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2012年8月

○伝わる声とは何か NO.252

 一概に声として考えるととてもわかりにくいので、いくつかに分けていきます。
 まず、自分の今の声をきちんとみます。
 次に、今の声の中のもっともよい状態の声を取り出せるようにします。
 そして、状況にあわせて、声をより適切に使い分けていきます。
 そこで、再び自分の声の力をチェックします。
 その上で、今の自分の声に補うべき条件をつけていくトレーニングをすることとなります。

 読むことのトレーニングでなく、語ること、内容や意味よりも、声の感じやトーンにより気を遣っていただきたいので、わざと短くしました。
 参考に、長文での応用例もいれましたが、これは呼吸や滑舌などのチェックとして不足している力がわかりやすいからです。

○イメージを明確にする

 「伝わる」ためには、次の3つのイメージを明確にする必要があります。
A.伝える相手のイメージ
B.伝える内容のイメージ
C.伝える自分のイメージ
 相手については、写真をみて、リハーサルするのもよいでしょう。本書のうしろに、相手との場面を想定してください。伝える相手は必ずしも一人に限りません。会議のメンバーや大勢の聴衆に伝えなくてはいけないときもあるでしょう。
 そこを絵にしてみると、とてもはっきりとします。つまり、イメージを具体的にヴィジュアル化することです。
 Cの伝える自分については、鏡やレコーダーを使ってください。そこで相手や内容に応じて、表情やしぐさも含めて声を演出するのです。

○声の違いに敏感になる

 たとえば、こんな場面をみたことがあります。新人が電話で謝っているところで、
「おいおい、電話で頭を下げて謝っても、相手には見えないんだぞ」と、まわりに笑われていました。
でも、果たしてそうでしょうか。
「すいません」というにも、イスにふんぞりかえってと、頭を下げてとでは、声の出方は変わります。だから、見えなくても、声でその態度は伝わっているのです。

●「すいません」を聞き比べる
A. ふんぞり返っていう
B. 頭を下げていう

 若い方などには、わかりにくいかもしれません。でも、相手によっては、あなたが気づいていないことが分かる人もいるというのは、知っておくとよいでしょう。こうして少しずつ、自分に聞こえている声に敏感に、そして、自分の出している声に鋭くなっていくのです。

 小さい子が嘘をつくとすぐにわかりますね。
 あなたは都合の悪いことがあったとき、表情やしぐさでカバーしていると思います。でも、声で伝わってしまっていることがあるのです。伝わる声を目指しているあなたには、「伝えても伝わらないこと」があるのと同じく、「伝えていないのに、伝わってしまうこと」もあるというのを覚えておいてください。
 伝えたい → 伝わる/伝わらない
     伝えたくない → 伝わる/伝わらない

●伝わる声を知るために、伝わらない声を知っておく
 レコーダーにいろんな声をいれて、何が伝わった、伝わらなかったというのを、チェックしてみてください。

EX.病室でのお見舞い 「元気そうで安心しました」

表情、しぐさで声を変化させよう

 表情やしぐさと、声とは連動しています。役者の竹中直人さんの芸で、怒った顔で笑ったり、笑った顔で怒る人というのがありました。笑いを誘うのは、不一致感が、気持ち悪いからです。こんな人がいたら、きっと伝わらないと思いますね。

○表情と声の不一致の実験

あなたが人に何かを本当に伝えたいときと、ただ伝えたいときは、何が違ってきますか。
表情  A.伝える必要が少ない   B.伝える必要が大きい
目  瞳孔      ふつう          開く
鼻  鼻孔   (        )   (        )
口  大きさ  (        )   (        )

 笑顔を探知するカメラも一般化しましたね。口の端をあげて、下の唇は少し下げてみましょう。
 「ニッ」「チーズ」「キムチ」などを言ったときの、「イー」の口の形がポイントです。

 魅力的な表情をした方が伝わるということを、私たちは本能的に知っています。特に、女性や外国人は敏感です。それに比べ、日本の男性は、内の気持ちを抑えることを美徳としてきた時代のDNAがあってか、苦手な人が多いですね。年配の人には、当然のように感情を表に出さず、ポーカーフェイスの人がいます。
 ここでは、表情のパーツ一つひとつを変えてみながら、声の変化を知ってみましょう。伝えたい思い、気持ちが強いほど、表情にも声にも、それが出てきます。

●表情のトレーニング
 頬のこわばりをなくし、スムーズに口を動かしましょう。
1.唇を閉じ、両方の口角をゆっくりと引き上げます。
2.右の口角をゆっくりと斜めに引き上げます。
3.今度は左の口角を斜めに上げます。

●口の形のトレーニング
1.「イ」を口を閉じて左右に広げ、発音する。
2.「エ」を口を左右に広げ、発音する。
3.「ア」を口を大きく開け、はっきりと発音する。
4.「オ」を口の中を丸く開け、発音する。
5.「ウ」を口をすぼめ、唇を軽く前に突き出し、発音する。

●口のトレーニング
1.口を大きく開ける
2.あくびをする
3.前歯をむき出す

●唇のトレーニング
1.唇を閉じて、パ・バ・マを発音します(呼気圧の高い順に)。
 パピプペポ・バビブベボ・マミムメモを繰り返す
2.唇を閉じて、上下の唇を交互に前に突き出す
3.歯を合わせたまま、歯並びがすべて見えるように開き、閉じる

●表情のトレーニング
 自分でいろいろと組み合わせて、メニューをつくってみましょう。
・眉毛のトレーニング
1.思いっきり眉毛をつりあげる
2.しかめっつらをして、眉毛を下げる
・頬のトレーニング
1.頬に呼気を送り、ふくらませ、その後、両頬を吸い込む
2.頬の左右、上歯ぐきの上方、下歯ぐきの下方と4方向を部分的にふくらませる
・眼のトレーニング
1.力強く眼を閉じ、開く
2.眼を左右、上下、左回り、右回りと動かす

 声を出すときは、そのまま出すのと、微笑んでから出すのでは、音色は違ってきます。いつも笑顔をつくってから出す習慣をつくってください。つくり笑顔で、表情をやわらげて、声を出してください。笑顔の筋肉も鍛えられます。これを笑いを司る筋肉、笑筋といいます。ちなみに、人の顔にはとてもたくさんの筋肉があり、それが動物との大きな差となっています。人間は笑う動物なのです。

○声の読み取り力を高める
1.声   大きい、勢いがある、スムーズ、もったいつける
2.しぐさ 手が動く、体を乗り出している
3.表情  目に力、笑顔、歯がみえる

 この3つの関連性がわかると、しぐさ、表情をつけることで、声を変化させることができます。トレーニングでは、大げさにやってみてください。次に、いろいろと組み合わせてみるとよいでしょう。

○心身を解放しよう

 表情の応用トレーニングから入っていきます。
●変な顔をするトレーニング
 思いっきり変な顔をしてみてください。(10パターン)
●変な笑い方をするトレーニング
 思いっきり変な笑い声をあげてみてください。(5パターン)

 表情や体がほぐれてきましたか。次に、体の動きと声との関係をチェックしながら改善していきます。
 今の生活の中では、感情のままに体を動かしたり、声を出すのは抑圧されています。それが現代の社会の中のコミュニケーションのルールであるからです。
 私は、よく劇団のワークショップに出講していました。そこで最初に行うのは、どんなトレーナーでも、心身のリラックスを取り戻すことです。心身がリラックスしないと、表現の練習に入れないから、わざと大げさに心身を動かしたり、感情を露わにします。

 あなたがうれしいとき、表情や体はどうなりますか。
 それを親しい人に伝えたいときはどうですか。

 待ち合わせ場所に行くと、出会いの光景があちこちで見られますね。その中で特に若い女性はわかりやすいです。両手タッチや体を触りあって、奇声、嬌声をあげていますね。ここでは、その動きを見習ってみてください。

※ワークショップでの大きな利点は、皆でやれば怖くない、つまり、参加すると、踊るアホになれることです。集団暗示的なところもあるのですが、それにのせられることで、即興で心身のお祭り状態が演出できるのです。もちろん、実際の祭りに参加して神輿をかつぐとか、踊りに興じるなどというのなら最高です。そのときの心身の状態は、魅力的な声を出すのにとてもよいのです。それを再現できれば、とても理想的な状態になります。

●お祭り状態の再現トレーニング
1.イメージを思い浮かべる
2.体と声で再現してみる

●BGM BGVを使いながら読むトレーニング
 声のイメージや発声の心身状態への準備には、音楽や歌でムードをつくると、入りやすいです。カラオケも悪くありません。私はレッスンでは、いつも始まるまで、大音量で自他ともに盛り上がる歌を流していました。

○ポジティブ状態の声を知る

●笑い転げてみるトレーニング
 それでうまくいかない人は、一人誰も見ていないところで、床に転げて、笑い転げてみてください。私は最初のヴォイトレ本で、「下手なトレーニングをするくらいなら、笑い転げていろ」と述べました。笑っているうちに、こんなことをやっている自分がおかしくて、さらに笑えるというのなら、最高です。ワークショップでは、お互いの顔を指さして笑うような実習もあります。笑いから入りにくい人は、泣きや怒りから入るのもよいでしょう。

●非常時に使わざるをえない声のトレーニング(エマージェンシーヴォイス)
 「キャー」「助けて」「コラー」「危ないぞ」「ワー」

 非日常的なところで、準備した心身の状態は、伝わる声を使うのには理想的です。なぜなら、非日常は、ピンチやチャンス、つまり、日常性を破るからこそ、他人はその声を聞かざるを得ないのです。伝わってしまうのです。
 それをのっぴきならない事情から、特にピンチから、人生の中で学んできた人もいるでしょう。倒産やリストラとか、人生の修羅場での叫び声は、伝わります。阿鼻叫喚といったものです。しかし、それは絶叫ですから、心地よくはありません。
 でも、こういう声も必要なのです。
 たとえば、教師が、よい声になりたいといらっしゃいます。でも「危ない」と怒鳴れる声、非常の時の声は、いざというときに、それ以上に大切だということです。
 安全な日本では、外国人に比べて、このエマージェンシーヴォイスの力は、著しく欠けています。大きく、鋭く人の胸をえぐるように、伝わる声は多くの人はもっていませんが、それは今の日本の生活では、あまり使う必要がないからです。

●喧嘩、ガンをつける声のトレーニング
 「テメエ!」「コノガキッ」「おメエなあ」「オイ!」「ナニヨ!」
 強いてあげるなら、夫婦喧嘩のときの声です。往年の名語り手、徳川夢声は、そこに間を学べと述べましたが、最小にして最大の伝わる声の効果を、今の日本で探すなら、夫婦喧嘩でのやりとりにみるのが一番です。ただ、このピンチの声は、のどを締めて、心地よくないことで危険や不快を伝えるのですから、トレーニングではあまりふさわしくありません。ネガティブヴォイスだからです。

 トレーニングでは、ポジティブな方をメインにとります。ただ、ネガティブを知ってこそ、ポジティブがよくわかることもあるので、いくつか収録したり、課題に入れています(慣れてきたら、これはカットしてかまいません)。そこから逆に、心地のよい安心や快感を伝える声を知ることが大切なのです。

※感情と体(発声)には、状態により、次のような違いがあります。
     笑う    怒る   悲しむ
のど   開く    閉まる  閉まる
表情   明るい   暗い   暗い
姿勢   柔らかい  固い   固い

「レッスンというものは」 NO.252

私が声と発音を分けるのは、発音の方がチェックしやすく、誤りを直しやすいからです。歌でも音程やリズムをミスするなら、そこを直そうとしますが、それとヴォイトレとは、一時、あるいはずっと分けなくてはいけないこともあります。

 昔から、歌のレッスンというのはありましたが、私の考える本当の意味でのヴォイトレは行なわれていませんでした。オペラでも、そこを飛ばして、歌唱のテクニックの方から発声を始めていたのです。まして、ポップスでは、作曲家がピアノでメロディ(リズム)を教えて、歌詞を覚えたら一丁あがりでした。

 それでも日本では歌心というものを、若い歌手志望者は、作曲家など音楽の専門家の住み込みの生活のなかで仕込まれたわけです。この「歌をトータルで伝える」のと、「その環境や習慣を与える」というのは、素晴しい素質のあるものに対しては最高の教育法ともいえます。

 あたかも、芸人や役者は舞台に立たせたら成長する、子どもは川におとしたら泳ぎを覚えるといった、ハイレベルでのハイリスクな、それゆえ、真の天分のある人は、早く大きく育ったともいえます。

 そんなやり方は、今の日本ではなかなか続かないでしょう。これらはもともと、抜きん出た力のあるものを師が選ぶというシステムの上に成立したのです。それは、かつての日本の伝統芸能や相撲などにも通じます。欧米ではすぐれたアーティストがプライベートで似たようなことを行なっている例がよくあります。世界中から天才を集めて教育するのです。

 それだけの才能や素質にめぐまれず、頭でっかちな現代の日本人は、こういうシステムをまさに頭から否定しますが、それだけの修行をしていない者、その境地にまで達していない者が何を言っても仕方ありません。

 嫌だからやらないというのも、アーティストの特権ですから、私は本人の意見を尊重します。しかし、それを嫌と思うところで嫌と思わない人に負けているともいえます。

 真に世の中にでていく人にとっては、自分の好き嫌いなど超越しているのです。

「私が」「私が」といっているとレッスンの効果も限られたものになることは、これまでも述べました。

 声に日常性のなかでこれまで培われて動いているのですから、そこでハイレベルにするには非日常性、高い必要性を与えるということなのです。それこそが、トレーナーの真の役割だと思うのです。

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