「火事場のバカ力と祈り」 No.322
考えてみれば、幼い頃から不安ばかりに過剰にあおられていました。いつもギリギリ以上に無謀でした。いつか安定するかと思いつつ、こうして人は、いえ私は齢をとっていくのだと悟りつつあります。
今、75歳の人なら、今日までの幅を生まれる以前にとれば掛ける2で150年前、明治維新になります。平成の終わりをまえにして、世界も狭いし人の歴史も伝わる分には短いと思えてくると、人は狭く短いなかに深遠なものを求めていくのでしょうか。
話したり文章にしたりしても、現場で声と戯れているということ、はたからは、わからないとかつまらないように思えるであろうことほど、私に安堵をもたらしてくれるものはありません。
求められもしないことを過剰に求め、いつもできなくてぼろぼろで、たまに大火事になって、そのときだけのバカ力でのりこえて、つまらないものがつまってしまわぬよう、その火が消えぬよう、祈りのように続けているわけです。
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