第34号 「トレーナーの出身の違い」
○ヴォイストレーナーの出身の違い
かつての歌手の育成、声づくりは、作曲家がしていました。坂本冬美さんを七年かけて育てた猪俣公章さんが亡くなった頃、そういう時代も終わったかのように思えます。つまり、かつては弟子入り、住み込み十年でデビューというものでした。まあ、声のよい人を見つけてきて、よい歌を渡せば、ヒットした時代です。
それに代わって、シンガーソングライターの歌手(やバンドの作曲担当)が楽曲提供をプロデューサーとしてやっています。
落語家のように、師匠、つまり歌手の大御所が弟子をとる例もありました。しかし、これもうまくいってはいません。
オペラ歌手や邦楽については、触れません。国家の予算で育成にお金をかけて・・・というのも、私から言及するだけムダでしょう。しかし、実力の底上げはできてきたようです。あと、どのくらいか待てばよいのでしょうか。
〇歌手を育てる人
歌手は歌手をなかなか育てられないということを、頭に入れておいてください。
これまで作曲家、アレンジャー(サウンドクリエイター)、プレイヤー、プロデューサーが、トレーナーの役割をヴォイストレーナー以上に果たしてきたとも思います。
日本の業界の構造も変わりました。声や歌について問われるものが変わったり、プロデュースシステムになったが、歌や声はあまり育たなかったというところです。
○トレーナーの出身別活用法
出身別にトレーナーの得意なところを述べます。私は自分で体現できたことを自分でない他人にも通用させるのに、また自分の直感を客観的基準としてみるために研究してきました。才能ある他人の判断基準を学び、科学的な測定や実証に携わってきました。
トレーナーもそれぞれのタイプによって、目的や判断基準が違っています。
1)プロデューサー 1.曲、詞、声 2.バンドの色 3.キャラクター
2)声楽家 1.発声、呼吸法 2.ひびき 3.声域、声量(歌唱法については、のぞく)
3)音声医 1.のどの状態 2.声の診断 3.病気の治療
4)作曲家 1.メロディ、ことば(感情) 2.歌心投入 3.曲に正しく合わせる
5)俳優
1.ステージパフォーマンス、動き 2.ことば、発声、感情表現 3.表情、表現力と演出
6)ヴォイストレーナー(私の考え方)
1.歌の構成、表現力 2.フレーズの音声力(音色、グルーヴ)
3.発声の基礎
○歌手兼任、歌手出身のトレーナー
ヴォーカル活動中のトレーナーには、自分の活動と他人のトレーニングの両立の大変さを伝えています。
私は人前で歌うことはトレーナーを選んだときにやめました。私のなかでは歌は決してやめたつもりはないのですが、ライブやコンサートという形では、退いたのです。プロデュースを手掛けたときは、演出家と歌手、演出家とトレーナーも両立しえないと、私は思っていました。
二十代の頃は、睡眠の研究さえしてしまったほど、時間がありませんでした。他人のことをかまうことと自分のこと両方に神経がまわりませんでした。歌や声に頼らず、自分が自立することに専念しました。
トレーナーの依頼を引き受けたとき、自分の声については充分にやるだけやった思いもあったし、当時、そこまでの人生設計しかしていなかったのです。
PS. ですから私は、研究所をつくっても、他の人には最初はヴォイストレーナーとしてではなく、ピッチトレーナーや歌唱のアドバイザーとしてのトレーナーをお願いしていました。
〇ヴォイトレのアルバイト
もっともエネルギーのいるのは、力をつけることでなく、世の中に出ていくことです。
ですから、私は本当にプロをめざしたいという人に、トレーナーをアルバイトにすることは勧めません。お金が必要なら、他の仕事を勧めます。たとえ音楽の仕事でなくともよいのです。自らの声を守るためが第一だからです。 日本のような環境(音楽、声のレベルは厳しくない)では、他の分野の厳しさをもって、音楽や歌には入ることはできても、その逆はなかなかできないことを知っているからです。
〇ヴォーカリストのヴォイトレ
ヴォーカル出身のプロデューサーでも、日本の場合は、基本的なトレーニングを経て力をつけたヴォーカリストはあまりいないので、その人自身の売りものとなるカラーが共通している人にしか、アドバイスが通用しない、むしろ逆効果となることも多いようです。それができたとしても、ヴォーカルに二番煎じは必要ないのです。
ポップス、特に歌い手の指導者でよくないのは、個人的趣向(好き嫌い)が、本人の知らないところで、必ず判断に入ってしまうことです。そして、そこを本人が気づいていないことが困るのです。それは、選曲にも表れます。ファンのような受講生が多いので、学びにくる前と似た曲しか使わないことになります。
〇安易に始められるヴォイトレ業
指導上ですぐれている、いないの判断は、多くの経験を持たなくては難しいものです。
最近は、
1.歌手への目的をやめ(あるいは、あきらめきれぬまま)
2.食うために他に手段がないから(まともに働くのがいやだから)
3.他の職がつとまらないからとか、ヴォイストレーニングは、楽しそうな先生稼業、しかも好きな音楽だからと、安易に始められます。好きで始めるのはよいのですが、とてもたくさん学ぶことがあるので、指導との両立は大変です。
〇アーティストのヴォイトレ
アーティストでは、引退でもしないのに、教えている人はあまりいません。プロとして両立できるほど甘くないからです。まず、自分のステージ活動に専念することをお勧めします。ステージの方が厳しいので、教えるのが後回しになるか、ステージが疎かになります。何よりも若いときは喉の負担が、大変です。
自分のステージを成り立たせるため(集客のため)教える人もいますが、その目的はどうかと思います。最初は、そのつもりがないのにコミュニティづくりになってしまうことが多く、これは、目的が別、集客や集金などと考えたら、悪いことではないのですが。自分の好みでの声をまねさせるトレーナー、歌をまねさせるトレーナーの方法には弊害もあります。
○スクールのトレーナー
スクールでは、最初からうまかった人は上達して、少し器用に曲をこなせるようになって伸び悩みます。それ以外の人はたいして変わらないままです。
トレーナーの音楽観や自分の歌の欠点を突きつけられ、自分には才能がないということを思い知らされ、あきらめるという結果になりがちでした。それは今はそういうこともわからないまま、伸び悩んでいる、あるいは悩みもできていない、それが問題です。
○プロデューサー出身のトレーナー
ステージとCDをつくることが売りになっているトレーナーは、その経験を積むにはよいでしょう。でも、基本の習得に使うのにはほど遠いです。
プロデューサーなら、すでに実力のあるヴォーカリストにはよきアドバイザーとなるかもしれません。しかし、それ以外のほとんどの人に教えるとなると、その力を発揮できないことが少なくありません。すぐれた人をどう売るかという仕事だからです。
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