ご案内

私は10数名のヴォイストレーナーとともに、ヴォイストレーナーにも指導しているため、内外のヴォイストレーナーのアドバイザーやヴォイトレをしている人のセカンドオピニオンもたくさんやってきました。ヴォイストレーナー、指導者、専門家以外にも「ヴォイストレーナーの選び方」などに関する質問が多くなりました。以下を参考にしてください。

 

「ヴォイストレーナーの選び方要項」 http://www.bvt.co.jp/new/voicetrainer/

 

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閑話休題 Vol.111「邦楽」(2)

〇 歌いものと語り

 

古謡の催馬楽(さいばら)、今様は、歌。

歌は芸能で賤民。

言語の多様性、方言に対し、大和朝廷は統一へ

<語り>

詠―ことばを引っ張る 朗詠

謡―ことばを揺らす 声明

<歌い>

民謡、お国ことば、ユリ、コブシ

 

ハーモニーがない。ハーモニーはプリミティブ、古代国家からはユニゾンになる。

古代には歌っていたのに、大げさな歌い方を嫌い、微妙なイントネーションを重視、語りを歌より上とみなしていた(大和時代)。

歌垣→掛け歌、盆踊り

野遊び(もうしあそび)―沖縄、歌い踊る

東南アジアでは、高い音と低い音の2

能のツヨ吟 ヨワ吟(メロディックで4度)

 

(江戸の三味線音楽)

歌いものは唄。長唄、端唄、小唄、地歌、うた沢。

語りものは節。義太夫、常磐津、浪花節←平曲(平家琵琶)、謡曲(能)。

声明、梵讃、漢讃から和讃へ。

和歌の披講(ひこう)、詠う、吟ずる、誦ず(ずうず)

朗詠は、詠うから歌うへ(現在、飛鳥井流、冷泉流など)

 

江戸では、「常磐津」「清元」が芝居(歌舞伎)の舞踊劇の伴奏「浄瑠璃」。

芝居でメロディ中心「長唄」叙景。

関西では「義太夫」 関西では義太夫と浄瑠璃が同義語「節」。関西の唄いものは「地唄」で家庭音楽。筝(琴)と合奏でき、関西は生田流、関東は山田流が主流。沖縄からの三味線の伝来は、戦国時代末期の永禄期。各地で歌われるはやり歌、アカペラから三味線を伴奏にする。そういう曲が「端唄」。江戸末期に大流行。『古今集』、『伊勢物語』からの「夕ぐれ」。

 

<三味線音楽>

歌い物:地歌、長唄など

地歌は「上方歌」、江戸時代初期から京阪地方で流行 盲人音楽家による家庭音楽 地歌は江戸に伝えられ、黒御簾にて芝居の伴奏、演者の心情描写。そこから「上方長唄」にアレンジ(長唄、三味線、囃子)が加わり「江戸長唄」へ。

 

語り物:義太夫・常磐津・清元など

琵琶を伴奏として語った「平曲」、能の「謡」が源流 「浄瑠璃姫物語」が一世を風靡して「浄瑠璃」が語り物の総称となる。三味線が渡来する前の「平曲」「謡曲」「薩摩琵琶」「筑前琵琶」などは浄瑠璃と区別。「浪曲」も別ジャンルの語り物。

 

浄瑠璃「豊後節」上方から江戸へ:創始者、宮古(みやこ)()豊後掾(ぶんごじょう)は「心中道行物」(みちゆきもの)により人気となるも心中事件多発で、元文4年(1739年)、幕府により取り潰し。

江戸に残った門弟、常磐津(ときわず)文字(もじ)大夫(だゆう)は、延亭4年(1747年)独立し常磐津を興す。歌舞伎に進出。義太夫の曲調を取込み音楽に重厚さを加味、舞踏伴奏に拍子本位の部分を取り入れリズム感をフィーチャー。文化・文政年間(1803年~1830年)、「変化物舞踏」の全盛で長唄との交流も盛んとなる。「掛け合い物」(1曲の中で長唄と常磐津)など。

別の門弟、富士(ふじ)(まつ)薩摩(さつま)は新内節を興す。

寛延元年(1748年)小文字大夫は常磐津から脱退し「富本節」創設、門弟の清元(きよもと)延寿(えんじゅ)太夫(だゆう)が文化14年(1814年)「清元」創設。明るい曲調、いなせであだっぽい江戸文化を反映して人気。素浄瑠璃として独自に語る。

貞亭元年(1684年)、竹本(たけもと)義太夫(ぎだゆう)の竹本座で演じられる人形芝居の音楽が「義太夫節」となる。

 

「阿呆陀羅(あほだら)経」と「でろれん祭文」浪曲の前身として江戸時代の大道芸。

「阿呆陀羅経」は、お経のパロディ。男性が木魚を叩き女性が三味線演奏で意味のない言葉遊びから世相風刺的な内容を歌う。

「でろれん祭文」祭文を下層山伏修験者たちが言葉の合間にほら貝を口に当て『でろれんでれん』と合いの手を入れたのが始まり。

 

「浪曲」:関東で「浪花節」、関西で「浮かれ節」、昭和23年ごろから「浪曲」と総称。祭文から出た「歌祭文」と説教節から出た「門説教」が文政(約1825年ごろ)時代に合流し「説教祭文」となり野外大道芸の一つとして発達。

 

「雪音」大太鼓で連打 「風の音」「山おろし」

「音取」能管のヒュ~、大太鼓の“ドロドロドロ~”

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.36

〇 自分がつくったというだけではオリジナルではない

 

 最近では、私のところに皆さんが持ってくる曲のほとんどがオリジナル曲と称されるものです。高性能かつ安くなった楽器を利用して、手軽に皆さんが曲を作っています。今や、誰もが自分たちの“オリジナル”を追求し始めました。

 シンガーソングライターや、よい作曲家が生まれてきたのは、よいことです。

 しかし、立場を変えて聴くと、ヴォーカリストの力量と無関係に作っているのではないかと思いたくなるものばかりです。それと、すでに世に出てレコードをリリースしているヴォーカリストの亜流のような曲が多すぎます。きっと、憧れのヴォーカリストの曲の余韻ばかりしか、頭の中にはないのかもしれません。

 作詩作曲講座のコード進行表通りに、歯の浮くような歌詞をつけたものも少なくありません。特に、詞のセンスの悪いのは、何とかがんばって欲しいものです。

 要はオリジナルといっても形式だけで、内容がさっぱりないのです。ヴォーカルリストの世界観も見えないし、何をどのように歌っていこうとするのか、バンドの姿勢もわかりかねるものが多いのです。

 

〇 どこでもきらめく存在感がオリジナリティ

 

 オリジナルというなら、自分たちの音楽が何に根ざし、どういうところにあるのかをしっかりと捉えた上で、自分ならではの曲を作らなくてはならないはずです。そうでなくては、オリジナルとはいうものの、単に自分が作ったというだけのものでしかありません。

 本当にヴォーカリストやバンドの個性を生かす曲作りをすることです。

 ほんのひと握りのヴォーカリストだけが、どんな歌でも自分なりの味つけをし、自分をいかに表現したら一番伝えられるかを知っています。あなたが歌ったら、こんなに凄い曲になってしまうということを見せられなくてはなりません。

 人と同じ曲をやりながら、埋もれるどころかその人らしさが光る、というのが真のオリジナリティというものでしょう。

 何を歌っても、その人がそこに存在しているパワーが感じられなくてはなりません。聴いている人はその人が曲と一身一体になって出すパワーに打たれるのです。このパワーの源がオリジナリティなのです。

 オリジナルにこだわる人は、まず、世界のスタンダード・ナンバーをオリジナルに歌う練習から始めるとよいと思います。

 

〇 自分にしか歌えないということの素晴らしさ

 

 声が出るようになり、声をうまくコントロールできるようになると、そこにその人の表現したいものが現われてきます。それまでは、いくら思い入れたっぷりに歌っても、表面的にしか聴こえなかったものが、説得力をもって伝わってくるわけです。「聴けるヴォーカリスト」「聴きたいヴォーカリスト」となってくるわけです。ものまねやコピーではない、あなた自身のオリジナリティも発揮されます。あなたの中に眠っていたもの、あなたがはぐくみ育ててきたものが、出てくるわけです。

 そこで初めて、歌っているあなたと、あなたの声に凝縮された個性が、ステージ(音楽)の表現の上で一体化して大きなパワーとなって伝わってきます。あなたでなければ歌えない歌い方がスタイルとなり、あなたの存在感が出てくるわけです。

 他の人が歌った方がよいと思うなら、あなたのヴォーカリストとしての価値はないのです。同じ曲でも、「自分だったらこう歌う」「こう伝えたい」「こういう世界をこう表現したい」と自分なりのものをつかまえ、自分の力で表現するところに、醍醐味があります。

 好き嫌いは別にして、誰が聴いても何かを感じる、何か魅せられること、それが芸であり、最低限、必要な表現であると思います。

 

〇 自分の音楽に対してポリシーをもつこと

 

 あなたのファッションも髪のスタイルも持ち物も、あなたのポリシーによって選ばれているはずです。ヴォーカリストのポリシーは、自分の中にはぐくみ抱くものです。音楽性や人間性とも深く関わってきます。そして、ステージでの表現や歌詞の内容にも反映されます。

 自分のヴォーカリストとしての資質やオリジナリティがわかってきて、それを表現できるようになってくると、だんだんとこだわりがでてきます。バンド、ステージ、音、歌い方、振付、構成など、すべてに関して、自分の伝えたいものをよりよく伝えられるように、こだわりが堅固になってくるのです。プロとしての自覚が出てくるにしたがって、妥協が許されなくなってきます。

 一方で最高の自分とその演奏を見てもらおうと、観客に対するサービス精神も出てきます。わざわざ自分たちのために会場に来てくれた人たちに心から感謝し、そしてその気持ちをできる限りよい演奏で返そうとするわけです。

 「自分が他人に与えられるものは何か」ということを突き詰めていけば、そこには、自分にしかできないもの、そしてそれを最大限自分の努力で高め、その成果を見てもらうことという使命感が生まれます。

 ポリシーとは、その人が自分の音楽に対してもつこだわりです。自分たちのバンドの存在をかけ、観客にこびず、自分たちの音楽の姿勢をかたくなに貫こうという強固な意思です。これがなくては本当のバンド、本当のヴォーカリストにはなれません。

 ポリシーのあるバンドは、自分たちの追求したい音を知っています。だから誰にも左右されず、自分たちの音楽を作っていけるのです。世界的なスケールで活躍しているバンドは、皆、それぞれの強固なポリシーをもっているといってもよいでしょう。誰のために、何のために歌うのかが明確だからです。

 

〇 自分の生き方が歌を通じて世界に働きかける

 

 ポリシーとは、もう1つ大きな捉え方をすると、その人の生き方、そのバンドの歩み方そのものと言えるかもしれません。何をするにも、自らを自らで決めていく結果として、そのバンドの行動の軌跡が描かれます。ポリシーが具体的に現れたものが、そのヴォーカリストやバンドの音楽や行動といえましょう。

 世界に活躍しているバンドのチャリティ・コンサートや××エイドというのも、ポリシーを音楽を通じて表現しているといえるでしょう。画家が絵で、作家が小説で自分の見解を表わすように、アーティストは音楽を通じて行動しているのです。

 ですから、一流のアーティストは、ものごとに対する深い関心と見解を持っています。人間に関わりの深い職業ですから当然ですが、仮にその人が声や楽器を手にしていなかったら、他のものでも大成したであろうというだけの貫祿を充分に備えています。それゆえ、アーティストと呼ばれるようになるのです。

 そして何よりも、皆、実に素晴らしい顔をしています。

 

〇 知性あるバンドをめざせ

 

 毎年、グラミー賞の授賞式での向こうのヴォーカリストの機知に富んだ話しっぷりを聴くにつけ、日本はまだまだという思いがつのります。また、音楽を離れて、広い視野で政治、経済、社会などに関して話せる人は、日本にどのくらいいるのでしょうか。

 楽しくやるのが音楽だから難しく考えることはないなどと言う人もいます。しかし、私は、ポリシーと知性のないヴォーカリストは生き残れないと思っています。人間に関する深い考察が、歌の内容に真実をつけ加え、その真実が人の心を打つのです。

「最強トレーニング」 Vol.16

〇さまざまな音をつくる子音(4) マ行、ヤ行、ラ行、ワ行

 

□マ行の発音

EX.「いつまでもお変わりありませんね」 「いつもおしゃれでいらっしゃる」

 

〇 マ行音……マ[ma] ミ[mi] ム[mu] メ[me] モ[mo

 

 両唇を閉じ、軟口蓋を下げ、鼻に通し、鼻腔と口腔に共鳴するmを発します。そこから唇をあけ、母音につなげます(唇を閉じて出すため、両唇音といいます)。

 

〈マ行音とバ行音を区別する〉

 両唇を用いる点で、マ行はバ行音と近いため、混同しがちです。

 「さびしい」→「さみしい」 「寒い」→「さぶい」 「無防備」→「ムモービ」 などになりやすいのです。

1.マバマビマブマベマボ

2.バマバミバムバメバモ

 

□ヤ行の発音

EX.「ようこそおいでくださいました」 「よろこんでちょうだいいたします」

 

〇 ヤ行音……ヤ[ja] イ[i] ユ[ju] エ[e] ヨ[jo

 

 [j]の音は、[ӡ]の音と同じ口構えで、中舌を硬口蓋に近づけて出します。([ӡ]が無声音であるのに対して[j]は有声の摩擦音です。[j]は先に述べたように、半母音と呼びます。

 ヤ[ja]ユ[ju]ヨ[jo]は、イア、イウ、イオのようにイの口の形をして、ア、ウ、オを発音してみましょう。力が入ると、横浜がィヨコハマのように、ねばっこくなります。

 そのため、イ、ユ、ヨが混用されています。行く(ユク、イク)、よい(ヨイ、イイ)などです(どちらも認められています)。

 

□ラ行の発音

EX.「恐れ入りますが」 「いらっしゃいませ」

 

〇 ラ行音……ラ[ra] リ[ri] ル[ru] レ[re] ロ[ro

 

ラ行音は、日本人にとってはなかなか難しい音で、いくつかのパターンがあります。

1.「ホラッ!」というときに、はじくように聞こえる弾音。

軽く歯と歯ぐきの境目のあたりに舌をはじくようにつけます。弾くところは前から「ル」、「レ」、「ラ」、「ロ」、「リ」の順で、奥に。

(これは語中・語尾に、多くあらわれます。空、くり、晴れ、風呂など。)

2.ブルンブルンなどというときの強い震え音。巻き舌で話すときの音です。(この巻き舌のラ行は共通語では用いないのが普通です。)

3.英語の[l]のような発音で、前もって舌先が歯ぐきに触れていて跳ねる音です。語頭には、この音が多く用いられます。

ラジオ、ロボット、リズム、レモン、ルビーなど。「リ」は、口蓋化します。

ちなみに英語の「L」は、舌先を軟口蓋、口の奥で、「R」は、唇を丸め、舌先を上(口蓋)につけず、口先で発します。

 

〇 ラとRL

 

R」舌の先端を振動させ巻き舌にします。

L」舌の先端を軽く上の前歯の先方につけ、前にはずしながら発音します。

「ラ」 Lよりも少し縮まり後方につき、舌根がやや固くふくらみます。どちらかといえば「ダ」に近いようです。

LaLaLa」は「ラララ」と違って、あごは動きません。

 

□ワ行の発音

EX.「私は〇〇 と申します」「おわかりになりましたか」

 

〇 ワ行音……ワ[wa] イ[i] ウ[u] エ[e] ヲ[o]

 

 ワ行の[w]は、口構えをウ[u]に近い形にして発する両唇摩擦音です([w]は、英語の発音ほど、両唇を近づけません)。

 ワ行の「イ」「ウ」「エ」「ヲ」は現在ではア行音と同じ音になっています。ワ行音は[wa]だけが違う発音です。(つい最近まで、「イ」→「ヰ」、「エ」→「ヱ」、「オ」→「ヲ」のかなで表わしていました。昔は「ウィ」、「ウェ」、「ウォ」の音がありました。地域によってはそうした発音が残っています。共通語の場合、表記は「ヲ」でも、発音は「オ」と同じです。)

☆「わたし」と「あたし」を区別しましょう。

 

  • 〈マ行のトレーニング〉

(マ)前々から前歯が曲がっていた/まじめなママがますます迷う

(ミ)波のように満たしてみる/みみずくの店

(ム)息子は六日に婿入り/昔むかしの虫かご

(メ)女々しくて面目ない/目が覚めたら雨だった

(モ)身も心も燃え立つ/桃色の森を求めて

 

  • 〈ヤ行のトレーニング〉

(ヤ)奴らと野球をやる/約束を破って夜勤を辞めた

(ユ)優雅な百合の花/憂鬱な夢にゆらゆら

(ヨ)用心してヨットを寄せる/よそよそしさを装う

 

  • 〈ラ行のトレーニング〉

(ラ)皿を洗うのはつらい/桜は暗いときに開く

(リ)理想を力説するリーダー/リリカルな輪郭と彩り

(ル)留守に盗られるルビー/ベルがうるさく鳴る

(レ)レンガづくりの歴史的レストラン/レアチーズにレモンを入れる

(ロ)色鮮やかな摩天楼を見下ろす/路地をうろついていろ

 

  • 〈ワ行のトレーニング〉

(ワ)忘れられない脇役の笑い声/わしの若い鷲

 

 

〇さまざまな音をつくる子音(5) 促音、撥音、拗音

 

促音・・・・・・「ッ」

 

 促音は、マッタクなどと小さい「ッ」を使って表記しますが、音声的には、そのあとに続く音を発する口構えのまま一拍分息を急に止めることです。つまり、ガッカリは[k]の口構え、ヤッパリは[p]の口構えをつくることになります。したがって促音といえばどんなことばにも、いつも小さい[t]の発音が伴うというものではありません。

 促音が小さい「ッ」で表されるため、本来促音でないものが、促音のように間違って発音されるケースもあります。

(例) カムチャツカ×カムチャッカ

    かつて(カツテ)×カッテ

    トロツキー×トロッキー

    ラデツキー×ラデッキー

 

撥音……ン[m][n]

 

「ン」で表記される撥音は、両唇や舌などで口からの呼気の出口を閉じたうえで、鼻腔への通路をつくって発音する音です。五十音図ではンと一文字で表わしますが、そのときのことばによっていろいろな表われ方をします。

 次の音がどんな音かによって違いが出ます。

 ンのあとにp、b、mの両唇音がくる場合は[m]の音になる傾向があります。

 ンのあとにt、d、n、rなどの歯茎と舌先を使う音がくるときは、[n]の音になる傾向があります。

 上にある以外に、アナウンサー、恋愛(レンアイ)、陰うつ(インウツ)、温和(オンワ)、範囲(ハンイ)、繁栄(ハンエイ)、本式(ホンシキ)、三役(サンヤク)など、[s][a][o][u][w][i][e][∫][j]などの音の前にあるンは、はっきり聞き取れない中途半端な発音になることがありますから、意識してはっきり出すようにつとめましょう。

 

拗音・・・・・・「ャ、ュ、ョ」

 

 カ[ka]という音に対してキャという音があります。この場合、音韻論的には、キャはカ[ka]の中に半母音[j]がはさまって[kja]という拍(音節)になっているとも考えられます(国語学大辞典)。このように子音+母音の拍(これを直音といいます)に対して、半母音が入った拍を拗音とよびます。

共通語の拗音は次の十二種です。

 キャキュキョ[k] ギャギュギョ[g] キ゜ャキ゜ュキ゜ョ[ɳ] シャシュショ[∫]

 ジャジュジョ[dӡ] チャチュチョ[t∫] ニャニュニョ[n] ヒャヒュヒョ[ç

 ビャビュビョ[b] ピャピュピョ[p] ミャミュミョ[m] リャリュリョ[r]

 拗音は、音韻論的には、子音+半母音+母音からなっているといいましたが、音声学的に個々にみますと、[k][g][b][p][m][r]は、半母音[j]を経て母音[a][u][o]につながる音であり、その他は[∫][dg][t∫][h]に母音[a][u][o]がついたものです。また、拗音のはずのことばで、拗音でない発音を認める場合があります。

  千住(センジュ)→センジ

  手術(シュジュツ)→シュジツ

  新宿(シンジュク)→シンジク

 

  • 拗音のトレーニング

1.キャキュキョ  ギャギュギョ  キ゜ャキ゜ュキ゜ョ

2.シャシュショ  ジャジュジョ

3.チャチュチョ  ニャニュニョ

4.ヒャヒュヒョ  ビャビュビョ  ピャピュピョ

5.ミャミュミョ  リャリュリョ

 

  • 促音「っ」のトレーニング

1.「にっちもさっちもいかない」

2.「おっとびっくり、ずっこけた」

3.「キットキッズ 食った」

 

  • 撥音「ん」のトレーニング

1.「仙台の先輩はガンガン打った」

2.「先頭にいた連盟は散会した」

3.「宣伝した新聞で宣言する」

 

「時間をかけ、精査する」 No.418

武道やスポーツなら、プロの身体の動きとの違いは、誰でもわかるでしょう。でも実際に稽古をするときに、その違いは、わかっていてもできるのではありません。そうでなければ、稽古をする必要がありません。

 

 ヴォイストレーニングも同じです。

 力を抜いてと言われて、言われたとおりに歌ってみれば、きっと力が抜けて全然、声が出ていないと言われるでしょう。トレーナーと同じように、力が入るところは入れて、あとは解放というようにできるのであれば、そういう注意は、受けないでしょう。

 

 トレーナーの言うことが、いくら正しく、そうしようと思っても、そのときにできるわけがありません。仮にできたといわれても、できたつもりになっても、それは、本当の必要の何十分の一なのです。ただ、この必要というのが、そもそも、曖昧なのですが。スポーツなら、最高記録があるので、わかりやすいです。

 

 誰でも、力を入れて歌いたいわけでも、力を抜いて歌おうとも、思ってはいないでしょう。

自由に楽に気持ちよく、歌いたいわけです。

 

 でも、それができない。あるいは、そうやってしまうと、歌い流してカラオケみたいだとなってしまうでしょう。それが全部、できていたら、レッスンの必要もないのです。

 

 それができていないことを知って、常に原点に戻って、呼吸やフォームから、正していくことが、学ぶということです。

 

 トレーニングには、時間がかかります。時間をかけて、状態と条件を整えていくからです。そのプロセスをチェックして促すために、レッスンがあるのです。

 

 トレーニングは、時間をかけないと身につかないのです。

いや、身についていないものを身につけるためにこそ、トレーニングという時間があるのです。

 

 

補足

 

 私は今、体力と筋力の強化保持と柔軟のために、プールに通っています。

 そこで、他の人を眺めてみると、自己流で泳いできたか、どこかで習った選手だったかどうかは、ほぼ一目でわかります。たぶん、あなたが見ても、大体、わかるでしょう。

 

 きちんと習った人は、最小の力で最大の推進力を得るフォームを身につけているからです。速くなくとも美しく泳いでいるのです。それは無駄がなく疲れない泳ぎです。

 

 私は、中学でバスケ、高校で水泳、そして学生時代にクラブのプールで子供たちに教えた経験があります。いくら正しいフォームを教えても、身体がそれを使えるように、筋肉がつき、肩関節がまわり、感覚が変わるまで、できることはないのです。

 

 歌や声とスポーツは、同じものではありませんが、肉体芸術と捉えるなら、共通するところは多いものです。当時の私は、力でなく、感覚で精査する術を知りませんでした。一流選手のフォームをみて、自分のフォームをビデオでみて、チェックしていたら、もっと伸びたと思います。

 

 今、力づくで泳いでいる人たちも、もし録画して自分の泳ぎを見たら、ずいぶん無様だと思うでしょう。あの桜木花道が2万本フリースローの練習を課せられて、自分のシュートの録画を見たとき、そう思った、ようにです。

 バスケも、一年くらい基礎練習を続けると、手のスナップだけでフリースローができるようになります。膝でシュートという意味もわかるのです。ドリブルでボールが手に吸い付くようになります。誰でも正しい練習を積み重ねれば、素人の域は脱することができるのです。

 参考になれば、と思います。

閑話休題 Vol.110「邦楽」(1)

()(がく)は「くれのうたまい」と呼ばれ呉の文化圏の歌舞、さかのぼればヒンドゥー文化圏やギリシャ文化圏の仮面劇へ。

唱導(説法)では、4つのポイント、声・弁舌・才能・博識

声明の基盤、天台声明と真言声明   

天台声明:円仁が唐から持ち帰った「魚山流声明」 京の大原あたりを魚山に見立てて確立 融通念仏宗の祖で声明の大成者、良忍(1072年~1132年) 声明で浄土を表現し融通念仏を確立 融通念仏との結縁を勧める念仏勧進や念仏聖「大念仏」

真言声明:空海がもたらし、弟の真(しん)()が整えた 「理()(しゅ)(きょう)」読誦 寛(かん)(ちょう)を中興の祖 智山流(ちざんりゅう)・豊山流(ぶざんりゅう)・南山(なんざん)進流(しんりゅう) 

四箇大寺(東大寺・興福寺・延暦寺・園城寺)

(けい)() 「先泣(せんきゅう)の誉(ほまれ)」 澄(ちょう)(けん)1126年~1203年)と聖(せい)(かく)1167年~1235年)親子が安居院流(あぐいりゅう)の完成者 説法は唱導の一要素

苦楽に支配されるなという中道「苦楽道中」 極端から離れたものを「正しい」

祝福芸の萬歳は漫才のルーツ 

三井寺派は定円、安居院流は藤原通(みち)(のり)(信西入道)の子、澄憲から始まる

俗楽・雑芸である「散楽」(物まねやお笑い、舞踏、曲芸・軽業、奇術・幻術、傀儡の五種類に分類)が渡来して「猿楽」へ  

鎌倉時代に物まねや滑稽 「猿楽」には呪師、侏儒舞、傀儡師、唐術、品玉、独相撲、琵琶法師、千秋萬歳などのバリエーション 農業の宗教儀礼「田楽」は、ささら・太鼓・笛・鉦など

唯識 円仁の引声(いんせい)念仏 「天狗おどし」 良忍の融通念仏 歓喜踊躍(かんぎゆやく)念仏(踊る念仏) 踊り念仏の一遍は融通念仏(歌う念仏)からのスタート 普化宗 虚無僧(梵論寺)の集団 

大念仏狂言 十万上人と呼ばれた道御(どうぎょ)(円覚上人1223年~1311年)

放免(下級役人)から「婆娑羅」、さらには「歌舞伎役者(傾き者)」へ ヴァジュラ(金剛)を語源とする婆娑羅 僧形の芸能者 宗教性と服装 

関西の浪曲は歌祭文系性格が強く、関東の浪曲は説教節系性格が強い 関東は調子が高い

三遊亭圓朝 宮部(みやべ)(えん)(じょう) 橘家圓(たちばなやえん)(きょう) 

梅原猛がスーパー歌舞伎「オグリ」創作

桃中(とうちゅう)(けん)(くも)()衛門(もん)「赤穂浪士」で一世を風靡した浪曲師

江州音頭「歌詞の中の“デーレンデーレン”」

 

音楽は、明治に使われたmusicの訳で、洋楽のことです。

日本のは、芸能の音の面を楽と呼んできました。特徴は、つながる音の流れ、うなり声、金切り声に聞こえる、というのは、向こうの耳での捉え方です。

西洋から入ってきたのが「音楽」。日本在来の種目は「音曲」。大正末期以降、「洋楽」に対する語として「和楽」「邦楽」と呼称。第二次世界大戦後は「日本音楽」「伝統音楽」 

明治の後半から、はやり歌は「歌謡」 

昭和の初期、はやり歌をレコードメーカーは「流行歌」 1933年以降は「歌謡曲」 

「演歌」「ニューミュージック」「Jポップ」

絶対的な高さではなく、歌い手の感覚によっているのです。

music―音楽学(西周<にしあまね>明治3年)

音楽は、明治2年に薩摩辞書に使用。

「明治の音」

ノイズの文化 アジアと日本 

サワリのついた三味線(←沖縄の三線←中国の三弦)べ~んと打音、だみ声 

 

1930年「春の海」(宮城道雄)

日本人にとって音楽は楽で、芸能、文化に付随し、独立していないもの

ドイツの影響が大きい、プロシア軍と精神性

イタリアのオペラより器楽と評論(シューマン)

大バッハとベートーベン

 

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.35

MCMaster of Ceremony

 

 MCとは、音楽業界ではステージでの曲の合間のおしゃべりを指します。もともとはMaster of Ceremonyというように、司会者という意味でした。バンドでは、ヴォーカリストがこの大役を担います。MCは、だいたい次のようなときに使います。

 

・ステージの構成上、少しおしゃべりが欲しいとき

・前の曲、もしくは次の曲の説明が必要なとき

・ステージの雰囲気や流れを変えたいとき

・間をもたせなくてはいけないとき(バンドのメンバーの配置替えや交替、ギターやベースのチューニングなど)

・ひと区切り必要なとき(ステージの最初やエンディング、幕の前後など)

・観客との親密度を深めるため、直接、何かを話したいとき

・ステージにプラス・アルファや、おもしろさを加えたいとき

・次回のステージやレコードの宣伝をするとき

・歌い切って、一息つくとき

・ギターの弦が切れたなど、不意のトラブルで間をもたせるとき

 

 へたにMCを多用するとせっかくのステージの流れを壊したり、歌を聞きに来ている観客の気持ちをそぐことになりかねません。バンドのイメージさえ、壊してしまうこともあります。たとえば、次のようなものはMCにふさわしくありません。

 

・まとまりなく、だらだらとした話

・聞いている人の一部しかわからない話

・ステージの流れとかけ離れた話

・他のバンドの悪口

・出演者、観客に関する情報のミス、地名のミス

・差別用語、人を傷つけることば、他のアーティストへの中傷

 

 ともすればうっかり口にしてしまうようなこともたくさん含まれていますから気をつけましょう。

 MCは、自分たちのバンドのステージのスタイルを考えて、少しずつ取り入れていきます。観客の反応を見ながら慣れていくしかないでしょう。このMCにも歌と同じくらいにヴォーカリストの個性が出ますし、ステージの演出にも効果的ですから、やはり勉強するべきだと思います。

 

〇マイクの使い方について

 

 マイクは口もとから少し離して持ちましょう。その方がマイクやステージの機器の違いによって、大きく音声が変わってしまう危険がないからです。

 モニターは、自分の歌っている声がよく聞こえるようにチェックしておくことです。バンドの音で聞こえにくければ、アンプの位置などを変えたりします。マイクもできれば歌う前に、どういうふうに聞こえるのかをチェックしておくとよいでしょう。他の人が歌っているときに客席で聞くと、ある程度はわかります。

 しかし、自分の感覚やノリを最大限に発揮するために、日頃からマイクを使わず身体全体の感覚で声や音楽を捉える習慣をつけておきましょう。マイクはあくまで小道具にすぎません。使いようによっては、上達するのを妨げる場合もあります。マイク・テクニックに頼るのは、基本的な発声のフォームができてからにしてください。

 また、意味なくコードを持ったり、マイクを必要以上の力で持たないようにしてください。その余分の力が自然な声の流れを妨げます。マイクは小指を中心に単に支えるだけで持つようにして握らない方がよいでしょう。

 マイクには高音がよく入るので、大きな声や高音のときは少し離して斜めに構え、逆に低音や語りの場合は口の正面に近づけてください。

 スタンド・マイクは、何曲か続けて歌うときで、振つけなどで両手が自由にならなくては困るときを除いては、あえて使う必要はないでしょう。慣れないと、スタンド・マイクは使いにくいものです。

 

〇力がないうちにバンドに入ると伸びない

 

 ライブやバンドでの経験というのは、ヴォーカリストにとっては、練習というより自分の力をアウトプットするところだと考えてください。他のパートは、バンドの練習のなかでもテクニックがそれなりに上達してきます。ある程度までは、量をこなしていけばよいのですから、ヴォーカリスト以外の人には、バンドの活動はプラスになるでしょう。

 ただ初心者のヴォーカリストの場合は、バンドは刺激と自己満足面でのプラスだけで、そこで実力をつけるというのは、あまり考えない方がよいと思えます。なぜなら、本当のプロ志向のバンドのレベルでの練習というのは、お互いが集まったときにわざわざ各パートの練習でできることはやりません。ヴォーカリストに関していうと、ピアニストだけでも、ピアニストなしの無伴奏でも、歌で自分の世界を表現できて、はじめてバンドに参加する意味があるのです。そういうヴォーカリストならば、セッションのようにレベルの高いバンドと練習して、そこで多くのインスピレーションを得て、新しい音楽や歌い方、感性が生まれることもあります。

 しかし、多くのヴォーカリストはバンドにのっかり、マイクにくいついているだけです。練習で余計に悪い癖をつけたり、カラオケふうに自己陶酔しています。これでは本当の力は伸びていきません。

 自分だけはそうではないと誰もが思っていますが、ほとんどの人がこういう結果になっているのです。

 もし、自分がどのくらい通じるのかを知りたいのなら、マイクとバンドの伴奏をはずし、歌をテープに吹き込んでみればよいのです。日本以外の国では、アイドル歌手といわれているヴォーカリストでも、最低限、ヴォーカリストと名のつく人は、これで認めさせるくらいのことはできます。日本では、声がバンドから抜けて聞こえるように歌える人さえ、ほとんどいないのです。言葉がすべて明瞭にわかる人はもっと少ないようです。アカペラでしっかりと歌えるようになってから、伴奏をつけることです。

 

〇悩み多き孤独なヴォーカリスト

 

 もう1つの理由は、バンドのメンバーの理解のなさです。他のパートの人は、ヴォーカリストの声の成長については知りません。楽器と同じように、やるほどすぐに伸びると思っています。すぐさま、外国人ヴォーカリストのような高音の強い音をオリジナルのキーで求めます。楽器では簡単でも、喉にとってはよくありません。

 オリジナルとして通用する声も出ないうちから口先だけのコピーで、到底、今の身体では出ないはずの世界の第一線級のヴォーカリストの真似をするのですから、喉を痛めるか、発声に悪いくせをつけてしまうだけです。彼らと同じように歌えるくらいなら、もう充分な歌が歌えているはずです。できないなら、何が違うのかを突き詰めていかなければいけないはずです。

 レコードに合わせて歌ってください。感性、表現、雰囲気、パワー……と考えていくまえに、声の問題に行き着くはずです。ならば、声を鍛えることです。

 楽器が身体であるヴォーカリストは他のパートと違って、まず、身体を声の出る楽器として使えるようにすることに専念する期間をとることが必要です。

 早くから始めたり、毎日何時間もバンドで練習している自称ヴォーカリストが何万人いても恐れるに足らないことがわかるでしょう。何歳から始めてもきちんとしたトレーニングで追い越せることも理解できるでしょう。バンドをやるのは構いません。しかし、それ以上にトレーニングが必要なことを知ってください。

 どうせやるからには、世界に目を開いてください。神業的なくせでか細い高音域を出している日本人の歌い方を下手に真似るよりは、スタンダードに通用する世界の一流の歌い手から学んだ方がよほどわかりやすいのです。喉から下は人種の差はあまりないようです。個性的なヴォーカリストのくせを真似して、その2番手以下では意味はありません。それよりは、オーソドックスなところにある正しい発声をもとに、自分の歌い方のスタイルを追求していくべきです。誰もが認める声で歌えるようになれば通用します。声そのものがよいとか悪いとかいうよりも、何かを表現する自由に使える声が大切なのです。

 

〇練習後の反省が力をつける

 

 バンドの練習が終わったあとには、必ずミーティングをして、録音した練習曲を全員で聞いて反省することです。そして、それぞれのメンバーの次回の課題と課題曲を決めます。この課題を見つけるために集まって練習するのです。

 それぞれが思っていることを本音でぶつけ合ってください。うまくいかなくても相手をけなすのではなく、必ずどのようにしていけばよいのかを考えて、前向きに対処していくことです。11つの問題を1回ごとの練習できちんと解決しようと努力していくことです。

 問いを作れないバンドは伸びません。厳しく批評をし合うのは、自分たちの音楽や技術についてです。腹の立つようなことを言われても、それは自分の人格を否定されているのではありません。謙虚に耳を傾けることです。

 こういうことを繰り返しているうちに、言葉を使わず、お互いの思っていることがわかるようになります。こういう厳しい相互の批評と自己反省の繰り返しによって、バンドのめざす音が1つになり、高い完成度を得るようになっていくのです。

 

〇売り込みもヴォーカリストの実力のうち

 

 日本ではCDは、簡単につくれるようになりました。自主製作でも製作できるわけです。ですから、自分たちでテープを出すこと自体は、練習の集大成であっても、メモリアルとしての意味しかなくなってきたともいえます。ただ、製作する期日を決めることは、バンドにモチベーションをかける意味においてはプラスになるでしょう。

 一旦発売したテープやCDをヒットさせるためのプロデュースや、バンドやアーティストを育てる環境については、日本はまだまだ不充分だと思われます。今のところ頼りになるのは、自分の実力と才能(可能性)とコネクションだけなのです。

 しかし、どこのレコード会社もプロダクションもよいヴォーカリストやバンドを捜しています。どんな地方であっても定評になれば、担当者が飛んでいくほどです。ですから、どのディレクターにどのようなテープを送ればよいのかを知ったり、よいスタッフとプロモーターを見つけることも必要です。

 そのためには、どのくらい自分と自分の音楽をよく知っていて、それを語れるかということが大切です。その上でそれを伸ばしてくれる環境を作っていくことです。どんな状況も、自分の方へ引き込んで利用する力と頭のよさも必要です。人を見抜く眼も大切です。すぐに売ってくれるプロダクションではなく、自分たちのやっている音楽を理解してくれて長い眼で育ててくれるスタッフを大切に、いろいろな人脈を広げていくことを心がけてください。

 

〇スランプ脱出法

 

 声は、体調や気分と深く結びついてきます。うまく声が出ないことを気に病んだり、そこで無理して力を入れて使うことによって、ずるずるとうまくいかなくなることがあります。こういう悪循環はあらかじめ何度もくるのがあたりまえだと思っていればよいのです。

 そういうときは「本番でこうなるよりはよかった。よい課題が与えられた」と考えればよいのです。自分の力が未だに安定しないことに何度もショックを味わうことです。そして、自分の歌は声が少々どうなっても大丈夫なのだという強い自信を持てるようになってください。

 どの世界でも、何年も経たない人にくるのは、スランプではなくて単なる思い込みです。こうなるのもあたりまえだぐらいに考えていればよいのです。

 うまくいかないときが何ヵ月続いていようが、マイペースでトレーニングを続けることです。ストップしなくてはいけないのは、ポリープなどの喉の病、もしくは本当に身体を害したときだけです。

 ステージなどで歌った後に「喉の調子が今1つで」などと言わないことです。同じステージに高熱を押し切って出ていて、それを少しも悟られず歌い切っている人がいると考えてごらんなさい。自分への言い訳は決してしないことです。

 プロとしての実力があっても、それを充分に発揮できるコンディションづくりができなかった、もしくは最悪のコンディションでも実力を発揮できなかったというのは、すでにプロとして負けているわけです。臨終(死)になったときがスランプだと考えればスランプはきません。五体満足で歌える幸せを忘れないでください。

「最強トレーニング」 Vol.15

〇さまざまな音をつくる子音(2)サ行(ザ行)

 

□サ行の発音

EX.「すみません」 「失礼しました」 「お先に失礼します」

 

〇サ行音……サ[sa] シ[∫i] ス[su] セ[se] ソ[so

 

 舌の先を上歯茎の裏に近づけると、舌先の下の部分は、下歯の裏に密着し、上歯茎の裏と舌先の上面との間にわずかなすき間ができます。そこに息を吐くと、狭いところを押し出す息で摩擦音が生じます。これが[s]の音です。

サスセソは、[s]の音に母音アウエオが結びついたものです。

 

<シとサスセソの違い>

 「刺す」「死す」の発音を比較して、呼気の通るすき間の位置を比べてみてください。

 サは舌先が上歯茎の裏に近づくのに対して、シは舌の上面の前のほうが、上顎の前方の硬口蓋に近づき、舌先の下がサと違い、下歯の裏から離れた状態で発されます。このような音を[∫i]であらわします。「静かに、シー! 」というとき、あるいは「シャシシュシェショ」の「シ」です。先生を「シェンシェイ」となまるのは、この混同です。「スエスエ」、「スエンスエン」、「センセイ」とくり返して直しましょう。

(近頃、このシの代わりにスィ[si]にする人が多くなっています。シ[∫i]を無声音で伸ばすと、シーといつまでも摩擦音ですが、[si]を伸ばすと、母音のイになります。

sの音が[∫]の発音にならないように

 サスセソの音は、舌の位置に注意してください。[s]は上歯茎の裏に近づいて発音しますが、[∫]は舌先が上歯先の裏に近づきます。

「さあ~」と舌が出すぎたり、息の通り道が狭くならないと、切れの悪い音になります。逆に、息の音が強すぎるなら、上唇を歯に少しかぶせましょう。

 

〇ザ行音……ザ[dza] ジ[dӡi] ズ[dzu] ゼ[dze] ゾ[dzo

 

 サと違い、舌先がまず上歯茎の裏に接するのがわかります。

 その接触でふさいだ気道を押し破って、呼気が出るときに破裂音がつくられます。

 続いて、そのときできたすき間から呼気が流れるときに生じる摩擦音が加わって、[dz]の音をつくります。このように破裂音と摩擦音の組み合わさった音を破擦音といいます。

 ザ行音の中で、ジはシの場合と同じく口蓋化した音で、[z]の音をつくる位置より舌が硬口蓋に近いところで発音されます。(地域によっては、ジ[dӡi]とヂ[di]、ズ[dzu]とヅ[du]を区別して使っているところもありますが、共通語では区別しません)

 

  • 〈サ行のトレーニング〉

(サ)さっさと財布を探さなきゃ/さすがの寒さに目覚めた

(シ)椎茸と塩を仕入れる/死の獅子舞ショー

(ス)すべてを捨てて救う/炭火を入れるのが済む

(セ)聖母は戦争を責める/背伸びする制服の生徒

(ソ)外の掃除が騒々しい/空にそびえる壮大な阿蘇

 

〇さまざまな音をつくる子音(2) タ行(ダ行)/ナ行

 

□タ行の発音

EX.「どうぞこちらに」 「どうかお待ちください」 「ちょうだいいたします」 「お疲れさまでした」

 

〇タ行音・・・・・・タ[ta] チ[ti] ツ[tsu] テ[te] ト[to

 

「タ」「テ」「ト」は、上の歯か歯茎あたりで、舌先を離して生ずる破裂音[t]に、「ア」「エ」「オ」がついたものです。

 「チ」は、口蓋化した音で、舌が上歯茎より、もう少し奥の硬口蓋に接して、破裂音[t]を発し、そのすき間で生ずる摩擦音[∫]が、組み合わさった破擦音です。

 「ツ」は[t]が[s]に動く破擦音です。「アツイ」をゆっくりと発音してみるとわかります(トゥ[tu]ではない)。

 

<チ[ti]、ティ[ti]、ツィ[tsi]の違い>

 [ti]をささやくように無声音で「チー」と伸ばして発音してみると、最初の「チ」の音のあとに「シ」のような摩擦音が「シー」と続きます。「アチー!」の「チ」。「チーチーパッパ」の「チ」の音です。「チ」は「ティ」ではありません。

 「ティ」[ti]、「ツィ」[tsi]を伸ばすと、「イー」となります。この二つは、外来語(ティーポット、ツイードなど)以外では使いません。つまり、「チ」は、「チャ」「チ」「チュ」「チェ」「チョ」、「ツ」は「ツァ」「ツィ」「ツ」「ツェ」「ツォ」の音です。

 

〇ダ行音……ダ[da] ヂ[dӡi] ヅ[dzu] デ[de] ド[do

 

 「ダ」「デ」「ド」は、タ行が無声音、ダ行音は有声の破裂音です。

 「ヂ」と「ヅ」は、音の上で「ジ」と「ズ」と同じです。「ヂャ」「ヂュ」「ヂョ」も、「ジャ」「ジュ」「ジョ」と同じで、限られたとき以外は使いません。

 このようにザ行音と共通のところが多いため、「ダ」「デ」「ド」と、「ザ」「ゼ」「ゾ」を混同しないよう、注意しましょう。「さざ波」が「サダナミ」、「撫でる」が「ナゼル」、「喉」が「ノゾ」になる人は、ここで直しましょう。「地図」が「ツゥヅゥ」や「ツィヅィ」となる人も、要注意です。

 

<タがいいにくい>

「竹たてかけた」がいえない人は、舌の移動の練習をしましょう。

・タケタテタケタケ

(この竹垣に竹立てかけたのは竹立てかけたかったから、竹立てかけたのだ)

 

  • 〈タ行のトレーニング〉

(タ)楽しい旅をしたい/正しい畳の叩き方

(チ)塵はきちんと持ち帰れ/父が痴漢に注意した

(ツ)つまらない付き合いを続ける/つるつるのツノ

(テ)丁寧に手を洗う/転校生の手書きの手紙

(ト)灯台のともしびが届く/遠い都市の時計が止まるとき

 

□ナ行の発音

EX.「おさしつかえなければ」 「お会いになりますか」

 

〇ナ行音……ナ[na] ニ[ɲi] ヌ[nu] ネ[ne] ノ[no

 

 舌の接するところは、タ行と同じです。タ行音は破裂音、ナ行音は、舌を歯茎につけたまま、息を鼻へ抜く鼻音になります。

 「ナ」は、そのまま、声を出さないと、ただ鼻から息が静かにもれます。そこで、鼻に手をあて声を出して「ナ」を発音すると、声が鼻に響いて振動するのがわかるでしょう。

・ナヌネノとニの発音の違い

 ニは、ナヌネノと調音点が違い口蓋化します。

 

  • 〈ナ行のトレーニング〉

(ナ)なし崩しに成し遂げることはない/海原の七不思議

(ニ)二人三脚で荷造りして逃げた/兄さんを二度と憎まない

(ヌ)ぬるぬるぬめる/塗り薬が塗れぬよ

(ネ)来年を念じながら眠る/寝たら願いが叶うね

(ノ)ノックののち覗く/納期でノイローゼの農民

 

〇さまざまな音をつくる子音(3) ハ行(バ行、パ行)

 

□ハ行の発音

EX.「はじめまして」 「大変お世話になりました」

 

〇ハ行音……ハ[ha] ヒ[çi] フ[ɸu] ヘ[he] ホ[ho

 

[h]の音は、「ハー」と息を吹くときの喉音です。喉の奥を、「ア」「エ」「オ」より狭くして出す摩擦音です。「ハ」「ヘ」「ホ」は、この[h]音と母音「ア」「エ」「オ」でつくられます。[h]は喉頭からの深い声、喉音です。

「ヒ」[çi]は「シ」の発音に近い口構えで、「シ」より舌の中ほどをもっと盛り上げて発する弱い摩擦音です。「ヒ」は舌と口蓋でつくられる音です。

 

<「ヒ」と「シ」を区別する>

 「ヒ」と「シ」は調音点が近いため混同しやすく、日比谷と渋谷、質店などは、よく聞き間違えます(地域によって「ヒ」と「シ」を逆に発音するところもあります)。

1.ヒシシヒヒシヒシ

2.シヒヒシシヒシヒ

「フ」[ɸu]は、「フーフー」と、吹くときに出る両唇を用いた摩擦音です(英語などの[f]のように、下唇を上歯で噛んだ状態で出しません)。

 日本語の「フ」と[f]の違い、「ハ」「ヘ」「ホ」の[h]音と[ɸ]音の違いも確かめましょう。

 「ヒ」は、「ヒャ」「ヒ」「ヒュ」「ヒェ」「ヒョ」、「フ」は「ファ」「フィ」「フ」「フェ」「フォ」の仲間です。

 

<「ヒ」と「フィ」を区別する>

 この「ヒ」を両唇をまるめ「フィ」のように発音しないように。

1.ヒフィフィヒフィヒフィヒ

2.フィヒヒフィヒフィヒフィ

 

〇バ行音……バ[ba] ビ[bi] ブ[bu] ベ[be] ボ[bo

 

 [b]は、唇を閉じ軟口蓋をあげて鼻へ抜かず、唇で出す弱い破裂音です。語頭では強く感じても、語中での[b]は唇がわずかに接するかどうかくらいで、ほとんど摩擦音に近くなります。

 「ウー」と発音しながら、だんだん両唇を近づけてみると出る音が、「ブ」の音です。

 

〇パ行音……パ[pa] ピ[pi] プ[pu] ペ[pe] ポ[po

 

 [p]は無声破裂音です。外来語や擬声語(パタパタ、ピカピカなど)や、促音(ん)と使います。

 

〈「プ」と「フ」を区別する〉

 共に唇で発音します。「プ」は唇がいったん完全に閉じ、瞬時に息が流れ出て、「フ」は少し開いたまま息を流し続けます。

〈「パ」と「バ」を区別する〉

 「バ」は最初から音になります。「パ」は最初は音にならず、「ア」のときに、音になります。

 喉仏に指を当てると、「バ」は、すぐ振動し、「パ」は遅れて振動します。つまり、「バ」は声を伴う子音(有声子音)で「パ」は声を伴わない子音(無声子音)です。

1.バパパババパバパ

2.パババパパバパバ

 

  • 〈ハ行のトレーニング〉

(ハ)羽根をはがされた羽アリ/華やかではかない花火

(ヒ)昼間はひとりで暇だ/光る瞳にひかれる

(フ)工夫した豆腐のフライ/不意に触れ合う二人の皮膚

(ヘ)辟易するヘリウムの変化量/ヘラヘラ笑う蛇

(ホ)本当のほたるが欲しい/星の本を翻訳した

「ルーツ」 No.417

昔は、よく、ここに詩を載せていたものです。

みなさんを鼓舞するものでした。

それが今は、こういうものになりつつあります。

 

 

「花、ルーツ、そして愛」

 

あなたの名を呼ぶたびに

胸の奥でひとつ花が開く

雨の朝にふと香る

土の気配のように

あなたは私のルーツに

いつしれず触れてしまった

 

世界がまだ幼く

言葉より沈黙のほうが

真実を語っていた頃

あなたの笑い声だけが

私を外界へと導いた

 

#

花は咲いて 風に揺れて

名前もなく 空へ還る

愛はきっと 形を持たず

私のなかで 根を伸ばす

離れていても 失われず

あなたは今も ここにいる

 

2

季節が幾度巡っても

同じ空は二度とない

それでも足元に残る

あなたの足跡を辿って

私は今日も歩いている

 

過去はもう触れられず

未来さえも曖昧で

それでも確かな温度が

この胸に残っている

あなたがいたその場所は

今も静かに息をしている

 

#

花は咲いて 風に揺れて

傷を抱いて 散ってゆく

愛はきっと 終わりじゃなく

巡りながら 続いてく

離れていても 失われず

あなたは今も ここにいる

閑話休題 Vol.109「歌舞伎」(2)

<演目>

歌舞伎狂言 時代物(御家物、王朝物)、世話物(生世話物(きぜわもの)、散切物)

丸本物(義太夫、義太夫狂言、でんでん物)、松羽目物、純歌舞伎

活歴物、新歌舞伎、新作歌舞伎。

 

<特徴>

「世界」観 「曾我物」「景清物」「隅田川物」「義経物(判官物)」「太平記物」「忠臣蔵物」

綯交ぜ(ないまぜ)

全場面を演じる「通し狂言」、人気場面のみ「見取り(ミドリ)」

 

<演目と通称>

外題 本外題 段・場・幕

・演目そのものに通称

例:『都鳥廓白波』(みやこどり ながれの しらなみ) →『忍の惣太』(しのぶの そうた)

・特定の段に通称

例:『義経千本桜』(よしつね せんぽん ざくら)四段目「道行初音旅の場」→『吉野山』(よしのやま)、四段目切「河連法眼館の場」→『四ノ切』(しのきり)

返し(返し幕) 切

 

<演出>

後見(こうけん) 黒衣後見(くろごこうけん)、黒衣(くろご)

着付後見(きつけごうけん)もしくは袴後見 裃後見(かみしもごうけん)

波後見(なみごうけん)、雪後見(ゆきごうけん)

拍子木(ひょうしぎ) ツケ 板(ツケ板)

隈取 見得 六方(ろっぽう) 外連(けれん)

 

<役者>

名跡(みょうせき)襲名(しゅうめい) 屋号 大向こう

 

<舞台>

上手 下手 花道 本舞台 大臣囲い 黒御簾 下座 黒御簾音楽 下座音楽 床

大臣柱 鳥屋(とや) 揚幕(あげまく) すっぽん 仮花道

 

<舞台機構>

廻り舞台 明転(あかてん) 「行って来い」。迫り(せり) 地下(奈落)

定式幕 緞帳。振落し 降りかぶせ。道具幕 浪幕、山幕、網代幕、黒幕、霞幕。

 

<歌舞伎音楽>

唄物である長唄 語り物である浄瑠璃。常磐津節・清元節。大薩摩節、河東節、新内節

 

<興行>

大歌舞伎、花形歌舞伎。

歌舞伎座 東京では新橋演舞場、国立劇場、明治座、日生劇場、浅草公会堂(新春浅草歌舞伎)、大阪松竹座、南座、御園座、博多座、旧金毘羅大芝居(金丸座)、内子座、永楽館、康楽館、ほか福岡県嘉穂劇場、熊本県八千代座

 

<観劇>

各月25日間 2部制(3部制もあり) 午前の部は午前11時から午後4時ころまで、午後の部は午後4時半から9時ころまで。

 

<歌舞伎に由来する語>

・大向うを唸らす(おおむこうを うならす)

・差金(さしがね)

・黒衣(くろご)

・黒幕(くろまく)

・二枚目(にまいめ)

・幕切れ(まくぎれ)

・千両役者(せんりょうやくしゃ)

・十八番(じゅうはちばん)

「ピンハネ」:「ピン」とはポルトガル語のpinta(点)

 

<日本人はもともと、霊的なものが床下に住んでいて、ある時ヌ~ッと家の中に入り込んで来るという発想を持っています。日本人の先祖から受け継いでいる土地への信仰、そして日本人家屋の構造とあいまって生まれてくるこのような発想は、芝居の演出にも導入されます。

 

 歌舞伎では黒御簾の中で芝居のバックに音楽を入れるだけでなく、舞台上で芝居の情況を語ったり心情を歌ったりする演奏があります。長唄、三味線を含め囃子方が演奏するのを「出囃子」、浄瑠璃の太夫・三味線が演奏することを「出語り」と呼びます。ちなみに歌舞伎に用いられる音楽で「長唄」を「歌い物」と呼び、義太夫(竹本)、常磐津、清元などの浄瑠璃を「語り物」と呼んでいます。

 

 太夫は腹に「オトシ」という小豆や砂利を入れた袋をしのばせて、しかも腹帯というものを巻いてお腹の底から声を出すようにしています。

 

 何も掛声は屋号だけではありません。二人立ちで見得を切った時に「ご両人~」、三人の時は「三千両~」、他の人が「二代目~」などと声を掛ければ、自分は「日本一~」と掛けてみたり、そこの声を掛ける側のセンス、心意気がうかがえるのです>(西川浩平)

 

<能との違い>

室町時代に猿楽は「式楽」と呼ばれ、武家を後ろ盾に大成。

歌舞伎は江戸時代初期、出雲阿国。元禄時代に市川團十郎、坂田藤十郎が出る。

都市の武士と商人など大衆。能とは250年の時代差。

(エンタメとしての歌舞伎)ワンピース・Naruto・初音ミク 現代の歌舞伎は「超歌舞伎」へ 漫画を原作とした歌舞伎の上演

 

参考:Wikipedia/「歌舞伎音楽を知る」西川浩平(ヤマハミュージックメディア)

「ヴォーカルトレーニングの全て」 Vol.34

〇ステージ活動へ(音にのせて歌い、表現する)

 

 ライブ・ステージ実習という実践的なレッスンをしています。3ヵ月に1回行なっています。1曲に半年くらいは費やして、充分にトレーニングして欲しいものです。何曲、歌えるかよりも、1曲をいかに深く歌うかということが先にあるべきだからです。

 それとともに選曲からライブの終了後まで、ライブそのものを目的とするのでなく、自分の力をいかに最高に発揮できるようにコンディションを整え、本番前までのトレーニングやリハーサルで、何をどう学んだか、それが本番ではどう出たのかをしっかりと反省する契機としての役割もあります。

 お客さんの前ですから、視線や態度からはじまって演出面、舞台や歌での計算なども必要となってきます。伴奏者とのコラボレーションも含め、日頃からの取り組みがトータルに問われる場なのです。

 

〇ステージ・マナーを身につけよう

 

 ステージでは、視線を観客に合わせることです。やや後方のまんなかの人を見るとよいでしょう。きょろきょろしたり、たくさんまばたきするのは、やめましょう。

 観客の視線は、恐いほどステージ上のあなたの一挙一動に注がれているものです。意味のない動きは、すべて目立ってしまいます。コードを持ったり、マイクを持つ位置を頻繁に変えたり、マイクを持っていない手をやたらに動かしてはいけません。イントロ、間奏の間もいつも何をやっているのかが伝わるようでなくてはいけません。間奏なのにマイクを口の前においたままでは、歌詞を忘れたのかと思われてしまいます。

 撮ってチェックするのが一番よいでしょう。慣れぬ動きをするくらいなら、あまり動かないで歌に専念した方がよいのです。ステージで動きたければ、日頃から動けるように練習しておきましょう。

 歌うまでに半分以上は顔つきや姿勢で実力を読まれていると思ってください。つまり、ステージの袖から出てくるときの足取りや、曲を待つ間、MCも含めて、すべて自分で演出します。自分が今、どのようにお客さんに見えていて、どう思われているのかという状況を常に意識して、直ちに次の動きを作り出すことです。

 それには、なによりもよいステージをたくさん見ることです。そして、よいところを必ず真似てみることです。ライブのビデオを見ながらでもよいでしょう。急に本番でやろうとしても無理です。友人に注意してもらったり、ビデオによるチェックをしてみてください。

 歌い終わった後は、ニッコリとすること、おじぎをすること、ゆったりと誇らしげに袖に引っ込むことを心がけてください。人前に出ている間は絶対に気を抜けないのです。失敗しても、うまくいかなくても、そんな素振りは見せないことです。いそいそと慣れぬ足取りで引っ込んだりしては、台なしです。

 

〇自信をもって全力投球を

 

 だらだらと歌っているだけでは、誰も魅きつけられません。歌詞とメロディを自分なりに徹底的に理解した上で、ノリを出し、押すところは押し、引くところは引いて抑揚をつけて歌うことです。調子がよかろうが悪かろうが、常に後にひけない芸人根性でやり通すことです。絶対に逃げてはなりません。

 気分的に落ち込んでいても、スランプでも、そんなことは観客にはみえなければよいことなのです。常に全力を尽くすことです。これを怠ると、何のためにやるステージかわかりません。ヴォーカリストは孤独なボクサーみたいなものです。

 そのためには、絶対の自信をもってやること、これしかありません。自分が世界一、歌がうまいと思ってください。そう思って努めることがわざわざ足を運んで見に来てくれた観客へのマナーなのです。

 「この曲は自信ないのですが…」「調子がイマイチなのですが…」そういう言い訳をしないことです。常に勝負するのです。

 観客に甘え、観客がそれを許すようなステージからは、何も生まれてきません。足を踏みならされ、どやされ、ブーイングがきて、拍手も来ない。楽屋でもメチャメチャに言われるのなら、ありがたいと思うべきなのです。そこで、奮起して何くそと思った方が、結果として上達するのですから。

 常に、今よりも明日に向かって、しかし、今に全力投球して、足らないものを補っていくようにしてください。

 

〇テンションをハイに保ち、お客を飲み込め

 

 ステージでは、自分が全世界の支配者だと思ってやることです。左手を動かせば世界の半分が、右手を動かせば残りの半分が動くと思ってやることです。

 どうしてその人が歌おうと思ったのか、そして歌っているのか見ていてわけがわからないステージほど、つまらないものはありません。そういう人は歌っている最中も、歌い終わった後も、印象が薄く記憶に残りません。存在感がないからです。存在感は、ヴォーカリスト、人前で何かをする人には、一番、大切なものなのです。

 ステージは、今まで自分たちのやってきたことのすべてを出し切るところです。考えていること、思っていること、伝えたいこと、そして、言葉で表せない情動を思いっきりぶつけて観客に問うところです。うまいとかへたとかいうまえに、ヴォーカリストの熱意や情熱が伝わらなくてはなりません。

 そのためには、原則的には明るく、ノリまくってやることです。観客をノセて、楽しませて帰ってもらうのがヴォーカリストのサービスです。

 自分たち仲間うちのバンドだけのノリだけでよいなら、スタジオで演奏していれば充分です。お客はビートのきいた音に、歌声に、演奏に酔いたくて来るのです。すべての人を自分のふところに抱き込むようにしましょう。観客が多かろうが少なかろうが、のみ込まなくてはいけません。

 そういうことに慣れるために、日頃から、客席が空っぽでもよいから、大きな会場のステージのまんなかに立ってみるとよいでしょう。だんだん慣れてきます。本当に恐いのは大きな会場よりも、観客の顔がすべて見える小さなステージなのです。お客の少ない小さなステージを大切にしてください。

 

〇ステージのためのヴォイストレーニングとは

 

 ステージでは自分たちの演奏に集中し、歌では歌うことに専念します。そのために、ヴォイストレーニングという時間を別にとって、声に全神経を傾けるのです。ステージや歌のときに声を考えなくてもすむようにヴォイストレーニングがあるのです。もちろん、ヴォイストレーニングをするから声がパワーアップして、うまく使いこなせるようになり、歌やステージがよりよくなるのです。

 ステージでは、ヴォイストレーニングの発声に歌を合わせるのではありません。それでは本末転倒です。自由に歌ったりシャウトしたときに身体から声と息が離れずについていれば、ヴォイストレーニングはそこで、充分に生かされているのです。歌で思い描いた通りの表現をするのに、必要な力をつけるのがヴォーカルトレーニングの役割だからです。

 

〇ヴォイストレーニングは、ステージやレコーディングにも大切

 

 レコーディングで最も大変なのが歌入れです。歌詞、音程、メリハリ、声質、ノリ、リズムとすべてをチェックしなくてはいけません。

 その日のうちに終わらせるつもりでスタンバイして、通常は通して34回歌います。最近は、その録音からよい部分を選び、悪い部分をリテイクして1曲を作り上げることが多いようです。

 どうしても調子が出ないときには、何度もやり直すことになります。最悪の場合は、翌日の録り直しとなりますが、手間も経費もかさみます。プロモーションの期間も必要なので、何週間も待つわけにはいきません。こういうときに、いつでも自分の実力を最高に発揮するためのヴォイストレーニングのありがたさがよくわかります。

 ステージにおいても体調がどうあれ、キャンセルはできません。出番前に声の出やすい状態にもっていくこと、休憩中に喉の疲れを取り、次の日に悪い影響が残らないようにすることは、大変に重要なことなのです。プロとなったら、なおさらヴォイストレーニングは大切となります。より高い目標へ向かうのと同時に、ハードなスケジュールの中で、できる限り最高の歌を歌うためにヴォイストレーニングは欠かせません。

 

〇録って聞いてみること

 

 自分の歌を録って、何度も聞き返しましょう。自分がどのような声を出したとき、他の人にどのような感情を生じさせるかがわかれば、大したものです。すぐれたヴォーカリストは、すぐれた聞き手なのです。

 自分が歌っているときは、内耳から、より大きな声が聴覚に入りますから、客観的な声の判断はできません。他の誰にも聞こえない声を聞いているのです。これを第三者と同じように聞くには、マイクでスピーカーから出力させる方法と、録音再生して聞く方法があります。ともにバンドなどをつけずに、アカペラでやってみることをお薦めします。

 最初のうちは、バンドの音量が大きいと、どうしても必要以上の声を出して乱れることが多いのです。ですから、バンドだけのカラオケを作ることも薦めます。譜面の読めない人は、ピアノ・ソロのメロディ・カラオケを作ってもらうとよいでしょう。

 自分の声というのは、慣れてくると妙にエコひいきしてしまって、よいところばかりを見つけたくなります。そのため、音程、リズム、発音などの基本的な点で甘くなってしまう人が多いようです。こういうところは、厳しいチェックをして直していかないといけません。

 間をあけて聞くと、自分の欠点が客観的に見えてきます。よいステージを見て、自分の音楽の勉強を積み重ねておくことによって、客観的に評価できる力と、一段上のレベルでの音楽の捉え方ができるようになります。

 

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