「気風」 Vol.239
今の若い人は、海外旅行、家電、車に昔ほど、興味を示さないそうで、特に戦後のもののない時代に育った世代とは、違います。これが、よい意味での物欲のなさであればよいのですが。精神面、意欲、立志などのエネルギーに欠けていないか心配です。
リーダーは、私たち国民が選びます。亡国の危機において、幕末、第二次大戦後と、幸いにも、日本人は、世界に対応できるだけの気概をもち肝のすわったリーダーがいました。彼らを中心に全国民の死にものぐるいの努力で日本は永らえました。死中に活を求める覚悟、肝がすわっていて凛とした気風は、リーダーだけでなく、それを選ぶ国民にあったからです。
このところ、私は、プロのカメラマンにとってもらった写真で、親しみやすい、人あたりのよいもので、エヘラエヘラ風のが選ばれるのに困惑してきました。それをカメラマンもスタイリストも、皆さんも選ぶのだから、自分の顔は自分にみえない他人様のものなので、相手がよければよいので私は「ハイ」と応ずるのですが…。(私の好きな武骨に口をへの字にしたようなものは失敗とさえ、いわれる)
TV番組では科学者や教授や教育者までエヘラエヘラして、子供っぽいネコのような声を出し、背すじもシャンとせずいるのが、現代の日本の好みを反映しているかのようです。クールビスか何かしらんが、かりゆしやアロハで公式に近い場に出る大人をみると、嫌な私は、どうも古いのでしょうか。
政治家でなく私たち自身が変わらないとだめなのです。明治維新から今回の震災まで崩壊したもの残ったものをしっかりと見据えて、金や物のはかなさ、私たちが、失ってきたもの、継承できず伝えられずにきたものを今、きちんと掘り出しでおかなければ、日本のよりよい将来はありません。他人に依存するのでなく、自ら創りだしていくこと。本当に最後の機会かもしれません。