ご案内

私は10数名のヴォイストレーナーとともに、ヴォイストレーナーにも指導しているため、内外のヴォイストレーナーのアドバイザーやヴォイトレをしている人のセカンドオピニオンもたくさんやってきました。ヴォイストレーナー、指導者、専門家以外にも「ヴォイストレーナーの選び方」などに関する質問が多くなりました。以下を参考にしてください。

「ヴォイストレーナーの選び方要項」 http://www.bvt.co.jp/new/voicetrainer/

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「1.ヴォイストレーナーの選び方」

「2.ヴォイトレの論点」

No.334

<レクチャーメモ「AIと体感」> 

 

AIには、体験(動作)とことばの結びつきがありません。

重力を感じるので「上げる」ということばが生じたのでしょう。

また、たとえば私たちはAIには、「同じ」はわかるが、「似ている」の区別は難しいのです。それは、メタファだからです。

とはいえ、ことばで物事を認識する点は変わりません。

AI化までの流れは、機械化(自動化)、電動化、電子化(情報化)、オンライン化(ネット化)、知能化(AI)です。

1956年「AI」、人工知能ということばは、アメリカ、ニューハンプシャー州 ダートマス会議で使われました。

1968年インテル創業

5世代コンピュータ(日本1982年~1992)

NLP(National Language Processing)

「言語は知能の現れ」

アバターエージェントサービス(ソニー2017)

CGモデル「沢村碧」が読み上げる音声動画作成

CeVIOで「さとうささら」

COCOROBO Voice Maker

「罵倒少女 素子」

「一択彼女 加藤恵」(2017)

AR performers4人組男性アイドルユニット

Siri(アップル)

「コルタナ」(マイクロソフト)「りんな」「シャオアイス」

2014年、映画「トランセンデンス」(ジョニー・デップ)公開。

 

No.334

<レッスンメモ>

 

ステージ、照明、BGM、立ち位置、動き

視線、呼吸、声、ことば、テンポ、リズム、メリハリ、間

話題、内容、構成展開、テーマ

イメージ、印象、服、ルックス、スタイル、存在感

Vol.75

○発声は声量から

 

 ここで、発声のチェックをしましょう。

 まず声は聞こえなければ用をなさないです。どんなに気配りがあって、心を込めていても、何を言ったのか聞き取れなければ、意味がありません。それには、最低限の声量が必要です。

 確かにTPOによっては、声量をおさえた方がよいこともあります。だからといって声で言葉が全く聞こえなくては、何にもなりません。聞きづらいのも困ります。

声量のコントロールとしてテレビのヴォリュームを数値を見ながら変え、それとほぼ同じ声量の声を出してみましょう。

 

○声量から発音に

 

 伝えるべきときに伝えるべきことがうまく伝わらないのは、声量の問題だけではありません。発音やテンポなどもあります。伝えることを最優先とするなら、相手のことから考えなくてはいけないのです。

1.小さすぎる

2.もぐもぐ、こもって、はっきりしない

3.早すぎて聞きとれない

4.言葉になっていない

 このように、自分では伝えているつもりでも、ボソボソと聞き取れない声で話し、まわりに迷惑をかけている人は少なくありません。こと日本人同士では、聞き返すことに抵抗があり、あいまいにしていることが多いので尚さらです。

 

○共鳴で通る声

 

 次に、通る声について学びます。通る声とは、共鳴のよい声です。声がうまく振動して、空気中を伝わると、遠くにも聞こえます。これが、マイクにも入りやすい声といえます。これを妨げるのは、余計な力、過度の緊張や体や顔のこわばりです。

 そこで、次の手順を踏みます。

 

1.リラックスする……気持ちをやわらかくする

2.テンションをあげる……伝える意志をもつこと

3.クリアに心がける………はっきりと声を前に出す

4.ブレスをしっかりする…………深い呼吸で支える

 こうして自分の声、自分の声をとりまく状況が、少しずつわかってきます。そこから、声そのものの問題に入ります。

 本来のトレーニングでは、共鳴するための芯のあるこえを目指します。

 

○声の明瞭度チェックをしよう

 

 発声、発音に踏み込んで、実践的なチェックやトレーニングをしましょう。

 声での発音の明瞭度をチェックするために、電話の交換手のテストに用いるロガトム表というのを使ってみましょう。録音機器を用意して、各語を四秒ずつかけて、読んでみます。それを書きとって、どれだけ当たっているのかチェックします。

 これは、実際には、特定の人が読んだのを被験者が書きとり、聞くほうの不明瞭度を計るために使われます。しかし、このように発音のチェックにも使ってみるのです。

 

1.ペボ   ビュギ   チベ   マヤ   ビョバ

2.ミャド  ナル    ユサ   ムニャ  トヒ

3.アジョ  リョザ   フゲ   ニュゼ  カソ

4.イチョ  ジュミ   ヨケ   ハロ   メヌ

5.ギョヘ  テモ    オリュ  セツ   キタ

6.ノピ   シュピャ  ゾショ  パビ   ウラ

7.ニョワ  ニチョ   ヒャレ  ポデ   ゴシ

8.ヒュギャ クダ    キョシャ フヒョ  ピョリ

9.ジャネ  エズ    ギュホ  ガリャ  ミュジ

10.チャグ  ビャコ   ブキャ  キュピュ スミョ

 

○母音発声トレーニングと語尾をはっきりさせる

 

「ア」 アーいい天気だ

「イ」 イーッだ イッヤッダッ

「ウ」 ウー マンボッ

「エ」 エーそうだったんですか

「オ」 オー ワンダフル

 

 語尾をしっかりと切りましょう。

 パッと切るにも「っ」がついて演説調になるのはよくありません。あまり伸ばしてしまうのも、よくありません。

 半疑問 クエスチョン形 尻上がりイントネーションは使わないようにする。

 

○なぜ人前で話せないのか

 

 声を出すというのは、決して特別のことではありません。少なくとも、誰かと暮らしたり、何らかの仕事に携わっていたら、一日たりとも声を出さない日、誰とも話さない日はないでしょう。そこで家族や友人、職場の人と話すのに、いちいち緊張したりあがったりする人はいないでしょう。少々、言葉が聞こえにくくても声がうまく出なくても、気にしていないでしょう。

 しかし、初対面の人や目上の人、自分にとって重要な人や有名な人と話すときには、誰でもどぎまぎしたりあがったりするものです。相手のことが気になると、ますますうまくいかなくなります。しかし、相手と親しくなれたら、そういうこともなくなります。なぜでしょうか。

 このことから、声がうまく出ないのは、声や話し方そのものよりも、むしろ自分の立場や雰囲気といった、シチュエーションの問題の方が大きいということがわかります。

 人前で話すパブリックなスピーキングにおいても、フレンドリーで自然な状態がキープできれば、かなり楽に楽しくなるはずです。

 つまり、大半は、話すことの問題、ではなく、違う人と違う場に立って何かすることに対しての経験不足です。慣れていないから、緊張し、うまくいかなくなるのです。

 

○日頃の力が発揮できれば、半分は解決

 

 もう一つは日本語をパブリックに話すということです。それを平常心をもって場に立つということと同時に求められるからです。

 私たち日本人のほとんどは、パブリックなスピーキングのトレーニングをしたことがありません。これが声にとって大変な負担になるのです。

カラオケであれば、全くあがらない人でも、スピーチで話すと言葉がしどろもどろになったり、声がうわずったりすることが少なくありません。意識が過剰となり、とても不自然な状態に陥ってしまうのです。

 そこで、話し方教室でのトレーニングなどでは、話の内容そのものよりも人前に立って慣れる実習を重視しているようです。日頃、リラックスしているときの力を普通に発揮できたら、ほとんどの問題は解決するというわけです。幼いときから使っている言葉なら、自然に話すレベルまでは、すでに誰もが到達しているのですから。

 しかし、人前では友だちに話すように話しても、そのまま通用するものではありません。ここで、問題が起こるのです。私たち日本人は身内意識で、つまり、よく知っている人、同じところで一緒にいる人といった内の側の人としか話してきていないため、見知らぬ人、はじめての人に話す術や使う言葉を、うまく使えないのです。 これは、パブリックスピーキングの経験不足が、根本的な原因なのです。まずは、それを知ることです。

 

○声は生まれつきのものなのか

 

 あなたの今、発している声には、生まれつきのものと生まれたあとのものと、両方の要素が含まれます。

人の顔でさえ、ある程度の年齢になれば責任をもたなくてはいけないといわれます。その人の生きてきた道、考え方や行動や人となりが、顔に出るからです。まして、声は、機能として毎日、使わない日はないのです。しかも、自由に変えられるのですから、もっとあなたの責任は大きいといえましょう。

 声帯という楽器は、生まれたときには、さして差がありません。オギャーというアとオの間の声は、全世界共通で、しかもラ(440Hzくらい)の高さといわれています。これは、オーケストラの合わせる基音(オーボエ)と同じです。

 しかし、生まれてからの環境によって、声は少しずつ変化します。言葉を習得するプロセスで、配線がなされていくからです。そして、第二次性徴期で大きく変わります。その後も声は変化し続け、20代でようやく落ち着きます。そのあとも、年齢や環境によって、まだまだ変わります。

 

○声の使い分け

 

 声は職業によっても変わるくらいですから、トレーニングによって、かなり変えることもできるということです。

 使い方によっては、いろんな声質で声を演じ分けることも可能となります。

 歌手であれば、2オクターブにわたって、声で表現します。もちろん、歌声と全く違う声を出すこともできます。

 どちらにしろ、声は生まれつきのものではないし、変えられないものではありません。

 顔も生まれつきのもののようでも、化粧や髪型、ファッションで大きく変わります。整形をすれば、別人のようにもなります。声も声帯を手術して、変えることができます。すでに治療としては、行なわれています。ただ、それは原則としては喉の病気や特殊な場合ですから省きます。

 声は、声帯そのものを他人にさらすわけではありません。その使い方、出てきた音声で判断されるのです。つまり、トレーニングによって、少しずつよくしていく、そして千変万化に使い分けることが可能となるのです。

 

○自分の声を変えてみる

 

 鏡を見ながらやってみましょう。

1.普通の声

2.笑い声

3.明るい、はきはきした声

4.暗く沈んだ声

 日常生活のなかで、声がどのように変化しているかを意識してみましょう。

 

○話す内容を考えることと話すトレーニングを分ける

 

 声の良し悪しの印象は、単に声そのものや話す内容だけで決まるのではありません。伝える必要性を話し手がどの程度、意識しているかに負うところが大きいのです。たとえ、子供でも、本当に心から話したいこと、訴えたいことは、とてもうまく声にして伝えることができるものです。それが、親や先生だけでなく、多くの人の心を、強く動かすこともあります。

 ところが、そういう子供でも、教室で教師がスピーチを強いたら、しどろもどろになります。「一分間、好きに話してごらん」と言われても、声をスムーズに出すことは難しいでしょう。伝える必要がなく、話す意志が出てこないと、声もうまく定まりようがないのです。

自分ではっきりと捉えていないことを無理に話そうとすると、うまくいきません。これは、文章を書くのでも同じです。知らないことはうまく書けないし、話せません。つまり、知らないことや伝えたくないことはうまく話せるものではありません。ですから、上達のコツは、話の内容を考えることと、話すトレーニング、そして、それを分けることです。

「AIの生み出すもの」

理性、精神、霊性が、ときに個性を殺してこそ、自ずと作品がオリジナルに現れてくるようにも思えます。どうも本当の表現は、自己主張を嫌い、人知を超えるようです。科学、技術は、そうした自然の内なる力を引き出す手伝いをします。

さて、原発事故でありえたようなことはAIでも起きるでしょう。いかに自動化しても、そこで想定外のことは、起きるでしょう。人間と同じようにと発達したAIなら、もっと思いがけないことを起こすかもしれません。

どうも自己正当化ばかりがまかり通るような社会になりつつあります。自分のうまくいかないのを人のせいにしたり、クレームをつけたり。今は、強者よりも弱者がその立場での正義で、自分のためだけに主張しているように思えることが目立っています。

強者には悪者もいましたが、非難をものともせず責任をとり処理したり、我が身を顧みず後世のために改革した“つわもの”たちもいました。そうした長い眼でみることが徹底して欠けてきていることがとても気にかかります。

AIは、どこから何を学ぶのでしょうか。AIが仕向けていったことに人間がその責任と対処だけを後々せまられるようになりはしないかと心配です。

No.333

師の灯

未来永劫

エキス、吸収

温もり

睦まじい

整合性

師匠芸と名人芸

油断

全身動員

天衣無縫

演ずると教える

実演と演技

堪能、味付け

円熟

無心、集中、化す

器量

手釣の重み

仁、もちまえ

役柄

肚芸

思い入れ

人を学ぶ

体系

芸風

ファンタジー

とりこ

内幕

型なきもの

分を守る

けじめ

No.333

<レクチャーメモ「政治と歌」「演歌と邦楽」>

 

労働歌、ロシア民謡の時代、安保闘争

1969年2月新宿西口、フォークソングのフォークゲリラ、ベ平連

We shall overcome(ジョーンズ・バエズ)

 

桃中軒雲右衛門(とうちゅうけんくもえもん)の浪花節

川上音三郎、オッペケペー節、壮士芝居

自由民権運動として演説、浪曲、新講談、壮士芝居、自由演歌が現れたのです。

社会主義伝道の添田唖蝉坊(あぜんぼう)「社会党ラッパ節」

江戸の三味線音楽が、清元、常磐津、義太夫に、名人が出て流派となっていきます。

江戸末期には清元から小唄、端唄が出てきます。

日本の唄は、腹で歌うのです。

今は、デモパレードで歌う歌の不在

No.333

<レッスンメモ>

 

咳払いでのリセット

声づくりと体づくりの共有

話すこと、笑うこと

祈りとは、自分とまわりのことを、あきらめるとは、明らかに究めることともいわれます。

ヨーガ 1.ゆっくりと、2.呼吸あわせ、3.痛みに意識集中、4.変化を味わう

しなう、なえる 

右の鼻でプラスの気を吸う ピンガラ(太陽の気)

左の鼻でマイナスの気を吸う イダー(月の気)

恨、ハンはトスカ(露)でサウダーデ(ポルトガル)

橋本敬三の操体法では、たべる、呼吸する、動く、思い巡らすを

漢方の問診では34時間かかる

「幸は偶然で原因はない」(安岡正篤)

「福は自分の苦心、努力で」(植島啓史)

Vol.74

○声は語学力を補う

 

 ここでは、学んでも話せない、なかなか通じないといわれる日本人の英語の発音と発声の関係について述べます。

 私が思うに、日本人の英語が現地で通じにくいのは、発声にいくつかの大きな欠点があるからです。

 第一に、強弱の踏み込みをしないことです。それは、息を吐けないからです。つまり、日本人の英語は、

1.息を吐けない。息を聞けない。

2.子音一音を認識して、発せられない。(母音がつき、カタカナ英語となる)

3.強アクセントをつけられない。

4.強拍に弱拍部の音が巻き込まれない。

5.発声が浅い。

 息と声が深く強弱リズムがついていると、大して英語の発音がうまくない人でも、結構、通じるものなのです。 深い声を発することは、欧米の言語の理にかなっているといえるわけです。

 

○なぜ、声がよくないといけないのか

 

 何でも、よい方がよい、声もよい方がよい。これは、言うまでもありません。

人間は、感情の動物です。その人への好感度によって、いろんなことが左右されます。あなたがどう考えようと、現実には、その表情や声一つで好意をもたれたり嫌われたりします。容姿、性格などと並んで、声も重要な要素の一つであることを、忘れてはいけません。声が嫌いというので、信用されないばかりか、いじめられることもあります。

 声がよくないといけないというのではありませんが、うまく生きていくために、つまり仕事や生活をうまく進めていくために、声の力は欠くべからざる基本能力の一つです。

 

○声と好き嫌い

 

何となくその人の態度や感じを好きになれない原因のなかで、案外と声のことは大きいのです。その人が嫌なら、その声も嫌になりますが、その声が嫌でその人が嫌になることも、少なくないのです。

 このように、声は、信用に関わってきます。もし、あなたが、取り引きしようという相手が早口で何を言っているのかわからなかったり、ぼそぼそと自信のない声でつぶやくような人なら、どうでしょう。心配から不安になり、キャンセルしたくなるでしょう。

 いつも、はっきりと自信をもった声で話されたら、よい気分で進められるでしょう。もう一声、それで取引が決まることがよくあるのです。声には、思った以上に、影響力、だめ押しの効果があるのです。

 

○声がよいって、どういうこと?

 

 それでは声がよいとは、どういうことでしょう。

 一概に声がよいといっても、声にはさまざまな要素があります。たとえば生まれついての声、これは、行われるつまり体という楽器によって決まる声質を意味します。人が美しい、きれい、よいと感じる声を生まれながらに持つ人もいます。歌手や声楽家などにはこうした天性の素質も大きく左右するでしょう。

 次に、後天的に得られた声、たとえば役者などは、練られた声、鍛えられた声というイメージがあります。それは、トレーニングの賜物です。

 さらに、楽器としての性能とは別に、声の使い方というものにも、良し悪しはあります。あなたが風邪をひいたときと、健康なとき、疲れているときと元気なときでも、声は違います。

 つまり、声そのものがよいということよりも、その使い方、結果として働きかけがよいことが重要なことです。

 

○声の使い方

 

声の使い方なら、簡単に変えることができます。相手が聞いて、「なんとなくよいな」と思う声、それは声そのもののよさよりも、その声を通じて信頼感やあたたかさ、やさしさが伝わるということでしょう。つまり、それは話しかける相手に神経の届いている声といえます。

 こうなると状況や相手が求めるものによっても、違ってきます。同じ声や同じ声の使い方でも、相手によっては、感じ方が違ってくるからです。となると、そういうことに対する感性と声の演出力が問われるのです。

 

○声そのもののよさ

 

 原点に戻って声そのもののよさについて考えてみましょう。

 声そのもののよさとは、よく聞こえる、よく通るということ、聞き心地がよい、聞きやすいということでしょう。音声である以上、そこには機能的であること、それは音響としての物理的な特性が含まれます。つまり、音としての性質からみて、うまくひびいていることです。

 

○通る声の秘密

 

 私の声は、どんなに小さくしても、遠くまで聞こえます。それは、共鳴がよいからです。よく通る声ですから、かなり広いところでも、マイクはいりません。

 口内や口先でクセをつけたり不自然にしていない声、邪魔をしていない声、深い息でコントロールしている深い声なのです。そこで、一声でプロの声とわかってもらえます。こういう声は、鍛えることで手に入れられます。

能舞台などでは演者の声は3千人くらいの客にはっきりと伝わります。

しかし、どんな声も、かなり心地よく聞こえるようになるのです。まずは、そこからチャレンジです。

 

〇自分の声と使い方を知る

 

 「己を知らば、百戦戦うとも危うからず」、声は、口から出て言葉とともに一瞬で消えてしまいます。いつも、私たちが話すときは、人前での生ライブのようなものです。一度、言葉にしてしまった声は取り返せません。やり直しができません。

 それだけではありません。そこであなたが意識しようとしまいと、あなたの声から、かもし出された雰囲気や感覚は、話の内容以上に、その話の印象や価値を左右してしまいます。

 どんなに内容やその作文力にすぐれていても、それが声でどう伝わるかということによって、効果が全く違ってくるのです。

そこで最初に、自分自身の声とその使い方について、見直してみましょう。

「しぜんと宇宙」

自然は、じねん、大自然ということです。しぜんとは、やさしい環境とは真逆のものです。天変地異の異常事態の常なることを指していました。それを知っていたからこそ、自ずからとして、習俗は生まれ、慣行として継承されてきました。人の心に「天」があったのです。

私たちもまた、たまたま生まれ、たまたま生き残っているにすぎません。それは、そうでなかった死んだ人の思いを引き継いでもいるのです。

他力本願で私欲を捨て、阿弥陀仏への絶対的帰依と回心で、無限の命、宇宙的な生命を得ることを説いたのは法然、私の父方の宗派です。

私には、そこまでのことはわかりません。ときに、祈りを捧げます。私が消えて、念仏の声と音だけがひびくときに、生死が一体化しているように思います。無我無心となり、自他共にしぜんに溶解するのです。

No.332

名人の境

脈々と

諸々と

貪欲に

身を捨て

心掛け

忘我

肩の力を抜く

面目

自得

千変万化

仁をみての法

性格適性

師子相承

「他見不許」

秘伝の声

贔屓する

極致

下地

心をみ澄ます

流動的に

素質、努力、師

分身

恩を返す

自分の声、見解

流儀を超える

出会う

創造

共感

 

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