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91号 「レッスンとトレーニング」

○喉の限界

 

 レッスンでは 1.状態をよくする(そのためのチェック) 2.強化する(そのためトレーニングのやり方)

 強化について、自分でやるときに気をつけることは、喉の負担の限界です。声楽家は、発声を学びはじめても、20代そこそこで大曲やダイナミックな表現をすることは避けます。先生から勧められません。ヴォイストレーニングも同じことです。

a. 喉の弱い人

b. 喉を壊した人

c. 喉を壊した後の人

は、特に注意を要します。同じトレーニングでも、人によって対応力が違います。

 

○喉の目安

 

 喉については、一般の人よりも体力や筋力、その他の能力にすぐれていても、強くない人もいます。

 トレーニングのあとに声が出やすくなるかが、一つの目安です。

 多くのレッスンでは状態を整えるので、声は出やすくなるはずです。ただし、それに対応力のない人や強化を目指したレッスンでは、しばしば、のどが疲れて、声が出にくくなります。理想的には集中できる時間内だけ、ゆっくりと休みを入れながらトレーニングを行なうことです。

 

○調整の必要性

 

 喉は、心身が疲れたり、よくない使い方をする方が声が出やすかったり、せりふや歌に感情が入りやすかったりするときがあるので、判断がとても難しいです。

 若いトレーナーや、あまり経験のないトレーナーは、現状に左右されて、なかなか聞き分けられません。そういうトレーナーは、自分の喉にもよくないので、強化よりも調整だけを教えることに専念するのはやむをえません。

 ポピュラーの歌ではハスキーな声も、喉声も許されます。だからこそ、そうでないヴォイストレーニングで調整することが必修と考えるべきと思います。

 

○可能性と限界

 

 トレーナーとしては勧められない、禁じたいようなトレーニングでも、その人が鋭い感性をもつアーティストであれば、直感的にやりたいと思ったことは、トレーナーのみえないところでやるものでしょう。他人がだめだといって「ハイ」といってやらない人は大成しないのです。

 これは他のトレーナーや医者が聞いたら怒られそうなことですが、私は、レッスンについても本音で語るようにしています。この20年、のどを壊す人は増えたのか減ったのかわかりませんが、医者の利用が増えました。またトレーナーがついてリスクは少なくなったはずです。実力も底上げされ、平均レベルは高くなったのに、世界のレベルに人が育っているとはいい難いです。

 

○本当のこと

 

 限度を超えたトレーニングの可否は述べませんが、本当のことをいうので気をつけて聞いてください。初心者や声に苦手意識のある人は読み流してかまいません。

 ヴォーカリストが理想とするイメージの声や実現が、その本人のもって生まれた声の可能性の真ん中にあるのか、延長上にあるのかを判断してサジェストするのが、私の仕事です。すべてがすぐにわかるわけではありませんが、調整のヴォイトレに対し、強化は、常に限界と可能性をみながら行なわなくてはなりません。一つ間違うと、方向違いの努力になりかねません。

 

○調整と条件

 

 調整とは、プロだった人がかつての状態を取り戻して、元の活動が可能なレベルに戻すようなことです。スランプからの脱却方法もその一つです。話し声の調整や、カラオケで歌う調整は、一般の人にもやっていますが、それをプロレベルにするようなことは調整ではできません。

 プロがヴォイストレーニングを受けてよくなったというのを聞いて、素人が行なっても大して変わらないのはどうしてでしょう。プロに評判のよいプロのスポーツ選手のフィジカルトレーナーに私が教えられても、プロになれないのと同じです。その日の状態をいくらよくしても、条件が変わらない以上、同じところをぐるぐる回るだけなのです。喉の弱い人や、これまでにうまくいかなかった人が医者に行ったら、原状回復で元に戻るだけです。メンタル面で自信がつき、声がよくなったように思っても、根本的な問題は、解決していないのです。環境や習慣から変えないと、普通の人並み以上になりません。

 

○プロの不調対策

 

 プロでも、素質に恵まれ、特別なトレーニングをしなくてもやってこられた人ほど、声が出なくなると難しいものです。ショックなどメンタル面もあるからです。30代から40代にかけて引退に追い込まれるのは、そういう理由です。

調子のよいときから、信頼できるトレーナーに把握をしておいてもらうと、いざとなったときに心強いものです。

 不調の原因を知り、取り除くことです。私は記録をとり、本人にもノートをつけるようにアドバイスしています。

 

○負のスパイラル

 

 マイナスからゼロ状態にはヒーリングのようにして戻すことは可能です。メンタルの改善だけで解決することもあります。ヴォイストレーニングといってもこの辺はクリニックのような原状回復が目的です。ストレスを解消した結果、戻ることも多いです。

ヨーガやマッサージのようなものも含めて考えてもよいでしょう。こういった体の柔軟や呼吸にもよい(ひいては声にもよい)ものは、ヴォイストレーニングに組み入れてもよいでしょう。しかし、それでオペラ歌手や役者になれるでしょうか。

 喉の調整も似ています。調整は誰にも必要ですが、必要条件に過ぎないです。そこで使うべき時間は、病人には必要ですが、一般の人なら、最小におさめて、一歩先に行くことでしょう。

 

○よくある勘違い

 

 本人やトレーナーが明確に到達への目的とそのプロセスを把握できていないため、練習しても調子を悪くしては、そういうところで整えることの繰り返しをしている人が多くなりました。それでは負のスパイラルです。トレーナーの熱心さにほだされて、あたかもそこで何かが得られているように思う人も多いのです。

 心との対話というのであれば、トレーニングの合間にセットしてもよいと思います。そこでも目標を高くとり、トレーニングの必要性を最大限に高めることが望まれます。本人の最大の可能性に向けてトレーニングをセットすることがトレーナーの腕であり、レッスンの真の目的です。

 

○「レッスン前シート」の大切さ

 

 私は、毎回、相手にレッスンにのぞむスタンスとその日の状態を確認しています。そのためにアテンダンスシートを使っています。形式はどうでもよいのですが、時間のロスも防げます。レッスンの目的をその都度、細かく把握することはとても大切です。

 

○レッスンのスタンス

 

 レッスンのスタンスは、人により、時期により、その日により異なります。

・完成した作品としてみる

・歌やせりふの練習としてみる

・フレーズ単位での声の再現力としてみる

 ライブやCDと同じレベルで、歌やせりふを、厳しい客やプロデューサーとしての立場で作品でみる場合、曲やアレンジ、バックの伴奏やバンドまで、想定してみます。できるだけ、ステージの視覚的効果、ふりつけや衣装は考慮せず、音の世界でみたいのですが。演出家、プロデューサーと異なり、音で徹底してチェックするのが、私の仕事だからです。

 へたにみえるところは消しこむアドバイスもしますが、その人の強みの発見や、その力をつけることが優先です。欠点の指摘と解消だけをしていたら、へたにはみえなくなりますが、個性をも損じることになりかねません。

 

○歌やせりふのレッスンのスタンス

 

 歌やせりふの練習としてみる場合は、その人の可能性と限界を見極め、限界が出ないように整えます。表現効果をふまえたトータルのバランスを重視します。できるだけ大きく、あえて伸びるように、少しでも大きな器を想定してつくっていくようにします。これも、全体のバランスをみるのか、部分の完成度をみるのかで、違ってきます。

 フレーズ、単位でめいっぱい完成させた声の使い方と、声そのものをみるのは、通常のレッスンです。

そのほかにも、

・発声だけのチェック

・日頃の自主トレーニングのチェック

・やり方のチェック(と課題セット)

などがあります。歌うために声を使うことと、声のために歌を使うことは違います。私のヴォイストレーニングの中心は、後者です。

 

○声の表面上での違いと本質での違いについて

 

 私は早くから、一流の作品の聞き方を変えていくことを念頭にレッスンやトレーニングを組み立ててきました。お笑い芸人が、弟子入りせず学校で勉強している時代です。落語家でも師から学ぶ以上に、名人の作品をDVD、CDで聞きまくっているのです。トレーナーが歌ってみせるのを口伝するなら、CDやDVDで充分です。一流の作品に安易にアプローチできるのに、その必要性は少ないし、トレーナーがまねると、トレーナーのオリジナルでないため、くせを表情や擬音でついてしまい、その形をまねさせてしまうからよくないのです。誰もが、早くうまくはなったのに、すごい人が出なくなった理由を見据えなくてはなりません。

 

○声の違い

 

 声の場合、一流の作品からストレートに学ぶことは、難しいことです。音声をどのように把握するかに、個人差があります。ビジュアルのように繰り返し視聴して合わせているだけでは難しいのです。そのためかスポーツやダンスのようには、日本から世界に通じる人材が育っていません。

 器用にあらゆる歌手のものまねができても、できないよりはよいとはいえ、大した力にならないのです。一人ひとりの声が異なるということが、楽器のプレイヤーと違う次元の問題を引き起こしているのです。

 

○まねとオリジナル

 

 他人の声と同じ音色、出し方に合わせようとしてムリが生じます。他方、そうでないケースでは、声の違いだけでオリジナルが生じたような勘違いをしやすいです。

 どちらにしても、体、呼吸からつかみ、その上で心でつかむこと、これがないと、素人のカラオケになります。どんなに心を入れても、基本がないと独りよがりになります。しかし、それでもまわりにけっこう受け入れられてしまうから厄介です。

ことばに情感が入っていると、音楽的なことは飛んでしまって、人の心を打ってしまうのです。どちらも、より優れた歌の中に入れるともちません。現場での必要はなくても、練習は時代や国を越えて通じるという高い目標からみないと、自己満足であいまいになりがちです。

 

○心地よさを求める

 

 トレーナーは、ことばでも図や絵でも何らかの形で「何が足りない」「どうすればよい」と具体的に、歌い手に問うことが、レッスンの意味です。この曖昧な世界にあなたの声の公式を共に築こうとするのがトレーナーの役割です。

 「体、呼吸から」「音楽性」というのは、音程やリズムと違い、みえません。楽譜上では正しい音程やリズムでも、心地よいかどうかに差があります。

 

○みえないもの、聞こえないもの

 

 体、呼吸、音楽性も程度問題です。しかし、プロの世界は、そのみえないものが大きくものをいうのです。聞こえないものを聞こえるようにするのが、私の役割だと思っています。そこまでいかなくては本来の面白さはわからないというくらいに大変ゆえに深く、確かな世界があります。これは確かな基準です。

 この基準づくりこそが、私が生涯をかけて見いだしてきた宝なのです。それは、全世界、この時代においてもポピュラーに限らず、一理あるものです。それがおかしいとしたら、人が何を求め、こういう世界を作ってきたのか、感動してきたのかということまで虚ろなことになります。

 時代は変わり、歌も変わります。しかし、変わらないものを見据えて変えていくのです。

 

○ヴォイストレーニングの基本と応用

 

 「いつまでやればよいのか」と、よく聞かれます。芸道であれば、卒業はありません。ここで述べているのは、レッスンとしてのヴォイストレーニングです。ヴォイストレーニングは歌そのものではないので、多くのレッスンでは、せりふや歌のレッスンやチェックに移っていくことが多いです。せりふや歌のチェックや、アドバイスができない場合は、別のトレーナーにつけることもしています。せりふや歌のチェックの難しさは、別に述べたいと思います。レッスンの内容を異なる視点で述べるのなら、

1. 声を出せる体、声をコントロールできる呼吸づくり

2. 発声と共鳴、音色とフレーズ

3. 音楽的基礎(メロディ、リズム、音感音程、読譜)

4. 歌唱 解釈、展開・構成、創造

5. 表現 オリジナリティ(←2

のような形でとらえるとわかりやすいかもしれません。

 

○基本と応用

 

 基本と応用は異なりますから、私のレッスンでは、基本が身についてきたら、あるいは一人でトレーニングできるようになったら、そこで確認チェックとしてトレーニングをみるか、歌唱や表現のチェックに移るか選びます。その人の表現が明らかに私の考える基本の延長上と異なる応用になっていくときは、私がアドバイスすべきかどうかを本人に聞くことがあります。

 いろんなプロがいらっしゃるので、私の基準や目指すところを述べます。それに100%沿わなくとも、そういう概念や基準を学びたいのなら、大丈夫です。

表現がしぜんと違う流れに進んでいくのがみえたら、一応は卒業だと思うのです。もちろん、初回にいらして、歌を聞いたら卒業ということもあります。これは、優劣ではなく、ここのレッスンにおいての可能性を照らし合わせて考えているからです。

 

○可能性のもとでの評価

 

 ここのトレーナーでプロの歌を評価することを求められることがあります。これは、一般の人の声の評価と同じく、よしあしなどつけられません。それぞれによいところがあります。本人さえ問題ないというのなら、それを聞くお客やファンにとってよければよいのです。

 ですから、私は常にレッスンによって、改善や、より大きな可能性が開かれる余地において評価します。つまり、トレーニングやレッスンで変わることに対して、不足や強化の必要と、そのプロセスを具体的にアドバイスするようにしています。

 ですから、どんなジャンルの人も、プロとして活躍している人も訪ねてくることができるのです。そして、レッスンも続くのではないかと思います。私には、私のスタンスがありますが、それは、私の価値観で判断するのではありません。相手の価値観がどうであれ、相手のスタンスとレッスンや評価が合わせられるか、からスタートしているのです。

 

 

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