る講習をやれば、もっと早く体に身につくと思います。あれこれ見ようとする頭が切れるでしょう。アクセルをふかして、初めてその世界がみえてくるのです。昔は、踏み込む勇気のない人、特に女性の運転が危なっかしかったのを覚えています。
 

今日のトレーナーのできごと

Iさん、鏡を見ながら、できるだけあごを下げることと、全身で大きなため息をつくようなイメージで発声すると、いい状態になってきています。高音域は音を狙わず、流れを大事にしましょう。(牛若丸)

明珍火箸 風鈴 お知らせ

今年はじめての熱帯夜になり、暑い日が続いています。レッスン中は空調を使っていますが、レッスン前は換気のため、窓をあけます。風が吹くと、窓にかざってある明珍火箸の風鈴が、きれいな音を奏でます。clover

2015年7月13日 (月)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○型と場

 型に入れて伸びるのは、その型から逃れられない状況においてです。そうでないと、型はプレッシャーとなり、他へ安易に逃げる言い訳をつくることになります。それは逃げられなかった型で育った人が見逃してしまう点です。ですから、他の師匠についた弟子はとらないのです。忠義を立てる裏社会と通じるようなものでなく、芸の型を叩き込むシステムと思います。
でも、今や、無人島に二人ででも行かなければ、型にはめることもできないでしょう。
自由な状況ゆえに、その自由がみえない、自由が使えないのです。自ら不自由にしてしまうのは、自由を縛るものが時代や人など体制として固定しているのでなく、みえない、曖昧なものとなっているからです。だからこそぶつける場がいるのです。

今日のトレーナーのできごと

Mさん、顎も上がらず、歌う体勢はとても良くなっています!他の曲を歌うときもきっと良い効果が出るはずです。(サンテグジュペリ)

2015年7月12日 (日)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○限界の先

 自分で思う限界は限界ではない。これは他人に接して初めてわかることです。
自由になるには解放しなくてはいけないのですが、自分で解放するにも、いつか限度がくるものです。
それが高度にできていたら、すぐに世の中に問えばよいのです。問い続けることだけで自ら修正して伸びていけます。これが正道、いや、正しいとは言いません。本道です。
それが、声などでうまくいかない、あるいは、頭打ちになるからトレーナーを使いにくるわけです。そのスタンスなら、レッスンは行き場を失うことはないのです。
トレーナーが自らを目標にさせて100パーセントをセッティングすると、そこまでも行けない人が増えるだけのことです。それはそれでよい先生だと思うのですが。

今日のトレーナーのできごと

Sさん、背中側の筋肉をちゃんと使って声を出せると力まずとも高い声が出やすくなります。 レッスン後半では身体を使って声が出ていました。この感覚を忘れないように練習をしてくださいね。 (アオザイ)

2015年7月11日 (土)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○自分自身の判断について

自分の声というものがよくわからないからこそレッスンに行くわけです。今の声を知り、そして何よりも将来の声にしていく。その位置づけの把握とギャップの埋め方がレッスンのメインメニュです。
「レッスンは判断力をつけるためだ」と言っている私も、自分のことは生徒さんのことよりもずっとわからないので、いろんな先生と接し、今も学んでいます。
先生、トレーナー、生徒さんを通して、自分のよし悪し、可能性や限界を学んでいます。特に秀でた人やプロと、その真逆のメンタルやフィジカルの恵まれていない人から学ぶことが多いのは、以前に述べた通りです。
わかっているつもりで生徒さんに教えることは押し付けですから、よくないと思っています。それで「一回で」とか、「その場ですぐに」できる方法などと望まれても、気をつけています。生徒さんは当然、トレーナーは、すべてわかっていて最良のことを選択して与えてくれると思いたいのです。それでは、誰でもできる方法で、誰でもうまく上達させてくれるという信仰になります。
これだけ情報を出しているのは、当座限りのレッスンでなく、継続したレッスンを行うことのため、問題の根本的な解決のためです。そこには幾分の信用、権威づけも必要だからです。
自由を与えると、その自由で不安になって続けられない人も少なからずいます。トレーナーでさえそういう人が多いのですから無理もないでしょう。
ですが、最初から一方的に導くのでなく、応じて出してくるようになるのを待つことです。その人の内面から出てきたものに応えてレッスンを修正していくことが大切なのです。

2015年7月10日 (金)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○動き、しぜん、裸になる

 自分の声は消していけない。しかし、今の声ではいけない。自分本来の声を取り返さなくてはいけない。また「―いけない」を使ってしまいました。でも、「いけない」からやり始めるのも、大きな動きの一歩です。
自分の声、体というものはどうなっているのか、精神、心、頭など、いろんなものとどのように関わっているのか、を問うのです。
声と向き合うには、声だけでなく、声と関わる時空のことと対峙すること、常に時代に巻き込まれざるをえないのです。
今の日本の生活で失われた声、歌、ことばを、失われつつあるそれらとそれらの創り出してきた芸能を考えるときに、まずは自らの声、体を把握するのは当然のことでしょう。しぜんなところで服を脱ぎすてたら、本来の声が出るのか、是非やってみてください。
ワークショップでは、かつては、幼い頃へ戻して、素直な声を取り戻させました。童謡や唱歌もわらべ歌もそのきっかけとして使えました。しかし、今の日本人には取り戻せる声、それを、どうみるのでしょうか。生まれてから使ってきた声というのがあるのでしょうか。既成服を着ていたのをオーダーメイドにしていくのです。

「習う」ということ

「習い事」というと、女の子の定番は、ピアノ、バレエ、男の子は野球、サッカーというところでしょうか?
他に、そろばんや公文、スイミングなどもよくある習い事だと思います。
私も子どもの頃、いくつかの習い事をしてきて、最終的に大人になるまで続け職業にしたのが、ピアノと歌です。
大人になると、なかなか「習い事」に通うということが難しくなりますが、このたび私は「バレエ」を習い始めました、
このごろ人に教えることは多くなっても、自分が習う、という経験は少なくなりつつありますが、そんな中、自分よりはるかに若くてかわいらしい先生からバレエを教えてもらうことによって、自分の「講師」としてのあり方を見つめなおすよい機会になっています。
クラスの雰囲気作りはどうだろうか?とか、自分より目上の人に教えるときの接し方はどうだろうか?など、とても参考になり、私自身に欠けている部分を見出すことができるのです。
そのクラスに入会してまだ日が浅いのですが、趣味の一環として始めたバレエは楽しくて仕方なく、私は無欠席で通っています。
すると、先生も次第に私の踊る様子をみて、アドバイスをしてくれるようになってきました。目に留めてくれると、余計に楽しくなるものです。もっともっとうまくなりたい、色々なことを覚えたい、と思うのですね。(♯Å)

fukugen更新 お知らせ

fukugen(福言)を更新しました。clover

http://bvt.txt-nifty.com/fukugen/

2015年7月 9日 (木)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○歌、せりふの成立を

身についていた可能性を人間の教育でいかに壊さないのかを問う、と言いつつも、私たちは幼いまま、この社会を縄文人のようには生きられません。大人になれ、学べと言われることと、それをどう整合すればよいのかを考えてみます。
教育の偏りのせいにはできません。正しい教育も正しい育ち方もないからです。
スポーツはルールと場をさだめ、それでこそ、才能を選ぶこともできます。結果として、感動できるほどハイレベルな技能をみせられる人が育っています。
アートも似ています。新しいアートを創り出すこと。アートでありたいとはいえ、クラシックもポピュラーも固定しつつあります。
新しいスポーツが、これまでのスポーツを乗り越えるには、これまでのスポーツのファンを超えていくスーパーヒーローが必要です。その一人の登場で、すべてが変わります。それに憧れる人が増え、層が厚くなり、全体のレベルがアップします。裾野が広がることでトップレベルに才能が集まるのです。そしてプロの基準が定まって、人に見せて興行するプロが成立します。
 声も同じでした。ただ、相撲などと似て、神事にも使われていたものを、歌やせりふに限定するのは無理があります。個分化され形骸化していくのは、根本を失っていくからです。歌もせりふも日常の延長で、そのクライマックスにあったものだからです。

今日のトレーナーのできごと

Eさん、喉のコンディションも悪くなく、発声も少しずつ前のように安定して頭声発声の部分が歌えてきました。ゴスペルの曲も良いですよ。次回も頑張りましょう!(琴)

レッスン復帰 お知らせ

体調をくずしお休みされていたEさん、2年ぶりに復帰されました。以前のように舞台に立ちたいとのことで応援しています。clover

2015年7月 8日 (水)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○実感のレベル

感じていることにもレベルがあります。このあたりは、いつも述べている、好き嫌いでなく、すぐれているかどうかが問題だという自論に譲ります。
 一般レベルでの個人の感じの大半は、好き嫌いです。よくある感想というものです。それは消費者、受け手、聴衆のものです。
ちなみに、すぐれているものは、正しいとは違い、すごいか、おもしろいかへ向かうものです。レベルとはいうより、本当は、何かで測れるようなスケールのあるものでないのが、本物、一流です。
そこはトレーニング、育てる対象にならないので、プロということで、ここは述べました。必ずしもプロになるプロセスを経て一流、怪物のような人が出てくるとは限りません。この論のどこかに、私の考えも超えたところに、息づくものを殺してはいけないというサンクチャリー(聖域)があります。しかし、人に殺されるくらいではヒーローになれないので、そんな心配も不要でしょう。
出てくる人はどこにいても出てくるのです。そこは考える必要がありません。私の話が、その人の人生の1ページの1行にもなっていれば、ありがたいものです。要は、1パーセントもないかもしれないとしても、可能性を殺さないこと、トレーナーでなく本人が自ら殺してしまわないことが第一なのです。

技術の前の基礎を考える

腹式呼吸を意識しているという生徒の多くにあるのですが、「吸気」は意識するけど「呼気」は意識していない。鼻腔共鳴や頭声を意識しているという生徒に多い、響きを意識しすぎて「声がでていない」などの、技術よりも前の基礎力が弱いかたがたが多いです。
呼吸は「吸気と呼気」で始めて呼吸です。入れることばかりで吐くことを考えていないので一報通行の呼吸法になり吸気で入った息がまだ残っているのにまたたくさん吸おうとする悪循環がはじまります。そうすると身体の堅さにつながることが多いと思うのです。
響きもそうです。まずしっかりと声が出ていない人に響きばかりをつたえるのは骨組みや地盤がしっかりしてないのに部屋だけ高級マンションにするようなものです。まずは骨組みや地盤の建築が先です。
現に声楽を勉強する人の中でも中学、高校で一生懸命合唱をやってきた人は中々、ソリストの声になりません。人とあわせたりその中で美しい響きをつくってきたのですからしょうがありませんが、教える側も教わる側も根気のいる作業が必要です。
却って管楽器などから声楽にうつったひとなどのほうが上達が早いことが多いです。しっかりと体を使って息を使ってますからね。
まずは息を吸う、吐くそれだけで声をだしていくという作業も必要なのではないでしょうか。(♭Σ)

2015年7月 7日 (火)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○すぐれるということ

 個人がそれぞれに感じていることが、そのままで肯定できるものとは言いません。芸は、車が運転できるとか自転車に乗れるという、多分に、歩くようなことの延長上で誰もが行えるようになることではないからです。
もちろん、ヴォイトレの全てをそこにおくトレーナーのスタンスもあります。ヴォイトレというのは、誰でもできるようになるというものです。これはできているというのと、どう区別するのかが曖昧になりやすいです。長くやっているとしぜんにできている、というものです。場によって、当てはまることもあります。そのレベルでは、皆が参加しているので、公共のルール、つまり暗黙に守らなくてはいけないことが出てきます。そうした方がいいということ=マニュアルのことです。カルチャースクールの和気あいあいとしたクラスのようなものです。
それなら、自由に息もしてはいけない子弟制の方が、長い眼でみると人は育つでしょう。なぜなら、自分の実力の否定から始まるからです。ゼロやマイナスからのスタートを切るために必要なのが、否定であり、大逆転であるのです。

今日のトレーナーのできごと

Mさん、良くなってます。しかしもっともっと自分の身体を掘り下げて時間をかけて発声器官の脱力を探求してください。成果は必ずでるものです。(ホワイト)

2015年7月 6日 (月)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○育つ

 昔から理不尽、不条理をぶつけてくる師だけが、師を超える弟子を育てました。それが分家や破門、仲違いであっても、要は、そこを出て20年後、30年後、その人物がどうなったか、なのです。
 元より、反体制下に、反抗を経て、それを打ち破る自らを確立する育成システム、本質を選び取り、新しい時代の新たな息吹を入れて変じていく、そのために、縦社会、父権制、子弟制は、一人前に育てるのに適したシステムでした。何事も、理由も必要もなしに体制ができてくることはありません。そこでは9人を切り捨てても、1人のエリートを出したのです。
今や、大人になるということさえ、多勢で否定されていく。落ちこぼれだけでなく、抜きんでるもよしとしないし選ばれていかない。これからの日本の社会では、従来のシステムやノウハウでの維持をするのは難しいと思います。
そのときに実を失わずに、より高いレベルに設定するのは、どうすればよいのかは、大きな課題です。誰もが同じように落ちこぼれず、秀れすぎず、横並びに並んでゴールしたいという今の日本人の気質のなかでは、本質的なものが失われていきます。底上げはしたがスターは出てこない現状は、それを証明しているのです。

今日のトレーナーのできごと

Uさん、「サ」「ザ」の発音のときに、子音と母音の間に、ほんの少し隙間が開きます。手拍子をしながら、思い切り良く発音して練習して、隙間が開かないように訓練してみてください。次回もこの続きをやりましょう。(アロマ)

5本指ソックス お知らせ

玄関で5本指ソックスにはきかえていらしたGさん、「足の指が自由になり、声がでやすい気がします」とのことでした。clover

2015年7月 5日 (日)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○場の要求レベル

話を戻します。「すべき」や「しなければいけない」を排除するのに、あるいは超えることを知るために、「すべきこと」や「しなくてはいけない」ことを逆に徹底して押し付ける、これも徹底していたら反発反抗、かつ自立心が生じるきっかけになるものです。
思いがあっても形にはならないので、形にするツールを選び、それを実践に使えるレベルにまでアップさせる、いや必死でそのようにさせなくてはなりません。それは、誰かから「すべきこと」として与えられるのでなく、自らが自らに課す、つまり、周りの要求レベルよりもずっと高く目標を掲げなくてはいけないのです。
そのことがわかるように、私は、その場で言うのでなく、文章で述べてきました。場において使うことばは両刃の剣です。私は、ことばのない場だけとして維持したかったのです。やがて、やむなく場の終わりでコメントすることになってしまいました。リップサービスが求められるようになり、グループレッスンそのものをやめました。場の程度を下げては元も子もありません。

今日のトレーナーのできごと

Iさん、いい声になってきましたね。少し顔が前にでてきてしまうことと音が切れてしまうことを直していけばもっとよくなっていくと思います。後はとてもよくなってきているので色んなジャンルのものを歌ってみてください。(とっくり)

fukugen更新 お知らせ

fukugen(福言)を更新しました。clover

http://bvt.txt-nifty.com/fukugen/

2015年7月 4日 (土)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○慣れて安定する

現実には、思うがままの「思い」がないどころか、「誰かの思うがまま」にやりたい人がとても多いのです。やりたいといってやらされているのです。それであれば、トレーナーの言う通りというのに慣れていくのが優秀で勉強ができるとなります。
日本のレベルでは、仕事を与える側が、そのくらいでよいという程度の期待です。そこで、その選択もできるようにしています。そのようにしてから研究所のレッスンの多くは、よくも悪くもとても安定しました。成果がわかりやすく、実践的になったのです。ただ、そこはプロセスに過ぎないのです。

2015年7月 3日 (金)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○才能と運

 「すべきこと」「しなければならないこと」は確かにあります。しかし、それは「した方がよいこと」であって、それをする自由、しない自由は本人にあります。時期やタイミングもあります。それを捉えられるのは才能がある、見過ごすのは才能がないとなります。普通の人はそれを運と言います。
他人からの強制を外れたところに表現はあるのです。たとえ、表現を行使する状況に制限がつけられていても、規制があっても、そんなことは大したことではありません。だからこそトレーニングは、そこから解放され、思いっきり思うがままに自分をぶつけることになるのです。
それを基準に対比させて向上させていくのが、レッスンであればよいのです。いつか、その基準に対比できなくなったときに、新しいものが生まれているのです。

体のメンテナンス

肩こりや腰痛、背中のはりなどが辛い人はいませんか?特に、これからは寒くなってきますので、今までよりも痛みが激しくなってくると思います。これらの主な原因は、筋肉が動かされないことによって固まってしまうことです。デスクワークや長時間の運転など、同じ姿勢が続くと、その方向にしか筋肉は動かされませんし、その状態から動くことが無ければずっと固定されたままになってしまいます。特に長時間のデスクワークは、首や肩が前に前方や下方向に向いたままになりますから、猫背やストレートネックになる原因として非常に重大です。また、パソコンなどは長時間にわたって光を見つめるわけですから、目への疲労がとても大きくなります。思い当たる人は、ちょっとした隙間時間を使ってこまめにストレッチをすることをお勧めいたします。特に立ったまま背泳ぎをするように手や腕を大きく回すように心がけると肩甲骨が動き、肩や背中、胸の筋肉を伸ばしやすくなると思います。重傷な方は、整体に通ってメンテナンスしてもらうことをお勧めいたします。私はできるだけ週に1回は整体に通い、メンテナンスしてもらいます。首や肩、背中がこったり張ったりした状態では、いい状態の声が出しにくく、歌うのに支障をきたすからです。声が出し難い原因は、体の不調によるものかもしれません。定期的なメンテナンスを心がけ、声だけでなく、心身を健康に保ちましょう。(♭Я)

2015年7月 2日 (木)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○「正しい」の抹消

ピアニストはミスタッチはしないでしょうが、歌はプロでもけっこう間違えます。歌詞なども間違えることはあります。しかし、それで歌はだめにならないのです。(そこからだめになることもありますが…)
発声を正しくしたら歌唱力がつくと思う人がいます。しかし、1,2割はよくなっても、さして変わらないはずです。なぜなら、歌唱力とは、説得力のようなもので、発声とは異なる次元の力だからです。「正しい」―「正しくない」の軸と、「伝わる」―「伝わらない」とかの軸は、いわば次元が違うのです。
なかには、ヴォイトレを表現力、歌唱力から切り離して教わる人もいます。しかし、体や呼吸だけになると、なおさら「正しい」―「正しくない」はわかりにくくなるのです。表現の必要に耐えうるか、その必要の程度は、表現やその人によって違うのです。つまり、程度の問題です。ですから、トレーニングでは、大きめに余力までつけておくとよいのです。
ともかくも、「正しい」のを目指し、「正しくない」のはよくないから「正しくない」ようにしない、ではだめです。なのに、間違いを捜して正すことが、レッスンになっているケースが、まじめで熱心な人や先生ほど多いのです。
教わっても、それを守らないという学び方もあるので、全てを否定しませんが、(そこが私のよいところでありますが)常識やルールを外れるのが、アーティストでしょう。ただ、ルールを破るのでなく、創り上げることで「正しい」などを消滅させるパワーがいるのです。

今日のトレーナーのできごと

Sさん、前回ライブの素晴らしいご報告をありがとうございました!次回ライブではぜひバラードでも聴衆を魅了しましょう。(サンデクジュベリ)

2015年7月 1日 (水)

今日のメッセージ[ヴォイストレーナーの選び方]

○間違いを直さない

プレイヤーということのレベルでいうなら、100回弾いても間違えずにあたりまえと、2回弾いてミスタッチが出る人との差くらい大きいのです。絶望的なくらいに、この差が大きいとわかりますか。小学生でも何回弾いても間違えない子は何万人といるのです。間違いを直しても、それは間違いをカバーしただけです。ストレートにいうと、ごまかしただけ、正しく見せかけただけです。習字での二度書きみたいなものです。
 でも習いに来る人は、それが学ぶことだと思っている人もたくさんいます。プロは、そういうレベルの間違いを犯さないのです。そういう「違いの差」をつかまずに習っても、仕方ないとは言いませんが、すぐに頭打ちです。その違いに気づくと自ら学べるようになります。
そういう根本に気づかせてくれる人につくことの必要性がわかるのも才能です。そういう人についてもわからないのが才能がないということです。(この場合の「プロ」は、プロのことでなく、高めにレベルをとらないと安易に解釈を図ってしまいがちなので使っています。プロを目指していないから関係ないということにはなりません)

発音について考える

役者の舞台を見に行ってよく感じるのですがテンションは高いけどなにを言っているのかわからないということが多々あります。または早口すぎて聞き取れないとかテンポよく進みすぎて内容が理解できないといった観客無視の状態も時々見受けられます。
ライブ感と言ってしまえばそれまでですが意味が分からないお芝居を2時間も3時間も見るのは辛いものがあります。
日本語というのは外国語と違い高低アクセントなので音によって高くなったり低くなったり、表現によって前に出たり引いたりすることがあります。そうするとテンションは高くても音が出たり入ったりするので言葉が聞こえづらいのです。これは日本語の特徴の一つでもあるので一概に全否定もできませんが、内容が伝わらないというのは聞き手には中々厳しいものがあります。
でもプロレスラーのマイクパフォーマンスは逆の意味ですごいです。昭和のプロレスラーは何を言っているのか聞き取れないことがかなり多いですがそのテンションで観客を沸かすのですごいです。
ライブだと長州力、藤波辰己、天龍源一郎などは何をいっているのか本当に聞き取れません。 有名な名言も実は違うことをいっていたなどもあります。
聞き取れなくて違うことばに聞こえても観客が沸き、明言として残るのですからちょっと不思議な現象だなとは思います。(♭Σ)

ブログ更新 おしらせ

ブログ更新しました。

「プロフェッショナルへの伝言」   http://bvt.txt-nifty.com/professional/

「レッスン録アーカイブ」   http://bvt.txt-nifty.com/flesson/

「レッスン受講生の皆さんのレッスンからの声」   http://bvt.txt-nifty.com/lessonreport/

 

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »