「創造のための教育論」 No.305
先生は、その肩書、地位を与えられたら誰でもできるものです。人は、誰でもその気になれば教えることができるものだからです。むしろ、教えられる方が、ずっと難しいのでしょう。
教えるというのは、そこに今までなかったものを引き出すことが狙いです。知識などは、自分で調べればよいのです。ないものをつくりだすには、それが出てくるのを信じる力をもつことです。
私はこれまで相手が、こちらが教えたこと以上のこと、教えてもいなかったことを学び、成し遂げられるのを見てきました。
そのために、知っていることを教えようとしないことを気をつけています。すると、それを覚えることしか相手は考えなくなるからです。
同じことをくり返し、そこで同じようにみえても、同じでないことに気づいていくことを促します。
何を学ぶべきかを知らなくとも、何かが出てくる、何かを知っていると信じられることの方が大切です。
理解を超えたものがあるからおもしろいのです。
自分が知らないことを教える。
先生の知らないことを学ぶ。それが、レッスンという共有された場の力です。
教えられないことが、教えられたことを超えるのです。
それこそが、知識でない―知恵、発想力、創造力です。
« 「次元と変化」 No.304 | トップページ | Vol.49 »
「5.プロフェッショナルの伝言」カテゴリの記事
- 「天敵、ライバル、問題となる相手をもつ」 No.396(2024.08.01)
- 「異なる意見を聞く」 No.395(2024.07.01)
- 「日々是好日」 No.394(2024.06.01)
- 「幸福の条件」 No.393(2024.05.01)
- 「スタンスと関係づくり」 No.392(2024.04.01)