Vol.62
○声の4つの要素
それでは、声そのものは、何による違いがあるのでしょうか。声には、物理的にみて次の4つの要素があります。
1.高低(周波数)
2.強弱(振幅)
3.長短(呼気や共鳴の持続、変化)
4.音色(フォルマント、倍音構成)
特に問題となるのは、トーンです。トーンとは音色、声の音色ですから、声色ともいいます。トーンといっても音の高さのことではありません。音の高さはピッチです。
〇声帯模写と声マップ
かつて、落語家や漫才で、声色を売りとする人がいました。それを声帯模写といいました。
江戸家猫八さんは、ホトトギスの音色を得意芸としました。政治家、財界人の声色をやる人がいなくなったのは、さみしいことです。それだけ、まねをされる個性的な大物がいなくなったということなのでしょう。
私は、芸能人の声マップをつくっています。しかし、個性的な声の人は、昔の方が多かったように思います。なかなか最近の人の特徴の声がとれないのは残念なことです。
○声の組み合わせ
声の4つの要素を組み合わせると、いろんな声になります。イメージしてみましょう。
A. 高―低 ピッチ、声高
B. 強―弱 ヴォリューム、声量
C. 長―短と変化 減衰(長さ、スピード、音圧)
D. 音色(音のトーン、声色、声質)
これらの要素を組み合わせると、いろんな声になります。
E. 声のイメージ あたたかい―冷たい、柔らかい―固いなど。
○楽器としての声
ここでは、発声の仕組みを楽器のように考えていきます。
[声の4つのメカニズム]
まずは楽器の構造として、私たちの体の発声に関する器官を4つに分けて捉えてみましょう。
1.呼吸(呼気)がエネルギー源(「息化」)(肺―気道)
人の体を楽器として、オーボエに見立ててみると、声帯は、そのリードにあたり、声の元を生じさせています。肺から出る息(呼気)がリードをふるわせて音を生じさせます。
声帯は筋肉ですが、直接、意識的に動かせません。呼気をコントロールすることによって、周辺の筋肉も含めた声のコントロールをしていくわけです。呼吸は肺を取り囲む筋肉の働きによって横隔膜を経てコントロールされています。そこで、声を高度にコントロールするのに、腹式呼吸のトレーニングが必要となります。
2.声帯で息を声にする(「音化」)
肺から吐き出された空気は、直径2cmぐらいの気管を通って上がってきます。咽頭は、食道、気道を分けるところにあります。唾を飲むと上下に動くのが、喉頭です。この喉頭のなかに、V字の尖った方を前方とする象牙色の唇のようなものがあります。これが声帯です。
声帯は、気管の中央まで張り出し、そこで左右のビラビラがくっつくと、呼気が瞬間せき止められます。次に呼気が通ると開くのです。これが一秒に何百回~何千回もの開閉が行われ、声の元の音を生じます。それは響きのない鈍い音で、喉頭原音といいます。
3.声の元の音を響かせる(「声化」)
声は、声帯の開閉の動きから空気がうねって生じます。これはドアの隙間のように、空気音なのです。いわば声帯という、二枚の扉の狭い隙間で生じた音のことです。
声を大きくしたり、音色をつくりだすのは、楽器では管(空洞)にあたる声道です。声は喉頭から口や鼻までの声道で、共鳴します。その共鳴腔は、口腔、咽頭、鼻腔などです。口内の響きを舌の位置で変えて、母音をつくります。
4.唇・舌・歯などで、声を言葉にする(「音声化」)
響いている声を、舌、歯、唇、歯茎などで妨げると音となります。それが子音です。(これを構音・調音ともいいます)
妨げるところを調音点、妨げ方を調音法といいます。
○声の自己判断
それでは自分の声を自己診断してみましょう。
A. 高さ 高い ――――――低い
B. 強さ 強い ――――――弱い
C. スピード 速い ――――――遅い
D. 音色 ひびく――――――かすれる
声の個性は、発声器官(楽器)とその使い方(発声方法)との両方からきています。ですから、声のトレーニングとは、両方に対して行なうとよいのです。
○声のよしあし
声のよしあしについては、さまざまな条件があり、しかもTPO(状況)に応じて、違います。ここでは一般的によい声というものを想定します。本来は、よい声音とは、音色が決め手ですが、仕事などでは発音、声量などの機能面が優先されることが普通です。
○相手の好みによって違う声
一人ひとりの声は違います。さらに、TPOで求められる声も違ってくるので、それに合わせて、私たちは声を変えて使っています。
その人がもって生まれた声を、もっとも使いやすくするのがヴォイトレの基本方針ですが、TPOや相手によって、求められるものが違ってくることも少なくないだけに、感覚やイマジネーションが大きく影響するのです。
何よりも、人によっても声に対する関心の大きさ、好みもずいぶんと違うものです。
声を、人を判断するときの大きな要素にする人と、そうではない人がいます。日本人は、声に関しては不得手であり、それゆえ、寛容であり、鈍いのです。男性より女性の方が、ずっと鋭いようです。
○けっこう根深い声の好き嫌い
ある人を判断するときに、そのなかで声をどのくらいの割合で捉えるかも、人によって、かなり違います。
声でその人を好きになるとはいかないまでも、声でその人が嫌いなのが助長されることは多いようです。
特に女性や子どもは、声での好き嫌いが顕著にみられます。声やことばの違いは、いじめや仲間はずれの誘因にもなります。
声やことばが変っている…そのために周囲からいじめられ、自殺や殺人に至った例もあります。
自分の声が変だから……と思うのは、大体は被害妄想です。声は気にするとキリのない面もあるのです。
ことばが通じないことでの仲間はずれは、日本に限ったことではありません。人間の歴史のほとんどがそうでした。「バベルの塔」以来のことです。
ことばが通じることで人は共感できるのです。だからこそ声は、その補助をできるものと、私は大きな可能性を見いだしています。
〇五感と声と聴覚
人間にとって、五感のなかでは視覚が優位なのは言うまでもありません。「人は見た目が9割」ということです。臭覚の匂い、聴覚への音というのは、原始の脳、つまり深い記憶に入っています。それだけに気づきにくいのですが、消えることもないのです。
黒板に「キーッ」と爪を立てた音は、誰でも嫌いですね。それは、人間の天敵の鳥の鳴き声だったという説もあります。
怪獣の声にも脅威、そういう怪獣の名が、ガ行が多い。この説の裏づけも、人間の心に音が与える語感からきているようです。
○相性が合わない人には、声を変える
どんなによいと思う声でも、ある人にとっては、小さい頃にいじめられたり怒られたりした相手の声に似ている声は、好きにならないものでしょう。
相手のなかにあなたの声に似た、いけすかない奴のイメージが強く残っていると、あなたは、なかなか好印象になりません。
たとえば、会いたくない相手に、ウリ二つの人がきたら、どうしても前のことを思い出してしまいますね。まして、声も似ていたら、尚さらでしょう。だいたい顔や背丈格好が似ていたら、声も似るのですから。
相性のよくないときは、逆に思い切って、その人に対して声の使い方を変えた方がよいかもしれません。
ここでもう一度、声の好き嫌いを確認しておきましょう。
1.好きな声は、~のような声……
2.嫌いな声は、~のような声……
自分の身のまわりの人の声をチェックしましょう。
あなたと関わった人の声を年表式に整理しましょう。
また、家族の声もリストアップしましょう。そこに好感度も加えてみましょう。
父………
母………
兄弟………
特徴のある人の声………
一枚の図に、20名くらい入れてみると、声の分類マップとして使えます。あなたの声の捉え方やあなた自身の声の位置もはっきりしてくるでしょう。
縦に高低のピッチ(音の高さ)、横にのど声-鼻声、の軸をとってみましょう。
○声による中性化
嫌いな人の声+好きな人の声=普通の人の声 と、このようにはいきませんが、嫌いな人に嫌いな声を対させると、うまくいきません。
誰でも自分に敵意をもっている人に好感をもつことはありません。好きなのは自分に好意をもっている人です。
ビジネスでは必要以上に好きになったり好かれる必要はありませんが、あえて嫌われることもよくないです。ですから、嫌いな人に対しても、好かれる声を、あなたの魅力的な声を使ってください。
嫌いな人の前に出るときは、好きな人を思い浮かべ、声もその人に対するのに切り替えます。すると、感じのよい声が出ます。それを続けていると、だいたい相手の対応も変わってきます。
ドラマでも、憎しみ合う二人が、親しくなるきっかけは、どちらかがこれまでと違う声でことばをかけたときです。そのときの声のトーンの感じが決め手です。つまり声が友好的であると、関係が変わるのです。
一方、喧嘩は、どちらかが啖呵を切る、つまり強く言い、親しさを切ったときに生じます。席を立ったり、机をバンとはたいたりしたら、唾を吐いたのと同じです。行為と表情から、次に出てくる声も、およそ見当がつきますね。
そのような声を使わないのが、友好的かつ平和に生きるすべなのです。
でも、どうも声が自由に使える人は少なくなったようです。日本が安心できる国になってきたからならよいのですが。
○真剣に扱われない声の問題
声は年配の人、偉い人、エリートの人でも必ずしもうまく使えていません。昔は、お役人的、事務的な声でもよかったところもありますが、今や心をつかむ声でなくては、人はついてきません。そこでは信頼のある声の出番が求められています。
話のスキルアップには慣れていきますが、声は急に使えるようにはなりません。何よりも、その効果を意識している人が少ないからです。
声は誰でも使ってきています。だからこそ、直しにくいものです。声を変えたからと急に何かがよくなるとは限りません。その前に、いったいどこが悪いのか、どう直すのか、直したらどうよくなるのかが、なかなかわかりません。
こんなことで迷っているうちに、多くの人は一時の気の迷いのように忘れてしまいます。残念なことです。声の試験があるのでも、よい声の資格が与えられるのではないからです。声は貴重なのです。
声を学ぶことで、多くのことは解消されます。私たちの悩みの大半は、他人とのコミュニケーション、人間関係に委ねられているからです。声によってよくなるものが、思いのほか大きいのではないでしょうか。
○ネガティブな声も使える
皮肉ったり、罵倒したり、捨てせりふは、相手にネガティブメッセージを伝えることになります。嫌な顔をして、いじわるな気持ちになれば、嫌な感じが声に出てきます。
そのときの、のどから顔の表情を状態として覚えておいてください。
いつもそういう声を出して生きていたら、顔もだいたい、そうなっていくので、そういう練習はしなくてよいです。
トレーニングは、こういうことを一つひとつ習得するためにするのではありません。ただ、心や顔を大げさに使ったときの動きを経験しておいてください。現実に使わなくて済めば幸いですが、人生、胆力を使わなくてはいけないときもあるかもしれません。そのときに、明るいだけの声では困ります。
ときに悪役なのに声がきれいで悩んでいるという人が来ます。しかし、声をつぶすことは、いろいろな意味でお勧めできません。そのときの役に専念して、出番のあとは、よい意味で力を抜くようにと言っています。
○余計な一言
余計な一言で、生涯嫌われることがあります。声も同じです。だらしない声、気力のない声は、使ったら反省してください。嫌な声を薄める。それも、ビジネスでここ一番のときは、大切なことですね。
もっとも繁雑に使われているのに、あまり直らないのが、会社の出社時の声です。冴えがなく、テンションもないのではないでしょうか。出社して、昼休み、夕方と、しだいに声が出るようになってくるものですね。でも朝一番から元気な声を出すと、もっと早く職場が活気づくものです。朝礼などは、その切り替えのためにあるといってもよいくらいです。
私は朝晩、坊さんのように経を読むとよいと思っています。信心深いと声に力が宿ります。眠るときも唱えるとよいでしょう。寝覚めは元気よくありたいですが、寝起きの大声は発声にはよくないので、静かに起きましょう。
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