「永遠と至高、そして、道」 No.331
今の瞬間と永遠については、これまでにも度々語ってきました。
未来に役立たせようとする今は、今すぐには役立たない今ですから、今においては、本当は無意味です。勉強も修行も練習も、将来の目的のための手段とするなら、先で活かすために、生きなくてはなりません。
それに対し、今は今のこのときを満喫すること、遊びなども含め、楽しい、夢中、三昧であることです。それは、一時としては目的を遂げているときかもしれませんし、目的から逃げているときかもしれません。そうして切り出された時間は、しばしば、いわゆる至高といわれるときです。 コツコツと貯めた金を使い切るときみたいなもので、消費、蕩尽、破壊のときでしょうか。
有限の人生で、本当に大切なこととは、何でしょうか。それをするとしたら、どのようにしていくのでしょうか。
確実なものなどは、ありません。でも、それを自ら決めて向かっていく、両立しがたい手段と目的を同じくしたのが、“道”であるなら、それを肯定していけるように生きたいものです。
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