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2016年5月

「呼吸と姿勢と発声」 No.297

○声の強化とコントロール

 

 ヴォイトレなのに、発声の状態保持、あるいは、調整をもってトレーニングと思っている人が多いことについて、これまでも触れてきています。

 なぜ、5年、10年後、声としてみると、ポップス歌手や声優よりもお笑いの人の方が、強く大きく声を出せ、コントロール力もついていることが多いのでしょうか。それは、彼らは、量と時間をかけ強化しつつ、コントロールしているからです。本来、それを効率化するのがヴォイトレであるはずです。さらに本来は、より早くでなく、より高いレベルにということを目指すべきものです。

 よく声優養成所や音楽ヴォーカルのスクールで、3年、5年とヴォイトレをやってきたと言う人がいらっしゃいます。でも声は、一般の人と何ら変わりません。声に対して量、時間をかけていなければ、せりふや歌唱での声の使い方についてはともかく、声量や深さ、強さ、耐久性に関して、ほとんどが当初と変わらないというのは当然のことです。歌い手はマイクが使え、音感、リズム感、声質、ルックスがよいので、幸いにもプロになれても、それに気づかずにいます。どこかでベテランとの差を知って初めて、こちらにいらっしゃる例が多いのです。

 調整のヴォイトレと、ここのヴォイトレを区別しなくてはいけなくなったのは残念なことです。プロになれる素質のある人が5年かかってやったことは、普通の人なら10年かかるのです。

 

○声そのものと使い方

 

 その前に、声の使い方のプロを、声のプロとは分けて考えるべきかもしれません。多くのヴォイトレは、前者のためで、私たちのは、後者のためのものだからです。

 一言で言うと、それは、アナウンサー、声優、ナレーターと、一流の役者やオペラ歌手の体、声のもつ条件との違いです。職業でなく全身や全感覚との違い、技術と芸との求める深さの違いかもしれません。声に関してということです。

 もちろん、ここで述べるオペラ歌手とポピュラー歌手、役者とあえて述べている俳優とタレントは、それぞれ異なるものが求められますから、あくまで一個人として、声からみた力ということです。

 日本でいうのなら、これまで、国語の先生には声の力は求められてこなかったということです。それでも、実力のある先生、予備校の林修氏などは、一言で人生を、他人だけでなくご自身の人生を、変えたではありませんか。

 24時間の中で声を考え、トレーニングするなら、会話はもちろん、歩行や運動も、となります。アスリートにとって、歩くのは歩かないよりもよいが、グラウンドやジムに行かないと、何のトレーニングにもならないものです。しかし、一般の人、特に病み上がりの人なら、ウオーキングも充分に負荷がかかる、ゆえにトレーニングですね。

 

○ニュートラル、ゼロの声☆

 

 「脱力したしぜんな発声」と、イメージのことばは、何を示すのか、使う人によっても異なり、明確でないのですが、力みが入っているのをとることでスムーズにしぜんになることから、そういう言い方はよく使われています。つまり、余分な力が入っていない、リラックスした声のことです。

 どちらかというと、公の場など、声が気になるところに限って、発声時に緊張してしまう状況が多いので、尚さら、これが目的になります。うつ伏せにして「首に力が入っているでしょう」と言う整体師などと似ています。うつ伏せることで首に力が入るのです。

 そういうことで、ヴォイトレが第一にリラックスを目的としてのノウハウになってきたともいえます。つまり、普段通りの状況をゼロにして、緊張して固くなり力んだのをマイナスとみて、そこをゼロに戻すということです。

 私は、それはヴォイトレよりも呼吸やメンタルトレーニングで戻すことが充分できると思います。そういう点で、あなたのしぜんなリラックスした声は、これまたよく使われる、「自分の声」「本当の声」「本物の声」などとは、異なると思います。いうならば、ニュートラル、ゼロの声であり、スタートラインに過ぎないのです。

 レッスンでふだんからの声のくせをマイナスとしてとることはあります。性格、環境、特に家庭も含めた対人関係での影響からつくってきた口調によるものも多いです。まずは、自分の声をよく聞いてみることからです。

 

○声をみる

 

 例えば、「鼻から吸う」と教えられたため、その形に固まって、歌うのがふしぜんになった人をたくさんみてきました。そう教わらなければ、その教えを守らなければ、歌うときに鼻から吸う音など出るはずがないから、すぐにわかります。吸う音がいけないのではありません。吸うという行為が鼻とわかるほどに部分的に見えること、反射的に体に息が入らず、ゆっくり少しずつしか入っていかないことでの制限、息の浅さ、呼吸コントロールの不備がよくないのです。腹から吸い込んでいるときは、そういう不しぜんさに違和感は感じません。

 トレーナーが間違っているとは言いません。そういうトレーナーはそう教わり、それで歌うことのできる人だったに違いないからです。あるいは、実際には、それを守っていないこともあります。

 生徒が、その教え方でできるようになるときもあるでしょうから、教え方が間違っているとも言いません。でも、歌に明らかにマイナスであれば、歌うときは、そのノウハウを捨てる自由を優先することです。

 まじめで従順な生徒は先生を信じているのでこうなりがちです。私は、「自分やトレーナーの言うことは信じるな」とも言っています。ことばは、状況で変わります。私もいろいろとことばを変えてきました。ことばの限界をことばで述べてきました。理論も考え方もことばの使い方も変わっていくものです。私たちも日々学んでいるのです。だから声をみる、みることができるようになることです。聞くのでなくみるのです。

 話したことを、まずは素直に受け取って、その後、徹底して自分で追及するようにと、願っています。納得したことだけが身につく、それがレッスンに対して必要な、本当の自主トレの目的です。

 

○鼻呼吸と姿勢☆

 

 トレーナーの教え方、ことばが間違いとは言えないまでも、無理を引き起こしているのに、トレーナーが気づかない、あるいは、相手に応じてうまく納めないと、そのまま、それに囚われたままになります。

 トレーナーには、うまく使えているのに、教えた人には使えないときはよくあります。これは人によって違うケースにも多いです。体は一人ひとり違います。そこで、より深い問題を見逃しているときがあります。

 例えば、顔が前に出ていると、首が曲がって鼻呼吸しにくくなります。自ずと口呼吸になってしまいます。そこは本当は、姿勢の問題として直すことなのです。姿勢の型の問題が呼吸に出ているのに、呼吸で直そうとする人が多いのです。すると、鼻呼吸では苦しくなってしまうのです。

 トレーニングは、鼻呼吸といっても、実際は、自由、口鼻両方使えばよいのです。トレーニングでも、歌や発声のときに口で補ってもよいのです。

 問われるのは表現で、お客さんは、呼吸法を見に来ているのではないということを知っていれば、トレーナーの言うことが絶対ではないとわかります。そしたら、その人なりに解決するはずです。表現が決めていくのです。それゆえ、大きな表現での大きな器づくりを設けるのがレッスンであり、本番よりも強い必要性を満たすのがトレーニングなのです。

 

○吸うということ☆

 

 呼吸に関して、具体的に3つのアプローチがあります。1.強化、鍛える。2.目的や必要度、個人としての差を考え、調整する。3.一つ手前、基礎の基礎を固める。そのプロセスでは、どんな方法もありえます。

 そして、ことばの問題が出てきます。私は「吸う」トレーニングを原則として行っていません。「吐いたら入る」トレーニングをしています。つまり、鼻も口も耳も眼も開いていて、どこから入ってもよい、自由です、と。ちなみに、横隔膜は吸気筋です。

 口呼吸は健康上も悪者扱いされています。ですから、金科玉条のように鼻呼吸と、トレーナーが言うのは一理あります。それで、その後のケアまで引き受けていたらダメとも申しません。トレーニングですから、本番と異なることでよいのです。

 たかだか、ことばです。しかし、ことばの使い方一つで、トレーナーの熟練度がわかるものです。つまり、感覚や感性の鋭さは、ことばに出るのです。

 例えば、「前に立てたろうそくの火を揺らさず、鼻につけたちり紙を揺らさず響かせる」みたいなのを、理想の型と伝えた人も、そう思った人もいました。共鳴の技としては、ワイングラスを割るようなもので、できる分にはよいけど、本来の目的とは、違います。できなくてもあまり問題はないし、まともな一流の歌い手は、ろうそくも消すし、ちり紙も飛ばす、自由なのです。

 

○パターンを破るパーツ化☆

 

 自由と言うと勘違いされるので、もう一つわかりやすい例でいうと、役者なら、練習で大声で全身で笑うこと、本番ではその眼の動きを知って無表情で眼だけで笑うこと、これがレッスン=トレーニングと本番の違いになります。日常でできる人もいると思いますが、若いときには難しいから全身の動きを使い、腹から大笑いをして身につけます。

 パントマイムは、体をパーツに分解して、それぞれそこだけ動くようにレッスン、トレーニングします。日常でできない動きで芸が支えられる、そこを補うのがレッスンとトレーニングです。だからこそ、客は錯覚するわけでしょう。

 私たちの体はしぜんに、日常の動きでパターン化されて動いています。しかし、緊張したり、他人の役をやったり、非日常な虚構を演じたときに、そうはなりません。それに対応するには、より強度な心身とともに、さらに精密に細かく心身を認識し動かす必要があります。そこで予め、いろいろと動かしておいて、いつも自ずと自由に動かせられるように準備しておかなくてはならないのです。そこがレッスンとトレーニングのもっとも基礎となるものです。

 強化は丁寧さのためのもの、それが私なりの、型での注意点です。

 

○不自由の自由

 

 歌で不自由になる人が、なぜトレーニングでさらに不自由になるのでしょうか。それは、不自由をよしとするのでなく、一時の不自由、より大きな自由の獲得のための段階でなくてはなりません。トレーニングは、本番とは全く違うというのは、なかなかわかってもらえません。

 形という格好から入って、そこから恰好だけではない支えとなるものを実に入れて、型となるのです。野口(三十三)体操なども、日常に入っている力を抜くことが至難だから創られたのです。つまり、日常というものも、すでにしぜんでなく、その人の毎日の使い方によって癖がつき、バランスが乱れているのですね。

 ピアノのレッスンは、左右の指の運び方、動かし方、指の鍛錬、強化のような練習法をとります。それは、なぜかわかりますか。バラバラに強化してもつながらないので、丁寧に一つの動きに再統制するためです。よりしなやかになめらかに、強くも弱くも弾けるようにします。曲を何百回と弾いて癖から抜けられないのと(ときに抜けられる人がいますが)指一本から学ぶのとの違いですね。ピアノを練習して3年、5年でプロのピアニストになれた人はいないはずです。まずは、徹底した量、最低限の絶対量が必要、それが声の場合、何時間とか定量化できないのです。

 ここでは、ヴォイトレを一音レベルで徹底しています。しかし、そうしないケースは、そこまでの必要がその人にないのなら、それはそれでよいと言うのが、ここでの私の立場です。

 

○しぜんに

 

 「しぜんに」という、そのしぜんとは、そう簡単にはわからないものです。心身は一体なので、新しい型、違う型をやると頭で止まるのです。そこで、引いてしまう人と頭を消して乗り越えられる人が分かれるのです。人によりますが、頭を変える方がずっと大変です。

 理論づけしないと使えないという人には、それなりに理論づけしてあります。しかし、理論というのは、他の人に継承されても実践で全く異なっていくのです。すると、実践をみて、その理論の元のものまで否定されるようになりがちです。

 発声も、日常の声の使い方、動かし方の延長上でなく、質が違う、次元が違うのに、混同してしまうわけです。

 自分というのは、身体全てであって頭はその一部です。しかも、脳だけで考えているのではありません。声に問われることは、身体を意識することです。特に呼吸へアプローチするからです。体という構造よりも全身の機能を重視するべきです。まして、喉だけにこだわり過ぎるのはマイナスにしかなりません。

 

○呼吸☆☆☆

 

 呼吸法、法というのは、型と同じく、そのまま実践で使うのでなく、実践時に自由に無意識で使えるようにするための体系です。具体的に例えるなら体操のようなものです。本番になると緊張するから平時のリラックスを覚えるというレベルで呼吸法が使われるから、余計に混乱します。

 型に押し付けて、そこでまねにまねて、つまり、鋳型に入れて、とことんやって型を脱し、自分のスタイルを見つけるというのは、スポーツ、芸事などによくある考え方です。しかし、これも誤解されて適用されていることが多いです。全員同じようにやるからです。本当は、一人ひとり違います。

 自由にできないのは、日常のリラックス状態に戻れないからではありません。日常レベルにプロの技量でできるような人は、ほとんどいないのです。プロでも本番で非日常モードになります。リラックスは、日常での縛り、慣習、くせをとるためのものにすぎません。

 バレエのように、元より日常とは、違う歩き方や踊り方を目指すものは、新しいこととして習得するのでわかりやすいでしょう。呼吸は、日常、誰もがしています。人前で、せりふを言うため、歌うためには、高いレベルで必要とされるため、使い方は違うのです。正しい呼吸というのではなく、深い呼吸、高度に声をコントロールできる呼吸を覚えていくためのアプローチが、呼吸法、型です。

 しかし、習得していくと、呼吸も発声も日常で使うものだけに、日常にもそういう深い呼吸、深い声が使われるようになってきます。つまり、一体化していくから、さらにわかりにくいわけです。

 ですから、「腹式呼吸を覚えましょう」では、すまないのです。例えば、そのために自由に歌えなくなる人がいます。それは、プロセスですから、もっと使えるようにならないと歌やせりふに使ってはよくない結果となるものです。「腹式呼吸など覚えるな」と言うトレーナーもいますが、それはこういうわけです。

 つまり、変えるにも、馴染んでいなくては、そういう体での感覚、呼吸、筋肉群の力がないから、使ってもうまくいかなくなるのです。時間をかけてそれを身につけて、使えるようにしていくのが、唯一の解決というものです。

 外国人は、このレベルでの深い呼吸、声を日常ですでにもっていることが多いものです。ですから、彼らに日本人が教わってもあまり変わらないのです。

 鼻呼吸などを教えられ、口を閉じて無理を強いられてふしぜんになっているときは、元に戻す必要があります。

 

○柔らかさ

 

 しぜんなものは、柔らかく丸いのですが、マニュアルで考えてしまうと、しゃちこばって固くなります。そこから、どうしなやかに柔軟にしていくのかがレッスンです。このときに、くり返しでの慣れ、つまり、惰性でできることだけでなく、そこでの限界を超えることを考えておく必要があります。

 つまり、固い、柔らかいの変化に終わらず、そこから上のメニュ、柔らかい+固いをセットしていく。角を落とすだけなのと、つるつるに研磨されるのとは、手間の違いだけでなく、求める完成度の高さの違いです。なのに、柔らかい―固いを対立させ、次にさらに柔らかくなるための固い状態を、「間違っている、やめるべきだ」という、解決法が一般化してしまったように思います。そうでなく、そこは、プロセスとみて、次のレベルをハイレベルに課題設定することです。これは、自然―無理(強い)、調整―鍛錬、状態―条件づくりの関係と同じです。

 

○ワープする

 

 そうなるのは当たり前、つまり、一度できた、をできないにして、また、できるようにする。できたことがくり返せなくなるのでなく、できたことを当たり前として、次に、同じことをできていないとみるのです。つまり、基準自体が上がるということです。同じ次元でなく、一段上に、螺旋状のようにしぜんに上に行くのが理想です。

 上に行けば、何らかの壁を与えなくては、その上に行けなくなるのが普通です。上がり切ったらどうするのか。ワープするしかない。そこで、これまでの自分を超えるのです。

 これまでと異なるレベルでの課題を与えないと異なる解決などできないものです。その連続、レベルで見ると、螺旋的なアップのくり返しこそが、トレーニングの目的、レッスンのセッティングの意味なのです。つまり、上がり切るまで上がる、そこまでにトレーニングするのは、上がるためでなく、そこから先のためであるのです。

 どんな練習も少しずつ難しい課題にしていきます。同じことをずっとはやりません。もし、同じことなら、より精密にやるようにしていく。それは基本として応用を基本に巻き込むために必要です。つまり、普通の人の器の外にある応用を器の中の基本としていくのです。それが、器を大きくするということです。

 あるいは、基本で同じことを深め、異なることに応用する、つまり、次々と異なることに応用で展開して基準をチェックするというのもあります。

 

○身体

 

 身体、体と身、体は、そこにあるモノとして、身はそのモノの内身、実をも含んでいます。心身というのをおくと心―心身―身体―体のように分けられそうでもあります。

 ものや人へのこだわりや執着から抜けること、発声やヴォイトレということからも抜けること、それなのに、抜けられないから声を使う。声を使って忘れるのです。音楽を聴いて忘れたり、カラオケで心を真っ白にするのもよいでしょう。そのとき声も(歌も)忘れる。自己も忘れるのです。心身脱落を目指してください。

 声の根っこには何もない。実体がないのに発せられ、伝わる。自分の集まり発散されていく。そのときに自分の体のなさから悟っていくのです。「身心脱落」とは、道元のことばです。声も下脱するのです。

 

○共鳴

 

 首の位置はまっすぐにします。顎を引くだけでなく、それよりも体の真上にのせておく、マネキンのようにです。日本人の軟口蓋のあげ重視は、やや行き過ぎのように思えることもります。鼻にかかるオペラ歌手のように、です。藤山一郎、近江俊郎の発声などは、日本人には向いていてわかりやすいのでしょう。

 鼻にも喉にもかかり、高音においては、固定して操作された動かし方は、単調でふしぜんになりがちです。邦楽にもみられます。中低音の音や低音に重きを置いているのかもしれません。

 物理的、楽器的でない、人の顔の響き、声楽は頭、胸ですが、邦楽は喉と顔にも思えるのです。

 ドスやかすれも含んだ独特の個声、「浪花節だよ人生は」の悪役者声、ヤーさんの仁義を切る姿の声をイメージできますか。

 

○心身の自立

 

 ことばは、ときに大いに邪魔になるものです。心身を捉える、特に自分の身体で対話すべきレッスンを、話、おしゃべりで邪魔されてしまうときが少なくないのです。ただでさえ、そこを気づかないできた人には、特に多いことですが、ことばでわかろうとして、疑う、不安、迷いからの質問は、本来、タブーなのです。よいことがないのです。

 抵抗感、照れくさから、レッスンに入りきれないままに進めてしまわないようにしましょう。

 ゆったりしたところでないと、深い呼吸などはできないものです。しかし、効率を考え、早く身につけたいという頭が邪魔をします。

 一つのレッスンで十のことを覚えなくともよいのです。たった一つの違いが感じられたら充分です。十のレッスンで一つ気づいてちょうどよいくらいなのです。 

 食べることと同じ、ゆっくりと噛んで味を味わうべきでしょう。

 トレーナーの期待に応えようと、まじめで熱心で心やさしい人は、そこで身構え、緊張し、うまくいかないことがあります。それは、トレーナーに振り回されているのであって、そこから自立することです。自分を取り戻さなくてはなりません。自分の体、心であってこその自分の声となるのです。でもレッスンに慣れることで、必ず先に行けます。

 

○心身の統一

 

 生命力で心身の統一を試みてください。立つ、歩く、手と腕、内臓感覚を意識します。そこから背中のつっぱりをとります。頭の解放から身体全体の統一です。

 

○体験と実感の違い

 

 体験から気づくことを頭で邪魔しないことです。

 教えられることに根拠や正解が示されないことに不満や不安を持つというのは、あまりよいことでありません。頭で思い込んでいることを捨て、体で感じて、腑に落ちて、動くのが本当なのです。それを実感してください。実感しようと心掛けてください。

 自ら、気づき動くこと、考えて生きること、それを同次元におく。その場をつくる。

 そこにいればよいというのがトレーナーなのです。そういう場とそういう関係が成立していれば、教えられなくてももっと大きくたくさんのことを人は学べるのです。

 

○動いてみる☆

 

 人生を変えたければ行動を変えればよいのです。人は、同じところからみている限り、同じにしかみえないものです。ところが、動けば、みえる世界は一変します。ときおり、動かしてみせるのですが、同じにしかみえない人もいます。つまり、新たにみえるものをみていない人も多いのです。みているというのは自分のみたいようにみている世界だからです。でも、その見方は絶対か、普遍か、真理か、疑ってみることです。そうでないというなら、なぜいろんな問題が、これほどあるのでしょう。

 

○同一性から多次元に

 

 自己防御機能がすぐに働いて、これまでと変わらない人がいます。例えば、よい人にみられたい、そしてそう振舞う、それは悪いことではないのですが、そのため、言い訳で正当化したり、ごまかしが起きてしまうようになるのです。婉曲や逃避や、まねることや同化、責任転嫁も知らずと起きてしまいます。自己のイメージにつじつまを合わせるためにそうしていると、いつの間にか、本当の私というのを別につくることになりかねません。創るのは創造、創造物ですから、別の自分でよいのです。

 「どうしようもないわたしが歩いてゐる」(種田山頭火)

 

○信頼する

 

 褒める、モティベートをかける、勇気づけることは、とてもよいことです。

 自分を受け入れ信頼することです。他人を尊敬し信頼することです。

 

○無心に

 

 海で浮こうとすると沈む、泳ごうとすると泳げない。でも、力を抜いたら沈んでも浮いてきます。プールで仰向けになると、口で息しようと顎を上げたら鼻に水が入るし、沈む。顎を引いて体を伸ばしたら、少し沈んでもスッと浮きます。

 発声も、よく似ています。少し沈むところで顔や眼に水がかかると、あわてる。だから溺れるのです。海とか水とか意識せずに寝そべればよいのです。無心にしぜんに。声や歌から一度離れることです。

 

○働かす

 

 感じ取って必然としていく、一つ一つの意味を、です。体も心も、声もことばも一つ一つにあるものを細かく認識していくのです。

 力には限度があります。最大にも最長にも限定をつくってしまいます。力を入れず、働いた力を動かすのです。心身がほぐれるためのノウハウを日本人はたくさんつくりました。

 

○基本の基本

 

 少なくとも、他の人が基本というのは、私にはかなりの応用です。その元の元の基本の基本辺りをゆっくりやっているのです。

 

○目覚める人

 

 禅、ヨーガ、宗教音楽も、その状況、雰囲気で心を打たれていることが多くあります。異次元経験の少ない人ほど、一度ではまってしまうのですね。スピリチュアル、ヒーリング、浄化は、田舎に行くことのない生活への補充のようなものです。

 ですから、そういうものにはまってリラックスしている間に、却って病気になったり社会に適合できなくなる人も少なくありません。この社会というのが何を指すかは、難しいところで別の社会を見つける人もいるのですが…。

 ヴォイトレをして、開かれ、目覚めて、会社を辞めたり沖縄に渡ったりする人もいるわけで。ヴォイトレでおかしくなったのをヴォイトレで直すのも変ですが…と、ときに正気に我に還らせます。

 

<姿勢のQ&A>

 

Q.すべての力を抜けばよいのですか。

A.虚脱状態では、体の重さを支え切れず、倒れるしかなくなります。支えましょう。

 

Q.一瞬で、緊張状態を緩和させるには。

A.フッと強く息を吹く、それで心も体も変えることができます。ため息の効用です。

 

Q.なぜ、フォームづくりが大切なのですか。☆

A.偏りや崩れを防ぐための型なのです。矯正というのは、誰しも窮屈に感じるものです。しかし、そこから、無念無想、しぜんに動けるように身につくのです。

 型は、自由にすると偏り崩れるのを正します。つまり、自然に任せ、くり返すとついてしまう悪い癖、崩れ、偏りを防ぐのがレッスンなので、型として、メニュを使うわけです。☆

 

Q.心を落ち着かせる姿勢とは。☆

A.爪先立ちして、このとき、背が反らないように注意します。そして、トンと踵をおろす。重心もおとせます。電車で揺られても崩れない安定した姿勢は、楽でバランスのよい、長く保てるものです。

 

Q.「上虚下実にしろ」とは。☆

A.下腹に落ち着け、上腹は力が入っていないこと。ときに下腹で力む、つまり、腹づくり、腹を練る、丹田を練る、などの意味をもちます。

 

Q.日本人の姿勢は、どう違っていたのですか。☆

A.日本人は、腰を落とし膝を曲げて踏ん張って生活してきました。農耕生活がベースです。私は、ドジョウ掬いなどを思い出します。バスケットボールの基本練習で似たメニュがあります。重心を落とすのです。ただし、骨盤はまっすぐ、上半身もまっすぐでした。着物で畳に床座、帯で下腹部を前に張ったとき腰骨で引き締めることができます。それは、張らないと帯がずれてしまうので、腹を膨らませてキープするわけです。腰を入れる、膝を伸ばさないのは、素早い動きのためで、骨盤は後傾しています。リヤカーを引く、神輿を担ぐなどの動きです。不安定な足場でふらつかないためです

 

Q.気をつけは、よい姿勢なのですか。

A.背筋が伸びているのはよいのですが、背中の筋肉だけをピンと張る、気をつけ、では、反り腰気味になりますので、発声ではよくありません。腰痛にもなりやすいです。

 

Q.楽な姿勢がよいのですか。

A.楽な姿勢というのは、大体において、悪い姿勢です。外見が悪いなら、よくないのです。よい姿勢のときは、長くそのままでいられます。悪い姿勢は、どんどん悪く、だらけていきます。体幹を使っていません。そこで見分けてください。

 

Q.なぜ、ストレッチでリラックスできるのですか。☆

A.筋肉を緩めたいときに、緩めた感じを受け入れるのは難しいが、緊張させた感じにはすぐできます。そこで先に、それを行ってからの方が、やりやすくわかりやすいからです。ストレッチで筋弛緩になるのがリラックスといえるのかは、私は別問題と思うのです。ただ、例えば、肩をリラックスさせるには、肩を上げて緊張させてから下した方が早いのは確かです。

 

Q.筋肉を緩める方法を知りたいです。☆

A.ヨーガ、気功、ストレッチ、自律訓練、野口体操、野口整体、西野式呼吸法、西式呼吸法、アレクサンダーテクニック、フェルデンクライスメソッド、ゆる体操など、他にもたくさんの心身技法があります。体操、武道やスポーツにもたくさんあります。

 

Q.鬱と姿勢と声は関係ありますか。

A.はい。うつむいた姿勢でいると落ち込み、鬱になりやすいと言われています。暗く籠った声になります。

 

Q.鬱になりやすい姿勢はありますか。☆

A.鬱に向くのは、うつむく姿勢です。肩を内に入れ胸を狭め、前かがみの猫背、下を向くか目を閉じます。

 

Q.発声では、声の他にどこをみますか。☆

A.呼吸、筋反応、歩行、姿勢、表情(特に眼)対人折衝能力などでしょうか。

 

Q.体の状態を掴む言葉を教えてください。☆

A.頭が高い

愁眉をひらく (柳)眉を逆立てる

頬が緩む

顔向けできない 汗顔の至り

手に汗握る

引け目 弱り目 落ち目 祟り目

首が回らない

肩をいからせる 肩肘張る 肩身が狭い

胸が詰まる

息がつまる 息苦しい 息を殺す 息抜き

息が合う 腹立つ 腹を据えかねる 腹を割る

背筋を正す

腰が引ける 逃げ腰 および腰 腰を据える 腰を入れる

腰が低い 粘り腰 二枚腰 腰が重い

 

Q.どうしても座ると猫背になるのですが。☆☆

A.骨盤を前傾にしておくには、胸をあげて顎を引く意識と脊柱起立筋を保つことができなくては、難しいのです。普通に座ると膝が曲がって、そのハムストリングスは、坐骨と脛骨や腓骨についています。そこで、坐骨が前に出ると骨盤が後傾します。崩れた姿勢になり、そこで首を前に出すと猫背となります。足を開いて、またがるように座るとよいでしょう。

 

Q.椅子とあぐらと正座は、どれがよい姿勢になりますか。☆☆

A.椅子の背もたれに腰、背中が付いて、真っ直ぐに座るなら、椅子がよいでしょう。正座は、脊柱起立筋に緊張をかけませんから、同じくらいによいです。前屈み、横座り、あぐらは、負担が大きくなります。

 

Q.よくない姿勢とは、例えばどんなものですか。☆☆

A.疲れたら、姿勢は、顎が出て膝が曲がります。「明日のジョー」の両手だらりの戦法「打倒、力石へのスウェイバック」で、不良姿勢ということですね。このとき、壁に背をつけると、頭とお尻がつきません。骨盤は後傾しています。ガニ股になる人にも多いです。

 

Q.気をつけの姿勢は、だめなのですか。☆☆

A.骨盤が前傾して、反り腰もよくありません。腰(椎)が反っているので肩が前に出ます。内股の人が多いですが、前のめりになりやすいです。顎が出て頭部が後ろにいきます。腹が出たり、妊娠しているときやハイヒールを履くときにこうなります。

 

Q.着物を着たときのピンとした姿勢は、よいのですか。☆☆

A.骨盤が真っ直ぐ、背筋真っ直ぐ、一見、正しそうですが、腰椎の前弯がなく、脊椎がストレートになり、仙骨の前傾もないのは、よくありません。つまり、S字カーブがないのです。壁に背をつけてみると、仙骨と肩がついて、後頭部がつきません。フラットバックといいます。これは、大腰筋、ハムストリングスを鍛えましょう。

 

Q.正しい前屈姿勢を教えてください。☆☆

A.重量挙げのときの姿勢を参考にしてください。デットリフト、「死の挙上」と訳せばよいのでしょうか。これでアスリートは、ハムストリングス、大殿筋、脊柱起立筋をメインに、僧帽筋、広背筋まで鍛えています。体操やバレエの前屈も参考になります。背骨、首、頭が一直線上に地面、床と上半身が並行になる、つまり、足―腰―頭で直角を作るということです。

 頭が下がると血が下がりますから下げないこと。両手はだらりと下げてください。足は少し開きます。

 

Q.姿勢とは何ですか。

A.「姿勢とは、私がこの世界に存在し、世界に触れている、その形である」と竹内敏晴氏が言っています。

 

Q.姿勢のバランスをとる方法を教えてください。☆

A.荷物の重さを左右均等にします。あるいは交互に持ちます。リュックサックがよいと言われていますが、前後バランスにはよくないです。後より前でもつのがよいです。靴はスニーカーがお勧めです。靴底のすり減り方でチェックしましょう。

 研究所には「姿勢椅子」があります。前かがみ、中腰で、重い荷物を持つのはハイリスクです。

 

Q.もう限界で力が出ないというときは、どうしますか。

A.脳も体も肺も、全ては使われていないのです。限界というのに、自分の決めたイメージです。これまでの経験で何となくこのあたりと決めてしまった、少ない回数や、かなり以前のことで定めたものかもしれません。動物的、野生の勘、気配などと通じるかもしれません。

 それに対し、火事場のバカ力を取り出すことです。

 

Q.体のイメージの捉え方をアドバイスしてください。☆

A.生物としてみると、人も円柱で真ん中に穴が通っている。上から、口から食道、胃腸、肛門の管のことです。そのイメージで、声を出すという教えもあります。自分の体を樽やドラム缶のようにイメージするのです。オペラ歌手といえば、太っているというのがステレオタイプでした。体を風船のようにしてというのは、上半身を一つにというイメージですね。これは、肋骨で囲んだ円柱のなかに肺がある、というイメージです。重力に抵抗して立つことを支えるのは骨格です。これが骸骨です。そこに筋肉がついて、円柱となるのです。竹組みに紙を貼った提灯をイメージしてください。

 

Q.腰の筋肉をほぐすには。☆

A.腰の筋肉をつまむつもりで、背骨のところの筋肉に触ってみましょう。

 そこで上体を前屈したり、反らしてみます。前者で緊張し、後者で緩むのがわかりますね。ときおり、背を反らしてほぐしておくことです。

 

Q.心技体、ヴォイトレではどれが中心ですか。

A.狭義には、どんなトレーニングも技の習得のメニュを組んでいます。それを心と体が支えています。体の強化、量が質になったところからが技です。それを支えるのが心です。

 一流になると心が全てです。相手が誰であっても、自分の力が100%出れば、よい結果が保証されているからです。アスリートでなくアーティストとしてなら、もう一つ、身口意というのを知ってください。体言葉、心のことです。私は、言葉より口=声として捉えていますが、言霊、マントラ(真言)も、さして区別の必要はないと思います。イメージだけでなく口に出してみることが大切です。

 

Q.骨盤が歪んでいると言われました。☆

A.医学的には、仙腸関節のねじれなどになるかもしれませんが、姿勢などで歪んでいると、使われるときは、前が下がったり、後が下がったり、左右どちらかが下がる(つまり、その逆が上がる)という傾きのことを指します。姿勢によっても傾きます。この場合は、股関節など、周りの筋肉の問題で、傾きが固定してしまい、歪んだことを示しています。

 

Q.前屈ができないほど体が固いです。☆

A.立って前屈して、両手を床につけられる人は、股関節、腰椎がスムーズに曲っています。できない人は、腰椎や仙腸関節に負荷がかかって曲げられないことが多いのです。背骨や腰の筋肉が固いように思われますが、股関節の柔軟性が大きいのです。どんな運動でも続けたら改善します。

 ちなみに、腰をひねる動作のほとんどは股関節が担っており、腰椎は左右5度くらいしか回らないものです。

 

Q.インナーマッスルと姿勢との関係は、どうなのでしょうか。☆

A.とても深い関係があります。上に横隔膜下に骨盤底筋群、周りに腹横筋、多裂筋(腹部)に囲まれたところに内臓があるのです。それによって姿勢も保たれています。

 

Q.肩甲骨がずれていると言われました。☆

A.猫背になると肩甲骨は外側に引っ張られ、なで肩になります。胸部の大胸筋や小胸筋も固くなります。いつも動かしていると、大体は治ります。

 

Q.ふくらはぎがむくみがちなのは、よくないのですか。☆

A.ふくらはぎの大半は下腿三頭筋です。腓腹筋とヒラメ筋の総称です。ここは第二の心臓と言われ血液を上へ押し上げています。また、足先に続く長母趾屈筋と長趾屈筋は、立つとき、バランスをとるのに欠かせません。

 

Q.腰痛の原因は何でしょう。☆

A.重い頭は、直立でないと負担が部分的にきます。それを足の裏だけで立つ、そのために腰はかなりの複雑な動きをもって動くようになっている。ゆえに、人間のみに腰痛がおきます。強く支えつつ、いつも、いろんな方向へ動いて衝撃を吸収しているのです。

 強い支えだけなら肋骨ですべて固定すればよいようなものですが、そうなっていないのは、腰をひねる、というか、腹と股関節をひねるということですが、ためです。

 

Q.腰痛の防止方法を具体的に教えてください。☆

A.腹筋や背筋を鍛えても腰痛になります。腰痛を防げるわけではありません。腰痛になって、筋肉が固まってからの筋トレは危険でもあります。水泳も、体を冷やします。心地よく歩くことがよいのです。森林浴がお勧めです。

 

Q.横隔膜の下、つまり、腹に入っているのは何ですか。☆

A.腹とは、胃というなら、食べたものや胃液です。腹腔でしたら、胃の他に小腸、大腸、肝臓、膵臓、脾臓、胆嚢、膀胱、生殖器などの臓器です。

 

Q.全身を骨盤で捉えるようにと言われました。☆

A.骨盤は、前や後ろに固定されず自由に動くので、真っ直ぐな背筋で硬直していないことが]必要となります。胸、横隔膜、お腹の一体感が大切です。肩が縮こまらないように、また、腕が上がらないことがないように、角張らないことです。肩は胸につながっており、呼吸に影響します。(肩帯、菱形筋、胸筋、胸骨)

 腕を伸ばしましょう。上半身は下半身の支えで、本来、自由になっていることです。頭は首で体につながっています。支えられているのであり、垂れているのではありません。顎=骨盤の流れで、そこに、眼―性器のつながりがあると捉えてみるとよいでしょう。

 

Q.正しい歩き方を教えてください。☆☆

A.踵をつけてから、足の親指中心に、地面を握るようにして歩きます。砂浜で是非、経験してください。

 

Q.血流について教えてください。☆

A.血流が滞っていると酸素、栄養と老廃物を交換できず、筋肉は硬く縮み、凝ったり張ったりする状態になります。それは、骨や神経を圧迫します。姿勢が悪いから、より血流が滞り、より血流が滞ると姿勢が悪くなるのです。

 自律神経の交感神経優位で体の過剰反応が起きます。自律神経は血管や心拍数を司っているからです。必要がないからです。

 毒、たばこ、アルコール、大気汚染、食生活の乱れ(量、時間)、添加物、電磁波、低周波、薬、化学物質、有害金属、洗剤、殺虫剤、ホルムアルデヒドなどで、ドロドロ血流になります。

同じ姿勢を避けることです。運転、座り方、席などを変えましょう、スマホ、パソコン、TV,カバンをもつ手を変える、ハイヒール、冷え、へそ出しなどもってのほか、腹巻をお勧めします。

 

<呼吸のQ&A>

 

Q.息が浅いとは、どういうことですか。☆

A.脳幹の根元の延髄が命じて、横隔膜が縮み、内膜が下がり、お腹が膨らみ、肺に空気が入ります。吸気です。その命令が止まると、お腹が元に戻り、横隔膜も上に戻り、吐く、呼気です。ぐっすり寝ている人をみてください。話しや歌は、吐気でコントロールするため、腹筋をより使うことになります。胸式は、胸郭を広げて急いで吸気を補うことができます。息が浅いのは、腹式だけでなく、胸式も関係します。胸部の筋肉が硬いと広がらないからです。

 

Q.息を吐くことが苦手です。☆

A.吐けば入ってくるので、思いっきり吐いてください、と言っても、吐けない人が増えました。運動経験や運動習慣が少ないと、筋力、柔軟性に乏しくなります。また、体幹部も硬く、体が使えないのです。無理は禁物です。少しずつ吐けるようになりましょう。

 

Q.丹田式の呼吸は、どういうものですか。☆

A.下腹の筋肉群の使い方の名人は赤ん坊です。下腹部の収縮で内臓が上がり、横隔膜が太鼓の皮のように張る。腸腰筋、錐体筋、腹斜筋、腹直筋などですが、呼気にも体幹を保つ姿勢の維持にも欠かせません。

 丹田呼吸法、肥田式強健法の肥田春光の正中心の呼吸法、藤田霊斎の調和息、その他の武道、養生道に下腹、丹田中心は共通しています。鍼灸でいう関元というつぼです。臍下3~5センチとか三寸とか。恥骨のあたりの錐体筋。恥骨から鼠蹊部にかけてのところでしょう。ちなみに、下腹部の筋力で動かしても、そこからへこむ膨らむのでなく、みぞおちがへこんだり膨らんだりするのです。

 

Q.逆腹式呼吸の仕組みは。☆

A.大きく吸い過ぎると胸部が大きく広がりお腹がへこみます。そこで少し肩の力を抜いて吐くとお腹が膨らむのです。これを意図的に強調すると吐くとお腹が膨らむ、逆腹式呼吸となります。

 

Q.うまく息を吸えません。☆

A.吸えなければ吐く、吐けなければ吸うことです。少し大きめに思い切り、口で難しければ鼻でもかまいません。どちらで吸ってどちらで吐くかは、あまりこだわらないでよいです。

 

Q.いつも、呼吸は深い方がよいのですか。☆

A.浅い呼吸は、闘争状態で、それが必要なときもあります。これは、外敵や不安のストレス反応で、交感神経優位で副腎からアドレナリンなどストレスホルモンや心拍、血圧が上昇し、筋肉は緊張しているのです。

 

Q.呼吸はどうするのですか。

A.つなげようとする、つながらない、止める、止めてみる、すると、ずっとつながりやすくなる、つながっている。そんな感じで、意識やことばにはなりませんが、それをとることでうまくいく。なるようになることが多いのです。

 体から息を吐く、声にならない、だからおかしいのではありません。思いっきり吐く、それがコントロールできないからで、雑、荒っぽい、そこが丁寧にコントロールされるなら歌としてはよくなります。無理なら少し大きさを抑えていけばよいのです。

 

Q.口の方が呼吸しやすいのですが。☆☆

A.頭が前に出ると、舌根が下がり、気道が圧迫されます。口呼吸がしやすくなるのです。個人さはかなりあるのですが、一般的に、ということです。

 

Q.口呼吸は、なぜよくないのですか。☆☆

A.口呼吸は、腹横筋が弛緩して使いにくくなるとか、腰椎を支えにくくなるとか、脳への血液量不足による働き低下、頸の緊張、固有感覚受容器たる筋紡錘に影響し、頸性神経筋症候群などに。これらは、めまい、ふらつき、うつにつながることもあります。

 

Q.ドックブレスと長い呼吸は、どちらがよいのですか。☆

A.目的が違います。速く強い呼吸は、ストレスをかけて呼吸に関する筋肉を強化します。深い呼吸はゆっくりですから、リラックスしてメンタル面を改善し、呼吸のコントロールを習得するものです。真逆のようですが、トレーニングには両方とも必要だと考えています。前者は、リスクを指摘されることもありますが、瞬時に呼気する必要などを満たすのに、また、お腹から強く言い切るのに補助となるトレーニングです。

 

Q.Fuを使うのは、なぜですか。☆

A.「フゥー」は、世界共通の基本の声、リラックスのため息でもあります。

 

Q.呼吸に自覚は必要ですか。☆

A.「出る息は出る息とよく知りよく覚れ。入る息は入る息とよく知りよく覚れ」(釈迦「大安般守意経」)これは、精神集中のための呼吸法としてですが。

 

Q.呼吸を意識的に行うと、力が入ります。

A.筋力でなく呼吸の力を使いましょう。吸うこと、吐くこと、止めることに意識を持ち、次に解放します。そして心や感情のつながりに意識をもっていくのです。深呼吸して、それをしやすい姿勢をとれたら、意識を離していくのです。

 

Q.呼吸のイメージについて、ヒントをください。☆☆

A.円の呼吸、吐気での発声、そのキープ、停止から吸気とを一つの円のようにイメージするのです。急に声にしたり、急に声を切ったりしないということです。ぶつけたり、いきなり断ってはいけません。早く吸うよりも、早く入ってくるように、それも直線的より曲線的に、です。

 

Q.呼吸は、日本人の生活にどう影響していますか。

A.書道も香道も呼吸でしょう。歌を詠む、書いて水に流す、絵に描く、など。

 尺八は呼吸の鍛錬になります。とはいえ、不立文字です。

 

Q.真の呼吸とは、どういうものですか。☆

A.白隠の夜船閑話(やせんかんな)に「真人の息はくびす(踝)を以ってし、泉人の息は喉を以ってす」とあります。声もまた、しかりです。観息し、数息(すそく)する息をみつめて悟る。息を数える修行をするのです。

 

Q.呼吸とプラーナは関係していますか。

A.プラーナは、プラー(前へ)とアンー(息する、動く、生きる)から派生したもので、前へ息をする、生命エネルギーというふうに捉えられます。

 

Q.道を歩きながらの呼吸トレは、よいでしょうか。☆

A.私は、トレーニングは、一人で静かなところでコツコツと行うのが理想と思っています。しかし、充分にその時間や場がとれないことが多いなら、プラスにはならなくてもマイナスにならないように、トレーニング状態のキープの日常をセットするようにしています。

 

Q.狭い部屋の中での呼吸法はよくないですか。

A.狭いよりは広い方が、天井も高い方がよいと思います。広さよりは空気です。クリーンさです。外気を入れて、自らの体が気持ちよく取り入れたくなるようにしましょう。呼吸をしやすい雰囲気で行うのが理想です。

 

Q.どこでも呼吸トレーニングすべきですか。☆

A.排気ガスや空気のよくないところでは、自ずと呼吸も浅くなります。そこで深く吸うようなトレーニングは健康上、お勧めはできません。早朝の新鮮な空気の中、ほこりのないところで行いたいものです。

 芳香剤、消臭剤、洗剤、漂白剤、殺虫剤なども、影響される人がいます。ということは、そうでない人にも決してよくはないわけです。そう考えると、毎日の食べ物や飲み物にも、気を付けなくてはいけないことも自明でしょう。

 

Q.呼吸を分けてみてください。

A.いくつか挙げてみますと、吐息―吸息、胸式―腹式(腹式―逆腹式)鼻呼吸―口呼吸、長い息―短い息、速い息―遅い息、深い息―浅い息など。

 

Q.気と呼吸との関係とは。

A.気が上げるのは緊張状態、浅く速く短い息、胸式、呼気が中心です。気が下がるのは落ち着いた状態で、深く遅く長い息、腹式、吐くのが中心でその逆です。

 

Q.呼吸と筋肉との関係について、知りたいです。☆

A.胸式呼吸と腹式呼吸は混在しているのですが、あえて分けて述べます。胸式は、ラジオ体操の深呼吸で、胸を広げて(胸部)息を吸うと、横隔膜と腹横筋でお腹はやや引っ込み、背筋がピンとなります。吐くと、両方の筋肉は働かず前のめりに背中が曲がりますね。それに対して、腹式は、横隔膜が下がり、お腹が膨らみます。腹横筋は、吐くときに補助し内臓を圧迫して横隔膜を戻します。(下げる)姿勢は安定したまま深い呼吸ができます。

 

Q.美木さんのロングブレスの呼吸法は使えますか。☆

A.もとは、腰痛を治すためにつくられた健康法です。特徴は、3秒で一気に吸い、3秒で吐き、手足にも力、さらに下腹部へ力を入れたまま4秒吐き、お腹をへこます。110秒で6回(2つのパターンを行う)

 私は、他の呼吸法や発声法については、コメントは差し控えています。何でもどう役立つかはわかりませんし、形をみただけで実際はわからないからです。とはいえ、目的やメリット、デメリット、注意点、可能性や限界、うまくいく人やタイプやレベルなどは、およそわかります。もちろん、つくった人の意図する使い方を正しくできる人が、それほどいるとは限りません。本で伝わるもの、DVDで伝わるもの、トレーナーに教わり伝わるものでは、かなり、その比率が違うでしょう。

 しかし、一般の人に好評なものは、その許容範囲が広いといえます。荒っぽく雑でも効果が出るというなら、ヴォイトレでも、そのくらいのつもりで取入れてよいと思います。つまり、何もやらないよりは何でもやってみたらよい、ということです。

 発声やその呼吸などとは、別の運動と考えてみてはいかがでしょう。健康は全ての基本です。

 

Q.腹式呼吸は、お腹に力が入りますか。

A.結果としては、入らない方がよいのですが、アプローチとしてはいろいろあります。プロセスにおいては、どんなことでもあってよいと思います。世の中には自分と異なるやり方、アプローチ、メニュを頭から否定する人、やってみて自分に合わないからと否定する人がたくさんいます。が、何であれ、そこから何を学ぶかなのです。

 やってみて合わないというのを学ぶのもよし、しかし、本当にそうだったのかは、そう簡単に言えないでことしょう。自分のやり方以外にも役立つことはたくさんあります。そのことを認められないのは愚かなことです。腹式呼吸は、どこでも必ず取り上げられているのにも関わらず、本当に使えている人などはとても少ないのです。学んだつもりでも使えていない人がほとんどです。トレーナーでも3割といないでしょう。

 どのレベルをもって判断するかということですが、本当は、一声でわかるほど明らかなものです。そうでない人も腹式を教えているのですが、それも否定はしません。体を使う、心を使う、そして体を抜き、心を抜く、静かな呼吸が腹式ですが、息と声が異なります。

 表現に大きく使うのには、こうしたリラックス、力を抜くことが不可欠です。高度に集中しているのと正反対のようになることもあります。でも、最低限、声を支えられていたらよしとすることもあります。表現のために呼吸が崩れることもありましょう。

 最初に結果を得られるものでない、得られたらよいのです。

 腹式呼吸のマスターというようなメニュもあります。それも小さな結果ですが、ちょっとした応用、心身の整わないときは、呼吸も意識もあがってしまうでしょう。10分かけてゆっくりと呼吸に専念しましょう。

 

Q.呼吸と人生との関わりとは。

A.出る息、吸う息、その一つの呼吸の間に生きるということ、命があるわけです。そこを大事にしなくてどうするのでしょうか。曹洞禅の根本道場、永平寺を訪ねたことがあります。なかなかに活気のある寺でした。

 

Q.体のイメージの捉え方をアドバイスしてください。☆

A.生物としてみると、人も円柱で真ん中に穴が通っている。上から、口から食道、胃腸、肛門の管のことです。そのイメージで、声を出すという教えもあります。自分の体を樽やドラム缶のようにイメージするのです。オペラ歌手といえば、太っているというのがステレオタイプでした。体を風船のようにしてというのは、上半身を一つにというイメージですね。これは、肋骨で囲んだ円柱のなかに肺がある、というイメージです。重力に抵抗して立つことを支えるのは骨格です。これが骸骨です。そこに筋肉がついて、円柱となるのです。竹組みに紙を貼った提灯をイメージしてください。

 

<発声のQ&A>

 

Q.お腹から声が出ません。

A.腹から笑っているのが、もっとも無駄なく完成度の高い結果が得られます。へそ下三寸に意識をもっていきます。そこは、多くの人が思うよりもかなり低い位置です。力が入らない下腹部で、臍下の一点と言われます。腹を据えるところ、腹が決まるというところです。腹が太いと声も太くなります。

 そこは、今の日本の若い人の失ってしまった感覚、隠れたポイントに思います。声としては、低く太く大きく、胸の中心に振動を感じつつ下げていくのです。喉がなりすぎたら違います。ここは無理をすると、つくり声、喉声になりやすいので注意を要します。イメージとしては、邦楽(長唄、詩吟、民謡など)、あるいは外国人の低音をお勧めします。

 

Q.発声は、意志によってなされるのですか。☆

A.痛みや恐怖で声を上げるときは、反射です。発声は心身の反応、オペラント反応とレスポンス反応です。(これをレスペラント反応ともいいます)呼吸反応や筋反応も、表情や姿勢も同じです。

Q.なぜ、力が抜けないのでしょうか。

A.かっこわるい、怖い、いい加減になる、つまり、日頃の合目的の行動は力を入れる、力を使うことが求められるのに対し、その逆をすること、意志をもって行うことの逆を強いるからです。力を入れて抜くというアプローチもあります。でも、かっこわるくなればよいということです。力が抜けないとあせると、さらに力は入ります。力が入っていることに気づくだけでも第一歩です。

 

Q.念仏は、なぜ落ち着くのですか。☆

A.南無阿弥陀仏はヨーガの整音オー、ウン(ム)が入っています。解放的なアー、緊張のイー、落ち着くウン、まとめると、namuamidabutsu、ナーム、ンアミィ、ダァ、ブウツウとでもなりますか。

 

Q.専門家に何度も診てもらって、トレーニングで少しよくなっても根治しません。

A.喉や声帯だけを部分的にみても、何ともならないということです。その上で応急の処置や限定された対処をするのはやむを得ないとして行うとしても、本当の問題は別にあります。根本的な解決は、全身からと時間的経緯から、両面で考えるべきことです。

 オーソリティーや専門家の言うことも狭い限定の条件のもとに利用されたり、重用されたりしているようですが、現状回復までのこと、それ以上のことには、元より目指していないし使えません。

 

Q.喉の筋トレを教わっています。

A.ウエイトトレーニングのように、部分的な負荷をかけるのは、あまりに荒療法です。ヴォイストレーナーの勧めるものではありません。全身に均等に負担をかけて、呼吸も発声もバランスよく無理せず深めていくことが原則です。

 

Q.声で知ることができるものとは、何でしょうか。☆☆☆

A.科学的とか客観的とか言わずに、天から自分も含めて観ることは大切です。私たちは思い込みや固定観念の塊です。常に、自分の五感で、事実さえ自分の思いで色付けしてみています。それが判断を誤る原因です。

 でも、誤っていることにさえ気づかないのです。知らずに自己中心になっているから、うまくいかないのです。いや、うまくいかないなら気づくこともあります。うまくいっているかのような人ほど気づかないのです。

 声は正直です。ことばでごまかしても本音が出ます。心が声を動かしているのです。そこから、自分の心を知ることができます。

 毎日、日常をさりげなく録音した声を聞いてみてください。今のヴォイスレコーダーなら、8時間でもチェックできますね。見事にあなたの今の心身の状態が、声に現れていませんか。

 

Q.いつも誰かに気を配ると、疲れるのではないでしょうか。

A.その人にとっては、心や気というのは一定量使うと減るのでしょう。確かに、NARTOなどでは、忍法で、チャクラから気をたくさん出すと疲れて動けなくなります。しかし、それは自分の気であり、天の気でないからでしょう。人のために行うときは、気は前へ、外へ発します。自分のために行うときは内に向きます。これだけ知っておけば平常心でいられるでしょう。

 「今、ここに」心がないとき、ものごとはうまくいきません。常に注意集中するとか、意識することと言いますが、そこまでいかずとも、心配り、気配りの大きさというものがあれば、随分と違うものでしょう。

 相手により、場により、条件により、大きく変わる人もいれば、誰にでも同じように対する人もいます。その人によるのです。

 

Q.どのように相手を説得するのでしょうか。

A.どのように相手に勝つのか、あるいは、分け合うのか、争わないかは、大きな違いです。生活での声、問いかけから話しましょう。まずは相手を知ってから言うことです。

「ヴォイトレと科学」 No.297 

声の科学などは、物理、生理学者のためのところにあり、教育学や医学には、それなりに関係しても、ヴォイトレそのものにはほとんど影響しません。科学的なことの信仰者が多くなったのは、スポーツやエクササイズ、健康食品などでの科学的実証ブームのせいもあるのでしょう。

今の頭でっかちの人を信用させるには、便利なツールとして使われているのです。その先は、科学や理論から脱却して、スピリチュアルに走り出すというワンパターンでしょう。頭と精神に関心をもつのはよいのですが、肝心の身体が忘れられてはなりません。声は、身体が生じ、発し、動かすのです。声の研究で欠けているのは、日本人という観点とトレーニングの客観的効果の実証です。

私は、睡眠の研究をしたことがあります。理論や実証が、動物実験と強制収容所のデータが主であることから、自らを実験してみるしかなかったのを思い出しました。

論文も学会も、一介のビジネスマンや一般の人が考えてもおかしなことを次々と回している、それを真面目に論じている(か、そういう顔だけしている)。医者も声楽家もどの分野も、古い体質になりつつあります。かつ、困ったことに、頑固なりにも古い頃のよさ、真実の希求をもっていた方が少なくなり、ただの権威主義に陥っています。

日本では、ゴマすり社員は少なくなったというのに、医局や大学や専門分野などでは、逆にイエスマンしか残っていかないのです。世間知らずで上のいう通り、同じことをそのままやるだけというように、ロボット化しているのです。こんなことばかりを言うのは野暮なので、やめますが。

どう生きてきたかは、その人の姿勢、顔、表情、声から判断できます。そこの人々をよくみてください。この研究所にいらっしゃるような人は稀有でしょう。(ここも何年か前、やや危なかったような気もしますが)人間らしい魅力で仕事していくところで、それはないでしょう、ということです。

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