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「表現と評価」 Vol.245

よい声を目指すというのは、大きな目標からいうとたぶん一つの条件、それもある人にとっての一つの条件にしかすぎないでしょう。悪い声、悪い発声だから舞台ができないということではありません。
むしろ、客商売というところから限定されてしまいやすいゆえ、表現は客の質に限定されてしまうのを恐れるべきです。特に日本の場合は、客が聞いているものに合わせてプロデュースされやすいからです。
もっとも厳しい客が、本来はトレーナーであり、その上に望まれているレベルを感知しながら歌い手が創っていきます。一つの世界にならないということ、日本ではそこそこでも、むこうにいったら箸にも棒にもかからないというレベルのものがわからないのでは、そこまでです。 スポーツでは一目瞭然です。日本の中でキャーキャーいわれても、向こうに行ったら打ちのめされるようなことはいくらでもあります。だから伸びるのです。
文化や芸術は、どこでどの時代にやるのかというのが大きなポイントですから、その評価は簡単なことではありません。それを私は発声や歌だけに求めたいと思いません。合唱団で小学生・中学生がやるといったら、それらしきことをやるでしょう。しかし、それらしきものが隠れてしまうような強烈な個の世界が出てこなければおもしろいわけがないのです。 表現とヴォイストレーニングがどういう位置づけになるのかというのは、私の永遠の課題です。レッスンにくる人一人ひとりで違いますし、時期によっても違います。一緒に研究していきましょう。

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