Vol.55
○ハイテキストとしての声
私が、芸や仕事で声を扱ってきてよかったことは、相手のことだけでなく、自分自身を知らないことに早く気づいたことです。特に自分が相手にどのようにみえているのか、思われているのかということについてです。
「自分のもので自分が使っているのに、一番自分がわからないものは何でしょうか?」
その答えの一つは、「声」です。
声は一生、自分で自分の声をリアルに聞くことができません。自分に聞こえている声は、相手の聞く自分の声ではないのです。
ここで、次のように分けて考えてみましょう。
a.相手のことば
b.自分のことば
c.相手のことばの裏のメッセージ(声)
d.自分のことばの裏のメッセージ(声)
aを聞き、bで対しているのは、初心者のコミュニケーションのレベルです。
ビジネスや政治のベテランは、1と2でジャブを打ち合いながら、3、4でかけひきします。
特に日本では、長らく同じ日本語を使う同じ生活習慣の島国の日本村でした。ですから、1、2でのコミュニケーションの力がなくても、3、4の以心伝心力に長けていたから通じていたのです。日本の社会では、言う力よりも、察する力が必要でした。
これは、お母さんと子どもとの関係みたいなものですが、こういう特定の人間関係の閉じた社会でのコミュニケーションのとり方は、ハイテキスト化(高度特殊化・暗号化)します。
その極まった例は、京都でしょう。
A.「ぶぶちゃ、いかがどす?」(お茶づけいかがですか。ですが)
→本音では、「もう帰りぃな」
B.「おおきに」
→「帰るわ」
そして、ぶぶちゃは出ずに、客も「さいなら」、となるのです。
外国人など、他のところから来る人には、ことばの意味はわかっても正反対の行動ですから、わけがわかりません。
ことばで言われたままに居残った人は、「無粋な人」となります。つまり、文化をわからない野暮な人、ということです。
これは、地域での符合のようなものですから、よそ者には通じません。
声の感じでは、本音がわかるときもあるのですが、この場合は符牒、しかも愛想よく言われるのです。
ここまで極端ではありませんが、こういう例はいたるところにあり、今も続いて行なわれているのです。それは生活習慣となっているのです。
○ことばの裏を声で読む
こういう例は、日本のビジネスの現場でしばしばみられます。交渉の最後に、「まあ考えときますわ」と言われたら「もう考えません」ということです。待っていても返事はこないでしょう。ことばだけでなく、表情や声の感じを合わせて受けとると、誤解はかなり防げます。
だからといって、あきらめるかどうかは別です。誠意をもってあたれば変わる可能性もあるとも考えられます。考えないのを考えさせるようにもっていくのが、仕事だと私は思うからです。
まずは、相手のことを知らなくてはなりません。人によってことばの使い方は違います。それ以上に声の使い方は違います。とても強い語調でいわれても、相手にとっては普通のことであったり、逆にさらりと言われたのに、内心怒りふっとうの人もいるからです。
特に外国人には、「No」と言わない日本人、「No」なのにうなずいて聞いていたり、応答の「ハイ」に「Yes」を使ってしまう日本人は、ひんしゅくをかいがちでした。
本人も知らないうちに、発した声にメッセージが入ってしまうこともあります。笑顔で「また今度」と言えば、向うの人は「ほぼOK」ととるでしょう。
○マナーと気分と声
自分が好感をもっている人に楽し気な声で返されて喜んでいても、それは相手が他でよいことがあったからということもあります。逆に、すごく沈んだ声で返答されて、何か悪いことを言ったかと考え込んでいたら、単に相手の機嫌や体調が悪かっただけということもあるでしょう。
声のメッセージはあらゆる状況を読み込んでしまうのです。その度合いが、相手によって、あるいは、TPOでも大きく違ってくるので、やっかいなのです。
その人の成長によっても違ってきます。
A.幼い子どもは、すべてが、声に出る。(100%正直者)
B.小中学生ともなると、ことばを本音と使い分け始める。(50%正直者)
C.大人になると、きちんと切り分ける。(それができない人はただのバカ正直者)
さらに、本人の加工が入ります。それは社会人として求められる振る舞い、マナーというものです。
結局、人間は嘘つき(嘘も方便という意味ですが)にならないと、大人になれないということです。
しかし大人でも、ポーカーフェイスのように、表情や声に全く感情が出ない人と、それが比較的正直に出る人がいます。感情的な人もいれば、感情と関係なく、表情に明暗が著しく出る人もいます。
○相手の声の調子に影響されすぎない
誰にでも好感がもてる返事というか、期待をもたせる声を使うホスト、ホステスタイプもいます。
どんなことも悪い返事に聞こえるような声を使う喪中タイプ。
この二タイプには、私もずいぶんと翻弄されてきました。
相手のことがよくわかっていないうちは、声の感じに信用をおきすぎると、「エーッ」っという結果にもなることもあるのです。
こんなタイプもいます。
メールでは、いつも“悲観っぽい”
のに、電話では、なんだか“普通”
で、会うと、とっても“上機嫌”
その人の社会人としての経験や職場環境によっても大きく違いますね。
いったいどれが本当なの?と思っても、当人は、いたくノーマルなのです。
私が行くと不機嫌なのに、若い女性が行くと上機嫌という人もいます(多くはそうですね)。
だからといって、ビジネスの結果が、それによるというわけでもないのです。本当に人間も、ビジネスも、奥が深いものです。
あなたも自分の気分、機嫌、体調で、けっこう安易に使う声が変ってはいませんか。
もし思い当たる節があるのなら、そういう人が身近にいるなら、気をつけましょう。他の人のことばや声にあまり左右されないようにすることも大切です。
○声は伝染する
声で損している、声を出すのが苦手という人の中には、相手の情報を読み込みすぎる人がいます。
それが、仕事などにうまく活かせることもあれば、徒労となることもあります。よくないと思ったら、そこは割り切ればよいのです。つまり、必要以上に相手の情緒(感情を含む声成分)の入力をストップするのです。
「このように聞こえているけど、本心はそういうふうではない」と判断するのです。
相手の状態、状況のよくないとき、その暗い声に影響されると、自分の声も暗くなってしまうものです。すると、仕事まで、前途多難に思われてくるので要注意です。
声は、場であり、雰囲気をつくるのです。
コンパと同じ、メンツや飯が悪くても、お互いの心意気で盛り上げることもできます。人は、お通夜でも騒げるのです。
暗い声でボソッとまわりに水をさすような、地雷といわれるような役割をしている人は、すこしがんばって変わるとよいと思います。ずっとサングラスをかけっぱなしのような人生にしたくなければ、発する声や表情に気をつけてください。
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