サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

2017年6月27日 (火)

Q.悪口が気になります。

A.あなたが悪口を言われても、何ら気にする必要ありません。仮にそれが影響力をもち、あなたから人が遠ざかるとしたら、それは、早く知ってよかったと思ってください。

あなたに不幸が訪れたときに、離れる人もいます。日頃うまくいっていないと思っていた人でも、助けてくれる人もいます。

あなたによいことのあったときにだけ、ちやほやしてくれる人もいます。人生にとって、大切なのは、そういうことを知ることです。そのためにいろんなことが起きると思えば、何も恐くはないはずです。問題は、その後のあなたの対処です。そこでどういうふうに受け止め、どういう声で返すかということです。

よい声は、よい作用を及ぼし、悪い声は悪い作用を及ぼします。自らのためにも悪口、中傷、誹謗はやめましょう。悪いときには、悪い声になりますから、そこを間違えないようにしましょう。(♭б)

Q.ネットで悩まされ、悩み疲れています。

A.天にツバすると、ツバは自分の顔にかかります。まわりの評判やネットでの悪口を気にして悩む人もいます。しかし、他人の不幸の味は密の味といいます。そこに群がる人もたくさんいます。

私などは、匿名でそんなものをいちいち書くような暇もなく生きている自分を幸せだと思っています。そういうことは、やっている人も決して気持ちのよいことではないでしょう。自分の力をつけ、自分の名で発言してこそ、意味もあるというものです。

その人にとってはストレスのはけ口なのでしょう。ただ、そこに人生の大切な時間を使うなら、そのエネルギーを貯めて、他のことに昇華すればよいのです。

書くことは、よほど慣れていないと内側に向けただけになります。それを読みましょう。声に出したら外側に向くからです。夜中でなく必ず夜明けに。

人間の残したものには、いろいろなものがあります。映画や本にも名作も駄作もあります。駄作といっても、まだ、何人かが関わり世に出しているものは、まともなものかもしれません。自分がくだらないと思ったら、そこから距離をとることです。人は、“朱に交じって赤くなる”ものです。よいところで染まりましょう。(♭б)

Q.声の相乗効果ってあるのですか。

A.考えてみましょう。一人の声が次々とまわりの人に影響を与えていきます。それならばプラスの相乗効果にするか、マイナスの相乗効果にするかは、最初にかけるあなたの一声から始まるのです。

(♭б)

2017年6月26日 (月)

Q.カラオケでのどを痛めない付き合い方を教えてください。

A.カラオケポリープ(カラオケの歌いすぎのために、声がうまくでなくなる病気の俗称名)は、カラオケの普及とともに、何時間も歌う人が増えてきたためです。カラオケではアルコールや食事を兼ねながら歌うので、お腹がはっている上に、陽気になり気分よく、つい大声を出しがちになります。実のところ、体は疲れていて、のどをこわす最悪の条件がそろっているともいえるのです。

カラオケでのどがかさついて、声が出なくなったり、かすれたりすると、日常の生活にも支障をきたします。

仕事で、声がうまく出ないのは、恥ずかしいことです。カラオケでストレスをはらすにも、直接、のどにぶつけるような歌い方をしないようにしましょう。(♭ф)

Q.「ドレミの歌」は、歌詞がおかしいと思うのですが。

A.「ソ」は「あおいそら」の他にも。「レ」の「レモン」は「lL」で違います。「ファ」や「ラ」も無理がありますね。「シ」は本当は「si」で日本語の「shi」と違います。(これは英語ではteaで、もっとひどい間違いです)ちなみに以下は「ドレミの歌」の歌の英語版です。日本の歌詞とずいぶん違っていますね。

Doe a deer, a female deer   (ドは鹿、メスの鹿)

Ray a drop of golden sun   (レは太陽のしずく)

Me a name I call myself    (ミは私の呼び方)

Far a long, long way to run   (ファは遠くまで走ろう)

Sew a needle pulling thread  (ソは糸を引っぱる針)

La a note to follow sew    (ラはソの次の音)

Tea a drink with jam and bread  (ティーはジャム付きパンと飲みましょう)

That will bring us back to doe- oh-oh-oh ! (そして初めのドに戻りましょう)(♭ф)

Q.基準音の高さとは何ですか。

A.オーケストラの音を合わせる基準は「ラ」の音で、440ヘルツでした。これはヨーロッパの平均律を基準としていました。しかし、同じ「ラ」でも442444ヘルツのときもあります。昔は低かったそうです。日本では半音も低い430ヘルツを使っていたといいます。

(♭ф)

2017年6月24日 (土)

Q. 声が小さく弱々しい

A. 話し声が、小さく弱々しい人に共通していることは、病気の場合を除いて、喉(声帯)が未発達ということでしょう。その原因はさまざまでしょうが、基本的に大きな声を出さない、あるいは出せない環境で育ったり、長く生活をしていたりすることが考えられます。

発声に大きく関わる呼吸器官も未発達な場合が多いですが、まれに、スポーツなどで呼吸器官はとても発達しているのに、おとなしい性格などの影響から、話し声が小さい人もいます。多くの場合は、呼吸器官も未発達なことが重なっているので、スポーツなどで呼吸器官を発達させることが可能ならば、あまり楽しくない呼吸練習に日々精進するだけよりは、上達も早くなります。

発声練習として、いろいろなメニュに取り組むことももちろん大切ですが、お笑い番組などを観ながら、大きな声で笑ったりすることも、体と声を開放する観点から、ぜひお奨めしたい方法です。

別のケースで、話し声はそれほど小さくないのに、歌声になると、とたんに声が小さくなる人も、少なくありません。このケースでは、話し声のように声をだすコツがつかめれば、わりと早く歌声は大きくなっていくのですが、意外に一筋縄ではいかないこともすくなくありません。ただ、話し声は普通に小さくはないので、歌うときにかかっているブレーキを、いかにうまく解き放っていけるかがポイントになります。(♭Ξ

 

A.歌声が小さいのか、しゃべる声が小さいのかで変わるとは思うのですが、基本的には歌声ならば歌うしかなく、しゃべる声ならばしゃべるしかありません。歌声ならば最近は一人カラオケなんてものもありますので普段自分が歌わないようにハードロックのようなものを歌ってみてもいいかもしれません。しゃべる声が小さいと思う人は、極端な例ですがお笑いをやってみたりお芝居の劇団などに入ってみるのも一つです。

大きな声をだす環境にいるというのは重要なことです。なぜなら日常の声を大きくしたいと悩まれる人の多くは性格的に、おとなしい、真面目な人が多いです。それ自体は個性ですからなんら否定されるものではありませんが、声を大きくしたいという欲求があるのならば大きな声をだしても恥ずかしくない、声をだすのが楽しいという感覚を手に入れることはとても重要です。

ただこれまであまり大きな声を出してきていない人が突然出すと喉を傷めたりする可能性もあるのでヴォイトレを受けながら声をだす技術を身に付けつつ、精神面でもオープンにできる場所を見つけていけると変わっていくと思います。(♭Σ)

 

A.声が小さく弱々しい人は、大抵の場合は「呼吸が弱い・浅い」ことが要因のひとつです。声は息の流れに連動しています。ですので吸う息が弱くて少ししか取り込めないと、当然吐く息も少ししかないので、どうあがいてもしっかりした声は出しようがありません。

まずは「力強い息を吐く」ことを行ってみましょう。そうすると、頭で考えなくても身体を使っていくしかなくなります。しっかり息を吐いた直後に発声すれば、(声帯が健全であれば)すぐに小さく弱々しい声に変化が現れてきます。

声帯は人それぞれで、声が太い、細い、高い、低いなど異なります。よい悪いもなくただ単にそれが自分の持ち味だと捉えてよい、と常日頃から話しています。「声が小さい、弱い」ということを他の人と比べるのではなく、自分自身の中で相対的(トレーニング前と後で、半年前と今、など)に比較するようにしてください。(♯α)

 

A.声を発するということは、誰でも日常自然に行っていることです。けれども、いざ表現しよう、伝えようとすると、どこかに力が入ってしまったり、上づってしまったりして思うようにならないと言う経験があるでしょう。そんなときはまず体をリラックスさせることから始めましょう。ストレッチなどをして、体全体をほぐします。特に、首や肩や胸に力が入りがちですから、入念にストレッチをして開放します。

次に呼吸の練習をします。床に寝て、静かに呼吸してみましょう。このとき腹式呼吸ができているはずです。

ここまでできたら、いよいよ発声してみます。まずは軽くため息をついてみましょう。 楽に息が吐けたでしょうか。

この息に「ハー」と声を乗せてみましょう。喉に抵抗なく、スーッと声が出たでしょうか。初めは小さな声でもかまいません。まずは心と体をリラックスさせて、自分の体から楽に声を外に出すことを心がけてみます。

これに慣れたら、少し遠くにいる人に声を届けると思って出してみましょう。「オーイ」と公園で遠くにいる人に声をかけることを想像しながら出してみるのもよいと思います。

「声を出す」、と言うことに慣れてくれば、次第に腹筋がつき、声を出すための筋肉も発達してきますので、弱々しい声から芯のある声に変わっていきます。焦らず着実に基礎を身に着けていきましょうね。(♯Å)

   

A.今までの人生の中で、大きな声を使う機会の少なかった人というのは、声を出すこと自体に少し抵抗があったり、自分では精一杯出しているつもりでも、なかなか届かなかったりという悩みを抱えることもあるかもしれません。このような人たちにとって、最も大事だと思うことは、「声を出すための機会をできるだけ多くつくる」ということです。

ひとりで練習していても、声を大きくしていくことは、そもそも自分自身の感覚を変えていかなければならないので、難しい課題だと思います。ですので、必然的に声を出さなければならない環境に身を置くことも重要なのではないでしょうか。

最初のうちは声を出すことに対する精神的な不安も、なかなか声を大きく使えない要因のひとつとして考えられますので、とにかく慣れることによって、その不安を取り除きましょう。そして、徐々に慣れてきたら、少しずつ遠くの人に届けるようなイメージで練習していくと、徐々に大きな声になっていくと思います。(♭Я)

 

A.声帯をしっかりとじられているか、息が吐けているか、体の内側の筋肉の圧力は高まっているか。などの点が、声を強く出していくポイントになるかと思います。

声帯を閉じるといっても、自分の意志で動かすのは難しいことなので、息が吐けているか、から説明します。

目の前にろうそくの火があり、それをスピード感ある息で吹き消すように息を吐いてみてください。弱々しい息しかはけない人もいらっしゃいますが、対象物を作ってしっかり吐けるようにしましょう。このときお腹の圧力も使って、息を吐きましょう。

次に、息を吐くときにお腹やわき腹が、すぐしぼんでくるようではいけません。できれば、息を吐いている間中、お腹が張り出していると、息が支えられます。ろうそくを吹き消すような、瞬間的な息を吐く場合は、お腹がへこむかと思いますが、長く吐き続けるときは、拡張をキープできるよう、筋肉をきたえましょう。(♯β)

 

A.声が小さいのも個性の一つと考えることもできますが、生活に支障をきたすほど周りに聞こえない、息が続かず苦しくなるというような場合は、心身の健康を振り返ると同時に、ヴォイストレーニングの観点からは以下の点を省みてみてください。

「呼吸」呼吸については声の小さな人も大きな人も意識を持つことが大切です。呼吸という文字通り、吐く→吸うの順序です。吐く際にはお腹(丹田)を仙骨の方向へ近づけるように引き、吐き切ったら身体の力を抜くと自然に肺に空気が入ります。最初は長く吐けなくても無理せずに、とにかく吐く息に意識を向けること、自分を追い込まずに気持ちよく吐くことを心がけてみてください。

「鳴り」声が通らない場合、音が十分に鳴っていないことが多いです。低めの音でよいので、楽な音域で「Ou」あるいは「Wa」と短めに何度も鳴らしてみましょう。この場合胸を開き肩の力を抜き、仙骨を立てるという姿勢に注意してください。動物になったつもりで気持ちよく鳴らしてみてください。

「響き」声帯で作られる音は、誰しも弱々しいものです。それが鳴って響いて初めて力強い音になります。したがって、鳴らした後は身体に響かせる練習をします。響かせる場所は頭蓋骨です。小さな音でよいので、頭、おでこに振動を感じてみてください。慣れてきたら鳴らす→響かせるという順でロングトーンの練習をします。

(♯ё)

 

A. 何もしなくても声が大きい人、よく通る人がいます。遺伝の要素(親が声が大きいなど)も考えられますし、学生の頃に所属していた体育会系の部活で大声を出している内に自然と声が大きくなったことも考えられます。

逆に声が小さく弱々しい人、現象は、声が大きい人同様、親から受け継がれた要素も考えられますし、精神的な要素が考えられます。

ある特定の場所、状況、人の前になると筋肉が硬直し声を出したくても出なくなる、もしくは自分が思うより小さな声になるという現象があります。私も嫌という程経験しました。

そのような状況になった場合は、可能な限り自らがリラックスできる場所、状況にいることをおすすめします。そこでたくさん息を吸って(深呼吸)、ゆっくり少しずつ吐きます。それに慣れてきたら声を出します。みぞおちから胆田、腰までの筋肉を長くゆっくり使い、息を上顎の柔らかいところ(息を吸うときに冷たく感じるところ)へゆっくり送りこみます。あとは、少し遠いところへ目標を置き「あそこまで声を届かせる」意識を持ってみましょう。

以上の過程をふまえると、少なくとも「声が小さく弱々しい」状況からは脱却できると思います。 (♭й)

 

A.本来、言葉を発するということは相手に何かを伝えるもの、だとすると【声が小さく弱々しい】というのは、技術云々ではなく、フィジカルな面とメンタルな面の両方で原因を探るべきだと思います。

もちろん数値で測ってないあいまいな【小さく】という表現も、【弱々しい】がつくとなると、発声において能動的に出すべきところを、上記の二つもしくはいずれかの要因によって結果でた声が、【弱々しく】聴こえるものと思われます。

改善を望むのでしたら、環境を整え気持ちもリラックスした状態でのぞまれるのはいかがでしょうか。(♯⊥)

2017年6月23日 (金)

Q.よい声をたくさん聞くとよくなりますか。

A.はい、まずは、よい声にのっかかりましょう。

1.お笑い芸人の声

2.映画の名シーンでの声

3.歴史を導いた声

あなたは誰の声が印象的ですか?(♭б)

Q.表現力のある声とは。

A.映画の感動シーン、「冬のソナタ」でも、ハリウッドものでも、そのなかでの印象深いシーンをいくつか思い出してください。そこでは、声がいかに効果的にせりふに使われているか、知ってください。声の表現力こそが、エンターテイメントはいうまでもなく、長い人類の歴史を動かし、導いてきたのです。(♭б)

Q.元気の出ない声ってありますか。

A.芸風ですから、ここに出すのもはばかれますが、まわりがお笑い芸人のヒロシさん、波田陽区やアンガールズのような声の人ばかりになったら、どうですか?

でも、こういうお笑い芸人の声の演出法には、大いに学んでください。(♭б)

2017年6月22日 (木)

Q.音の高さを正しく知るには。

A.周波数(hz)をみることになります。高音を瞬時に測定して表示するチューナー(チューンメーター)があります。研究や説明のためには、純正律や平均律など、いろんな律の比較のため、セントという半音を100等分した単位があります(1オクターブが1200セント)。(♭ф)

Q.ブルガリアンヴォイスの特色とは。

A.純正律ということです。元より2つの音を重ねるときに、その2音の周波数の比がシンプルなほど、ひびきがよいという考えがありました。それに対して、ピアノのように、1オクターブを12の音程に等分割するのが、平均律(必ずしも12でなくともよいらしい)の考えです。これは、転調に対応できるので、一般化されていきました。(17世紀に確立し、19世紀後半に特にピアノとともに普及してきたのです)。(♭ф)

Q.絶対音感は何に役立ちますか。

A.戦時下、敵の飛行機の音を聞き分けるのに、日本軍は音楽家の耳を使おうとしたそうです。

音楽家にはあらかじめ、一つの音程を与え記憶させ、その音をたくさんの音の中から選ばせることにしたのです。サイレンがそのとき使われました。「ウーーーーー」となめらかに上がっていく音の途中で、与えられた音の高さにきたと思ったら、サイレンを止めます。実験に参加した音楽家は、何回、実験をくり返しても同じ音の高さでピタリとサイレンを止めたといいます。与えられた音の高さでサイレンを聞き当てられるのは、絶対音感があるからです。

ちなみにサイレンの語源とは、妖しい歌で航海中の船を引き寄せ、難破させる魔女の名です。(♭ф)

2017年6月21日 (水)

Q.聞き手の求めていることは。

A.「求めている」という言葉の通り、知りたいこと、見たいこと、聞きたいことなのだ。それは少なくとも、すでに自分がよく知っていることではない。しかし、この知っていること一つをとっても、人によって違う。だから、知りたいと思っているかどうかわからないものは、知りたくさせていき、興味をかき立てた上で、知らせる。これが、話のテクニックである。(Э)

Q.情報を収集するためには。

A.あなたが聞き手に関係あることを話すなどして、相手と関係をもてる接点を探ることである。少なくとも、自分のことが話題なら、人は関心を逸らさない。

人は皆、自分がその話とどう関係あるか、そして関係があれば、次にどういうメリットがあるか、どういう欲が満たされるかを考えているからだ。この答えこそが、話の目的であり絞り込むコンセプトである。(Э)

Q.話の内容をどう選べばよいのでしょう。

A.相手が知っていることや、そうあればよいと思うことは、すでに情報ではないし、相手の欲する内容になり得ない。そこで、情報収集が必要となる。

一体、聞き手は誰か、聞き手の求めるものは何か、どのレベルで、どう聞きたがっているのかによって、それぞれ、情報そのものも語り口さえも取り替える必要が出てくるからだ。だから、いつでもどこでも受ける話などはめったにない。たとえば、あなたが、同じテーマで話をするとしても、社長に話す時と子どもに話す時では、材料や例題のとり方がまったく違ってくるだろう。また、いくら聞き手がおもしろい話を望んでいても、あなたはシビアな状況を語らなくてはならないこともある。(Э)

2017年6月20日 (火)

Q.元気の出る声にしたい。

A.声は、本当に人につられるものです。元気な声の人のいる職場は元気になります。元気な声は、もともとあるのではありません。勉強して出すのでもありません。元気な人が、元気に出すから、元気な声です。これは、あの柳沢慎吾さんの声とは、ちょっと違います。しかし彼は、元気に声を出す名人です。(♭б)

Q.成功者の声に学びたいと思います。どのように聞くのですか。

A.成功している人の声を聞くといっても漠然としえいますね。○○で成功した□□さんの○○のときの声、と具体的にしましょう。

1.聞く

2.真似てみる

3.身に入れる

4.自分なりに修正する

 

手軽に聞くには、オバマ大統領は、アカデミー賞で、2度スピーチ賞を受賞しています。(♭б)

Q.成功するためには、どんな声をイメージすればよいですか。

A.学んでよくなっていく人は、他人のよいところに学びます。その人のよいところを学び、悪いところがあっても、無視すればよいのです。学んでよくならない人は、他人の悪いところをこだわります。

学ぼうと思えば、他人からどう学べるかです。それには、成功している人の声を聞き続けるようにしましょう。講演のテープやYouTubeからダウンロードしていつも聞きましょう。(♭б)

2017年6月19日 (月)

Q.歌手には絶対音感があるのでしょうか。

A.そもそも、絶対の音というのはありません。高音としてのド、レ、ミはそれぞれに高低の幅もあるからです。歌唱上は最初に、一つの音やコードを聞いて、正しくその音を聞いてにあてる力と、一つの音に対し、次の音をおくということができたら困らないからです。歌には、相対音感の方が大切です。(♭ф)

Q.絶対音感がないと音楽的才能がないのでしょうか。

A.必ずしも関係はありません。ベートーベン、モーツァルトは、絶対音感をもっており、チャイコフスキーやシューマンはもってはいないといわれています。

絶対音感をもつ人は、左脳の特定の部分が反応するそうです。これは、遺伝と早期教育によるものです。

私とは見解が違うのですが、ベストセラーの本があります。※「絶対音感」最相葉月(小学館)(♭ф)

Q.絶対音感とは何ですか。

A.与えられた音を、これは「ド」とか「ラ」の音とわかること、それを聞かずとも正しい高さで出すことができる能力です。つまり、音の高さを瞬時に判断したり、その音を発する能力です。絶対音感があると何が違うのでしょうか。ピアノの一つひとつの音やコップを叩いたときの音が、聞いただけで音名としてわかります。また、基準となる音を与えずとも音がわかるので、その音やコードを弾いてもらわなくとも、歌いだせるし、楽譜をつくれるのです。導く音をもらわずに、正しく出だしを歌うことができるのです。(♭ф)

2017年6月18日 (日)

Q.どこに日本人の特殊性を感じますか。

A.いつも作品について述べているので、それ以外に

・オーディションに書類審査などは日本だけ(実力よりキャリア、コネクションでの信用重視)

・生演奏なしのミュージカル(♭)

Q.師匠の唄まねから脱皮したい。

A.先生や師匠の前座にもメリットとデメリットがあります。師の威厳や作風の傘の中でやるということは、おのずと客が師に似たものを求めるわけですから、本人も知らずと師に似ていくことを上達と思うということです。日本の多くの学ばせ方は、向こうのものやトップを真似させることですから、尚さら、可能性がなくなります。体、生き方、性格など一人ひとり違うのを無視し、一律にする全体主義的な風潮のなかでは、個性や可能性は欠点にして排除されるのです。

・向こうのようなことがやりたい舶来主義

・視界効果(ビジュアルや動き)に頼り、耳を無視する

・やり方をつくり やり方を継承する風潮

・他人と違うことをやり、同じものはいやだと思わない考え(♭)

Q.発声や歌には、身内の評価というものはあるのですか。

A.体や発声にだけ忠実な、ヴォイトレの延長上のヴォーカルや欧米の歌唱にまったくもって忠実なヴォーカルは、私のところにもかなり優秀なレベルでいました。そういう人は、ヴォイトレをやりたい人のなかでは、あこがれや目標でした。ただ、うまいと思っても、それ以上に惹きつけられませんでした。ヴォイトレをしているメンバーのなかで、評判がよくなってしまうのです。このような身内、その世界の中での評価に左右されない自分をもつことが、もっとも難しい障害かも知れません。多くの若い才能はそこからダメになっていくのです。

習う人は、自分が上達したいがために時間やお金を使っています。日本の家元制は、それで支えられてきました。もちろん宗家に天才的な人が続くこともありました。私は、身内で純粋な客でない人はカウントするなと言ってきました。客が客を呼んでこそプロだからです。そういう親しい客は、新たな客を妨げかねません。知人であることを突き放しての評価は、日本人にはけっこう難しいのです。そこに何よりも気をつけなくてはなりません。(♭)

2017年6月17日 (土)

Q.話し声は歌声と違いますか。

.声楽以外の分野(ポップスやジャズなど)の、初歩の段階の人で、話し声はそこそこ普通に出るのに、スケールになると、半分以下の声になってしまうというケースがあります。話し声を出すように歌えば、23倍の声量にも、声の艶にもなるだろうと、不思議な気がするのですが、そこがなかなか越えにくい壁のようです。たぶん、その人にとって、ご自分の話し声は何の価値もなく、もちろん綺麗でも大きくもないと頭から思い込んでいるのでしょう。それでも、その人が、ご自分なりになるべく綺麗に出しているつもりの歌声に比べると、何倍も艶も声量も有ったりします。

なぜなら、話し声は、生まれて声が出せるようになってから、ほとんど毎日、使っているからです。使い過ぎて声を潰したりしていなければ、あまり歌を歌わない人なら、歌声の何百倍・何千倍も、話し声は使っているはずです。そんな話し声が、歌声よりもしっかりと充実しているのは、何の不思議もないことなのです。大いに活用していきましょう。(♭Ξ)

Q.声楽とオペラは、どう違うのですか。

.一般的に声楽とは、クラシック音楽の中で歌われるジャンルのことですが、オペラはその中の一部です。オペラ以外に何があるかというと、誰でも知っているベートーヴェンの第九交響曲や、ハレルヤコーラスが有名なオラトリオ「メサイア」のように、オーケストラの伴奏で歌われる曲のほかに、ピアノ伴奏などで歌う、シューベルトの「冬の旅」や、シューマンの「詩人の恋」といった、歌曲があります。

オペラは、通常大きなホールで、演劇的な舞台装置の中で歌うので、第九やメサイアなどのコンサートとは違い、音響的にベストではないため(声が響きにくく)、オペラ歌手は、ある程度の声量がないと演奏が成り立ちません。

一方、歌曲は、小さなホールや、サロンなどでも、ピアノが一台あれば演奏が成り立つので、オペラに比べると大きな声量は要求されません。

ですから、一口に声楽家といっても、オペラ歌手かコンサート歌手(宗教曲や歌曲などを専門とする)かによって、発声の指向が違ってきます。オペラ歌手は、どうしてもまず声量を重視しなければなりませんが、コンサート歌手は、声量をあまり気にせず、響きや声の美しさにポイントを置きがちになります。(♭Ξ)

Q.発声がよくなるコツは何でしょうか。

.ときどき、コーラスなどをなさっているアマチュアの人に質問を受けます。

「喉の力を抜くことですか」「呼吸のトレーニングをがんばればよいでしょうか」「お腹の使い方のコツをつかむのが一番でしょうか」

コーラス指導の中で、私が口にしたフレーズのどれが、ご本人にとって一番大切か、確認したいようです。私も、その人の発声の現状がつかめる範囲で、必死に考えて答えるのですが、もっと簡単で、もっと重要なことがあることに、いまさらながら、ここ数年気づかされます。

同じ程度の人のレッスンをしていても、上達スピードに明らかに差が出るのは、自主トレの頻度と量です。どんなに呑み込みのよい人でも、自主トレが少ないと、なかなか伸びてはいきません。また、せっかく伸びても、自主トレの頻度が極端に減ると、意外なほど早く、実力が落ちてしまいます。一方で、少し呑み込みが悪くても、頻繁に自主トレに取り組んでいる人は、どんなに伸びは遅くても、着実に上達していくのです。「なるべく頻繁に定期的に、自主トレを実施すること。」これが、もっとも簡単でもっとも大切な上達の秘訣ですが、実行し続けるのは、なかなか難しいことです。(♭Ξ)

 

2017年6月16日 (金)

Q.発声のメカニズムについて、知りたいです。

A.[コラム]<発声のメカニズムについての基礎知識> 

               
 

 
 

呼吸(呼気)―エネルギー源(息を吐く) [肺・横隔膜]

 
 

 
 

発声【原音化】―声立て(声帯振動)息を声に[咽頭・喉頭・声帯]

 
 

 
 

共鳴【声化】―響きに[口腔・鼻腔・咽頭] 母音=有声音

 
 

 
 

発音【言語化】―言葉に[口腔・唇・舌] ことば=子音(無声音、有声音)

 

(以上、【原音化】、【声化】、【言語化】は、私の用法です。)(♭)

Q.話し方をよくしたいです。

A.話し方もそこで使う声も本来、無数にあるものです。まずは、とっさにある声を出せる状態をイメージして出してみてはどうでしょう。芸能人やアナウンサーは、発声や発音の訓練を積んだ声のプロです。自分の声を録音して、彼らの音声と聞き比べてみると、上達が早まります。(♭)

Q.ヴォイトレは、トレーナーによってかなり違うのですか。

A.ヴォイストレーニングについては、考え方もやり方も狙いも、指導しているトレーナーの出自や専門もそれぞれに違います。劇団などでは大声トレーニングをせりふで言うことから声を鍛え、アナウンサーやナレーターの学校では、発音・滑舌トレーニングから、声というより言葉の使い方を学んでいくことが多いようです。(♭)

2017年6月15日 (木)

Q.研究所のトレーナーへの共通Q&Aについての回答の矛盾は。

A.トレーナーの出身は、それぞれ異なる音楽大学ですから、ほぼ8割方、日本の声楽のほとんどがその影響下にあるヴォイストレーナーという、現在のやり方、考え方がわかると思います。それぞれの見解の差異については、あなたの判断の参考に留めてください。(♭)

Q.声楽のオーソドックスな方法について教えてください。☆☆

A.声楽の分野で、私が影響を受けた考えをあげておきます。有名な発声本の受け売り一辺倒の、日本人の指導法に警告したものといえます。私は声楽家ではないので、声楽に関しての判断は、ここでは揚げません。また、ここで述べられていることを私自身がすべて肯定して使っているわけではありませんので、念のため。(以下は声楽家、渡部東吾氏の研究によるものです)

 

≪ガヴァリング(デックング、被せること)≫-1830 G.L.Dupres(テノール)提唱

「喉頭を下げ、口蓋を上げて、口のなかを広く大きくして発声、音色を暗くしたり声区転換点での破端(ひっくり返ったり、開きすぎたりする)を覆う。さらに大きな響きが得られる共鳴の技術。

→自然な共鳴を舌を無理に下げ、口を丸くして口腔に引き込む形で不自然な声となり、発声、音程、呼吸の効率も悪くなるので、根本的な解決ではない。代理技術にすぎない」

 

≪発声配置-G.B.Lamperti≫-リリー・レーマンの共鳴の知覚図

「振動の感覚を捉えて共鳴のつけ方を訓練する。

→正しい発声(共鳴)の結果おこる振動を先にさぐりあてて、共鳴を起こそうという考えで、順序が逆。振動するのと振動させるのは、声帯の働きはまったく別になる。振動の伝わり方は個人的なもので、心理的なもの。聴くことより、見たり感じることが重視される。共鳴と振動の混乱、音に方向性をもたせるのも不自然といえる」

 

≪鼻腔共鳴≫-Jean.de.Reszke、提唱

「→口腔、鼻咽頭は音量の増強という意味での共鳴には影響なく、エネルギー保存からはマイナスに働く。鼻腔は、鼻のなかに音が流れ込むこと自体疑わしく、共鳴を起こすことはない。咽頭の筋肉の緊張が原因で、それを通じ振動が鼻の方へ伝わるとされている(音声科学による)。つまり、逆効果となる」

 

≪クラシック的な声≫

「得体もしれない強烈な音質観念。自然な音作りを型をはめてしまうもので、クラシックの名のゆえにまだまだのん気に構えてられる面が残っている」

 

「間違った指導でよく使われることば」

 ブレスをコントロールする/ ヴィブラートをかける/ 発声器官を調整する/ 声(響き)をあてる/ 声を前方(上方)に向ける/ 鼻腔共鳴に集める/ 軟口蓋を上げる/ 喉頭の位置を下げる

 

・正しいトレーニング

リラックス/単純なトレーニングの繰り返し/感覚(声の判断力)を磨く/声を統一する/音声イメージを構築する/声をかぶせる(♭)

Q.科学的に効果を上げて欲しいのですが。☆

A.私は、科学を否定しているのではありません。それをよりよく生かすこと、中途半端な理屈やことばにとらわれ、否定する根拠のように、あなたにとって為にならないように使うのなら、知らない方がましです。20年以上前までの大歌手も、今の一流の歌手でも、まったく知らなくても、何一つ不自由していないのです。そんなことに時間や気を奪われること自体、あまりよくないのではないでしょうか。(♭)

2017年6月14日 (水)

Q.声でのコミュニケーション術とは何ですか。

A.それは、言葉とともに、人間の獲得した最大の武器であり、芸術です。わずか2歳の子がいくつかの言葉だけで会話します。生まれたての赤ちゃんでさえ、声だけで自分の意志をまわりに伝えます。(♭б)

Q.なぜ声の研究は進んでいなかったのですか。

A.人間は文字を使う前にも、絵を描いていました。人相書きなども、そう難しくなかったでしょう。写真の発明までは、肖像画が絵の大半でした。描いて記録してきた何千年の歴史があります。

しかし、声の記録は、近年、蓄音機の発明からようやくスタートしました。そして、一般の庶民には、テープレコーダーが普及するまで、自分の声を聞き返すことも残すこともできなかったのです。つまり、未開の分野だったのです。(♭б)

Q.声の違いをチェックするには?

A.次の3段階で声を区別してみましょう。

声のよしあし(生まれつきの声、育ちの声)

声の使い方のよしあし(教育された声)

声の感じのよしあし(受け手の感じる声)(♭б)

2017年6月13日 (火)

Q.ヴォイトレをやる前に必要な知識は。☆

A.知識はあくまで知識、理論は理屈です。否定的でなく、肯定するのに使うのならよいのです。それらはあまりに自分の洞察力がないときに、一方的な思い込みで間違って才能をつぶさないためのリスクヘッジ、あるいは時間を得するくらいのためにはなるかもしれません。

知識は、要領よくうまくなるのには少々役立ちますが、それくらいでは、決して人の心を奪うほど感動させることはできません。

それは歌い手のルックスでの争いのようなものでしょう。歌や声の力が足らないから、顔などが問題になるだけなのです。本当に表現が凄ければ、芸の力はルックスなどを凌駕するものです。演奏がすぐれていたら、日常的なレベルでの顔のよしあしなど吹っ飛んでしまいます。(♭)

Q.声帯によって一流のオペラ歌手の素質が決まっているのではありませんか。☆

A.こんなのどや声帯でどうしてあのような声、演奏が可能なのかといわれる一流の歌手は、たくさんいたようです。また、人間の力は科学の分析などを易々と超えることがあります。(♭)

Q.オペラにおいては、パヴァロッティのような声を聞くにつれ、本人の努力はあるとしても、持って生まれたものの差は大きいと思うのですが。☆

A.表現やオリジナリティを踏まえて述べるなら、私はロマのバイオリンのようなもの、あるいはインドのカーストで音楽を生業とする人たちの演奏を思い出します。楽器は、ボロボロの寄木のようなものから本人自身がつくります。手製でも、その耳とそれぞれの楽器に合わせた調整や、それを活かす演奏がプロフェッショナルなのです。楽器を半分つくり変えるほどの調整もしてしまうのです。民族音楽とオーケストラに使われる楽器の優劣を簡単に述べることはできませんし、そのこと自体、無意味ですが、どの時代どの国にも、すばらしい演奏家も歌い手もいたということは事実です。

つまりは、すべては人間の力、その人をとりまく環境と表現へのあくなき欲求によるのです。それが有利で、才能が輩出した時代や国、地域もあれば、不利でまったく不毛だったときもあるということです。

私はあなたに、ここに述べたロマのすぐれた演奏家を目指して欲しいのです。自分のがどんな楽器であれ、それを疑わず自分流に最大限に活かせる工夫をして、最高に使い切るつもりでトレーニングにのぞんで欲しいのです。(♭)

2017年6月12日 (月)

Q.オペラ歌手に向いているのどとは。☆

 

A.別の面から話をしましょう。

 

 欧米のバイオリンという楽器は、実に多くのすぐれた演奏家や技術者(製作者)によって、高度に完成されてきました。家が買えるほどの高価なストラリバリウスの音を、「今の技術者でも超えることはできない」ともいうし、性能を比較すると、他のバイオリンと差がないというデータもあります。年月が楽器を育てたのか、その名声が名演奏家を惹きつけ、伝説となったのか、知るよしもありません。

 

ともかく、そういう伝説の名器は別にして、私たちが買うくらいのバイオリンについては、およそ高価なものは、そうでないものよりもよいといえます。つまり、理想の形、素材があり、バイオリンだけで評価できるということです。これは声楽家という持って生まれたのどと体ということになります(もちろん、その管理の仕方、育て方が入ります)。10倍の価格を出してでも、1パーセントの質を向上させたいと思うかどうかは、その人の立場にもよるでしょう。

 

 a.元々の楽器=のどを中心とした体

 b.使い込み、手入れ、今までの歴史、経年変化=育ち、育て方(スキル)

 c.今の使い方=テクニック(♭)

 

Q.近年、ヴォイトレで大きく変わったのは。

A.この20年くらいでは、

・声区(レジスター)と胸声、頭声の関係、音色は胸や頭(腔)での共鳴であるといわれていたことの否定、仮声帯で裏声を出すのでないことなど

・ミックスヴォイスほか、いろんな声の分類の細分化

・声帯の振動、発声、共鳴の可視化

・裏声、ファルセット(フルート)、地声、表声などにおける、男性、女性での定義の混乱

 

私は具体的な現場(特定の相手とのレッスン)を離れたところの論争に加わるつもりはありませんが、尋ねられることが多いので、いろんな立場の人の意見や理論を知って、混乱している人の頭を整理させることはできるようにしています。

それは、私のレッスンのためでなく、あくまで今の立場にいるために、問われることに答えるという責任においてです。私があまり興味もない、本や番組でも、声についてはコレクションしているのと同じ理由です。(♭)

Q.研究所では、本に書いていることより、レッスンでトレーナーにいわれることを優先してくださいと言っています。

A.私のレッスンでも同じです。

 なぜなら、本は一般的に述べたもの、しかも以前に印刷したもの、レッスンは個人別に対して、今みているのですから、「どちらが」と迷うことさえおかしいのです。もちろん本の内容に照らして、疑問があれば説明いたします。(♭)

2017年6月11日 (日)

Q.科学的トレーニングとマエストロのレッスンについて、どう考えられていますか。

A.声については、私の研究所でさえ、声紋分析の器材を使っている今、ここ20年の音声科学の発展はほとんど天文学や物理学、医学でいうと、天体望遠鏡や顕微鏡が出てきて、現実に目で確認できるようになったくらいの革新的なものといえるでしょう。

 書籍でも、生理学から、音声学、音響学まで、詳しくわかりやすく、よいものが出てきて誰でも学べるようになりました。一方で、自分の若い頃、つまり、半世紀前ほどの勉強のままに指導法を継承しているマエストロ的なトレーナーもいるわけです。

私の立場は、新しい発見や学説は絶えず学び続けますが、それが実際の結果や効果をもたらすまでは、試しに直観的に使うことはあっても、メインにすることはありません。一時的な成果でみるのでなく、長期的に複数の事例の結果でみるには、何年も要するのですから、あまりジタバタすることではありません。ですから、若いトレーナーや指導をはじめて4、5年くらいの人の結果をそのまま信じたりもしません。つまり、新しく出た理論やマエストロらの言っていることと、今、受けているレッスンや自分のトレーニングしてきた本やトレーナーの言うことが違っていても、迷うことはないと思っています。(♭)

Q.歌の評価に意味はあるのですか。☆

A.どういう歌にも歌い手もファンがいて、世の中に必要なものだと思います。私が述べているのは、ヴォイトレをする場合での方向や可能性、つまり、レッスンというものを本人やその声にどう位置づけるのか、ということです。これが曖昧であると、レッスンにもさしたる成果が期待できないこともあるからです。体からの声と、表現からの声の使われ方の両面を常に押さえておくことが、ヴォイトレとしては大切だということです。(♭)

Q.声の判断に迷うことはないのですか。☆☆

A.歌が許されるのは、次の二つの理由があると思うのです。一つは、一人ひとり声が違うから、それが個性やオリジナリティと思われていることです。楽器のプレイでは、同じ音色からタッチとオリジナルフレーズで、その人の音を出さないと評価されないのですから、それと比べるととても安易です。

もう一つは、ことば(歌詞)があることです。人の声、人のことば(物語、ストーリー)があることが、本来は楽器レベルでの声の演奏という技量を高めなくてはいけないことが、ただその人の声で思いを読んだら伝わるということにために見えなくなっているのです。(特に、詞、ストーリーを優先する日本人、日本の歌のスキャットや声の楽器的な使い方の少なさは、指摘してきました)

それを私は、1.楽器演奏として歌詞を介さないで聞く、2.欧米ほか、一流のアーティストの耳で聞く(ここで一流と共通のものを守り、一流がそれぞれ独自に創っているところに、オリジナリティをどう創っているかでみています。そうすると、残念なことに、世界で耐えられる作品とヴォーカリスト(つまり、世界に通じ、歴史に残る人)は、あまりにも少ないのです。

その代わりに、曲、詞と声の一体感で迫る、独自の世界のある歌い手と、ビジュアルで注目されるような人はいます。日本人好みの人もいます。残念ながらオーディアルでの声の表現としてはまだまだというか、日本では一昔前より弱くなってきています。これは、体に基づくものであるからともいえます。(♭)

2017年6月10日 (土)

Q.自主トレのがんばり加減は、どのくらいがよいですか。

.自主トレは、どれくらいがんばればよいでしょうか?もちろん、なるべく毎日ある程度はがんばって、自主トレを続けることが、より速い上達につながるのですが、がんばり過ぎると喉を傷めることにもなるので、注意が必要です。実際には、どれくらいがんばれるのかは、人それぞれ、これまでのトレーニングの成果などにもよって、喉の強さが違うのです。

たとえば、1時間位など、これといった指標を提示することは難しいのですが、喉が痛くなったり、声が出しにくくなったりしたら、オーバーワークだということは、わかると思います。

そうなる前に、自主トレはやめなければならないので、つい多めに自主トレをしてしまったときなどに、喉が疲れた感覚や疲れそうな感覚、オーバーワークになりそうな感覚を、憶えていくことが重要です。

特に、がんばって毎日自主トレを続けていくことは、喉や体の感覚を置き去りにして、意志の力だけでがんばってしまうことも多く、喉の感覚に注意が行かず、喉からの重要な赤信号さえも、見落してしまうこともあるので、がんばったご褒美が、傷んだ喉にならないように、充分に気を付けて、自主トレをしましょう。(♭Ξ)

Q.長時間の自主トレの是非について伺いたいです。

.自主トレは、ヴォイストレーニングの二本の柱の一本です。もちろん、もう一本はレッスンですが、もし、同じ先生のレッスンが毎日あるのなら、自主トレはそれほど重要な役目はしなくなります。しかし、そのような人は、ほとんどいないでしょうから、自主トレはとても大切な位置を占めます。とりあえず、自主トレに取り組めば取り組むほど、声は充実すると言っても過言ではないほどです。ですから、可能ならば、週56日、自主トレを実施していただきたいものです。

毎回の実施時間も、短いよりは長い方がよいのですが、ときどき自主トレに、長時間取り組む人がいらっしゃいます。ストレッチなども含めると、軽く34時間は越えるという充実?ぶりです。悪いことではありませんが、それがあたりまえになって、それだけの時間が取れない日は、自主トレできない、あるいはしないということになってしまうと、話は変わってきます。いくら長時間の自主トレを実施しても、一週間に一度できるかどうかという頻度になってしまっては、あまり長期的な効果は期待できません。もちろん、自主トレ直後の数日は、効果が残りますが、次回の自主トレでは、また一からのスタートということになってしまうのです。そんなもったいないことにならないように、一時間でも30分でも時間が取れれば、自主トレに取り組むようにしましょう。(♭Ξ)

Q.オペラの声の流行りについて知りたいです。

.オペラの世界では、はじめからソプラノ・アルト・テノール・バスという具合に、声の高さが分けられているので、流行りなどとは無関係なように思われるかもしれませんが、また別の流行りがあります。

最近は、太く重いテノールやソプラノが流行りのようですが、少し前は、宮崎駿監督のアニメ「もののけ姫」の主題歌で有名になった、男性が裏声で歌う、カウンターテナーが流行りました。

かなり昔になりますが、テノール歌手には絶対に無理だと言われていた、胸声(のような声)で歌う、マリオ・デル・モナコや、とても癖の強い、地声がかなり混ざっているような声のソプラノ歌手のマリア・カラスも、一世を風靡しました。どちらも、当時のノーマルな美声とはかなりかけ離れたところで、流行りました。どちらの声も、真似はできない、あるいは喉を壊すと言われましたが、最近は、似た声のオペラ歌手も、ちらほらと見かけます。それでも、多少話題になる程度で、爆発的な人気にはなりません。やはり、新しさ、新鮮さは、そこにはないからなのかもしれません。(♭Ξ)

2017年6月 9日 (金)

Q.世界的にみて、日本人の歌唱に欠けているものは。☆

A.メリハリ、リズム・グルーブを表せる声、太く引っ張られるようなことばをつかみ、リズムに従えられるようなインパクト、パワー、ドライブ感、加速度、つまり時間軸に乗せた横読みでなく、それを空間の広がりにして、時空を変えてしまうほどのパワフルさなのです。

これは、せりふなどの世界では、ある程度、一流のレベルに到達しているケースもありますが、歌になると、発声、音程(メロディ)、リズム、ことばなどを消化しきれず、多くの場合、声質(音色)、声の線(動き)がもっとも犠牲となります。

初心者ドラマーの頭だけ合わせているリズムやテンポ、リズム、メロディだけ正しく弾いているピアノの演奏に似たものになっています。(♭)

Q.優れているという基準は何ですか。☆

A.参考までにいくつかあげておくと、シンプルに聞いて、表現性をもつこと(ステージの成り立つこと)です。それは今ここで、立体的に(リアルに)、生命感をもって(生き生きと)働きかけてくることです。つまり、聞き込まなくても聞こえてくることです。その上で流れがあって(時間軸、リズム・グルーブ)、心地よい、バックのサウンドと合っている(空間軸、コーラス)、さらに構成(空間配置)や展開(時間的メリハリ)でのまとまりのあることです。それには、起承転結や期待通りの線の安定度と、オリジナルフレーズの飛翔や冒険(創造性、心地よさとその裏切りのインパクト、破格と収め方)、そのための確実なテンポ感(とリズム)、音感と音の動きなどが必要となってきます。(♭)

Q.歌と声の判断の仕方を教えてください。

A.私は、多くのポップスのシンガーに接しているので、共鳴やシャウトの中にも、一つの芯(あるいは線)を捉えるような感覚で判断しています。デッサンの線をひものようによじって細く鋭くしつつ、ハスキーやため息のように、解くことも許容するのです。この絞り込みの程度もまた、まとめるのと同じく、ヴォーカルの裁量に任されています。要は、センスということになります。

声楽家の判断は、アカペラを前提とした歌唱ですから、共鳴や声量、特にハイトーンでの焦点化(ベルカント的なものとして)の条件の上に問われます。しかし、ポップスは、マイクでの音響加工をも含めて、何でもありです。オペラの条件の声量、声域、共鳴を絶対としないのです。

それゆえ、何をもって判断するのかは、声楽家、合唱団、ハモネプ、ミュージカルの方と異なり、複雑なもの、あるいは聞く人の好き嫌いや気分に大きく左右されます。言語と同じく歌われる風土(国、民族など)によっても好まれるものは異なってきます。とはいえ、私はアドバイスを求められる立場ですから、好嫌でなく、秀劣において明確な基準をもって判断しなくてはなりません。そこで徹底して、どういう立場においても判断するかスタンスを深めます。(♭)

2017年6月 8日 (木)

Q.J-POPを声のサンプリングにしないのですか。

A.私は練習曲に、外国曲や演歌、歌謡曲まで使わせていますが、今のJ-POPの曲を声のベースづくりとしては使っていません。

歌が詞と曲と声の総合的な組み合わせの妙で成立しているJ-POPの曲は、手本や見本にしにくいということです。曲、詞、歌唱それぞれ独立してみたところでの完結性や完成度がないということかもしれません。

ヴォイトレは声そのものの技術、完成度を求めていきます。しかし、シンガーソングライターなら表現から入っていくので、トータルでの完成度となります。声、そのものの正解というものがないともいえます。むしろ、そのアーティストのもつ生来の声や音色、フレーズのくせを生かしたように曲がつくられているので、他の個性をその曲で発揮するのは難しいのです。つまり、そのアーティストのようなくせで歌わないと歌が成立しにくいというところまで、歌だけの完成度がなく、歌い手の作品としての完成度があるということです。

これは私がJ-POPを評価していないのではなく、むしろ「真のオリジナリティとは、そのアーティスト以外がそれをやると間違いになってしまう」という持論からすると、これほどの強いオリジナリティの作品はないのです。それゆえ、基本の発声やその人のオリジナリティをみつけ育てるヴォイトレは使いにくいわけです。

体からのしぜんな声、発声原理にそって最大限、声の可能性を追求しようというヴォイトレでは、たとえば共鳴での技術は、声楽=クラシック=オペラに一つの範をとることができます。その下位に発声があります。そこからヴォイストレーニングを考えるとわかりやすいわけです。(♭)

Q.お坊さんの声について、どう思いますか。☆

A.私は日本で唯一、声づくりがしぜんにうまくいっているともいえるお坊さんを見る度に、高い声や発音や音階、リズム、歌詞、共鳴などに関わる前に、自分のもっとも出せる音の高さ、発音、共鳴で自分の呼吸に合わせて声を出して、しぜんに使えるだけの声にする期間が必要だと思っています。私の日常レベルでの声は、1020年かかり、外国人に認められるようになりました。京都や九州のお坊さんに認められたのも、嬉しかったです。

そういうシンプルな基準、ヴォイトレをしっかりしていくと、誰にでもわかるくらいに声が変わるというヴォイトレが、日本ではまだまだ行なわれていません。欧米では、先述したように、あまりその必要性はありません。今、私が述べてきたようなことが全く考えられていないことに、まだまだこれから、多くのやるべきことがあると思っています。ここしばらくは、能や邦楽、読経・声明の人などと、日本人の声を追求していこうと思って動いています。(♭)

Q.ヴォイトレの共通メニュとは。

A.初期の条件の獲得のための声づくり、発声とその歌唱のための共鳴とは、次元の違う問題ということです。登山で勝負しようというときは、もし私が平地しか歩いておらず、それゆえ10階まで階段を歩いたら足がつったり、翌日痛くなったからといって、それは歩き方が間違っていたのでしょうか。登山の前に10階まで、毎日上り下りするようなことを2、3年やっておく方がよいのではないかということです。(♭)

2017年6月 7日 (水)

Q.日本語はビートにのりにくいのですか。

A.英語の単語は、基本的に二拍子に分解できるので、8ビートにのりやすいものですが、日本人のリズム感は、後打ちが難しく、一拍子のようになります。西欧なら、二拍子で強弱となるのに、日本語だと同じ強さになるわけです。そのためビート感を出すのは難しいのです。

日本語というのは、俳句や短歌でも、音を一つずつ数えられます。つまり、一音ずつのことばに分けて、一拍ずつにしているのです。また「ハイヨ」を伸ばすと、「ハー」「イー」「ヨー」と、二倍の長さになります。これを日本語のもつ等時性といいます。常に長さを均等にして音を分けていきます。

俳句や短歌の五七五は、その通り、5+7+5の時間をかけていいます。リズムでは6、8、6(正しくは、8、8、8の8ビート)になりますが、五七調と数えます。つまり、音となったところしか、カウントしません。これは、日本人が深く息を発せず、そういう息の音をことばとしてカウントしないからです。

外国語というのは、強弱のアクセントで、「ハイ」も「ハ」「イ」とは言わず、「Hai」で一つのフレーズです。「ハア」でふみこめば、「イ」でひびきます。強アクセントをおいたところ以外は、あいまいになります。それを日本語みたいにきちんと区切って言おうとすると、カタカナ英語といわれるものになり、通用しません。(♭ф)

Q.日本語と外国語の文字と発音の違いとは。

A.日本語では、「アイ」を「ア」と「イ」で同じように発音するのに対し、英語は、「ア」に「イ」をつけるくらいに発声します。(二重母音)アルファベットは子音と母音のレベルで1単位とした音素文字です。

これをカタカナで表現すると、日本語は「アーイー」(2音)、英語は「アーィ」(1音)となります。日本語では逆にすると「イーアー」ですが、英語では分けられないのです。

アルファベットは音素文字であるため、一つの母音にいろんな発音があり、強アクセントのつく音節の母音は強く長く、それ以外の母音はあいまいで、ほとんど発せらません。そこには、主従関係が生じています。「ア」から「イ」にかけて、音色が変わり、「ア」さえはっきり示せたら通じるといえるのです。(♭ф)

Q.日本人はリズム感が悪いのですか。 

A.私たち日本人は、音として発した数でしか、数えていないだけで、休みで間をとってリズムは刻んでいます。。

だから、日本人は、リズムに弱いのではなく、奇数拍(三拍子系)と強弱リズムに不慣れなのです。(♭ф)

2017年6月 6日 (火)

Q.先生は声を、どう鍛えたのですか。☆

A.私は鈍感だったのか、敏感だったのか、すごく過度にやりましたが、壊しませんでした。無理に高いところをやらなかったからか、10年もかけたからかよくわかりませんが、8時間に耐えられる声をつくるのに、毎日3~5時間ハードにやりました。

こんなことは他人には勧められませんし、効率もきっと悪いでしょう。それはプロの人をたくさん教えるようになってわかりました。今の私ならそのようにしないでしょう。しかし、今でも疲れないのは、その頃の基礎がきいているとも考えられます。少なくとも誰よりも、あるいは、二度とそんなにできないくらいにやったというのは、自信になっています。それゆえ検証もできません。(まして10代から20代にかけてですから…)他人と違う体やのどになっていると思われるからです。量がやり方やメニュを凌駕することもあるのでしょう。(多くの一流の人は、やはり相当な量をやっており、そこから質に入っていると思うのです)(♭)

Q.トレーニングでのどが痛いです。☆

A.「痛いなら、そのやり方(メニュ、時間など)はやめましょう」、これはヴォイトレでの基本的なアドバイスです。こういうセンサーが壊れていたり、鈍かったり、情熱のあまり鈍感になったりすると、過度に偏向して壊しかねないからです。(♭)

Q.外国人のシャウトの声をまねると壊しませんか。

A.続けてハードにそのまま真似すると、のどを壊す人も少なくないでしょう。しかし、現実に彼らは壊していないのだから、それが間違っているとはいえません。私たちがF1レースに出て勝とうとしたら、死ぬでしょう。プロレスでも同じかもしれません。しかし、プロは、鍛錬のなかで極力、リスクを避けることを学んでいます。そういうことに対して、トレーナーのアドバイスは、一面での注意にしかすぎないともいえます。(♭)

2017年6月 5日 (月)

Q.声を壊すと強くなるのですか。☆

A.俳優の仲代達也さんは、本人いわく、何度も声を壊しては直し、鍛えて一流の声になりました。彼にとっても、そのやり方がベストだったのかどうかは誰にもわかりません。多くの人はそのやり方では、彼ほどにはうまくいかないでしょう。しかし、彼と同じような素質(のどなのか、感覚なのか、勘か、熱意かわかりませんが)をもつ人にとっては、それがもっともよい、あるいは正しい、早いヴォイトレかもしれないのです。(私が判断するのは、正しい早いでなく、「より大きな可能性をもたらす」=「もっともよい」ということです)(♭)

Q.声の鍛錬について、リスクをとるべきなのですか。☆

A.医者のような専門家は、一般の人にはとことんリスクを回避させます。しかし芸人や歌手はそれを超える仕事がきます。常に高いレベルへ挑戦するのはリスクを負うことです。あるトレーナーは、手術後、半年安静のドクターストップを2週間で切り上げ、舞台に復帰しました。たまたまそのときは、そのトレーナーはその判断でうまくいったが、他のときや他の人がそうしたら、再び手術するはめになったり、より悪くなったかもしれません。しかし、そのような選択も含めて、人生であり、実力なのです。私も他人に聞かれたら、このケースは、2ヶ月は出演を控えるべくアドバイスします。しかし、そこに最大のチャンスがきていたら…!?自分なら、医者やトレーナーが反対しても出たでしょう。私は、これを読んでいる人に、理屈や知識を知って注意深くなっても、臆病になって欲しくはないと思います。そのためにトレーナーと真剣に日頃からレッスンに取り組み、判断力を磨いて欲しいのです。(♭)

Q.声を壊すのが、とても怖いです。☆

A.私のところにも、かつて舞台で無理に声を使い、手術した人が何人かいます。トレーナーにもいます。もちろん、生徒ののどの状態には、誰よりも注意をしていますが、これらもその人たちがその結果、歌や芝居から引退したというのなら不幸なことですが、そのときよりも今、活躍しているというなら、ケガの功名、それもまた一つの経験、あるいはトレーニングのプロセスと捉えられなくもないのです。もちろん、そんな苦労をさせない方がよいので、トレーナーの立場としては、のどに無理が生じるときはストップをかけます。しかし、すべてその判断でよいかはまた別問題です。(♭)

2017年6月 4日 (日)

Q.外国人、一流のトレーナーの判断基準と日本人は異なるのですか。

A.アメリカに行って、私どもの方法とまったく違うやり方で、声を開花させられたという生徒がいました。こんなことは、いろんな国に行っている私にはわかりきっていることですが、結論からいうと、それぞれ国のトレーナーがその国ですぐれていても、日本人のことはそれゆえわからないことが多いのです。

日本人が向こうに行ってバランスのことを言われ、力を抜き、リラックスして、しぜんな声を取り出す。それでいくらやっても、大半は彼ら並みの声にはなりません。でも、本人はそれで褒められて満足している。そういう例はたくさんあります。

彼らのやり方だけでなく日本の声楽で行なわれているやり方も、声のない(声の芯や深い声のない)人にはあてはまらない。というか、あてはめると、バランスのとれた声域づくりになるのです。ベースの声を本格的にトレーニングして鍛えてから、向こうに行かないと、あまり使えないものです。

誤解されることも多いので、明確に述べておきます。彼らは一般の人であっても、日常言語で、深くひびく太い声を持っているのであり、それゆえそれを邪魔する要素を取ればよいのです。(まして、歌手、役者をめざせる人なら)しかし、日本人の大部分はそれがないので、その獲得から始めなくてはならないということです。

もう一つの理由は、日本には弱くて届くだけの高音発声をよしとする人が主流なのです。無理をしていたら、中には鍛えられる人もいますが、今は抜くだけ、あてるだけの発声ですから、本当にバランス調整だけなのです。歌手、トレーナー、演出家、作曲家にもそういうタイプゆえに、カラオケの先生やヴォイストレーナーをうまくやれる人の方が多いため(特に歌の指導はそういう人ばかり)、本当の意味で体からの声というのか、理解も獲得もできないことが、ほとんどなのです。高くきれいな声だけで、表現力、説得力、個性がない声、それゆえトレーナーにふさわしいという考えもあるのですが…。

 

疑うのなら、体からの声を一声で示しますから、いつでもいらしてください。本当の基本とは、シンプルです。一瞬で示せるものです。簡単そうにみえ、誰でもできそうで、すぐには絶対にできないものです。

 こういう声は、歌に限らず映画や演劇などにも、外国人のオペラでもエスニックな歌にもけっこう共通してあります。そういう観点で、世界中の声を聞いてください。体の中にあり、トレーニングの年月が、血肉になっていく声においては、純粋にトレーニングの方法、メニュ、技術の結果だけを分離して判断することができないものです。(♭)

Q.売れる歌手は、声の分析でわかるのですか。☆

A.声紋分析で、その人が加工して出した音の波が、楽器ならある程度、分析して、一流のプレイヤーと同じものが出ていたら優れているという指標になりますが、声は個人差が大きすぎてそうはなりません。

一流のすぐれた要素を多く持つ人がそうでない人よりは一般的に有利とはいえても、一流とはならない。実験した結果、現実に売れなかったこともあります。

この傾向はJ―POPになると、その人の声、歌い方と曲と詞が密接に関わってくるだけに、なおさら高まってきました。もはや声だけの判断では、歌を決めかねるとさえいえるでしょう。(♭)

Q.一流の声は一流の体から出るのでしょうか。☆

A.声帯の質や能力は関係します。のどからその人の可能性や素質のよしあしは、ある程度わかるのですが、一流の人が必ずしも声帯で恵まれていたわけではない例もあります。つまり、体重があればラグビーに向いているというレベルで選んでも、それは素人集団にとって有利な要素の一つにすぎないわけです。(♭)

2017年6月 3日 (土)

Q.ポップスの声の流行りについて知りたいです。

.いい声・きれいな声・魅力的な声、力強い声、優しい声、いろいろな声がありますが、流行りの声、というのもあります。最近のポップスの男性歌手は、ずっと高音が流行ってきた影響を受けて、細く高い声がとても多い気がします。さらに、初音ミクなどの機械的に作られた音声にも影響されてか、本来の歌手の声を、機械的に装飾した声も、かなり当たり前のように、流行っています。

340年前は、よく「低音の魅力」という言葉を、流行歌の男性歌手のキャッチフレーズとして、目にしていたように記憶していますが、今はまったくといっていいほど、「低音の魅力」を売りにしている歌手は、見かけないようです。昔は、音楽大学に在学中や卒業した声楽家が、流行歌を録音することも少なくなかったことも、関係しているのかもしれません。ある程度しっかりと磨かれた低音が、時代の要請にもマッチしたのでしょうか。あるいは、民謡や、能や歌舞伎などの邦楽が、喉をしっかりと使って表現する声なのに比べて、どちらかというと喉をうまく脱力して、何の無理もなさそうに出す低音が、とても新鮮で、魅力的に感じられたのかもしれません。(♭Ξ)

Q.体がやわらかいことは、発声にプラスになるということですか。

.体の一部分をストレッチすると、ストレッチをしていない他の部分も、ほんの少しやわらかくなります。ですから、歌う前に、全身のストレッチをやり過ぎると、かえって声が出しにくくなったりもします。スポーツをする直前に、ストレッチで体をやわらかくし過ぎないのと同じです。ですから、体がやわらかく、喉に無理な力が入らない人は、歌う直前にストレッチをし過ぎるのは、考えものですが、逆に、体が硬く、喉の無理な力をいつも注意されてしまう人は、日常的にストレッチに取り組んで、体のなるべく多くの部分を、やわらかくしていくことをお勧めします。そうすることで、喉回りも少し柔らかくなり、無理な力が入り続けなくなる方向に、時間はかかるでしょうが、変わっていくことでしょう。(♭Ξ)

Q.体の支えは、皆さんはどこでしょうか?

.声の支えは、日常的に気にかけていますが、体の支えを気にしている声楽家は、それほど多くないと思います。それに対して、バレエダンサーや他のダンサー、柔道・剣道・弓道・空手などの武道家、あるいはお相撲さんも、体の支えは、日常的に気にかけているのではないかと思います。その前に、体の支えとはどんなものと、まったく想像がつかない人も多いかもしれません。

体の支えとは、そこに動作などをするときの力の中心を感じ続けると、より動きやすく、効率もよく、体が楽に使える部分といったところでしょうか。力仕事をするときに、「もっとお腹に力を入れて」とか、「腰を入れて」などというフレーズを、耳にしたことがあると思いますが、このことです。

武道に関係する人々やお相撲さん達は、やはり丹田(下腹の表面ではなく内側)なのでは、と想像してしまいます。では、ダンサーやスポーツ選手は、どこで支えているのでしょうか?実際に、聞き取り調査をしたわけではありませんが、少なくともバレエダンサーは、丹田ではないだろうと思います。そこで、腰・背中・足などで支える方法が出てきて、声の支えとしても使われるように、分化しているのだろうと思います。(♭Ξ)

2017年6月 2日 (金)

Q.科学的、効率的に一流の人は育てられないのですか。☆

A.一流になるためには、いくら理論や分析をして、方法を取り入れてみても不可能です。今日、音声科学は、30年前とケタ違いに進歩し、いろいろなことが分かってきました。また生理的にもかなり多くの発声に関する理論や方法の間違い(というか、仮説)も修正されてきました。

しかし、トレーニングによって人がどれだけ育つかがもっとも大切なのに、秀れた人材の輩出という点では、30年前よりも劣っているかもしれません。70点の人は多くなったが、90点の人が出なくなったのは、教育の方向や方針、トレーニングの問題が大きいのです。声だけに限っては、その傾向はより顕著です。もちろん同じルール上で競うスポーツのように、比較は単純ではありませんが。

どの分野であれ、セミプロ化すると、底辺のレベルは上がりますが、ずば抜けたプレイヤーが出なくなってくるわけです。逆にいうと、昔の人は理論、分析もしていないけど、努力によって、すぐれた技量を手に入れたわけです。そういう現実に結果を出した条件や方法こそが、もっと研究されるべきなのです。すぐれた人はこうだと分析できても、その分析ですぐれた人を出せるわけではないのです。(♭)

Q.高音は高音トレーニングでしか身につきませんか。☆

A.歌唱でも、高音のトレーニングになると表情筋まで関わるので、ひびきも前に出て、発音も明瞭になります。低音トレーニングは、深い声、芯のある声になりますから、声そのものを支えますが、そのまま発音にはあまり絡みません。しかし、これがあってこそ高い声も活きるのです。事実、本当の高い声の支えは太ももにきます。

ですから、体力づくり、体の柔軟、呼吸筋、表情筋のトレーニングをしておくとよいでしょう。

実際に大きな声で外朗売りや早口ことばで、のどを疲れさせるより、効率のよいトレーニングとなることもあります。役者やアナウンサーは、長年にのどをことばで酷使することで、声が鍛えられることもあるのです。そのリスクを減らしたのが私のヴォイストレーニングなのですが。

こうしてみてくると、発音のための滑舌トレーニングは、20パーセントくらいの要素で、それを長く大きくやり続けることで、体や感覚が巻き込まれていき、50パーセントくらいの要素のトレーニングが伴うと思えばよいのです。ですから、ときに「外朗売り」のトレーニングでも、正しい早口の発音だけに、最初からこだわるアナウンサーより、声の流れやメリハリから表現していく役者の方が、より表現力のある声を得られるのは当然でしょう。(♭)

Q.アナウンサー、声優の初期の声は、役者や経営者などとは異なるのですか。☆

A.もちろん形から入って実を伴うことができるならよいのです。しかし、形から入って形に終わることの多い日本では、そのままで人並み以上にもならない人が多いのです。

一方で、声が深くなれば、口形は少しの動きでも発音は明瞭になります。共鳴効率がよいからです。根本的にはこの考えをとりながら、その上で早く必要とする場合は、滑舌、早口トレーニングをさせるようにしています。発音がはっきりしたり、語尾まできちんといえるためには、本当は次のような要素が必要です。発音での口形の問題は、そのうちの一つの要素にすぎないのです。

1.フィジカル 体 姿勢 呼吸(腹式) 感覚  調音について 耳から発声、発音器官へ

2.メンタル 集中力 TPO 対応力

3.発声

4.共鳴(♭)

2017年6月 1日 (木)

Q.発音をもう一度固めたい。

A.私のところでは、過度に発音、滑舌を重視していません。発声から考えると発音は後の位置づけです。それでも、実践的に考えるのなら、口をはっきり開けた方がビジュアルの助けも加わり、新人としては早く通用します。大学生でTVに出る女子アナなどが、その例です。そこから2、30年たつと、アナウンサーでも残っているのは、個性豊かな声となった人だけです。口もほとんど動かさなくても明瞭な発音になっています。母音は口形でなく、口内でつくられるからです。

ですから、新人社員をセールスや接客での即戦力とするには、滑舌練習からのアナウンストレーニングをするのが手っ取り早いのです。「話すため」の技術向上になります。すると声はほとんど変わらないか、人によっては浅くなります。日本人の社会風土や日本語の性質(高低アクセント、高出し)がそれに拍車をかけます。高く浅い方が、新入りとしては受けがよいからです。個性や独自の説得力や表現力はむしろ、ここでその方向性を奪われるのです。それを評価しない日本の社会の問題も大きいです。(♭)

Q.トレーナーがつくときの最大の問題とは。

A.どうしても積み上げ式で1020305080パーセントとしてしまいがちなことです。しかし、計算で進めていくのではブレイクスルーできないのです。(♭)

Q.一流へのプロセスとは。

A.早く楽に簡単に人並みにできる、あるいは人よりも少し上達できるというのと、遅く楽でなくとも苦労しつつも、明らかに常人とは違うレベルにできるというのは、結果からみてのことですが、方向性も順番ややり方も全く違うことが少なくないのです。

目標があいまい、つまりレベルが低いときには、表面的な効果やコストパフォーマンスを求めることとなりがちです(プロでも、感覚やイメージ、条件が伴わないときは、そうなります。その違いが声において厳密わかる人は日本ではほとんどいないのかもしれません。これが海外との音声力との差の原因です)。

芸の世界は、人並みの80パーセントまでは、20の努力でできますが、残り20パーセントを詰めるのに、80の努力を要します。さらに、それ以上になるためには、今度は労力でなく、無限の力を問われる世界へ挑むことになります。

要は、4、5年で人並みかそれ以上になれたとして、その80パーセントの上に、20パーセントがそのままのっかればよいのですが、必ずしもそういかないことが多いのです。

声や歌については、この80パーセントは、プロやうまい人の真似に準じることが多いから、なおさら困難です。「80パーセントでの限界」というものにあたりかねないのです。つまり、これはデビューはできた、人前でできた、CD出したで終わってしまうレベルです。1015年続いているのをプロというなら、まだアマチュアに毛が生えたくらいなのです。(才能、素質のある人なら最短1年半くらいで到達できます)

むしろ、100パーセント以上の世界をつくることが念頭にあれば、80パーセントは目指さず、あとで100以上にいける基礎の20パーセントをしっかりと創りあげることが大切です。(♭)

2017年5月30日 (火)

Q.1つフレーズで、なぜ声の力がわかるのですか。

A.例えば、いくつかのフレーズを1015秒(歌のフレーズでもよい)を2、3回見せていただければわかります。そこにどういう条件があるのかを述べますと、

1.今ここで、声で示すことに日頃の充分な準備ができていること、つまり、そういう体と感覚を獲得して維持していること

2.相手の要望に応じて、今ここで自分の持つ声を調整、応用してもっとも期待するものに近いもの、それ以上のものを出せること

もし1回目うまくいかなくても、2、3回で修正してよりよく出せること。また1~3回でうまくいかなくても、本人がそれを自覚し、その原因や解決法を知っており、次の機会までには完全に解決できること。解決できない場合はそれがどうしてか、そうであればどのようにすればよいのかがわかること。このあたりで、どのくらいの声の力のある人かがわかります。

そこには、次のような基本を支えるさらなる基本の力が必要です。

1.フィジカル  体力 筋力 瞬発力

2.メンタル  精神力 モチベーション

3.イメージ力と判断力

4.実行力(実現力)

5.フィードバック力  反省し、誤差を把握して修正する力

これらの厳密性において、区別されるのです。(♭)

Q.一流のもつ基本の基本とは。☆

A.世の中には、20年、30年と人を続けて見ていないと何とも言えないことがあります。それを残していくことが、この世界で生かされてきたものの努めと思って述べています。

誰もが基本といっておりながら、基本が身につかないのはなぜかということです。

これは思うに、2つのポイントがあります。一つはイメージ、判断の基準の厳密さ、もう一つは、声であれば声としてそれを示すことでの厳密さです。みる人がみたら一目でわかる野球やゴルフの素振りに比してもよいくらいに、発声の基本はシンプルな形で示されます。(♭)

Q.よい声のトレーナーがよいのですか。

A.若くして、あるいは少しのレッスンで、よい声や高い声が出るようになった人は、そうでない人に対して、あまり育てることはうまくないのです。そうでない人ほどそういうトレーナーをみて、あこがれ、絶対的な信頼をおきます。それがよくないとはいいませんが、大きな盲点になるのです。

 私が尊敬する、竹内敏晴さんはずっと声が出なかったし、H氏は、芸大に受かるまでに5回落ちました。それゆえ、そこで気づき直してきた経験が、人を変える力を持っています。元々ののどや声のよいトレーナーは、のどや声のよくない人に無力であることも少なくありません。のどや声がよいから、若くしてトレーナーになりたいという人には、私はその得意が大きなハンディキャップになるというアドバイスをしています。(♭)

2017年5月29日 (月)

Q.トレーナーは得意なことが盲点になるとは。

A.歌のうまい人は歌を、声のよい人は声を教えられないということです。他では考えられないような、ヴォイトレ特有の盲点があります。それは、声がその発声器官とともに体の中に入っており、しかも、生まれた頃から元も一人ひとり違うし、育ちによっても大きく変わり、これまでのあなたの生きてきた歴史に関わっているために、客観視しえないのです。一流の表現、歌、声のために100の条件があるとしたら、80以上はブラックボックスに入っています。そのためヴォイトレなしに、プロになれる歌手や役者の方が多く、ヴォイストレーナーも、まだ特殊な位置づけにおかれているのです。自分が先天的に恵まれていたり、育ちのなかで無意識のうちに得られていたもの、これらが、その人のすぐれたところとなっていることが多いのですが、それゆえ、そこがそうでなかった人に教えられないということです。ピアノなら一流のプレイヤーは、一流の人だけでなく、初心者にも丁寧に順を追って本質的なことを教えられます。それは、最初にピアノに触れたときからのプロセスが記憶にあり、習う人に共有させられるからです。

しかし、たとえば私は、小さいときにピアノを習っていて絶対音感があります。「ド」を聞いて、「ド」を声で出せなかった経験はありません。それゆえ「ド」を出せない人を教えることが、最初はできませんでした。スポーツをやっていたので、体力づくり、体の柔軟、集中力、勝負強さは経験してきました。それゆえ、体をあまり使ったことのない人が姿勢や呼吸での問題や悩んでいることについては、大ざっぱな対応しかできませんでした。一方、強い声(大きな声)、太い声は、うまくできなかったので、それを習得するのに苦労したプロセスは細かく伝えられます。(♭)

Q.スクールやカラオケのヴォイトレのトレーナーとの違いとは。

A.私は私の見解を肯定するためでなく、他の専門家の意見や考えをできる限り、受け入れて参考にしようとしています。

私にはセカンドオピニオン、またはサードオピニオンの見方を知ることを、他のトレーナーの大半はそれに対し、自分と相手とのレッスンだけですから、それだけに死角があるということです。他のトレーナーのトレーニングを比べることで、初めて日本人や日本の文化と国際レベルでの、声との比較や対立点を明らかにすることになるのです。

そういうヴォイトレは、

1.一般向き、とっかかりとしてわかりやすい

2.そこからの深みがない

3.声楽や発声への誤解や短絡的な批判が目立つ

 3.については、日本の声楽家も実績を残せていない分、自虐的に、そう把握されてしまうのもやむないレベルと認めざるを得ない現状もあるという言及があり、私としては興味深いものでした。自分を主体とし、原点として捉えなくては、こういう議論は机上のものとなります。だからこそ、トレーナー自身の声はどうなのかということに切り込めるからです。その見本としての声の力がもっとも本質的なこととなるからです。

 それにしても、日本のトレーナーの声というのは、どうしてこうも力がないのでしょうか。また、そういうことさえ思わない人がほとんどであるなら、何を使っても、効果などないでしょう。一声聞いて、効果などさしてあり得ないと直感できないのでしょうか。(♭)

Q.ヴォイストレーナーの死角とは。

A.トレーニングというのは、もともとふしぜんに無理なことを行うことです。同じ日本人でも20年生きて、歌い手や役者に耐えうる声を育ちの中で得てきている人と、全く使わずにきて、トレーニングが必要な人がいるのです。なかには、声を出すのに、大きく出す、長く出すまでに、のどそのものを鍛えなくてはならない人までいます。

ここが音声ですぐれた国のトレーナーや歌手、日本でも小さい頃から声を使ってきて、すでに声の鍛錬が日常での育ちに入っている人にはわからないところなのです。

これもトレーニングで鍛えて壊したり、悪化させた後に、頭声での共鳴をつかんだ人には、それまでの過去(のどや胸声のトレーニング)を全否定してしまいがちな人が多い理由なのです。こういう人は、結果として、無駄と思えるプロセスに長い時間をかけて、私の理屈通りに実践していながら、それを否定して、他人に教えるときは頭声の発声だけにしたり、呼吸法トレやヴォイトレはさせず、しぜんに調整だけにしていく方針をとりがちです。日本の業界には、特に多いです。海外の方法などを学ぶと、さらにその傾向を強めます。結果、その人ほどにも声の出る人を一人も育てられない結果になっていることが多いです。

ジラーレ、アクートなどの声区での変化、融合、ミックスヴォイスについて、またファルセット、裏声、地声、頭声、胸声、ビブラートなど、個々に取り上げる必要のない問題についても、その理由についても、私の述べたプロセスから充分に説明できると思います。(♭)

2017年5月28日 (日)

Q.ブレスヴォイスの考え方の本質とは。

A.本当はありません。発声法(方法論)の正誤でなく、目的によるトレーニングの重点の違いにすぎないのです。どんな方法でも、どう使うかが大切だということです。

私は正誤の議論をしたいのではありません。日本の、特に浅い声の歌手、役者、トレーナーに対して、欧米を含め、世界中の民族の共通して持つ条件の欠如を指摘しています。芯のない声にひびきをつける(低音のない高音)のは、根のない茎のようなもので、大きな花はつけられないということです。生まれつきとか、のどが強いとか、鍛えられているからあのような凄い声が出るのでなく、育ちや日常レベルでのしぜんな鍛錬(というのは、年月が長いと無理しなくとも、必要条件が宿る)によるものなのです。そして、それこそが本当の意味での日本人に対してのヴォイトレの必要性です。つまり、本当の意味で欠けていることの補充です。(♭)

Q.一人ひとり違うのどがあるのでしょうか。

A.さらに、それぞれの育ちがあり、その上でもっともそれを活かせる使い方があるのです。次の4つを一緒くたにして考えるなというです。

1.自分ののどそのものの形態

2.自分ののどの育ち (のどのもつ条件、過去歴、鍛えられ度)

3.自分ののどの今の状態 (今の使われ度)

4.自分ののどの使い方

今のヴォイトレの大半は、このうち3と4が中心です。

ギターで例えると、1はギターの素材やつくりそのもの、2はつくられ方やなじみ方、3は弦の張り方や手入れ、4は演奏の仕方やその腕前となります。トレーニングは、将来に対して条件を変えていくことですから、4の前に3があり、これは最近の練習にあたります。高い声を出すと、高い声が出やすくなるとか、使い方に対応して、および3ヶ月から半年単位で、のどの筋肉のつき方も変わりますから、2にも関わっていきます。このあたりがレッスンや本のトレーニングでの位置づけで、ヴォイトレ1~2年の効果にあたります。ただし、日常の声まで、その条件を変えるなら、2(一部は1)に踏み込んで、3~5年が最低限ではないでしょうか。そのつど、4は調整しなくてはなりません。

 1,のど  

 2.のどの育ち、条件 

 3.のどの今の状態をよくする 

 4.のどの使い方  

このときに、声を補うのに一時、胸声を強化しようというのが、役者声、外国人声としてのレベル条件に日常声をするブレスヴォイストレーニングなのです。(♭)

Q.大声トレーニングは害ですか。

A.ほとんどのトレーナーが否定するようになったのは、大声トレーニングです。特に大声で高い声を出そうとすることです。のどで無理にそういう声をつくった人のなかには、ポリープになったり、声をこわした人もいます。あとで脱力したやり方を知って、自分は方法を間違えていたという人も多いのです。しかし、結果として、声を失ったままでなく、その人が声をそれなりにマスターできているのであれば、この無理、無駄なようなトレーニングが、実のところ、効いたのかもしれません。少なくとも、声を正しく使う前には、声を使う段階がいるのです。フルマラソンを走るまえに、ジョギングくらいの期間が必要なのはあたりまえでしょう。トレーナーとしては、大きく出すだけの大声は、非効率でリスクが大きいので、一般的には勧めません。少し走りすぎて痛めたから、やり方が間違っていたとして、やり方さえ正しければ、もっと楽に早くできたと思い込む人が多くて困ります。とにかくその人が今、よい声であるのなら、何らか役立ったのです。よい声でないのに、楽になったことだけでいいと思う人が多くて、これも困ります。本人が正しいといっても使えません。私は表現レベル、つまり心が息で伝わるものとして、声の話をしているのです。(♭)

2017年5月27日 (土)

Q.外国人との歌唱の違いは何ですか。

.外国人といっても、白人・黒人・黄色人種、近くからは韓国・中国・モンゴルから東南アジア諸国、インド・パキスタン、中東の国々からヨーロッパ・アメリカ・ロシア・南米・オーストラリア、等々。さまざまな外国人のそれぞれに、生活環境の地理的背景や文化的背景が作用して、それぞれの民族的・国家的・あるいは地域的な、音声・歌唱に対する個性が、形作られています。

日本人は、昔は畳中心の住空間で、椅子をあまり使わない生活、そして農耕民族などと言われていました。今では、そのような特徴は、かなり薄くなっているとは思いますが、狭い住空間での生活という意味では、あまり変わっていないのが現実です。そうなると、遠くに声が届かなくても、あまり困らない生活。あるいは、届くと困る生活、というのが、日本人の声や歌唱の根底に流れることになります。

また、歌を楽しむ方法は、昔に比べれは、圧倒的に生音ではなく、何らかのオーディオ機器を通しての、疑似体験で、目の前の歌手の歌を聴くなどという機会は、皆無になっています。そしてマイクの存在が、さらにそれを助長させているでしょう。それに加えて、狭い空間での視聴には、音量よりも、細かい音色などの変化や機微がどうしても優先されることになり、それに秀でた歌唱が、声の良さよりももてはやされ、発声のよい、立派な声の日本人ポップス歌手は、ますます絶滅危惧種になっていくのかもしれません。(♭Ξ)

 

.単純に深さからくる響きの高さだと思います。矛盾したようなことを書いていますがまさにここが違いだと思います。私が学生時代、ソプラノやテノールの先生はまさに声楽家といわんばかりのような声で響きの高そうな声で喋っていらっしゃいました。そしてよく言われたのはイタリア人の声の響きはマスケラに当たっていてもっと高い。日本人の声は響きがひくいから高いポジションをキープしないと言われていました。その考えで初めてイタリアに勉強に行った時あまりに違うイタリア語に出会います。誰も日本人のソプラノやテノールのような喋り方をしていないのです。

テレビをつけても日本の女性アナウンサーのような声ではなく一瞬喧嘩しているのかなと錯覚するような低音で喋っている女性アナウンサーがいるのです。またスカラ座などで歌っていたオペラ歌手の方々と話していてもいたって違和感のない声で喋っていらして強さや豊かさは確かにありますが日本人の声のようにどこか違和感のある話し声ではないのです。むしろ響きが高い人ほど深さがあり、直接的に響きをいじるレッスンよりはむしろ喉を下げる、空間をつくる、呼吸、支え、レガートなどの訓練ばかりでした。

日本のアニメなどのカルチャーが外国で人気があるのは、ある一部の面であの声が外国にはあまりなく珍しがられているのではないかと思っています。ただ響きを狙うだけでは我々の声では外国人とは勝負になりません。

声楽の世界では同じアジア圏の韓国の歌手が世界中にたくさんいます。彼らの声は日本人よりもよりリスキーなパワーのあるメタリックな声の方が多く、声の威力が違います。外国人と日本人の歌唱の違いときかれれば単純にパワーの違いといわざるを得ません。(♭Σ)

 

.外国人との歌唱の違いも、口腔内の問題からくる差が顕著に見受けられます。ただ、歌心であったり、曲をどういう風に歌いたいかは、個人差であって、外国人との歌唱の違いはないのではないかと考えます。あるとすれば、作られた歌のお国柄や、時代の流行りの歌い方の差や、発声の違いからくる声の聞こえ方ではないかと考えます。日本人が母国語ではない外国語を扱うのは慣れないでしょうから、舌や唇の使い方が不自由に聞こえる可能性は大きいといえます。(♯Δ)

 

.あくまで声楽で、外国曲を歌う場合において、経験したことや教わったことのなかでの比較になります。伴奏ピアニストや指揮者がいないときの楽器共演者たちは、歌い出しを歌手の息使いで感じ、一緒に息を吸って音楽をしていますが、外国人との歌唱の違いで私が一番よく耳にしたことは、日本人はフレーズの歌い出しが良く分からない、ということでした。

特にこの指摘をされていたのは、多くの著名な外国人歌手と共演されてきた日本人ピアニストでした。ピアニストの位置からは歌手の後ろ姿もしくは横顔くらいしか見えませんが、身体を見ればフレーズの準備をしているのを感じるので、とても分かりやすく一緒に音楽をしていけると仰います。一方、日本人はいつ歌い出す準備をしているのか分かりづらく、察知しにくい、唐突に歌い出す感じがありやりづらいそうです。理由として「準備が遅い、ブレスが浅い」ことをご指摘されています。

元々日本語は母音を中心とした言語であり、例えば日常生活で言葉を伝えるために子音を立たせるとか二重子音を発音するといったことがないので、自動的に子音の時間を考慮してブレスの準備をする、という方向にはならないのでしょう。ただこういった違いはあるものの、それを自覚して意識的に訓練すれば十分に補えることであると思います。(♯α)

 

.私のアメリカ人の恩師はこう言います。「日本人は舌が固い。発音も奥の方でしている。」英語圏の恩師にとってみると、日本語の発音、発声は歌唱に適しているとは言いがたいようです。日本語の歌は一語に一音がほとんどですので、歌っていてなかなか息が流れづらいのです。

ですから、私たちは、より一層舌や顎の脱力を心がけ、言葉と言葉がつながるよう、滑らかに歌う方法を学んでいかなければいけないと思うのです。(♯Å)

 

.歌唱面における違いとしては、まず、楽器としての「器の違い」を感じます。先に述べたように、日本人というのは、呼吸の浅い民族です。その呼吸の浅い民族が大きな声を出そうとすると、結果的に喉に過度な負担をかけることになります。これでは叫んでいるのと同じであり、喉だけに頼った発声は望ましくありません。

日本人と外国人(特に欧米人)とは、キャパシティの違いを感じます。また、口の空間を保つことが苦手なのも日本人の特徴です。そういう意味でも、滑らかに歌うような部分で、圧倒的に不利であると感じます。そして、平たく浅いものを好む傾向にあるように感じるので、歌唱における声の捕らえ方も、立体的というよりも、表面の美しい部分に執着する傾向が強いように感じます。その結果が、声のキャパシティを増やすことよりも、先に響きをつかむことを優先させるのでしょう。相対的な美しさの追及が欠如しているように感じます。本来、日本人が持っているはずの「奥ゆかしさ」など、もっと歌唱面に現れてもよさそうですが。(♭Я)

 

.使っている言語の違いがありますから、一概に比較はなかなか難しいですね。

先日、ある黒人オペラ歌手が日本歌曲を歌うのを聞きました。とても興味深い違いを聞くことができました。日本人なら、そこまで息を流さないであろう箇所で、大変息を流して歌っていました。そのため音と音のつなぎ目が非常にスムーズで、とても美しいレガート唱法で歌えていたのです。そこから生み出された表現も素晴らしく、聞く人に与える印象も素晴らしいものでした。

また、あるドイツ人歌手が日本歌曲を歌ったのを聞いたときには、日本人が歌うより、母音がクリアに発音されていて、言葉が明確に聞き取れた記憶があります。

ただ、この両歌手に共通するのは、日本語の歌詞の情緒という面では、残念ながら物足りないものがありました。それは日本語を会話レベルまで話せるわけではないので無理もないでしょう。良く山田耕筰が「esitando」(「ためらいながら」という意味です)という楽語で表現するような世界観は西洋人にはむずかしいのかも知れないと感じました。

一方、日本人がイタリア語 ドイツ語を歌うときには、この母音のクリアさがこもったり、また表現の面で爆発力がなかったり音節で躍動感がないことなどが指摘されることと思います。(♯β)

 

.まず、一番思いつきますこととして、体を使えているか否か、体を鳴らしているか否かの違いにあります。

オペラはとりあえず置いときまして、ポップスなどの歌手において、日本(主に1980年代以降から現代)は、体を使えず喉から上だけで歌っているのではないかという歌手が多いように思います。案の上、平べったい響きの歌をよく聴きます。到底体から声を鳴らしているとは、考え難いです。

一方、欧米など諸外国人の歌手は、ポップスなどの歌手もオペラ歌手同様、体を使えていて、体から共鳴し、且つ縦の響きがあると感じます。横隔膜、お腹など体全体からコントロールして歌っている、または言葉を語っている感じにも聴こえます。生で双方の歌唱を聴き比べてみますとここまで書いた違いが判り易いと思います。

もう一つ考えられますこととして、レガート力の違いがあります。レガートとは「繋げる」という意味です。外国人の歌手たちは、言葉の母音と母音、子音と母音、言葉同士が上手く繋がっているように感じます。案の定、フレーズが伸びやかで大きく捉えられていることが分かる歌をよく耳にします。この点が日本の歌手が少し弱いかなと思います(全員がそうではありませんが)。途切れ途切れ歌っている印象が時折あります。

以上、日本人と外国人との歌唱の違いとして、体を使い、縦の響きを意識して鳴らしているかの違い、レガート力の違い。この2点に着目しました。(♭й)

2017年5月26日 (金)

Q.「のどを鍛える」ということとは。

A.低いところでは、のどの開きをキープするために、軟口蓋を感じる(Ga行)を私は使っています。(共通QAの「のど声」参照)尚、声帯を鍛えるという考えの人には、アナウンサー、役者、声楽家の一部(イタリア系)で、確かな音源として、息を強い声にしようとしている人もいます。確かにいくらひびかすにも、声になっていなければ仕方ないので、一理あると思います。(♭)

Q.胸声と頭声について、どう考えられますか。

 

A.胸声部の方も高いのと同じで、縦の線上でイメージしていきます。のどから下の方へ胸の真ん中あたりに出口を感じます。のどが離れにくいので、頭の方へのひびきを一度取り除くのもよいでしょう。首から上では音をとらないという感じにするのです。下の1オクターブ話声区と、そのさらに低いところ(歌では、あまり使いません)となります。

 

そこで得た胸声をキープしつつ、ハミングまでを通じて頭声へチェンジできると、多くの問題は解決します。つまり、ラインを2本キープしておき、縦の線をイメージして、共鳴はその線上で行き来しつつ、自由に扱えるようにするのです。

 

 

 

感覚では、裏声、頭声、胸声、の3区分です。のどははずします。

 

トレーニングの段階でいうと、上へ伸びるとともに下へ伸びるイメージです。

 

つまり、素人はのど、アマチュアは中音域、、プロは高音域、一流は低音域の完成となります。

 

イメージですから、リアルに実証はできませんが、体感として、縦に伸びる方向にしておけばよいのです。

 

ベルディング唱法は、高音でつまる人もいます。

 

初心者は、低音と高音を別々に意識して、そのうち結びつくと思えばよいのです。

 

芯=天井と思うのです。その中でどのような線を引くかが、発声(スクール)トレーニングです。体、声づくりとしては、きちんと埋め、そこを自由に扱えればよいのです。

 

私が日本人の歌手や多くの声楽家を批判しているのは、高音で勝負しようとしている人ばかりだからです。頭声と同じく胸声も、あてたり押しつけたりしても、かえってひびきを悪い意味で増幅させ、拡散してしまうだけです。

 

上(高い声)の線で下(低い声)の線との折り合いをつけるのは、民謡など邦楽でもよいといわれています。名人は、上だけのひびきだけの歌唱を批判しています。声区のチェンジがグラジュエーションのように、なめらかになるかは、のどを使うのでなく、上のときに下で支え、下のときにも上で感じていることが必要です。

 

 

 

日常の声は、日本人は中音域、 欧米人は高音域、 ロシア人あたりには低音域もいます。

 

ここから歌う声を、日本人は胸声の支え(戻れるところ、感覚=芯)をもたずに、頭で勝負しているのです。ボーイソプラノと似ています。また、のどをおして、ハスキーにしている人もいます。どちらも話しているときほどにも深い共鳴に落ちないのです。

 

なお、内股の緊張の感覚は、低い声よりも、高い声あたりの支えのときに生じます。正しく発声を学んでいると胸に集めた瞬間、頭のひびきが同時にとれる(あるいは、移行します)、これを私もベルカント(よい声の)唱法と考えています。(♭)

 

Q.高音へのアプローチは。

A.のどのところで出している声をのどの奥をあけて共鳴を集めるのに、鼻やほお骨、ひたい、眉間、頭のてっぺんまで、つまり上の方へ持っていくのに、いろんな共鳴の体感イメージがあります。縦の線上というイメージで考えてみましょう。(顔の表面でも、のどの奥から両眼の間でもいろんな線が引けます)、いろいろ試してみて変化させていけばよいでしょう。いろんな教え方も感じ方もあります。どれと決めず、自由にしておく方がよいと思います。

高いところで考えてみると、多分1、2箇所、声区でのチェンジングポイントが出てきます(ここではハミング、m、nなどの発音を使用)。これを無理に教えるか、しぜんに待つかを選びます。しぜんといっても勝手にはできないので、低声部を先にマスターしていくのがよいと思います。(♭)

2017年5月25日 (木)

Q.ブレスヴォイストレーニングの仮説を知りたいのですが。

A.胸声に、頭声も加えて全体像としてわかりやすくしました。今のポピュラーのヴォイトレというのは、高い声で出す、そのためにのど声を回避します。のど声ゾーンを避け、のどをあけ、頭の方へひびきをもってきます。顔面や鼻筋、みけんや口の奥とかに集めると言いつつ、ほとんどこれだけのノウハウです。声楽も、高音域発声のために、ソプラノ、テノールなどは似たことをやっています。ヴォイトレのなかで、声を調節して出すだけでなく、胸声から入って鍛えて変えるというレベルでは少ないようです。

その大きな理由の一つは、外国人には、すでにこのレベルが日常生活でマスターされていて不用であること、そのため外国人日本人のなかで歌手になった人やトレーナーをやる人の大多数は、のどが小さく背が低く、のどが高音にシフトしやすく高めが出しやすいことが多いのです。それゆえ、日常の声のよい人はいません。(本人自ら、話す声がよくないと述べている歌い手やトレーナーがとても多いですね。海外ではありえない。そういうヴォイトレの大半は、声をよくするのでなく、高い声を出せるようにすることが目的です)本人たちがそういう人たちなのですから、同じような人にしか通用しないし、うまくいって、その人たちの限度までしかいかないゆえに、通用しないレベルまでで終わることが多いのです。のどをはずして、レッスンで頭部に集めようとします。これ自体は、間違いではありません。高い声は高い声を出しているなかでしか出てこないからです。どんなにのどのしくみを知ったところで同じです。(♭)

Q.日本人の声は弱くありませんか。☆

A.聴き手としての耳の変化、声の強い表現力を拒むようになってきていることの方が気になります。私の企業研修のテーマが以前は、「大きくはっきり伝える」だったのに、最近は、「感じがよく、大きく出さずに伝わる」ような通る声を求められるようになってきました。上司の大きな声だけでパワーハラスメントに近いと、若い人が思うようなことが現実化してきています。

日常の声レベルでの差を抜きにして、本来はオペラもポップスも邦楽も噺家も成立しないのです。歌についての現況は、音楽とレコーディング技術の進歩と、聴き手の耳の変化が支えているといえます。日常で、1時間も声を使えない人が、本番に1時間、声を使えるわけがないという常識的な前提を掲げておきます。(♭)

Q.なぜ日本からは、声で世界に出られないのか。☆

A.日常の声の使用量の不足が前提にあります。日本の風土、日本人の生活や文化が、耳で聞く声よりも、目でみる視覚に多くを負っているからでしょう。そういう考察の材料を山ほど私は持っていますが、ここでは日本語が「聞く話す」よりも、「読み書き」にすぐれていること、最近も日本発の文化はビジュアルが全盛、バンドやJ-POPSさえ、声や音よりもビジュアルで世界から評価されていることをあげるに留めます。

ただ日常レベルでの音声の必要のなさが、声の使用頻度の少なさ、つまり量も強さ(大きさ)も他の国民の何分の一かになっており、この傾向は、今世紀になって、ますます強まっていくでしょう。(♭)

2017年5月23日 (火)

Q.声について、自分の判断に自信をもてません。

A.自分の判断を第一に優先できないところに、ヴォイトレの難しさがあるのです。あなたに最高の判断力があるなら、声や歌はあなたの思うように使えているはずです。こと声に関しては、うまくいっていないならなおさら以前のあなた(の感覚や判断力)をあまり信じてはいけないのです。ヴォイトレしなくてもうまく歌ったり、声を扱える人はたくさんいるのですから、それに対して何が欠いているのかを知ることです。

少なくとも、どのトレーナーもあなたよりはあなたの声についてはわかっているでしょう。あなたが力をつけていき、トレーナーよりも的確に自分のことを判断できるようにならなくてはいけない、そのためのレッスンだということなのです。(♭)

Q.レッスンをして、トレーナー二人の意見、判断が違ったらどうしますか。

A.一方に軍配を上げるわけにはいきませんが、その違いが何で生じるのかをあなたに伝えます。二人の判断が矛盾していてもいいのです。確かな実績があって人を育てている、そのやり方や価値観を持つトレーナーの一人がそのような判断をしたことを事実として知っておけばよいのです。やり方が違ったら好きな方を選んでもよいし、両方を使い分けてやれるならやってもよいのです。トレーナーのどちらかが絶対正しいわけではないし、あなたが評価したり、やりやすいと思うトレーナーのやり方が必ずしもあなたの将来によいとも限りません。(♭)

Q.ヴォイストレーナーについて、多角的な視点をもつには。

A.トレーナーにもやり方、判断、それぞれにクセがあります。判断の仕方や歌の評価もかなり違うのです。好き嫌いも相性もあるでしょう。私は10人近いトレーナーと、いつも生徒の評価をつけながら、比べることからとても多くを学びました。トレーナーは、一匹狼なので、他のトレーナーを学んでいる機会はほとんどないのです。プロデューサーと仕事をしていたら、プロデューサー的な見方になるし、フィジカルトレーナーとなら、体を中心にみるようになります。いろんな人(特にプロ)と仕事をすることも大切です。さらに、同じトレーナーと自分を比べてみることも必要なことだと思います。(♭)

2017年5月22日 (月)

Q.複数のトレーナーにつくとよいはなぜですか。

A.一人のアーティストの作品しか聞かないと必ず、自分の歌が丸々と影響を受けていて、それがどうことなのかさえわからなくなるし、まねしていなくとも自ずとついたクセが抜けないというのと似ています。(♭)

Q.トレーナーを使える力をつけるためには、どうすればよいですか。

A.いろんなトレーナーにつくこと、そこから自分を知ることです。とても有意義なのは複数の観点をもてること、歌と声を別々に教えてもらうことでもよいし、声を2,3人のトレーナーに教えてもらうこともよいことです。

しっかりしたトレーニングをしたら、声は変わっていくので、その効果やよしあしは、異なる時期に急に他のトレーナーについてもわからないものです。ですから、最初から複数のトレーナーのアドバイスを受けたらよいのです。(♭)

Q.トレーナーとして一人よがりになるのを避けるのに、どのようにしていますか。

A.私は、トレーナーをプロデュースする立場ですから、その人にどのトレーナーが向いているかから判断します。その結果も、そのトレーナーより客観視できます。距離のある分、よりよくみえるわけです。

これは、トレーナー自身が見本をみせるのではなく、チーフのトレーナーをおいて、本人でなく他のトレーナーにを生徒の見本にして、等間隔でその二者の関係をみる方がよいというような考えです。私の場合、本などのCDも、私の指示の元にトレーナーが吹き込んでいるのです。私の立場は、トレーナーのコーディネーターやプロデューサーのようなもの、つまり、プロ野球であれば、ピッチングコーチや打撃コーチを束ねる監督のようなものです。このことによって、一人でトレーニングして、一人よがりにならないように、ついた一人のトレーナーによって、一人のトレーナーよがりになるリスクを回避できます。何人ものトレーナーに次々とつくよりも、最初に多くのトレーナーの中からあなたに合う人を一人でなく、複数選んでつけることが、どれだけメリットがあることかをわかって欲しいと思います。(♭)

2017年5月21日 (日)

Q.プロの歌手のトレーナーよりも勝ると思いますか。

A.私の立場は、私個人の好嫌を離れた無私です。多くの一流アーティストの感覚やすぐれた何人ものトレーナーの感覚を学んで、鏡となるのです。

プロの歌い手が人を育てられないのは、自分の作品世界=好みからみるからです。それを離れることができても、自分ののどのもつ感覚で、相手ののどを感じただけでそのまま教えるから、どうしても無理があるのです。(♭)

«Q.声以外に何をみていますか。