「リブ・フォーエバー」ノエル・ギャラガー
―ちなみに、オアシスの歴史で最大の事件は何だったと思いますか?
ノエル 「リブ・フォーエバー」を書いたことだな。あれは、ものすごく重要な曲だから。
「リブ・フォーエバー」
94年8月リリースの3rdシングル。騒動の数々ゆえそれまでは、「マンチェスターのフリーガン新人」的な好奇心と嘲笑の眼差しで見られることも多かった彼らが、時代を変える才能を帯びていると最初に広く認知された超名曲。
―一応、ご紹介です。(F)
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―ちなみに、オアシスの歴史で最大の事件は何だったと思いますか?
ノエル 「リブ・フォーエバー」を書いたことだな。あれは、ものすごく重要な曲だから。
「リブ・フォーエバー」
94年8月リリースの3rdシングル。騒動の数々ゆえそれまでは、「マンチェスターのフリーガン新人」的な好奇心と嘲笑の眼差しで見られることも多かった彼らが、時代を変える才能を帯びていると最初に広く認知された超名曲。
―一応、ご紹介です。(F)
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特に強調したいのは、今の世の中、日本語のもつエロさがなくなってきているということ。“源氏物語”をひもとくまでもなく、日本語にはきめ細やかなエロティシズムを表す言葉がたくさんあった。愛を語り合う言葉、男女の床で交わす言葉、その微妙な言い回しや多様な表現、奥ゆかしさやおかしみは“言葉において興奮できる”素晴らしいものであった。今の若い人たちは、ぜんぜん知らない。最近の若い女の子を見ても全然興味が湧かないのは、しゃべっている言葉にエロさがないからだ。日本語のエロさがないからだ。日本語のエロスはどんどんがさつなものに置き換えられ、あけすけなことと正直なことをはき違えている気がする。かつては、エロスに基づいた男の言葉、女の言葉、そして間に横たわる羞恥心なるものが、それぞれプライドをもってあったはずなのに。変なグローバリズムにり回されて、日本人は大切な何かを失った。性犯罪など性のモラルの歪みもこれと無縁ではないような気もする。
-エロということばだけで単純に非難する人までいる。エロス、タナトスなどを学んでいないのかしら。歌を健全にしておこうということの方が恐い。(F)
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言葉の壁を取っ払った状態で、人が音楽を聴いて踊るか踊らないか、そこを攻めるのが面白い。ただ、忘れてはいけないのが、自分が歌詞=言葉を捨てる、という選択をしたのも、すべて日本語で思考した結果であるということ。我々が日本人として生まれ、日本語を母国語として育ち、ものを考えるのもすべて日本語の伝統の内に行っていることを、自分はぎりぎりまで意識して、この選択をしたつもりだ。
今のJ-POPがだめになりつつあると感じるのは、みんな日本語の問題をあまりにも軽視している、というか何も考えていないんじゃないかと思えるからだ。なぜ日本語で歌うのか、歌詞のサビの部分に日本語でなく英語を用いるのはなぜか、どうしてそんな発声や発音で歌うのか…考えなくてはならないことがたくさんあるはずなのに、みんなスルーしている。“意味ないっス”って、そんなバカなもの、人に聴かせてどうするんだと、怒りさえ湧いてくる。
-一理あるかしら。(F)
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