「信じるということ」 No.279
調整はともかく、トレーニングであれば、どんなメニュでもちょっとしたことで、悪い方向に出ることもあります。一時的に悪くなることもあります。(一時的も短かったり長かったりします)そうあってもよいのです。
ずっと悪い方向にいって戻れなくなってしまうことについて、フォローするのがレッス0ンであり、トレーナーの役割です。どこにいるのかがわかれば、それは悪い方向でも悪いこととは違うのです。そこで何かが身についていることもあります。「とてもよい」と言われても、どこにいるのかいつまでも本人がわからないことの方がずっとよくないこともあるのです。☆
自由の許容度は、トレーナーがどこまで見えているかによります。そして本来、そのマップを生徒に共有させ書き変えていくのがレッスンです。
安全地帯に囲い込むのがトレーナーのやるべきことと思っている人も少なくありません。あらゆるリスクに近づけず、みえないようにする、それを私はよくないことと思っています。本当は、ギリギリの崖っぷちまで本人を信じて立たせていられるのがトレーナーです。そういう経験を持つ人のステージでなくては、どこで人が感動するというのでしょうか。
一つひとつのレッスンの方法ですぐに結果を問うのは、却ってレッスン全体の意味を軽くしかねないと思うのです。
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