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第15号 「声域と裏声、ミックスヴォイス」

○声域を拡げる

 

声域は、ある程度の範囲内において、生まれつき決まっていますが、トレーニングによって変わることもあります。声域の広さや高音、低音の限界は、持って生まれた声帯を中心に、さまざまな条件で違います。

また、単に声が届けばよいのと使えるのとは違います。どのレベルで使えるのを声域とするかというのでも、大きく判断が違ってくるでしょう。

普通の人の声域は、話し声では、3度から半オクターブ(欧米人は1オクターブほど)歌では1オクターブからあと半オクターブくらいといわれています。これにはかなりの個人差がありますが、歌うのには充分です。それよりも、自分の扱える声域内でどのくらいきめ細やかに歌えるかということが大切です。

声域を伸ばすことばかり考えている人が多いのですが、自分の持っている声域の声を、より豊かに表現に使えるようにすることを優先しましょう。(一般的には、低い方へ広げるのは難しいといわれています。)

変声期を過ぎると、女性は年齢とともに、声質は太く、低くなってくるものです。この微妙な声質の変化は、その人の声の味わいを増すともいえます。

 

〇豊かな表現力を優先する

 

声域を伸ばすことだけを目的としたトレーニングは、歌という最終目的からずれてしまうだけでなく、他のもっと優先すべき課題をなおざりにしたり、喉の状態を悪くしたままにする危険を伴います。本番では出るか出ないかわからない声は使いものにならないのです。

基本的なトレーニングを積み重ねて、声そのものの質、調整能力をつけることです。とはいえ、オペラはもちろん、原調でキーを下げない日本のミュージカル・合唱、ゴスペル、カバーコピーなど、声域を優先されることが多いのが現実です。こういう場合、声楽を一通り(23)学ぶことを勧めています。

 

○声区

 

音声学では、声区という考えがあり、低声区、中声区、高声区などと分けます。低声区を胸声区、高声区を頭声区と二つに分けている場合もあります。さらに、仮声区=ファルセットというつくり声を、その上におきます。ファルセットとは、falsettoで、これはfalse、嘘の、間違った、偽の、といった意味です。ヨーデルとかハワイアンでおなじみの声です。

 

〇地声(modal register)と裏声(falsetto register

 

声帯はその開閉によって振動して、声を生じます。話しているところが、地声です。高くなると、その開閉のスピードが高まります。その限度を超えたとき、完全に閉じずに開くことで、振動を速くするのが裏声です。つまり、ギアの切り替えだと思えばよいでしょう。ここでは裏声に対しての地声(表声)とします。それに対し、頭声は、高音域の正しい発声によってもたらされる声の出し方とその音質のことをいいます。その上にある男性の裏声を、ファルセットといいます。

裏声は、声量がなく、音色も違うので、地声からうつるときに変わり目がはっきりとわかってしまいます。これをなるべく目立たせず、うまく切りかえることが、歌の流れをこわさないために必要です。声量と音色の変化を最小限に抑えて出す声でつなぎます。

 

〇ミックスヴォイス

 

ミックスヴォイスとは、その地声と裏声の切り替えのところの声質の差を、目立たせない声のようにいわれることがあります。これを学びたいという要望が最近は強くなりました。地声も裏声も安定せず、体や呼吸も使えていない状況で、この声域を固めてトレーニングしても、大して完成度として期待できません。(という前に、その声域も定まっているわけではないし、まだまだ有利に変えられるかもしれないのです。)

高音、ハイトーンと同じく、本来の理想とは異なるところで早めに固めて(くせをつけて)その後の可能性を著しく狭めてしまう危険性があります。

ところが、多くの人が急ぐあまり、そういうやり方を教えてくれるトレーナーを好み、程度の低いレベルで仕上げてほうるのです。そのために中低音域の深い声や完全な再現性が犠牲になります。ただ中途半端な分、あまり過度に使わなければ、のどを痛めにくいのがメリットでしょう。高音については、高音で筋肉を鍛えるようなやり方は、かなり恵まれた人しかとれず、大半の人は、声をしっかりと扱うことから始めていくべきなのです。そうしないと、声質と声量が犠牲になります。

 

○声区は、ヴォイスレジスター

 

声区は、響きをあてるところの違いでなく、トーン(声質)でみてください。トレーニングでは、さまざまな方法もあり、言い方があります。

私は、ことばより実際に出た声からの感覚を優先させていますから、「声区」や共鳴腔に「当てる」「響かせる」という使い方は、さけています。出た声がどう音楽を奏でているかでチェックすることと思います。

声帯の使い方などの理論抜きに、声質をキープするため、浅く、広がらず、頭上から胸中のたての線上に声をとらえるようにして、あとは、歌唱時のフレージングで判断すればよいと思うのです。

高音発声も声量もシンプルに考えるようにすると、高いから弱く、細くなるのでなく、高低関わらず、太くしっかりした声の中でとります。同音や半音違いでも、音色を変えられるし、1オクターブ離れても同じ音色で歌えるのが理想です。

 

〇定義と逸脱

 

定義によるというのは、原語の意味と使用している実際の例が違う場合が少なくないからです。声区はヴォイスレジスターの訳語ですが、必ずしもそう使われていません。Keyもキィと調は別ですし、音程もインターバル、つまり、二音の隔たりなのに、音高(ピッチ)として使われていることが多いです。(音程を高くとか、音程が下がるとは、本来はいえない。)

トレーナーがそれを知った上で、違う用途で使うのは、やぶさかではありません。現場、効果が優先されるからです。

 

〇海外のオーディションの番組

 

「○○さんは、アメリカにいったら、どこまでいけますか」とよく聞かれます。「無理でしょう」と。いってもわからないから、向こうのオーディション番組の録画を渡して、「ここの予選で勝てると思いますか」と伝えます。そういうのをみると、案外とすんなり、納得します。

しかし海外である程度、評判を得たりやれている人がもし日本人としていたとして、日本に来たときに成功するかというと、これも違うと思います。

 

〇日本の閉鎖性

 

日本というのは、今や特殊なステージの作り方をしなければもたなくなりました。私がライブハウスやプロデュースに本腰で関わるのを辞めてしまった理由の一つです。

客の立場から見ていかなければいけないのは、やむをえないことですが、そこで本質が失われてしまう。本来はおかしなことです。

ヴォイストレーニングというのに、正解があるという前提で考えるのであれば、徹底して、誰よりもすごい声、誰よりもすごい歌のベースと考えればいいです。それがプロになる必要条件と関連しにくいのが今の日本です。

プロになるということと、ベーシックなことをやるということも、ダブルスタンダードで変えておかなければいけない。世界に通用する歌い手になるために、やるという思いは、よいのですが、そのことと現実的に日本でやっていく活動というのはなかなか一致しません。

 

〇才能とその変質

 

年に300人も入れ替わり立ち代りがあるステージで、年3千~5千曲、全部の歌を、私は15年ほど毎月聞いていました。その中には才能のある人も、向こうでも通じるのに近いという人もいました。

向こうに行けば、基準ははっきりします。日本にいたら、そこをいろいろと複雑に考えていかなくてはいけません。

わかりやすい例でいうと、向こうで歌っていた歌い手が日本に来ます。するとステージが変っていきます。声の力では聞かせなくなってきます。そういうやり方をしないと、日本ではファンがつきにくいからです。

 

〇ステージから動かす

 

本来、歌というのは、それだけで完結された作品です。レベルが高ければ、それに対してお客さんは感動するし、評価します。ショービジネスです。エンターテイナーとしての実力も、音声での表現力を中心とします。音声で完結されたものとして、一方的に発信され価値を生ずるものです。

日本のプロデューサーには、「インターラクティブ、お客さんを盛り上げてこそ、いいステージができる」といいます。しかし、それは結果です。

一体感も共感もステージから動かしていくものです。客によってとなると、そうでないお客にはどうする、ということにもなります。客にあわせたステージを目的にするから、分野別の肩書きのついた歌手になるのでしょう。

 

〇声の衰弱化

 

日本の場合は、共感の方が優先されています。

年齢と共に声を使わなくなってきます。20代くらいでハードに歌ってきた人でも、3040代で声が出ない、いや、ステージの要求としてそうでないもので感動させたり、聞かせるようになってきます。やらないのはよいが、やれなくなるのはよくありません。その辺がヴォイストレーニングをやる立場としてはややこしいところです。

こういう話は一般論ではなく、皆さんがヴォイストレーニングをやるのに、レッスンに来たときに、レッスンの位置付けとして、どう考えるかということです。自分がどう接点をつけるかが一番大切なことです。将来と合わせて考えてみるのです。

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