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Vol.71

〇声はことばよりも深い

 

 人は、死して声を残すものだと思います。死んだ人の声が聞こえてくるとしたら、少し恐いようですが、これは、あながち嘘とはいえません。

戦場で死ぬときに母の顔が思い浮かび、母のやさしい声が聞こえてきた。そういうことを、何度か聞いたことがあります。

 そのとき、親しい人の顔よりも声の方が、心に働きかけているように、私は思います。亡くなった人の顔ははっきり思い出せなくとも、声が聞こえてくるというのは少なくありません。その人の元気だった顔とともに、笑い声や言葉などが思い出されるのではないでしょうか。

 たとえば、映像を声を消して見ましょう。そのときの味気なさが、わかりますか。私は、映画を吹き替えでは観ません。原作の味が半分、失われるからです。もちろん、吹き替えの声優さんの仕事は大変な意義あることで、その必要性や技量を否定しているのではありません。

 でも、「あの人の生の声が聞きたい」というのは、人間の大きな欲求の一つでしょう。

 高齢になって、ぼけても、音を聞いて、声や歌で我に返ったとか、忘れていたことを思い出したということが、よくあるそうです。音楽療法や老人医療にも、童謡、唱歌はよく利用されています。声をかけ、手を握ることほど、人を励ますことのできることはありません。

 

〇声は記憶に深く残る

 

 目で見るものが情報の大半を占める今も、匂いや音、つまり、人間にも動物としての原始的な本能のもつ感覚は、深いところに根づき、生きています。なかでも聴覚は、生物が太古に獲得した能力の一つです。匂いや音は、目でみたものよりも、原始の脳に刻まれます。

 生まれるまえから、私たちは、音声を聞いています。そのため、母親の声の影響は、体内の胎児に大きく働きかけます。ですから妊婦は、ヒステリーでストレスをためた声を、あまり出してはいけません。赤ちゃんに精神的に不安定な状態を聴かせることになるからです。

 近年は胎教としても、クラシック音楽を聞かせたり、お腹をさわりながら声をかけることなどが一般的に行なわれるようになってきました。生まれるまえも、生まれてからも、目がしっかりと見えるまえに耳が、いろんなものを探り、情報収集しています。胎内で聞いていた母親のザーという体内音を聴かせると、赤ちゃんは安らぐそうです。

 

〇耳は古く、声は新しい

 

 人間が古い生物のときから、耳の機能はありました。年老いてぼけてきて、目が見えなくなっても、昔聞いた歌は覚えていたり、歌ったりできるのは、音声は、記憶の奥深いところへ埋もれているからなのでしょう。

 それに対し、声はもっともあとで獲得された能力です。聞いて歌うというのは、この2つを結びつけているので大変なことなのです。

 

〇声でしきる

 

 勝ちどきの声というのは、勝利の喜びです。

戦さで突撃のときは、「ワーーーー」と声をあげ、自らの勇気を奮い立たせました。敵をおびやかすために声をあげた名残でしょう。そういえば、日本人の好きな「第九」の最終楽章は、歓喜の歌です。

 声の大きさは、その場をしきるためにも必要でした。昔の教師や父親は、子どもを叱るのに大声で一喝したものです。

 もちろん、弱い犬ほどよく吠えるともいわれます。沈黙が金という言葉もあります。特に日本では、やたらと声を発しないのが美徳とされてきました。

 しかし、責任ある人の発する一声の重みが、歴史を動かしてきたのは、確かです。

 

〇喧嘩もクレームも、声で納まる

 

 身近なところでも、声のやりとりというのは、人間関係の象徴です。声の調子一つで仲よくもなるし、険悪にもなります。片方が声を荒げると、もう一方も同調し張り合うことになります。

 売り言葉に買い言葉、これも、売り声に買い声とでも言った方がよいくらい、言葉の内容より声の調子によって感情は刺激されるのです。ですから、その場をおさめたければ、共に自分の声の調子をゆったりとさせればよいのです。

 これを利用しているのが、客のクレームなどを処理する人たちです。決して相手の感情的な声に同調せず、受けるだけ受けて、ゆっくりと返します。すると、相手もだんだんと落ち着きをとり戻してくるわけです。

 逆に相手をあおって興奮させ、失敗させたり、ことを有利に運ぶ、こういう使い方もあるのです。

 

〇役者は、一に声

 

 「一声二振り三姿」といいます。役者にとって声は、動きや内容を伝える最大の武器だということです。その一番目に声をもってきたのは、やはり演じる人間にとって、第一の基本は声ということを伝えたかったのではないでしょうか。

 劇場のすみまで通る声があってこそ、芝居は成り立つのです。

 振る舞いや表情も大切ですが、目でみるものは、みえないところでは無力です。

 遠い、暗い、かげになっているとき、頼りになるのは耳、音の世界です。飛び込んでくるのは音声です。特に人の声は、とてもよくひびいて聞こえます。

 それは、人が人の声を求めてきたからでしょう。そのためにか、人のしゃべっている声は、殊のほかよく聞こえるのです。

 

〇人の声はよく聞こえる

 

 ざわめいたパーティのなかでも、一人の声を聞こうと耳を澄ますと、よく聞こえます。聖徳太子でなくても、一人の声なら数人のなかから私たちは聞き分けられるのです(さすがに同時にすべては無理ですが)。これを、カクテル効果といいます。

 今からは想像もつかないほど、陳腐な音しか再生できないレコードが発明されたのは、オーケストラなみに荘厳な音が出るオルゴールができたあとでした。しかし人々は、人間の声を求めました。そのため、レコードは急速に普及し、ついにオルゴールを凌駕していったのです。このことからも、どんなに人間は人間の声の方を求めていたのかが、わかりますね。

 

○声が自殺を救った

 

 マヘリア・ジャクソンの「サイレント・ナイト」(聖しこの夜)の歌声に元気づけられて、死のうと思っていたのをやめた人がいます。日本でも、坂本九さんの歌を聞いて、自殺をやめた人がいたそうです。

 歌は、人々を元気づけます。

 日本の戦後は、並木路子さんの「リンゴの唄」から始まりました。その歌は、日本人の敗戦の悲しみ、生活のつらさを一時、忘れさせてくれました。

 最近、日本で大ブームのゴスペルもそうですね。アカペラの声の魅力にとりつかれて、老若男女、ハモる人たちがたくさん出てきました。カラオケも、私たちの娯楽、ストレス解消として、なくてはならないものとなりましたね。

 「リリー・マルレーン」は、一次大戦中、その歌がラジオで流れる時間だけ、銃火をとめたといわれています。慰安にも、歌はよく使われますね。

 ラストソング、白鳥の歌に、あなたは何を選びますか。

 

〇大女優は声美人

 

 作詞家の松本隆さんが、“声美人に恋する”というエッセイのなかで、「大女優は口が大きく声が低めでやわらかい、でもよくひびく声美人だ」と述べていました。イングリッド・バーグマン、ソフィア・ローレン、マリリン・モンロー、オードリ・ヘップバーン、ブリジッド・バルドーなど。音色は先天的なもので、心のあり方がそのまま反映される声の方が、恋人を選ぶときにも、重要とまで、おっしゃっていました。

 声には知性や性格、精神的なものが、隠さず表われるからでしょう。

 

〇美空ひばりは声で永遠となった

 

美空ひばりさんは、亡くなられて13回忌が過ぎたというのに毎年、何十億も売り上げています。石原裕次郎さんの声も、消えません。桂枝雀さんから林家三平さんにいたるまでの落語、浪曲など、作品とともに、そういう人の声は、ファンでなくとも生涯、忘れられることはないでしょうか。岡本太郎さんや田中角栄さんの声も、思い出せませんか。

 個性的に生きた人の声は、永遠に人の心に残るのです。

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