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第74号 「トレーナーの条件」

○表現と歌の声

 

 ヴォイストレーニングを表現からみたときに、どのような表現を目的にするのかは、とても難しい課題です。

 オペラであれば、まだわかりやすいでしょう。オーディションやコンクールの基準が参考に、一流のオペラを徹底して聴くこと、その上で日本でなら二期会や劇団四季の主役あたりを想定するのも一つでしょう。

 しかし、ポップスでは、一流の歌手でも、その方法論を本人以外で通用させられるとは限らないのです。アマチュアのサークルなら、ピアノがうまければピアノを弾いて自慢でき、少し歌えれば歌って教えることができるでしょう。しかし、プロには、プロもいろいろいますので、百戦錬磨のプロに対しては通じません。自己流で自分にしかあてはまらないようなものは、無力どころか、邪魔や害になりかねないのです。

 

○自分だけで診ないこと

 

 トレーナーは、医者のように、のどの手術はできなくてもよいが、声に対し適確な判断力をもって処方できることが大切です。できたら将来の可能性に対してということです。それには

1.声の育つプロセスを理解し、自ら実践できること

2.個人差に対応できること

3.自分の力量の及ぶ範囲かどうかの判断ができること

4.そうでないときやもっとふさわしい人がいると思われるときには、そのスペシャリストに紹介できるネットワークをもっていること

 これらは、まだまだ日本では十分ではありません。

 

○トレーナーは才能を求められる

 

 一流のプレイヤーは、大体一流の教師となります。しかし、一流の歌手が一流のトレーナーとなることはあまりありません。歌手が歌手を育てないのは、そう簡単にできない事情があるからです。ダンスやゴルフのレッスンプロなら、プロになれなかった人が教えたらよいのですが、ヴォイストレーニングはそんなに単純なものではないのです。

 人間に対する知識や体験、体だけでなく、教えることに関することも含めて望まれます。芸や芸術だけでなく、ビジネスやコミュニケーション心理などについても、相当のキャリアが必要です。

 この研究所には特に多彩な人が来るので、私自身では、まかないきれません。私は一人で行う限界を早くから知ったので、組織化して、客観性を高める方向をとってきました。

 

○外国人トレーナーのロス

 

 一流のヴォイストレーナーには、10歳くらいで世界に名の通るほどのプロとやっている人もいます。そんな芸当は、日本ではできません。日本のトレーナーだからできないというのではなく、そういうプロ歌手は、勘も体もセンスも特別にあり、トレーナーも楽とはいいませんが、トレーナーに求められる才能がまったく違うのです。

 私も外国人のトレーナーを日本人向けに使ってきました。日本人と外国人との間の声に関する根本的問題については、彼らは気づくことがなく、そのアプローチもできません。絶対音感のある人が、ドを出せない人をどう直せばよいのかわからないように、です。ピアノのレッスンでは、こんな問題は起きません。弾くレベルの差がすべてです。誰でもドの鍵盤を押せば、ドは出るからです。

 

○大声トレーニング

 

 私が他のところからもっともレッスンで求められてきたことは、タフな喉、強い声、通る声でした。現場や養成所などで声量不足を指摘されている、声優や俳優、芸人が要求されることです。昔ながらの大声トレーニングが行われているのも、廃止されたのも両方とも問題ありです。今の若い人ののどの弱さや体つきの変化などに、まったく無頓着なのは、驚く限りです。

 自分たちのやり方で、次の世代が育たなくなったことに気づくのが早かったのは、いつも同じ演目をやる落語、コーラス、歌劇団、ミュージカル劇団、邦楽の歌い手です。そういうところからいらっしゃると、うまくここのヴォイストレーニングや声楽を活かしています。その処法については、最初は混乱のなかで直しつつ試行錯誤でしたが、今はおおよそ、誰(どのトレーナー)がどう指導したらよいのかが、わかるようになりました。

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