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第7号「知識や理論に振り回されないこと」

○中途半端な知識、理論が邪魔する

 

 昔、私の講演にきた、ある専門家が、「ピアノの真ん中の音は、なぜ人間の話す声の高さと同じなのですか。」と聞くので、「私は人間がつくったから」と、答えました。

なぜピアノが両手で届く幅しかなく、20オクターブものピアノを作られないのかは、わかりますよね。勉強熱心な人は、このように、ものごとの正誤だけを求めて、本質を見失いがちです。これについては、「バカの壁」(養老孟司著)でも読んでください。そこには、個性は、頭でなく、イチローや松井秀喜、中田英寿選手のように、体に宿ることを説いています。

 

 なまじ知識や理論は、実践という見えないものをみる力、聞こえないものを聞く力が問われる現場では、邪魔にさえなります。人間が人間に伝えるために、長い人間の歴史の中ですぐれた表現者は、常に科学で捉えられぬことをやってきたのです。

どうして、頭で一秒に何千回も開閉、振動する声帯をコントロールできますか。

理屈でなく現実の人間の声で、世界中ですばらしい作品を生み続けてきたのです。

 本気で相手に伝えようとしたとき、人間の心から体、息、声、ことば、音色は、もっとも効果的に働きます。つまり、人間が本当に伝えたいときに伝えてきたものを、大切に受け止めてきたDNAに反応したもの、それが結果として目指すべき表現なのです。

 

〇分析は何も生み出さない

 

 よいものの要素分析はできますが、分析からよいものは生まれません。

この例は、正しい発声法をいくらそのしくみから解明しても、万人に効果のあるトレーニングにならないことに、顕著に現われています。間違いを防ぐために使われる科学的な理論などは、正しさを求めるところですでに土俵を間違えています。時代とともにある声は、未来の先取りしたアートと現実の社会の聴衆とともにあるからです。

 

 私はレクチャーで時に実例を見せます。こういう発声、ひびき、歌は、一見もっともらしいけど、嘘っぱちですと。なぜなら、私が伝えたい思いを持たずにやったからです。その結果、テンションは落ち、部分的にしか体が働かず、心が死んでいるからです。この声をとてもよいと思われる人がいるかもしれません。とても大きいかもしれません。でも、大きさとか声質しか伝わらないでしょう。皆さんは、これを技術とかキャリアと思ったかもしれません。しかし、伝わりましたか、感動しましたかと。

 

 ヴォイストレーニングを長くやれば、このくらいは数年で何割程度の人はできるようになります。だからって、これだけでは何にもなりません。

目的や方向を今一度、考えてもらうためです。声楽に学ぶのは有意義ですが、声楽家もどき声を目的にしないことです。イメージすべきことは、一流のプロの演奏レベルの声と歌唱力をもったとき、あなたはどういう世界を作るのか、ということです。

 

 お金があっても、使えない人にはお金は無価値で、お金を得ることを考えるのも、意味がありません。行動したら、お金は動きます。今のお金を最大限に使える人は、また大きく使えるだけのお金も得られるのです。この、お金のところを声に置き換えて考えてみてください。

 ただし、その上で何もわからない場合、数年かけて、声量や声質だけでも他の人に認められるキャリア、技術を先に得るのはムダなことではありません。それこそ、ヴォイトレの基礎なのですから。

 

〇すぐれたアートとハードトレーニング

 

 本当に人の心に働く声は、あなたの内面からしか変わりません。外面から変えるマニュアルや方法は、ただのきっかけか、一時しのぎにすぎません。もちろん、それも使いようによっては有効です。技術やスキルともなります。

 すぐれたアートが出てくるには、あなたの中にすぐれたアートが宿ること、あなたにアーティストがくれたものが、あなた自身とのコラボレーションによって、次代のアートがあなたに引き出されてくる、そこにしか真の可能性はないのです。

 

 昔から、私が述べてきたことがあります。「ヴォイストレーニングだけを考えると、おかしくなる。ハードにやるとのどを壊す。しかし、ハードにやらなくては身につかない。壊れないためには、音楽を入れておき、ギリギリでリスクを回避できるようにしておくこと。」

 これはトレーニングだからです。できたら、10年以上時間をかけて、ハードにやらずに身につけば、もっとよいのです。

声はやるべきことの10分の1に過ぎない。しかし、確かな10分の1は大きい力となる。ということで、

今も同じことを伝えているつもりです。

 

 科学(音響学)、医学(生理学)的な分析や客観的事実の限界は、そのことが真理であっても、人間が感じられたり、心を動かすものにならないということです。たとえば、声の強さは、声量(と人が感じるもの)と違います。

ピアノのダイナミックな表現も、腕力の強さや音の大きさでなく、タッチのメリハリ、速さ、鋭さ、ドライブ感から人の心に訴えかけるのです。

 

 案外と、声のヒントは、現実社会の人間の間に落ちているのです。

正しい発声法で歌えば、人に伝わるのではありません。テノール、ソプラノ、あるいはアナウンサーの発声が正しい発声の見本でしょうか。

 発声は、きっかけに過ぎないのです。心の表現が、発声を高度なところまで、そして完成を求めるのです。そこにヴォイストレーニングが必要なのです。そして、この入り口には、出口が必要なのです。

 

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